ダーク・ファンタジー小説
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- Wild but Safe! 危険だが安全!
- 日時: 2013/07/16 19:15
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
きらめく水底にそれを見つけたとき、何かとても素晴らしいものかと思った。
思わず体が反応して、落ちているものに飛びついてしまう癖が出て、泉に飛び込んだ。
心臓が激しく跳ね動き、酸素を余計に消費していく。
ただ僕はぎゅっと口を結んで酸素がなくなって行くの我慢して深くもぐり続けた。
水深が深くなるにつれて水中に差し込む太陽の光がカーテンのようにひるがえる。
僕がオーロラを知っていたなら、きっとオーロラだと思ったことだろう。
だがあいにく僕にはオーロラなど、どこか遠くのことについての知識は全くない。
あるとしたら床の磨き方や、窓の拭き方、いずれも奴隷として雇われて必要なことしか僕は知らない。
だから必死に深い底にもぐって、拾い上げたそれが何なのか、僕はまだ知らない。
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Wild but Safe! 目次
第一部 『 Wild but Safe 』
前編:>>001-018
中編:>>019-055
後編:>>056-77
Cast:>>78
第二部 『 Lunatic but Stability 』
前編:
中編:
後編:
第三部 『 Separat but Resumpt 』
前編:
中編:
後編:
流血表現有
部の最後にCastが乗ります
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.13 )
- 日時: 2013/04/22 20:08
- 名前: 哩 (ID: PoNJOIO3)
銅色の箱は乱暴にぽんぽんと左右の手でいたぶられながら、店主人のエルオスの手の中でもてあそばれていた。
「ただの真鍮にしては重過ぎるんだよな」
アリストが着せ替え人形よろしく貴族に変身している間に、彼は鑑定士を呼んで箱を調べさせた。
その鑑定士の老人はモノクルを箱に寄せたり離したりして、数分で箱の価値をさらりと述べた。
「ただの真鍮ですな。真鍮の箱です。ただ、異様なことに真鍮が詰まっているだけではこれほど重くないはずなのですが…不純物でも混じっているのでしょうね」
そう言うと鑑定士は仕事を終え、去って行った。
エルオスはこの無価値の箱をどうしようかと悩んでいた。
この箱をずっと握っていると、何か異様な気配を感じる。
そんなはずはないのだが、箱が次第に微笑んでくる気がするのだ。
それも見つめ続ければそうするほど、その笑みはどんどん広がり、口が裂けるほど狂ったような笑みを浮かべるのだ。
はっと目をそらせば、その笑みは霧のように消えて、銅色の光がきらめいているだけなのだ。
エルオスは不安げに眉をしかめた。
何か変ないわくつきのものなのだろうか?
「だとしたら上等だな。エルオス財閥にいわくつきの逸品がある、詐欺師にはちょうどいい名声になるだろうよ」
冗談めかして笑ったエルオスに、銅色の箱は再び凶悪な笑みをうかべた。
それはまるでこれから起こることを想像するたちの悪い悪戯っ子のように。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.14 )
- 日時: 2013/04/22 21:04
- 名前: 哩 (ID: PoNJOIO3)
「まぁまぁ、アリス!貴族みたいにきれいに着飾って!どういう風の吹き回しだい?」
ケーキ屋につくと、おかみさんが驚いたようにアリストを見て声を上げた。
いつもは男の子の服装のアリストがすっかり変わっているので、驚いたのだろう。
アリスト自身、鏡を見た時は驚いたものだった。
「僕もよくわかんない…ただ急にこんなことになっちゃって」
いつもの口調でしゃべると、違うでしょ、と傍らにいたトルテが人差し指を立てて注意する。
何事かとそちらを見ると、トルテは一語一句区切って言った。
「わたくしもよくわかりませぬの。ただ、ふいにこのようなことになりまして…でしょ!貴婦人ていうのはこう言ったしゃべり方をするものよ」
「そうよ、せっかくなんだから、これを機にその男の子口調を直したらどう?」
トルテに追従しておかみさんまで追い打ちをかけてくる。
アリストはげんなりした顔で肩をすくめた。
カウンターに並べられたケーキの絵は、どれも油絵で立体的だ。
それらの絵はトルテが描いたもので、とてもきれいである。
将来は画家になりたい、といった彼女はいささかしょんぼりしていた。
この時代は、あまり女性が活躍できる場は多くない。
天文学から学者、美術、錬金術、政治と様々な役職を紳士たちが独り占めしているのである。
その背景には女性を活躍させないようにとしている仕組みがあるらしい。
いうことを聞かせ、権力を持たせないでいれば、常にそばを離れないでいてくれるといった理由であったと思う。
アリストから見たら、それは金銭を与えられず、身分不相応な権力を与えられない奴隷と一緒だ、と思うものだった。
「私は夢があるけど、きっとかなわないの。どこかへ嫁いで、ずっと家事や館の掃除を一生するのね。紳士はずるいわ。何もかも一人占めで、こっちへ分けてくれたっていいのに」
しょんぼりしたトルテはそう言ったものだった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.15 )
- 日時: 2013/04/24 15:36
- 名前: 哩 (ID: vXApQJMC)
「おいしい?」
聞かれて、アリストはぶんぶんと首を縦に振った。
新作のケーキはとてもおいしいもので、最近この街にも出入りするようになったサクランボウをふんだんに使ったものであった。
プラムのように酸っぱいが控えめな味が、とても新鮮で頬がちぎれそうなくらいおいしい。
私も手伝ったの!とトルテがうれしそうに声を上げる。
「ところで…アリスは本当に女の子なんだよね?」
おかみさんがカウンターでケーキをおいしそうに頬張るアリストに聞いた。
その問いにトルテが耳を貸す。
二人の視線を受けて、アリストはまいったなと頭をかいた。
「…ご想像にお任せします」
「なにそれ!どっちなの?」
トルテが不満げに声を上げるが、教えるわけにはいかないのだ。
アリストはそっと回想する。
「おまえは街の連中にも、これから出会うすべての人間にも性別を明かすな」
アリストは物心ついた時から親方主人のマクバーレンにこう諭されてきた。
「どうして?」
聞けばマクバーレンは決まって不愉快気に顔をしかめて言う。
「おまえは性別を明かせば決まって妙な輩を引き付ける。男でも女でも構わずな。私の奴隷は私のものだ。ほかの者の手にかかっては困る」
何を言っているかわからなかったが、この約束はずっと守っていた。
性別不明の服を着て、あまり目立たぬよう過ごすように命じられた。
誰からもいいように性別を見られ、結局のところ、彼らが思う性別などまちまちだ。
男だと思う者もいれば、女だという者もいる。
名前はアリストだが、愛称はアリス。
髪は長く、優しげな面は童顔気味で、かわいらしい少女そのもの。
結局、親方主人マクバーレンとアリスト以外、アリストの性別を知る者はいない。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.16 )
- 日時: 2013/04/24 15:50
- 名前: 哩 (ID: vXApQJMC)
日が暮れる前に館に帰らないといけない。
こんな服装をしているのを見られたら、親方主人が怒るだろう。
ただでさえ、紳士の視線が痛いほど背中に刺さってくるのだ。
夜道を歩くなど危険すぎる。
おかみさんとトルテに挨拶をすますと、素早く街を後にした。
舗装された石の道と違い、森のぬかるむ地面には貴婦人の靴は歩きにくい。
泥に手間を取られて、ドレスの裾を引っつかみ歩いていると、すぐに日は沈んでいく。
ドレスなどいっそ脱いでしまいたかったが、これは売るために綺麗にしておかないといけない。
バスケットの宝石たちとともに、こんな衣装、うっぱらって少しでもお金に変えるつもりだった。
「あの箱…どんな価値があったんだろう?銅色できれいだったし、泉の底に沈んでいたから、古代の文明のものなのかな?」
別れる瞬間ものさみしげに光った箱。
今はどうしているだろうか、元気でやってるのかなと、まるで生きているものに対して思うことを、アリストは率直に思っていた。
館が見えてくると、アリストはほっと溜息をついた。大丈夫、親方はまだ帰ってきていない。
戸口に手をかけて中に入ると、すぐに自分の部屋に走った。
転びそうになるが何とか建て直し、扉を開けるとすぐにドレスを脱いだ。
深い新緑色の美しいドレス。
だが未練も何にもなく、アリストはすぐにチュニックに袖を通した。
慣れ親しんだ肌触りに思わず笑みを浮かべて、革製のズボンをはく。足元は革靴。
「さぁて、今日の収穫はどんなものかな」
ざらり、と音を立ててバスケットを掻き回す。
その手ごたえに目を輝かせてベットの上に、エルオスがやったようにそれらをぶちまけた。
赤、青、緑に、黄色に紫。
様々な色の宝石がきらめいて、目に毒だ。それらはとても高価そうに見える。
きっとドレス一式と合わせて売れば、相当な額になるに違いない。
きっと奴隷の暮らしから抜け出せて、どこかでのどかに暮らせるはずだ。
「親方に見つからないようしなきゃ。どこかに隠して、すぐにでも逃げられるようにしないと」
アリストはそれらをベットと壁の隙間に隠すと、いろいろな角度から見てチェックした。
「うん、大丈夫。これなら見つからないよね」
安堵すると、くるりと踵を返して部屋を後にした。これから夕食の準備をしないといけない。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.17 )
- 日時: 2013/04/25 20:54
- 名前: 哩 (ID: aLFc9Kk0)
調理台に向かい合って巨大な肉切り包丁を手に、具材を切り分けていくアリストはぼんやりしていた。
大なべに具材を放り込んでいる間にも、スープを作っている間にもどうにも気が散ってしまう。
銅色に輝くあの箱が、どうにも忘れきれないのだ。
「また泉のそこに、沈んでいるかもしれない・・・」
包丁を口元すれすれまで寄せて、腕を組んだアリストは浮ついた気持ちのまま、食事をつくり終えた。
キッチンから皿に移した食材たちをダイニングルームへ運び終えると、長テーブルにナプキンやらフォークやらを置いていく。
高い天井に吊り下げられた豪奢なシャンデリアが、心ここにあらずのアリストを見下ろしていた。
アリストがすべての仕事を終えて、料理の並べた長テーブルから離れ、傍の質素な机に移動した瞬間、戸口で親方の声がした。
どうやら帰ってきたらしい。
奴隷用の貧しい机から離れて、いくつもの扉を抜けて玄関を開けると、親方が相変わらずきらびやかな格好でたたずんでいた。
遠目に馬車が走り去っていくのを見ながら、アリストは主人のために両開きの大きな扉を開けて親方を家に上げた。
夕食も済み、皿洗いの途中でキッチンに親方主人がやってくる。
アリストにブランデーをビンごと持ってくるようにと命令すると、親方主人は部屋を出ようとして途中で歩みを止めた。
そしてこちらを見ずに、聞いた。
「賄賂はすべて渡したか?」
「はい、全部渡しました」
「そうか」
この短い会話の間中、アリストはびくびくしながら洗う皿から目を離せなかった。
親方と目を合わせたら、賄賂の宝石全部と豪奢なドレスの代わりに泉から引き上げた銅色の箱と交換したことがばれそうで怖かった。
エリオスがマクバーレン親方にしゃべっていたら、どうする?
そんなことを考えていると、親方はさっさと書斎に戻っていった。
どうやら何も知らないらしい。
アリストはほっと胸をなでおろした。
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