ダーク・ファンタジー小説
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- Wild but Safe! 危険だが安全!
- 日時: 2013/07/16 19:15
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
きらめく水底にそれを見つけたとき、何かとても素晴らしいものかと思った。
思わず体が反応して、落ちているものに飛びついてしまう癖が出て、泉に飛び込んだ。
心臓が激しく跳ね動き、酸素を余計に消費していく。
ただ僕はぎゅっと口を結んで酸素がなくなって行くの我慢して深くもぐり続けた。
水深が深くなるにつれて水中に差し込む太陽の光がカーテンのようにひるがえる。
僕がオーロラを知っていたなら、きっとオーロラだと思ったことだろう。
だがあいにく僕にはオーロラなど、どこか遠くのことについての知識は全くない。
あるとしたら床の磨き方や、窓の拭き方、いずれも奴隷として雇われて必要なことしか僕は知らない。
だから必死に深い底にもぐって、拾い上げたそれが何なのか、僕はまだ知らない。
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Wild but Safe! 目次
第一部 『 Wild but Safe 』
前編:>>001-018
中編:>>019-055
後編:>>056-77
Cast:>>78
第二部 『 Lunatic but Stability 』
前編:
中編:
後編:
第三部 『 Separat but Resumpt 』
前編:
中編:
後編:
流血表現有
部の最後にCastが乗ります
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.3 )
- 日時: 2013/04/10 15:27
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
ひんやりする水が肌に触れるが、構わずもぐった。
冷たいこの水は近くの山脈から流れ出す清流と、懇々と湧き出す湧き水によって透明度が高い。
魚の姿も、ガラス越しのようにはっきり見える。
だが今は魚などどうだって良い。
光を受けてきらめいている水深のそこに沈む、自分をひきつけるものにしか興味はない。
ゆったりしたチュニックが水を吸い上げて一気に体の動きがのろくなる。
エイのひれのようにチュニックの裾がひるがえり、魚類のようにひれが出来たみたいだ。
束ねた髪が海藻類のようにうねうねと動き回る様子は、たこの足のようだ。
目の前に迫るのは、不思議な具合に屈折した光を受ける銅色の箱のような正方形のもの。
「—?」なんだあれは、と夢中になって水を掻き分ける。
水中で動くほどに冷たい水が皮膚を刺激する。
だが構わずもぐり続ける。
美しい水と光の屈折度合いにより、水底に光の波の後がゆらゆらとうごめく。
その網目のような光がきらきらと銅色の物体を魅力的に照らし出す。
(もしかしたら本当に宝物かも。純銅だったらそれなりに売れるかもしれない!)
歓声を上げそうになって口から酸素が逃げ出す。
慌てて口を引き締めて、残り少ない酸素を有効に体に巡らせていく。
水深4、5メートルほどに達するとやっと水底である。
アリストは残り少ない酸素を詰め込んだ肺が水圧によって圧縮されるのを感じつつ、必死に手を伸ばした。
見たところ正方形の銅色の物体。
手を伸ばし、ざらつきのないまったいらな表面を撫でる。
ざらつくことがなく、指紋が無くなったかのような不思議と掴めない感覚に戸惑い、もたつくと酸素が一気になくなる。
両手でがっしりと掴みかかると、正方形の小箱はすべるものの抱え上げることができた。
意外と重くないことに驚くが、さっと反転してジャリだらけの水底を思いっきり蹴り、水面に浮き上がる。
顔を勢いよく水面に出すと、一気に酸素を肺に取り込んだ。
「—っはぁ・・・」
ぬれて首筋にまとわりつく髪を振り放すように頭を振ると、岸に向かってゆっくり立ち泳ぎをする。
岸に上がると、あまりの寒さに震え上がった。
チュニックを思いっきり絞って水気を取ると、唇を真っ青にしながら必死に獲得した宝を見つめた。
銅色の、一辺20センチメートルの立方体の箱であり、材質は良くわからない。
軽いところを見ると、金属ではないらしいが、トントンと中身が詰まっているかどうか確かめるために叩いてみると、中身は十分詰まっているらしく鈍い音が返ってくる。
「木?な分けない。金属じゃないし、石でもない。一体なんだろうこれは?」
草原に身体を投げだし、箱を眺めていると遠くから誰かの呼び声がした。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.4 )
- 日時: 2013/04/10 15:50
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
その声が空気を伝わって鼓膜を震わせた瞬間、「あ、親方だ」とすぐにわかった。
アリストは少し不安そうに眉を寄せて声のする方向をにらんだ。
また用事を言いつけられるのだろう。
この静かで心地よい時間は終了してしまうのだ。
まだここにいたかったし、真青色の湖から引き上げたこの正方形の宝物をじっくり見つめていたかった。
そこではっと気づく。
親方に見つかったら、この正方形の小箱は取り上げられてしまうかもしれない。
とんでもない!親方に渡すために冷たい水の中までとりに行ったわけじゃない。
アリストはすばやくチュニックの下にその箱を隠した。
隠した瞬間、林からひょいと親方主人が顔をのぞかせた。
親方はアリストの顔を見るなり、つかつかと怖い顔をして歩み寄ってきた。
「こんなところでサボりやがって・・・お前は奴隷なんだから休む間など無いだろうが」
言いながらアリストの細い手首を掴み上げ、無理やり立たせて屋敷へ引きずっていく。
アリストはチュニックの上から小箱を抱え、見つからないかとひやひやしながら従った。
湖からそれほど遠くない屋敷に着くと、すでに馬車が待機していた。
親方主人は急いでそちらに向かうと、振り返って大声でアリストに言った。
「いいか、帰ってくる間に何もかも仕事は終わらせておけよ!」
言い終える前に、親方主人は馬車に乗り込み、すばやく出発して行った。
行き先はきっと、金貸しの取立てだろう。
そしてその金で沢山の人々—親方曰く餌に集るノミと豪遊するのだ。
アリストは馬車の消え行く方角から目を離すと、終わらせるべき仕事をしに館へ向かった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.5 )
- 日時: 2013/04/10 18:30
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
アリストは館の中に入ると、自分の部屋に向かった。
奴隷だが、親方主人にその姿形を気に入られていたアリストは部屋を与えられていた。
かわいらしい顔と、細い手足に体。
それらが色あせないようにと、親方主人は小さいながら部屋をあてがった。
その部屋に入ると、ベットに敷かれたシーツに箱を置いた。
箱は相変わらず銅色で何の変哲もない立方体。
何か入っているらしいが、あけるところもない。
アリストは何か変わったところはないかと躍起になって探していたが、ついに諦めてバスケットの中にそれを放り込んだ。
ずぶぬれのチュニックを脱いで、新しいチュニックに着替えるとアリストはバスケットを抱えて屋敷を後にした。
少し重めのバスケットの中には親方主人の仕事をうまく回す働きを持つ賄賂がたんまり入っている。
もちろん現金ではなく、高額なものたちがごろごろと入っている。
現金だと警察に捕まってしまうからだ。
その賄賂を役所や大きな店に渡すのが、アリストの仕事のひとつ。
18世紀の今は、役所や大きな店と手を組めばいくらでも稼げるのだ。
足取り重く、アリストは街へ向かった。
左右に開けていく森の中、てくてくと十五分ほど歩けば街はすぐだ。
だが乗り気ではない。
この賄賂を渡すと、何かと優しい街の住民を金貸しの歯牙にかけることになる。
金貸し親方主人と役所と大きな店が行う悪循環。
それは大きな店で起こる詐欺から始まり、役所による多額な賠償金請求をする裁判、そして親方主人の金貸しで終わる。
善良で良い人間を捕まえて、物を壊させる。
するとい役所から裁判に召喚されて、多額の賠償金を支払う様命じられる。
そして困った善良な市民はやむを得ずたった一つの金貸し機関、親方主人に金を借りて借金地獄の世界に足を踏み入れるのだ。
アリストはその片棒を担がされて嫌気が差していたが、いくらその顔形が好まれているからといって奴隷が主人に抗うことは出来ない。
そして今日も、とぼとぼ歩きながら、誰かが罠にかかるのを見ているしかない。
さて、今日もまた街へやってきてしまった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.6 )
- 日時: 2013/04/17 12:55
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
「おやアリス!お使いかい?」
「アリス、仕事が終わったら店においで。ちょうど新作のケーキができたんだ。味見をしておくれよ」
「アリス、一緒に遊ぼうよ!」
街に足を踏み入た瞬間、アリストの愛称が飛び交う。
そして数歩も歩かないうちに、陽気でやさしい人々に囲まれるのだ。
アリストはそんな彼らが大好きだが、彼らを罠にはめる片棒を担いでいる。
やさしい彼らも、アリストが賄賂を運んでいると知ればもう愛想良くしてくれないのだろう。
ともかくアリストに対してこんなにも親切なのは、アリストが悪徳商法の豪遊主人に仕える奴隷だからだろう。
かわいそうかわいそうと、せめて町にいるときくらい羽を伸ばせるように、やさしくしてくれているのだ。
それともうひとつ、親方主人が気に入るその姿顔だちを、同じように街の彼らも好いていたからだろう。
「ありがとう、用事が済んだらすぐいくね」
アリストは彼らににっこり微笑んで、市役所へ足を延ばした。
この街は大都会ではなく、小さいといえば小ぶりの街だ。
馬車が行き交い、通りには街灯が立ち並ぶ。
一年ほど前に、ある発明家が考案したフィラメントを使う街灯だ。
以前まではガス灯であり、現在の白熱電球より劣っていた。
そのほかに、写真・蓄音機・電話など、数年ほど前に入ってきた技術があちらこちらに散らばっている。
この街にはないが、もっと大都会に行くと、蒸気で走る蒸気機関車と、蒸気船があるという。
数か月後に、万国博覧会が隣国で開かれるらしいが、きっと見る機会はないだろう。
科学がある程度進んできた現在では神やそういう類を存在しないという輩が多いが、この街にはちゃんと教会が立っている。
その前を通過しながら、アリストはその隣の役所に入って行った。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.7 )
- 日時: 2013/04/17 14:21
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
「毎回どうもね」
いやらしく笑った役所の係員は、アリストが渡した賄賂を受け取って仮面舞踏会の仮面のように、半月型の口の裂けた笑い方をする。
その笑みが酷く不気味で怖い。
賄賂を貰ったらみんなそんな顔になってしまうのだろうかと、アリストは少し怖くなる。
バスケットはまだ重い。
一番量が多いのは、大店の主人に渡す賄賂だ。
この街一番の大きな店で、売り上げも売り物も他のどの店より多い。
大通り、馬車がひときわ多く走る通りに陣取って、その店は今日もにぎわっていた。
ほしいものは皆ここに。外国のものも、衣類も食品もすべてそろっていた。
無いものといえば最新の流行くらいであるが、それも一ヶ月もすればすぐに店に並ぶようになる。
その大きな店はあせた色のレンガで出来たバロック調の建物である。
バロック調とは、機能だけでなく芸術性にも富んだデザインのことである。
上品で高貴、どこかアンティーク品のように古めかしさを感じさせるデザインが、現代の王族に好まれていた。
ここの主人も金だけには飽き足らず、王族貴族の格式がほしいらしく、建物をバロック調にしたのだ。
その店は3つのエリアに分かれている。
貴族や金持ちだけが行けるエリアと、中間貴族、一般と、階級別に分かれるのだ。
足を踏み入れたらわかるが、服装・身なりをチェックされる。
チェックといってもそれは目測で、高価なものを身につける貴婦人や紳士には丁寧な店員がつき、美しい装飾品や絵画、食べ物にしろ何にしろ硬貨で上等なものをあてがう。
だが普通の人々や中間貴族は偽物をつかまされたり、良くないものを売りつけられる。
まだ買うか買わないかの選択の余地があるだけマシであり、詐欺に引っかかれば大損害である。
アリストが店に足を踏み入れた時ガチャーンッとけたたましい食器の割れる音がした。
汚らわしいものを見るような目つきでアリストを見ていた貴族達が、すぐさま反応して音の発信を好奇のまなざしでみる。
そして続く店員の罵声。
「なんてことしてくれたの!コレは高価な壺なのよ!弁償して!」
あぁ、詐欺だ。
アリストは横目でかわいそうな詐欺の被害者を見た。
真っ青になって何度も謝っている。かわいそうで仕方がないのに助けて上げられない。
それどころか詐欺の片棒を担いでいるのだ。
(あんな壺、どうせ安物なのに)
心の中でつぶやき、アリストは店の奥へと振り切るように歩き続けた。
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