『四』って、なんで嫌われるか、知ってる?
作者/香月

第七話
「塁、部活行かないの?」
私は、リビングでテレビを見ている塁に声をかける。
今日は土曜日。塁はテニス部だから、今日は部活があるはずだ。
「今日はコーチが休みで、部活ないんだ。蘭こそ行かないの」
「うん…なんか気乗りしないから、サボり」
「珍しいね」
塁の言うとおり、私がサボるなんて、のび●が自主的に机に向かうのと同じくらい、めったにないことだ。
この一週間、色々なことがあって、精神的に疲れきっていた。
優等生を演じていていいことは、仮病を使っても絶対にバレないところだよなあ、とつくづく思う。
「蘭」
ふいに塁が話しかけてくる。
「何?」
「…どう思う、ジャクソンのことと、獣医さんのこと」
その言葉を聞いて、私の脳が起き上がった。
やっぱり、塁も考えてたんだ。
「ジャクソンのことは…やっぱり変だと思うかな。自然になったものじゃない、人為的っぽい。まあ、当たり前だけど…」
「俺もそう思う。 誰かがやった、としか考えようがない」
「うん」
「でも、自分の家族の中に、あんなことする奴はいないと思う…」
「…うん」
そう思いたい。
そんな声が聞こえたような気がした。
「…それで、獣医さんの方は…正直なんとも言えない。家出かもしれないし」
「でも、音信不通になって、もう三日だ。俺は、そろそろ警察に届け出た方がいいと思う。携帯もいくらかけても圏外みたいだから、何か事件に巻き込まれたのかもしれない」
「…なんでそんなこと知ってるの?奥さんと話したの?」
「うん。会いに行った」
「えっ」
なんたる行動力。
私も、さすがにそこまでしようとは思わなかった。
「どうだった?」
「不安そうな顔だったよ。連絡もなしに家を空けるような人じゃない、って。……それに」
「それに?」
「…俺たちのこと、疑ってた。口には出さなかったけど、そんな雰囲気だった」
「……」
そうか。よく考えたら、奥さんからすれば、私たちが一番怪しいんだ。最後に獣医さんに会ったのは、私たちなんだから。
……でも、私たちじゃない。
じゃあ、誰が?
誰がやったの?
「……塁、あのさ」
「うん?」
私は黒い毛をたずさえるチワワを見た。
昨日お父さんが買ってきたゲージの中で、ドックフードを食べている。
「これ、私が勝手に思っただけなんだけど」
「うん」
「ていうか、ホントあり得ないとは思うんだけど」
「うん、何?」
「……ジャクソンは、さ。…もしかしたら、シ―――」
私は途中で言葉をとめる。
電話の音にさえぎられたからだ。
…タイミングがいいんだか悪いんだか…。
立ち上がって、電話をとる。
「はい、もしもし。篠原です」
『……』
「もしもし?…どちら様ですか?」
『…蘭、だよ…な…』
「……玲?」
とは言ったものの、声がかすれていて、よく分からない。
玲だよね…?
「どうかしたの?」
『…蘭…やばい、俺…血が、止まん…ない…』
玲の弱々しい声が、途切れ途切れに聞こえる。
…え?…今、血…って言った?
「…玲?…ウソ?玲っ!どうしたの!?玲!!」
ただならぬ様子に、塁がこっちへ来た。
「誰?玲?」
「分かんない、たぶん…な、なんか、血が止まんないって…」
塁が眉をひそめる。
「本当に玲?」
受話器を差し出す私。塁が受け取る。
「もしもし?玲?どうした?」
『あ…塁、か…?』
受話器から声がもれている。
私は、耳をすまして玲の声を聞きとる。
『俺…車に、はねられた…』
「えっ!れ…玲、平気なの?」
思わず声を上げる私。玲にも聞こえたらしく、荒い息と共に返事が返ってきた。
『平気な…わけ、ねーよ』
「そ…そうだよね」
「周りに人、いないのか?」
塁が冷静に尋ねる。
そうだ、こういうときこそ、冷静にならなきゃ。
『…い、ねえな…』
「じゃあ、あまり動かないようにして、自分で救急車よぶしかない」
『ムリ……』
「え?なんで?」
塁と私の声が重なる。
家に電話できるぐらいなんだから、救急車だってよべるはずなんじゃ…。
色々考えたけど、玲の次の言葉にあきれた。
『俺…救急車よぶ…番号、知らない…』
「…はあ!?」
私はこのとき確信した。
玲の脳は筋肉でできている、ということを。
「…ねえ、シアンの鳴き声、聞いたことないよね?」
「……そう言われてみれば…」

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