ダーク・ファンタジー小説
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- Wild but Safe! 危険だが安全!
- 日時: 2013/07/16 19:15
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
きらめく水底にそれを見つけたとき、何かとても素晴らしいものかと思った。
思わず体が反応して、落ちているものに飛びついてしまう癖が出て、泉に飛び込んだ。
心臓が激しく跳ね動き、酸素を余計に消費していく。
ただ僕はぎゅっと口を結んで酸素がなくなって行くの我慢して深くもぐり続けた。
水深が深くなるにつれて水中に差し込む太陽の光がカーテンのようにひるがえる。
僕がオーロラを知っていたなら、きっとオーロラだと思ったことだろう。
だがあいにく僕にはオーロラなど、どこか遠くのことについての知識は全くない。
あるとしたら床の磨き方や、窓の拭き方、いずれも奴隷として雇われて必要なことしか僕は知らない。
だから必死に深い底にもぐって、拾い上げたそれが何なのか、僕はまだ知らない。
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Wild but Safe! 目次
第一部 『 Wild but Safe 』
前編:>>001-018
中編:>>019-055
後編:>>056-77
Cast:>>78
第二部 『 Lunatic but Stability 』
前編:
中編:
後編:
第三部 『 Separat but Resumpt 』
前編:
中編:
後編:
流血表現有
部の最後にCastが乗ります
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.73 )
- 日時: 2013/07/11 21:27
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
血は出なかった。ただ、重すぎる物質の落下音だけが辺りに浸透する。
「あ・・・ぅ・・・おやかた・・・」アリストは目を見張り、のど元まで競りあがる吐き気と絶望による動悸に吐息に似た悲鳴を上げた。
親方が、死んだ・・・。
享年46年と少し。アリストの育て親で雇い主の街一番の大金持ちのマクバーレンは、司祭の手で処刑された。
18世紀の処刑において断頭は名誉ある死だった。かのマリーアントワネットも王族としての高貴な処刑においてギロチンによって殺された。
王族の類、貴族やら名誉騎士はみな、オノで首を叩き切られるか、可動式のギロチンによってすっぱり首を切断されて死んでいた。
—どこか名誉ある死なんだ?
アリストは恐ろしさのあまり黙り込む市民と当然だという顔で死に絶えた親方の亡骸を見つめている司祭たちをねめつけながら思った。
—首を切り取り、体からその頭が転げ落ちたその亡骸は、ほかのどんな殺され方をした遺体と結果的には同じじゃないか。
—もう親方は笑わない。怒らない、怒鳴らない、しゃべらない・・・
「ひぐっ・・・」予想外だった。緑色の瞳に大粒の涙が温泉のように湧き出て、頬を転げ落ちてゆく。下唇をかみ、声を押し殺した。
仕事でドジを踏むと怒鳴り散らす親方。何かとこき使う親方。大金のおこぼれを少しもくれなかった親方だったけど、いざ失うとこんなにもつらいとは!
奴隷として売られたとき赤子だったアリストを15年の間育てたのは他でもないマクバーレンだった。
どんなに怒鳴ろうが怒ろうが、結果的に育ての”親”だったわけで、その死は心をえぐるような痛みを走らせる。
もういないのだ、親方は。もう戻ってこないのだ、会話も出来ないのだ。そう思うとアリストは涙を止めることは出来なかった。
だが、無常にも司祭たちは死刑を進めていく。静まり返り怯える市民達の目の前で、松明を掲げた集団がゆっくりと行進して来る。
今度はアリストの番だ。
親方の断頭の処刑よりも更に上を行くむごたらしき処刑法。
生きたまま人を焼き殺す、火刑の処刑が開始されようとしていた。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.74 )
- 日時: 2013/07/12 21:46
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
親方が殺されてしまったことで、アリストは目前に迫るおぞましき処刑を人事のようにただ見つめていた。
足元に良く燃えるように乾燥させた木々が積み重ねられていく、聖油がその木々に満遍なくかけられている。
人の波にくぐもった悲鳴が時折聞こえるが、そんなトルテの嘆きもアリストの耳には届かない。
「これより凶悪な悪魔のより代として—」司祭様が高く松明を掲げて叫んでいるが、アリストの心はどんより曇って”声”に気づかない。
—死ぬ気か—もう一度契約を取り交わせ—間に合わないぞ—あぁなにやってんの子ヤギぃ
さまざまなその声が気を引こうと騒ぐのだが、効果は全くない。
「—よって今日ここに、古来の悪魔の封印に終止符を打つ」
司祭様の言葉が終わり、こちらに歩いてくる。その手の松明はごうごうと燃え上がりながら、黒い煙を放っている。
ソレを見て焦ったのだろう、悪魔達の声が大きくなる。
—おい、聴いているのか子ヤギ!!
ひときわ大きな悪魔の叫び声の後に、アリストはポツリとつぶやいた。
「ぼくのせいで親方は死んでしまった・・・」
かすれた声には絶望と諦めが色濃くにじんでおり、アリストは目をつぶる。もう諦めたのだ、死を受け入れたのだ。
ソレを悟った悪魔達は冗談じゃないと真っ青になる。司祭の持つたいまつはもう目の前まで迫っている。
その手が伸びて、花束でも投げるように、燃える松明がアリストの足元に投げられた。製油の油を走るように炎が駆け巡り、その迫力に市民達からは悲鳴が上がる。
アリストは熱いのも我慢してぎゅっと口と結び、自らの悲惨な運命から目をそらしていたが、ソレも後十秒も持たないだろう。
火はすでにアリストのつま先に喰らいつこうと揺らめいている。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.75 )
- 日時: 2013/07/12 23:35
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
「ぁづ・・・」アリストが押し殺した嗚咽を漏らすと、市民達は一斉に目をそらしうつむく。
恐ろしい光景だ、目の前で幼い子供が焼き殺されようとしている。
炎は聖油をかけあがり、舐めるようにアリストの足を堪能しているようだ。痛みに身をよじって悲鳴をあげるけれど、縛られているためソレはムダである。
聖職者の黒頭巾でさえ目をそらし、うつむいているのに対して司祭様だけは目をそらさなかった。悪魔がアリストと共に死ぬのを見届けるまでは何があっても目をそらさないつもりらしい。
ひときわ高いアリストの悲鳴が響くと、空が不意に光を失った。雲ひとつない青空が色を失っている。市民がその異変に気づいた頃、司祭はソレが悪魔の仕業と察知して高らかに叫ぶ。
「聖水を—!」だがその声を雷が落ちたような猛烈な声がかき消す。
「このバカ者がッ」
ひどく怒りに満ちたその声に、その場にいた皆が首をすくめる。
炎までもがその声にひれ伏し、縮こまっている。
「俺様をこんな俗世に呼び出しやがってオマエのせいだそ子ヤギッ」
姿の見えない悪魔がイラただしげに叫ぶと、炎が爆発した。
盛大に吹き飛んだ火についた木片や、火の粉が空を美しく彩るが聞こえてくるのは感嘆のため息ではなく悲鳴だ。
「聖水をかけろ!」司祭が叫び声をあげて逃げ惑う市民を押しのけて部下の聖職者達に命令する。
黒頭巾たちはすぐさま聖水の入ったバケツを抱え、アリストめがけてかけようとするが、くすぶっていた炎が火柱のように急に立ち上がり黒頭巾たちを焼いた。
ぎゃああという悲鳴と共に聖水が零れ落ち、広場のタイルに染込む。
その炎の渦の中心に見え隠れするのは、確かな人の形を取るもの。
白く良くなびく服を身に包み、赤い目には炎がゆれているように見えた。そいつが貼り付けにされたアリストのほうへ向き、怒った形相のままいう。
「アイニ、出て来い」
その声に反応してアリストの体から猫の耳が飛び出す。
ピンク色の柔らかそうな耳が現れ、そして黄色の瞳、茶色の薄汚い袖ありのワンピースを着た少女が、両手に松明を持って飛び出してくる。
その猫のようなしなやかな体がアリストの体から抜け切ると、ピンクの長いしっぽがしゅるりと空中におどった。
「わーいやったー、パイモンに呼ばれたって事は燃やしても良いんだよねぇ?」甘えたような猫なで声で、パイモンと呼ばれる炎の渦にいる悪魔に問う猫耳の悪魔アイニは首を傾げる。その背後から紫色の修道着に身を包んだ癒しの悪魔ブエルがアリストの胸元からそっと出てくる。
「さっさと片付けて持ち場に帰るぞ、俗世は好きじゃない」
実体化した悪魔をみた市民達は狂ったように逃げ、黒頭巾と聖職者でさえ逃げ腰になっている。だが司祭様だけがどうにかしてアリストを殺せとわめき散らした。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.76 )
- 日時: 2013/07/13 13:44
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
ブエルがアリストの足の大やけどを癒し、猫の耳を生やした悪魔と火炎柱の中で不機嫌そうに唸る悪魔がわずかに残った黒頭巾と勇敢にもオノを振り回す司祭様の相手をする。
「さぁ治ったわよ。今はずしてあげるわ」優しく言ったブエルは、悪魔には似つかわしくない献身の癒し手の悪魔である。アリストは涙ぐんだまま、ありがとうと煙でつぶれた声でつぶやいた。
死の覚悟は出来ていたはずなのに凄まじい、例えば皮膚をはぐような痛みに直面すると生に対する願望が強くなる。
辺りをうかがうと炎で赤々と照らされている。鼓動が70しか感じられないので3っつの心臓の欠片である悪魔が今出て行っているのだ。
と、70の鼓動の内のひとつが消えかかるような不思議な感覚を覚え胸元を見下ろすと、日本刀が青白い手につかまれてぬっと体から出てくるのが見えた。
「ブエル、これを使ってください」という完全にやる気をなくしたような声は殺戮が大好きで血液を見ると性格が豹変する悪魔、グラーシャ・ラボラスのもの。ブエルがその日本刀を受け取ると、慣れない手つきで構える。
そして危なっかしい所作でアリストの手足を固定していた金具を切断し、拘束から解放した。日本刀は再びアリストの体の中に引き込まれていく。グラーシャの声も聞こえなくなり、鼓動がきちんと70正確に脈打った。
「さぁ、アイニとパイモンが戦っている間に私たちは逃げるよ。アリスト、大丈夫?走れる?」
ブエルの問いにアリストは震えながらその差し出された両手を握り返し頼む。「…親方を治して」
ブエルの瞳にいっしゅん悲しみがよぎり、ソレは無理だと小さく告げる。
「死んだものを蘇らせるのは私の能力じゃない。そう、夜・・・夜になったら彼女に頼んで御覧なさい」
「彼女って・・・?」ブエルの言葉にアリストは希望を目にともらせてすがる。だがブエルはアリストの手を引きながら、逃げている間に話すと言い、アリストをせかした。
アリストはいまだ断頭台に寝転がる親方を一瞥し、焦げた服のままブエルの後を追った。
逃げ惑う人々とソレを追い立てる炎をつかさどる悪魔と放火大好きの猫耳悪魔を遠めに、屋根の上で処刑の一部始終を眺めていた人物は口元に笑みを浮かべた。
「すごいすごい、まさに僕にうってつけの人!」
そして悪魔達に見つからないように屋根を飛び降りると、背負った皮製のリュックが重そうな音を発する。かぶっていた帽子が落ちる前に片手で押さえつけ、着地する。そして逃げていくアリストの背中を興奮が抑えきれないように笑顔で追いかけていく。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.77 )
- 日時: 2013/07/13 15:06
- 名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)
ここまでくれば大丈夫、とブエルがようやく足を止めた。
ここはアリストの15年間育った町から離れた、黒い森—通称シュバルツバルトの付近。針葉樹林に覆われたこの森はうっそうと茂り、光さえも通さない木々の影で支配されている。ひんやりとした空気が闇から漏れ出してアリストの上気した顔を撫でる。
「はぁ—ぶ、ブエルって女の子なのにすごい足速いし持久力あるね」
「あぁ、私は悪魔だから、姿にだまされちゃ駄目だよ」振り返った彼女は相当な距離を猛スピードで走ったというのに顔色ひとつ変えない。
息荒げて森の幹にひれ伏したアリストとは比べ物にならない。
「そうだ・・・」やっと呼吸が整ったアリストはぐったりしながらブエルにたずねる。
「親方を・・・誰が蘇らせられるの・・・?」
「はいはい、ソレは契約の証を差し出した後でまたご契約くださいね」ブエルが答える前に心臓の欠片がひとつまた消えるのを感じた。声を発しながら目の前に降り立ったのは真っ赤な鎧の青年。契約を欲する悪魔ベリト。
「まったくあなたは殺されそうになって…死ぬならあなた単体で死んで下さいよ。まったく我々まで死ぬとこでしたよ」
ベリトがイラただしげに言うので、アリストはソレは失礼しましたと頭をかく。とベリトが急にアリストの腹に手を突っ込み、手斧を取り出した。グラーシャの収集した刃物を取り出したのだろう。
本日二度目だが自分の体から刃物が出てくるのを見ていい気分はしない。取り出す際にどこか引き裂かれているのではないかと不安になる。
「さーぁて、コレを破壊しなくては」
斧を振りかげたベリトをアリストは必死になって飛びのく。
手のあった場所に斧が突き刺さり、土の塊が吹き飛ぶ。
「ベリト、やっぱりハンマーの方が良いんじゃないですか?」と、再び腹部から腕がにょっきり出てくる。その青白いグラーシャの手には工具世のハンマーが握られている。
ソレを見てブエルがやれやれと首を振って言うが「そういう問題じゃないと思うけど。日本刀で切ったらどう?」みんな悪魔は非常識でどんぐりの背比べである。
「僕だったらはずさないね。君もそう思わない?だって、ソレさえつけていたら永遠に悪魔を使役できるんでしょ」
ふいに声が降ってきてアリストは頭上を見上げた。悪魔達はいつの間にか引き締まった剣呑な顔をしている。
すとっとアリストの傍らに着地したのは16歳ほどの少年。赤茶色のかみにベージュ色の帽子と、きちんとした紳士的な服に皮製の少し大きめのカバンを背負っている。手には固そうな大型本。どす黒い赤の色だ。
何だコイツはと観察しているとその少年はアリストにウインクして言う。
「検診の癒やし手ブエルに、契約を望むものベリトっと・・・あとは、戯れる猫アイニに、炎をつかさどる者パイモン。72悪魔だね」
ビックリしたのはアリストよりも悪魔達だった。と、ふいにアリストの腹部から手が伸びて手斧が至近距離で少年に放たれる。少年は顔をしかめながら分厚い本で斧をスパンとはじく。
「血を欲する者グラーシャ・ラボラスもいるみたいだね」
そしてにこやかに場違いなことを言う。
「申し遅れました、僕、エミール・グリヨ・ド・ジヴリ。悪魔研究家の第一人者です。ジヴリと呼んでください」
あっけにとられる彼らの前で、ジヴリは優雅にお辞儀して見せた。
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