ダーク・ファンタジー小説

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ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中)
日時: 2024/04/26 12:25
名前: 利府(リフ) (ID: mk2uRK9M)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3688

2016年冬大会のシリアス・ダーク部門にて金賞を受賞させていただきました。
本当にありがとうございます。


こちらのページを見てくださりありがとうございます。当方、更新停滞させながらTwitterで普通に生きています。 @flove_last_war までどうぞ。やっぱ書けねー!うわ無理ー!うちの子かわいいー!とかたまに悲鳴が上がる様子が見れます。

※過去話書き直し実施中
内容が修正されておりますので前に見た方も読み返していただければ幸いです!
修正しました >>5 >>6 >>7 >>8

※作品の感想をいただけたら執筆の励みになります!コメントお待ちしています!




題名通り戦争の話です。
処女作と言い張りたいんですが、この作品の前に2本ほど許し難いクオリティのものができてしまったので、これはここに上げた作品としては3作目となります。
毎度のことなんですが息をするように人が死ぬ作品なのでご注意ください。

物語は現代。なんか異能バトルっぽいものです。その中でなんやかんや起こって、そのついでに死人がぽろぽろ出ます。
物語構想は既に完成しているので、死ぬキャラは死ぬ運命です。訣別の時が5話に1回来るペースじゃない?
なんでこいつ殺したんじゃテメー!!という死に方で死ぬキャラも出ます。後々そのキャラの回想的なものを作るかもしれません。

そしてこの小説にコメントが来なさすぎて「この小説価値がないんじゃないのか...?」と思い始めてるので、暇で死にそうだったら「あ」だけでもいいのでコメントしてやってください。作者が深読みして喜びます。


キャラに救いは持たせたい、その一心で一応書いてます。暇つぶしに一部だけでも観戦してください。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
※グロ表現・軽い(?)暴力表現があります。
 苦手な方はお気を付け下さい。

※更新があまりにも不定期です。熱意をなくした人間が書いているので失踪したらそのたび合掌してやってください。



prologue…開戦 >>01-19
(黒い雨の日だった)


chapter1…兵器 >>23-36
(その死を見た日だった)


—————————————————————————————————————

(FREE…病室 >>38))
(安堵を得た日だった)

——————————————————————————————————————


chapter2…盟友 >>41-57
(彼の人が来た日だった)


chapter3…死神 >>58-84
(歯車が一つ噛み合った日だった)


chapter4…兄弟
>>85-97 >>99-105 >>108-114
>>119 >>121-123 >>124 >>125
(探し人を求める二人だった)


以降連載中です。




追記:この小説に関連する短編を集めた「ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き]」の
   リンクを上に貼りました。

   また、そのページのNo.42にてこの小説の一部キャラクターの容姿や性格を載せております。
   この小説に登場するキャラの短編もありますので、興味があればどうぞ。

   一部は本編とリンクする話となっております。その話については本編読読了後推奨です。


*****


コメントありがとうございます!またのお越しをお待ちしています!
>>98 >>106 >>115(芹さん本当にいつもありがとう)

Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.121 )
日時: 2017/07/16 22:53
名前: 利府(リフ) (ID: SfeMjSqR)

ミコト「公立入試への恐怖」
タケル「かろうじて第一志望校に受かった成績下の下野郎」
ハルミ「高校入学が近付いて鬱になるだけの四月馬鹿」
ヘル「一人で弁当を食べた歓迎遠足」
レイ「目も当てられない結果の体力テスト」
モモ「縁のないジューンブライド」
イワン「美術の課題が終わらないのに人理修復に明け暮れる週末」

ロビン「これは前回あなたが金賞ありがとう投稿をしてすぐに音沙汰無しになった後通過したイベントたちです」
作者「はい」
ロビン「何か言い残すことは?」
作者「殺してくれ」


────────────────────────────────




「人間、兵器──?」

あたしは苦笑する。トヤマさんのその呼称は、少し間違っている、と思った。そして、今までなら口ごもっていたものの、あたしの口はとうとう勝手に動いていたのだ。それぐらいの、違和感だったのだ。

「...人間なわけないさね」

トヤマさんは脇に抱えたあたしをちらりと見て、「そうね。私も、それが人間って確証は持ってない」と言った。
あまりにも減りすぎた建物の隙間に、あたしは兵器を見つけた。トヤマさんはまだ気付いていないが、あたしはあれを敵と認識したのだ。だって、あたしはその姿に見覚えがあった。あの日、トヤマオウムの屋敷に向かう中で目にした.........得体の知れない化け物。
トヤマさんの落とした白い羽根を拾い上げ、彼女の名前を呼んだ異形。
......あれが、人間なわけがあるか。
あれを生かすことを選んだらそれこそ人類の終わりだ。サエズリケンジがおらずとも。そう、あたしの脳内が叫んでいた。


それからしばらくして、建物の消失が激しい場所に近づいてきた。すると、下から聞き覚えのある声がして、あたしが顔を下げると。

「ミス・ミコト!」
「生きてたわねロビン。ところで私の愚弟と麦藁くんは」

ロビンさんの姿を目にして、あたしは少しホッとした。流石にあの異形を捉え続けるより、見知った顔がいると安心できる。
でもさっき見た未来を伝えなければ。このままでは危険だと。いや、少しぐらいは休むべきだけど。
それで気を抜いたせいなのかはわからないが、体がふっと熱くなった気がした。...その熱は、頭に集中していく。

そこで、あたしの脳内にある情報がするりと入り込んできた。

あたしは冷や汗を垂らす。

「僕も今さっきここに到着したばかりです。...2人についてはわかりません──おや、ミス・ハルミ?」

恐ろしくなって、そのままうずくまる。

「ハルミ、能力を手に入れたの。さっき吐きそうになってたけど......何かを見たのね?」

......そうだ。見た。でもそれだけじゃない。もっとおぞましい事実を、“この兄弟の存在を脳がインプットし直した”途端、知ってしまった。

「き、聞いて、それだけじゃないん、さね......」
「......それだけじゃない?」

夕焼けの先を指さして、あたしは震える歯を黙らせたくて、精一杯に語った。

「あの先にいる化け物は───」



*****

「全く当たりませんが。まあいいでしょう、しばらく様子を見てあげるしかありませんね」
「.........っ」

タケが「零」に向かって変形した黒い翼を何度も叩きつけるが、相手はそれを見切っているかのように避けていく。零はタケのいる足場を次々と溶かし、のらりくらりと追い詰めていく。タケの翼は殴るためのものだ、そう長くは飛べない。空中移動に向いているのは...タケの姉の方だ。だからこの状況は不利でしかないだろう。

「ああ、くそっ......!」
「タケ......1人じゃダメだ、オレも戦う!」

上で戦うタケに向かって叫ぶと、タケがまた辛そうな顔をした。
...この街に、人間の死体は残っているだろうか。全部跡形もなく消されてしまったかもしれないが、もし残ってるなら、それをオレが操れば......せめて、タケの壁にぐらいはなる。

「いいや、戻れ!」
だけど、タケは否定した。オレの作戦の中身も知ろうとせずに、自分ひとりでの戦いを決め込んだ。
「なんでさ!泣いてるくせに強がんな!!」
オレは思わず食ってかかるように叫んだ。だってオレも泣きそうなんだ。しょうがないだろ、おまえが全部1人で抱え込もうとするのが悪い!

「うるさい黙れ、さっさと逃げろ...!これ以上何もするな、お前がいても足しにならないんだよ!!姉貴たちに合流して作戦を立て直せ、...いいな!?」

...やっぱりバカだ、タケは。
タケルが叫ぶ言葉は、明らかにオレを弱っちく、何もできないかのように「零」に見せかけるためのものだった。それは彼なりの精一杯の守りで、あれにオレを狙わせないがためのcamouflageなのだろう。オレから言わせてみれば、そんなに泣くぐらいならたすけてと言えばいいのに、タケはその道を選んだ。
こいつはバカだ。あまりにも勝手にむごい道を選ばせて、その上自分はその“セキニン”を負わず死のうとするんだ。

──オレは立ち上がってから何も言わず踵を返し、走り出す。もちろん逃げるなんてことはしない。このまま兄ちゃんと合流して、作戦を話し合うことしか考えていない。

タケは今逃げているオレを見て安心しているだろうか?そんなはずはない。だってあいつは、オレの姉ちゃんをさがすために今戦っているのだから。
目的をはたしていないのに、死にたくなんかないだろ。いわせてもらうが、どうせ口先だけだ。

だから、ここであきらめて死なないでくれ。...オレにたすけさせてくれ。



しばらく走っていると、前のほうに人間よりも小さい影が見えた。首輪をつけた大人しそうな大型犬が地べたに座っていたのだ。
そいつはオレが近付くとわおーんと吠えた。この子の性別は...雌だろう。
そしてその後ろから、兄ちゃんがやってくる。
多分、兄ちゃんがオレを見つけるために操ったんだろう。オレよりも弱い力だけど、それでもやさしい動物を操るには充分だ。...理科室でタケたちにも見せたように、オレたちは互いの能力をわずかに使うことができるから。
ここまで来てくれたのだ、オレは兄ちゃんに自分の意思をしっかり伝えないとならない。

「よし、もう戻っていいよ。こんなに危険な場所に付き合わせてすまなかった、きみも...家族を大切にね」
兄ちゃんが犬をひと撫ですると、犬はくうんと可愛らしく鳴いて、そのまま別方向に去っていった。きっと、最後に「この街から離れるように」と命令されたのだろう。そして恐らく兄ちゃんの言った犬の「家族」は、恐らく犬に首輪をつけた人間ではない。...子犬だ。きっとその子犬も、街の外で母親を待つように命じられているのだ。
こういうところはとことん優しい。オレと同じぐらい、兄ちゃんは動物に対する慈愛の心を持っている。

「兄ちゃん」
オレが声をかけると、兄ちゃんは少し俯いて、それから苦く笑ってオレにきいてきた。

「......ここで帰るつもりはないんだね」
「ああ」
「...イワン。ミス・ハルミが先ほど、元々はミスター・レンタロウの持っていた潜在能力を開花させたらしい。これはミス・ミコトの証言だ」
「!」

ヘアピンの能力は、たしか「早知」だ。早く知る、つまり未来予知。それを開花させるのが上手くいったのか。すごいな、やっぱりあいつは。オレは少し微笑んだ。

「先ほどお二方と合流した。だけど、その直後、ミス・ハルミが倒れたんだ」
「.........なんだって?」

「彼女は2つのことを教えてくれた。でも、2つめの未来を教えてくれた時...このままじゃ男の子が首から血を吹き出してしまう、いやだ、こわい、こんなの見たくない......そう言い残して気絶した」

「.........」
オレは次の句が出なくなった。
“早知“によってその未来が見えたのなら、このままでは。でも、もう1つのこととは何なのか。

「1つめに教えてくれたことは、未来ではなく『事実』だ。彼女はそれを知った時にひどく動揺して倒れたんだと思う。...僕だって信じ難いけど、これは彼女が見た事実だ」

「......それは」

兄ちゃんが、自分でも認めたくなさそうに言った。



「気をしっかり持って聞いて。今、ミスター・タケルと交戦しているのは、......僕達の探していた姉らしい」


─オレは、くちびるを強く噛んだ。血がにじんで、鉄の味がしても、その事実よりは痛くもないし苦しくなかった。いつもやさしい兄ちゃんも、表情を歪めている。苦しくて仕方ないだろう。姉ちゃんが死んだかもしれないということを知ってから、しばらくの間オレよりも悲しそうにして、ときおり泣いていた。兄ちゃんも、本当はきっと姉ちゃんに会いたくて仕方がなかったのだ。
なのに、こんな。

「...彼女が見たのは恐らく、この場にいる『少年』に該当する人間に起こりうる未来。そうなる可能性が高いのは、たった1人だ。
そして僕は、どうしても姉さん......いや、彼女を殺したくはない。イワンだってそうだろ」

「.........うぅ......」

しぼり出すように出した声は、まともな訴えにはならかった。オレの意思は弱々しくなって、このままつぶれそうになっている。

「.......イワン、君は僕のことをひどい人間だと思っていい。だから、今はここから逃げよう。」


たのむから兄ちゃん、そんな顔しないでくれ。どうしていいかわからなくなるから。

オレはそう言おうとしたが、うまく声が出なかった。
これが未来だったならいい。未来は変えることができるかもしれない。......でもこれは、変えようがないことなんだな。そこらへんはいやだな、ヘアピンの能力。


タケのいる方向を見つめてから、オレは涙を必死にぬぐった。

Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.122 )
日時: 2021/05/25 17:51
名前: 利府(リフ) (ID: KhKffjC.)

****





いや、見たくない!見たくない………!

あたし、見えた、見えたんよ、
男の子が首から血を噴き出してしまうのが────

あああ、いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ、そんな!!そんなこといやだ!認めないッあたし、こんなの認めないッ!!今まで一緒に頑張ってきたのに、あの子は何にも悪いことなんかしてないのに、どうして彼が死ななきゃいけないんさね!?どうして誰も彼を救ってあげられないんさね!?

────ああ、誰か、タケルくんを…………




「────ト、ミス・ミコト!聞こえていますか!?」

息が詰まる感覚と一緒に私は顔を上げた。心臓がばくばくと脈を打って、額に浮かんだ冷や汗が絶望的に鬱陶しい。加えて眼前には必死な顔をした誠実そうな眼鏡男がいて、思わず顰め面をしてしまいそうになる。

「大丈夫ですか」
「……聞こえてるよ優男。肩から手を離して」
「しかし、立ち尽くして動かない女性を心配してはいけない理由があるとでも…」
「は、私を舐めるな」

そんな悪態を返しながら、私は地面に倒れ伏すハルミを横目で見やった。どうやら私は彼女の言葉を反芻して貴重な時間を費やしていたらしいけど、そんな自分を自嘲する暇もない。

「気絶しているだけね。頭を強打してもいないし、いずれ起き上がるけど、君はそんなハルミを心配する余地もないでしょう」

私の言葉を聞いてロビンが複雑な表情を見せたが、私は彼の心の荒みを宥めるものではない。そんなことは当たり前だ、目的が違う。こいつが守るものは別にあるのだし、私が守るものはここにあるのだから。街によく似た虚無の片鱗の中で、互いにそれはよく理解しているつもりだ。そして、そよ風が生暖かく頬に触れる中で、私は逆光の内に光る少年の決意の目を見たのだ。

「ミス・ミコト。イワンは僕にたった1人残された家族です。イワンには母親がいると聞きましたが、もう、僕には他に誰もいないのです。“そういうこと”になってしまいました」
「君が無感情に見えて、家族想いで胸がはち切れそうなことぐらい知ってるわよ。私と似ているね」
「…そうですか。ミスター・タケルを守ろうとしない貴方が、家族想いなのですか」

さすがにこの発言は彼の地雷を大いに踏みつけたらしく、場の雰囲気は身に染みて分かるほどに険悪となった。
確かに、ここで私が「タケルは見捨てない」と正義に生きるような発言をすれば、お互いの目的は相反しながらも相互への共感と親愛を得る、不可思議な関係が形成されたのだろうけど。私はその関係に欠片の興味もないし、私が彼を自らの理解者などと認識することは一切有り得ない。
ロビンは私をその柔和な瞳でじろりと睨み、私はロビンを嘲笑するように首を傾げてみせた。

「行けばいいよ優男。タケルを殺せば家族を救える。人間兵器を前にして、いずれ全てを蹂躙する異物を前にして、君はどうするのかを私は知りたい」
「……貴方がそう言うのなら、ミスター・タケルはいずれ死んでしまっても構わないのですね。彼は貴方にその程度としか思われていないのですね?」
「そう。ハルミがその口で体現したように、事実は変わらないよ。事実を書き換えるなんてこと、君ら人間では及ばない領域のことだから。まあ、せいぜい頑張って、前衛はタケルに任せてさっさと撤退してきなさい」

ロビンはそれ以上何も口を開かないままだった。ただ黙って私を見ていたが、それが彼にとっては見下げ果てたということだったのだろう。
やがて優男は踵を返し、暗い路地裏へと向かっていく。遠くへ歩いていく彼を止めようとは思わない。だって、私がタケルにしてやることはないのだ。タケルを救おうとする手を叩き落とすこともしないが、奈落に落ちる運命にある私の愚弟の翼と、哀れに沈む烏に構ってばかりいる人間の手を繋ぎ合わせてやることもない。

暗い路地の中から犬の遠吠えが聞こえた気がして、私はまた乾いた笑い声を出してしまった。なるほど、“化学”と“科学”。科学という広い世界の一室に住まう、モノの変遷と変貌を担う機関。2つは繋がっている。繋がってこそ成り立つ。互いが互いの能力を扱えるというのも納得というものだ。
しかし、それは後の敗北の断末魔か勝利の雄叫びか。それを見届けてまでふざけた面を浮かべるつもりは無いが、あの兄弟はこの前哨戦を終わらせる切っ掛けとなるのだろうか。私たち姉弟が、幾度も幾度も本戦を戦い抜いてきたように。
太陽が弱々しく立つビルの後ろに差し掛かる。太陽は嫌だ。貫くような光ばかり誇示して、いつも嫌気がさしそうだ。あそこにタケルがいたというなら、まあ何となく、理由も分からないではないけれど。

しかし、ハルミは今さっきの私の台詞を聞いたら、肩を震わせて泣くだろうか。トヤマさんは酷いと。あんたは何一つ変わりやしないと。確かにその通りだろう。元々酷いのを、自分が守りたいものの前だけでは覆い隠したいと思っていただけだ。
私はミヤマやマツリバに並び立つほど心が弱いし、寧ろ見栄を張ることを好きにでもならないとただの人間にすら弱みに付け込まれて私を制す余地ができてしまう。

好きな人の好きなものになりたい。煩悩も甘えも捨てて守りたいと思ったものの前でも、そんな本性は露呈してしまう。ついさっきも、思い返せばとんだ失礼な態度をとってしまったものだ、私は。あとで詫びられればいいのだろうが、私はそんな状況を招けそうにない。きっといつまでもそうなのだろう、と自覚はしているのだけど。


ぼんやり考え込んで突っ立ったままハルミの顔を見ていると、ポケットの中で携帯が震えた。
取り出してみると電話の主はチエリと表示されており、私は特に気にもとめず親指で応答ボタンを押す。

「もしもし?よかった、よかった!繋がったね」
「先生。どうしたの、問題発生?」
「そう、そう!ちょっと困ったこと!ご名答、トヤマさん!!実はね…」
「……どうしたの?随分テンション高いわね」
「えっ!た、高くて、高くてダメな意味あるかなあ!?」

きっと受話器の向こうで自慢げに胸を張ったりあたふたと取り乱したり苦笑したりで忙しいのだろう、と非常にわかり易い声の主に。
…どうしてなのか知らないが、僅かに違和感を覚えた。

「あのさぁ、先生、ロビンから電話は受けてない?」
「えっ、何かあったの?タケルくん、タケルくんが…見つかったとか!?」
「…うん。見つかったわよ。麦藁くんからお兄ちゃんへの報告を聞く限り五体満足で」
「ええっ!?もっ、もちろん五体満足じゃないと私イヤ、イヤなんだけどね!?ああでも…見つかったならよかった……!早く学校に帰っておいでね、職員室のクーラー、いっぱいいっぱいに動かしておくから!」

自分の表情筋をこんな会話の中で冷静に分析したくはなかったが、涙ぐむような先生の声に、おそらく私は怪訝な表情を浮かべていた。
私はカマをかけた。イワンは一言もタケルの容態を「五体満足」などとロビンに伝えてはいないのだ。だから、先生は恐らく、タケルの現在の状況を一切把握していない。
しかしロビンならば確実に、私へ連絡を届けたあの時の前後に先生への報告を済ませているはずだった。
私はあの優男の底を既に見た。特に欠陥も面白い要素もなく、親愛なる人間に自らの誠実さを示しながらも、敵の垂らした釣り針には憎悪やら失望やらで茹だった頭で食いつく頭足らず。
彼は扱いやすいものだと、そこまで理解してやっているつもりでいたのだが、まさか彼は人の煽りに顔を真っ赤にして物事の肝要までもを取り逃がす、人間社会に有りがちなただの愚か者であるというのか?

「ああ、それで、それで、困ったことっていうのはね」
「……うん」

「さっき、さっきから…イサキさんのお家に電話が繋がらないの。聞きたいことがあったんだけど……捜査中なのかなあと思ってかけたイサキさんとシンザワさんの携帯もダメ、電波が悪くなっちゃったのかなあ──」
「……ああ。だいたいわかった」


ぞわりと手が震えた。
私は冷や汗を垂れ流しながら電話を切っていた。

……そうか。そういうことか。
ロビンは確かにチエリに電話をかけた。かけたが、繋がらなかったのだ。
そして今、偶然のタイミングでチエリから此方にかけられた電話が通じた。奴がもう必要は無いと判断したから。

これは電波の異常とみなして正しい。正しいが、その電波の規模はハルミの人生を狂わせた地獄にまで繋がる。ハルミを無能から有能に変容させた切っ掛けが、モモの喉元にまでその牙を近付けた少年が、今、“ここから離れている”。
彼はこの地域にいた人間たちの連絡手段を絶ち、あの人間兵器と共に救援を求めて逃げ回る人々を殺戮したのだろう。その名残を残しながら彼は用済みの街を立ち去った。だからロビンの電話はギリギリの所で通じなかったのだ。だって奴は電波だ、電気に依存した人間をねじ伏せて喜ぶ畜生だ。
…まさかイワンが「太陽に近いビル」の場所を突き止めたのは、人間を吸ったあの男が一丁前に助言なんてものをしてやったからか?

「この街はついでに破壊しに来てやった、レベルの話か……」

嘘を見抜くタケルの能力は、擬態も含むヘルの常套手段と分が悪い。ハルミの家で黒い翼をもって叩きつけられた時、あの矮小な電波は悟ったんだろう。
やるなら奴から殺しておくか、と。

そのうえで。
“積眼”、イサキチヅル。眼に重きを置く彼女の能力を剥奪しに来た。
ヘルの最終目的はさっぱり解りはしないが、奴の行く道程に彼女の殺害、彼女の持ち合わせる情報の回収が含まれているとするなら、それは──

「……こっちの損害がでかくなる前に」

ハルミが目覚めたら、人間兵器の側へ向かうとしよう。
隠していた戦力を投下したのだ。それ相応の成果を求めて、奴らは宣戦布告を仕掛けている。


あとは、シンザワサソリがどう出るか。

Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.123 )
日時: 2021/11/06 12:05
名前: 利府(リフ) (ID: qyjkJIJL)

何年ぶりですか?これ
ほんとすみません お楽しみください




***




『おとうさん……』

電話の向こうで人間が震えている。
性別の転換を迎える前、その未成熟な声色で告白が響く。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……』

守れなかった。だめだった。彼女に一生残る傷を負わせてしまった。
拙い言葉でたどたどしく語られたのは、そういった詫びの言葉と単純な結論だった。
僕の娘を守る。そう誓った人間が、今回それを果たせなかっただけの話である。

「──そうか」
『う、う…………』
「泣くな。君が気に病むことじゃない。ほんの少し歯車が狂っただけで、もう今は回りだしているんだよ。あの子だって気丈に報告を寄越してきた」
『いや、ちがう、悪いのは、わたしなんだっ……まちがえた、失敗したんです……!』
「うん。そうか」
『おとうさん、ゆるさなくて、いいですから、わたしは、わたしのことを、もう一生ゆるせませんから……』
「それはもう分かったから。僕が聞きたいのはそういう話ではない。人の悲しみばかり啜って進化する生物でもない。だから、もういいよ」

本当に、本当にもういい。
僕としてはそういうの、本当にやめてほしい。
まるで懺悔室にふたり立たされているかのようで気分が最悪だった。聞きたいことがあるのはこっちだというのに、相槌の余地も与えず延々と僕の娘を口説いているに等しい。
肘掛けを無意識に指で叩いていたことに薄ら気がついて、まあいいやと行動に割く思考は放棄して。嗚咽だけが響くようになるまで少し待って、次の質問を投げかけた。

「非道に聞こえるか?」
「ぃ、…いい、え……」
「よく答えてくれた。なあ、もうひとつ僕から聞いてもいいかい」
「……………」
「君は、どうして悲しんでいる。それを口にしてほしい」

壁を隔てた先で息を呑むような気配があって、むしろ安堵したのが僕の方だった。
はあ、はあ、と受話器の向こうで息苦しさに喘ぐ音が響く。それに混ざるように、しゃくり上げる喉の音。情けなく鼻水をすする音。
それだけで電話の相手の言葉、そして心は信頼を持つに値する。
だが僕はどうしても、その感情を言葉にしてほしかったのだ。

『あの子の、片目が、えぐられて……あの子が、もう、ふつうの幸せを得られなくなってしまって、』
「君は、娘の未来を案じているんだね。娘よりも」
『…………未来?』

揺らいでいた水面がゆっくりと静止する。

『……わたし、は』

今の僕が対話をしている人間というものは、自らのこころに触れられることでひどく冷静になる人種だった。
生まれた理由が最悪に満ちていたからか、自我というものに疑いを持ち続けている。自分はなにを望んでいるのか、なんのために生きているのか、そういう話をされることを酷く嫌っていた。

『……わたしは、そう見えますか』

答えは出ている。
僕は、君が千鶴チヅルのために尽くす姿を見てきた。君が君自身に迷う様を長く見てきた。
ましてや今の君のしおらしさともなれば、誰が見てもそう思うだろう。
逃げ回る蝶を標本に突き刺すように、たった一つの真実を突きつける。

「長らく見てきて確信したことではあるが。君は彼女のために生きているんだよ、深澤蠍シンザワサソリ



***



「イサキちゃん、どう?見つかりそう?モノクル似合ってるねー」

自宅の書斎でページをめくる最中。
そろりと扉を開けたシンザワサソリが、間髪入れずに堂々と声をかけてくる。そしてこう言った場合の開口一番は、往々にして与太である。
私がノールックで手渡した地図帳をパブロフの犬の如く手に取り、パラパラ流し見をしだすところまでが与太だ。分厚い紙束としか認識していない段階で手に取るな。

「トヤマミコトとフユノギハルミの両名ともに、隣町に向かった、か」
「うん。白鳥しらとりの制服の襟に突っ込んどいて正解だったねー、あっしの常備品の発信機。なんかマジで迷いなく飛んでいってるけど、大丈夫かな分からず屋は」
「大丈夫だろう。彼女らは仲良しになろうと試みている」
「……その言い方だと人心がちょっとわかる哀しき猛獣みてえだな、白鳥」

発信機をつけたタイミングだが、これはシンザワサソリの独断だった。

『そんな面構え続けるなら、お前の弟でもあっしらの仕事に巻き込んで、化けの皮剥がしてやろうか』

この手で胸ぐらを掴み、この口でそのようなことを述べながら、発信機をちょちょいのちょいしましたであります──とは我々がトヤマミコト達を残して教室を出た直後のシンザワサソリの発言だ。
何もかも測定不能オールレベルに喧嘩を売るような行為である。トヤマミコトは気がついただろうか、いや、気がついた上でフユノギハルミを連れ回しているのだろうか。

「彼女らが向かった周辺地域の地図は頭に叩き込んでいるが、トヤマタケルが向かいそうな場所がまだ絞り込めん。だが校外に出たのは間違いないだろう、高校内の人探しときて一番に捜査すべきである職員室に入室すらしていないんだ。その先を推理するとなれば、まずロシアの兄弟が言う『姉』の痕跡を辿った方が早いか」
「うーん……確かになあ。えっモノクル無視?」
「少しは推理をしろ」

くだらない身なりの話にかまけている場合ではないのに、ことある事にシンザワサソリはそういう話を持ちかけてくる。こいつに交渉事や情報戦は向かない、と何度も他者と討論を重ねてきたが、大概当の本人が割り込んできてなあなあにされていた。悔やまれる。

「あの時の私はどう形容したか……突然背後から髪櫛を持って現れ、有無を言わさず髪を梳かしにかかるような態度……」
「いや何の話よ。あっ、暇そうな使用人が何人かいたからさ、目についた異変はすぐ報告するようにーって言ってきたよ。当たり前だろシンザワ〜って返されたけど」
「それはありがとう。彼らまで皆殺しにされては困るからな、施錠は常々心掛けているだろうが」
「こんなところにまでヤベー連中が来るかもって心配?」
「予防策だよ。私が親しい人の死を恐れていて、お前達がそれに応えてくれただけだろう」

そうだね、とシンザワサソリが目を細めて頷く。些か私も安心した。

私は今回の事件のような、訳も分からぬまま全てを呑んでいく渦のようなものが、本能的に苦手だった。
動機にも目的にも確信が持てず、言葉の刃が曖昧になるのを歯痒く思うのだ。どれだけ道行く学友のことを記憶していようと、原型を留めない形にされてしまっては推理をすることすら恐ろしくなるように。
私があの体育館の中を覗いた時、そしてへルと対面した時に得られたのは──これまで漠然と存在していた未来というものは、もう二度と到来しないのかもしれないという冷えた喪失だけだった。

「ケンジもクソ電波少年も、どうしてまぁ立て続けに暴れるもんかねえ。この高校に恨みがあるのかな。ほんとに世も末ってやつだ」

地図帳を早々に返却し、ほかの使用人から預かってきたマスターキーの束を指で振り回しながら、シンザワサソリが愚痴るようにつぶやく。概ね私も同感である。

フユノギハルミが入院していた頃、サエズリケンジを名乗るものから連絡が入った。
何故シンザワサソリにのみその連絡網が開通したのか、なぜお前を選んだのか、その理由に心当たりはあれど断定はできない。
ただ、もしそうならばお前は、あの時の体育館に何を見たのだろうか。

──私達はサエズリケンジと面識がある。
シンザワサソリに至っては同じクラスに所属していた。
能力名とその性質も把握している。測定不能オールレベルには無論至らなかったことも、しかしその座に手をかけるような精度の業であったことも。
クラスの前を通りがかった際は一人でいることが多かった。一方的に断定するならば、つまらなそうな顔をしていた。
だがそれ以上の接点はない。シンザワサソリが彼にどう接していたのかさえ、私にとっては不明だった。
私の相棒は、私が言うのも何だが、イサキチヅルに関する話以外を口にしない。

「今日見た書類にはサエズリケンジの名もあったが、記録上あれは男で間違いがない──あれの能力は性質上、発火能力パイロキネシスに近い。性別については前に会った時もそうだと認識したし、シンザワサソリも流石に記憶しているだろう」
「そうそう、髪長くて見た目もなよっちい野郎って思ってた。能力もそれで合ってんじゃない?呪頼じゅらいも燃やされたし。でもなあ……」
「どうした」
「なんかね、思い切りが良すぎるなってさ。あいつにしては」

関わりがあったのか、という驚きの言葉はどうにか口に出さずに堪えた。
疑問を抱えたささやきに私は首を傾げる。シンザワサソリはそれにまっすぐ向き合い、「いやね、」と途切れた言葉の続きを述べた。

「おかしくない?そもそも発火能力と体育館の虐殺はかなり趣向が違うでしょ、それとも能力を2つ持ってるとか?なんかあいつ、そういう超人的抜け駆けができるタイプじゃないと思うんだよね。偉い人に頼み込む根性はあると思うけどさ」
「……そうか」

私は密かに衝撃を受けていた。
シンザワサソリが他者に興味を示すことはかなり珍しいことだったし、思い返せば彼を拾った義父のことすら気にしていたかも怪しかった人間である。
他者を語る相棒のことばは、重大な証言だとかそういうのを抜きにして、何となく、自分の事のように穏やかな気持ちになるものだった。

「……そうか。親身に話していた記憶はないが、いつの間に」
「あ。いや、ごめんイサキちゃん。まだあいつとロクに接したことないわ。あっしが先手取って第一印象で語っただけです。イサキちゃん知らない?あいつ偉い人とパイプあったっけ?」

──そういうところなんだお前は。

「知らんッ!!」
「いった!!あーッ、脚技禁止だって言ったでしょ!靴跡すごっ!」
「怪我してない方の脚だ!お前なあッ!私がちょっと……嬉しかったのに!誇らしかったというのに!」
「ウッフフ……ごめん……だって隣の席の子の名前も覚えてないんだよあっし……」

ふざけるな、ラベリングすら難しいタイプの嘘をつくな。机をダンダン叩いて抗議したというのに、こいつ笑っていないだろうか。
……シンザワサソリと共に生きていると、聞いた私が馬鹿だったという後悔を常々知らしめられる。それでも一人の人間の素性を勘繰り続ける私もどうかとは思うが、とりあえず今は開いていた資料を勢い良く閉じることで怒りを分散させた。頭が痛い。

「おいシンザワサソリ、じゃあ連絡相手に選ばれたのは完全な偶然なのか」
「なんででしょうね。あっしがアホだから?」
「否定しづらくなってきたぞ……」


「おーいチヅル、今入っても?机を叩くまで怒ってるのが珍しくて茶々を入れに来てしまった」

うわ、と我々の声が揃ったのを気にするまでもなく「おーい」と呼ぶ無遠慮。
しまった。
結果として、全てを結果として面倒臭くするお父さんが来た。


「茶々を入れる程度ならばお帰りください!」
「よぉし失礼!」
「お父さん!!」

バァン、という破裂音が室内を劈く。右手に1つ、左手に2つ、マグカップを携えた不埒者がやって来た。よりにもよってパジャマ姿で。
……更によりにもよってだ、裸足で扉をブチ破って入ってきたのか、この実父は!シンザワサソリが驚愕のあまり床に延びているだろうが!

「やっほーシンザワサソリ、君ね、僕の愛娘に珈琲も淹れずに立ち話かい。ここの給湯室は停電中でも使えるぞ?死神くんが来ても安心だ」
「なッ、なんですって、くっ……お義父さまこそノックぐらいしなさいよ、睦言の最中だったらどう責任をとったんです?」
「最中だったら君を全裸のまま追い出していたが!?」
「お父さん、喧嘩でしたら外でされてください。よく晴れていますよ」
「そんな汚らわしいものを見たみたいに……いやそもそも、僕はシンザワサソリに用があって来たんだよ。娘がドラミングを繰り返すゴリラのようだったから面白くて来たとかじゃないよ」
「腕を出してくださいお父さん。一瞬で済ませます」

死に急ぎにも程があるぞこの実父。
珈琲を持っていなかったら即死だと思え、とばかりに睨みつけたが、その為に珈琲を持ってきたんだよという顔でウインクされた。本当に頭が痛い。

「どうどうチヅル、珈琲どうぞ。お父さんを許しておくれ。シンザワサソリに話があるのは本当なんだよ、連れて行ってもいいかい」
「はい、あっしはいいですけど。イサキちゃんオッケー?調べ物ならあっし抜きの方が捗るよね」
「構いません、どうぞ。話し相手がいなくなるのは残念ですが」

そんなことを今更聞くのか、と思わんでもない。2人だけの話というのはままある事だ。特にそこに感慨深さも動ずる理由もない。
過去に2人揃ってどんな深い話をしたのかと探りを入れたところ、イサキ家の家族構成を学ぶ勉強会でしたなどと返されたことがある。多少いざこざがあった程度のことなのに、よくそんな事に一晩中という時間を消費した。
そして、イヤーッツンデレ、あっしのイサキちゃんがツンデレー!僕の娘が柔和ー!などという奇声が傍から聞こえるが、そもそも人が素直になった時の感情を茶化さないでほしい。私とて心はあるぞ。

「じゃあねーイサキちゃん、行ってくるね!終わったら白鳥達の動向次第ってとこ?」
「そうしよう。行ってこい」

ひとつ分の珈琲を机に置いてふたりは出ていった。しばらく帰っては来ないだろう。茶菓子を持ち出してする会話となれば、多少の時間を要するだろうと予測できる。

使用人は警戒態勢とはいかずとも張り詰めた雰囲気にある。静まり返った空間は、久々に得ると心地が良くて頭も回る。
“積眼”で記憶した書類から「姉」の記憶を辿ろう。──それで私も捜査に煮詰まったら、お母さんの所に寄って息抜きをすべきか。


いや。
それより、何かを忘れているような気がする。
何か、大事なことを、お前の───



痛い。


痛い。頭ではなく、

──熱い?

眼の中が酷く痛んで、燃えるような、


***



「で、お義父さん、なんの話をなさるんですか?」
「確認したいことがある。大した話じゃないけど、事前に聞いておきたいかい?」

父親代わりが耳打ちのジェスチャーをしたので、養子にあたるあっしはよろこんで応えることにした。廊下の真ん中でする話なので、恐らくだれかにバレちゃってもオッケー的な話なんだろう。
お義父さんの声はイサキちゃんの声に似ている。当然のことだけど、だからあっしはお義父さんもお義母さんも好ましかった、


「君、チヅルに黙って人を殺しちゃいないか」



それを聞いて。
あっしの口から漏れたのは、「えっ」とか「そんな」とかそういう感嘆ではなくて。

そうか、じゃあ、もう隠さなくてもいいかな、と何処となく落ち着いて。



「なァんだ。意外と鋭かったな」






「思い出したぞシンザワサソリ!!!」

──背後からドカンという破裂音が響く。

「先程の調査の件だがまだ間に合うか!」
「ギャーーーーッ!!!!」
「ヒーッびっくりした!親子揃って扉の扱い!」

──父の部屋に入る前だった、どうにか間に合った。痛みなんぞを突き破って、嫌な予感がしたのだ。
ここで語っておかなければひどく後悔する、そういった類の。

「思い出したって、今思い出したの、イサキちゃん」
「ああ。何だか、記憶に靄がかかっていたようで……それが突然晴れたような……」
「ど、どうしたチヅル。僕もいた方がいいか?急にふたりで青春するわけじゃないよね?」
「ついでです。お父さんも聞いていてください。自室で準備があるならそちらを優先していただいても構いませんが」
「じゃあ、うん、聞いてから行こうかな」

ぴゅうと駆けながら私のデスクの前に戻ってきたシンザワサソリが爛々と目を輝かせる。いつものことである。
それに続いて緩慢な足取りで戻り、後ろ手で扉を閉めた父の表情は曇っていた。早く済ませてほしいということだろう、変なところで人の悪さが滲み出ている。
──用が済んだらそれまで、時が過ぎたらそれまで。その本性を表面に色濃く示すほど、私は冷酷にはなれない。

「イサキちゃん、先程ってなに?学校の?」
「そうだよ。……お父さん、きょうは校内で捜査を行いました。現在我々の担任を務めているチエリ先生に許可を得て、校内ほぼすべての生徒の個人書類を確認し記憶することに成功しています」
「うん。よく許可が下りたな」
「我々生き残りが追加した目標は、トヤマタケルの捜索。そして、今回転校生として校内を訪れた兄弟の……姉探しです」
「姉?」
「はい。兄弟は測定不能オールレベルの能力を所有しており、その姉も同等の力を所持しているのではと考えられましたが、少なくともあの虐殺以降は消息不明と言うしかない状態です」
「またそれか。サエズリとやらもとんだ惨事をやらかしたものだ、尾を引きすぎる」

まるで見てきたかのように、お父さんは閉じた扉に寄りかかってひどいため息をつく。
虐殺に限らず、私が仕事に関わる話をする度に、お父さんはいつもむず痒そうな顔をした。何か打開策があったのではないか、打つべき手があったのではないか、と。

「虐殺のこと、前にも聞いたけれども。生存者の捜索を心の問題で放棄してしまうレベルの有様だったなら、万に一つの生存者とかはありえそうじゃあないか?ただの職務怠慢で真実を逃してはいけない」
「それについては、申し訳ありません」
「謝るこたないよイサキちゃん。体育館の中が一帯ミンチをぶちまけたような惨状だったのに、初見でさて誰が誰かなァって一々探せるわけないでしょ。それができるのは人でなしだ」
「……むう。ごめんチヅル、話が逸れたな。話したいのはそれだけじゃないだろう」

お父さんが降参とばかりに肩を竦めて、ふんすと息を鳴らしたシンザワサソリが私に向き直る。
そこまでしなくていい、と諭すのは後にしておく。──シンザワサソリは私をいつだって守ろうとするが、お父さんも真っ直ぐな正論ばかりを言うわけではない。人は悪いが、目指すものはお前と一緒だ──と告げてもなかなか納得しないのが常である。
それでも結局は付き合いを続けるのだから、よき家族に値する、と思う。……お母さんが当たり前のようにそこに居た頃から。

「シンザワサソリ。お父さん。私は全面的に貴方がたを信用しています。……だから、今から話すのは、単なる情報の共有です」
「……あれ、イサキちゃん?痛いの」

何なのだろう、先程から頭が焦げるように熱い。いや、眼が痛いのか。こんなにねじ伏せるような痛みは初めてだった。まるで、思い出すなと言いたいようじゃないか。
探偵が自制をかけて何になるのだ。
疑問も策も尽きないままに死んでたまるものか。
私はそれだけは絶対にごめんだ。

「……シンザワサソリ。全校生徒の数と比較して、保管されている書類が1人分足りないと言ったな」
「うん、それがあの理科兄弟の姉ちゃんの分でしょ?」
「そう思うか、本当に」
「え?」

お父さんは何も言わずに私を見下ろしていた。大丈夫か、どうした、そんな配慮の欠片も見せずに、私の言葉を待っている。
──大変有難い。
私の性格は、あなたにもお母さんにも、シンザワサソリにも似た。知りたいことを知り、言いたいことを言うのでしょう、私たちは。

口をできるだけ大きく開けて、ただただ鋭く言い放つ。


「一度で聞け、あまり口にしたくはない」
「……うん」



「シンザワサソリの能力調査票だけが、無い」



お前、誰かに嵌められていないか。

Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.124 )
日時: 2022/05/07 00:32
名前: 利府(リフ) (ID: 5nVUckFj)

『鳥になりたいなあ』


軍人は夢を見る。
体育館の格子窓越しに青空を眺めながら。

理想は、炎を携えて飛んでいく鉄の鳥。
切っ先を地表に向けて、空に向けて、
殺戮と滅亡のために飛んでいきたい。


大規模で短い戦争をしたい。
人類の歴史なんて終わってしまえばいい。
軍人はそう常々思っていた。

自然を食い潰して、動物を食い潰して、
世界のながれを滅茶苦茶にしたくせして、
中途半端に生き長らえすぎなんだ。
早いところ機械みたいに完璧になるか、無能のガラクタになって滅べばよかったのに。

それでも、進み続けるならまだ許容できた。
可能性があるなら、僕も信じていたかった。だけど、本当に人間ってどうしようもなかった。

あんまり神様の名前なんて呼びたくないけどさ、こうなってしまったらもう人の手に負えないんだ。どうか助けて欲しい。


『何考えてる?』


男が呻くように呟いた。ぬるく湿った温度の室内、僕は立っていて彼は座っている。その視線は何かを見上げるようではあったが、見ているのは僕ではなく天井だった。
声色だけで僕に問いかけているのだ。

かたやカッターシャツの襟元で首筋に垂れてくる水滴を拭って、かたや無の表情で天を仰いでいる。ランニングの後の休憩時間のようだった。

『……逃走の経路と、この後のことかな。神様が助けてくれないかなとか』

続けざま、「いま鬱陶しいと思って拭ったのが血だった、襟元が汚れた」という話題を出した。彼は笑い返してくれた。
お互いに血塗れではあったが、それらは全て他者の血である。互いに生きている状態だったから、どことなく僕の心には余裕があった。この男もきっとそうなのだろうと思っていた。

格子窓に新しい血が散った。一瞬遅れて人の腕だったものが足元に叩き付けられる。よく飛んだな、ともっともらしく微笑んでみた。

『ねえ。君もここで死にたい?』

僕はナイフを握ったまま、いたずらに問う。
まさか、と言ってほしくて聞いたのに、返ってきた言葉はあまりにも空虚に響いた。


『そうさせてくれ』


未だに、ずっと響いている。

誰のせいでこうなったか分かっているのに、これからどうしようかと考えを巡らせていたのに。世界は希望に満ち溢れていたのに。
そのたった一言で、胸が異様に苦しくなった。


戦争の始まりの日であった。


***



現実の中に佇んでいる。

夕暮れ時は、空が燃えているから居心地が良い。
僕は、終末にしか生きていられない人種だから。

僕の伸びた影の向こうに異物が見える。
探偵たちの屋敷の裏口で、人らしきものが倒れていた。無抵抗に、何が起きたかも分からないといった表情で。
性別は女、恐らく屋敷の使用人だろう。遺体ではあるが、形だけはしっかりと残っている。あとは眼球だけがただならぬ状態にあるくらいか。
瞳が露骨に上向いているのだ。遅刻して出ていった学生の慌てようみたいで、それなりに面白い。そんなに慌てるような計画なのか、そもそもそういう性格なのか。

まあいい、事を進めよう。
考察と解体、どっちも似ていて僕は好きだ。
遺体の内側がじぃじぃと焦げ、然るべき処置を急かす。
ナイフをそっと当てて人体の皮を剥いだ。必要なのは顔の皮。焦げた頭蓋と肉が煙を上げて、沸騰した血が溢れ出ていく。そうしたら、皮の裏側に残った焦げ跡を削ぎ落として、洗濯し終えたハンカチのように広げて終わり。
弾けるように飛んでいく血飛沫を見て、うっかり母親の背姿を思い出した。こういうことをしている時、あの人は全てに絶望した顔をしていた。
父親に何もかも任せ切りにされて、惨たらしい有様で生き続けて、男女共同参画の精神が完全に追いつく前に夭折した。

「この女にも家族がいたのかなあ……」

おもむろに立ち上がって両眼を瞑り、両手で顔を覆う。指が触れた箇所から、じりじりと僕の表皮が焦げていった。
丸焦げになった顔の上につややかな面の皮を被って、煤のようになった手をだらりと下ろす。
そこに倫理も命も問う必要は無い。そういう時勢は終わっている。

サエズリケンジの心と身体に痛覚はない。


結った白髪を振り乱すように下ろして、生え際の焦げ目を隠した。見下げた血溜まりに女の顔をした何かが映り込んでいた。
片方の靴先を冷めた血に浸し、裏口の石畳の上にがりがりと文字をなぞっていく。こういう試みは初めてで緊張した。

「紙はあるが、まあ静かな方がいいか。この家にはそういうテロリストが棲んでいる」

体育館の虐殺、スズノミヤマの圧死、マツリバヤシの焼死、あとにもまだまだ増えていく。死神の件については向こうの自己責任に過ぎないが、看過できない行為も増えてきた。所詮、私と同じ手段で、私と別の目的を目指すものだったということだ。

それならついでに、私の目的まで巻き込んでもらおうじゃないか、ヘル。
殺しをしてでも成したい悲願があるのだろう?

戦争は、たくさんの願いでできている。
烏滸がましい自他の願いに殺され、振り回され、震える身体で妥協し、それでようやく生き残る。
その癖して飽き足らない。こんなはずじゃなかったとまた願う。行き着く先は絶望だ。

我々の思考の差異はその先なのだろうから、いつか語り合いたいな。
私はここを出ていく。君もここを出ていけますように。血も涙もない因果応報が、君の心臓に追いつかないうちに。



ああそれと、ヘル。
君が裏口で殺した女の目玉と電子機器、まとめて潰して悪かった。

──君の退路を潰したのは私の私情だから、恨むなら私を恨めよ。

Re: ぼくらときみのさいしゅうせんそう(更新停滞中) ( No.125 )
日時: 2023/07/15 11:12
名前: 利府(リフ) (ID: Ch4ng4i/)

わたしの始まりは期待に満ちていた。
ひとが二人並んで、たのしそうな声をあげる。
何かを待ち望んでいる。弾むような足取り。


『ねえパパ』
『なんだい、ママ』
『あたしたち頑張ったよね?こいつも頑張るよね?ここに置いておけばいいよね?』
『ああ、いいだろうよ。お疲れさん』


五体満足で生まれることができた。
手足も感覚も、不自由はないはずだった。
なのに使い方がなにひとつわからない。

受け身も取れず転がされた茂みの中で、わたしは思考しようとして、それどころではないことに気づく。
身体が痛くて熱くて仕方ない。
わたしはいま、なにかを失おうとしているのか。なにかに壊されているのか。

いや、生まれた瞬間から欠落しているのか。

ちゃんと生まれてくることができたのに、
生まれた瞬間に放棄される運命だった。
わたしを捨てることが彼らの幸せだった。


『じゃあな、お前も頑張れよ』

──どうやって?
声のする向きをぎょろりと覗こうとして、涙が溢れてきて、やめた。


わたしの人生は最悪の温床だった。


***





孤児院の正門近く、赤子が咽び泣いている。

冷たい風を凌ぐ手立ても持たず、それは生まれたままの姿で、茂みの陰に転がされていた。


捨て置かれてからいくら経っていたのかは解らない。
その声を聞き付けた孤児院の職員が、取るものも取り敢えず赤子を抱き上げ、院内の簡易ベッドに寝かせた。
赤子を囲むような形で、職員達は必死の形相を浮かべていた。子の処遇についてである。

まず、親が周囲に見当たらない。これは職員たちも多少なり経験していたことであった為、ある程度の対処はできる。
問題だったのは発見時の状態だった。
赤子は衣服のひとつも着用しておらず、毛布に包まれてすらいない。へその緒は取れているため、恐らく出産の直後ではなかった。
これもまだ想定内である。両親、もしくはそのうちの片方が内々に出産を行い、ある程度の産後処置まで済ませたのだと職員達は結論づけた。

しかしそれよりもずっと、彼らの倫理と想定からかけ離れていた点があった。



──赤子の下半身、もっと言えば生殖器のあるべき箇所が、丹念に潰されている。

空洞のように黒く染まった無の箇所が、おぞましく彼らを覗いていた。
よくよく見てみれば、排泄の為の管だけが通されており、性別を分けるための要素がない。恐らくそこに在ったものを切除された上、高熱の鉄もしくは高濃度の薬物によって表皮を溶かされた、と職員たちは推測した。

生きている瀬戸際、いやそもそも死んでいてもおかしくはない外傷を受けて、ついでのような延命措置だけが施されて。
どうして、何故、と青ざめた表情の大人達を、物言わぬ赤子が見上げている。


職員が然るべき公的機関への通報を行った後、それでも赤子は孤児院に残された。とうとう親は見つかることはなく、裁きを受けることもなかった。
残ったそれは最早捨て置く訳にも行かず、しかし他者の目に触れさせることも叶わぬ風貌である。
里子に出すことは諦めろ、と言ったのは誰だったか。無言の同意だけがあった。

院内の奥深くで赤子は成長した。
その人間の戸籍は勝手に編まれ、欲した記憶すらない名前がつき、性別は結局解りはしなかった。

3か4の歳を過ぎても他の教育施設に入ることもなく、ぼんやりと身体だけが大きくなっていく。
皆が皆、腫れ物に触るように接す者ばかりで、憐憫はあれど同情や救いに至らない。
子供も、自分の存在はその程度なのだと小さな自我に言い聞かせた。それ以上もそれ以下も考えず、生きている実感を得ることもなく。
群れから弾かれた動物のように生きていた。


──義務教育に差しかかる少し前、ひどく冷たい季節のこと。
職員に従い、つつましく従順に生きていた子供は、ある日突然の来客を受ける。

職員の1人が「君に用事があるって」と告げ、子供を連れ出した先に男は立っていた。
青白い肌と整った顔立ち。黒いコートに白いマフラー、身なりは良いが肉付きが悪い。子供にとっては一生お近付きになることもないだろう、と思っていた人種であった。

「こんにちは。私、イサキチトセと申します。知人からちょっとした噂話を聞きまして、君を我が家に迎えたいのですが」
「……うわさ?」
「その話は後でじっくり。今は私の要件だけ覚えておいてほしい」

子供が首を傾げて困ったように笑うと、男は目を細めて口元を綻ばせた。

「君の名前は?」

チトセは子供の目を見ながら呼び掛けを発したが、目線の位置を合わせることはしなかった。置物を見下ろすような視線が、空間の中に違和感をもたらしている。

「あるけど、あの名前はちがう」
「どう違うの?別に名前があるの?」
「名前、いらない。あった方が、まわりの人が楽なだけ」
「なるほど。予想はしていたが、自尊心がそれなりの方向に吹っ切れている」

肩をすくめるチトセに職員が声をかけ、ふたりは別室へと誘導されていく。

「この子には両親がいないという話でしたね。それと、新生児の頃に大怪我を負っていたとか」
「はい。概ねは先程説明した通り──」

すれ違う施設の孤児達が、こちらを双眸で追っていた。外の世界から来た人間が物珍しい。表立って姿を見せない曰く付きが外に出ている。大人が難しい話をしている。
羨ましい、いずれ、いずれ自分も。夢を見ているようで、子供にとっては冷めきった話だった。

誘導役の職員が扉を開く。初めて入る応接室の中を見回していると、誰かが微かに笑う声が聞こえた。それが既に席についていたチトセのものだと、子供が気づいた次の瞬間、チトセは小さく口を開けて二の句を継ごうとしていた。

「名無しの君。少し話をしようか」
「はい」

手招きをするチトセに引き寄せられて、子供は席につく。どんな情報を提示されるのか、と耳を傾けていると、チトセはにっこりと微笑んで語った。

「君の両親は数年前に死んでいる」
「……え」

「海外の都市郊外で、2人揃って殺された。度重なる虐殺への報復行為だ。やり返しってやつだね。その時の動画がアップロードされているよ」
「りょう、しん……」
「君の両親はテロリストだった」

「な、何を」

何を言っているんです、と職員が詰め寄るのを、チトセはケラケラと笑っていなした。

「まあまあ。これを見てごらん」

チトセが操作した携帯端末に映し出されたのは、男女ふたりの姿。ふたりは目隠しをされ、猿轡を噛まされた上で地べたに座り込んでいる。その傍らに、武装した男性が数名。子供にはなんのことかわからなかったが、職員たちには薄らとこの先に待つものが理解できた。

「ひっ、と、止めなさい──これは、人が死ぬ映像でしょう!今すぐ止めなさい!」
「あの、これ見たい、です」
「え───いや、ダメなの!これはダメなの!わかる!?この人たちがこれから死んじゃうの!!」
「いや、この人たち、両親が……なにかいおうとしてます」

職員が画面を見てみれば、武装した男のひとりが2人の猿轡を外していた。そして武器を持ち直し、ふたりの頭にグイと押し付ける。同時に何か言葉を発したようであったが、子供と職員には異国の言葉、ということしか理解できなかった。

「最後に言いたいことを言え、もしくは命乞いをしろ、みたいなやつだね」

男女は武器を向けられて震えていたが、発言が許されたことでフー、フー、と口で鋭い呼吸を繰り返す。そして大きく口を開き、


『あ、ああ、同士諸君!嬉しい報告をします!!今まで隠しておりましたが、私たちには子供がいます!!』
『日本のとある孤児院の近くに捨てましたが、拾われましたでしょうか!!我々に魔女の鉄槌が降らなかった故、きっと生きているはずです!!』

画面越しの絶叫と、職員の息を呑む音が残響となって消える。
もう誰も口を出すものはいなかった。

『我々はその子が産まれた後、“大罪”の教えに沿ってその身体に魔法を施しました!!きっと功を奏するはずです!私たちは成し遂げました!!』

傍らの男が彼らの頭に銃を向けた。職員がとっさに子供の耳を覆い、頭を下げさせる。

『さあ、もう悔いなどない!撃て!撃てばいい!!そして創世の魔女との誓いが、我らと彼らを──』

乾いた発砲音と共に2人は事切れた。


「さあて……」

冷えた空気と、静寂が数秒。
チトセは身を乗り出したが、動画を止めようとはしなかった。

「も、もう……いいでしょう」
「いや。本番はここからですよ。普通の処刑であればここで終わりなんだけど、ちょっとこの動画はタチが悪くてね」
「……彼らが、この2人に何かをするんですか」
「そうですね。もっと上を行きますよ」

あるものは無言で顔を伏せ、あるものは静けさを取り戻した画面の中を呆然と見つめている。子供は目と耳を塞がれたままだが、異様な空気だけは感じ取ることができた。
やがて、画面の中で処刑人たちが動き出す。それぞれの死体の元にそっと屈み、慣れたように死体の首の根を掴んで運ぼうとした、その瞬間。

処刑人たちの身体がぐらりと崩れ、無防備に地表に転がった。

その頭からは血がとめどなく流れ、目を剥いて口を開けたまま動くことはない。よくよく見てみれば、そのこめかみには穴が空いていた。
周囲の人間たちが騒ぎ出す中、カメラはその一部始終をしっかりと捉えている。異国の言葉が絶叫と化し、同胞の死に怯え、何かを訴えてただ慌てふためいて。
喧騒の中で誰かがカメラを勢いよく蹴飛ばし、そのまま動画は終わった。

「『誰が撃った。わけが分からない。呪いだ。こいつらは何をした。悪魔の報復か──』僕が聞き取れる範囲だと、そういう事を言っている」

チトセが携帯をしまい、悠々とその脚を組む。勝ちを確信した勝負師のように、顔面蒼白となった職員たちの前で微笑んでいた。

「この動画はね、至って普通の動画サイトに公開されています。タイトルは日本語訳で“悪魔の呪い”。ひどい異教徒を捕まえたので報復する、という目的で撮ったのに、我らが同胞がよくない死に方をしたので助けてくれ、という内容になってしまったわけです」

可哀想ですね、と笑う男の表情には一縷の憐憫すら感じ取れず、周囲の職員は引きつった表情を浮かべた。チトセは子供の方を向きながら、お構いなしに話を続ける。

「ザッと調べてみたが、最初に殺された2人は日本の生まれなのは間違いない。まあ日本語話者だし当然か。
だが日本の国籍はとっくに捨てていた上、このように国の恥というべき行為をして処刑された身だ。よって公的機関が表立って動く理由はないんだけど……」

チトセは胸ポケットから1枚の封筒を取り出し、子供の方へ差し出した。子供の傍にいた職員が封筒を掠め取って開くと、そこには2枚の写真が入っていた。

「これは......」
「どういうことか、日本政府の人間がこの子の所在を把握したがっている。その情報が、僕の知り合いから僕に流れてきたわけだ」

1枚目の写真は、会議室のような場を写している。何かを紙に書いている女を、背後から俯瞰するような形で撮る構図。女が向かっている机越しに、黒いスーツ姿の男たちが数名見える。
2枚目は女が書いていたものの正体だった。そこには子供の似顔絵が描かれ、その隣に「成長後」と題して少し大人びた子供の姿が数パターンに渡って描き記されていた。

「個人のイタズラ、合成画像にしては手が込んできたでしょう。この子の親の使っていた手術室が、政府に押さえられた話もありますよ。証拠が少しグロテスクなものになりますが」
「……ちょっと待ってください。これは宗教の話ですか?言ってしまえばこの子は傷付けられただけの被害者でしょ?政府に追われるような理由があるんですか」

子供の目と耳を塞いでいた職員が問うと、チトセは表情を険しくした。

「正しい理由は分からない。だが事実として追ってきています。
僕の知り合いは、政府直属の研究施設で所長を務めていてね。そいつが僕に情報を流してきたんです」
「何故、政府がそこまでして……」
「そこは何となく理解できるでしょう。撃たれた側が死んだ後、撃った側を撃ち殺す──それがどういうカラクリか、お偉いさん方は知りたくなった。
そしておあつらえ向きに、生き残りが一人いる。しかも動画の2人に『成し遂げた、悔いはない』と言わしめた傑作がね」

職員たちの視線は子供に向いた。その傑作というのが誰なのか、彼らには薄らと理解できていた。

「なあ君。僕は見ての通り物知りだ。親御さんたちが何故君を野に放したのか、何故生殖の器官を絶ったのか──見当はつく。司法が役に立たないのなら、僕のところならアテがある」
「わたしは、どうすればいいの」
「迷うことはない。生きるために、学ぶために。うちにおいで」

子供はうつむいて考えたが、大人にとっては流れの急転が過ぎた。

「……今日はどうかお引き取りを。我々は、あなたがそのような話をすると思って通しておりませんでしたので……」
「そうだね、急に話を進めすぎたな。決めるのはこの子だ。まだ答えは出ないかい?」
「………………」
「わかった。今日はこれで帰るとしよう」

席を立とうとするチトセを見て、子供がおずおずと手を挙げた。

「あのう……」
「どうした?」
「わたしは死ぬの?」
「『何言ってるのかわからない』とは言わないんだな。理解力があって嬉しいし、悲しいね」
「……わかんない」
「うふふ。急に子供らしくなった」

立ち上がったチトセは子供を相も変わらず置物のように見下ろしたが、その瞳には確かな決意があった。目の前の人間の決断を尊重する、という意思だった。

「政府が君をどう扱うかはわからない。とても丁重に扱ってくれるかもしれないが……僕はできる限り君をのびのびと育ててやりたい。どちらを選ぶかは君次第だよ」

子供をたくさんの眼が見ている。ここにはいたくないと叫び出しそうなほどに居心地が悪くて、子供は無意識に服の袖を掴んでいた。
淀んだ空気の中で、チトセの冷えた鋭い目が、子供の本質を見極めるように鈍く光っていた。

***

数日後の夜。
子供は少ない小遣いを持って公衆電話のボックスに入り、そっと受話器を握ってチトセに繋がるのを待っていた。誰も彼も寝静まる闇の中だったが、子供にとっては心休まる時間だった。

『──もしもし?』
「もしもし。あの、わたしです」
『なるほど、施設の君だな。施設の外からかけてくるとは予想外だ。隣に監視役の職員さんはいるかい?』
「ひとりです。聞きたいことがあって」
『ほう、やるじゃないか。質問をどうぞ』
「あなたは、どうしてわたしを助けるの」

ああ、やっぱりそれを聞くか、とチトセは笑う。子供は無言で返答を待ち、寒さを凌ぐように眼をきつく瞑る。

『あはは、ごめんな。正直なことを言うと、君を利用したいんだ』

目は開かず、暗闇でその言葉を反芻した。そういうことを言うのだろう、という予感はあった。嫌な信頼関係ではあるが、言葉を受け止める覚悟は既に芽生えている。

『部屋を独りで抜け出してきた、君の勇気に報いるよ。包み隠さず話そう。
施設では言わなかったけど、君は政府の連中から“ラスト”と呼ばれているらしい』
「……ラスト。最後」
『発音は近いが違うね。Lust、という別の言葉だ。意味は色欲、あるいは欲望──と言えば伝わるだろうか』
「欲望なら、なんとなく、わかります」

『良い意味と悪い意味、どちらに思える?』
「……悪い意味」

受話器の向こうでふふ、という笑い声が聞こえたが、子供の気持ちはどこか凪いでいた。
何となく、自分が害悪であることはわかっていた。生まれついてそうであるという事実は、既に頭の中にインプットされている。

だから子供にとって、死ぬことは恐怖ではない。だけどそれは、生きる喜びを理解できていないからだと自覚している。
これからの人生の長短は、相手が何をしたいのかで決まるのだ。何も分からない子供にとっては、自分のゆく道を決めて貰うことこそが最善だった。

『君の親御さんたちは、君に“大罪に沿って魔法を施した”と言った。それが本当なら、君に仕事を任せたいと思ったんだ』
「どんな、仕事ですか」

子供は問う。イサキチトセと名乗った男は、何を求めているのか。
──子供ははじまりから呪われていた。
自分の人生がどうなろうと、自分を導こうとする存在が目の前にあるのなら、それに応えてもいいと思ったのだ。

『君に、僕の大切な人を守ってほしい。
君に施された魔法──言わば能力は、“愛したもの以外を殺す力”だから』

そうして、イサキチトセもまた応えた。
寒く暗い場所で交わした言葉が、子供の運命をゆっくりと縫い合わせていくようだった。

***

「おーい、こっちこっち。今日から家族だね!」

初めての来訪からそう経たないうちに、子供はチトセの家に入ることを決めた。職員に挨拶を済ませた子供は、ロビーの中で大袈裟に手を振るチトセを見やる。
その傍らには、彼の家族がいた。

1人は、父親としっかり手を繋いだ女の子。
1人は、車椅子に腰掛けた淑やかな雰囲気の女性。

「パパ、みなさんに自己紹介していい、かな」
「ツヅルの好きなタイミングでいいとも」

先に言葉を発したのは、車椅子の女性の方だった。その声はか細く、健康体ではないことを周囲に悟らせるには十分だった。

「えっと、わたし、イサキツヅルといいます。紙を綴る、のツヅル。このお家のママにあたります。生まれつき目の病気で、何も見えないのだけど、あなたが新しくお家に来る子ですか?」
「は、はい」
「うれしいわ。よろしくお願いします」

ツヅルは子供に向けて微笑んだ。細められたその瞳は青く透き通っているが、焦点は合っていない。目が見えないというのは本当なのだろう、と察し、子供は下手に見つめることをやめた。

──そうして、小さい女の子に視線を移す。彼女は健康体らしく、互いの目はしっかりと合った。
少女の穢れを知らない青い眼が、ひどく子供の目を引いて、彼女はそれに微笑んで応えた。

「よし、駐車場まで行こうか。僕とお母さんはゆっくり行くから、チヅルはこの子を連れて先に向かっててくれ。車のキーも預けよう」

道すがら2人で親睦を深めろ、という裏の意味が何となく察せられた。チトセは娘にキーを差し出し、チヅルは両手でそれを受け取った。

「いこう。駐車場のちかくに自販機とベンチがある。喉が渇いてるだろう、そんな顔だ」

チヅルが子供に向き直り、手を差し出す。
その手を掴むと、チヅルはスタスタと歩を進めだした。子供は後ろの2人を見遣りながら少女に連れられていった。

やがて2人は小さい空き地のような場所に辿り着いた。チヅルの言う通り自販機と小さいベンチがあり、先客はいない。あまり知られていない憩いの場、という雰囲気だった。
チヅルに「なにを買う」と聞かれ、子供は1番安い水を指す。しかしそのチヅルに「遠慮をするな」と一蹴され、自販機から落ちてきたのは柑橘類のジュースだった。
──そちらこそ遠慮をしてるのでは、と子供は困惑したが、チヅルは真顔のままでボトルを差し出している。子供も急いで居住まいを正し、ありがとうと告げてそれを受け取った。

「名前の無いきみ」
「……うん」
「わたしはイサキチヅル。千羽鶴、から羽の字を抜いて、千鶴チヅルだ」
「千鶴……」
「ええと、どういえばいいのか……私はきみが好きだ」
「え?」
「いや、ちがう!そういう話をしたいのではない」
「……え?」

なんだそれは。
ずいぶんと勘違いを誘発する物言いだった。父親と対照的、と言い切れるほどに彼女は口下手で、ええとええとと繰り返しながら手混ぜをしている。

「ええと……す、好きというのは、きみに興味があるんだ。そういうことだ」
「そうなの?」
「うん。その、いつでもいいから。きみも私に興味を持ってくれると、いい。……ジュースを買ったのはきみに好かれたいからだ。お父さんとお母さんがそうすると良いと言っていた」
「そ、そっか……」

何も聞いていないのに千鶴が洗いざらいの魂胆を話しそうになってきたため、子供はとりあえず座ろうかと切り出した。

「あの、どうしてわたしのことが好きなの?」
「私はきょうだいが居ない。それに、いろいろあって家族が周りより少ない」
「お父さんとお母さんはいるのに?」
「おじいさまやおばあさまが居ないんだ。お家騒動、ゴタゴタがあって家を出てきたらしい」
「よくわからないけど、そうなんだ」
「いろいろあって寂しいということだ。
だから、きみに会えて嬉しい」

彼女が紡いだのは、打算のなくまっすぐな言葉ばかりだった。
身の上話を語り終えた後、そうだ乾杯をしなくては、と千鶴は気恥ずかしそうにしながら、ボトルを掲げた。そのまま乾杯をして、子供は両手でボトルを口に運ぶ少女の横顔を覗き見る。
ふわりとした黒髪も、透き通った青い瞳も、小さくかわいらしい顔立ちも、たどたどしく嘘のない言葉も。
子供は教育の末端すら知らないというのに、目の前の少女の存在が、ぼんやりと愛おしく思えた。──自分もあなたが好きだ、とこぼしてしまいたくなる。

「わたしのことは、なにも聞いてない?」

子供がチヅルに問いかけると、彼女はゆっくりと頷いて、視線を子供の脚の方に向けた。

「聞いた……」
「そっか」
「詳しいことまではまだ理解できない。だけど、きみのご両親はひどいやつだと思う。大人のくせに、きみのことを勝手な理由で捨てたんだから……。きみは親のことを嫌いになったか?」
「うん。たぶん、嫌い」
「そうか。私もああいう奴は嫌いだ」

それから少し無言の時間が続いたが、千鶴は何かを言いたげに子供に視線を向ける。子供が見返したその眼には、仄かに決意の火が宿っていた。

「どうしたの?」
「いや。きみが嫌でなければでいいんだが……私たちがもう少し大きくなったら、きみのルーツを探らないか」
「ルーツ……」
「はじまり、という意味だ。きみが昔のことを忘れたいなら、別にいいんだ。私がモヤモヤするだけなんだ……。あんまりにきみにひどい仕打ちをするから、その理由を知りたかった」
「…………はじまり、か」

そうか。
ああ、知らされていないのか。
子供の頭が急激に冷えた。自分がよくないものであることを、目の前の彼女は知らず、それなのに探ろうとしている。それは困る、と言いたくて、子供は眉をひそめた。

「あ……ほんとに、嫌ならいいんだ。私が気になるだけなんだ……こういうふうに、知りたがりで、すぐ嫌われる……」

子供の表情を見て、少女は申し訳なさそうに顔を背ける。つらいだろう、もう聞かないよ、とやさしい声で子供に語りかけて、ぱたりと会話はやんだ。



おまえがいい、と子供の本能が呟いた。

「じょうだん!」
「……うわ!」

子供は千鶴に思い切り抱きつき、千鶴はドキリとした顔でベンチに倒れ込む。

「いいよ。まだわたしのことを知るのはこわいけど、あなたと一緒にいたい。わたしも、あなたに会えてうれしい!」

犬のように頬と頬をすりつけ、愛らしく子供が微笑んでみせれば、少女の表情もふわりと緩んだ。許してくれるのか、よかった、と言いながら子供の頭を優しい手つきで撫でる。

「はは、ずいぶんと元気な子だったんだな、きみは。ここから長いつきあいになる。いい家族になろう」
「うふふ。かぞくって、しあわせなことなんだね。きみの中では」
「そうだな。家族というものは、しあわせだ」


知らないことは幸せなことだよ、と子供はうっそりと笑った。
ひどく据わった眼で、締め付けるように柔らかい体を抱く。知られたくなくて、この人を愛してこの人に愛されたくて、只々冷えた欲望が首をもたげている。

悪魔は輝きを捕まえた。未だ子供が知らないはずの情欲が、激情にすげ変わっていく感覚があった。

***


全ては懐かしき日のこと。

きみの背に正義を見ている。
正しくて愛おしいきみを追っている。
あの日からずっと自分の心臓がうるさくて、目が血走って。
生殖の器官を絶たれた理由が、分からない癖に解ってしまって吐き気がした。きみを欺瞞と欲のままに侵したいと、色欲ラストが甲高く笑っていた。
それら全てを、憧れの2文字で誤魔化しながら歩き続ける。

せめてきみだけは、いや、きみだけが、シンザワサソリを理解しないことを祈っている。
きみ以外にどう思われてもいいんだよ。何も知らない、優しいせいで嘘に気づけないきみが好きなだけなんだ。

だってさあ、様々なゴミを踏み付けにして、血塗れできみを追う化け物など、きみが愛してくれるわけがないだろ。

孤児院を出てから、私欲のために人を殺したよ。かつて両親がそうしたように。
でもいいんだ、何も思わなくていい。知らなくていい。どうか最期まで、隣にいる相棒の本質を知らないままでいて。


そうして望みが叶うまでは、この身の呪いが晴れることはなく。
害虫サソリは全ての外敵を刺し殺すだろう。


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