頑張りやがれクズ野郎

作者/ トレモロ

【治せないんですよ】―壱


ここは暗いんだ。
色がないんだ。酷く孤独で。酷く無残で。酷く凄惨な。
悲しい。誰かも存在を感じたいのか? 存在を認めてほしかったのか?
暗闇だ。
闇だ。
何もない。ないという事もない。
ないんだよ。ないんだないんだないんだないんだ。
無なんだ。夢なんだ。無なんだ。夢なんだ。
無なんだ。
無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無無。
無限の無。
だから手を伸ばす。
伸ばした先には感触があった。
狂喜した。心の底からこみあげてきた。
喜び。
そしてソレを握った。握って握って握って。
だけど。
その握ったモノは。
握った先には。


引き金の先には無の代わりに朱があった。




―――世界最高峰の享楽殺人鬼サンドレフェリー
        死後出回った生前の日記の一部より抜粋
           記載された日付から逮捕される一月前のモノだと思われる











何時からだ?
何時から俺はこうなったんだ?
一年前? 二年前? 十年前? 二十年前? 生まれた時から? 初めの始めのはじめから?
何時から俺は自分のする事の意味が解らなくなった?
何時から自分で自分が理解できなくなった?
そしてそれは何故だ? 何故そうなった?

『守られるだけが私じゃないよ。私だって傷を負える。背負っていける』

ああ、声が聞こえる。
懐かしい。懐かしい声……。
女の声。
俺の【  】した奴の声。

『君が苦しむのを止めることはできない。だけど一緒に。一緒に苦しんでいこう。そうすれば、少しは傷も少なくて済むんだよ』

そうだな。
そうだよな。
お前は。【お前は】。
何時だってそうだった。
何時だって。【そうだった】。

『だから生きよう。生きて。生きて行こう。歩いて行こう。一緒に、私が支える。あなたが支える。そうやって、生きていこう』

お前は何時も悲しそうに笑って。
その顔を見るたびに俺は……。
俺はお前に。お前は俺に。
そうやって……。

『大丈夫。絶対になんとかなる。私がしてみせる。あなたがしてみせる。私はもう分かってるんだから。だって私は――』

お前の言葉は刺さるんだ。
俺の心に。心なんてあの時から有ったかわからないけど。
酷く喰い込んで。刻んでいくんだ。
だって俺はお前の事。
心の奥底から。臓腑の底から。



『――あなたの事が好きなんだから』



お前の事が好きなんだ。


【治せないんですよ】―弐


「……」
夢を見た。
久々に彼女の夢を見た。
「嫌な……夢」
ポツリの口に呟いてみる。
もう少し。夢の続きがみたい気分だった。例え悪夢でも、続けて見ていたかった。
あと少しだけ声を聞きたかった。それが幻想でも。聞きたかった。
彼女の声が聞きたかった
「……くだんね」
「そだそだ、下らん。貴様の存在全てが私様にとっては下らない。心底だ」
と、俺が先程まで見ていた夢について想いを馳せていたのを、邪魔するかのように声がかかる。
いや、実際邪魔されている。
「そもそも貴様の様な屑が何故夢を見る。夢とはまっとうな人間が抱く事のできる、大切な至宝だ。例えば私様のよーな!!」
「どこがまともだクソ野郎」
べらべらと勝手な事を呟く声。その声のする方に視線を向けると、そこには白衣を着た【化物】が簡素な椅子に座ってる。
椅子の周り。といううか、今俺がいる場所はそれなりに見慣れた場所だった。
【都市】の隅の方に細々と経営されている、小さな【診療所】。
その診療所の部屋の一つ……といっても、この診療所は規模が先程まで俺がいた【病院】とか比べモノにならないほどチンケなモノなので。
患者部屋が四つに、ベットが三つだけという。およそまともな治療が施せない寂れた所だ。
事実俺がいまいるこの部屋。
白いベットに白いシーツが敷かれた病院用のベット。上半身を軽く起こして、周りを見ると。壁はどこか薄汚れていて不衛生だし、殺風景な部屋には【化物】が座っている椅子とその前にある机だけ。
後は脇の方の棚に、色々医療器具関係があるくらいだ。
器具や、ベットなど。最低限なモノには気を使っているのか清潔だが。壁等の汚れや、どこか退廃的な雰囲気はおよそヒトの治療をするにふさわしい場所とは思えない。
いや、壁が汚れている次点で、最早最低限も守れていないか……。汚れもなんか血痕の後とか、無意味に紫色に染まっている壁とか。想像したら嫌な予感が止まらなくなるような色合いの汚ればかりだ。
「まとも過ぎて泣けてくるくらいまともだ! さて、そんなまともな私様からお達しだ。ガキ、治療代寄越せ」
【化物】は体を本来の椅子の座り方から反して、背もたれの方に体を向け、【片腕】をだらりとぶら下げて、こちらに目を向けてくる。
いや、【目】というのは少し語弊があるだろう。
「お前が俺の治療を? 何故?」
「【死神】の野郎に金を払われたんでな。それで引き受けた」
「じゃあ、俺が払う必要ねェじゃねーか」
「あぁ? 【死神】が治療費を払ったなら、貴様は私様にその他の理由で金を払うべきだ。なにせこの【診療所】に来て、金を払わずに出ていく奴なぞ私様が認めん! 断じて!!」
意味のわからない、論理破綻している言葉を口から次々と生み出す存在。そいつには【目】という概念が無い。
何故なら、本来目がある場所に【包帯】が巻いてあったからだ。
いや、それだけならまだ【化物】じゃない。問題なのは、その包帯が所々酸素に触れて黒くなった血のような色で染まっている事。
そして、包帯の隙間から見える地肌が、何か形容しがたい醜く爛れた傷を負っていることだ。
頭だけでは無い。体は右手が存在せず、着ている服の右袖が中身が無い事を強調するように、しぼんでいる。
左腕には頭同様、血の様な色で汚れた包帯が巻いて有り、垣間見える地肌には、顔の傷後とはまた違った、爛れた火傷のあとが見える。
【化物】。
人目見たら、そいつのことをどう形容するか直ぐに思いつく事は出来ない。唯一言【化物】ということしかできない。
そしてその【化物】であり、医者であるという単語から、取れられたあだ名。
【傷者ドクター】。
それが白衣を着た【化物】の、【都市】の中の彼の患者達付けた通り名だ。


【治せないんですよ】―参


「守銭奴の拝金主義者が。医者なら少しは患者に気を使え」
「貴様の様な屑に気をつかえぇ? フハハハハッ!! 馬鹿がっ! 貴様なぞの最底辺オガグズ野郎に何を使えというのだ!! メスを脳みそに叩き込んでやろうかっ!?」
【傷者】は包帯に巻かれていない口元を、哄笑の形に歪めながら狂ったように肩を盛大に揺らす。
目元が包帯に巻かれて見えない上に、顔も殆ど包帯で隠れているので、表情の判断が口元でしかできない。
だが、こいつは感情表現が途轍もなくわかりやすいので、大して困りはしない。
尤もほとんどがこちらに、不快な印象を与える感情表現ばかりだが……。
「ブラッド・ドクター。その減らず口は相変わらずうぜぇな。さっさと口も包帯で隠せ。うるさくて、かなわねぇ」
「うるさいのなら耳でも削ぎ落してやろうか? 今なら止血もしてやる!! ただし有料だ!!」
【傷者】は不敵に口を歪めながら、椅子から立ち上がりこちらに寄ってくる。
恰好が恰好だけに、なんだかホラーゲームでゾンビに迫られているような感覚だ。正直寄ってこないでほしい。
「さて屑と問答していても仕方が無い。さっさと本題に移ろう、金は本当に払ってもらうがな!!」
仕方が無いというのはこっちのセリフだ。そして金は払わん。
「ではでは。ふむ、怪我の調子はどうだ? 真木の血は中々にうまく作用している様だったが」
言われ、そういえば重傷を負っていた事を思い出す。
ガキに刺された腹の傷。
視線を下に向けて確かめてみると、【傷者ドクター】のモノとは違い、真っ白な包帯が巻かれてあった。
「体に違和感はあるか? 動かし辛かったりするか?」
「いやほぼ問題ない。流石ドクター。もう治ったようなもんだな」
「阿呆。貴様が規格外なだけだ。本来なら即死だ。そして、できれば死んでほしかった」
何気にこいつ俺に殺されても文句言えねェよな? 
何の気負いも無く俺に暴言吐いてきやがる。だが、俺はこいつを殺せない。
こいつが死んだら、俺みたいな【存在】を治療する奴がこの世からいなくなる、って事だ。
【人屑】なんて【化物】じゃないと治そうとも思わない。それに個人的にこいつには借りがある。
まあ返すつもりなんてないがな。
「まあ、しばらく安静にしてろ。【真木の血】は唯の一種の【治癒方法】だ。【不死】やら【不老】やらとは関係ない。あんまり過信するな」
「だれに言ってんだよ。てめぇのことはてめぇが一番分かってるさ」
「ふん。貴様は自分の事なんて気にしてないだけで、分かってなんてないさ。だからクズなんだよ」
「言いたい放題だな。あんたこそ、そんな不衛生極まりない包帯巻いて、医療に携わるのはどうなんだ? それ血だろ?」
「馬鹿が。包帯に血を付けたままにしている訳ないだろう!! これはわざとそういう風に塗っているだけだ!! 馬鹿クズがっ!!」
どっちが馬鹿だ。
そうだったのか。てっきり傷口から血が染み出てるのかと思ったが。……わざとって事はファッションって事だよな?
「……趣味わりィな」
「自覚はあるっ!!」
断言しないでほしいんだが……。
まあそんな事は置いておこう。
とりあえず、【病院】からは無事に脱出できたようだ。
だからこそ、俺はこの【診療所】にいるし、ガキも共に……。ん?
「……オイドクター。ガキは? 俺と一緒にここに来たんだろう?」
「ガキ? ん、ああ、あの金髪の嬢ちゃんか……」
白衣の化物はそれまでの傲岸不遜な態度を改め、どこか疲れた雰囲気になる。
「何か問題があったのか? まさかガキに何か……」
「そう結論を急ぐな阿呆。違う。違うさ。この名医たる私様が子供の一人助けられないとでも?」
そんなアホな一人称を使う名医はいねぇ。
「唯……そうだな。暫くは満足に動けんだろうな。今は別室の治療室で初瀬君が様子を見てくれているよ」
「……そうか」
成程。矢張りあの傷は相当なものか。
あいつが俺を助けた為に負った傷……。
でも、命に別状はないと……。
……ちっ、らしくねぇ。らしくねぇぞ【人屑】。ここはこんな声だすところじゃねーだろーがよ。
らしくねぇ……。
畜生。ちょっと安心しちまったじゃねえか。クソが。
「……貴様。あの嬢ちゃんに入れ込みすぎじゃないのか?」
と、そこで【傷者ドクター】が包帯だらけの顔で、こちらを覗き込むようにして見てくる。
目というモノが無いくせに、【見られている】という感覚を強く感じる。
そういやこいつ、どうやってモノとかを見てるんだろうな? アレか、目が見えなくなると他の器官が鋭敏化するって奴か?
そんな俺の思考を無視して、医者は言葉を続ける。
「別にそれが悪いとは言わんが。似合わぬな。貴様は目に着いた奴は片端から殺す様な享楽殺人者の気があると思っていたが?」
「そんな変態的な趣味はねェ。俺がムカついた奴を殺してるだけだ。それに殺しは基本一日一回位だ」
「それは唯の自己制約だろう? 何時でも破れるモノだし、事実貴様は【病院】で派手に殺しまくったそうじゃないか。そのショックで一時的にナーバスになっているようだが?」
ナーバス……ね。
確かに殺しの後はテンションが異様に低くなる。
冷める。
覚めた後に冷める。
一種のショック症状だろう。
「なんだよドクター。カウンセリングでもしてくれんのか? あんま俺の中に踏み込んでほしくはねェンだが?」
「私様だって踏みこみたくは無い。だがな、貴様の様な存在が何故か……と疑問に思ったのさ。疑問に思ったら口を衝いて出てくるのが私の美点の一つでね」
「そりゃ、汚点だと思うぜ」
「見解の相違だ」
「けっ、下らねェ」
全く持って下らない。
似合わない? 分かってる。そんな事は先刻承知の百も承知さ。
何でだろうな。何で助けたんだろうな。いや、何で助けられてんだろうな?
そんなの、わからねぇよ。
自分で自分の事を本当に理解している奴なんて、この世に要るのか?
少なくとも俺はわからねぇし、分かるように努力もしてない。
じゃあ不明。って事でいいじゃねえか。ソレじゃ駄目なのか? もっと奥まで。奥の奥まで暴かなきゃいけねェのか?
「本当に……下らねェ」
再度意味も無く呟く。
そんな俺の独白をどう感じたのか、ドクターは何も言わずに背中を向けて、部屋の出入り口であるドアへと歩いていく。
「少し出る。一応虹路達が此処にいるから声を掛けておこう。奴がいれば、ボディーガード位には成るだろう」
ボディーガード。確かに【人屑】がベットに大人しく寝てるなんてなったら、俺を恨む連中がこぞって殺しに来るだろう。
あれだけ派手に事をやらかしたんだ、噂くらいになっていても不思議ではない。
尤もこの【診療所】の存在を知っている奴が、その中に何人いるかは解らないが。
「仕事か?」
「ああ、私様は名医だからな。休む暇が無い」
ドクターは言いつつ、片腕が無いからかバランスの悪い動きをしながらドアノブに手を掛ける。
そこで、今思い出したかのようにこちらに振り向くと、包帯だらけの顔をこちらに向けて言った。
「【死神】も一応ここにきている、後で話をしに来るだろう。どうやら何か厄介事の様だが。一つ、医者として言っておく」
「なんだ?」
ふざけた調子を一切消し去り、白衣の化物名医は神妙な顔で言葉を紡いだ。


「死人は治せんからな。幽霊になって私様の【聖域】に来るなよ」


医者にあるまじき非科学的な。
そして患者に対しての態度としてあるまじき盛大な皮肉を残して。
ドクターは部屋を出て行った。
ふらふらと。
ふらふらと。
出て行った。






俺が死ぬなんて【救い】を。求めている筈が無いのを知りながら……。