頑張りやがれクズ野郎

作者/ トレモロ

【お掃除ですよ】―壱


人は自らを卑下したがる存在と、自らを高尚なモノにしたがる存在が或る。
その二つの感情は大変醜く、廃れており、しかも排他的だ。
目も当てられないと断言しよう。
ああ、尤も。
私もこの様な戯言を言って評価されたい。矮小な存在な高慢な人間だがね……。
君はどうなのかな?
君の人生もさぞ矮小で高尚な素敵なモノなのだろう?
よかったら、君の話を聞かせてくれないかね?

―――アキラムスト・デ・ラルへの
   『ラミア国際新聞』による取材への受け答えの内容より抜粋。






殺す。
その単語だけが俺の胸の内を占めていた。
殺す。殺す。殺す。
刺して殺す。
叩いて殺す。
裂いて殺す。
溶かして殺す。
熱して殺す。
有りとあらえる方法を持ってして、俺を殺そうとしてきた奴を。
【殺し返して】やる。
その為には、準備が必要だ。
あの金髪の娘の正体は大体わかった。
場所の情報等は知り得ないが、あいつのターゲットがとりあえず俺に決定してると見ると。
後で、頼まなくてもあちらから現れるだろう。
ならばそちらは、とりあえず放っておいても良い。
所詮、女でガキだ。
いくら殺人を生業とする連中の一家でも、不意打ちに気を付けていれば俺が殺され可能性は低い。
それよりも危険なのは、あのグラサンと取り巻きどもだ。
あいつらはそこそこの人員と、しかも【銃】を持っていた。
適当に見やっただけでも、拳銃だけじゃなく。
アサルトライフルやら、サブマシンガンやら、ショットガンなども持っていた奴もいた気がする。
だが、あまり使い慣れた様子は無かったので、恐らく訓練された兵士などでは無く。
唯の使いッ走りに、【誰か】が兵器を与えただけなのだろう。
その【誰か】が何者かは知らないが、そいつは恐ろしく危険だ。
あいつらが【潰れたら】、代わりにもっと清廉された兵士を送ってくるかもしれない。
それが途轍もなく危険なのだ。
あの兵器をそろえられる奴が、本腰を入れて俺を殺しに来たら……。



「笑えねえな畜生」
俺は人通りも、車の通りもない大通りで一人つぶやいた。
ここの屑連中が活発に活動するのは、主に夜だ。
それまでは寂れた廃墟、ゴーストタウン。
それがここ【第三廃棄都市】の特徴でもある。
だが、ここにも昼間から活動してる連中は多々居る。
それは、この【ゴミ箱】では比較的普通な連中だ。
例えば、食料を手に入れる為のスーパーや、自炊できない連中の為のファミレスなどの飲食業関係。
電子機器や、生活必需品を手に入れる為の販売店など、普通の都市にあるものとさして変わらない。
【ゴミ箱】にだって、そういう仕事をしている一般人は居る。
善人ではないが、一般の人間。
人を殺したり殺されたりする光景を、【視る事】には慣れているが、決して自分からは行動しない【一般人】。
そういう連中だ。
他の人間から見たらどうなのかは知らないが、俺にとっては奴等も十分屑野郎だ。
尤も、一般人よりも存在が許せない屑共はごまんといるから、そいつらへの殺意は余り沸かない。
俺だってそういう存在がいなければ、不便だしな。
それはそうと、実はこの【ゴミ箱】で尤も繁盛しているのは、そういう場所では無い。
この廃棄都市は、日々チンピラや、どっかの組織や、殺し屋、その他胡散臭い連中がよく居住していたり、出入りしたりする。
そいつらは総じて、普通の人間より怪我を負ったり負わせたりする。
だから奴等がこの【ゴミ箱】で、最もお世話になる所は、飯屋でも商店でも無い。




【病院】だ。


【お掃除ですよ】―弐


寂れた道を歩いた先に、白―――というより灰色の建物がそびえ立つ。
でかい建造物の上の方にある看板には、『総合医療センター』という黒い文字が見えた。
文字の前半にも何か言葉が書いてあったようだが、何かで燃やされたらしく解読不明になっている。
この【第三廃棄都市】でも有数の巨大な規模を誇る病院。
それが『総合医療センター』だ。正式名称は最早誰も覚えていないという不思議な病院でもある。
俺の視線の先にはその【病院】の入口が映っている。
その入口の前には、駐車場などもあるにはあるが、車でここに来るような客人はいないらしく、ぽつぽつと職員のモノが数台止まっているだけだ。
それもそうだろう、こんなところにとめておいたら、人の恨みをよく買っている連中にとっては、何か仕掛けをされたりする可能性があるからな。
そんな駐車場を抜けて、【病院】の入口の前の階段まで歩いていく。
すると、門の左と右の両側に、まるで警備員の用にアサルトライフルを、革紐で首から引っ提げて携帯した、柄の悪そうな格好をした男共が立っていたのが視界に入る。
「あ? こいつら……」
恐らくこの【病院】に来た奴らの仲間、もしくはボスなんかを、他の組織から守るための下っ端共だろう。
気にせず階段下まで歩いていく。
すると、階段の一歩目を踏み出した時、柄の悪いチンピラ共がこちらに気付いたらしい。銃を向けて警戒態勢を取ってくる。
「ああ? てめえ何もんだ? ここは今俺達のボス……が……」
ん? チンピラの言葉が途中で止まる。俺の顔を見て、チンピラの表情が段々青ざめていく。
「て、てめえ! さっきの!!」
ああ、そうか。こいつさっきのグラサン野郎の仲間か。
こいつはラッキーだ。
【死神】に情報を得る為には、結構な金がいる。
あの金髪のガキの情報は金の請求の前に電話を切ったから、金を払う理由は無いのだが……。いや、無いはずなのだが。
流石にあのグラサンの野郎が白目剥いて倒れた後、下っ端共が運び込んだ病院を調べるのには、金を請求されてしまうだろう。
あいつはボランティアで情報をくれる訳ではない。あくまで商売なのだから。
だから、この出会いはかなりラッキーだ。
この都市の【病院】を手当たり次第、虱潰しに探して行こうと思っていたのだが、まさか始めに見つかるとは。
ついているな俺は。かなりついている。
こんなにすぐに見つかるなんて。
こんなにすぐに、俺の命を狙ってきた屑共を見つけられるなんて。
こんなすぐに、こんなすぐに、こんなすぐに。



ゴミ掃除が出来るなんてなぁ?



「おい、チンピラ。てめぇ等んとこのボスはここに居んのか?」
階段の最上階まで登り、チンピラ共のすぐ目の前まで歩いていく。
俺の言葉に応えず、チンピラ二人は銃を構えて近づいてくる。
そして、顔を青ざめたモノから、赤い怒気を含んだモノに変え言う。
「動くなよ【人屑】。今すぐぶち殺してやる、覚悟しろ」
銃に手を掛け、照準を俺の心臓に会わせ、引き金を引く手に力を込め。
怒りと共に二人同時に叫ぶ。
「くたばりやがれえええええっ!!」

銃声。
銃声。
銃声。
聞きなれた心地よい音。
硝煙の空気と臭いが俺の鼻をつく。
そして、次に聞こえる疑問の声。

「なん……で? なんでだ……よ?」
「一体どうなって……いやが……る?」

それもそうだろう。
当たり前の反応だ。
俺は今銃を向けられた。奴等は引き金を引いた。
それなら、俺の体はハチの巣になるのが道理だ。
だが、銃弾は一発たりとも俺には【当たらなかった】。
かすり傷一つ。
俺が負う事は無かった。

「なあ、オイ?」

俺は尋ねる。
奴等に尋ねる。


【腕を無くした二人のチンピラに尋ねる】。



「オイオイオイ、腕がねえのに、なんで俺を殺せるとか思ってんだ?」



俺の言葉の後、ようやく自らの腕が無くなっている事に気付いた二人のチンピラの。
言いようのない絶叫が迸る。

「あ、が、あががが、あがっがああああああああああああああああああああああ!!」
「ひぃ、ひがっ!? ひぃいはやはああああああああああああ!?」

絶叫だ。
屑どもが発する絶叫だ。
ああ、やばい、やばい、ヤバいヤバいヤバいッ。
久しぶりだ、久しぶりに昂ッてくる。
抑えられない。
目の前のゴミ共が、もう無い右腕から流れる血を、もう無い血が噴出している左腕で抑えようとしている様が。
どうせ直ぐ死ぬのに、意味無くもがき苦しむ様が。
必死に取り落とした銃を拾おうとする様が。
堪らない。
最高に。
最ッッッッッ高に堪らない!

「ヒハッ。ヒハハハハッ!! 最高の気分だゴミ共。んじゃ、さっさと俺も終わらせたいからよぉ」

俺は笑う。
余りに楽しすぎて、言葉にしなければ何かが吹っ飛びそうな錯覚まで感じる。
だから笑う。
心底。心の底から笑う。
そして、顔面を恐怖と絶望でグチャグチャにしたチンピラ二人の前で、思いっきり口角を釣り上げながら。
言ってやった。





「死ぬ準備はOKかな? 糞汚物共」