複雑・ファジー小説
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- 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲
- 日時: 2013/06/04 05:36
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)
- 参照: http://ameblo.jp/10039552/
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第9章開始!
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目次
最新章へ! >>97-105
本日更新分! >>105
キャラ紹介製作>>37 (4/4更新
(31ページから行間に改行入れてみました。まだ読みにくければご指摘ください)
序章 当ページ下部
キャラクター紹介 >>37
キャラクター紹介:姫沙希社 >>76
第1章 ノア >>01-04
第2章 影ニキヲツケロ >>05-10
第3章 雷光は穿つ >>11-17
第4章 強敵 >>20-24
第5章 触らぬ神も祟る者 >>25-36
第6章 姫沙希社 >>38-51
第7章 ささやかな試み >>52-75
第8章 平穏の中に >>77-96
第9章 魔族再来 >>97-105
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ごあいさつ。
どうもはじめまして、たろす@と申します。
とりあえず覗くだけ覗いて頂ければ幸いと思います。
基本的には王道ファンタジーですが、いかんせんスプラッターな描写が多数ありますのでそこだけ先にお断りさせて頂きたいと思います。
えー、もうひとつ。
誤字脱字には一応気を付けてるんですが発見したら一報いただけるととてもうれしいです;;
それでは、長い長いレクイエムの序曲が始まります。
---------------
序章:今宵も仄かな闇の中から。
部屋は暗かった。
それは明かりがどうのこうのと言う事でも、時刻がどうのこうのと言う事でもない。
勿論の事春の夜更けという事実が無関係とは言わないが、何か超自然的な質量をもった闇がそこにはある様な気にさせる。
まるでこの世の最後の輝きだとでも言いたげに、小さなライトスタンドの僅かな明かりが広い室内を異様に寂しく、哀しく照らしている。
光量を抑えてあるのか、やはり人工の光では照らしきれない闇がるのか、隅の方は闇に覆われていてよくわからないのだが、それでも一目でわかることがある。
その部屋は余程の豪邸か高級ホテルの一室であろうということだ。
ライトスタンドの置かれた机は小さいが豪奢な装飾が施された黒檀。
その机の上にあるパソコンは今春発売の最新型であった。
毎日時間をかけて洗ってあるか、使い捨てにしているのであろう、汚れどころか皺一つ見当たらないシーツのかけられたベッドはキングサイズである。
そんなベッドの上に打ち捨てられているのは読みかけどころか、買ったはいいが開いてすらいないと思われる雑誌や小説だ。
そのほかにも壁に掛けられた巨大な液晶テレビ。
同じぐらい巨大なソファー。
そしてその向かいに置かれているのは大理石のコレクションテーブル。
壁際には個人の部屋に置くにはあまりにも大きな冷蔵庫があり、肩を並べるように絵物語を模した装飾の施された食器棚が置かれている。
中に入っているのはグラスばかりだ。
上段にはワイングラス、中段にはウィスキーグラス。
どれ一つとっても数十年、数百年の重みを感じる匠の技が作りだした逸品であることが容易にうかがえる。
そして下段には名だたる銘酒が所狭しと並べられている。
向かいの壁に置かれているのは叶わぬ恋の物語を一面に描いた置時計だ。
動いてはいないが、コレクターならばそれこそ財産の全てを投げ出してでも手に入れたい逸品であろう。
しかし、全ては幻だ。
なぜならば、その部屋の主はそんな豪奢な備品に全く興味を示していないのだから。
分厚いカーテンが覆う窓際に、それだけは後ほど運び込まれたことが伺える小さな椅子とテーブルが置かれていた。
椅子とテーブルはアルミ製の安ものであったが、贅を尽くした部屋の備品にも勝る輝きがあった。
その椅子に腰かけているのは部屋の主なのだが、その姿を一目見ればこの部屋に何の興味もわかなくなるであろう。
それほどまでに主は美しかった。
長く艶やかな輝きを放つ黒髪と閉じられた切れ長の目元を覆う睫毛の哀愁。
すっきりと伸びた鼻梁の線、憂いを湛えた薄い唇。
肌は透き通る程白く、キメ細やかであった。
仄かな明かりに染まったその姿は、まさに神に愛された天上の細工師による至極の作品の様でさえある。
ふと、切れ長の目が開かれた。
大きな黒目には大きな意志を感じ取れる。
中性的な顔立ちではあるが男だ。
彼の名は姫沙希乃亜(きさき のあ)。
ゆっくりと彼は立ち上がり、分厚いカーテンを開けた。
夜更けにも輝く夜の街並みの明かりが、彼の目にはどう映るのか。
しばらく眺めた後、彼はまた窓辺の椅子に腰かけた。
今宵も誰ぞ彼を訪ねてくる者があるだろう。
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- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(ペースが落ちてるな;; ( No.92 )
- 日時: 2012/09/01 12:20
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: dvUrJGSo)
- 参照: 雪ぐべき過去、一体何が……。
八章:12話
小ざっぱりとした室内で、彼は大きな伸びをした。
瞳の護衛任務の報告書を書き上げ、慣れないことをして溜まったささやかな疲労を感じると、束の間の日常を再認識する。
「さてと、こんなもんか。」
久々に自らが書き上げた書面を読み直しながら、気沼の脳内では昨夜の戦闘が繰り返し思い返されていた。
魔族については知識がある。
乃亜と共に姫沙希社の収集した知識を学び、乃亜と共に対抗するべく力をつけてきた。
理由は簡単だった。
人間と比較しなくとも、魔族の能力は卓越した物だ。
つまるところ、人類がかつて他の類人猿達を絶滅させ地上の覇者となったように、いつか魔族たちの攻撃が始まるかもしれない。
世間的には全く知られていない魔族と呼ばれる種族ではあるのだが、姫沙希累に言わせれば、知ってしまったからには出来る事をしなければならないのだ。
累の推測ではあるのだが、先の内戦は裏に魔族たちが居た可能性があるという。
だからこそ、彼はここに居るのだ。
乃亜に出会ったからでも、姫沙希社に助けられたからでもない。
——
彼は戦争孤児だった。
いや、戦争の後遺症の餌食になったと言う方が正しいかもしれない。
彼の家は軍属であった、両親と兄が居た。
内戦を経て軍が崩壊した為貧しい暮らしではあったが、温かな家庭があった。
彼が5歳の時、家が襲われた。
終戦という節目で退役した父に対する逆恨みのテロ行為であった。
彼以外は即死だった様で、彼の体にも二発の弾痕が未だに残っている。
それ以来、彼は生きるために殺し、食うために殺してきた。
そんな生活が半年ほど続いた頃、ひょろ長い青年を顎で使う黒衣の少年に出会ったのだ。
彼に襲いかかったことだけは覚えている。
気がつくと姫沙希社の医務室に居た。
それから彼は姫沙希累の元、警備派遣という仕事にありつきながら普通の学生生活を送ってきた。
いつか家族を襲った連中に、あの内戦を引き起こしたという魔族に復讐するために。
そして昨夜、絶好のチャンスを迎えるも、彼は自分と魔族の力の差を思い知ったのだ。
——
「親父さんに稽古でも付けてもらうか。」
自分に言い聞かせるかのように呟くと、自室を見回した。
気沼の外見からは想像しにくいが、綺麗に整頓された室内だ。
白いベッド、簡易冷蔵庫、小さな液晶テレビ、ゴミ箱が三つに今腰掛けている木の机。
あまり物がないのだが、壁際には大きな本棚が置かれていた。
しかし本はない。
全ては姫沙希社が集めた魔族についての資料と戦闘分野の資料、そして雷華術についての資料がファイリングされている。
ふと、ここ数日は姫沙希家に通っていたことを思い出し、机の引き出しを開けた。
中に入っているのはほとんどが銃器だ。
彼のためにチューンナップされた改造品ばかりだが、その中でも彼が好んで使うのは姫沙希モデルワン、通称M-1と呼ばれる社内基準装備の改造品だ。
通常は姫沙希社製の45口径弾を使用するのだが、彼の品はより強力な50口径の撤甲マグナム弾を使用している。
そのサイズからは想像できない破格の威力から、社内では「ハンド・キャノン」と呼ばれているカスタム品だ。
そんな相棒を分解、整備、再組立して、気沼は深呼吸をした。
全ては仕事の為だ。
姫沙希社の警備派遣は主に町の主要部に派遣されるのだが、戦闘地域に派遣されることや、警官隊との連携を取る事もある。
そんな場合、自らの命を預ける相棒が不発や誤作動では命が云々以前に一流の警備派遣は名乗れない。
だが、拳銃の分解、整備、整備、弾丸の入れ替えをものの10分程度で終わらせてしまった気沼は一流の名に恥じないであろう。
一通りの工程を終えて、気沼は相棒を引き出しへ戻した。
一息ついて煙草に火をつけると、机の脇に置いてあるゴミ箱を引き寄せる。
姫沙希社の社員寮にはどの部屋にも三つのごみ箱が用意されている。
可燃ごみ、不燃ごみ、そして産業ゴミ用のごみ箱が用意されているのだ。
気沼や八城の様な戦闘要員は今の様に廃棄する弾丸を入れ、アンザイやクラマの様な医療従事者は感染性廃棄物等、エンドウやセンジュの様なメカニックは再利用可能な金属片などを投じる。
ちなみに空き缶や瓶も産業ゴミに分類され、収集日は火曜日だ。
ここでまた気沼はふとした表情で、片付けた銃器を再び取りだした。
弾創を抜き、初弾をゴミ箱へ投げた。
そして三段目の引き出しを開ける。
中には手榴弾やナイフ、閃光弾や催涙弾など銃器以外の戦闘アイテムが収納されていた。
そんな中から気沼は一発の弾丸を探しだした。
先ほどまで詰めてあった弾丸と寸分変わらない。
しかし探し出した弾丸はダミーカート、弾丸の模型である。
そんなものを弾創に詰め、弾創を挿入、初弾を装填した。
これは姫沙希社内の規定である。
如何なる場合も社内に保管する銃器に装填する銃器の初弾は不発弾とする。
多くの兵器、銃器を所有、保管する姫沙希社では侵入者や襲撃者への対策としてそのような措置が取られていた。
つまるところ如何なる銃器も初弾を手動で排莢しない限り使用不可能なのである。
当然それ以外にも長らく薬室内に装填した弾丸が劣化で不発する危険を回避する、などといった効果もあるのだが。
とにかく彼はそんな規定に則り、初弾を不発弾に換装したのだ。
気沼だけではない、各フロアに配置された緊急用の小火器や社員寮の個人部屋に保管されている私物も全てがそのように保管されている。
そんなある意味で変わった日課を終えると、彼はまた報告書の読み返しに戻った。
もう一服したら報告に行こう。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(久々に更新!遂に彼の過去が… ( No.93 )
- 日時: 2012/09/12 22:17
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: dvUrJGSo)
- 参照: 己の領分、確かなもの。
八章:13話
「親父さん、失礼しますよー。」
社長室の戸を叩きながら、気沼はそう声をかけた。
毎度のことではあるのだが、何故かこの社長室の前に来ると厳粛な気分になってしまう。
「気沼くんか、報告書かな?」
返ってくるのはいつもと同じ、相変わらず穏やかな声だ。
これも毎度のことではあるのだが累の声を聞くと途端に緊張がほぐれる。
戸を開けると、毎度見慣れた書斎机に累が腰かけていた。
湯気の立つマグカップからはコーヒーの香りが立ち上っている。
そして毎度思うのだが、この姫沙希累と言う男は何かこう悟りを開いた修行僧のような雰囲気を感じる。
数多の死線を潜り抜けた結果が生に対する何かを変質させるのだろうか。
気沼にそんなことを思わせる原因の一つが彼の質素な身形だろう。
自宅、つまりは彼が夜半に訪れる丘の上の豪邸を除けば累はどう考えても一流企業の社長にしては奇妙とさえ言える質素な出で立ちであり、生活をしていた。
その唯一の例外である自宅でさえ、殆ど帰宅していない状態なので事実上累の家と言うよりは乃亜の住まいとなっている。
改めて、気沼は目の前に座る男を見た。
穏やかな表情は兵器会社とは結びつけにくい上に、内戦の英雄と呼ぶにはあまりにもありふれた男である。
着用しているスーツも気沼の制服と同じ物、つまりは社内で製造される防護繊維で作られた物だ。
したがって彼は衣類には殆ど金をかけていない。
室内も同じである。
どこにでもある書斎机とオフィスチェアにパイプイス、小さな棚に並んでいるのは各フロアの事務室に置かれているのと同じコーヒーメーカー。
机の上も同じだ。
どこにでもある簡易書類棚とクリアファイル、旧式のパソコンに各フロアに置かれているマグカップ。
そんな質素な上司に報告書を渡すと、彼はそれを笑顔で受け取った。
「きみに頼んで正解だったな。先月からようやく一仕事か。」
手渡された報告書に目を通しながら、累は穏やかに言う。
恐らく中々仕事をしない気沼への皮肉だったのだろうが、声も口調もあまりに穏やかなので、気沼がソレと認識するまでに数秒の間があった。
苦笑気味に頭を掻く気沼に、累は何やら明細の様なものを手渡す。
「いつもと同じように経理に持っていけばいい。きみはなかなか一所に留まっていてくれないから、手渡しすることにしたよ。」
どうやら給与の明細と、引き換えの書類らしい。
形だけの政府しか存在しない世の中では、銀行と言う機関がほとんど機能していない。
アンザイが使用したクレジットカードも姫沙希社名義で請求書を寄越してくれと言う物だ。
ぱっと明細に目を通して、気沼の顔が困惑の表情を作った。
「親父さん、毎回言うように、こんなに受け取れねーよ。」
その表情は正に苦悶。
なにせ彼の明細にはたった数時間、それも危険の少ない時間帯に危険の少ない場所で後輩の護衛をしただけで彼の年齢の平均年収の3分の2に相当する額が記載されているのだから仕方がない。
そんな気沼の声に、累は静かに笑った。
「勘違いしないでくれ、別に身内贔屓ではないんだ。今回はたまたま襲撃はなかったが、もしもあの時魔族が襲ってきたらきみは一人で応戦しなければならない。
人間相手ではない、命に保険をかける訳にはいかないがそれを踏まえればその程度の額では不服なのが普通だぞ?」
累の目は真剣であった。
それは友人の父としてではなく、雇主としての言葉。
確かに累の言葉は正しい、今回は運が良かっただけなのだ。
「しかしよ、こんなにもらっても使い道がないぜ。銃器の販売だって最近は不振なんだろ?」
肩をすくめる気沼に対して、累は先ほどよりも大きく笑った。
「それも勘違いは困るよ。確かに我が社の顧客選定は厳しく、兵器の売り上げは不振だ。
しかしね、我が社が販売しているのは兵器だけではない。開発部の鋼材、医療部の新薬、警備部の労力、整備部の公共事業。
兵器開発は言うなれば副業だな、売り上げは全体の数パーセント程度なんだ。」
そんな事を言いながら累は机に並んだファイルをひとつ気沼に放った。
昨年度の経理書類だと思われる書類が綺麗に整理されて収まっている。
「我が社は支店の開発や社外投資は一切行わない。それ故に倒産しようとも社員は皆独立しても十分にやっていける実力がある。ならばこそ我が社に出来る事は社の拡大ではなく人材育成と技術開発ではないかな?」
姫沙希累と言う男は私欲がない。
それがまた経営者に似合わない姿勢であり、経営者としていかに優れているかを物語っている。
そして、その心は社員達にも伝わっていくものだ。
「やっぱり、こんなに受け取れねーよ。」
もちろんこの男にも。
相変わらず穏やかな表情で累は机の角を指でなぞった。
困った時、累は決まってこれをやる。
「息子に似てしまったのか、きみも頑固だな。余っているなら家でも車でも買えばいい。我が社は社員の個人投資もみとめるよ。」
どこか優しげな声音でそう言った累の目は、まるで二人目の息子を見るかのような目であった。
恐らく気沼が累を慕う以上に累は気沼を愛しているだろう。
そんな累の目に押し負けたのか肩をすくめた気沼であったが、不意に真剣な表情で改めて累に向き直った。
「なあ親父さん。忙しいのは知ってるが、ちょいと格技室に付き合っちゃもらえないかな?」
本日二度目の手合わせに、累は快く頷いた。
格技室とはトレーニングルームに用意された小さな運動場の様な部屋である。
昨夜の戦闘で気沼が思ったことは自分の領分で結果を残す、それだけだった。
気沼には乃亜の様な魔術や、八城の様な不死性ではなく、接近格闘という領分があるのだ。
それを改めて鍛え直すために、彼もまた師へ稽古をつけてもらうのだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(一話更新、オフィシャル始動 ( No.94 )
- 日時: 2012/09/17 18:29
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: dvUrJGSo)
- 参照: 真価の深化。先に在る進化を目指して。
八章:14話
医療フロアと言う場所は、意外に人の多いフロアである。
単に医療フロアと言うが、ベテラン社員の揃っている姫沙希社にとって医療フロアとは治療よりも薬剤の研究開発が主な仕事であった。
なにせ怪我人など月に一人でも出れば多い方である。
したがって従業員も医者より薬剤師や技術者の方が多い。
そしてこの医療フロアと言う場所は意外なほど危険な場所でもある。
先にも述べた通りなのだが、研究開発される薬剤は何も全てが医療関係とは限らない。
毒薬、麻痺剤、麻酔、幻覚剤、催涙剤、強酸化剤。
兵器、武器として使用しても十分な効果を発揮するような薬剤も数多く研究開発されているのだ。
累が乃亜に使用した神経麻痺剤も、つい先日この医療フロアで試作品が完成したばかりの新薬である。
そんな危険など露知らず、瞳は黙々と歩みを進めた。
いつまでここに滞在していられるかはわからない。
しかし、その間に何としても魔力と影の扱いを会得しなければ。
何が瞳を焦らせているのかと言えば、乃亜の言葉通り実際の魔力の扱いは仮想空間ほど簡単ではなかった。
移動中の車の中、アンザイのおもちゃの様に着せかえられていた試着室、今こうして歩いている間。
余裕のあるときはいつでも魔力を意識しているのだが、仮想空間の様な術はおろか僅かな冷気さえ感じ取れなかった。
段々と決意が緩み、自信を失いかけていた時、目の端に見知った姿を認めた。
「姫沙希センパイ!」
黙々と歩みを進めていた黒い影が振り向いた。
今日は愛用のコートは羽織っておらず、何のつもりか軍の特殊部隊の様な服装ではあるが、そんな姿もまた恐ろしいほどに美しい。
「睦月か、走るな。」
乃亜の姿を認めた途端、小走りになっていた瞳に厳しい一言が飛んだ。
しかし、そんな一言にめげている場合ではない。
「何か用か?」
乃亜の言葉をうけてゆっくりと歩み寄ってきた瞳に、乃亜は普段より幾分穏やかな声で問いかけた。
乃亜は誰よりも瞳の真価を知っているのだ。
「あの、もう一度仮想実験室に付き合ってもらえませんか?」
瞳も瞳で、極限とでも言うべき死闘を経て乃亜への信頼感は揺るぎないものになっていた。
先ほどまで失いかけていた意志もまた。
「先方の予約があってな、その後で良ければ付き合おう。」
声をかけながら乃亜の視線が流れた。
瞳の背後へ。
「仮想空間まで待てんのか?騒々しい奴だ。」
乃亜の声を聞いた瞬間、瞳の頭部に硬質な感触が触れた。
「たまにはこう言うのもね。さあ二代目、どうする?」
そんな言葉が聞こえた。
恐らく頭部には凶器が突き付けられているであろう。
そして瞳の考えが正しければ乃亜は気にも留めずに応戦するはずだ。
そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、彼女の体は宙を舞っていた。
正確には乃亜に足を払われ転げたのだが、瞳にとってはどちらも同じ事であった。
「これでハンデはなしか。」
乃亜の声に、歯軋りの音が聞こえた。
どうやら背後からの襲撃者にとってこれは不測の事態であるらしい。
まさに互いが次の行動に移ろうとした瞬間、遠くから大音声が聞こえてきた。
「WD!何度医療フロアで銃を抜くなと言えばわかるんだ!」
声の主はクラマ医師であった。
近くのブロックに居たのであろう、彼は半ばあきらめの表情でこちらを見ていた。
「でもさセンセッ、久々に二代目が長期滞在すんだ、アタシら戦闘部隊も稽古つけてもらいたいじゃん。」
咎められた本人、つまりはWDと呼ばれた本人はいたって真面目に返答した。
そのまま瞳を片手で抱き起こすと、いかにも当然といった表情でクラマを手招きする。
「誰だかわかんないけど、巻き込んじゃったから診てやって。」
そんなWDの注文に、今度こそ深いため息をついたクラマ医師は手にしていたボールペンを思い切り投げつけた。
その小さな反抗心とでも言うべきペンが、実に恐ろしい兵器となる。
なんとそのボールペンは乃亜でさえ身を引く程の速度で飛来し、WDの足もとに深々と突き刺さった。
「その子は僕が診るから、お前はさっさとアンザイ主任の処方した薬を飲んで来なさい。センジュが悲しむぞ。」
普段とは気迫の違うクラマ医師の声に、乃亜が苦笑した。
視線の先には突き刺さったボールペンがある。
気付いたクラマが申し訳なさそうな表情を作った。
ここは姫沙希の所有地なのだ。
「気にするな。医務室の戸と合わせて直させよう。」
そんなことを言う乃亜の声はどこか自嘲気味であった。
彼もまた昨夜医療フロアで"破壊活動"を行ったのだ、どうやらそれを思い出したらしい。
そんなやり取りを呆然と見ていた瞳はある事に気付いた。
姫沙希乃亜と言う人物は意外と感情豊かな男である。
普段はあまりにも無関心が先行しすぎているだけで、彼もまた人の血が流れているのだ。
「睦月さんだったよね?見たところ異常はないけど、気分が悪くなったらすぐに医務室まで来てくれ。アンザイ主任の不在に問題は起こせないからね。」
クラマの声で瞳は現実に戻った。
異常なしならばすぐにでも乃亜に稽古をつけてもらわなければ。
そこでふと気付く。
「あのー、姫沙希センパイ。先方の予約ってもしかして……」
瞳は初めて傍らに立つ女を認識した。
まだ若い、恐らく二十歳の真ん中ほどだろうか。
乃亜と似たような戦闘服姿で立つ女はアンザイと同じく長身であった。
しかしアンザイとはまるで違う。
乃亜同様切れ長の目は異常に鋭い眼光を放ち、左耳にはピアスがズラリ。
ミディアムロングの黒髪には所々青と緑のメッシュが入っている。
気沼の言う通りキツイ印象を受けるのだがよく見れば整った顔立ちをしていると瞳は思った。
「あーあー、いきなりごめんね。アタシは警備派遣部のWD。みんな呼んでるからそう呼んで。」
瞳の視線に気づいたWDは鬱陶しそうに髪を掻き上げながら自己紹介した。
黒い無地のTシャツにバトルベスト、市街地迷彩のスリムカーゴといった戦闘服姿。
しかし、それを除いても表情や仕草は男らしい印象を受ける人物でる。
「睦月瞳です、よろしくお願いします。」
今までの瞳ならばあっという間に竦み上がってしまうような相手なのだが、流石に成長したようだ。
瞳が影の能力と氷の魔力を持ち、彼女を探していた旨を告げると、WDは快く承諾した。
「でもその前に、二代目が先よ。」
乃亜と闘いたがるとは、やはり姫沙希社の社員。
彼女もまた、内戦を生き抜いた歴戦の勇士なのであろう。
またも腰から拳銃を抜こうとしたところをクラマに一瞥され、渋々と仮想実験室へと向かうWD。
クラマも、特にそれ以上は言わずにその背中を見送った。
クラマは彼女の過去を知る数少ない人間の一人なのだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(2話更新、イラストとか短編とか ( No.95 )
- 日時: 2012/10/18 05:32
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: sumii.nN)
- 参照: 烈女と道化、与ふる力。
八章:15話
乃亜を先頭に仮想実験室に入ると、内部にはツツミが居た。
表情豊かにフラフラと動くこの男は、やはり道化者に見える。
「あれ?まさかピエロ主任が動かしてくれるわけ?」
そんな彼を認めた途端にWDが声を上げた。
本来ならば一個人の要望にいちいち主任クラスが付き合うことなど無い。
彼らとて一部署の主任な訳であって、そう暇でもないのだ。
加えて中々現れず、現れても他人の頼みなど聞こえても居ない様な乃亜まで同席することなど極めて異例だろう。
「いやいや、二代目に呼ばれてね。お嬢さんが睦月さんかな?実験部主任のツツミだ。よろしく。」
相変わらずやたらと指をクネクネとさせながら、陽気な声で自己紹介をする。
そんなツツミには目もくれずに、乃亜が長い髪を結いだした。
実験室に向かう途中で調達したカバンを開け、内部から緑色の小さな立方体を取りだす。
いくつか纏めて握りつぶした瞬間、彼の手のうちに戦闘部隊の必需品とも言えるバトルベストをはじめとした多くの装備品が現れた。
どれもが現行最高性能のBDUであり、エネルギー流動を計算し尽くした最先端の発明品でもある。
そんな乃亜の手の内に突然現れた物を見て、驚きの表情を浮かべた瞳を見ると、ツツミがさも愉快そうに笑った。
「いやいや失礼したよ、ソレを見て驚く人間がこの会社にはもう居なくてね。姫沙希社の試作段階の圧縮ホルダーなんだよ。
カラクリは企業秘密だが、正確には圧縮と言うよりも同次元帯に存在できる質量の最大枠を振動と電磁力で拡大しているんだな。
つまりは圧縮と言うよりも収納だ。納める物を圧縮している訳ではなく、ホルダー内の収まる空間を拡大している訳だ。」
少なくとも高校生に話して瞬時に理解できる話ではないのだが、これも時間はともかく3次元空間構想のある程度を解明した姫沙希累と姫沙希社だからこそ生産できた品である。
ツツミの解説が終わるころには既に、乃亜とWDは仕切りの向こう側に居た。
慌てて装置へと移るツツミに、WDが手を振る。
「ピエロッ!仮想空間は廃工場、魔力濃度ゼロでよろしく。今日は人間の戦い方でやるってことで。」
WDの声に乃亜が愉しげに苦笑した。
乃亜の本領は魔力と魔術を使用して初めて発揮される。
と言うよりも、見てわかる通りに明らかに人間よりも魔族に近い乃亜にとって魔力と魔術とは無意識的に発動するようなものなのだ。
それが使用不可となるのであればハンデは大きい。
しかし、そんな状況にも皮肉な、それでいて確かに愉しげな表情を浮かべる乃亜の底知れぬ精神力。
「了解した。ま、仮想空間に入るから楽しんでくれ。」
ツツミの眼前にあるスクリーンが要望通りの廃工場を映しだした。
何が起こるのかと覗きこんでいた瞳の顔も期待の表情を作る。
「ああ、この装置は魔力で操作するんだ。場所、時刻、気候のような一般的な設定や、酸素濃度や湿度、魔力濃度なんかも調整できる。
昨日はイシカワくんがきみの為に魔力濃度を限界まで高めていたんだけれども、今回は彼女の要望で魔力濃度ゼロ。
つまりは魔術の発動が不可能な状態のフィールド設定だ。」
ツツミの説明に、瞳が疑問の表情をつくった。
この会社の社員達はどこか常識から逸脱した知識や技術に慣れすぎてしまっている節がある。
「おっと失礼、魔術についての説明からいこうか。魔術と言うのは本来人間には体現不可能な"現象"を一種のエネルギー、
つまりは我々が魔力と呼んでいる非科学的エネルギーで再現する技術のことだ。
非科学的エネルギーと言ったが、これは生物が体内で生産する熱エネルギーと無意識下で生産されている精神エネルギーを掛け合わせた物、
その為に個々によって生産可能なエネルギーの種類、我が社の言う属性分類が異なる訳だ。
これは生物の魔力自体が生産過程において殆どの割合を熱エネルギーに頼っているからであって、
二代目の様に精神エネルギーの割合が比較的高い濃度で掛け合わされていれば自らの基本属性分類以外の魔力でも生産可能だ。」
相変わらずクネクネとよく動く指が気になる瞳ではあったのだが、この男の話は興味深い。
そしてスクリーンにモニターされている映像も復。
ちょうど乃亜がWDを見つけ、激しい銃撃戦に発展していた。
瞳自身、気沼と仲が良いので乃亜とは同学校内の他の生徒よりは遥かに面識があるが、乃亜が汎用機関銃を撃ちまくる所は流石に見た事がなかった。
そもそも、昨夜の連戦の内で乃亜は一度も銃器、人類文明最高の携行武器を使用していない。
そんな事をぼんやり考えた瞳の脳を、ツツミの声が刺激する。
「魔術と魔力の基本概念は以上だが、次に術と法の違いだ。古来から魔法と魔術についての記録はある種の伝説として存在して来た。
しかし、僕と社長の意見から言わせてもらうとこれはある意味で明確な真実である。
魔法とは本来不可能な現象を可能にする能力であり、魔術とはある一定の限られた現象をある程度再現するに過ぎない能力である。
この明確な違いが分かるかな?そもそも魔法と言う言葉があるにも拘らず、魔術などと言う言葉が生まれたこと自体が明確に異なる二つの現象が存在する証明だ。
簡潔に言ってしまえば魔術は手で触れずとも石を動かすことが出来る程度の力であり、魔法とは言うなれば何もない空間に金を作れる力だ。
何故こんな話をしたかと言えば、魔術は万能ではない。不可能を可能にする能力でもなければ、全ての事象を操る能力でもない。そういうことだ。」
似非ピエロのようなこの男が、瞳には段々と姫沙希累の様に見えてきた。
姫沙希累と交わした言葉の数はさして多くはないのだが、累にしろツツミにしろ彼らはどれほど多くの事を経験してきたのであろうか。
仮想空間、圧縮ホルダー、魔術や魔力。
そうした空想の世界の産物を形にしてしまう者達に、瞳は改めて深い尊敬の念を抱いた。
もっとも、瞳こそ知らぬ事ではあるが、それら多くの発明品の基礎的な発想は魔術と魔力を参考にしている。
ふと、ツツミがスクリーンを指さした。
乃亜の軽やかな移動と不規則な銃撃に苛立ったのであろうWDがメインウェポンを囮として置き去り、周囲に小型のプラスチック爆薬を仕掛け始めた。
「奴め、また薬を飲まなかったな。」
そんな事を相変わらず愉快な声で呟いたツツミは内線電話を取り、何やら難しい事をどこかへ伝えた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(2話更新、イラストとか短編とか ( No.96 )
- 日時: 2012/10/18 05:31
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: sumii.nN)
- 参照: 烈女と道化、与ふる力。
八章:16話
「失礼、次に魔術発動の条件とリスクだ。昨日の仮想実験ではさして苦にならなかったかもしれないが、魔術とは本来極度の集中と多大なエネルギー消費の上に成り立つ現象だ。
きみが手で扇いでも風は起こせるが、魔術では体の動きとは関係なく突風と呼べる威力の風を生み出せる。それを考えれば魔術のエネルギー消費が激しいのは理解できるだろう。
ここで問題なのはふたつ。動きながら如何にして必要な集中力を得るか、そして如何にして発動に必要なエネルギーを確保するか。
これはもうきみ自身の問題なので掘り下げないでおこう。次に魔術発動の条件だが、集中、必要量の魔力以外に、発声と空間魔力と言うものがある。
発声はそのままの意味だが、魔術は基本的に術者の声が鍵となり発動する。車と同じだ、鍵がなけりゃスタートできない。
次の空間魔力だが、これはさっきこの装置で説明したようにその空間に存在する魔力のことだ。本来空間には人間以外の生物の生産した魔力が漂って居たり、
効果時間を終えた術が魔力に戻って漂っていたりするんだが、これが道しるべとなってその空間に魔術を導く訳だ。つまりは魔力濃度ゼロの空間では魔術は必ず不発する。」
声に合わせてスクリーンが白く焼き付いた。
WDが仕掛けた爆薬を吹き飛ばしたのだ。
如何に乃亜が卓越した戦闘能力を誇っていようとも、流石に魔術なしでこの爆発を防ぎきるとは考えにくかった。
その爆発を見て、瞳はふと思い出した事がある。
「あの、姫沙希センパイが私を助けた時、発声せずに蒼い光を飛ばしていたんですが、あれは魔術じゃないってことですか?」
「うん、正解。正確には魔術なんだけれども、結構とっさに飛ばしたでしょ?社長の資料によると魔族や人間の最も扱いやすい魔術が魔光弾(ブラスト)と呼ばれる術で、起爆性の蒼い発光球体を射出する術らしい。
低級な術だから二代目はよく手を抜いて魔力だけを高速射出する癖があるみたいだね。」
つまるところ乃亜は初めての対魔族戦で加減をしていたということか。
そんな事を考えていたのが表情に出ていたのか、ツツミが慌てて手を振る。
「いや、メリットはあるんだよ。術と違って魔力量がある程度あれば術よりも集中力を必要としない上に即効性、速射性には優れてるからね。」
ツツミがそう言ったところで仮想空間が解除された。
っと言うよりは説明をしながらモニターを確認していたツツミが解除したのだ。
「終了だ、WDそれ以上暴れるとまた隔離棟行きだぞ、薬も飲め。」
ツツミが相変わらず愉快な声で釘を刺しながら、瞳を促した。
次は瞳の稽古なのだ。
対して、催促されたWDは不服で仕方ないと言わんばかりの表情で口を尖らせる。
「ちぇ、もう少しで串刺しだったのに。」
そんな物騒な事を呟きながらWDが腕を振り回した。
この女、やはり男勝りだ。
そんなWDに、珍しく乃亜も感心したような表情をした。
「如何に仮想空間とは言え機銃弾を4発くらってあれだけ跳びまわれるとはな。」
確かに4発の弾丸を受けて尚闘争の意志を露わにしたWDは凄まじいと言えるのだが、
小型とはいえ高性能のプラスティック爆薬で眼前を爆破されて尚平然と戦闘を続行出来た乃亜が言っては嫌味にしか聞こえない。
だがWDはと言えばそんな乃亜に素直に嬉しそうな表情を向け、傍らで圧倒される瞳を仕切りの向こうへと攫って行く。
「んで、睦月ちゃんはアタシと何したいのかな?」
「WD、民間人相手に銃器の使用は許可しない。」
正面切って対峙していた瞳の肩をがっちりと掴んだWDの楽しそうな声。
それに対してバッサリと冷たい声で釘を刺した乃亜に、WDは残念そうな顔をした。
「二代目、アタシだって女の子相手に銃器は使わないさ。」
とは言ったものの乃亜と視線を合わせようとしない。
不服の意思表示だが乃亜の命では背く訳にはいかないだろう。
「睦月、危険を感じたらすぐに言え。こいつは暴走したら止まらん。」
珍しく乃亜が安全面で釘を刺すように繰り返した。
どこか哀しげな表情のWDではあったが、瞳は素直に頷く。
あの乃亜でさえ注意する気になる程の理由に興味がない訳ではないが、あの乃亜がそうまで言う程だ、それを知った時にはその驚きを語る事もできなくなるのだろう。
「さあて始めようか。まずは何から聞きたい?アタシにわかることなら何でも教えてやるよ。」
2メートルの程距離を開けて対峙しなおしたWDの声は意外にも明るかった。
彼女が何を抱えているかは分からないが、彼女自身がそれとそれなりの付き合いが出来ているのだろう。
どこか気沼の様なやんちゃな感じがする。
そんなWDの問いかけにしばし悩んだ瞳だったのだが、非常に間の抜けた様で重要な疑問に思い当たった。
「あのー、なんでWDなんですか?」
その声の真剣なこと。
仕切りを隔てた向こう側でツツミが笑った。
仕切り越しへ退出した乃亜でさえ苦笑している。
向かい合っているWDもどこか呆れたような表情だ。
「あんね、アタシが名乗った訳じゃないんだよ。開発部のセンジュって奴がアタシの術を見て言ったのさ。
これは芸術的だ、まさにD・D(ダイヤモンド・ダスト)ってね。それからみんなWDって呼んでる。でも遠慮しないでそう呼んで。結構気に入ってんだ。」
どこか思い出に浸る様な表情で言ったWDだが、その表情はすぐに真剣な物になった。
周囲の魔力濃度が通常よりも僅かに高くなったのだ。
「んじゃあ、まずはこのぐらいから馴らして行こうか。それと睦月さん、二代目も言ったが、影は使うな。」
突然聞こえたツツミの声が急に真剣になった。
そもそも精神面を攻撃する影の能力をまともに受けて平然としていられるのは乃亜ぐらいのもの。
非常に強力かつ危険な能力なのだが、ツツミはWDが影の一撃を受ける事よりも、その後の瞳の身が心配だった。
WDは非常に危険な精神疾患を患っているのだ。
そんなことは知る由もない瞳なのだが、ツツミが仮想空間を操作し、乃亜が控えていれば問題はなかろう。
彼女の暴走が起こらないことを祈りながら、ツツミは仮想空間内の魔力濃度を上げた。
「まずは魔力に慣れて行こうか、必要なのは集中だよ。氷の魔力は凍てついた無情の刃、頭でイメージして、心は空っぽにして。ピエロ主任、もう少し濃度上げて。」
そんなWDの真剣な声に始まった稽古は、その後数時間、魔力の使い過ぎで瞳が立っていられなくなるまで続いた。
当然、乃亜とツツミとWDはクラマに苦い顔をされ、穏やかだがグサリと刺さる小言を言われた。
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