頑張りやがれクズ野郎

作者/ トレモロ

【疲れましたよ】―肆


ズガンッ、と腹に響く音と共に、チンピラの頭に穴が開く。
銃弾にえぐり取られた肉片が俺の顔に跳ね、飛び散る血液が頬を伝う。
男は一度びくんっ、と痙攣したかと思ったら、そのまま一切動かなくなった。
「……ふん」
何も心が動かない。
興奮も、後悔も、特に何も感情が起こらない。
殺し過ぎた。
人を、今日は。
殺し過ぎた……。
「酷く……疲れた……」
屑なんてのは一日一人殺せば十分だ。
それ以上殺すと、こっちがもたない。
罪悪感なんて感じちゃいない。殺しに関しては嫌悪さえ持ってない。
【殺す】という【事象】には、嫌いも好きも抱かない。いや、抱けないのだろう。
だけど、やり過ぎるとこうなる。
疲れた。今日は疲れた。
「……そうだ、ガキ」
自分で呟き思い出す。そういえば、俺をかばったアホはどうなったのだろうか?
視線をチンピラから移す。
視界に入ってくるのは、先程と変わらない血の池に転がっている小さな体。
半分無意識に走りながら、駆け寄る。
ぐったりとうつ伏せに倒れている体を、肩に手を掛けて起こす。
ガキの血で服が汚れるが、今更そんなモノ気にしたりなんてしやしない。
とっくに何もかも汚れている。
「オイ、クソガキ。生きてっか? オイ!」
酷い状態だ。
腹に銃弾が当たったのだろう、服の原色が解らないほどに、銃弾が通った穴から中心に血の色が布上に広がっている。
大口径の銃では無いとはいえ、体のどこでも拳銃の弾が当たれば、人は死ねる。
特に子供に関しては、寧ろ致命傷以外の場所の方が少ない。ショック死だってあり得る。
いまのこの少女は、死にかけている。助かる確率も低そうだ。
「……うっ」
肩を揺すって声かけをしたのに反応し、ガキが低く呻く。
閉じ垂れていた瞼がゆっくり開き、儚い。命が消えそうな者特有の瞳で、俺に焦点を合わせてきた。
「おに……いさん? お、面白い顔だ……ね? おにいさんも。そんな、顔。出来るんだ……?」
笑った。
ガキが笑いやがった。
自分が死にそうだっていうのに、本当に楽しそうに。消えそうな笑みを浮かべやがった。
「ざけんなクソ野郎。俺の顔のどこがおもしれえッてんだ。殺すぞ?」
「あ、あはは、はは。だいじょ……うぶ。私どうせ、もうすぐ死ぬ……から。さ?」
「アホ。俺を殺すんじゃねえのかよ? これで死んじまったら、俺の一人勝ちだぜ? てめぇは死んで、俺を狙ってたチンピラ連中も死んで。親の総取り、子は大損ッてなもんだ。いいのかよ?」
ふざけるな。
テメェが死にかけてるのは、俺のせいだろうが。
俺を助けたからこんな事になってんだろうが。
なに諦めた面してんだ。屑を殺しまくって、善人守るんじゃなかったのかよ?
え? 人でなしの人殺しさんよ。
「あは。悔しいなぁ……。それは悔しいよ……。で、も。お兄さん助けちゃった……し。屑さん助けたら……もうそれは、【ホムサイド】じゃ……ないもんね……、だから……もう……いいや」
いい? 何が良いんだ?
諦めてんのか? やめようとしているのか?
自分の信念を曲げるのか?
それは、それでは。
俺と一緒になっちまう。同じ糞の外道の底辺になっちまう。
「馬鹿野郎。何言ってやがる。まだ終わってねェだろ、クソガキ。てめぇはまだ終わっちゃいねェンだよ」
「ふふっ。なぁーに? オニイサン……何言ってる――」
「ここで死んだら、お前は屑の仲間入りだ。何も成さずに中途半端に、唯人を殺しただけってンなら、それは【人殺し】だ。【必要悪】とは何ら関係ない」
「……ッ!」
俺の言葉に、死にかけているガキの顔が歪む。
何か大切にしていたものを、穢された様な。そんな顔。
「それが嫌なら生きろ。生きてテメェのやりてぇ事をしろ。俺を殺したいなら殺しに来い、返り打ちだけどな。容赦なく殺す」
笑ってみた。
不敵な笑み。そんなモノを浮かべてガキの顔を見てみた。
ああ、らしくねぇ……。
だが、そんな【顔】が、ガキにはどう見えたのか。いや、そんな俺の【言葉】が、ガキにはどう思えたのか。
「あはっ、あははははっ」
笑いだした。
「あははははっ、あは、あははははっうげ、げほっ、ごほっへほっ!」
次いでむせた。
バカかこいつは。テンプレートだが、それで吐血するな。
「お前死期早めてどうする? 死にたくないなら大人しくしてろ。しねえと殺すぞ」
「う、げほっ。ま、待って。お兄……さん。ここに、【侵入者】……音が聞こえる。武装して……るよ? 正面玄関は……まずい」
苦しそうに息を荒げながら、ガキが嫌な情報を伝えてくる。というよりこの状態で良くわかるな。気配を感じ取れるのか? いや、単純に聴覚を鍛えているだろうか?
まあ、そんな事は今はどうでもいい。
【背後組織】。
今まで殺した屑共は唯の使い捨て。本番が来やがった。
ちっ、さっき殺したチンピラ、連れてきやがったな。こりゃ最悪だ。
ガキは動けねェ。俺は正直今すぐ倒れたい。血が足りなくなってきた、腹がナイフの傷や今までの衝撃でミックスされてやがる。これ、臓器元の位置にちゃんとあるだろうな? 一個くらいはみ出てんじゃねえか?
まあ、そんな状況で武装した連中か。ヤべェ、やばすぎる。
「じゃあ非常口から――」
「無理……。もう……すぐそこ……二十人位……居る……よ?」
ガキの言葉通り、俺の耳にも音が聞こえてくる。
気配を殺して、迫ってくる殺意。量が多すぎる。
チンピラどもならともかく、今から来るのはかなり訓練されているようだ。
動きの精度が、この【都市】の連中とは桁違いだ。矢張り【外】の連中か?
何故俺を狙う? 【人屑】殺しても、名が上がるのは【都市】の人間だけだ。
じゃあ何を狙っている? 奴らが欲している利益はなんだ?
まあいい。それは後で考えよう。
今は、どうこの場を切り抜けるかだ。
「くっそ、どうしようもねェじゃねえか……」
俺はもう使い物にならん。ガキも使い物にならない。武器だけは殺した連中から奪うなりすれば、この部屋だけでもそれなりにあるが。
使い手が動けないのなら、武器だけあっても仕様が無い。
万事休す。
こうなったら後は運任せ。一番嫌いなやり方だ。
「仕方ねぇか」
「お兄……さん?」
俺の言葉に、ガキが心配そうに尋ねる。
何を心配してんだコイツは? 俺はお前が殺すべき対象なんだぞ? そんな顔してんじゃねえーよ。
「ガキ、ホントはテメェを今すぐ殺してバラして、サメの撒き餌にでも何でもして―が、暇が無くなった。寝てろ、起きた時には終わってる」
「駄目……駄目……だよ。おにーさん、弱い……から。死ん……じゃう……よ!」
力無く、だが強い意志を必死に込めて。ガキが小さな手で俺の服を掴もうとする。だが、矢張り命の灯は消えかけているのだろう。
その手は何も掴まないで、虚空を掻いているだけだった。
「……寝てろ。安心しろよ、テメェには仕事させねえさ。ああいう手合いは俺の【喰いモン】だ。ひよっ子に取られる訳にゃあいかねェンだよ」
「駄目……! 駄目……だっ……て……。だめ……だ……よ……っ」
呟きが段々小さくなり、声が聞こえなくなる。
力尽きたように、ガキはぐったりと瞳を閉じた。
そんなガキを床に静かに寝かせながら、俺は立ちあがる。
もし、俺が善人か何かだったら。ソレかこいつの保護者や仲間だったら。
虚空でさまよっていた手を、掴んだだろうか?
「どーでもいーことか」
俺は呟き、視線をガキから外す。感傷に浸る意味は無い。俺は【人屑】だ。
屑の中でもはぐれ者。最高に素敵な外道様だ。
「だったら、それに相応しい【楽しい事】をしようじゃないか。なぁ、オイ」
覚悟を決める。
これからどう動くか思考し、行動に移す。
その時。
振動が伝わった。
「あ?」
ズボンのポケットから、何やら細かい震えがある。
手を突っ込んで、その震源地をとりだした所。
携帯電話が出てきた。細かく震えて、着信を知らせている。
「タイミング悪いな」
無視しようと思ったが、一応折り畳み式の携帯を開き、かけてきた相手の名前を見て。
あわてて着信ボタンを押した。
そして耳に伝わる声は。


【疲れましたよ】―伍


『いや~、どうも真木ちゃんこんちわこんばんはおはようさん。生きてる? 絶賛、生を謳歌してるぅー? それとも性を謳歌してるかなァ―? 言葉だと伝わり辛いけど、そこはフィーリングで俺の言いたい事をキャッチしてねェーン!』


盛大な馬鹿が電話を掛けてきた。
陽気な【死神】。腐れポンチキ。
屑というより、馬鹿。
【死神】。
こいつ、このタイミングで賭けてくるって事は……。また。
「てめぇ、また見てたな」
『もっちーのロンウィ―ズリィ―だね!! なになれないことしてんの真木君。面白すぎてお兄さん、爆笑しちゃったよ!!』
相も変わらず、ウザったい事を言いながら、ウザったい声質を以てして、ウザったく俺を苛々させやがる奴だ。
「笑いたきゃ笑えよ」
『あ、そう? じゃあ遠慮なく。あーっひゃひゃははははははひゃあああああああああああっ! 何こいつ馬鹿でヤンの―!! 重傷で血がダボダボ出てるのに立ちあがるとか、最早根性論ジャン、ウっヒャぁああああああああああ!!』
「殺す」
『許可したジャン!?』
「殺さないとは言って無い」
『ひでェ!!』
アホ過ぎるやり取りだ……。
といううか、こんな事をしている場合では無い。
「電話してきたって事は、何か言いたい事があるんだろう。さっさと言え」
『んん? あぁ、あるよん。助けてあげようか、真木君』
「はあ?」
なんつったこいつ。
【死神】が俺を助ける? 笑えない冗談だ。
「馬鹿言いに来たンなら、今度お前の家を燃やすぞ」
『こ、怖いなァ。尤も住んでいる所はしょっちゅう変えているから、僕自身を燃やすのはむずかしいかもねぇ~』
それは残念だ。
「いいから理由を言え、時間が無い」
ここに迫ってくる【侵入者】の気配がどんどん近付いてくる。あと何分とせずに、この部屋は見つかってしまうだろう。
ここだけ異様に【血の匂いが濃い】。訓練練度の高い人間なら、この場所に直ぐに気付く筈だ。
『なんつーかねぇー。君に教えた情報が、ちょっと間違っていてね。例え金を貰わない慈善の情報といっても、情報を扱うワタクシとしては大変心痛む問題でね』
「それで?」
『だからその罪滅ぼしのために、落ち付いて話ができる状況をご提供。と、まあこんな所。どうよ?』
悪く無い話。どころか渡りに船だ。
「成程。納得した、じゃあさっさと助けろ。チョッパーでもブラックバードでも持って来て、この状況を変えてくれ」
「いやいや、そんなものないから。どっちかっていうと、そこから君を連れ出す感じだね。……まあ、その前にだね、ちょっと聞きたいんだけど?」
「あぁ? なんだ?」
一刻を争う事態だというのに、【死神】はのんびりと疑問を呈する。
『あのさ、これは個人的興味なんだけどさぁ~』
「だからなんだッてんだ! 早くしろ!!」
余りに緊迫感の無い言葉に、思わず電話口で叫ぶ。
だが、【死神】はそれでもあわてた様子なく、ゆっくり言った。
失念していた事を。

『君、その【ホムサイド】。その子も一緒に助けるの?』

……………………あ。
あーあーあー。
マジだ。
忘れてた。マジで忘れてた。
俺がガキを助ける。
確かに助けられたが、助け返す?
うおぉおい。それってかなりシュールな状況じゃねえか?
【人屑】が、助けられたから人を助け返す。
その言葉だけを並べたらまるで。
普通の人間じゃねえか。
「真木君。どうする? おいていく? 連れていく? 自分の命狙った人間を助けるなんて、余程のお人よしさんだよ? それでも助けるの?」
【死神】の言葉が耳に入ってくる。
そうだ、それはお人よしの行為だ。俺にはあり得ない。
ばかばかしい、思考するまでも無い。
だから考えない事にした。
「……さっさとこの状況を変えろ。助けろ」
『……何人分の助けがいる?』
「ハッ、決まってんだろクソが」
俺は笑う。
俺は最低最悪の屑だ。
人を無償で助けたことはない。
人に無償で助けられたことも無い。
唯の屑なら、目的の為ならそういう人助けをする奴も要るかもしれない。
だが、俺は【人屑】だ。
屑とは違う。
だから笑いながら、俺は電話口に言った。



「二人分だボケ」


【疲れましたよ】―陸


【助けてやるさ】。
借りは返す。ガキが俺を【助けたなら】、俺もガキを【助ける】。
わりぃかコラ。
考えるのはもう飽きたんだ、感情で動いてやるよ。
『……アイアイ、りょーかいだお人よしの屑の頂点さん。さっさとお姫様をその腕の中に保護しなさいな』
「うるせえ死ね」
『辛辣だね……』
力尽きて倒れているガキの傍まで行き、両手で抱え上げる。
意外に軽い。
まだ子供だったな、そういえば。
「で? どうするんだよ?」
『わぁーお! こっちの映像だと君子供お姫様だっこしてるよ!? 何この気持ち悪い構図。髭の野郎が、美麗な金髪少女抱えているとか、もう犯罪臭しかしないんだけど!?」
「……さっさと次の指示をしろ」
『あーもう、情緒が無いなァ~』
情緒ってなんだよ、情緒って。関係ないだろうが。
『えーとね、しっかりとその子抱えたね? じゃあ、次は窓から飛び降りて」
……は?
「オイ、これ以上冗談を続けるならこの【都市】にある、お前の【目】。全部つぶすぞ?」
『いやいや、冗談じゃなくてね。そこの病室は駐車場に面しててさ、窓から飛び降りたら後はこっちが上手くやるから、さっさと飛んで?』
「……」
無茶だ。つーか無謀だ。
なんだこのアホは。俺に何をやらせようッてんだ。
『早く飛んでよ。もう来るよ? あいつ等』
電話口からの言葉通り。もうすぐそこまで気配が迫っている。
開きっぱなしの病室のドアから、濃厚な殺意が漂ってきていた。
もう隠す必要もない場所まで来ているってことか。
『ほらほらぁ~、いいのぉ~? このままじゃデッドエンドだよぉ~?』
【死神】が笑いながらあおってくる。
畜生、本当に死の神だこいつは。人の生き死にを操作して、楽しめる立ち位置にいやがる。
「ああ、くそっ。テメェ、もしこれで俺が死んだら、絶対に生き帰って殺しに来るからな」
『ハハッ! そいつは楽しみだ』
俺の怨嗟の声も全く届かず、クソ馬鹿は笑いながら通話を切った。
ツーツーツー、という音が耳に入ってくる。
マジで飛べってか。俺は鳥じゃねえぞ。
「ああああっ、もうクソがッ!!」
仕方ねェ、行くしかねえ。
俺は窓に体を向け、しっかりとガキを抱える。
足に力を込めて、態勢を整える。
そのまま助走を付けて駆ける!
「おおおおぉおおおおっ!!」
ガラス製の窓に、転がっていた死体の一人を蹴り上げ、ぶつける。
バリンッ、という破砕音と共に、窓に大きなひびが入った。
「オイ!! 止まれ!! くっそ、撃ち殺せッ!!」
そこで背後から声と共に、銃声が響く。
この部屋にたどり着いた【侵入者】が飛び込んできたのだろう。
だが、もう知るか。関係ねぇ!
俺はガキを抱えたまま。
「死んで元々ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
窓に突っ込んだ。





割れるガラス窓。
視界に入る空。
次いで地面。
車、車、車。
ああ、そうか駐車場だったな。
落ちていく。
体が落ちて落ちて落ちて。
堕ちて。
風が酷く鋭く体を刺してきて。
傷がいてェ。
力が抜ける。
だけど、手の中に離してはいけないものがある。
離したら駄目だ。
だから。




しっかりつかんでおこう。


【疲れましたよ】―漆


ボスン。
拍子抜けする様な音と共に、体が何かにぶつかる。
意識が混濁する中、仰向けの状態の体のまま、下に視線を送る。
小型トラックの荷台。その上に自殺者救助用のマットレスを敷いたもの。
それが俺の体の下にあった。そして体の上には両の腕でしっかりと抱えられたガキの体があった。
「オイオイ……これ絶対助かる。って訳じゃあねェよな……」
それなりに高い位置からのダイブ。
打ちどころが悪ければ簡単に死ねる、常識的に考えてあり得ない賭け。
そんな低確率高倍率ギャンブルに、どうやら俺は勝ったらしい。
「まあ生きているならなんだっていいじゃないっスか」
と、突然陽気な声が耳に入ってきた。
驚いて顔を声のした方に向けると、長い髪をした黒色のスーツを着た女が、しゃがんでこちらを笑ってみている見ている姿が眼に入る。
その女の顔には見覚えがあった。
「……虹路」
「ん、久しぶりっス。元気してた?」
「てめぇ、まだ【死神】の手伝いしてんのか? この前捨て駒にされたのに?」
「愛有れば、他要らぬ。って奴っすよ。命くらい惜しくないよーん」
【死神】の助手兼愛人。
【黒猫】という字名を持つ戦闘屋。虹路(にじろ)。
長い艶のある亜麻色の髪を、一つにまとめていて、物腰は戦闘者独特の鋭い雰囲気が漂っている。
尤も、鋭利な刃物のような空気をまとっている癖に、顔は少女のように無垢な笑顔を浮かべている為、いまいち緊張感に欠ける。
若い女性独特の艶というか色っぽさは有るのだが、笑顔が悪く言えば子供じみていて、どこか大人の女という言葉がしっくりこない、御歳二十八歳である。
まあ、年の割に若く見えるのは、恐らくこの子供っぽい顔のつくりのせいだろうな。綺麗というより可愛らしいという感じだ。
好みのタイプじゃないから、どうでもいいが。
「あなたも愛ゆえの行動ッスかねソレ? らしくないっスよ」
虹路は笑いながら、俺からガキを預かり、マットレスの端に置いてある、救護用の簡易台の上にそっと置く。
その作業を終えて、いまだ寝ころんだままの俺の体を、手を取って上半身を起させた。
起き上がる時に、節々に痛みが起こる。これは相当きてるな……。
「さてと、んじゃ、後始末して、さっさとこのお嬢ちゃんを医者に連れてきますか。こんな悪だくみばっかしている【病院】より、もっと安全なお医者様のもとにね」
「後始末?」
虹路の言葉には色々引っかかったが、一番気になったものを聞いておく。
すると、【黒猫】は笑いながら、救護台のすぐ側に置いてある何かを、両手で持った。
そして【ソレ】の標準を、先程俺が飛び出て来た病室に向ける。
その割れた窓には、武装した軍服の人間が――
「急げ! 逃げられるぞ!!」
――などといいつつ、身を乗り出している最中だった。
だが、そんな危機的状況でも、俺の目はそちらに向かず、虹路が持っている【モノ】に向けられていた。
見憶えがあるそのフォルムは……。


「吹っ飛び死にやがれェッ!!」


童女のような笑みから、鬼神の如き叫びを発しつつ。彼女は、構えたモノを発射した。
独特の音と共に、弾頭が真っ直ぐ標準先に向かう。
詰まり武装した人間どもに。
そして爆音。
戦争地域にでも居ないと一般人には一生聞くことも無いだろう、轟音。
病室の中は窺い知れないが、窓から何本か千切れとんだ腕やら足やらが降ってきた。
絶叫が聞こえてこない所からすると、全員即死だったらしい。
「あっははははっ! 爆砕完了!! さ、行くよ。ドライバー、出せ!」
笑いながら虹路は、叫ぶ。
その声に反応して、トラックは動きだし始めた。
「R~P~G~。ゲームじゃない版だよっと」
「……」
「ん? どうしたの真木さん。ちょっと疲れた? 寝る?」
「いや……なんというか……」
≪RPG-7≫。
某大国の開発した携帯対戦車擲弾発射器。
人に向かって撃つには、余りに悪逆過ぎる兵器。
俺も大概派手な事をしてきたが。基本中立地帯な【病院】に、そんな紛争地帯でお目にかかるようなミサイルをぶっこむ。
それはなんともあり得ない事だ。
「何さ。どうしたの?」
「【死神】の俺を救う手段がまともじゃねェとは思ったが、やる事が無駄に派手だ」
「にゃははっ! ソンくらいいいじゃないのさ! あんま撃つ機会ないからさぁ~、コレ。打ちたかったんだよねぇ~、良い手応え~」
そう陽気に言いながら、虹路はガキの介抱に移った。
派手に、陽気に、情け容赦なく。
成程。納得する。
この【都市】は何時まで経っても。
「馬鹿な外道が絶え間なく……ってな」
トラックが揺れる。
俺はガキに殺されかけ、殺し返そうとして、助けられ、助けた。
ガキは俺を殺しかけ、殺され返そうとして、助けて、助けられた。
ならば次はどうなるんだろう。
それはまだ結論が出ない。というより先が見えない。
だがとりあえず。
「今は……寝たい……」
俺は体を投げ出すようにして、マットレスに倒れ込んだ。
後は【黒猫】なり【死神】なりが、どうにかしてくれるだろう。
なら、今だけは寝よう。
そう、今だけは休みたい。
疲れた。
酷く酷く。




疲れた……。