複雑・ファジー小説

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ある暗殺者と錬金術師の物語(更新一時停止・感想募集中)
日時: 2015/02/18 00:42
名前: 鮭 (ID: Y9aigq0B)

魔法、科学等様々な分野で発展する世界。広い世界には様々な国がありそれがいくつあるか、どんな国があるのか、どれだけの分野の学問があるのかそれらを知る者は誰もいなかった。


一般的な人間は他の国に興味を持たず、その日その日を普通に生活するものだった。例外はもちろんいた。一般的に知られているのは旅人。世界を回り生活をする人間。そういった人間はその国にはない文化を伝える場合もあり、国の発展に貢献することがある。 

しかし一般には知られない人間もいる。それが隠密行動を行う者。情報収集などを中心としたスパイ、人の命を密かに奪う暗殺者等が当たる。

そのいくつもある国の中の一つから物語は始まる

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初めまして。今回ここで小説を書かせてもらおうと思います鮭といいます。

更新は不定期ですが遅くても一週間に1話と考えています。人物紹介等は登場する度に行っていきます。実際の執筆自体は初めてということがあり至らない点はあると思いますがよろしくお願いします。

・更新履歴

 11/3 3部21話追加
 11/7 3部22話追加
 11/14 3部23話追加
 11/22 3部24話追加
 12/3 3部25話追加
 12/10 3部26話追加
 12/17 3部27話追加
 12/20 3部28話追加
 12/26 3部29話追加
 12/30 3部30話追加
 12/31 人物詳細2追加
 1/4  3部31話追加
 1/7  3部32話追加
 1/10 3部33話追加
 1/14 3部34話追加
 1/18 3部35話追加
 1/23 3部36話追加
 1/25 人物詳細3追加
 1/31 3部37話追加
 2/4 3部38話追加
 2/10 番外編追加
2/18 番外編追加 更新一時停止


・本編

 第1部
 人物紹介
 キル リーネ サクヤ カグヤ ジン>>5

 第1話>>1 第2話>>2 第3話>>3 第4話>>4 第5話>>6
 第6話>>7 第7話>>8 第8話>>9 第9話>>10 第10話>>11
 第11話>>12 第12話>>13 第13話>>14

 第2部 
 人物紹介
 リーネ フラン シン バード リンク フィオナ カグヤ>>16

 第1話>>15 第2話>>17 第3話>>18 第4話>>19 第5話>>20
 第6話>>21 第7話>>22 第8話>>23 第9話>>24 第10話>>26
 第11話>>27 第12話>>28 第13話>>29 第14話>>30 第15話>>31
 第16話>>32 第17話>>33 第18話>>34

 第3部(後々鬱、キャラ死亡等含むため閲覧注意)
 人物データ1>>36
 人物データ2>>46

 第0話>>37
 第1話>>38 第2話>>39 第3話>>40 第4話>>41 第5話>>42
 第6話>>43 第7話>>44 第8話>>45 第9話>>47 第10話>>48
 第11話>>49 第12話>>50 第13話>>51 第14話>>52 第15話>>53
 第16話>>54 第17話>>55 第18話>>56 第19話>>57 第20話>>58
 第21話>>59 第22話>>60 第23話>>61 第24話>>62 第25話>>63
 第26話>>64 第27話>>65 第28話>>66 第29話>>67 第30話>>68
 第31話>>70 第32話>>71 第33話>>72 第34話>>73 第35話>>74
 第36話>>75 第37話>>77 第38話>>78

 人物・用語詳細1(ネタバレ含)>>25
 人物詳細2(ネタバレ含)フィオナ リオン レミ>>69
 人物詳細3(ネタバレ含)ジン N マナ(I) シン バード>>76

・筆休め・気分転換
 番外編

 白騎士編 
 >>79 >>80

 2部終了に伴うあとがきの様なもの>>35

 軌跡
 7/18 参照400突破
 10/14 参照600突破
 12/7 参照700突破
 1/28 参照800突破

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.71 )
日時: 2015/01/07 20:10
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第32話

Nが奥義を出す直前で起こったジンの変化は目の色がグリーンから赤くなったことだけだった。その小さな変化はNに対して特に危機感を与えることはなかった。

「奥義…青龍」

Nが横薙ぎに刀を振るうと共に巨大な水を纏う巨大な龍がジンへと向かっていった。その瞬間までNはこの後に起こる光景を予測していなかった。
一瞬頭を押さえるような動作を見せた後に刀を鞘に納め居合の構えを見せたジンは眼前にまで迫って来た龍の前で居合抜きをした瞬間その竜は消し飛んだ。その様子を見てNはほぼ反射的に防御の構えを取り、地面から障壁のように半透明の壁が出現し防御の体勢に入った。しかしその壁も何事もなかったように砕け散り、同時にNの体は吹き飛び街の城壁に叩きつけられた。

「そ…そんな…なんで…」

先ほどまで格下と見ていた相手の反撃は彼にとって衝撃だった。奥義の中で一番威力があった奥義を相殺されたのが一つ。そして防御の際に使ったのは絶対防御の奥義玄武。それをもってしても防御しきれなかったことが信じられなかった。しかし信じられなかったのはジン本人もだった。

————なんだ?俺の体…どうしたんだ?

視界は異常と言えるほどに冴え渡り、そのせいか体は自分の体でないようで立っているという平衡感覚も狂いその場に膝を着いていた。己の呼吸音、心拍音はもちろん自身の中を流れる血の音まで聞こえてきそうな感覚は一歩間違えると人格が崩壊する程だった。

「戦いの中で何をしている!」

フラフラとして足元さえも覚束ない様子のジンに対して立ちあがったNは再び奥義をと刀を両手で振り上げた。同時にNは胸元に軽い衝撃を感じた。

「情けない…実力で負け…挙句まともに動けない相手に不意打ち…」
「あ…あ…I…」

Nが胸に受けたのはIが放った矢だった。そのままNが地面に崩れ落ちるとそのまま生気を失うように骨へと変わり砕け散った。その様子を確認したIは視線を動くことが出来ずにいるジンに向けられた。

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グニャグニャと視界が揺れて現状何が起こっているのか整理が付けられずにいた。俺の目の前で起こったのは矢を受けたNが倒れて骨に変わったこと。そしてここにいるわけがないマナがNに向かって話しかけている様子が見え、そのままNの姿は消え去ると俺の元に歩み寄ってきたマナの姿が見えた。

「覚醒できたんだ…でも…急過ぎて体が着いてきてない…」

マナの言葉は小さくて本来は聞きづらいはずなのにも関わらず響くほどにはっきりと聞こえた。

「か…覚…醒…?何の…話だ…?」
「目を閉じて無心になるの…何かを考えていると…今のままだと精神崩壊する…」

静かな口調の声が大きく頭に響き、倒れそうになる感覚を耐えて言うとおり瞳を閉じ徐々に感覚が普段のものに戻っていく感覚を感じゆっくりと瞳を開くと視界は元に戻っていた。

「俺は…何で…」
「感覚的…あるいは無意識で発動したから…何かきっかけがあったのかも…」

地面に座ったままマナの言葉を聞き以前聞いたキルの話を思い出した。もしかしたらこれが俺の中にあった力なのだろうか…

「視界が異常なまでに発達…それによって物象がゆっくりに見えて先読み…そしてスローの世界で自分は普通に動ける身体能力の急上昇…」
「何だよそれ…時を操れるってか?」
「そう…だから私はこう呼ぶの…時空の眼…」

マナの言うことは正直分からなかった。ただ今時分に起こっていたことを説明してくれているのだと分かった。Nの奥義の構えをしている時に死を覚悟した。そしてその瞬間から何故か世界の動き遅くなって…それでも普通通りの感覚で動けた。と言っても一時的でその後はまともに体が動かせなかった。

「時空の眼か…大層なものだな…」
「そう…だから組織はそれを潜在的に持つ村を滅ぼした…」

マナの続いた言葉は俺の村が滅びた理由に繋がっているように感じた。元々聞いた話では俺の持っている刀が目的だと聞いていた。しかしマナの話だとそうではないようだった。そしてここでようやく疑問が浮かんだ。

「って…待てよ!何でお前がここに…」
「別に…あのアンデットを葬りたかっただけ…」
「アンデット?Nが?」
「元々…あれはJの生み出したアンデット…。過去の人間を蘇らせ記憶を改竄…Jの能力の一つ…」

マナの話しぶりからJというのは恐らくNの仲間というよりはさらに上の存在と理解できた。そこまで頭が回るとすぐに街に戻ろうと立ち上がった。

「どこに行くの?」
「街に戻るんだよ」
「駄目…行ったら…あなたは死ぬ…」

唐突な反論しようとした俺はようやくマナの言葉に違和感に気付いた。
組織は?J?そしてマナがここにいる…。

「気がついたんだ…」
「マナ…お前…」
「私はI。組織の人間…。一応JやK、Lとは同格…。アンデットじゃない…」

その言葉に反射的にマナから離れて距離を取った。その反応に特に気にする様子もなく俺に視線を向けた。

「そんなのはどうでもいい…お前…何で…どうして…」
「私は…あなたと一緒…。早く覚醒したけど…」
「一緒?何を言っているんだよ?」
「私は幼いころ…この力に目覚めた…そしてJに拾われた…。それからは組織の人間として生きて来た…」

マナの説明は簡潔なものだったが十分すぎるくらいのものだった。Jという奴が俺達の運命を変えた奴。そう考えると黙ってはいられなかった。

「どいてくれよ…俺は…Jに会わないといけないんだ」
「駄目…私が勝てない相手にあなたが行くのは許さない…」
「勝てない?」
「私は…ただ組織にいた訳じゃない…みんなの敵の元凶…Jを討つのが私の目的…」

しっかりと俺を見据えるマナには無表情でしかなかった顔に強い意志があった。

「どうしても通してくれないのか?」
「あなたを死なせたくないから…行かせない」
「変わっていないな…昔みたいに頑固なままだ…」
「お互い様…」

弓を握ったままその頭上に炎の矢が何本も姿を現し始めた。最後の言葉の意味を確認したかったがそれはこの連戦の後。終わったら話をしようと思う。敵同士ではなく今度は兄妹として。

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一撃目は真っ向からの居合い。それがジンの思惑だった。もちろん峰打ちという形で刀を引き抜こうとした時、その動きが止まった。刀を鞘から引き抜こうとして止まったのはIの右手が刀の柄頭に当てられたためだった。Iの様子はを見る限りではただ手を乗せているようにしか見えない。しかしジンは刀を引き抜くことが出来なかった。まるで刀に鍵が掛ってしまっているように動かせなかった。

「なっ…くっ…」
「無理…これが今の私とあなたの差…」

同じ瞳の色をしていたはずのIの瞳は深紅に変化しており、それだけでジンには別人に思えてしまった。まともに刀が抜けないならとそのまま反対の手で持つ鞘を引いて刀を抜こうとしたと動かそうとすると今度は柄頭に当てられたIの手が押され鞘の先端が地面に刺さった。

「私の前では…その片手は抜けない…」
「ぐっ…これが…さっき言った眼の力かよ?」
「そう…あなたが何かをしようとする時のごく僅かな動き、呼吸や目線の変化…そこからすべてが見える…」
「そうかよ!」

右手を使っているIの隙を突くためにジンは右足での蹴りを繰り出すとジンに映ったのはジンの蹴りよりも早く動いた左手だった。そのままジンの右足はまるで吸い込まれるようにその左手に向けて蹴りを放った状態になった。

「無駄…。私の隙は付けない…」
「なら…距離を取ればいいんだろ?」

すぐにジンはIから離れるために後ろにバックステップしたジンが見たのはIの周辺に浮いていた炎の矢がいくつも飛んでくる様子で咄嗟に刀を抜いてそれを居合で相殺した。それに合わせていたようにジンに向けてボール状の炎の固まりがいくつも飛んでいき着弾したジンは地面に倒れた。

「距離を取るなら…私は助かる…そっちの方が得意だから…」
「近くからは攻撃できない…離れると一方的にやられるか…戦いの相性は最悪だな…」

遠距離攻撃を持っていないジンにとってはこれ以上に相性が悪く戦いにくい相手はいなかった。刀を再び納めて立ち上がったジンはIを見据え居合の構えに入った。

「その構え…私には効かない…」
「分かっている…でも俺にはこれしかないからな」

無表情のIに対してジンは笑みを浮かべていた。これまで語らえなかった相手との会話を楽しんでいるようにさえ見えるジンの姿はIには理解できず僅かな困惑が生まれていた。

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.72 )
日時: 2015/01/10 17:46
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第33話

居合の構えのままIと向き合ったジンは少しずつ横に移動し始めた。緩急を付けた移動術はジンのもう一つの得意技。以前カグヤとの模擬戦の際にも使っていたものの今回はその動きがしっかりと見られているようで飛びこむことが出来ずにいた。

「無駄…どんなに早く…どんなに緩急を付けても…見逃さない…」
「なら…これならどうだ?」

不意に上半身を下に傾けたジンは刀を抜こうとした時刀を引き抜こうとした右手に鋭い痛みが走り、それと主に左足にも衝撃を感じその場で膝を着いた。痛みの走った箇所を見ると腕と足に矢が刺さっており

「これは…」
「地面を切って目晦まし?無駄…そもそも…そんなことさせない…」
「参ったな…まともには攻撃できない上に離れると一方的にやられるのかよ…」

矢を引き抜きながら立ち上がるジンは声色こそ冷静を装っていたが内心では焦っていた。自分のやることはすべて先読みされ的確に対処されてしまう。

「何のリスクもなく勝つのは無理か…一つだけいいか?」
「…何?」
「俺が行かなかったとしたら…お前はみんなに何もしないのか?」
「上から命令があればそれに従う…」
「そうか…なら…このまま黙っているわけにはいかないよな」

瞳を一度閉じて話していくジンの動きに異常がないと判断していたIだったが次に瞳を開いたジンの瞳の色は深紅に染まっていた。

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「使うんだ…」
「ああ…まともに戦ったら勝てないからな…」

最初にこの力を使えた時の感覚は体が覚えていたようだった。頭の中で発動させたいと考えた時に発動できていた。そして俺と共に急激な視界の鮮明化とそれによる体の浮遊感、自分が本当に立っているのか分からない平衡感覚の損失。こればかりは慣れるしかなかった。

「その状態で戦えるの?」

小さいはずのマナの声は頭に響くように大きく聞こえ何度もエコーが掛って聞こえる。精神が崩壊するって言っていたがなんとなく分かった。正直立っているのがやっとだしこの状態だって長く保つのは無理そうだ。

「やるしか…ないだろ…お前に…これ以上…誰かを傷付けさせたくない…」

今はマナを止めたいという想いだけが俺の精神を保つ支えとなっていた。まあこんなことみんなに話したらからかわれるだろうな…。

「笑う余裕…あるんだ…」

マナからの声でようやくこんな状態でも笑っている自分に気付いた。不謹慎かもしれないが今俺はこの状態を嬉しく思っているのかもしれない。大切なものを守る力がどんな形であり自分の中にあるのだから。

「そうだな…今ならお前を止められる気がするからな…」
「力を使えても無理…」
「そうだな…身体能力はすべて俺より上見たいだからな…」
「分かっているなら早い…」

その言葉と共にマナの足がゆっくりと地面を蹴る様子が見えた。それと共にスローに見えているはずなのにも関わらず通常と変わらない速さで飛び込んでくる姿が見えた。お互い術者同士だからなのか周りがスローでもマナだけが通常と変わらない速さに見え、それが影響してか体は反射的にいつもと同じ感覚で反応し、マナが持っている弓を居合で弾き飛ばした。

「第一関門…突破…」

互いにすれ違い際に聞こえたマナの真意を問おうとすると振り向くとマナは手を延ばせば届きそうな距離にいて、俺の言葉を遮るように炎の矢を何本も具現化していく様子が確認でき、その炎はいつの間にかジンを囲むように配置されていた。

「俺からの質問はさせてもらえないわけか…」

その言葉と共に炎の矢が俺の元に向かって来た。最もそれはゆっくりとしたものでその後ろで再び動き出したマナの方がむしろ注意が必要だった。

「こんなもの…効かねえよ」

矢を一つ一つ刀で切り裂き迎撃させていき、その間にもマナからは視線を外さないでいてすべてを迎撃した時にはマナは元の位置に戻っていた。

「第二関門も突破…。ずいぶん慣れたね…」
「慣れた?」

その言葉でようやく俺は自分の状態に気付いた。発動時に感じていた体の不調はなくなっており多少の頭痛はあるものの思うように体が動く。平衡感覚も変な違和感が残っていたが立っていられないほどではない。

「その力…慣れるのは実践が一番…」
「マナ…お前…」
「やるなら…完全な状態がいい…余計な希望…言い訳…何も残させない…」
「そうだな…ここまで来て負けられないよな」

能力が多少使えるようになっても互角とは言い難かった。まず身体能力。これは完全に負けている…どんな力があったら片手で刀を抜けないようにできるのか。そしてもう一つは詠唱がない炎の術。これのせいでどうしても真っ向から飛びこむのにリスクが必要になる。

「作戦…決まった?」
「悪いがそんなものはないな…だから…もう何も考えない…」

いくら考えても思い付かない…それならと俺が出した答えはいつも通りだった。

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「また居合い…」
「悪いな…やっぱりいろいろ考えるのは苦手でな」
「そう…いいよ…受ける…」

居合の構えのまま動かないジンに対してマナは弓を構えた。しかしそれに対してジンは全く動くことがなくただIを見据えていた。
その様子を確認した後にIは矢を一気に3本射た。次にIの眼に入ったのは3本の矢がある範囲に入った瞬間に砕け散った様子。そしてその範囲とはジンの刀の攻撃範囲であった。術を使っている状態なのにも関わらずジンの居合が見えていなかったということがIに驚きを与えた。

「力の覚醒のせいで早くなっている…それに…」

Iが次に視線を向けたのは刀の方だった刀の鞘からは刀自体が光っているせいかその光が漏れており現状のジンのすべてが出し切れている状態に見えた。

「その状態でも…刀が使えている…」
「我慢比べだ…隙を見せたらこっちから行くからな…」

Iは力のすべてを出し切った訳でもなかったがそれを話したところでジンが引いてくれるとは考えられなかった。

————単純…一番厄介…

現状完全に目の前に来た相手を斬ることに集中したジンに遠距離攻撃はいくらしても無駄なのがIにはすぐに判断できた。この状況を打破する方法は防ぎきれない大技、あるいはこちらから飛びこんでの真っ向勝負の2択だった。
恐らく二人にとっては数分の沈黙だった。しかし現実ではただの数秒の沈黙だった。Iが出した答えは後者だった。

————大技の隙は防御できない…でもそのまま飛び込むのは避ければ勝てる…

その思惑に任せ飛び込んだIがジンの攻撃範囲に入った時に目にしたのは刀の光による閃光。その光による一瞬の目晦ましが二人の明暗を分ける結果となった。

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マナが飛び込んできた瞬間、体は自然と動き気がつけばマナは俺の後ろに仰向けに倒れていた。すぐに俺は刀を確認してしっかりと峰打ちであったことを確認して安心した。それに合わせ脱力した俺はその場に仰向けで倒れた。
体に感じる疲労、頭の痛さ、そして長時間の力の解放のせいか全身が動かせなくなっていた。

「ジン…」
「何だよ?」

倒れている俺のすぐ上ではマナが倒れており小さい声もしっかりと聞き取れた。声色から重傷というわけではないようだった。

「あなたは…何でこうなるまで戦ったの?」
「何で?仲間が困っているから助けたんだ…それ以上の理由がいるか?」
「…そう…ジンは寝ていて…」

その言葉と共に見えたのは上半身を起こしているマナの姿だった。もう限界だった俺に対して未だに余裕があるように見えるマナはゆっくりと立ち上がり俺を見下ろした。

「まだ動けるのかよ…俺の負け…だな…」

俺の言葉に対して特に返事をしないマナに覚悟を決めた俺は瞳を閉じた。しかし次に起きたことは予想していなかったマナの行動だった。片足に手が当てられたと思うとそのまま地面を引きずる形で移動させられ、眼を開けるとマナが俺の脚を片手で掴み森の中へと連れて行く様子が見えた。

「お…おい…どこに…」
「入口にいると見つかる…だからこっち…」

そう言われて一本の大木の前に到着するとそこに背中を預ける形で座らされた。以前にも似たようなことがあった気がしたがその時もこんな運ばれ方だったのか…?

「どこか痛いところは…?」
「頭が痛いな…あちこちぶつかったからな…」
「そう…」

その言葉と共に隣に座ったマナは特に悪びれる様子もなく無表情のままだった。本当はたくさん話したいことがあったのに言葉が出てこなかった。ここで寝たらまたこいつと別れることになるかもしれないと考えながらも疲労は激しく意識を失う直前にただ一言マナの声が聞こえた気がした。

————さようなら…お兄ちゃん…

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.73 )
日時: 2015/01/14 23:33
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第34話

街の中央で戦いが始まって時間にして約十数分。シンとバードは別れて戦っていた。最初対峙した時二人は正面から戦いを挑んだが圧倒的な力の差から固まって戦うのは危険と判断しての戦い方だった。

「とはいえ…参りましたね…」

愚痴るシンは今民家の2階に隠れて窓から見える龍に視線を向けていた。巨大なランスを片手に持ち黒く輝いた龍は形振り構わずに暴れるわけでもなくしっかりと自分達を探しているように辺りを確かめておりそれなりの知識を持っているものだと判断できた。

———3人の影響ですね…下手をすると僕らより…

実際3人の性格はどうあれ魔道士としては知識、戦闘能力も高かったことから召喚獣達もその影響を受けているようで、実際何度か策を試したものの的確に対処されてしまっていた。

———そろそろ…動きましょう…。

シンが取り出したのは狙撃用のライフル。長距離攻撃専用ながらもカグヤのメンテナンスで現状シンが持っている銃の中では一番威力がある銃だった。窓から離れてスナイパー用のスコープで窓を挟む形で照準を向けた。映った龍の顔を一度見てから照準を黒い宝玉が着いた首輪に照準を向けた。
Jのいう仕上げという言葉と共に装備されそれを合図に龍が動き始めた。そのことから召喚獣の制御に必要なものと判断した。

「照準…完了…」

その言葉と共に息を吸い込み止めると定めた照準のままに発砲した。銃声と共に放たれた弾丸はまっすぐ首輪へと向かっていったが着弾したのは首輪ではなく腕だった。

————外した!?…違う…

命中したのは首輪を守るように出された腕でこのことがシンにとってはとてつもない恐怖だった。知識、反射神経、巨体からは考えられないスピードを持っているこの龍を止める方法がシンの頭の中では描くことが出来なかった。時間にして数秒硬直してしまったシンの眼に映ったのはランスを構えてそのまま民家ごと破壊しようとしている龍の姿だった。

————やられる!?

頭の中での自分に対する警告。それと共に体を捻り迫ってくる突きを少しでも避けようとした時、窓越しに見えたのは突きを繰り出した龍の腕に大剣を振り下ろしているバードの姿だった。そのおかげかギリギリで直撃を回避したシンだったがその衝撃で民家は崩れ去った。

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「シン!大丈夫か!?」

攻撃のモーションを見て隙が出来た腕に斬りかかったが全く堪えている様子もなくシンが狙撃に使うと言っていた民家は崩壊してしまった。俺の声に対し崩壊した瓦礫の中からシンはひょっこりと頭を出しいつものような無表情であったことから特に怪我はなかったのだろうと判断できた。
龍は大きな雄たけびと共に再び武器を構え直し、それに対してすぐに距離を取って対応できるようにした。

「参りました…勝てるイメージがありません…」
「出て来るなりそれか?」
「弱点は恐らくあの首輪です…ですがあの龍の防御を崩せません」

ライフルを肩に掛け代わりにとマグナムを抜いた。俺も大剣を片手に持ったまま遠距離攻撃を考えて銃を抜いた。最もシンの銃と違って命中重視で殺傷能力は高くないからどこまで使えるかは分からなかった。

「ならその防御を崩すのが俺の役目ってことだな?」
「できますか?」
「できないようなら…終わりだろ?俺が作った隙を無駄にするなよ?」
「当然です…」

いつも通りの一言からマグナムを構えたシンは銃を発砲した。それと共に飛び込むと龍は首輪を防御するように手を翳した。その動きを見越してその腕に対して大剣を振り下ろした。しかし俺の渾身の一撃も龍に対しては全く傷を付けることが出来なかった。

「嘘だろ…」

リンクさんとの修行もあり攻撃や弱点の見極める力がついて最も的確な個所に攻撃した筈だった。それでもダメージがないということは、このドラゴンにダメージを与えるのは不可能ってことか?

「バードさん!頭を下げてください!」
「何!」

シンの声に反射的に頭を下げるとその上を何かが霞める感覚を感じた。それと共に龍が一歩引いて心なしか苦しそうな表情を浮かべているように見えた。

「シン?お前何をしたんだ?」
「やはりあの首輪です。あそこで細かい制御をしているようです」

龍から距離を取った俺は隣でライフルに弾丸を入れているシンの話を聞いた。龍の身につけている首輪には僅かにひびが入っているのが確認できた。

「ところで…今の一撃であれということは…俺はあと何回死線を潜らないとだめなんだよ…」
「少なくても後十数回は潜る必要がありますね…」
「おい…結構今のもギリギリだったんだぞ…」
「ギリギリなら大丈夫ですよ」

会話の間に怯んでいた龍は再び俺達に視線を向け、シンもまたライフルの準備が出来たようだった。

---------------------------------------------------------

「じゃあ2回目をいくか」
「なるべく回数が減るように努力はしますので」

正直こう言った役目はバードさんにしか頼めなかった。この人の頑丈さに関しては認められる。この人だから僕は安心して照準を合わせられる。再び飛び込んで行ったバードさんは銃を乱射しながら距離を詰めていき、その後方からライフルを構えた。
龍はバードさんの銃に怯む様子もなくランスを振り上げた。それにより首輪が露わになるとそれに対して銃弾を放って黒い宝玉に命中すると苦しそうに一歩引きすぐに2発目の銃弾を発砲しバードさんも大剣で攻撃をし雄たけびと共に龍は片膝をついた。

「今のは大分効いたみたいだな…」
「ええ…でも…おかしいです…」
「おかしい?」

僕が感じた疑問はこの召喚獣についてだった。ここまで見てきて強固な防御力と速さは恐ろしいものだったが攻撃のパターンは先に戦っていた龍と変わらなかった。その疑問に答えるように大きな雄たけびは耳を覆いたくなる程だった。

「バカ!」
「えっ?」

雄たけびで一瞬怯んだ時に聞こえたバードさんの声、そして同時に横から押され体がぐらついた時、バードさんが僕を押したこととそのままバードさんが倒れる姿が見えた。

「バードさん!」
「くっ…大丈夫だ…って…体が…動かない…?」
「バードさん?これは…」

攻撃を受けたバードさんの体にはバチバチと電気を纏っていた。すぐに龍に視線を向けた僕は再びランスを構え直す様子が見えた。それに気付いた僕はすぐにバードさんを蹴りあげそれと共に後方へと飛び振り下ろされたランスを回避した。

「どうやら…ここからが本気みたいですね…」
「そ…うだ…な…というか…ちょっと蹴りが…強すぎだろ…」

今にも倒れそうな程に細い声を出すバードさんは立ちあがっておりフラフラしていた。この様子だとまた飛びこませるのは無理だと判断できた。

「バードさん…サポート…できますか?」
「おい…まさか…お前」
「僕が直接飛び込みます…近くなら照準がいらないですし効果も大きいでしょうから…」

正直恐怖はあった。以前のままだったら多分震えて身動きが取れなくなっていたと思う。でも今はそういうわけにいかなかった。

「バードさん…サポート…お願いしますよ?」
「…分かった…任せておけよ…」

こんな言葉を掛けたけど今のバードさんのことを考えると当てにはできない。自分ひとりでこの子を止めないといけない…いや…この召喚獣を倒さないといけない。

右手の肩には一発だけ弾丸が入っているライフル、左手にはマグナムを手に持ち龍を見上げた。首輪には微かにひびが入っている。ランスを構えた龍は雄たけびと共に歩み寄り、それに対して僕も飛び込んで行った。

Re: ある暗殺者と錬金術師の物語(1/14 本編追加) ( No.74 )
日時: 2015/01/23 12:21
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第35話

龍が持つランスはまっすぐとシンに向かって来た。それに対してシンは軽く飛んで地面に突き刺さったランスの上に着地しそのままランスを駆け上がりライフルを片手に構えて発砲した。その弾丸は首輪に命中し怯んだ様子を確認するとすぐにマグナムを構え怯んだ龍の頭に発砲し地面に着地した。

「まだ…足りませんね…」
「俺のサポート必要だったか?」
「一応…むしろ…ようやく本気みたいですよ…」

シンの言葉と共にバードが龍に視線を向けてようやくシンの言っている意味が分かった。黒いランスはより毒々しく光り始め、黒い肌は白と青が混ざり始めていた。

「何だよ…これ…」
「恐らく…融合が不完全だったのでしょう…そして今…完全に融合が済んだのでしょう…」

シンはライフルに弾丸を込め、ようやく体の感覚が戻ってきたバードも大剣を構え直した。ほぼ万全な状態だった二人あったが次の瞬間龍の姿が消えた。
それを認識した時バードは反射的に大剣を横に構えると龍のランスを受け止める形になった。

「くっ…防ぎきれない…」

一歩遅れて龍を確認したシンはその場にしゃがみバードの足を払いその場に転倒させ、押さえつけていたランスはそのまま横薙ぎに空を切った。転倒したバードはすぐに立ち上がり次の攻撃に備えると龍は今までよりも遥かに早くランスを振り上げていた。

「シン!」
「分かっています」

互いに言葉を掛け合い後ろに大きく飛び、ランスが地面に突き刺さった時二人が確認したのはその衝撃で地面に大きなひびが入ったこと。そして地面から突き出て来たいくつもの氷の氷柱が自分達に迫ってくる様子。運よく大剣でそれを受け止めて着地したバードはシンに視線を向けた。

「シン!?だいじょ…お前…」

バードが見たのは膝を折って片膝をついたシンの姿だった。シンの方に突きだされていた氷柱の数は、今自分が受け止めた数の倍はあることを確認しすぐにバードは駆け寄った。両肩には攻撃をかすった後があり左の二の腕、右足には避けきれなかった氷柱の先端が刺さっていた。さらに最悪なのはその刺さった箇所がすでに黒く変色し壊死し始めていたことだった。

「すみません…すぐに…」
「ばかやろう!下がっていろ…凍傷の最悪な状態だぞ!」

立ち上がろうとするシンに対して珍しく怒鳴り龍に一度視線を向けた。再びランスを振り上げた様子を見るとバードはシンを抱き上げてそのまま龍に背を向けて距離を取った。痛々しく傷ついたシンの手足を見たバードは表情を歪めて一軒の民家に入った。当然そのままだとすぐに場余がばれることから民家の窓を利用して龍の視界外を移動して居場所が分からないようにした。

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「とりあえず…見失ってくれたみたいだな…」
「ええ…すみ…ません…」

意識が朦朧とする中でバードさんはどこかの民家に入り壁に背を預ける形で座らされ、バードさんは窓から外の様子を伺っていた。腕と足には殆ど感覚がなく今の状況がもどかしかった。凍傷は進むと切断と聞いたことがあった。ここまで進んでいると正直覚悟がいるかもしれない…。

「参ったな…正直…きついな…」
「今の僕は…足手まとい…です…だから…」
「なんだよ?置いていけとか言わないよな?散々こき使ったんだ。楽するんじゃねえよ」

言葉を遮られ正直驚いた。こういう状況になると何故かバードさんが頼もしく見えた。まあ贅沢を言えばこういう時くらいは労わって欲しいものです…。まあその配慮の足りなさがバードさんらしい。

「とはいえ…まともに突っ込んでも何一つ勝てないぞ…」
「そんなことありませんよ…1対2の状況を…利用しましょう…」

そう言って取り出したのは一発の銃弾。まだ辛うじて動かせる腕でその銃弾をライフルに込めていった。この一発とマグナムの一発。それが僕の残った弾数だった。

「何だその銃弾?今までと違うのか?」
「カグヤさんの…特別製…だそうです…。威力が…高いから…気を…付けるように…言われていましたが…もうこれしかありませんから…」
「ならついでにこれを渡しておくか…ほら…今の状態なら使いやすいだろ?」

そう言って差し出してきたのは普段バードさんが使う銃だった。自動拳銃でマガジンを入れて使う形の銃。正直あまり使っている様子がなかったけどこうして見てしっかりと手入れが行き届いていることに驚いた。

「さて…次で勝負を決めないとな…」
「ええ…では僕が…」
「囮は俺がやる。旅の出発がこれ以上遅れないようにな」
「バード…さん…?」

再び言葉を遮られて驚いていると大剣と帯剣を構えたままバードさんは窓から飛び出した。体をよろけさせたまま窓から外を見るとバードさんが龍に向かって飛び込んで行く姿が見えた。

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何故かバードはシンの声が聞こえた気がした。龍はバードに視線を向けるなりランスを構え直した。

————さっさと倒して安心させてやるか

走っていくバードは龍の体がバチバチと電気のようなものを帯びている様子を確認した。次の瞬間起こることが分かっていたバードはすぐに振り返り飛び込むとその先にいたのは先ほどまでバードの正面にいた龍の姿だった。後ろに回り込んだと考えていたと思われる龍は驚いたのか行動が遅れバードの大剣による突きが首輪に命中した。

「こんなもんじゃ倒せないか…」

すぐに着地したバードは転身して龍から距離を取りそれと共に先までバードがいた位置にランスが突き刺さり先と同様にしかし遥かに多い氷柱が地面から次々と突き出てバードに向かっていった。

「それはもう見せてもらったぜ」

十分距離を取ったバードは地面に力いっぱいに大剣を突き刺しその衝撃で迫ってくる氷柱は動きを止めた。元々バードの防御力が高いというのは体の頑丈さだけを言うわけではなかった。相手の攻撃パターンを観察し同じ攻撃にはすぐに対応する適応力に関しては他の組織の人間達にも劣らない。

「さて…次は何をしてくるんだ?」

2本の剣を構えるバードに対して龍は再び体に電気を帯びさせ始めた。この変化は龍が高速で移動する前触れで所見ではそれを理解した頃にはやられているのが普通だった。

「この距離でも使えるのかよ!」

すぐにその場を移動しようとしたバードは一つの仮説が頭に浮かびそのまま前に飛び込んだ。次の瞬間龍は目の前に現れてそのまま大剣を振り下ろすと黒の首輪にちょうど良く命中した。その衝撃で龍はさらに一歩下がった。

「やっぱりそうか…」

バードが気付いたのは移動の法則だった。高速移動は直線状にしか移動できず距離も決まっていること、そしてその方向は龍の視線に寄ってきますことが分かった。当然確信していたわけではなく勘で動いた面もあった。しっかりと大剣が首輪に命中したことにより龍は一歩下がりそれに合わせるように首輪に銃弾が命中して首輪の宝玉が一部砕け散った。

「あと一撃か…これで…」

帯剣を逆手に持ったバードは首輪に向けて投げつけた。その剣は首輪に突き刺さり片膝をついた。さらに追撃と大剣を構えて飛び込もうとした時、龍は大きな咆哮を上げるとその衝撃で後方に吹き飛ばされた。

「しまった…体が…」

不意な衝撃波でかわすことが出来なかったバードは地面に仰向けで倒れ体がしびれて身動きが取れずにいた。最初にバードが受けたのもこの咆哮で一瞬の気の緩みがバードの回避の判断を遅らせ避けきれずに倒れてしまうことになった。その状態で龍が再び大剣を振り上げた時一発の銃声がバードの耳に届いた。バードがその銃声の元を確認しようと後ろを向くとそこにいたのは動けないと思っていたシンだった。

「シン!?何やっているんだよ!」
「サポートすると言いましたから…」

その一言と共にライフルを構えたシンは怯んでいる龍に向けて発砲した。シンはその反動で後ろに倒れライフルの弾丸はまっすぐ首輪に命中してそれを砕いた。

「やった…のか…?」

しびれた体を引きずりながらシンに近づいたバードは意識を失っている様子を確認し安心したように隣に座りこんだ。

「驚かすなよ…まったく…この小さい体のどこにこんな力があるんだよ…」

すっかり安心しきったバードは視線を竜に向けて硬直した。龍は苦しそうな素振りを見せながらもまだ倒れてはいなかった。

「後一押しだな…待っていろよ?」

完全でないもののふらついたまま立ち上がるバードは大剣を構え直した。バード同様に満身創痍な龍は形振り構わずに咆哮を上げてからランスを構え互いに対峙した。

ある暗殺者と錬金術師の物語 ( No.75 )
日時: 2015/01/23 12:25
名前: 鮭 (ID: n9Gv7s5I)

第36話

ほぼ捨て身で向かって来る龍の攻撃はバードにとってはただ横に避けてしまえばいいだけだった。ただ今回はその進行方向にシンが倒れていることから避けるわけにはいかなかった。ランスを振り上げたまま向かって来たことを確認しバードもそれに合わせて飛び込み突きだされたランスを大剣で横から攻撃して攻撃の軌道をずらさせた。

「これで!終わりだ!」


攻撃を避けたバードはそのまま首元に大剣を振り下ろした。体を切り裂かれた龍は雄たけびを上げここでバードは龍の防御力が極端に落ちていることが確認できた。

「首輪がなくなったからか!?なら!行ける!」

これまであらゆる攻撃に対して効果がなかったのが一転しバードは再び一歩踏み込み横薙ぎに大剣を振ることで与えたダメージにより龍は地面に倒れようやく動かなくなったことを確認するとバードも片膝をついた。

「これで…止めたぞ…これで…」

バードが立ち上がりシンの元に向かおうとした時、軽い衝撃を感じた。
一瞬何が起こったのは分からなかった。そのまま視線を下に向けて眼を見開いた。

「なっ…?ま…だ…?」

バードが見たのは自らの胸を貫いた氷の刃だった。龍が最後に放ったたった一本の小さな刃により流れ落ちる鮮血に自らの今後を覚悟したバードはフラフラと龍に向かい歩み寄った。

「くっ…今度こそ…終わりだ!」

動かない龍に対してバードは最後の一撃をと大剣を構えそのまま振り下ろした。

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眼が覚めた時、もう左手と右足の感覚は残ってなかった。おまけに体がうまく動かせない。覚えているのは最後の一発の銃を発砲したこと。そういえば戦いはどうなったんだろう…。

「うっ…くっ…うう…」

声がうまく出せなかった。体と心が切り離されてしまっているようにさえ思えてしまう今の状態はとても気分がいいものではなかった。
ゆっくりと…本当にゆっくりと体を起こした僕の瞳に映った光景。キラキラと光が拡散して消えていく龍。その前で大剣を振り下ろしたまま動かないバードさん。その体には氷の刃が体を突き刺さっており、龍が完全に光と共に消えるとその氷も砕け散りそのまま仰向けになって倒れた。

「バー…ド…さ…ん…?」

地面を這うようにして近づくとバードさんの腹部から流れる流血、顔色が先に見たフィオナさんと同じに状態だと分かった。でも認めたくなかった…あのバードさんが…まさか…

「なんだよ…いつもの…ポーカーフェイスは…どうしたんだよ…」
「いえ…あの…」

表情はいつものバードさんのままで告げられた言葉で僕は返答に詰まってしまった。今僕はどんな顔をしてバードさんを見ているんだろう…。悲しくて泣いている?無力な自分に怒っている?正直分からなかった。
そんな時、龍から拡散していった光が再び集まり小さな形を形成し始めた。

「これは…」

光が消え得てくると姿を現したのは小さな赤い竜だった。先ほどまでとは違い小さく幼い龍は今までのように怖さというものがまったくない無垢ささえも感じた。

「この龍は…」
「リターン…」

その言葉で僕は背後に視線を向けた。そこにいたのは銀髪の狩人風の少女だった。見知らぬ存在ということからすぐに敵と判断しながらも現状抵抗するだけの力が残っていなかった。弓を片手に持って歩み寄ってきた彼女は僕達に視線を向けた。

「私は…マナ…あなた達…ジンの仲間…?」
「え…ええ…あなたは…誰ですか…?」
「別に…あなた達に危害は加えない…」

マナと名乗った少女は正体を明かすことがなかったものの敵意はないことを教えてくれた。とりあえず危険がないことを確認してから先に彼女が言った用語が気に入った。

「マナ…だったか…リターンって何だよ…?」
「召喚獣の契約が解除…それにより起こる力の初期化…そして…それを助けたあなた達と契約したいみたい…」
「なら…シン…お前がしろよ…俺には…できない…からな…」

徐々にバードさんの意識が薄れて言っているように見えた。でもバードさんなら大丈夫。またいつものように何事もなかったように笑いかけてくれる。

「なあ…契…約…って…どう…するんだ…」
「前提はできている…後は名前を呼ぶだけ…」
「そう…か…なら…シン…俺が…名付けて…いいか…?」

普段こう言った場合僕や他の人間に任せることが多かったバードさんが自らこういった場で提案してくることは珍しかった。

「構いませんよ…」
「なら…ロンで頼むかな…」
「分かりました…待っていてください…」

バードさんを寝かせた僕は覚束ない足取りになりながらも龍に近づきその小さな龍を抱き上げた。その瞬間、体の中に何かが入り込んでくる感覚を感じた。それと共に持っていた3つの銃が光り始めた。ライフルは青く、マグナムは黒く、バードさんの銃は白くそれぞれ発光していた。

「こ…れは…」
「継承…前の召喚師と相性がいい場合発動するもの…その人の力を受け継げる…」
「以前の?」

マナさんからの言葉で浮かんだのはフィオナさんと白騎士の二人の存在だった。あの三人の特性が3つの銃に受け継がれた?

「…ロン…これから…よろしくお願いします…」

名前を呼んだ瞬間、ロンは僅かに瞳を開いたように見えた。それと共に姿は消えた…いや僕の中に入ったと言うべきなのか…その存在を体の奥から感じられた。

「シン…」
「バードさん?」

呼びかけられバードさんの姿を確認した時、その顔色はさらにひどくなっていた。

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シンはバードに体を引きずるようにして歩み寄った。何かを言っているように見えるものの声はかすれて聞き取りにくくシンはバードの顔に顔を近づけた。

「できた…ようだな…」
「ええ…これで…旅も楽になります…」
「そう…だな…俺の…銃だけどよ…もらってくれないか?」
「バードさんでは銃は使えないでしょうからね…」

普段と変わらない表情と言葉に戻ったシンを見てバードは表情を緩ませた。そして視線を一度マナへと向けた。

「悪い…後始末と…こいつの治療…頼んで…いいか?」

小さく聞き取りにくい言葉。それに対してマナは無言で頷きバードは声が届いたのだと判断した。

「シン…悪い…そばにいられなくて…」
「バード…さん?」
「俺やフィオナ達の代わりに…その銃と龍を…連れて…行って…くれ…」
「何言っているんですか?遺言みたいで…わ…笑えません…」

バードの瞳に映ったのは涙を溜め必死に無表情を装うとするシンの姿だった。そんな様子に笑みを浮かべたバードは手を震わせながらシンの頬に手を当てた。

「一緒に…生きて…行けなくて…悪い…」
「だ…から…何を…」
「シン…こう…いう…とき…カッコイイこと…言えれば…いいが…」
「もうしゃべらないでください!」
「幸せに…な…れ…よ…」

頬に触れていたバードの腕から力が抜け地面へと落ちた。何故かバードの表情は和らいでいて今にも眼を覚ましそうにさえ見えた。

「そんな…あっさり…約束を…破ら…ないで…。まだ…僕は…伝えて…ないことが…」

バードを抱きしめたシンは周りを気にすることもなく涙と共に声を上げた。これまで誰ひとりにも見せることがない程に涙を流し、その様子をマナは何も言うこともなくただ見つめていた。


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