頑張りやがれクズ野郎
作者/ トレモロ

【殺人って事ですよ】
「正義……だと?」
「そう、善人。正義の味方って奴よ! 解る? 屑のおにぃさん!」
小首を傾げながら、ガキは実に子供らしく笑い言う。
何なんだこのガキは?
なんで、こんな異常な性格してやがるのに、顔にも目にも、【子供らしさ】が残っていやがる?
俺の知っている、ガキの時分からイカれている奴らってのは、もっと嫌な眼をしていた。
ドロドロとして濁って、笑いは酷く歪んだもので、見るだけで苛々する。
そんな奴等ばかりだった。
だがこいつは違う。
いや、苛々はする。見ていて胸糞悪くなる。
だが、これは。この感情の抱き方は。
【屑野郎】を見たときのものではない。
もっと別の。そう、例えるなら、自分にないモノを持っている奴を見ている時の苛立ち。
羨む事から来る感情。
そんな感情をこの【第三廃棄都市】の連中の誰一人に対しても、抱いた事は無い。
コイツは【狂っている】、【歪んでいる】、【外道】だ。
だが、【腐っていない】、【醜くは無い】、そして何より、【屑】じゃない……。
オイオイ待てよ、前思考した時は考えもしていなかったが、冗談じゃないねぇぞ?
こいつが【屑】じゃないなら、唯歪んでいるだけの少女なら。
そして、正の方向に歪んだ【信念】を持つのなら。
こいつは、このガキは。
いや、【ホムサイド】って組織の形態を表す言葉は――
【必要悪】
――ってことになる……。
「正義は死なないんだよお兄さん? 死ぬのは何時もあなたみたいな屑野郎なんだ。サイテ―最悪のクソ野郎なんだよ?」
ガキは笑いながら。
笑いながら【論理】を振りかざす。狂人の持つ倫理観。
正義の為に狂った世界に住む。そんな少女の【論理】。
「だからこの世から【退場】してねお兄さん。私たちの使命はそう言う事なの。頭からしっぽまでその理論が支配しているの。だからね。死んで? しんで? 直ぐ死んで? 今すぐ無様に泣き叫びながら悔みながら死んで? しんで? 死んで死んで死んで死んで死んで? それがもし出来ないなんて言うなら。そんときは仕様がないね」
ガキはテクテクと歩きながら、ナイフが無数に刺さっている死体から、二本血に濡れた【凶器】を二本抜き取り、くるくると手元で回転させる。
ナイフの形は独特で、持ち手部分に穴が開いており、滑り止めが存在せず、そのまま刃の部分に繋がっている。
【暗殺者】が良く使う形状のナイフ。
そんなゴツイ得物を手の中で回転させながら、少女は笑い、そして言う。
「仕様がない仕様がない。死んでくれないなら。自分でこの世にお別れできないなら、仕様がないね。その為に私がいるの。あなた達みたいな生に執着する【悪党】を殺すために、私たちがいるの」
ナイフを手の中で弄ぶのを止め、人を殺すための道具を両手に携え、腕を十字に、まるで自分の体を抱くかのような姿勢でナイフを構える少女。
「っち、勝手な理屈並べてんじゃねえぞコラ。てめぇの生き死にくれぇ、テメェで決める。お前にとやかく言われる筋合いはねェ」
今にも襲いかかってきそうなガキに、俺は戦闘意欲を削ぐための言葉を投げかける。
いや待て。
それはおかしい。
俺の今の言葉は明らかにおかしい。
これではまるで、この俺が。
目の前のガキと【戦いたくない】。
そんな風に願っている様ではないか……。
「何を言っているのお兄さん? 【悪党】に選択権は無いよ。あなた達みたいなのは呼吸する事が罪だ。なんで私達【善人】と同じ空気を、【悪人】のあなた達が吸うの? 不公平じゃない? 世の中平等じゃなきゃ!」
『私達善人』。
つまり、このガキは、自分の事を【善】だと認識しているってことか。
オイオイ、勘弁してくれよ。
ナイフ持って人を殺す善人がどこにいるってんだ?
笑えない冗談だぜ。
「さてと。じゃ、もういいかな? そろそろ死んでもらうよお兄さん。大丈夫、存分に苦しんでから逝かせてあげる!」
何が大丈夫なのか説明してくれ。なるだけ一般的な思考のもとで。
そんな俺の胸の内の願いも届くはずもなく、ガキは体を抱くように配置していた腕を、ゆっくり前に突き出し、腰を低くしつつ横に広げた。
手の中のナイフをクルリと回転させ、両手に逆手持ちの状態のナイフを持ち、笑顔を消す。
そして紡がれる【言葉】。
声の質も、込められた力も。
何もかもが先ほどとは違う【宣言】。
「私は【ホムサイド】。切り刻み、切り潰し、切り落とす。全ての罪に罰を以て答え、滅する」
厳かに。
先程までのニコニコ笑っていたクソガキが、完璧な【殺戮兵器】として変貌する。
これが【ホムサイド】。
これが、狂った正義論の持ち主。
「今日も始めよう。血によって始まる平穏の為に。殺しによる美の顕現を」
そして、ガキは。
いや、一人の【凶】は、理念を叫ぶ。
「そして、その美しき理想の為に――」
自らが絶対的な正義の使者だと疑うこともしない、【狂信者】は。
歩く【凶】は殺しを【始める】。
「――貴様等屑は、阿修羅道へと堕ちて逝き、阿鼻地獄にて悔み果てろっ!!」

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