頑張りやがれクズ野郎

作者/ トレモロ

【情報は命ですよ】―壱


さぁああさぁあさぁあああっ!
死体を始めようぜ? 死体を死体を死体をおおおおっ!!
喰い散らかしてやるよぉ! 壊し乱してやるよぉ!!
く、くとぁこっがががこががこあっ!!
てめえらぁみんなぁ! イカレタにんげんだぁよぉおうおくか!
くひゅアハははははああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
痛みがとれねえぇえええええええっ!
さいっこうじゃねえぇかぁ! 最強じゃねえかぁ!!
月が俺を俺を俺をおおおおおおおっ!!



―――精神崩壊した一般人・【壊し者】リンデリアの手記より抜粋
          この手記を記したすぐ後、彼はとある【一家】を壊滅させる







「さて、初めに言っておくよ。俺が【間違えた情報】。それはね。彼女、ホムサイドの女の子の【都市に来た理由】だ。まあ、情報を商品とする者としては恥ずかしい事ながら、あの子を見て勝手に思い込みをしてしまったようだね」
包帯医者の出て行った時と同じく、ベットで上半身だけ起き上がりながら、俺は目の前の【死神】の話に対して、視線を適当に向けながら、口を挟まず静かに耳を傾ける。
視線を向けた先の【死神】の容姿は何というか。【普通】だ。
【死神】なんて御大層な、その上嫌なイメージしかない字名の癖に、高い身長に長い手足。人に好意的なイメージを与える顔の造形と、笑顔。
【外】の世界でこいつがまともに生きていたとしたら、人当たりのいい営業マンと言ったところか。
フレームの青いメガネをかけている事で、さらに爽やかない雰囲気を振りまいている。恰好が青のジャージの上下というのが、残念なほどだ。
こんな、ちょっと爽やかな好青年の様な奴が、この【都市】の至る所の事情に精通している途方もない存在などと、だれが思うだろうか?
俺だっていまだに信じきれないさ……。

そんな普通の外見の、普通ではない【力】を持った男は、話を続ける。
「なんというか。大前提から間違えたというかね。今日君が情報を求めるために僕にした電話。いや、俺にした電話。うーん。……どっちの一人称がいい?」
話を逸らすなよ。つか、どーでもいーっつーの。
「おおっ、怖い目で見ないでよ。解った解った。えーと、僕にした電話ね? あの時君と僕は同じ結論にたどり着いたよね?」
「結論?」
「そう。結論だ。『彼女は一人前になるために、この都市に来た』って。覚えてる?」
確かに。
あいつは【ホムサイド】の一員であり、【都市】には【殺し屋】として認められる為に来た。
要するに正式な【ホムサイド】になるための、試練。
その為の殺人をしに来た。そういう事のはずだ。
だが、【死神】がこういう風に言うという事は……。
「違うのか?」
「ああ、違う。恐ろしく違う。といううか、全てが間違いだらけだった。勝手に僕が間違えただけで、騙されたわけでもなんでも無いけど。断片的な情報をつなぎ合わせて、憶測だけで会話するのは良くないって事かな」
……まあいい。
料金を払わないで、正確な情報を手に入れられるとは思っていない。
だが、無意識に【死神】は情報の知識は完璧だと思っていた。過信は良くないというわけか。
「まあ、【都市】の外の事はうまく把握しきれないって事さ。でも、君から話を聞いた後に、気になって色々調べたんだ。そしたら、結構面白い事が解ってね。ついでに君を襲ったチンピラ連中とその【背後】の事もよぉーく解ったよ」
と思ったが、やはりコイツの情報力は過信にたるようだ……。
だったら、初めからしっかり調べてほしかったが……。
まあ、突然の電話にあれだけ素早く大量の情報を寄越してきただけでも、称賛には値するんだろうな。
それに、背後組織の事も解ったというのは僥倖だ。
今から俺が【潰す】のは、あんなチンケなチンピラ共じゃないんだからな。
あんな戦争でもおっぱじめようとするかのような銃装備をそろえられる連中。
底が知れない【何か】だ。
故に、非常に危険といえる。
「それで? 続きは? 早く聞かせろ」
「うん、そう急かさないでよ。一つずつ説明させてもらうから」
言いながら二コリと笑う【死神】。
【死神】という名に全力で反対するかのように、その笑顔は不気味なほどに爽やかだ。同性にとっては唯うざったいだけだが、異性にはこんな笑顔にイカれちまう奴もいるかもしれない。
全く。顔ごと潰してやりたいな。考えたらコイツ朝、俺の私生活覗き込んでたんじゃねえか。
なんか、俺の行動を全部把握してたみてぇだし。
そんなことしてるんだから、俺に殺されても文句は言えねぇよな。
まあ、本当に【殺されたら】。文句なんて、はなっから言えねぇけどよ。

「そしたら、私が文句を言うッスよ!」

と、俺の思考を呼んだかのように突っ込みを入れる声が、俺のベット横に立つ【死神】の、横側から聞こえてくる。さっきからずっと黙っていたのに、反応すべきところでは反応するようだ。
つーか、実際に俺の考えを読みやがったな……。読心術とかやめてほしいんだが。
「お前の場合文句の代わりに銃弾が飛んできそうだがな」
「そんな野蛮なことしないっスよ! RPGをケツにぶち込んでやるだけです!」
野蛮の極致じゃねえか。
「あー、虹ちゃん。今大事な話をしてるから、ちょっと黙ってて。そこで林檎でも剥いてて」
「解ったッスよ九例君!」
「いや、本名呼ばないで……って、まあいっか」
本等 九例(ほんら くれい)。
【死神】の本名であり、こいつがあまり外に出したがらない【情報】の一つ。
まあ、自分の事はあんま人に知られたくないよな。本名一つで色々ばれることがあるのかもしれんし。こういう奴なら尚更だ。
そんな【死神】が守ってる【情報】の一つを、あっけらかんと明かしながら。
先ほど結果的に俺を救った【黒猫】虹路は、【死神】に言われたようにダークスーツの懐に手を突っ込み、リンゴと果物ナイフを取り出し。さっき【傷者ドクター】が座っていた椅子に座りながら、スルスルと皮をむき始めた。
って、一息に状況を観察思考したが、ちょっと待て!
なんで、スーツの中に林檎が入ってるんだよ!
どうやって入れた? あんなまんまるいもん、よくそのスーツの中に違和感なく入ってたな!
「戦闘屋の嗜みですよ!」
どんな嗜みだよ! つか、また俺の心をっ!! ……いや。もういいか。
どうせ、辞めろと言われても、読まれちまうもんは仕方がない。
人生あきらめが肝心だ。


【情報は命ですよ】―弐


「あのさ。いい加減話戻していいかい?」
「ん? あ、ああ。スマン」
電話口なんかじゃウザい言動が目立つ【死神】。本等だが。
実際に対面して会話する時は、割かし落ち着いて話が出来る。
こいつ電話弁慶か? メール弁慶は聞いたことあるが、電話弁慶ってあんまし聞いたことないな。
「えーとどこまで話したっけ?」
「手に入れた情報を一つずつ話すって所だろ?」
「ああ、そうだった!」
二コリとまた笑いながら、本等は言う。
そんなこいつの爽やかな笑顔を、隣で林檎剥いている虹路がうっとりした様子で眺めている。
刃物持ちながら余所見すんじゃねえよ。指でも斬り落とされやがれ。
「僕としたことが、うっかりちゃんだったね。さて、君が最も知りたい情報。それは今は【背後組織】についてだろう? だが、とりあえず、ここはあの【ホムサイド】の子について語らせてもらおうか。こちらのほうが面白い話になるからね」
人の良い笑みを浮かべつつ、本等はこちらを見据え、あのガキについて語り始める。
「さて。僕も君も彼女を半人前と断定した。そこはいいだろう? だがね、そこからすでに【間違え】なのさ」
「……そこがわからねぇ。どういうことだ?」
「単純さ。彼女はすでに【一人前】だ。それも【ホムサイド】の中でも最強クラスの殺し屋。もっとも、経験が浅いってのは僕らの推測通りだ。彼女は【ホムサイド】の中では一番人を殺していない。同時に、一番殺しに長けている」
どういうことだ?
殺しの経験がない奴が、一番殺しに長けている?
「矛盾してるだろソレ」
人を上手く殺すのに必要な条件の一つ。それは【経験】だ。
どんな状況に置かれても、対応し、殺すことができる。
そんな【存在】になるには、どうやったって殺人経験が多量に必要になる。
【腕のいい殺し屋】とは、同時に【大量殺人者】でなくてはならない。
「確かに矛盾してると思うけどね。彼女は多分常人より【殺しのセンス】が高いんじゃないかな? どんな世界にも天才ってのはいるからね」
詰まり、【殺しの天才】ってことか?
常人が十人殺す事で、学ぶ事柄を、一人殺す事で学びとる。
ましてや生粋の、国際警察組織お抱えのジョブキラー。職業殺人者の中でも性質の悪いサラブレットが集まる家系で、尚抜きんでた才能。
それは最早俺には想像できない。
殺しの神様に愛された少女。
それがあのガキって事なのか?
って、待てよ?
今の会話可笑しい所があったよな?
「オイ、お前『多分』っつったな? どいうことだ?」
「ん? ああ、確かにちょっと断定はできないかな。【直接彼女を育てた人間】からの情報じゃないからね」
は? 益々意味が解らない。
「……その情報の出所はどこだ? 信頼できるんだろうな?」
俺の疑念の言葉に、本等は笑みを段々濃くしていきながら、言う。
「信頼できるよ。【ホムサイド】の人間から聞いた訳じゃないけど、彼等ととても密接な関係のある人間から聞いたからね」
「前言ってた【SPM】とか言う、あのガキどもの雇い主の所からの情報か?」
「いーや。違うさ。寧ろ対極の存在だよ」
「対極? ガキどもの一族の敵である連中ってことか?」
確かに敵対している何らかの【存在】なら、自分と対立している奴等の事は隅々まで調べるだろう。
あのクソガキの事も詳しく知っていてもおかしくない。
だが、本等はその考えを、首を横に振り否定しながら、説明を続ける。
「いーや。ホムサイドの一族は徹底的な秘匿主義だからね。他に情報が漏れることはまずないんだよ。だから彼等の商売敵なんかにも情報は一切漏れない。ホムサイドを知るのは、ホムサイドの一族達自身か、雇用主の【SPM】の連中か。僕の様な優秀な限られた情報屋か。あと一つだけさ」
優秀な情報屋だと言う事は認めるが、自分で言うのはどうだろうな?
まあいい。
あと一つ。
成程。つまりだ。
「実際に殺し合った経験のある奴だな」
「YES!」
パンッ、と手を打ち鳴らして正答の意思表示をする本等。
その様はどこか、自分の思い通りの答えを生徒から貰い喜ぶ教師のようだ。まともな教諭なんて知らない俺が言っても、比喩として十分じゃないかもしれんが。
そんな、楽しそうな本等を無感動に眺めながら、俺は続きの言葉をため息と共に口にする。
「つまり、お前は偶々【ホムサイド】とやり合って、生き残る事が出来た奴から話を聞いたってことだな? それなら信用はできそうだ」
実際に遣り合い、そして勝ったか引き分けたかした奴の言葉なら、信用もできよう。
「いいや、違うよ」
だが、本等はまたもや俺の思考の末の推測を、真っ向から否定する。
「じゃあ誰から話を聞いたんだよ? 秘匿主義の連中の分析なんて、実地で戦わないとわからないだろ?」
「確かにね。俺が話を聞いた奴は確かにホムサイドと戦ったよ。そこまでは合ってる。だけどね、君の言い方だとまるで、そいつが【ホムサイドと善戦したかのように思える】。けど、それは全然違うんだよ」
「あ? それじゃあ負けて命からがら逃げてきたってことか? そんな奴の言葉信用できるの――」
「【違う】」
妙に言葉を強くして、本等は俺の言葉を否定する。
わけがわからない。さっきから否定ばかりで、何が本当かわからない。
「じゃあなんだよ? そいつはあのガキの一族とどういう関係だ?」
「そうだね。あの少女にとって彼は仇かな……」
「仇?」
そう、と【死神】は人好きのする笑みを絶やすことなく発する。
楽しそうに。楽しそうに。
だがほんの少し。憐れみを足した表情で。
その憐れみの向かう先は誰なのか? 俺は次の言葉で理解する。
あのガキと戦ったからこそわかる。
奴の一族は相当の血統だ。いくら天才とはいえ、あの年であの動きをさせるまでに育てる連中は、殺人一族の中でも最高峰のレベルであると言える。
それがほめられることではないのは分かっているが、素直にそう認めることができる。
だが、【死神】の言葉で、一つの事実で。その前提が揺らぎを見せる。
「そう仇だ。にっくきにっくき仇だよ。あの少女が【彼】に会ったら、すぐに殺意が芽生えるはずさ。そして同時に【殺せない】とあきらめるはずだ」
「紛らわしい。早く結論を言え」
「ふふっ。つまりだよ。僕に情報を提供してくれた男。リンデリアという狂った【一般人】はね――」
あっけなく。
そして。
驚愕を伴って……。



「――ホムサイドの一族を。あの少女の家族を。彼女自身を除いて【皆殺しにしたんだよ】」