頑張りやがれクズ野郎
作者/ トレモロ

【疲れましたよ】―壱
自意識。
そう言うモノを持つ事はやめようと思わなかったのかね?
死に意味があると思って生きてきたのかね?
君ほど奪ってきた人間が何故そんな事を言えるのかね?
君はなんだ? 君はどれだ? 君は一体どうしたんだ?
笑えるじゃないかサンドレフェリー君。
君は人を笑わせる存在だ。
滑稽な道化が人を殺したら、それは最早道化には成りえないんだよ?
―――アキラムスト・デ・ラル
世界最高峰の享楽殺人鬼との面会での言葉より抜粋
その翌日対象の殺人鬼は獄中で指を自身両眼に突きさし動機不明の自殺
冗談だろう?
何故? どうして?
目の前で、目前で、眼前で。
血が広がっていく。
金色の髪が、力無く横たわる頭が。濡れていく。
血に濡れていく。
広がって。広がっていく。
濡れて広がっていく。
少女は倒れていた。
死んでいるのか? 生きているのか?
分からない。確かめていないのだから分かるはずがない。
だが、だが、だがだがだがだが。
あれだけ圧倒的な力を持った少女が。
あれだけの才気を持った少女が。
あれだけの信念を持った少女が。
自分に無いものを手に入れている少女が。
死にかけている。
死にかけている。
死にかけている?
「なんで?」
少女は避けられたではないか。
いや、そもそも。
【避ける必要すらない】。
弾は俺の後ろからやってきたのだ。
だとしたら、少女に迫り追いつめていた俺が、体に風穴を開けていたはずなのに。
だけど、少女が押したから。
俺を押して、倒して。
救った?
俺を助けた? 何故?
待てよ。待ってくれよ。
なんでだ? 俺は何で目の前のガキに助けられた?
俺は屑だろう? 【人屑】だろう?
彼女は俺を殺そうとしていただろう?
ならば何故? 何故?
なんで?
「わけわかんねぇ」
オイ、オイオイ。ふざけんなよ。
何だよ、何がふざけてるんだよ。
ふざけてねえよ。何もふざけてねえよ。
俺助けられたのかよ?
オイ、オイオイオイオイオイオイオイ。
待てよオイ。
助けるなよ俺を。
助けないでくれよ。俺みたいな奴を。
助けても何にもならねえだろうが。
【疲れましたよ】―弐
「ヒャヒハハハッ!! ヤべェな! 何これ? どうなってんの? ガキに助けられたのかよォ、ヒトクズさんがよォ!! 笑えんなァ? ヒャハハハッ!」
声がする。
聞き覚えがある声。
このいけすかない声。野卑た哂い声。
グラサンの取り巻きにいた一人の声。
ああ、そうか。
弾が飛んで来たって事は、弾を撃った奴がいるのか。
俺の後ろから、俺を殺す為に銃を撃った奴がいたのか。
そりゃそうだよなぁ。そいつはそうだよなぁ。
でも、ガキが俺を押し倒したから弾丸は俺に当たらなかった。
そうだ、ガキが俺を【助けたから】。
「なぁ? どんな気分なのさ【人屑】。いんや、昊人さんよぉ? あんたみたいなこの【都市】の象徴が、ガキに助けられちゃってよぉ。ヒャヒひっ!」
こうと。昊人。真木 昊人。マギ コウト。
俺の名前。【人屑】は字名。最低最悪な屑の弩底辺付けられる字名。
俺は、真木一族の。世界最高峰の【殺害者】。殺戮を以て人の害を成し、人の害を押しつぶし、存在を肯定する。最悪の一族の元一員で。
それが流れ着いた場所の【都市】では。つまりここでは、最低最悪のゴミ野郎で。【人屑】で。
それがガキに助けられる。
おかしいだろそんなの。
理由がねえだろそんなの。
「つーかよォ~、ここ俺達のボスの入院場所なんだっけーどぉー? ありゃ? ありゃりゃ? あんりゃまぁ、ボスったらみっともなく失禁しちゃって。情けねえやァ~、介護がひつようでしゅか~? ヒャヒ」
嗤いながら、チンピラが銃を――先程の発射音から考えて、そこまで大型では無いだろう―誰かに向ける金属音が、小さくした。
誰に向けている?
「そんな情けねえヘッド要らねえよぉ? 【あいつ等】も何だかあんた見限ったみたいだし」
自らの仲間に。ボスに。向けている。
人を殺す為の凶器を、向けている。
「だから死んどけっチューお話だよぉ」
乾いた音。風船が破裂したかのような、本当に乾いた音。そんな風に聞こえた。もっと重い音の筈なのに。
弾の行き先を確かめたくて、向けた視線の先で、男の頭に風穴があいていた。
だらだらと、たらたらと。紅い線が穴から流れている。
激しく飛び散った朱が背後の白い壁を汚し、細かな肉をも付着させていた。
「はぁーいお疲れー。苦しみも何も、気絶してっから感じねェだろ? おれってばやっさすぃー! ヒャヒハハヒヒッ!!」
笑声が聞こえる。
楽しそうだ。本当に楽しそうにこいつらは笑う。
屑は笑っている時楽しそうで、嬉しそうで、満足しているんだろう。
何でだろうな? 何も持ってやしないのに。
なんで笑ってんだろうな。
イラつくなァ。苛々するよなァ。
でもそんな感情を抱くのはおかしいのだろうか? それは俺も屑だからなのだろうか?
ガキが俺達を排除しようという意思とは、違うのだろうか?
「さぁあてとぉ。後はテメェだけだなクソやろー」
靴音が響く。
いまだその声の主に背を向け、俺は唯呆然と上半身を起こしているだけの態勢。
身動きが取れない。取ろうとする意思が働かない。
「吃驚したぜェ、【あいつ等】にお伺い立てて帰ってきたら、仲間全員虐殺だよ。【病院】の職員とっ捕まえて事情を聞きゃ、かの有名な【人屑】がケタケタ笑いながら軒並み殺していったって言うじゃねえか。此処に来るまで悲惨な死体だらけだったぜェ?」
カツッ、と音がやんで、代わりに後頭部に何か気配を感じる。
ああ、銃を突きつけられてんのか俺は。
「すげえよ、マジすげえ殺しっぷりと、非道さだよ。だけんどよ? おメェさんなんだか【ぶれてる】よなァ?」
ぶれている? 何が?
「なんつーか、迷ってんだろテメェ。甘いぜ、甘いんだよなァ、そう言うの。キレェなんだよなァそう言うの」
甘い? 俺が?
虐殺を嬉々として行った俺が甘い?
「テメェ、よォ。殺しをするときいっつも思考しているタイプだろ? こいつは何何だから殺していいんだー。とか何とかよ。あめェンだよそれが」
いつの間にか笑いの気配は無く。唯淡々と、チンピラは言葉を紡いでいく。
「屑だから殺していいとか、そんなこと考えてんだろ? ちげえんだよ。そんなんじゃ駄目駄目だ。俺達は人を殺すときは、目の前の存在を元より無かったって思わなきゃならねえんだよ」
留まる事を知らない口は、汚い言葉を汚い心情と共に。
とろとろと。
吐露吐露と。
「殺せよ。殺せ。目についたものは焼いて裂いて砕いて殺せよ。理由を考えるな、意味を考えるな。自らの心を省みるな。やれ。やりまくれ。侵せ、犯せ、冒せ。相手の存在を徹底的に、根本的に、無視しろよ。それが俺達だろ?」
固いものを押し当てられる感覚が、後頭部に発生する。
神経が危険を知らせて来て、感情がそれに応えてくれない。
ならば体は動けない。脳が思考を拒否している。
「だから俺はお前を殺す。お前を殺したら、お前の後ろについている組織やらなんやらがいるかもしれねえが、ソレさえ無視して殺す。死ね。お前は俺に殺されて、死ね。あばよ屍。てめぇは既に骸だ」
指が引き金にかかり、ゆっくりと力がこめられ、押される。
弾丸が銃身をガスの力で押し進み、銃口から吐き出される。
銃が撃たれる。
其の弾が俺の、発射口の間近にある俺の後頭部に接近し。
接触する寸前。
俺の頭は【ずれた】。
【疲れましたよ】―参
「あ?」
体が動く。
瞬間、チンピラの銃を持つ手を背後を見せる体制のまま、腕だけ伸ばして握り、思いっきりひねる。
「ッ!?」
痛みに落とされる銃を、今度は体をしっかり相手に反転させ拾い、一瞬も隙を作らず、一部の躊躇も見せず。
男の言うとおり何も考えず、思考しないで。右足左足、両方に弾丸を二発ずつブチ込む。
「アぎゃぁ!?」
堪らず足を折って、倒れ込むクソ野郎の髪を無造作に掴み、体が崩れる反動を利用して思いっきり地面にたたきつけた。
グチャリという音と共に、チンピラの歯が何本か地面に当たり、欠ける音が聞こえる。
だがそれには頓着せずに、そのまま銃を自分がやられたように、クソの後頭部に押し当てる。
「がハァッ! ひ、ひ、ひひゃは! 何だよオイ、流石だなァ!」
チンピラが苦悶の声を上げながら、それでも野卑な哂い声を上げる。
「……ちげぇよ」
だが、それには応えず。俺は唯ぽつりと、言葉をこぼす。
その声は小さすぎて、誰にも聞こえないくらいのモノで。
多分俺に対する問答なのだろう。
「俺は甘いとか甘くないとか。そう言う次元では生きられないんだ。そうじゃない筈だ。そう言うもんからはとっくに【外れた】」
「あ、あぁ? なんだって?」
そうだった。俺は【人屑】だった。
忘れてた。
自分の事を同じだと思っていた。
目の前のチンピラや、あの哀れなサングラスの野郎や。
今まで殺してきた連中と同じ屑だと思っていた。
でも違う。
俺はあいつ等とは違う。
この感情は同属嫌悪じゃなかった。
俺はこいつら屑よりも。
【もっとひどいものだった】。
だからあのガキが俺を守る意味なんて無かったんだ。
俺みたいな奴を守っても何にもならねェンだ。
意味がない事だ。無駄な事だ。
「ああ、分かった。漸く分かった。あのガキは本当に。ホントのホントに……」
理解した。あのガキの事を。
きっと全部の内の少しだろうが、確信を以て理解した。
あいつに感じた数々の違和感の正体。イラつきの本当の意味。
俺は困惑していたんだ。
あいつは誰かの為に人を殺せる。
だがその殺すべき対象にさえ、少しの情が簡単に移っちまう。
だから俺を助けたんだろう。
あのガキは殺すべき相手の俺が、情けなく喚き散らしているのを見て。
俺さえも【自分が助けるべき人間】に入れてしまったのだろう。
思考した結論なのか、体が勝手に動いたのかは知らない。
だが、あいつは俺を助けた。
ならば答えは簡単だ。
アレは。あの最低最悪の【必要悪】。ホムサイドの金髪の少女は。
根っからの。
「屑になれないお人よしの殺し屋さん、ってことだったんだな……」
笑みがこぼれた。
そいつは暖かい笑みだとか、暗い笑みだとか。
嘲笑だとか、自嘲だとか。
そう言うモノではなく。
酷く乾いた笑みだった。
そう自覚した……。
「何だよオイ! 何言ってんだクソがッ!! さっさと殺すなら殺せや屑ヤロォ!!」
チンピラが何事か叫び喚いている。
そういや拘束したまま忘れていた。
「オイ、小僧。お前死にてぇか? 生きてぇか?」
「あぁあん!? 何言ってんだテメェ!! 情けを掛けるってかァ? ヒャハハハッ!! 馬鹿にしてんぜコラァ!!」
「ああ、そう」
どうやらこんな屑野郎にもプライドはあるらしい。なら殺してやるか。
俺は構えていた拳銃の引き金にゆっくりと力を掛ける。『CZ75』か、良い銃だ。
「ちょ、おま、まてや!! 別に死にてぇなんて言ってねェだろうがァ! コラァ!!」
「……はっきりしろ。ホントは生きたいのか?」
「……生きてェよ」
小さな声で、チンピラは言う。
顔を地面に押し付けられている形なので、必死に口を横に向けながら躊躇うように一言。
だが、その一言を出した途端、堰が切れたように言葉が続く。
「生きてえよ、生きてえよ、生きてえよ!! 生きたいに決まってんだろうがクソが!! 俺はまだやりてぇ事があるんだ! 見返してやらなきゃならねェ屑共が溢れてるんだ!! 【あいつ等】の力を借りて、漸く此処まで来れた。それをテメェなんぞに殺されて終わりになってたまるかァ!! 俺は生きるんだ。生きて生きて生きまくってやる!! だからテメェが俺を助ける意思があるなら、さっさと助けやがれェッ!!」
醜い。
こいつら屑は呆れるほど醜い。
きっとあのガキは、こういう言葉を聞く前に、こういう連中を殺していったのだろう。
いや、耳に入れても聞かないようにしていたのだろう。狂気で情を押しつぶしたのだろう。
そうやって、一瞬の躊躇いも見せず、殺したのだろう。
あの少女は、こんな言葉を真正面から聞いてしまったら躊躇うのだろう。
信念? 貫く意思?
ハッ!
そんなモノが絶対であるというのなら、俺を助ける意味がない。
あいつは弱い。俺とは違う意味で、弱い。
だから論理を組み立て、狂信し。
人を殺す。
自分は正しいと信じる為に。殺す。
それは酷く歪だが、人間らしい。そう言えるのだろうな。
確かにそれは俺に無いものだ。羨望の対象だ。
「そうか。生きたいか。分かった」
俺はチンピラに対して、言葉を掛ける。
その言語の意味を理解したのか、目の前で必死にもがいている屑は、ほっとしたように息をついた。
だから俺は――
「その気持ちを抱えたまま死ね」
――銃の引き金を引いた。

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