複雑・ファジー小説

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鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲
日時: 2013/06/04 05:36
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)
参照: http://ameblo.jp/10039552/

[お知らせ!]
第9章開始!


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  目次
最新章へ!  >>97-105
本日更新分! >>105
キャラ紹介製作>>37 (4/4更新
(31ページから行間に改行入れてみました。まだ読みにくければご指摘ください)

序章 当ページ下部
   キャラクター紹介 >>37
キャラクター紹介:姫沙希社 >>76

第1章 ノア         >>01-04
第2章 影ニキヲツケロ  >>05-10
第3章 雷光は穿つ    >>11-17
第4章 強敵        >>20-24
第5章 触らぬ神も祟る者 >>25-36
第6章 姫沙希社     >>38-51
第7章 ささやかな試み  >>52-75
第8章 平穏の中に    >>77-96
第9章 魔族再来     >>97-105
----------------------
ごあいさつ。

どうもはじめまして、たろす@と申します。
とりあえず覗くだけ覗いて頂ければ幸いと思います。

基本的には王道ファンタジーですが、いかんせんスプラッターな描写が多数ありますのでそこだけ先にお断りさせて頂きたいと思います。

えー、もうひとつ。
誤字脱字には一応気を付けてるんですが発見したら一報いただけるととてもうれしいです;;

それでは、長い長いレクイエムの序曲が始まります。

---------------

序章:今宵も仄かな闇の中から。


部屋は暗かった。
それは明かりがどうのこうのと言う事でも、時刻がどうのこうのと言う事でもない。
勿論の事春の夜更けという事実が無関係とは言わないが、何か超自然的な質量をもった闇がそこにはある様な気にさせる。
まるでこの世の最後の輝きだとでも言いたげに、小さなライトスタンドの僅かな明かりが広い室内を異様に寂しく、哀しく照らしている。
光量を抑えてあるのか、やはり人工の光では照らしきれない闇がるのか、隅の方は闇に覆われていてよくわからないのだが、それでも一目でわかることがある。
その部屋は余程の豪邸か高級ホテルの一室であろうということだ。
ライトスタンドの置かれた机は小さいが豪奢な装飾が施された黒檀。
その机の上にあるパソコンは今春発売の最新型であった。
毎日時間をかけて洗ってあるか、使い捨てにしているのであろう、汚れどころか皺一つ見当たらないシーツのかけられたベッドはキングサイズである。
そんなベッドの上に打ち捨てられているのは読みかけどころか、買ったはいいが開いてすらいないと思われる雑誌や小説だ。
そのほかにも壁に掛けられた巨大な液晶テレビ。
同じぐらい巨大なソファー。
そしてその向かいに置かれているのは大理石のコレクションテーブル。
壁際には個人の部屋に置くにはあまりにも大きな冷蔵庫があり、肩を並べるように絵物語を模した装飾の施された食器棚が置かれている。
中に入っているのはグラスばかりだ。
上段にはワイングラス、中段にはウィスキーグラス。
どれ一つとっても数十年、数百年の重みを感じる匠の技が作りだした逸品であることが容易にうかがえる。
そして下段には名だたる銘酒が所狭しと並べられている。
向かいの壁に置かれているのは叶わぬ恋の物語を一面に描いた置時計だ。
動いてはいないが、コレクターならばそれこそ財産の全てを投げ出してでも手に入れたい逸品であろう。
しかし、全ては幻だ。
なぜならば、その部屋の主はそんな豪奢な備品に全く興味を示していないのだから。
分厚いカーテンが覆う窓際に、それだけは後ほど運び込まれたことが伺える小さな椅子とテーブルが置かれていた。
椅子とテーブルはアルミ製の安ものであったが、贅を尽くした部屋の備品にも勝る輝きがあった。
その椅子に腰かけているのは部屋の主なのだが、その姿を一目見ればこの部屋に何の興味もわかなくなるであろう。
それほどまでに主は美しかった。
長く艶やかな輝きを放つ黒髪と閉じられた切れ長の目元を覆う睫毛の哀愁。
すっきりと伸びた鼻梁の線、憂いを湛えた薄い唇。
肌は透き通る程白く、キメ細やかであった。
仄かな明かりに染まったその姿は、まさに神に愛された天上の細工師による至極の作品の様でさえある。
ふと、切れ長の目が開かれた。
大きな黒目には大きな意志を感じ取れる。
中性的な顔立ちではあるが男だ。
彼の名は姫沙希乃亜(きさき のあ)。
ゆっくりと彼は立ち上がり、分厚いカーテンを開けた。
夜更けにも輝く夜の街並みの明かりが、彼の目にはどう映るのか。
しばらく眺めた後、彼はまた窓辺の椅子に腰かけた。
今宵も誰ぞ彼を訪ねてくる者があるだろう。

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Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.7 )
日時: 2012/02/03 06:23
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



二章:3話


仄かな月明かりに照らされた倉庫内はただただ広かった。
元々が旧政府との戦時中に使用されていた軍用の大型倉庫なのである。
中規模戦闘ヘリなら十五機、三十トン戦車なら十台も収容できる。
だが、全ては過ぎた日の思い出だ。
現在その軍用倉庫は荒廃しきっていた。
ヘリもなければ戦車もない、あるのはただ打ち捨てられたガラクタと木箱のみであった。
「まさか、生きているとはな。」
傍らに少女を下ろし、誘拐犯の青年は呟いた。
感嘆、と言うよりは呆れに近い物言いである。
「何の幸運にしろ、拾い上げた命ならば無駄にはするな。」
倉庫の入り口に背を向けた青年の声音には、どことなく悲痛な色があった。
多くの死を経験して来たに違いない。
音もなく倉庫へ乗り込んだ乃亜が足を止めるほどに、その声は凄絶な響きであった。
しかし、如何な感情を伴おうともこの男が誰かの言葉に耳を貸す事などあるわけがない。
「逃げ道はない。」
鋼の様な声が聞こえた。
普段と差異はない。
冷静と言うよりは無関心に近い抑揚のなさである。
その人間離れした声に釣られるように青髪の青年が踵を返した。
「ほう、あの車内に居て全くの無傷か。余程運がいいと見える。しかし、愚かだな。」
にやりと笑ったその笑みの邪悪さに、瞳は思わず身を引いた。
そんな瞳を見て、乃亜が初めて声をかけた。
「そこに居ろ、すぐに終わる。」
まるで初めて瞳に気付いたかのような素っ気ない声に、瞳は固まった。
その声には少女が金縛りに遭うほどの殺気が含まれていたのだ。
青髪の青年でさえ、笑みが引きつった。
呼吸が浅くなり、体温の低下さえ感じられる。
しかしそれもつかの間、青髪の青年は高々と笑った。
「すぐ終わるか。面白い、だがどちらが終わるかな?」
そして瞳は見た。
僅かな月明かりに照らされる男の肌に黒い文様が浮き上がるのを。
乃亜は気付かぬのか、鼻で笑いゆっくりと歩み寄ってきた。
「どこまでも愚かだな。この姿を見て魔族だとわからぬのか。」
男の冷ややかな笑いは、クツクツと喉の奥から出てくるような嗤いに遮られた。
魔族と名乗る男よりも尚邪悪な笑みを湛えた乃亜の冷笑によって。
「追ってきた甲斐があった、やはり魔族か。」
その声に、瞳が僅かに動揺したのがわかった。
少女はいつだか気沼の漏らした魔族と言う言葉を必死に探していたのだ。
その矢先、自らの先輩が魔族との邂逅を喜んでいる。
しかし、その発言もそうなのだが、何と邪悪な笑みか。
まるで来る死闘を歓喜しているかのような笑顔である。
どちらかが死ぬ、そんな闘いを心待ちにしているかのようである。
黒いコートの裾をはためかせながら歩み寄るその姿は、どことなく黒衣の死神を思わせた。
しかし、何と美しき死神か。
月明かりに浮かぶその美しさが、魔族を凍りつかせたのかもしれない。
「ふん、強がるな。」
狼狽の色を必死に隠しながら魔族は動いた。
いや、動いたと認識できたのは乃亜だけかもしれない。
魔族は駆け込み様に回し蹴りを放ったのだが、常人には吹き飛ぶ乃亜しか認識できなかったであろう。
「ほう、よく防いだな。」
乃亜の立って居た位置に立ちつくす魔族が感嘆の声をあげた。
彼は見たのだ。
瞬速の一撃が決まる寸前、乃亜が腕を交差させて防御姿勢を取ったのを。
乃亜が壁にぶつかる音でようやく状況を理解した瞳が小さな悲鳴を上げた。
「人間にしてはよくやった。」
勝利を確信した笑みを浮かべて、魔族は右腕を乃亜に向けて振った。
「"魔光弾ブラスト"!!」
腕を振りながら叫ぶと、乃亜目掛けて蒼い発光球体が飛んだ。
凄まじい音と共に球体が爆発する。
魔族を魔族と呼ばせる所以、魔術である。
「姫沙希センパイ!!」
瞳の叫びがひどくこだました。
ゆっくりと腕を下ろした魔族が、勝利の笑みを浮かべて瞳へ歩み寄った。
しかし、一瞬の静寂の後、壁際から起き上がる影があった。
「この程度でいい気になるな。」
抑揚のない声が今度こそ魔族を金縛りにした。
炎こそ上げないが、魔術による爆発は魔力が熱エネルギーと運動エネルギーその物を生み出す。
火薬の爆発と何ら変わりない。
それを受けて尚平然と起き上がるなど、人間では到底不可能なことであった。
乃亜へ向き直ることすら出来ぬ魔族だが、瞳ははっきりと見た。
なんと、魔族同様に乃亜にも黒い文様が浮き出ているではないか。
その姿に何を感じたのか、瞳が押し殺した悲鳴を上げた。
「さて、準備運動はこの程度で良かろう。」
先ほどの位置に戻った乃亜が愉しげに言った。
魔族がゆっくりと向き直る。
「お前は、何者だ!?」
蒼白となった魔族の怒声と共にまたも乃亜目掛けて発光球体が飛んだ。
「ふん。」
鼻で笑った乃亜なのだが、この時実に恐るべきことが起きた。
ソレを克明に記すならば次の様な事が起きた。
なんと、笑いに重ねるようにして乃亜も同じ発光球体を飛ばしたのだ。
先ほどにもまして凄まじい爆発音と圧力が倉庫内を吹きぬける。
驚愕の表情を浮かべた魔族であったが、その表情がすぐに苦悶の表情に変わる。
なんと球体同士が接触、爆発した直後、魔族との距離数メートルを一瞬で走破した乃亜が魔族の胸にいつの間にやら握っていた短刀を突き立てたのだ。
放心中の瞳の頬に魔族の鮮血が飛んだ。
「どこから来た?」
先ほどまでどこか愉しげであった乃亜の声は、いつもの鋼の様な声音に戻っていた。
弱者に興味はない。
敗者となった魔族は、既に乃亜にとって眼中にない存在なのだ。
「そしてどこへ行く?」
ゆっくりと刃を捻りながら更に乃亜が問いかけた。
「喋るわけにはいかない、殺せ。」
激痛をこらえながら尚信念を貫く魔族。
一体どれほどの精神力があれば胸を抉られて尚、抵抗できるのであろうか。
遂に口を割らない魔族を相手に乃亜はさして興味もなさそうに刃を握る手に力を入れた。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.8 )
日時: 2012/02/03 21:01
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)




二章:4話



しかし、そんな乃亜の動きを咎める声が聞こえた。
「姫沙希センパイ。命は貴方が身勝手に奪っていいものじゃない。」
その声は、傍らの少女から聞こえた。
だがそれは、瞳の呟きにしてはあまりにも機械的で無表情な声だった。
乃亜が振り向いた瞬間、なにかが襲った。
「っく!!」
凄まじい勢いで乃亜を襲う圧力。
それは先ほどの魔族の発光球体のような魔術ではなく、もちろん瞳の物理的な攻撃でもなかった。
影だ。
そう、乃亜を音もなく襲ったのは瞳の影であった。
獣の様な形の影が、瞳の影から乃亜の影を襲っていた。
獣の影と瞳の影は細い影で繋がり、獣の影に攻撃された乃亜の影と同じ場所に乃亜の体も物理的なダメージを受けた。
「まさか、ここまでの腕とはな。」
乃亜の呟きは、虚ろな目とかすれきった嗚咽を零す少女に向けられた称賛だった。
その呟きが終わるか終わらないかの時点で、再び影の攻撃が乃亜を襲った。
新たに剣を持った人間の影が忽然と出現し、追撃に剣を振りかざす。
さすがの乃亜も、自分の影を回避させるのには慣れていない様だ。
影の握る剣が、ざっくりと乃亜の影の右肩を切り裂く。
「っく。」
乃亜でさえも苦痛に表情を歪める。
影に影響されるということは、物理以上に精神にダメージを受けるのである。
「影舞踏。"開幕宜(かいまくぎ)"に"宵踏(しょうとう)""咆哮(ほうこう)"まで使いこなすか。もはや天才としか言えん。」
その言葉と同時に乃亜は動いた。
「"精神同調リンク・マインド"」
声が聞こえると同時に剣を握った影が動いた。
狙いは乃亜の頭だ。
大きく振りかぶられた一撃を、乃亜の影が握る短刀が防いだ。
続く乃亜の行動は非常に早かった。
それに負けぬスピードで獣の影も動いた。
「"魔光弾ブラスト"!!」
頭上に向けて放たれた魔光弾は天井を爆破。
一瞬の爆発で生じた光が影の形を変える。
「っん!!」
声もなく崩れたのは瞳であった。
一瞬の影の変化中に乃亜が鳩尾に正拳を沈めたのであった。





「姫沙希くんからメールです。倉庫街で捕虜を取ったらしいですよ。」
凄まじい着地音を響かせながら高層ビルから飛び降りて来た八城は地面にめり込んだ四肢を引き抜きつつ言った。
もちろん地べたに座り込んで煙草を噴かしている気沼に言ったのだが、気沼には着地音で聞こえなかったらしい。
もう一度言うと、気沼は身の籠らない表情で頷いた。
しかし、乃亜が携帯電話を持ち歩いているのは珍しい。
「お前ももう少し気ぃ使ってやれよ。道路、滅茶苦茶じゃねーか。」
その気の込もらない言葉は今の着地に対してか、はたまた八城が屋上から掃射した機関銃に対してか。
気沼がこう真面目腐った事を言うのも珍しい。
「まあ、ご愛敬ですよ。どのみちこの旧道は拡張、新設の工事が明日から行われる予定ですし。」
対して八城は相変わらずの声でそんな事を言い、地べたに座った気沼をひっ掴み、片手で放り投げる。
真上に。
「うあッ!!」
気沼が驚きの声を上げ、地面に落ちる時、八城はどうやってか大型のバイクに跨っていた。
どう見ても一般人の持ち物ではなく、100キロを超える側車を付けて走る軍用バイクだ。
今その側車は付いていないが、それだけ馬力のある車種だと言う事は容易に理解できる。
気沼が着地したのはちょうど八城の後部座席であった。
「相変わらず手荒いってのッ!!」
気沼が不満を漏らすと、八城は笑顔で「ありがとうございます」と言い、バイクを発進させた。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.9 )
日時: 2012/02/06 19:21
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



二章:5話


結局乃亜の正拳を受けた瞳が復活するはずもなく、彼にしては珍しく気沼と八城に連絡を入れたところであった。
「逃げぬのか?」
その鋼の様な声は、横たえられた瞳の傍らから。
もちろん乃亜が放ったものだ。
では相手は誰か。
「気づいていたのか?」
それは乃亜に胸を抉られた魔族の声であった。
瞳と乃亜の交戦中も、全くの不動であった魔族が、乃亜の背後に立っていた。
「俺が"影"と闘っている時から逃げられる状態だっただろう。それなのになぜ逃げなかった?」
その問いに、魔族は少し沈黙した。
そして軋むように口を開いた。
「その娘を連れてでなくては帰れないのでな。それと、もう一度勝負願いたい。」
その目は、敵を背後にしても全く緊張や焦りを見せないどころか、振り向きもしない乃亜の背に注がれていた。
この魔族の若者は純粋にこの驚異的な敵、強い者と闘いたいのだ。
「魔族は物好きが多いと聞いたが、あながち間違いではないな。」
乃亜は苦笑にも似た声で呟き背後を向いた。
そこに居た魔族には、胸の傷はなかった。
「魔族は本当に傷の治りが早いな。実際に見たのは初めてだ。」
乃亜は微かに微笑んでいた。
この男も、闘いを楽しんでいるのだ。
「ほう。やはり魔族について無知では無いようだな。では、いくぞ!!」
掛け声と共に魔族は走った。
いつの間にか幅広の直刀が握られていた。
銀光一閃。
だが魔族の刃は空を切った。
乃亜が大きく後方へ跳んで回避したのだ。
瞳の身を気遣ったのも彼にしては珍しい。
この二人が争えば周囲に被害が出るのは、火を見るより明らかというのは言うまでもない。
魔族も跳んだ。
「魔光弾!!」
掛け声と共に放たれる発光球体が乃亜を襲う。
「ふん。」
鼻で笑う乃亜は、驚くべき事をした。
美しい金属音が鳴り響く。
魔族が驚きの表情を隠せないのも無理はない。
乃亜は魔族の放った魔光弾を跳ね返し、魔族の必殺の刃を抜き打ちの短刀で受けたのだ。
有らぬ方向で爆発した魔光弾が二人の顔を照らし出す。
「やはりそうか。」
魔族が呟く。
乃亜の体には、魔族同様の黒い模様が浮き出ていた。
「魔力覚醒、お前も魔族か!!」
その叫びは、酷くこだました。
魔族がそれに気づいたかどうか。
「"無音円域(サークル・オブ・サイレンス)"」
乃亜は小さく呟くと、打ち合ったままの刀身を滑らせた。
後方、つまり自身の方向へ。
そして魔族に勝利を確信した笑みを与えた。
「死ねえぇ!!」
その咆哮が響いたのが魔族の脳内だけだった事に、魔族は気づかなかった。
滑らせた刀身ごと魔族を受けかわし、距離を取る。
「魔光弾!!」
近距離にも関わらず、魔族は魔光弾を放つ。
正確には放つつもりであった。
発動しない、術が発動しないのだ。
「今のお前に魔術はない。なぜなら魔術の発動媒体の一つは"声"だからだ。」
しかし、乃亜の声も魔族には聞こえない。
そう。
乃亜の伏線は、無音円域。
つまりは相手の発声や、魔術の効果空間の音を一切抹消する魔術であった。
魔族は走った。
その無音円域の効果範囲が、乃亜の立ち位置までだと悟ったのである。
ならば乃亜よりも奥に行ってしまえば無音円域は関係ない。
走りながらの一跳び5メートル。
あっさりと乃亜の頭上を飛び越えて、魔族は乃亜の背後へと降り立った。
「これで魔術も使えるぞ。」
魔族が言った。
しかし、魔族の言葉が乃亜を動揺させることはなかった。
「お前は単純だな。俺が無音域内でお前を倒すつもりなら、お前は今ここに立ってはいないだろう。」
乃亜は振り向きざまに手を差し伸べた。
「"怨嗟波動ゴースト・ハウンド"」
魔族の反応を待たずに、乃亜の手から黒い波動が押し寄せる。
これこそが乃亜の本当の狙い。
無音円域すらも伏線だったのだ。
円域を脱した事で生まれる隙に、強力な魔術で屠る。
乃亜の魔術で生まれた負の精神エネルギーが、魔族を襲う。
「ぐああぁ!!
絶叫と共にこの世のものとは思えぬ表情が魔族を襲った。
そして黒いエネルギー波は、魔族の全身を彩り、やがて消えた。
「怨嗟の声は道連れする。それがお前の犯した罪の重さだ。」
乃亜の表情が変わることは終始なかった。
魔族に背後に立たれても、目の前で無惨な死が繰り広げられようとも、この若者の心には一切響かないのだ。
いつの間にか、乃亜の身体的な変化は消え、いつもの様に無表情で気沼達を待つのだった。


Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.10 )
日時: 2012/02/07 16:46
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



三章:雷光は穿つ


「んで?これからどうするよ?こんなの相手じゃちょっと自信ないぜ。」
溜め息混じりに問うのは気沼だ。
あの後、数分で気沼達が到着したのだが、戦闘による被害の大きさで相手の実力がわかってしまったのだ。
そんな気沼に、八城は溜め息混じりに呟く。
「姫沙希社屈指のパワーファイターがそんなんじゃ先が思いやられますよ。」
もちろんいつもの緊張感のかけらもない口調なのだからこちらも先が思いやられる。
「オレは親父さんには感謝してるが、別に会社の人間じゃねーよ。
親父さんが同じ部類だなんて思っちゃいねーけど、オレはやっぱり軍人は好きになれねー。」
いつも温厚で、この3人の中では一番マトモな人間である気沼が、まるで別人のような口調で言った。
「そう言う意味ではなく、姫沙希くんと互角に戦える貴方がって意味ですよ。」
そんな気沼の変化に対して八城は見向きもしない。
到着時のまま、バイクに跨って居る。
重ねて、普段と全く変わらぬ緊張感のない口調は、火に油だ。
「お前はわかってねーんだよ!!親父さんや会社には確かに助けてもらったさ。でもな、オレをそんな風に追い込んだのも軍人なんだよ。」
気沼の口調はもはや喧嘩腰だった。
常人には分からないが、気沼の自然におろした両手は、どんな構えよりも効果的な構えであった。
「貴方の過去に干渉するつもりはありませんがね、私としては社長と会社を悪く言うなら話は別ですよ。」
こちらも抑止であった。
脅迫し、思いとどまらせる。
その"抑止"と言う単語以外が今の八城の行為、言動を表す事は不可能であった。
緊張感のない口調の裏には、いつでも攻撃、防御が可能だと言う絶対な自信があった。
「だから親父さんと会社を同じだとは思ってねーって言ってんだろ!!ただオレは軍人が嫌いなんだよ。」
しかし、その抑止で思いとどまる程、気沼は弱い人間ではなかった。
その目は明らかに八城に対する攻撃のタイミングを見計らっている。
「社長も社員も、十年も前は戦後のゴタゴタを走り回る軍人でしたけどね。その矛盾がそもそも間違いなんですよ。
べつに社長は感謝して欲しくて貴方を拾った訳じゃない。憎まれたって何とも思わないですよ。あの人はそんなに小さな人間じゃないですから。」
皮肉だった。
しかし、その緊張感のこもらない口調の皮肉は少なからず核心をついていた。
「確かにそうだろうよ。親父さんは軍人だった。社員もお前もそうだった。例え意味もなく救われた命だったとしてもオレは感謝してる。
だけどな、ソレとオレの憎しみは話が別だってんだ!!お前なんかに、"人間じゃない"お前なんかに分かってたまるか!!」
それは恫喝と挑発だった。
一触即発の場で気沼は仕掛けた。
受けても流されても、次の八城の言葉が終わった時、彼は攻撃に出るつもりであった。
「所詮貴方も"人間"ですね。その矛盾の気持ち、私には理解出来ませんよ。貴方の言う通り、人間ではないのですから。」
八城の返答は気沼と同じであった。
挑発。
それを理解してか、しないでかは分からないが次の瞬間、気沼の右脚は旋風と化して八城を襲った
八城は全く重心を変えずに裏拳を放った。
勿論気沼に見向きもしない。
しかし、気沼の回し蹴りに対して打ち出した八城の左の裏拳が気沼の蹴りと打ち合う手応えはお互いに感じなかった。
「餓鬼の喧嘩か?」
重く低い呟きが流れた。
これまで一切言葉を発さなかった乃亜が動いたのだった。
乃亜の細い腕は八城の裏拳と撃ち合い、気沼の蹴りを掴んでいた。
二人の攻撃の軌道を読み、二人の攻撃以上の速度で受ける。
その常人離れした行動に、気沼が、そしてさすがの八城も驚きの表情を作った。
「お前達が何を思い、信じても構わん。だが、互いの意見の相違で無益な争いを生むならば容赦はせん。」
至って無表情なのだから驚きだ。
言葉の内容と顔の表情のギャップは目を見張るものがある。
しかし、なんたる圧力か。
あの気沼が、そしてその気沼にさえ動じない八城までもが凍り付いた。
しばしの沈黙が重たくおりた。
「悪かった。まさかホントに"魔族"と闘(や)るのかと思ったらちょっと動揺したんだ。」
気沼はバツが悪そうに脚を下ろした。
素直じゃない性格なのか、顔はそっぽを向いている。
「いえ、私こそ大人げなかったですね。貴方が"姫沙希"に大きな感謝を感じていることぐらいわかっているつもりです。」
こちらは八城だが、口調は幾分真面目だ。
そんな3人の誰かが次の言葉を発する前に、動いた者が居る。
「ん・・・。」
乃亜の正拳から、瞳が復活した様だ。
この特異な3人が助けた凡庸な少女。
しかし、乃亜は既に彼女も特異な人間だと知っていた。
「さてさて、どうしましょうか?」
また緊張感のない口調でそう言うのは勿論八城であった。



Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.11 )
日時: 2012/02/08 16:33
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)



三章:2話


正直、瞳は困惑した。
乃亜の無表情な顔は見慣れているが、乃亜が瞳を助ける程瞳に興味を持っているとは思っていなかった。
助けたくせに特に関心もなさそうに瞳を見つめる視線に、瞳は視線を合わせるほど勇気がなかった。
次に目に入ったのは赤銅色の髪をした長身の男である。
どこか緊張感のかけた表情をしたその男は、愛想笑いが上手いようであった。
少々男性恐怖症気味の瞳には、あまり関わり合いたくない男である。
そして、頼みの綱である気沼は、瞳が見たこともないようなバツの悪そうな顔でそっぽを向いている。
「あの、えっと・・・。」
どうしたらいいものかと考えたが、気を失う前から記憶に欠落がある。
かける言葉も、出来ることもなく、瞳は更に困惑した。
「あー、悪ぃ。最近多発してる失踪、誘拐事件を片づけたんだ。怪我とかないかな?」
察してか、気沼が言う。
乃亜が怪我などさせるはずはないが、常套句であるのは確かだ。
「あっ、大丈夫です。多分姫沙希センパイの方が怪我してるんじゃ・・・。」
確かに乃亜は瞳が影を使う前の時点で、車ごとコンテナに突っ込み、魔族の蹴りを喰らい、更に魔術の炎で焼かれた。
しかし、乃亜には傷どころか服の乱れすらない。
瞳は、最後まで言い終わらぬうちに言葉を切るほか無かった。
「あー、乃亜なら大丈夫だ。瞳ちゃんも知ってんだろ?乃亜はすげー奴だって。」
確かに乃亜は凄まじい人間だが、それでも物理的には"異常"であった。
しかし、気沼を疑う気にもなれず、何となく強引に自分を納得させる。
「そういえば、あの人は?」
気沼はいつも通り、そして乃亜も無事なら話は見知らぬ男の話題しかない。
「ん?そうか、瞳ちゃんは会ったことないんだよな。こいつは八城。乃亜の親父さんの会社の奴だ。頼りになるオレらの仲間だよ。」
今更気づいたのか、気沼は慌てて紹介した。
男、八城も女性に対しての礼儀はわきまえているのか、バイクを降りてお辞儀する。
「申し遅れました。姫沙希社にご厄介になっています、八城蓮です。まあ、彼らとは古い付き合いですので以後お見知りおきを。」
八城の口調は、瞳の想像通り緊張感のない口調であった。
愛想笑いにしろ、緊張感のない表情にしろ、この2人の知り合いにしては穏やかな男だなと瞳は思った。
その後大まかに経過を説明し、安全の為に瞳を一行に加える方針が決定した。
そして、次の目的地の話が出た。
「とりあえず会社に行きませんか?あそこが一番安全でしょう?」
八城が言った。
この男が先んじて目的地を指定するとは珍しい。
「そうだな。奴に報告もしておいた方が良かろう。」
乃亜も反対しなかったので、すぐに話はまとまった。






「姫沙希センパイの家に行くんですか?」
随分と日も落ちた繁華街の通りを歩く一行に、瞳が問う。
姫沙希社へと向かうルートも人気の多い方がいいとのことで、一行はほど近い繁華街に来ていた。
「あれ?瞳ちゃんは乃亜の親父さんが社長だって知らなかったっけ?」
その問いに、気沼が呑気に答える。
なぜか申し訳なさそうな顔をして頷く瞳に、気沼は苦笑を浮かべた。
「貴方って意外と抜けてますよね。」
そんな気沼に、八城の緊張感のない声が飛んだ。
「うっせーな!!一般人に会社の事はあんまり喋れないだろ!!」
口を尖らせながらも幾分真実であるため、気沼はそっぽを向くほか無かった。
「そんな貴方の不備も見越して、きっと社長は私を寄越したんでしょ。」
それもあながち外れていなかったかも知れない。
しかし、姫沙希社の説明が始まる前に、気沼が何かにぶつかった。
「悪りぃ!!」
と目の前の黒い背中に一言。
勿論ぶつかったのは乃亜の背中である。
「八城、後方左45度。何が居る?」
その問いは、酷く不気味であった。
それに輪をかける様に、乃亜の無表情な顔にうっすらと笑みが広がる。
「大型の猫科動物ですかね?でも熊に見えない事もないですね。立ち上がった熊に似た大型の猫科動物といったところでしょうか?」
その八城の緊張感のない口調も、紡ぐ言葉もいっそう不気味であった。
「おいおい、まさかそんなモンまで引っ張り出して来たのかよ!!」
あたふたと周囲を見回す気沼。
驚くべき事に、先の2人は一切周囲を見回していなかった。
「熊みたいな大きな猫が近くに居るんですか?」
瞳の顔にも緊張が走る。
戦時中に政府が打ち立てた企画には生物兵器の分野も含まれていたのである。
国の復興は終わっても、政府の"汚職"を人々の記憶から消し去るには膨大な時間が掛かる。
「動きました。ビルに登ってますね。しかし、あんなモノ会社の集めた生物兵器の情報端末にも載っていませんよ?」
その言葉に気沼が、そして乃亜でさえ少なからず動揺した。
「じゃあ新種か?」
その問いに誰かが答えるよりも早く、人だかりから悲鳴が上がった。
乃亜の言った通り、後方左から。
そしてガラスの破砕音がした。
八城の呟き通り、ほど近いビルから。
「おいおい!こんなに人が居たんじゃまずいぜ!」
気沼の声よりも早く、乃亜が走った。
「八城は睦月と一緒に道の閉鎖だ。奴はオレと気沼が殺る。」
乃亜の声が聞こえると同時に、繁華街の歩道に風が吹き抜けた。
乃亜の声は、魔術の発動媒体になっていたのだ。
しかし、全く別の内容の言葉と術。
にも関わらず魔術が安定して発動するなど、もはや奇跡に他ならなかった。
魔術の発動とは、非常に集中力のいるモノなのだ。
「了解しました。出来れば生け捕りにしてください。会社で情報解析しますんで。」
どうせ聞いていないだろう。
八城の言葉が終わる前に、風に押し上げられた乃亜は割れた窓の奥へと消えた。
八城も八城でいつのまにやら先ほどの大型バイクに跨っていた。
瞳を後ろに乗せると、エンジンをかける。
エンジン音に気づいた人々は、慌てて繁華街から駆け出すのであった。
それを見送る事もなく、気沼はビルの正面玄関を蹴破って、内部に進入するのであった。


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