複雑・ファジー小説

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鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲
日時: 2013/06/04 05:36
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)
参照: http://ameblo.jp/10039552/

[お知らせ!]
第9章開始!


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  目次
最新章へ!  >>97-105
本日更新分! >>105
キャラ紹介製作>>37 (4/4更新
(31ページから行間に改行入れてみました。まだ読みにくければご指摘ください)

序章 当ページ下部
   キャラクター紹介 >>37
キャラクター紹介:姫沙希社 >>76

第1章 ノア         >>01-04
第2章 影ニキヲツケロ  >>05-10
第3章 雷光は穿つ    >>11-17
第4章 強敵        >>20-24
第5章 触らぬ神も祟る者 >>25-36
第6章 姫沙希社     >>38-51
第7章 ささやかな試み  >>52-75
第8章 平穏の中に    >>77-96
第9章 魔族再来     >>97-105
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ごあいさつ。

どうもはじめまして、たろす@と申します。
とりあえず覗くだけ覗いて頂ければ幸いと思います。

基本的には王道ファンタジーですが、いかんせんスプラッターな描写が多数ありますのでそこだけ先にお断りさせて頂きたいと思います。

えー、もうひとつ。
誤字脱字には一応気を付けてるんですが発見したら一報いただけるととてもうれしいです;;

それでは、長い長いレクイエムの序曲が始まります。

---------------

序章:今宵も仄かな闇の中から。


部屋は暗かった。
それは明かりがどうのこうのと言う事でも、時刻がどうのこうのと言う事でもない。
勿論の事春の夜更けという事実が無関係とは言わないが、何か超自然的な質量をもった闇がそこにはある様な気にさせる。
まるでこの世の最後の輝きだとでも言いたげに、小さなライトスタンドの僅かな明かりが広い室内を異様に寂しく、哀しく照らしている。
光量を抑えてあるのか、やはり人工の光では照らしきれない闇がるのか、隅の方は闇に覆われていてよくわからないのだが、それでも一目でわかることがある。
その部屋は余程の豪邸か高級ホテルの一室であろうということだ。
ライトスタンドの置かれた机は小さいが豪奢な装飾が施された黒檀。
その机の上にあるパソコンは今春発売の最新型であった。
毎日時間をかけて洗ってあるか、使い捨てにしているのであろう、汚れどころか皺一つ見当たらないシーツのかけられたベッドはキングサイズである。
そんなベッドの上に打ち捨てられているのは読みかけどころか、買ったはいいが開いてすらいないと思われる雑誌や小説だ。
そのほかにも壁に掛けられた巨大な液晶テレビ。
同じぐらい巨大なソファー。
そしてその向かいに置かれているのは大理石のコレクションテーブル。
壁際には個人の部屋に置くにはあまりにも大きな冷蔵庫があり、肩を並べるように絵物語を模した装飾の施された食器棚が置かれている。
中に入っているのはグラスばかりだ。
上段にはワイングラス、中段にはウィスキーグラス。
どれ一つとっても数十年、数百年の重みを感じる匠の技が作りだした逸品であることが容易にうかがえる。
そして下段には名だたる銘酒が所狭しと並べられている。
向かいの壁に置かれているのは叶わぬ恋の物語を一面に描いた置時計だ。
動いてはいないが、コレクターならばそれこそ財産の全てを投げ出してでも手に入れたい逸品であろう。
しかし、全ては幻だ。
なぜならば、その部屋の主はそんな豪奢な備品に全く興味を示していないのだから。
分厚いカーテンが覆う窓際に、それだけは後ほど運び込まれたことが伺える小さな椅子とテーブルが置かれていた。
椅子とテーブルはアルミ製の安ものであったが、贅を尽くした部屋の備品にも勝る輝きがあった。
その椅子に腰かけているのは部屋の主なのだが、その姿を一目見ればこの部屋に何の興味もわかなくなるであろう。
それほどまでに主は美しかった。
長く艶やかな輝きを放つ黒髪と閉じられた切れ長の目元を覆う睫毛の哀愁。
すっきりと伸びた鼻梁の線、憂いを湛えた薄い唇。
肌は透き通る程白く、キメ細やかであった。
仄かな明かりに染まったその姿は、まさに神に愛された天上の細工師による至極の作品の様でさえある。
ふと、切れ長の目が開かれた。
大きな黒目には大きな意志を感じ取れる。
中性的な顔立ちではあるが男だ。
彼の名は姫沙希乃亜(きさき のあ)。
ゆっくりと彼は立ち上がり、分厚いカーテンを開けた。
夜更けにも輝く夜の街並みの明かりが、彼の目にはどう映るのか。
しばらく眺めた後、彼はまた窓辺の椅子に腰かけた。
今宵も誰ぞ彼を訪ねてくる者があるだろう。

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Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(今月中に9章を終わらせたい← ( No.102 )
日時: 2013/04/04 07:16
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: KZRMSYLd)
参照: 八城くん最強説w


九章:3話


 腹部を見下ろしたレイヴァンの目には八城の右手が見えた。 掌側を上に握った拳から二本の黒い筋が見えた。 二本の筋は真直ぐに腹部から入り背後へと抜けているであろう。
 止まることのない泉の様に鮮血を滴らせながら、驚きの表情のままのレイヴァンは崩れ落ちた。
 右手を引いた八城は倒れた敵に見向きもせずに、彼の持ち場とでも言うべき隔離室の前に戻る。 工藤要を護る事が彼の最優先事項だと言うのならばそれは非常に律儀な振る舞いだが、自分が斃した相手に僅かにさえ目を向けない所は流石に倫理観の欠落を感じさせる。
 しかし、何という一撃か。 見よ、八城の右手首から甲にかけて走る漆黒の筋はそのまま拳から30センチも飛び出て鋭利な刃となっているではないか。
どこか人の皮を剥ぐエイリアンの映画を彷彿とさせるその武器は、音もなく彼の手首を越えて前腕部に収納された。
 だが、扉の前で踵を返した八城は、どこか称賛の色の窺えなくもない表情で声を上げた。

「おやおや、魔族は丈夫ですね。」

 その緊張感の欠けた称賛がゆっくりとではあるが起き上がったレイヴァンに対してなのか、腹部の傷が跡形もなく消えている魔族の血に対してなのかは電子脳にしか分からない。

「おまえ、人間じゃないな? 魔族でもない。 一体お前は何だ?」

 対するレイヴァンの声もどこか愉しげであった。 顔に浮かぶ笑みも先ほどまでの勝利の笑みではない。
それは正しくかつてない強敵に出会えた戦闘者の血の喜びだ。 戦う事でしか己を表現できない者特有の笑みだ。

「まあいい、確かにお前は強い。 しかしな、ここからが魔族の戦いだ。」

 そう言い放ちながら声と共にレイヴァンは跳んだ。 要戦での八城の如く、低く、早く、遠く。
 しかし、八城の目ならば認識不可能な速度ではない。 そして跳躍の寸前、レイヴァンの全身が黒い文様に彩られたことも。
 直線距離5メートル以上を跳んでの真っ向唐竹割りを、八城は受ける態勢になかった。
それでも人体力学どころか物理の法則を完全に無視した驚異的な身の捻りで、振りかざされた一刀を回避した八城の右手が拳を作った。 音もなく漆黒の刃が二本迫り出す。

「この刃はですね、社長曰くプレデタークローと呼ぶらしいですよ。」

 相も変わらぬ愛想笑いと間の抜けた声と共に繰り出される瞬速の薙ぎ。 回避の為に捻った体が戻る勢いで繰り出される一撃には全くの無駄がなかった。
 しかし、相手も流石に魔族。 虚空を薙いだ一撃が仕留めるべき魔族は既に二歩ほど下がって次の一撃を構えていた。
 右の薙ぎが空を切ったのを認めたか否か、八城の動きを待たずにレイヴァンは八城の左半身に大きく袈裟がけに切り込んだ。
 眩い火花に一寸遅れて、甘美な程に美しい金属音が上がる。 レイヴァンの一刀を撃ちとめたのは左手首から伸びる漆黒の刃であった。 右手と同じ爪状の刃が左手にも装備されていたのだ。

「おっと、左もか。」

 軽く呟くレイヴァンではあったが、顔には驚きと感嘆の表情が浮かんでいる。 八城でなければ左肩から斜めに胴がふたつになっているところだ。
 それを眼前の男はたったの一撃、どころか左手を構える以外に一切の動作を必要とせずに防いだのである。
 如何に八城が驚異的な手練の持ち主とは言え、レイヴァンは魔力覚醒を行ってる。 それをいとも容易く受け切るとは。
 これではレイヴァンが後方に大きく跳んで間合いを取ったのもいたしかたない。 だが、大きく深呼吸したレイヴァンは、しばしの間を置いて叫んだ。

「"突風(ストーム)"!」

マルベリー 店舗 ( No.103 )
日時: 2013/04/15 12:42
名前: マルベリー 店舗 (ID: oYbsev37)
参照: http://www.mulberryoutletsonlines.com/

はじめまして。突然のコメント。失礼しました。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(こっちも更新速度上げてく! ( No.104 )
日時: 2013/04/27 13:15
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: KS1.rBE0)
参照: 風の魔術が人気なようです。


九章:4話


 レイヴァンの声と同時に、背後へ向けた彼の両手から爆風が飛んだ。 無論、八城の電子脳はそれが加速器の役割だと瞬時に断じた。
 レイヴァンの両手から生み出された爆風とでも呼べそうな風が生み出した推進力が、コンマ二桁以下の速度で3メートルの距離を詰める。 これにはさしもの八城でも回避不可能。 八城の電子脳の情報処理速度は今の様に目標に集中していればコンマ二桁以下の処理速度を叩きだせるが、関節の方が追いつかない。
 風を巻くどころか風となって襲う軍刀の一突きが、漆黒の軍刀が腹部に突き刺さる。 はずでだった。
 甘美なまでの金属音と共に、レイヴァンの手に硬質な感触が伝わる。 そして、本来ならば柄まで突き刺さっても止まらないであろうエネルギーの全てを持ってしても、八城の腹部には僅かにさえ刃が刺さらなかった事実も刃を伝う。
 魔鉱石の刃が腹部に打ちとめられた事に驚愕するレイヴァンではあったが、ここは流石に戦い慣れた魔族。 両手で握り直すや、上向きの刃をそのまま上に振り抜いた。 社内での基準服であろう無地のYシャツが二つに裂ける。

「直したばかりなんですけどねぇ。」

 二歩ほど下がって構え直すレイヴァンに対して、どこか溜息にも似た八城の声が届いた。 普段の愛想笑いに比べれば、表情までもが僅かに落ち込んで見える。 その視線の先では、切り裂かれたシャツと生体皮膚、そしてその奥に網目状の繊維が覗いていた。
 先に施された防御装甲強化の賜物である。 通常装備ではまた神経回路が切断されていたであろう。 黒い繊維は、筋肉繊維の様に幾重にも編まれた魔鉱石の防御装甲と、関節の動きを操作する為の神経回路だ。
 魔鉱石の硬度は言うまでもなく、繊細かつ柔軟な動きを要求される神経回路さえナノチタンと超々ジュラルミン、ドライカーボンを併用した現代科学では最高強度を持つ金属繊維。 歩兵が屋内で携行できる現代兵装では簡単には傷つかない。
 そんな八城の本質を垣間見たレイヴァンは、次第に口角を吊り上げていった。 抑え様にも抑えきれない、心底からの笑いがその顔を埋める。

「ははは、そうか、機械強化か。」

 レイヴァンの笑い声は明らかな蔑みの色を帯びていた。 そうまでして力を得たいのか、人間はと。 どこまでも滑稽な、レイヴァンの教えられてきた人間像、魔族たちの信じる"何処までも滑稽"な存在、その教えは確かにその通りだったと。
 対して、八城は僅かに自嘲気味に嗤った。 相変わらず人を小馬鹿にしたような表情ではあるが、彼をよく知る者が見れば、幾分悪意を感じさせる笑みで。

「いえ、強化ではなく機械なんです。 私は完全機械型なんです。」
「なに?」
「魔鉱石製の強化骨格をコンピューター、無機物が制御しているんですよ。」

 あまりにもあっさりと言い放つ八城の声にレイヴァンが凍った。
 完全機械型。 つまりは死なないのではないか。
 しかし、それも一瞬。 レイヴァンの口元がまたも蔑みの笑みを結んだ。

「破壊は可能だな。」

 その落ち着いた声、同時に声と発生したは轟音にかき消された。 レイヴァンの声が魔術の発動媒体になっていたのだ。
 工藤要の烈風と互角かそれ以上か。 細い廊下を無尽に駆け抜けた烈風は、八城を紙切れの様に切り裂いた。
 だが、術者の声さえかき消すほどの轟風の中で、すぐさま八城の声が聞こえた。 驚くほど鮮明に、驚くほど近くで。

「風の刃では不可能ですね。」

 次の瞬間、八城の両手の両手の刃、P・クローが掬い上げるようにレイヴァンを縫い付ける。 左右の脇腹から両肩までを貫く一撃は、レイヴァンにさえ認識不可能な速度で振りかぶられる。 勿論レイヴァンは先ほどから魔力を覚醒させている。 そんな"本来の実力"を発揮しているはずの魔族が、防ぐことも見止める事も出来ぬ一撃。
 一瞬にして風がやんだ。

「これで二度殺しました。まだやりますか?」

 苦悶の表情のレイヴァンに対して、八城は相変わらず間の抜けた声で訊いた。 まだ息をして、尚且つ二本の足で立っているだけでもレイヴァンの力は疑う余地もないが、彼はは悔しげに、憎々しげに歯ぎしりした。
 二度殺した、とは人間相手ではという事であろう。 確かに、腹部に受けた一撃と今の一撃は人間ならば確実に致命傷だ。 そこが気に喰わないのだ。 魔族である自分が、人間と変わらない認識をされている事が。
 しかしこの八城と言う男はどれほどの戦闘能力を誇っているのか。 魔族相手にこれだけの攻勢で居られるなど人間では考えられない。 勿論八城は人間ではないが、これでは乃亜以上ではないか。
 食事もせず、睡眠もとらず、疲労さえ感じない電子脳。 各関節の一つ一つに内蔵されたエネルギー源。 それも現行の電気エネルギーや化石燃料エネルギーとは次元の違うプラズマエネルギーを無限にも近い生産が可能な装置である。 関節の動く僅かな摩擦でエネルギーを生産、備蓄可能な八城は動けば動くほどエネルギーの備蓄量が多くなる。
 だが、対峙しているのは単身で姫沙希社に乗り込んでくるような魔族である。 基礎的な魔力量は人間の比ではないだろう。 つまりは治癒能力、筋力強化、魔術、その全てが脅威となるのである。 先ほどからの攻撃とて、魔鉱石製のP・クローを、"八城の腕力"で振って居るからこそ有効打になっているが、これが人間の腕力で鋼の刃を振って同じように外傷を与えられる保証はない。 先に対峙した恭と名乗る魔族には乃亜の拳が殆ど外傷を与えられなかったように、生粋の魔族が防御を意識して魔力を循環させた筋肉、表皮の防御力は、人間からしてみれば正しく鎧の様な防御力を有しているのだ。 ましてや人間ならば確実に致命傷になる傷がものの数秒で完治してしまうような相手だ、八城でなければ到底"戦い"と呼べる程度に渡り合う事など出来ないだろう。
 しかし次の瞬間、特に何を言うでもなくただ愛想笑いを浮かべていた八城の表情が変わった。 次はレイヴァンがニヤリと嗤う。
 なんと、八城の両腕に縫われている傷が刃もそのままに癒着し始めたのだ。

 「"斬撃風テラーストルム"!」

 傷もそのままなら体勢もそのまま。 至近距離にも拘らず、轟音と共に魔術が発動した。 工藤要の烈風や、先の風の術など子供だまし。 大太刀の如く舞う無数の真空刃が八城どころか、ショックアブソーバー中の廊下までもを切り裂いた。
 一気に刃を引き抜いた八城の反射神経こそ目を見張る物が有るが、彼の行動速度さえも凌駕する術の速度、範囲、威力。 正に一切の死角なしの縦横無尽の斬撃。 その術の規模は明らかに今まで乃亜が使用した魔術のどれをも超えるものであった。

「風の刃でも可能だろ?」

 未だ風刃の吹きすさむ廊下で、レイヴァンが嗤った。 勿論彼も魔術の効果範囲内であったのだが、その切り裂かれた傷さえ既にゆっくりと癒着し始めている。
 対して八城は襤褸切れの様に床に転がっていた。 動く気配すらない。 近づいたレイヴァンが爪先で突いて見てもまったく無反応だ。
 そんな久々に強大な敵であった機械人間に僅かな溜息を送って、彼は魔力覚醒を解きつながら気沼の駆けて行った階段の方へと向き直った。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(勝つのはどっちだ。 ( No.105 )
日時: 2013/06/04 05:35
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)


九章:5話


 階段を駆け上がったところで、気沼は人狼達に追いついた。 防御陣営で待ち構えていた姫沙希社の社員達が人狼の足を止めたのだ。
 乾いた発砲音が連続するが、銃撃程度では人狼たちにはかすり傷程度にしかならない。 そもそも肉体構造以前に、筋繊維や内臓を含めて、人間の常識が通用しない相手だ。

「防御班、エレベーターで社長室へ。 こいつらの狙いは工藤要と睦月瞳だ。」

 叫びながら気沼は跳んだ。 助走からの跳躍ではあるが、八城や魔族にも比肩し得る距離を彼は跳んだ。
 そのまま体重を乗せ、渾身の肘打ちを人狼の頭部に叩きつける。 三匹横並びで立ち止っていた人狼たち、その真ん中の一匹に気沼の肘が命中した。
 鈍い音と共に、人狼の首がだらしなく垂れる。
 崩れ落ちる仲間に、人狼たちは大きな遠吠えを上げた。 威嚇や哀悼の意味ではない。 開戦の相図だ。

「親父さんに報告してくれ。 侵入者は魔族一人と人狼三匹。 魔族は八城が相手をしてるってな。」

 彼の声で、防御陣営が崩れた。
 社員は皆、内戦中の勇士たちである。 各々が仲間を護りながら、指定された社長室へと向かった。
対して、前方の陣が消えても人狼たちは進まなかった。 ゆっくりと気沼に向き直ったその眼は、確かに状況を理解し、気沼を倒さねば目的が成就出来ない事を理解していた。

「さて、次はどっちが相手だ?」

 二匹の人狼と対峙した気沼は、笑顔で聞く。
 いつの間にか、気沼にも乃亜や八城の様な余裕が生まれていた。 彼は雷華術を使いこなせるのだ。
 しかし、またも彼の実戦経験は役に立たなかった。 なんと、頸を折ったはずの一匹が垂直に跳び上がったのだ。
 声を上げる間もなく、人狼の腕は振り抜かれた。 その瞬間、気沼の全身を紫電の輝きが包む。
 雷華術、防御流派の基本形である"防雷ぼうらい"は、殆どの物理的接触を電圧で弾き返す。
 流石に衝撃だけは防げない物か、吹き飛ぶ気沼であったが、飛びながら彼はくるりと着地姿勢を取った。 やはり凄まじい運動神経であるが、発動した雷華の守りがなければ恐らく即死であったろう。
 そんな気沼の着地よりも早く、つまりは人体の落下速度よりも早く、人狼たちは気沼の元に突進していた。
 左右と正面からの一斉攻撃。 どれも人間など一撃で葬る威力の鉤爪が気沼を襲う。

「"剛・雷華(ごうらいか)"!」

 声は着地と同時に聞こえた。 気沼の地面にあてがった手から円形状に紫電の稲妻が迸る。 人間ならば致死量の電流が足元を巡っているのだ。
 敵の目標が自分自身なら、そこを中心に円形攻撃で迎え撃つ。 気沼の状況判断能力は、的確に彼自身を守り、雷華術の攻撃性能を遺憾なく発揮させた。 通電効率も伝導性能も関係ない。 彼の魔力そのものが雷となり、それをそのまま放出しているのだ。 彼は差し詰め、人型の積乱雲とでも呼べようか。
 如何に人狼たちが柔軟で強靭な筋肉を有していたとしても、筋肉自体が硬直しては何の役にも立たない。 一斉に前のめる人狼たちを、瞬速の蹴りが迎えた。
 右から来た一匹の下顎が宙に舞う。 そのまま脚を勢いで左に向き直ると、崩れ落ちる左の人狼の後頭部にまたも肘を落とした。 もちろん只の肘打ちではない。 雷の魔力による筋組織の活性化と、蹴りの勢いを伴った落下の運動エネルギーが伴った一撃だ。
 見事に頸と頭の付け根を捉えたその一撃に、左の人狼の首は直角に折れた。 残るは一匹。
 前のめりの状態で何とか姿勢を維持した人狼に、気沼は右手を向けた。

 「昨日の奴もこの一撃で倒した。 お前も、な。」

 次の刹那、飢えと憎悪の籠った眼差しを向ける人狼の胸に、気沼の右手が突き刺さった。 パチパチと小気味良い音と共に背中まで抜けた右腕はまさに昨夜の再現。
 肘まで突き刺さった腕を伝い、人狼の苦しげな鼓動が彼の顔をしかめさせた。 それを振り切る様に一気に引き抜く。 激しい痙攣と共に人狼は事切れた。

「さて、五階はセンジュのフロアか。 一応確認に行ってやるか。」

 溜息にも似た、どこか疲れを感じさせる声でそう呟くと、人狼の血に塗れた右腕と靴を振りながら気沼は事務室へと向かった。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲 ( No.106 )
日時: 2013/07/25 18:26
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: L3izesA2)


九章:6話


「おいセンジュ、生きてるかよ?」

 完全にセンジュの自室と化している事務室の前で、気沼はあまり期待の籠らない声で訊いた。
 返事がないことはわかっている。
 何せ三重の電子ロックがかけられた部屋からは僅かにだが激しいギターサウンドがこぼれている。 中は大音量どころか頭痛がするほどの爆音であろう。
 少し悩んで気沼は電子ロックに手をかけた。 視認できるほどの電流が手を覆うまでに必要な時間は一秒以下。 露骨に火花を立てて電子ロックが解除されたが、もう二度と使い物にはならないだろう。
 扉をあけると、室内からは肌が震えるほどの大音量が聞こえてきた。
 耳に指を突っ込んで内部に侵入、散らかったデスクの上のパソコンを閉じるとその迷惑なギターサウンドも停止した。

「どうやって入った?」

 驚きの表情で見上げたセンジュは何やら散らかった床に座り込んでいた。
 手元にはセンジュにはあまりにも不釣り合いな斧が転がっている。 それは朝方気沼達が訪れた際にセンジュが提案した大斧その物であった。
 二枚の刃、ライオンつまりはレオを模った柄の頭、柄の中央には蛇があしらわれ、柄の後部には紅い装飾の鋭利な突起物があり、その周囲は柄も太く重量が増してある。 柄から刃までは優に1メートルを超え、頭のレオまで併せればその全長は2メートル近い。
 どうやら彼は宣言通り気沼の武器を制作していたらしい。 気沼の為に造られた、彼だけの武器。 長身な気沼が握っても、まだ大きく見える気もするが。
 そんなセンジュの問いに、気沼はパチパチと音を立てる右手を振って答えた。

「鍵、直せよ。」

 そう言うセンジュの声の不機嫌な事。 要するに彼はアーティストであって、その作業空間は彼の求める物が欠けてはならないらしい。
 それでも今まで何やらしていた斧を手に取ると、気沼に放った。

「完成か?」

 気沼も気沼で先ほどまでの呆れ顔はどこへやら。 新たな武器を手に、子供の様な感動の表情を作った。
 その一振りの質の良さは、握ればわかる。 あの乃亜をして見事と言わせるセンジュの技量は、その作品から読み取るのが一番だろう。

「外堀はな。 一番重要な刃の部分の金属比率をいじってたらお前が邪魔したのさ。」

 二つ折りにされたノートパソコンを指さして言うセンジュだが、表情は柔らかい。 気沼の素直な反応に機嫌をよくしてる事が傍目からでもよくわかる。
 そんなセンジュはどこか冬眠明けのクマの様なのそのそとした動きで床から煙草を拾い上げた。

「お前は知らないかもしれないが、姫沙希社で精製される金属は全て魔術で比率調整をした石材だ。 石材の中の原子を土の魔力と雷の魔力で変質させていく訳だから石ころなら何でもいい。
 まずは中身を電気分解してからゆっくりと土の魔力を注入するとだな、注入量であらゆる金属が精製できる。
 柄の中心は魔鉱石だが、その周りに伝導性に優れた銅を薄く入れてみた。 頭のレオだが、そいつも魔鉱石に金メッキ。
 レオの中に魔鉱石の刃が圧縮搭載されてる、もしも斧のブレードが折れたらレオを左に回せば展開できる。 長刀の様にして使え。
 二枚のブレードの間には少量だが鉛が入れてある。 横から柄を叩かれてもしなるだけで折れない様にな。
 それと、鉛は重いからな。 バランスと遠心力の為に柄の後部にも仕込んだ。 ブレードと後部のスピアは魔鉱石製だが銅の比率が高い。 雷華と合わせて巧く使えよ。」

 咥え煙草のままセンジュは説明しているのだが、彼は素晴らしい技術者と言えた。 たった数時間のうちに斧のデザインをし、バランスと素材を決め、それを作り上げてしまったのだ。

「切れ味は?」

 同じく煙草に火をつけた気沼が訊き返すと、センジュは口を曲げた。

「だから、一番重要な刃の部分はまだ出来てねーの。 完成すりゃあ二代目の武器と同様に牛の首だろうが戦車の主砲だろうが斬り飛ばせるさ。」

 それだけ言うと散らかったデスクの中から器用に灰皿を探し、煙草を押しつぶした。 気沼の手から斧をぶんどる。

「もう十分待て。」

 にこやかにウィンクなど飛ばすと、センジュはまた床に座り込んでブレードに両手をあてた。
 見る見るうちに空気が変質する。 センジュから魔力が放出され始めたのだ。
 その質といい量といい、気沼が身構えるほどである。

「お前がそんなに高純度、高濃度の魔力の持ち主だったなんてな。」

 気沼が感心気味に呟いた時、彼の表情に影が下りた。
 比喩表現的な意味ではなく、開け放たれた扉の前に巨大な影が立っていた。
 振り向くよりも早く、気沼は腰に吊ったハンドキャノンを抜いていた。 接近格闘もさるものながら"抜き撃ち(ファストドロウ)"の速度も一流の名に恥じないであろう。
 引き金を引いてから撃鉄が下りて弾丸が射出されるまでの時間、俗に言うロックタイムもまた無きに等しい速度であった。
 許容量以上に詰め込まれた火薬が爆音と共に50口径の徹甲マグナム弾を撃ち出す。
 爆音に振り向いたセンジュが目撃したのは、必殺の弾丸を胸に受けて大きく仰け反る人狼であった。


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