『四』って、なんで嫌われるか、知ってる?

作者/香月

第五話


※少しグロい描写があります。苦手な方、ご注意を。



 「うーんとー、ドッグフードにトイレ用シート…」
 「遊び道具も必要じゃないかしら?」
 「あと、首輪とリードもな!」
 「ドッグフードは、父さんが明日の帰りにでも買ってくるよ」

 大いに盛り上がっている、塁と私を除く四人。お父さんたちまで、いい年して…。
 塁はもうチワワに興味が無くなってしまったのか、テレビを見ている。さすが塁、切り替えが早い。

 「ねえ、そういうのもいいけどさ、まずは名前決めたら?」

 私は興奮している四人に呼びかける。
 なるほど、というように手をたたいて、凛が言う。

 「ああ、そうだね!じゃあ……そうだ、『さつお』なんてどう!?」

 …は?さつお?
 凛の不思議発言に、目が点になる私。

 「なんで?」
 「私今、さつまいもにハマってるんだ~」

 ・・・なんでもかんでもハマっているものにちなんで名前をつけるのは、やめてもらいたい。

 「そんな江戸時代にいそうなのはだめだ!ここはやっぱ『ベーブ・ルース』だろ」
 「ベーブ・ルース?誰それ」
 「知らねーのか?蘭らしくねえな。イギリスのホームラン王だよ!塁、知ってんだろ?」
 「うん。ちなみにイギリスじゃなくてアメリカ」
 「……」

 面目丸つぶれの玲。ドヤ顔だっただけに、余計に痛々しい。
 さらに塁は、私さえ忘れていた、根本的なことを指摘する。

 「っていうかこのチワワ、メスなんだよね?」
 「…あっ」
 「そういやそうだな」
 「…私も忘れてた」

 …さて、仕切り直しである。

 「『まいもん』は?」
 「どっかのゆるキャラみたいになっちゃってる。却下」
 「『ベール・ルイス』とか」
 「…それ、ベーブ・ルイスのパクリ…あっ、間違えた。ややこしい!却下!」
 「ポチ」
 「えっ…それは、ちょっと…ライオンにタマって言ってるようなもんなんじゃ…」

 思いついた名前を連ねてみたものの、なかなか…というか全然パッとしない。
 何か、チワワにぴったりな、オシャレな感じの…。
 …そうだ!

 「ねえ、『シアン』は?」
 「シアン?」
 「うん。フランス語で犬って意味」

 なぜ知っているのかというと、クラスにいるフランスからの帰国子女に教わったからである。
 なぜか『シアン』が印象深くて、まだ覚えていた。

 「シアンかー、うん、いいかも!」
 「なんかチワワっぽいな」
 「俺もいいと思う」

 …というわけで、満場一致でチワワの名前が決定した。
 『シアン』
 我ながらいい名前だと思った。
 そのときは。

 
 次の日。
 目覚まし時計の音で起きた私は、いつものように制服に着替える。
 窓の外を見ると、青い空が広がっていた。昨日の嵐が嘘のようだ。

 「凛。早く起きないと遅刻するよ」
 「…う~ん」

 凛を起こしてから、階段を下りる。
 一階は静か。お父さんたちはまだ起きていないみたいだ。
 リビングのドアを開ける。
 ……あれ…?
 ドアを開けたとたん、変な臭いがかすかに漂ってきた。
 なんだろ……?
 重苦しくて、鼻に残るような臭い。
 恐る恐る、リビングに足を踏み入れる。
 一歩、二歩、三歩。
 歩くたびに、臭いが強くなる気がする。
 そして、四歩目を踏み出したとき、視界の端に、赤い何かが映った。

 「……」

 汗が一筋流れるのを感じる。
 私は壊れたロボットみたいに、ゆっくり、ぎこちなく、首を回した。

 「……う……」

 思わず手を口に持っていく。

 「ふあ~。もっと寝てたいー。あっついし…」

 凛の声が、背後から聞こえる。
 ……止めなきゃ。見るなって、言わなきゃ。
 そう思うのに、なぜか体が動かない。声が出ない。

 「おはよー、蘭。…蘭?どうし………っ!!」

 凛の、息をのむ音。

 「…嘘、でしょ…?」
 「…ジャクソン…」

 少し黒ずんだ赤い血溜まりの中央に、体のほとんどが血に染まったジャクソンが横たわっていた。元の毛が何色だったのか分からないほどだ。
 私たちはそんなジャクソンの姿を、ただ見つめるしかなかった。
 何分、そうしていただろう。
 急に気配を感じて、振り返る。

 「……シアン」

 凛が、つぶやいた。


 その日の夜。
 
 「……猛、毒……」

 私は無意識につぶやいていた。