頑張りやがれクズ野郎

作者/ トレモロ

【哀れな生き方ですよ】―壱


死にあらず。
われら死にあらず。
われら死を知らず。
われら求めるのみ。
われら欲するのみ
正の行いを求めるのみ。
正の行いを欲するのみ。
われら正の行いの為には。
われら生には執着せぬ様に
われら正を求める求道者哉。


―――ホムサイド初代【長のモノ】
訓戒書籍『正ある生こそ誉れ哉』より抜粋





「皆殺し……だと?」
「そう。今まで人を殺した事のないような一般人が。たった一人で。【殺し尽くした】」
理解が追いつかない。
ホムサイドの一族ってのは、話を聞く限り相当な手練れ達の筈だ。それは、あのガキと相対し、数分間の出来事を思えば確信を持てる。
そんなイカれ狂った連中たちの集まりが、一般人に壊滅させられる?
「意味がわからん。なんだ、そのリンデリアとかいう奴は?」
俺の質問に、【死神】。本等は楽しそうに返答を寄越す。
「リンデリアはね。本当に特別な力を一切持たない一般人さ。強いて言うなら、気が触れてるってことくらい。まあ、他人を傷つけたりする類っていうより、延々と自らの脳内で鬱屈した思考を続けるタイプだから、害悪は余りないよ」
「それなら、何故そんな暴挙に出た。そして、あろうことか殺し屋一族を皆殺しだと? 意味がわからない」
話の先が全く見えない。リンデリアとかいう名のイカれた一般人。なんの力も持たない、内向的な狂気を持った人間が。何故ホムサイドの連中を殺す? そして、最大の疑問。
何故ホムサイドの連中は、そんな一般人の素人に【殺し尽くされた】?
「そうだねぇ。彼が何故そんな暴挙に出たか。それは、正直分からない」
「あ?」
俺の少し苛立ちを混ぜた聞き返しの言葉に、本等は笑みに少しばかり困り顔の成分を混ぜて言う。
「仕方が無いんだ。彼は独自の価値観を持っていて。正直理由を話されても理解できなかった。何故ホムサイドに彼が牙を向いたのか。それはたぶん彼の中ではしっかりとした理論があるんだろうけど、僕たちには到底理解できないよ」
……。まあ、狂人ってのは他人とあまりに違って、【おかしく見える】から、狂ってると言えるんだからな。
俺達も大概狂った部類の人間だが。如何せん、上には上があるもんだ。
「嗚呼、でもね。ホムサイドが彼を殺せなかった理由は凄くよくわかる。彼もそれがわかっていたらか、自分が絶対にホムサイドを殺せる……。いや、【自分が絶対にホムサイドに殺されない】と確信して。一族郎党皆殺しをしたのかもね」
「ホムサイドに殺されない理由?」
「思い当たる事があるだろ? 君と相対したあの金色の髪の女の子。彼女が散々っぱら言ってたんじゃないかい?」
あの餓鬼が言っていたこと?
自らを正義とする旨の発言。
悪を排斥するという絶対意思。
行動はともかく。完璧に悪や屑を残滅させようという言動と態度が多かった。
「きっと、あの少女は自分を正義の味方だと確信している。善人を救い。悪党を打ち倒す。少し幼稚な言い方をすれば、戦隊ヒーロー物のような正義ってことだね」
人差し指を立てて、本等は言う。そんな彼の口の端は、邪悪に吊り上っている。
……まあ、言わんとすることはわかる。
先ほどあのガキが俺を庇って銃弾を受け、瀕死の重傷を負った時。あいつは、俺に【必要悪】と呼ばれて物凄く嫌そうな顔をした。
つまり本人は完全に自分のことを【正義】と思っている。だからこそ、【必要悪】などといわれるのが嫌だったのだろう。
それだけ自らの行動に誇りを持ち。自らの一族に誇りを持っている。
……ん?
待てよ?
自分を正義と思い。必要悪なんてことを言われるのさえ嫌がる。
完全無欠のヒーローとして自らを構成し、行動している。
そして、それは奴を教育した【ホムサイド】という一族全ての人間に言えることの筈だ。
なら。
もしかして……。
「おい、【死神】。もしかして、ホムサイドの連中は【無抵抗に殺された】。そうなんじゃないか?」
思考の末に至った結論に、まさかと思いながらも。目の前の男に尋ねる。
いつの間にか、隣にいたはずの虹路が居ない。ガキの様子でも見に行ったのだろうか? 
そんな感想を抱きながら、虹路の不在を視界の隅で捉え、もう一度本等に顔をむけなおしたとき。
奴は今までの笑みとは系統の違う。


【本物の死神みたいに笑っていた】


【哀れな生き方ですよ】―弐


「ふふふあははっ。あははははっ!!」
腰を折りながら、唐突な哄笑。
楽しそうに、楽しそうに。【死神】が笑う。
「分かったようだね真木君! 思い立ったようだね人屑!! その通りさ! 君の考えている通り!!」
腕を広げて、顔には邪悪な底の知れないほどの喜色を携えた笑顔。
こいつは楽しんでやがる。
人の行動に。リンデリアという男の起こした奇怪な行動に。
そして、【ホムサイド】という一族の【信念】を。
【笑っていやがる】。
人の【死】が招き入れる、あやゆる事情、意思、意味、意向。それらを盛大に楽しんでいる。
だからこそ、こいつも結局【屑】なんだろう。だからこそこいつは

死神なんだ。

俺はそんな糞野郎に、応える。
おぞましい論理。だが、あの餓鬼を見れば理解はできる狂人の論理。
リンデリアという狂人が殺したのは、更に上の狂気達。
「リンデリアは一般人だ。ホムサイドを殺した時点で【一般から逸脱】はしたが、その前までは気が触れていたとしていても、【普通の人間】として行動していたんだろ?」
「ああ。そうだ。人を殺した事もない。普通に仕事もしていた。友人も多い。特に社会に害をなすことはしていない。彼が異常だというのに気付いた人間など、余程彼と親しい人間や、【同類】だけだろう。日記を見れば一発で壊れた奴だとわかるけどね」
日記なんて付けてたのか……、ならそれは厳重に保管されていただろうな。
まあ初端っからそんなもん書かなきゃいい話なんだがな。理由なんて本人にしかわかりゃしないか。
リンデリアが狂人の癖に社会に対応していたという事は、【仮面】を被るのがうまいという事だ。
友人などが家に遊びに来た時に、そんなドス黒い狂気を見られたら、一般人っていう仮面が崩れちまうからな。
「なら簡単な話だな。物凄く簡単な話だ。要は、奴は内面はどうあれ。心のうちはどうあれ。その行動は【普通】だった。【一般的】だった。つまり、【善人】だった」
そう。善人だ。
誰も殺さず、社会に仇なさず。ならそれはホムサイドの連中にとっては自分たちが守るべき、【保護対象】だった筈だ。
「自分の事をヒーローだと思っている連中が。そんな【善人】を殺せるわけがない。自分が守るモノを傷つけるわけにはいかない。だから奴等は……」
実際どうしようもなかっただろう。
応戦して殺してしまえば、自分たちの行いを、自分たちで否定することになる。
だから奴等は……。
「一族全員殺され尽くした……」
それは本当にイカれて狂った論理だ。
自らの命よりも、信念を重視する。
誰か一人でも抵抗すれば、【一般人】であるリンデリアなど直ぐに殺せただろう。
何の特殊技能も持たない普通の人間。
そんな人間に殺される事などなかっただろう。
もし、一族の内一人でも【信念】より【命】を取ったのなら。それだけで、良かったはずなのに。
奴等は【死】を選んだ。信念に殉じて【死に切った】。
そしてそんな人間に教育された、あの金髪の糞ガキ。
あいつは復讐したいと考えないのだろうか?
リンデリアを、自分の一族を殺した奴を殺したいと願わないのだろうか?
リンデリアは人を殺した。もう【普通】じゃなくなった。
だが、もしホムサイドの連中が、自分たちを殺した事を【人殺し】だと思っていなかったとしたら?
一般人が、ヒーローに牙を向いた時。その【保護対象】はなんになるのだろう。
自己犠牲がすべてのヒーローの共通事項だ。
では、ホムサイドはまだリンデリアを【外れた人間】と見なさないのかもしれない。
まあ、そんな事は、奴等が滅んでしまったのだから、知ることなどできない。
だが、恐らくだが。奴等は殺された今でもリンデリアを【保護対象】して見ているのだろう。
一族が全員集まっている所を狙って、リンデリアが襲撃に向かったとしても。どうしたって、全員一気に殺すことなど不可能に近い。ならば反撃などいくらでも出来る筈だったのだ。
きっと、奴等は絶望したのじゃないだろうか?
自分が守ってきたと思った人間が、突然自分たちを殺しに来た。
それは【正義の否定】。【信念の否定】。
守ってきた人間に【無用だと思われた】。
たとえそれが狂った人間の、気紛れなんだったとしても。
ホムサイドは【圧倒的な絶望】として、リンデリアを見たはずだ。
だからこそ。手が出せなかったんじゃないだろうか。
人生を否定されて。守ってきたモノを壊されて。
だが、それでも生き方を諦めきれなくて。
【殉じた】。
それは余りに哀れだ。哀れすぎる。
在り方として余りにも。

【ホムサイド】の生き方は哀しすぎる……。


「本等。てめぇは、ホムサイドの連中をどう思う?」
哀れな信念。ホムサイドという種類の存在は、人の生き方からは逸脱してしまっている。
思いの為に、命を棄てるなんて行為。美談ではあるのかもしれない。だが、歪みすぎていて、直視できない。ましてや、俺達みたいな何もかも捨ててしまった【屑】にとっては、尚更だ。
「そうだね。僕は楽しくて仕方ない!! 彼らの在り方、彼らの生き方。哀れで哀れで。空しくて、虚しい!!」
楽しそうに死神は語る。
面白くて面白くて堪らないのだろう。
信念が生を超える。
彼らにとって【正】こそが【生】より上位。
正しさを求める事が、自らの命より上なのだ。
その行動が、はた目から見れば唯の殺人集団としか見えないというのに……。
そんな歪んだ様が、本等にとっては大層【美味】な人の在り方に見えるのだろう。
だが、彼は、そこで笑いを止めた。
ひとしきり笑い、急に笑みを消した。
そして、次に顔の表層に現れた【笑み】は。苦味の入った笑顔。
先程の子供の様にはしゃいでいた様から一転。
何かを悟ってしまった大人の様に、小さく口を開く。
「……虚しい。空しすぎる。余りにも生きる意味が人に依存しすぎていて、僕らみたいな他人の為に行動できない人種には、理解できない」
視線を俺に合わせて、同意を求めるように。すがりつくような声音で。
本等は言葉を続ける。
「そして。僕はそんな彼らに。ほんの少しだけ……」
本等は掛けている眼鏡の位置を、まるで表情を隠すかのように言葉に合わせながら直す。
だが、声色からは明らかに感情が漏れ出している。
そう。とても寂しそうな声で……。
本等は恐らく本音であろう思いを。
言った。



「憧れるね……」