複雑・ファジー小説

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鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲
日時: 2013/06/04 05:36
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)
参照: http://ameblo.jp/10039552/

[お知らせ!]
第9章開始!


--------------------
  目次
最新章へ!  >>97-105
本日更新分! >>105
キャラ紹介製作>>37 (4/4更新
(31ページから行間に改行入れてみました。まだ読みにくければご指摘ください)

序章 当ページ下部
   キャラクター紹介 >>37
キャラクター紹介:姫沙希社 >>76

第1章 ノア         >>01-04
第2章 影ニキヲツケロ  >>05-10
第3章 雷光は穿つ    >>11-17
第4章 強敵        >>20-24
第5章 触らぬ神も祟る者 >>25-36
第6章 姫沙希社     >>38-51
第7章 ささやかな試み  >>52-75
第8章 平穏の中に    >>77-96
第9章 魔族再来     >>97-105
----------------------
ごあいさつ。

どうもはじめまして、たろす@と申します。
とりあえず覗くだけ覗いて頂ければ幸いと思います。

基本的には王道ファンタジーですが、いかんせんスプラッターな描写が多数ありますのでそこだけ先にお断りさせて頂きたいと思います。

えー、もうひとつ。
誤字脱字には一応気を付けてるんですが発見したら一報いただけるととてもうれしいです;;

それでは、長い長いレクイエムの序曲が始まります。

---------------

序章:今宵も仄かな闇の中から。


部屋は暗かった。
それは明かりがどうのこうのと言う事でも、時刻がどうのこうのと言う事でもない。
勿論の事春の夜更けという事実が無関係とは言わないが、何か超自然的な質量をもった闇がそこにはある様な気にさせる。
まるでこの世の最後の輝きだとでも言いたげに、小さなライトスタンドの僅かな明かりが広い室内を異様に寂しく、哀しく照らしている。
光量を抑えてあるのか、やはり人工の光では照らしきれない闇がるのか、隅の方は闇に覆われていてよくわからないのだが、それでも一目でわかることがある。
その部屋は余程の豪邸か高級ホテルの一室であろうということだ。
ライトスタンドの置かれた机は小さいが豪奢な装飾が施された黒檀。
その机の上にあるパソコンは今春発売の最新型であった。
毎日時間をかけて洗ってあるか、使い捨てにしているのであろう、汚れどころか皺一つ見当たらないシーツのかけられたベッドはキングサイズである。
そんなベッドの上に打ち捨てられているのは読みかけどころか、買ったはいいが開いてすらいないと思われる雑誌や小説だ。
そのほかにも壁に掛けられた巨大な液晶テレビ。
同じぐらい巨大なソファー。
そしてその向かいに置かれているのは大理石のコレクションテーブル。
壁際には個人の部屋に置くにはあまりにも大きな冷蔵庫があり、肩を並べるように絵物語を模した装飾の施された食器棚が置かれている。
中に入っているのはグラスばかりだ。
上段にはワイングラス、中段にはウィスキーグラス。
どれ一つとっても数十年、数百年の重みを感じる匠の技が作りだした逸品であることが容易にうかがえる。
そして下段には名だたる銘酒が所狭しと並べられている。
向かいの壁に置かれているのは叶わぬ恋の物語を一面に描いた置時計だ。
動いてはいないが、コレクターならばそれこそ財産の全てを投げ出してでも手に入れたい逸品であろう。
しかし、全ては幻だ。
なぜならば、その部屋の主はそんな豪奢な備品に全く興味を示していないのだから。
分厚いカーテンが覆う窓際に、それだけは後ほど運び込まれたことが伺える小さな椅子とテーブルが置かれていた。
椅子とテーブルはアルミ製の安ものであったが、贅を尽くした部屋の備品にも勝る輝きがあった。
その椅子に腰かけているのは部屋の主なのだが、その姿を一目見ればこの部屋に何の興味もわかなくなるであろう。
それほどまでに主は美しかった。
長く艶やかな輝きを放つ黒髪と閉じられた切れ長の目元を覆う睫毛の哀愁。
すっきりと伸びた鼻梁の線、憂いを湛えた薄い唇。
肌は透き通る程白く、キメ細やかであった。
仄かな明かりに染まったその姿は、まさに神に愛された天上の細工師による至極の作品の様でさえある。
ふと、切れ長の目が開かれた。
大きな黒目には大きな意志を感じ取れる。
中性的な顔立ちではあるが男だ。
彼の名は姫沙希乃亜(きさき のあ)。
ゆっくりと彼は立ち上がり、分厚いカーテンを開けた。
夜更けにも輝く夜の街並みの明かりが、彼の目にはどう映るのか。
しばらく眺めた後、彼はまた窓辺の椅子に腰かけた。
今宵も誰ぞ彼を訪ねてくる者があるだろう。

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Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.2 )
日時: 2012/02/12 13:49
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)


一章:2話



その夜。
気沼は繁華街から多少離れた小さな空き地に居た。
先刻、乃亜からの指令は達した。
部下と呼んでも差し支えない程に彼の傘下となった元不良達は、快く了解した。
日が暮れてまだ早い。
いつの間にか瑠璃色に染まった空を見上げ、彼は幼いころの思い出を探した。
正直な話、乃亜と出会う前のことはあまり覚えていない。
忘れてしまったというよりも、過去の思い出は捨ててしまったと言った方が正しい。
乃亜と出会った時、始めて自分の居場所が出来たのだ。
今日も短い金髪が伸びをするように空へ向かっている。
それでも藍色の空に自分が押しつぶされてしまいそうだ。
昔と同じようにそんな感覚が彼を襲う。
大きなため息を一つついて、ポケットをまさぐった。
履きなれたジーンズの感触が心地よい。
目的の品はすぐに出てきた。
小さな黒い箱の嗜好品と、古めかしい年代物のジッポライターである。
一本咥えて火をつけると、彼は大きな伸びをした。
「さて、どこで時間を潰すかな。」




戦後最も早く復旧した繁華街は現在若者達の憩いの場であり、犯罪組織の天国でもある場所だ。
大戦で世界が得た物は空虚な感覚と惨めさぐらいだろう、科学の進歩は無いに等しい。
しかしそこには戦前同様の賑わいがある。
そんな場所で、馴染みのレストランに立ち寄る気沼。
そんな彼に飛んでくる声がある。
「あっ!気沼センパイ!」
明るい声に振り返ると、背後には小柄な少女が立っていた。
とは言っても長身な気沼から見れば、ほとんどの人間が小柄に見えるのだが。
声の主は今年同じ高校に入学してきたばかりで中学時代の後輩と、その友人たちであった。
声をかけてきた少女の名は睦月瞳(むつき ひとみ)。
どちらかと言うと内気な少女だが、なぜか仲がいい。
結局一緒に食事をすることになった気沼は、禁煙席に通されたことに多少がっかりした。
そして食事が始まって5分で気づいたこと。
失敗だったな、と内心でごちる彼へ女子4人からの質問責め。
重ねて、きっと気沼の奢りだろう。
さすがの気沼も笑顔がひきつる。
結局彼の想像通りの結果になったのだが、彼にとっては財布の心配よりも乃亜との待ち合わせに遅れる事の方が心配であった。
12時に乃亜と約束があるからと言い別れると、またいつもの歩き慣れた道を歩き始める。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.3 )
日時: 2012/02/01 01:55
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



一章:3話


結局、姫沙希家に到着したのは真夜中を数分過ぎてのことであった。
いつ来ても思うのだが、丘の上の豪邸に住むというのはどんな感覚なのだろうか。
しかし、それも乃亜にとっては興味のないことなのだろう。
鍵の掛かってない大きな細工扉をくぐり抜けると、相変わらず薄暗い大ホールが彼を迎えた。
その四方10メートル以上、天井までの高さも10メートル近いホールにはそれ一つでそのホールを十分に明るく保てるこれまた巨大なシャンデリアがかけられているのだが、
乃亜は基本的にそのシャンデリアを使わない。
また、毎週のように通っている気沼はこの屋敷をよく知っているが、ホールから伸びる廊下は数十にもおよび、始めてきたら確実に迷子になる様な作りなのだ。
正面に見える廊下から明かりが洩れていないという事は乃亜は自室であろう。
ホールや廊下、壁に至るまであらゆる美術品が並べられているのだが、気沼は目もくれずに乃亜の自室のある二階へと向かう。
毎度のことであるのだが、姫沙希家の作りはわかり辛い。
巨大と言うにはあまりにも広大な屋敷であるにも関わらず、使用人はおろか住人は乃亜とその父親だけなのだから仕方がないと言えなくもない。
作りが複雑であるよりも使用感のなさが扱いにくさ、覚えにくさを際立たせている。
自分だからこそ迷いも悩みもせずに乃亜の自室である部屋の扉を開ける事が出来ると、彼は改めて思った。
「遅刻だな。」
ノックもせずに押しあけた気沼の耳に、相変わらず抑揚のない声が聞こえた。
そして声の主もいつも通り窓際の小さな椅子に腰かけていた。
相変わらず汚れどころか皺ひとつないベッドを始め、彼の部屋には生活感と言うものが欠けていた。
「ごめんよ。」
いつも通り返事もない事にかえって安心しながら、気沼は巨大な冷蔵庫から飲み物を取って黒檀の椅子に座った。
一週間の半分はこの部屋に来る、正直、自分の部屋の様なものだ。
「んで?親父さんはなんだって?ちなみに不良どもの件は首尾通りだ。」
乃亜は無言でうなずくと、何やら紙の束を気沼に放った。
「臨時使用教室の件は後回しだ。こっちの案件が急務だそうだ。」
そう言った乃亜の顔はどこか愉しげであった。
書類の内容は以前から騒がれていた事件についての報告書の様である。
彼らの通う学校周辺で生徒が数名行方不明になっているのだ。
公安機関、学校側も捜査自体はしているものの一向に手掛かりは出てこない。
「事件自体は知ってるがよ、こいつをなんで親父さんが?あの人が腰を上げるってことは旧政府が噛んでるのかよ?」
どうも納得のいかない表情のまま気沼が訊いた。
そも彼らは被害者になり得る人間なのだ。
「奴に言わせれば、力ある人間が学び舎の秩序を預かるのは当然だそうだ。表向きにはそう言ってるが、裏にはもっと大きな何かがあるだろう。
姫沙希累と言う奴はそういう人間だ。後ろの方をよく見てみろ。俺に依頼する理由がわかるはずだ。」
そう、乃亜の言う"奴"とは実の父である。
姫沙希累。
その男に恩義を受けた人間が一体何人いるのか。
気沼もその一人である。
彼は親愛と敬意をこめて姫沙希累を親父さんと呼ぶ。
姫沙希累と言う男の素性がどうであれ、一般に知られているその人間像は内戦終結を直接的に導いた最高の兵士であり、戦後の復旧を率先して行った優秀な労働者である。
半面、戦後に職を失った兵士たちを集めて兵器会社を立ち上げた反社会的な一面を持つ男でもある。
しかし失業者を救い、兵器開発業の傍ら警備派遣なども行っているため社会的な地位は高い。
「後ろ?反転刷りされてる方か。」
そこまで言って気沼の声は止まった。
書面に食いつかんばかりに凝視している。
しばし、書面を読み漁った気沼が、深いため息と共に口を開いた。
「あいよ。いつかこんな日が来るとは思ってた。出来る限りやってみるさ。」
何か、死を決して挑むような凄絶な響きが含まれた声に、乃亜が苦笑した。
「それなら話は早い。次の被害者に心当たりがある。睦月瞳と連絡がつくようにしておけ。」
その声に、黒檀の机の引き出しから灰皿を取り出すところであった気沼の動きが止まった。

Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.4 )
日時: 2012/02/01 23:53
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



一章:4話



馴染みの名前を言われたこともあるが、それ以外にも何か心の中に引っかかる様なものを感じた。
「なんでまた?」
自分でも妙に硬い声だと思った。
乃亜は奇妙なものでも見るような顔になる。
「狙われている可能性がある。」
相変わらず抑揚のない声は、慣れているはずの気沼を異常なまでに戦慄させた。
「そして"影"が使える可能性がある。」
そっと付け足した乃亜の声は、ぞっとするほど静かであった。
それも普段と変わらないのだが、何故か気沼は自分が乃亜に狙われているような錯覚に陥った。
乃亜の全身から迸る殺気だ。
久々に大きな仕事になる、久々に大きな戦闘になる。
彼は歓喜しているのだ。
その異常な心の動きの出所を知っている気沼としては、卒倒しなかっただけでも称賛に値するであろう。
気沼が分厚いカーテンと豪奢な窓を開け煙草に火をつけると、乃亜は深く腰掛けたまま目を瞑った。
「今までの被害者は全て何らかの"魔術的素質"があるそうだ。もっともその報告書を読む限りではな。」
乃亜の声は低いがよく通る。
しかし、丘の上のこの家ならば人通りはない。
窓が全開でも聞こえる心配はないだろう。
「んで、瞳ちゃんにはその"影"って能力の素質があると。」
気沼が相槌を打つ。
既に煙草は半分ほど灰になっていた。
「あくまでも可能性だがな。ここ数日は被害者が出ていない。明日、ないし今週中には動きがあるだろう。」
乃亜の声が淡々と聞こえるなか、気沼は次の言葉が出てこなかった。
しかし、乃亜が次の声を発する前に乃亜の目が開いた。
「八城か。」
先ほどと全く変わらない声音、声量。
しかし、その声に気沼が立ちあがった。
開けはなった窓から玄関前の道路を見下ろす。
「夜更けに失礼します。社長がこっちの事件に協力してやれってね。」
まさか乃亜の呟きが聞こえたのか、その八城と呼ばれた男はにこやかな愛想笑いを浮かべて姫沙希家の戸を潜った。
数秒後、ノックの音と共に八城と呼ばれた男が入ってくる。
「お前も暇人だな。」
どこか呆れた表情で言ったのは気沼だ。
当の八城は心外な、とでも言いたげな顔で首を振った。
何とも人を食ったような仕草である。
彼の名は八城蓮(やしろ れん)。
赤銅色の髪をした背の高い男だ。
しかし気沼の様に筋肉質ではない。
どちらかと言えばひょろりとしていて叩けば折れそうな印象を受ける。
「いえね、社長の指示なもんで。今の時間なら二人ともここに居るだろうってね。」
仕草が仕草なら声も声だ。
人を小馬鹿にしたように、というか。
声、口調に全くの緊張感が感じられない。
社長の、っと言ったところを見ると姫沙希社の社員の様だが、とても兵器開発や警備の役には立ちそうもない。
彼の言葉にふんと鼻を鳴らしたものの、乃亜と気沼の反応は意外であった。
「まあいい。お前が居ればこちらも心強い。夜明けまで時間がある。概要を説明しろ、対策を練るぞ。」
乃亜が短く指示すると、八城は先ほどから浮かべていた愛想笑いのまま頷いた。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.5 )
日時: 2012/03/24 12:04
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)



第二章:影ニキヲツケロ。


翌日、睦月瞳は日の暮れた帰り道を足早に進んでいた。
新入生の性とでも言うべき委員会と雑用とでずいぶんと遅い帰りになってしまった。
実に彼女は焦っていた。
今日は何の気まぐれか、中学時代から憬れていた気沼が彼女を食事に誘ったのだ。
正直な話、本当は一度帰宅して制服を着替えたいのだが、既に待ち合わせの時刻を過ぎているので叶わぬであろう。
喫煙者の気沼は制服の少女との食事は嫌がるであろう。
そんなことを考えていると、焦っているはずの足が異常に重たくなるのを感じた。
背後から車の接近する音が聞こえる。
近頃失踪事件が騒がれているが、学校からはやや離れているので問題はないだろう。
そう思うと、この一帯も治安が良くなったものだ。
そんなことを考えていたのがまずかったのであろうか。
もしくは気沼の事を考えていた為であろうか。
まさか、背後から接近してきた車が目の前にドリフトして来ようとは。
そしてその車から影が躍ると、少女の意識は深い闇に落ちた。
しかし、何と見事な手際であるか。
ほんの数秒で少女は誘拐されてしまったのだ。
ほとんどの停滞を見せずに車は再発進した。



数秒の後、辺りに乾いた破裂音がこだました。
誘拐犯一行の車のフロントガラスが粉々に吹き飛ぶ。
なんと、上方向から飛来した弾丸は走行する車どころか、アスファルトまで突き抜けていた。
しかしそれにも止まらず逃走車は加速し、近くの倉庫街へと向かった。
続いてもう一発。
いや、続く弾丸はそれこそ雨の様に降り注いだ。
どれとして車体から外れる物はない。
まさに集中砲火である。
しかし、高速で走行する誘拐犯の車両の真上からいかにしてこれだけの集中砲火が行われているのか。
頭上にあるのは空ばかりである。
まさに何もない頭上からの襲撃者なのだから驚きではあるのだが、逃走する車はその弾丸の全てを受けて尚走った。
いや、よく見れば弾丸が接触する瞬間、火花と共にその弾丸が弾かれていることがわかる。
どちらともが姿も見せずに驚くほどの手練で攻防しているのだ。
「止まりませんねぇ。」
逃走車を遠目に見る高層ビルの屋上で緊張感のない声が聞こえた。
高速で走る逃走車は遥か前方、数キロ先をこちらに向かって走っている。
「先頭一台に目標が。後続は五台、全て3メートル間隔で追随してます。」
肉眼では到底視認不可能な距離に居ながら、その声には一切の揺るぎがなかった。
全て見えているかのように。
声の主は姫沙希社の社員であり、姫沙希累が乃亜の元に派遣した男、八城であった。
特に何か望遠機器を覗いているでもなく、八城は足元に転がした筒の様なものをいじっている。
にも関わらす、その声には一切の揺るぎがなかった。
全て見えているかのように。
「外したのか?」
咥えた煙草から煙を燻(くゆ)らせながら訊いたのは気沼である。
何とも気のこもらない声なのだが、どことなく顔は驚きの表情を作っている
「いえね、初弾を含め全弾命中を確認しました。しかし有効打は初弾の一発だけです。どうします?降りますか?」
応える声も緊張感が欠片も感じられないのだからふざけた連中だ。
そして背後に控える黒衣の美影身が黙々と何か思案した後、舌打ち交じりに呟いた。
「面倒だ、行くぞ。」
言い放って跳び下りた人物は言うまでもない。
しかし、跳び下りる高さにも限度がある。
三人の居る高層ビルの屋上は高さ30メートルは下らない。
そんな場所にも拘らず乃亜は躊躇いもなく跳んだ。
待ってましたとばかりに気沼も続く。
「後ろ四台はこっちで片付けます。先頭二台はお願いします。」
八城が言うのだが、どうせ聞いてはいないだろう。
「"風の補助フォロウ・ウィンド"!!」
いつもの黒いコートをはためかせた乃亜が呟くと、降下する二人を風が支えた。
ゆっくりと降下する二人の眼下には狙い済ましたかのように逃走車が訪れた。
着地と同時に乃亜が地面を蹴る。
なんと彼は先頭の逃走車、つまりは睦月瞳を乗せた車のフロントから内部に侵入した。
如何に八城の弾丸でフロントガラスが破壊されているとはいえ、明らかに自殺行為であった。
そんな乃亜を目の端に見止めて、気沼は迫る二台目に集中した。
履きなれたジーンズのポケットから何やら取り出すと、一瞬にして彼の手には姫沙希社のカービンが収まっていた。
姫沙希社の開発した新技術、圧縮式超小型ホルダーである。
小指の先程の立方体なのだが、それを圧縮したいものに押しつけると物理的な質量を無視して内部に収納できる。
展開したいときは強く握りつぶせばいい。
圧縮対象のサイズによってホルダーに色付けがされているのだが、気沼が使用したのは一番小さい緑色のホルダーであった。
事前に八城から受け取って置いたのだが早くも使う羽目になるとは。
30発の箱型弾創を撃ち切るころには車は炎上、中から数人の男たちが転げ出てくるところであった。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.6 )
日時: 2012/03/24 12:05
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)


第二章:2話


「あれ?」
少女は鋭い殺気で我に返った。
外見からは想像出来ないほどの広さの車内では、青い髪の青年と乃亜が睨みあっていた。
「あれ?姫沙希センパイ?」
何とも間の抜けた問いなのだが、乃亜は相変わらず冷めた目で一瞥しただけであった。
気遣いの一言も安堵の表情もない。
これでは助けられた方も何のために助けに来たのか理解に苦しむだろう。
数秒の睨みあいの後、青髪の青年が口を開いた
「少々分が悪い、ここまででいい。」
独りごとの様なその呟きで、車体が大きく傾いた。
急激なブレーキと過度のハンドル操作の反動なのだが、それを見逃すはずもなく青髪の青年は少女を抱えて外に跳んだ。
どうやら目的の倉庫街に到着したらしいのだが、コンテナに激突した車体は爆発、炎上。
数秒の間、燃え盛る炎の演舞が続いた。
ふと、月が翳った。
雲ではない。
背筋の凍るような超自然的な闇が倉庫街の一角を覆ったのだ。
それを歓喜するかのように燃え盛る車体が動いた。
嗚呼、見よ。
猛火の中から跳んだ怪鳥まがどりの如き影を。
尚火の消えぬコートを打ち払い、乃亜は逃亡犯を追って近くの倉庫へと奔った。







その頃。
超連続的な発砲音が春の嵐のごとく鳴り響いていた。
重なるように、高層ビルの屋上からはこれまた嵐のごとく銃弾が撃ち出されている。
先ほど八城が弄っていた筒が火を吹いているのだ。
迫撃砲の様な円柱形のソレは、完全電子制御の3連装12.7mm機関銃なのであった。
銃身が電子制御なだけでなく、弾丸も完全にレーザー誘導され電子制御される。
よって、先ほどの様な超遠距離でさえ驚異的な命中率を誇っている。
しかし、特に誰が何を操作している訳でもなく、如何にして銃身、弾丸共に制御しているのか。
既に八城の担当する車両は完全に大破。
下では気沼が残党と格闘していた。
そんな気沼には目もくれず、八城は深々と地面に腰を下ろした。
そして、何とも言えぬ不敵な笑みを浮かべた。
八城が座ったまま器用に背後に向き直るのが先か、後か。
どちらにしても勢いよく背後の、正確には正面の鉄扉が押し開けられた。
出てきたのは四人。
誰一人とってもまともにやり合えば只では済まなそうな屈強な男たちであった。
敵意を剥き出しにした彼らが言葉を発する前に八城がさも面倒臭そうな表情で切り出した。
「そのままお帰りください。ようやく一息ついたところなんですから、命を粗末にしてはいけませんよ。」
怒りよりも呆気にとられた四人が動く前に、八城が立ちあがった。
破裂音がこだました。
四発もの凶弾が八城の腹部と胸部を撃ち抜いた。
先頭の男が、白煙の上がる大口径拳銃を片手に笑った。
「釣りは取っときな。」
そのまま踵を返そうとした四人を前に、驚きの表情のまま固まっていた八城がにやりと笑った。
「いいえ、お返ししますよ。」
いつの間にか八城の右手には大振りなサバイバルナイフが握られていた。
またも恐怖よりも呆気にとられていた男たちは悲鳴を上げる間もなく事切れた。







「乃亜が心配なのにな。」
破壊された車内から転げ出てきた男たちを一瞥して、気沼は溜息をついた。
数は五人、誰も大きな飛び道具は持っていないようだ。
気沼も既に撃ち切ったカービンは路上に投げ出してある。
のそのそと起き上がってくる誘拐犯一行は、すぐさま気沼を認めた。
短く息を吐き、気沼が走った。
細いが筋肉質な気沼の見かけからは想像しにくい滑らかな動きであった。
先頭の一人が構え、後ろの二人が拳銃を抜いた。
大きさから見て9ミリのダブルアクションだろう。
距離は2メートル。
短く跳んで先頭の男の懐に潜り込むと、助走の付いたままの拳が見事に腹部に決まった。
あまりの激痛に男の意識が飛ぶ。
そのまま腕を取り、銃を構えた片割れの元へと押した。
敵を盾にして進軍するとは、何とも合理的だ。
仲間を盾にされ、銃を構えた二人が戸惑っている間に、気沼はその眼前に辿り着いていた。
盾にしていた男を放りだす。
思った通り片手に9ミリのダブルアクション、腰にはナイフ。
しかし、そんなことは恐るに足らずとでも言いたげに、気沼は片割れの右手を捻りあげた。
一体どれほどの力で捻ったのか、大の大人が悲鳴を上げて膝を折る。
人間の体が関節の動きに逆らえぬように、腕を取られた男は一切の停滞なく新たな盾となった。
銃を持ったもう片方が状況を理解する前に、盾にした男の腰からナイフが飛んだ。
気沼が男の腰から引き抜き、掬い上げるようにして投げたものだが、まさかその一撃が対峙していた男の喉元を貫こうとは。
残る二人の男は、どちらもナイフを構えていた。
刃渡り15センチほどのアーミーナイフである。
まともに食らえば手首ぐらいなら軽く落ちるであろう。
一寸悩んだ気沼であったが、続く行動は早かった。
盾にしている男の手首を更に捻った。
男の悲鳴、鈍い音。
あっさりと折れた手首に引きつる二人をしり目に、気沼は折った手から零れ落ちる拳銃を掴んだ。
恐怖に引きつる男の眉間を撃ち抜くなど造作もない。
二発の銃声が響くと、残るは盾にしている男独りになった。
今やガタガタと震える男を呆れ気味の目で一瞥して、気沼は男の後頭部に肘を落とした。
力なく崩れる最後の一人を開放すると、気沼は煙草に火をつけた。
ものの数分の死闘を一方的に制した気沼は、深いため息と共に座り込んだ。



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