『四』って、なんで嫌われるか、知ってる?

作者/香月

第三話


 「はぁ」

 私は短くため息をつく。
 右手にはぬれたカバン、左手には見るも無残な姿の傘。
 この傘、お気に入りだったのに・・・。
 学校帰りの道中ですべて折れてしまった骨から、水色の布が垂れ下がっている。こうなってしまっては、もう手のほどこしようがない。
 これと似たような傘を買うしかないか・・・。
 傘をめちゃくちゃにしてしまった風と雨とを恨みつつ、目の前のドアを開けて、家の中に入る。

 「あ、おかえりー!」

 凛の声。一足先に帰っていたようだ。

 「雨、まだひどいの?」
 「うん。やむ気配なし。お母さんは?」
 「いないみたい。たぶん買い物だと思うよ」
 「そう。こんな天気の中買い物なんて、さすがお母さん」
 「ほんとほんと~」

 凛とドア越しに話しながら、洗面所にタオルを取りに行く。洗剤のいい香り。お母さんによると、フレッシュフローラルとかいう香りのする洗剤らしい。新鮮な花の香りって何だろ、なんて思いながら、タオルで雨にぬれた髪をふこうとしたとき。

 「ねえねえ、蘭!見てよ、この子!」
 「この子?」
 
 洗面所に入ってきた凛の言葉に嫌な予感がした私は、眉をひそめながら振り向く。

 「かわいいでしょっ?」
 「・・・何それ?」
 「えへへ・・・捨てられててかわいそうだったから、連れてきちゃった」

 へらへらと笑う凛の腕に抱かれていたのは、大きな瞳が目に焼きつく、黒っぽいかたまりだった。黒っぽいかたまりは、じっとこちらを見つめている。少したじろぐ私。

 「・・・何?犬?」
 「ピンポーン!子犬だから、まだちっちゃいの。しかもチワワだよっ!?」
 「チワワ?・・・それ、本当に捨てられてたの?」

 チワワを捨てる人間なんているのか?と思った私は、凛に訊く。まして子犬である。ペットショップで買ったら、相当な金額になるはずだ。

 「うん。ダンボールの中にこの子が入ってて、『メスのチワワです。拾ってあげてください』って書いてあったの」
 「その捨て方、まだ絶滅してなかったんだ」
 「そうみたいだね~」
 「・・・それ、本当にチワワ?」
 「そうだってばー。ほら、よーく見てみなよ!」

 凛に言われて、チワワ(仮)に少し顔を近づける。
 ふさふさした黒い毛並みに、大きめのつぶらな瞳。そして何よりこの小ささ。チワワは、犬の中で一番小さい犬種だからなあ。
 ・・・確かに、見た目はチワワだけど・・・。

 「ね?チワワでしょ?」
 「・・・うーん」
 「とにかくチワワだよ!チワワじゃなくてもチワワなの!」
 
 いや、チワワじゃなかったらチワワじゃないでしょ。ていうかチワワ何回言ってるの。
 ・・・とは言わず、私は凛がこのあと言い出しそうなことを、先に否定しておく。

 「何でもいいけど、うちじゃ飼えないからね」

 この言葉に、凛は予想通りの反応を示した。

 「えーっ!!なんで~!?ジャクソンは飼ってるじゃん!何でこの子はだめなのー?」

 ジャクソンとは、うちで飼っているウサギのことだ。名付け親はもちろん凛。ジャクソンを飼い始めた頃、凛はちょうど某世界的有名歌手にハマっていて、その人にちなんでつけた名前らしい。
 なんでファーストネームの方にしなかったのかという謎は残るが、まあ今はそんなことどうでもいい。凛にチワワ(仮)を飼うのをあきらめさせることの方が先決だ。

 「ジャクソンがいるからだよ。エサ代とかも、バカにならないんだよ?」
 「・・・じゃあ、お母さんとお父さんに訊いてみるよ」
 「あの二人は、いいって言うに決まってるでしょ」

 そう、うちの両親はそういう人たちなんだ。この親あってこの子あり、ってかんじ。あ、あくまでも凛の場合だけど。

 「でも、この雨風の中ほっぽっとくなんてかわいそうだよ。食べ物もないだろうし」

 私は窓の外に目をやる。まだ木々がうねっている。とてもやみそうにない。

 「まあ、そうだけど・・・」
 「ね?でしょ!?じゃあ、飼っても・・・」
 「新しい飼い主が見つかるまでなら、いいと思うよ」
 「えっ・・・?」
 「この狭い家じゃ、その子がかわいそうでしょ?チワワって室内犬だし」

 うちは一応一軒家だけど、4LDKで、決して広いとは言えない。

 「ま・・・まあ・・・そうだけど・・・」
 「じゃ、そういうことで」
 「・・・まぁ、いいか!うん、分かった!よかったねー、チワワちゃん!」

 単純な凛の腕に抱かれたチワワは、小さくしっぽを振っている。一応なんとなく、何言ってるか分かるのかな。
 そんなチワワの姿をぼんやりと眺めていたら、急に背筋に寒気が走った。思わず一歩さがる。

 チワワが、笑っていた。こちらを、向いて。
 
 口の両端を左右に大きく持ち上げて、目を細めて、笑みを浮かべていた。人間みたいに。
 その笑みが不気味に見えたのは、光の加減のせい?それとも、私の目の錯覚?

 ・・・それとも・・・・・・。