ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き]
日時: 2025/05/05 15:06
名前: 利府(リフ) (ID: nQJeJTyC)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3095

>>73 本編の内容変更についてのお知らせがあります。


※こちらのページは「ぼくらときみのさいしゅうせんそう」のネタバレをモロに含みます。本編を一読していただいたあとに楽しめるお話が多めです......。

ここは利府が現在執筆中の「ぼくらときみのさいしゅうせんそう」に関する
自分の呟き、または短編を放置している場所です。


・ほのぼのとしただけの話は現在地点では皆無です

・文才がない人間が書いております

・スカッとした気持ちで帰れる小説はありません。モヤモヤです

・内容はそれなりにブラックです(当社比)

・呟きには私事が絡む事があります

・絶賛中二病です



文を一度読んで不快感を感じた方はすぐにブラウザバックをお願いします。

この話すごいねー!とかこの話意味わかんねーな!豆腐の角に頭ぶつけてしんでしまえ!
みたいな意見を頂ければ幸いです。どうぞお気軽によろしくお願いします。
自分が出来る限りの改善は施していこうと思います。




以上の事が受け入れられる方のみ...どうぞ......(土下座)



※この記事は小説大会に参加しません
 本編(ぼくらときみのさいしゅうせんそう)のみで参加したいと思います




目次(一部の話はできるだけ本編読了後をお勧めします、上のリンクが本編です)







軍人のこと(???の話) >>7 >>21
「夜空を取ってきてくれよ」


鳥を崇めよう(トヤマとその友の話) >>10 >>16 >>28 >>46

>>35 >>84(本編読了後お勧め)
「なぁ、ハルミ。楽しいな」

純に程遠し(愛でもなんでもない話) >>94


遺体(ヘルと???) >>8 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>30 >>32 >>52
「まだそんな顔が出来るのですか」


容姿端麗の探偵とテロ(イサキとシンザワ) >>39 >>40 >>47 >>57
「イサキは、全部綺麗だよな」


笑い話(皆の話) >>9 >>18 >>24 >>29 >>53 >>58 >>70 >>72
「道が分かれるとしても、結局は終わりは一つかなって思って。というわけでコミケ行きたい」


正体不明(未開示) >>100



設定など >>6 >>17 >>19 >>26 >>41 >>42 >>55 >>79



「ぼくらときみのさいしゅうせんそう」のヒント(本編読了後だと分かりやすいです)>>1 >>45 >>62


利府さんがぼそぼそしゃべるとこ >>2 >>3 >>4 >>5 >>36 >>43 >>44 >>48 >>49 >>51 >>54
>>59 >>60 >>63 >>66 >>68 >>76 >>77 >>83 >>85

>>90(深夜テンションです。仁丹を投げないでくださいホント。反省してるんです)


———————————————————————————————————————————


戦争に関わらない2つのお話



霧森という男(幽霊と不憫な人間の話) >>20 >>25 >>27 >>31 >>50 >>56 >>69 >>95 >>98
「俺がおまえにかけられた願の代わりになってやる」


彼と彼女(幻と花の話) >>33 >>34
「何よりも美しいものなんて、人それぞれに分け与えられているのよ」


陰陽の夢(ネガポジの話) >>101


ざれごと >>97



———————————————————————————————————————————

戦争に触れかける話
(ドラクエ9のネタを使用しています!苦手な方はご注意ください)


守り人(黒い天使の話)>>37 >>38
「この羽はあなたのためのものなの!」


——————————————————————————————————————————


コメント有難く頂戴します!またのお越しをお待ちしております!

>>86(Tomoyamiさん)

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.97 )
日時: 2017/07/31 14:32
名前: 利府(リフ) (ID: SfeMjSqR)

怖いのかなんなのかよくわかんないやつ。いろいろとすまんね!
名前はてけとうにきめました。なんでも許せる人向け。

────────────────────────────────────



確かに風呂場では私が死んでいる。ちょうど、部屋着を着た。


スギハラはその日何度も目をこすったし、スギハラの上げた声に反応して様子を見に来た母親が浴槽を見て首を傾げたことも確認した。もちろん母親はいつもの母親で、びっくりさせないでよと言って、その後に今から外に買い物に行ってくるという旨のことを続けた。スギハラは頷いて、玄関までついて行き母親の姿まで見送った。
そのあと居間までスギハラは走り、自分の部屋着が朝と同じ場所に放置されていることを確認して、もっとわけがわからなくなって、少し笑ってしまった。

それから、スギハラは制服を脱がずにいた。手も洗わずに風呂場のタイルで体操座りをしていた。そこも決して清潔というわけじゃなくて、昨日の清潔が人の垢で汚されたあとの浴室だった。冷めきった湯もまだなくなっていないが、きっと数時間すれば自分か母親が風呂の栓を抜いてしまうだろう。だけど、これが居なくなるという保証はまったくなかった。
だから、この幻覚を、スギハラは疎ましく思った。
今日はせっかく嬉しいことがあったのに。なんでこんなものが見えるんだろう。思わずため息をついた。目の前の何かはなにも言わなかった。

何でもありのこのご時世だが、流石に目の前にあるものはテレビ番組のドッキリにしては悪趣味が過ぎた。
スギハラの目の前で垢に塗れた水が揺れた。その水に首から下の体をすべて入れて、顔をつけて、呼吸のできない体勢でいかれた自分は座っている。
呼吸をしている証拠になる泡は浮かばず、代わりに髪の毛が自分の周囲にゆらゆらと漂っている。そうして1本が首元に触れる。それでも自分は振り払おうとしない。呼吸をしていないのだから当たり前だった。

だけど、目の前で死んでいるのが自分だと認めたら、今ここで生きているスギハラは何なのか分からなくなるので、スギハラは「こいつは死んでいる」という結論を叩き壊すことにした。

スギハラは言葉の棘を刺した。
「気持ち悪い」

単純だったが、削れる心は数多ある言葉だ。でもそれがスギハラの心境だったし、

─そして実際にそれは生きていたのであった。


「気持ち悪いのはあなたもだよ」

売り言葉に買い言葉で片付く応答ではなかった。スギハラは目をこすることすら忘れた。ただぱっかりと開いたままであった。その代わりに、自分の耳を疑った。

その声は溺れたようで、されど鮮明だった。水に浸かった顔に口があるかどうかは分からなかったが、水の中から語りかけているような声を確かにスギハラは聞いた。

「私リフ。あなたの中から逃げてきたの」

スギハラの口から、はは、と乾いた笑いが出た。
リフと名乗った死体は顔を浸けたままだった。スギハラはもっと笑ってしまった。笑いが止まりそうになかった。母親がいたら多少抑えはきいただろうが、今はそのストッパーすらいない。


リフとはSNSに存在するアカウントの名前だ。
それを操作するスギハラは物静かで人畜無害、言い換えればいる必要の無い生きものだった。
だがスギハラはそんな自分が周りのクラスメイトより早く大人になれる気がした。頭の悪そうな言葉を吐かず、何かを悟ったようでいれば、きっとそのまま大人の階段にひと足早くたどり着けるのだと。
そして確かに大人になれた気がした。少なくとも現実で足りない分の知能はSNSで養った。人と仲良くもなった。それで良いと思った。

だが、スギハラ、いやリフなのか。スギハラかもしれないが。
彼女は持ち合わせたことがなかった“執着”を現実の世界で持った。

それは、自分とそっくりだというのにもっと大人で、人からも好かれる人間、同学年の少女への執着である。
それはまさに最高のステータスで、同時に彼女と難しい交流を交わせば自分の完璧さが高まるのだと、少なくともスギハラはそう思っていた。

「でも結局きみの執着はそれでは収まらなかった。だから私がここに出てきてしまった」

リフはスギハラの思考を読んだかのように、そう言った。


「その執着には愛が混ざっているし、要するに一歩間違えたら歪みに化す感情なの」

垢まみれの浴槽の中で漂うのは、髪の毛をも含めて、悪意のようだった。スギハラは少し腹が立った。立ち上がって、リフのいる浴槽に向かって一歩歩いた。

「私があの人のことが好きだっていうの?バカバカしいよ」

スギハラは微笑んだ。嘲りにも似た表情で、ネットの深層、独り言のように喋る自分のようなリフを見て嗤った。

スギハラはスマホを取り出した。それでLINEを見た。

『ごめんなさい』

耳に届く電話よりも質の悪い、ぎらつく液晶で、アイコンはスギハラにそんな断りを告げていた。

スギハラは一頻り笑って立ち上がった。億劫そうに歩いて、台所から嫌な音を立ててスマホの液晶よりも輝く包丁を持ってきた。ぺたぺたと裸足で歩いても、リフは顔を上げなかったし、饒舌になるわけでもなかったし。
ただ、確定する事実があるとすれば、もうリフはスギハラを気にしてなどいなかった。

スギハラは元から水面上に晒されているリフの後頭部に包丁を突き刺した。研がれた包丁は、女々しくもなんともない髪型の中へさくりと入った。肉を刺した感触がなくてもう1度刺した。死んでいないと思った。もう1度刺した。おそらくリフの頭には三つほど傷が入っただろう。そして透明な水に血が滲んだ。
少しリフの体が上に浮かんで、それから頭というより背が徐々に浮かんできた。組んでいた手はするりと離れて、呆気なく水面に現れた。足は真っ直ぐになろうとしたが、狭い浴槽に引っかかって阻まれた。最後にその瞳がぎらりとこちらを睨みつけた気がしたのでもう1度刺そうとしたが、その前にリフはぴくりとも動かなくなった。

スギハラは包丁を落とした。かたかたと歯が触れ合って嫌な音を立てた。今自分が殺したのはリフではなく自分の冷静さじゃないかと思っていた。寒気がしたので包丁を触りたくないと思った。悪人の殺意の象徴というよりもう呪いの道具だ、これは。

LINEに通知が届いた。

『私は友達としてのあなたが好きです』

それを見てスギハラはふう、とひと息をついた。
でも全く冷静さを取り戻したわけではなかったし、包丁を元の鞘に直そうということを考え始めるわけでもなかった。

「ありがとう」

そう送り返してスギハラはスマホの電源を切った。

スギハラが浴槽の前にしゃがんでみると、真っ赤になった浴槽と、そこに混ざった髪の毛やリフの死骸から生ゴミのようなにおいがした。そのまま自分の指を水に触れさせるだけで吐きそうだったし、実際腕まで浸かったところで吐いた。嘔吐物を水に溶け込ませるために無意識にかき混ぜようとした。そんな自分がただひたすら気持ち悪くて胃液まで吐き出した。息も絶え絶えになって、それでやっと風呂の栓を抜いた。

ずごっと気味の悪すぎる音がした。水位が下がっていくと同時にリフの身体も溶けるのを目にして、スギハラはとち狂ったようにけたけた笑った。髪の毛もリフもこのままなくなるのが嬉しくて仕方なかった。笑いが止まらなくて、逆に浴槽の中を眺めるのが楽しくて仕方なかった。ざまあみろ私の勝ちだ、私は正しいことをした、おまえなんかと同じ思考を持ってるだなんて認めるか。
スギハラは脳内ではしゃぎにはしゃいで、しばらくお花畑にいた。

そのしばらくが終わって、穴から聞こえるずこずことおぞましい何もかも吸う音が途絶えて、スギハラはふと無心になって浴槽を見下げた。
溶けなかった嘔吐物が残っていたのでまた吐いた。
浴槽の中を洗い流して穴に落とすと、穴の奥から「おぎゃあ」というリフの声が聞こえた気がしたので、いろんな症状がスギハラに溢れ出て、気持ち悪くて意識を落としかけた。



包丁を直して制服から部屋着に着替えて、いつもの顔で居間にいると、しばらくしてたぶん母親が帰ってくる。父親も仕事から帰ってくる。たった1人のために使うLINEには、文面がおっとりしていて安心するひとからの言葉がこれからも届く。届かなくても、自分からどうでもいいことを問いかければなんらかの答えが返ってくる。
それで幸せだとスギハラは思った。そのままでいいと次に浴槽に向かう時まで思っていた。


見る度浴槽では相変わらず自分が死んでいた。


リフは刺すまで黙らなかった。
やがてスギハラは浴槽の中に入らなくなった。
浴槽に残る髪の毛の量が減ったので母親が嬉しそうにしていたが、そんなのどうでもよかったのでとにかくリフを洗い流すために風呂掃除を受け持った。

「あなたは彼女にどうしてその感情を信じてもらえなかったんだろうね」
そう問うたリフがまた死んで、スギハラが栓を抜くと、この穴の底にあるかもしれない地獄か配管かよく分からないところからおぎゃあという声が出る。

スギハラさんってえらい。スギハラさんはやさしいね。スギハラさんだいじょうぶ、髪の毛ぼさぼさになってるよ。なにかあったら私に相談してほしいな。

学校で彼女にそう言われるたびに嬉しくなるが、相反的に浴槽のことを思い出す。バスルームでの告白を皮切りに変わらなくなった関係に最初のうちは嬉し泣きしたが、その次の次の次ぐらいには心境が変わってしまったのか自分の愚かさを実感するだけになっていた。なので帰ったらリフを殺すことにした。もう話すら聞かないことにした。耳に届くのは正直いってひとつの着信音、目に映るのは彼女の言葉で十分だった。
そうした生活のあと、結局スギハラは何かを殺すことの重みに耐えられなくなって、学校に行かなくなった。


『スギハラさん』

『今度あなたの家に遊びに行きたいな』


スギハラは目に見えて喜んだ。久々に学校に行って彼女に直に会いたいと言い出すぐらいに喜んだ。母親からその身なりじゃだめよ、と言われても行こうとしたが、彼女から「学校が終わってからあなたの家に行くね」という言葉が届いてからやっと今日は家に居ると母親に言った。

こんな姿ではだめだと思ったので、母親の香水でにおいをなくして、ぼさぼさの髪をくしで何度も何度も念入りにといた。鏡を見ていると、自分が彼女にほんの少し釣り合う姿になった気がした。


「スギハラさん、いますか」

すぐに出迎えると彼女は静かに微笑んで「元気そうでよかった」と返してくれた。スギハラはにっこりと笑った。まだ表情筋が動くのがおぞましかったが、それはそれで都合がいいと思った。


「スギハラさん髪伸びたね。洗う時大変でしょう」

スギハラに比べて彼女の髪はあまり長くないのに、自分の気遣いをしてくれるなんてどれだけうれしい事か。スギハラは壊れた機械のようにけたけた笑っていた。

「そういえば、スギハラさんの家に繋がってるパイプの配管、ちょっとだけ壊れちゃってるのね。なにか詰まって壊れてるみたいな感じだったわ」

笑い袋はその一言で壊れた。
多分彼女は壁を伝う配管を見てそう言ったのだ。
スギハラが歯を震わせた状態で「そうなの?私今から見に行ってみるよ」と言うにしても、それは通じないだろうし彼女にとっては恐怖としかならない。だってまるで、人殺しをしてるみたいに思われるじゃないか。
なので泣きそうになりながら一緒に見に来てと懇願してしまった。スギハラの一生の後悔になるだろうそれを彼女はにこにこ笑ってあっさりと承認した。ほんとに彼女は何も知らないのだと思って安心して、思わず子供っぽくていやらしい笑い声が出かけてしまった。

外に出て目当ての配管のある場所を教えてもらった。
ちょうどそこはバスルームに繋がっている配管だった。吐きそうになりながら歩いた。そしてそこにたどり着くと、何かが詰まったような膨らみとひび割れたつなぎ目があった。

「スギハラさんどうしたの?」
「う、うん、久々に外に出たから体調悪くなったみたいで」
「大丈夫...?」
「大丈夫だよ。ちょっと調べてみよう」

そうね、と言って彼女はしゃがみ、ひび割れから配管の中を覗き見ようとした。
スギハラは冷や汗をだらだらと流した。膨らみなんてあるはずがなかった。だってあそこでみんな溶けたはずだった。刺したら溶ける。水に溶けて気持ち悪いだけのものになって終わる。スギハラはそうリフを認識したかった。だがそう上手くは行かないらしい。もし、彼女が、配管の中身に、何かを見つけてしまったら、どうすればいいのだろう?あの場で隠滅した証拠が、ここでもがいていたら、一体どうすればいいのだろう?

彼女がぐっと目を近づけた。

.........

しばらくしてすっ、と放された目線は、すぐにこっちに向かってきた。彼女はスギハラを見てにっこりと笑った。

「なあんだ。拍子抜けしちゃった、これってただ膨らんでいるだけね。もしかしてここに引っかかってたものが最近流されてなくなっただけかしら」


そ、そう、かもね、とスギハラは息も絶え絶えになりながら言った。その息切れには拍子抜けのひの時もなかった。ただ安心と残留し続ける恐怖だけがあった。
彼女はスギハラさん怖がりすぎよ、と言った。にっこり笑った彼女の顔がもっとスギハラの涙腺を壊しにかかってきて、スギハラは叫びそうになったが、笑い泣きの範囲でなんとかおさえた。

「スギハラさん、戻りましょ。わたしが変な勘違いしちゃったせいで、ごめんね」

いいよ、大丈夫、問題ないよ、全部の語彙がまぜこぜになって、結局スギハラは頷くことしかできなかった。

「でもその前に、私もこの配管の中見ていいかな......」
「大丈夫だと思うよ。何もなかったから」

スギハラはそう言って、しゃがんでから配管の中を覗き見ようとする。スギハラはその時目に滲んだ涙を拭わないまま、膨らんだ配管の中を見た。


涙で滲んだ視界は、はっきりと配管の中にぎゅう詰めになった眼球たちを認識した。
スギハラは地獄を見たような顔をした。小さく悲鳴を上げた。だが、眼球はスギハラを認識しようとしなかった。
その目線はずーっと後ろにいる彼女に向いていた。もしこの目玉たちに顔の皮が未だあれば、かれらはみんな笑顔だったのかもしれない。

配管から目を離したスギハラは息がうまく吸えなくなって、必死にかれらのように笑顔を作ろうとして、その分涙も垂れ流しながら彼女の方を振り向いた。

「ほらスギハラさん、何もなかったでしょ。怖がる必要なんてなかったのよ、安心して泣けてきちゃったの?」
彼女の喜を含んだ声がなによりも嬉しくて、だけど怖くて、スギハラは変な息の吸い方をした。彼女は背中をさすってあげましょうと言い、そのままスギハラの背中を優しい手つきで撫でた。

スギハラは微睡むには程遠い意識の薄れ方をして、その途中で頭の中におぞましい事実を並べた。

あいつはいつか生まれ落ちようとしている。
あの配管を食い破って、穴を空けて、そこから生まれようとしている。おぎゃあという声を上げて。浴槽という母胎から出て、母親を認識するために。
浴槽で溶けたリフの身体の中で、あの目玉たちだけは、溶けずに残って、産道に穴を空けるための塊になった。
そしてスギハラがリフを殺し続けた暁にはいつか、あの配管からおぞましい異形がうまれてくるのだろう。

彼女の手に微量すぎる安らぎを覚えながら、スギハラはバスルームの窓を見た。



窓にはリフがいた。
浴槽の淵を使って立ち、自分の背中を撫でる彼女に向かって手を振っていた。
満面の笑みを浮かべて。




──────────────────────────────────────




おはよう
(配管の中の子ども)

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.98 )
日時: 2017/08/11 14:03
名前: 利府(リフ) (ID: SfeMjSqR)

ブログに置いてた小説の下書きそのまんまもってきた
霧森シリーズの続きの話の下書きです。後から多分書き足すね 多分

********



アタシはお祭りごとが好きだった。みんなよく騒ぐじゃない。アタシがひとりきりで閉じ込められていたおうちの中にも響いてくるのよ、世界は今幸せなんだって言い張るようにみんな騒がしくしてるのが。人の起こす祭りは、アタシにとって世の中のダークサイドを殺してくれるものになっていたの。発祥が何であろうと、アノ人たちは祭りの日には何か特別な信念を持つじゃない。世界平和。いまこそわたれわたり鳥。Japaneseも旗を振って何かをお祝いするのかなあ。なんのためにだろう。なにかが発展したり、なにかがなにかを奉れと言ってもいないのに騒がしくすることが好きなのね。

アタシだって静かな森より騒がしいストリートが好きよ。

先述したとおりアタシはひとり寂しく家に篭っている人間だったから、外で騒がしいことをしているみんなが好きだったの。たとえ人の死であろうと良い、祭りの肴っておもしろいって思えた。



だけど、自分のせいで祭りが始まったらなんかなあ、って思っちゃった。これってエゴなのかな。



私がお父さんに連れ出されてみたパレード。輝かしいお祭り。マリーの部屋の住人が初めて見た色。飛び交うヘリウムのかたまりと着色剤。走るクイーン。槍を担ぐキング。あわてず、ゆっくりともなさらず行進するおもちゃ兵。アタシたちが民衆になることの素晴らしさ。ああ、アタシは家という籠と車椅子なる不用品たるものを壊した。カラフルで素晴らしい世界へ躍り出た。



道路の中心に向かって走り出す。その先には小さい子ども兵が小さい槍を抱えていた。真っ白な肌。まるで昨日会った、クールなアノ人みたい。

あのかぶとは鉄かしら。鉄の匂いはしないのかしら。アノ人が白いパーカーに付けた液体からした、ツンとくる匂いはしないのかしら。

そう思って近付こうとした。

周りから悲鳴が上がった気がした。やめて、いけない、よけて、おじょうさん、そっちへいかないで。



腹に何かが食いこんだ。



祭りのくせに、どうして。

降ってくる怒鳴り声も、キングの槍も、パレードの終わりを予感させた。

キングが心臓発作を起こして。

女の子がキングの落とした槍に当たって腹をえぐられた。

誰かの声が聞こえた。

自分の腹から鉄の匂いがする。

地面に槍が突き刺さっているから、身動きすると腹の中を貫いた棒が蠢く感覚がして、激痛が走る。

なにもできない。

ねえ、これは包帯じゃ治らないの、お母さん。お母さんどうして真っ青な顔だけしてるの。お父さんなんで舌打ちしてるの。こわいじゃない、やめてよ。おまつりらしくない。



もしかして、2人とも、私の命は舌打ちですむものだと思ってるの?



目の前すら、見る気力が一瞬で失せた気がした。こんな光景など見ずに死ぬことが一番楽に思えて、だけどお祭りは終わりまで見ていたくて。あれ、死ぬということはどこから分かっていたのだろう。わからないけれど。

地面に垂れるものが風船よりも鮮やかで、赤い。あれ、血って赤いものだったのかな。じゃあ、アノ人がつけていた、パーカーの黒い模様は?お母さんが、ぺいんぺいんごーあうぇい、で付けた、アタシの指に巻いた包帯の下に付いていた黒い染みは?



ああそうか。アノ人は。

人殺しだったんじゃないのか。

アタシの神様は人殺しだったんじゃないのか。

最後に得た希望としての宗教は、狂っていたんじゃないのか。

アタシは笑った。



あなたのかみさまうそのかみさまよ。

いいや。



アタシだけのかみさまにさせてよ。

死は眠りであると言ったあの神様が。あの狂った人殺しの罪人が。

今の際だけでもいいから、彼を救いに死なせてほしいの。



頭の中に「Go to sleep」の文字がよぎる。



指を重ねた。祈りの形のまま死ぬことにした。聖女のようになれるように。



そう、アタシの神は彼だけでいい。



あの日から、彼の信徒はアタシだけでいい。



理解されなくたっていいのだ。

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.99 )
日時: 2018/07/16 04:08
名前: 利府(リフ) (ID: t1R/VCth)

おそろしく久々です。
歌は迷宮の現代編です。久々に書かせていただいたところ、シリアスギャグ入り乱れ乱舞and乱舞です。読めたもんなのかこれ!ちったあ成長しろや!


私は彼に出会って、それから少しだけ、この世の中で見てきた理屈がまったく通らない──そんな存在に思いを馳せた。

先ほどこのビルの下にいた人々が何を見たのかと言えば、...簡単に言ったとしても多分、人生を楽しみ、寿命を全うする気満々なタイプの人類にはシンプルな形では受け取られない。
逆に、現実逃避がお得意な。つまり漫画やアニメを見る人々にとっては、おぞましくありつつも親近感を少し持てるかもしれない。そして、私は後者だと思う。それも典型的な。
しかもそれの原因を突き止めに行くなんて、そんな人間は自分ぐらいしかいなかったんじゃないだろうか。だからここに自分が立たされているのだろう。

さて、この超常現象を簡単に説明するなら、
『ビルの中にいたはずの人間が数名窓から飛び出したと思ったら、頭か腹か心臓あたりを血濡れた何かに貫かれて血をどばどば垂らしており(ぐちゃぐちゃで刺された部分の見当はつかない)、見るに耐えない様を晒し、その上貫かれた死体がビルの屋上に集められ、ずるりという音を立てて下ろされる』光景が見えた、という言葉になる。

それに付け加えて──屋上に、死体を食べるためと思しき口が見えたのは私の見間違いだろうか?
そう思ったし、実際周りからも「口が」「食べられる......」という声が聞こえた。

まったく、私の周囲は怪異ばかりだ。
ある時、住処にしていたアパートに何人かの警察官がやってきた日だったか。あの時、私の歌に指摘をくれた人がいる。その後彼女がその場に倒れたから、私は介抱をしてあげたのだった。自分の生態もそろそろ怪異に近くなってきたが、人間らしいことはしているのだし、まあ誰も指摘することはないだろうが。

「ここで死んでいた人みたいに、私を殺すのか?」
「そう一筋縄で行けばよかったんですが。真綿で首を絞めたってあんたは死なないはずなので」

彼は真っ赤になった自分の服も、背後に潜むおぞましい異形も特に気にしないで、ただ私だけを一心に見つめている。その視線も、人を殺すにしては足りない鋭さだ。むしろ柔らかい。そして、こちらが悲しくなるほどの哀れみを抱いている。どうして私という存在が悲しいのだろう。どうしてこんなにも優しく私を嘲っているのだろう。

「確かに私の寿命はいつまでたっても来ないけど、名前も知らない人間に憐れまれても...。それより、人を殺しても罪悪感はないのか?そこがよくわからない」
「あなたに聞きたいんですよ、それを」

私に聞きたい?人を殺して罪悪感を覚えるか?何を言っているのか。人殺しに嫌悪などして当然だろう。私はとても苦々しい表情をして、頭を横に振って『意味がわからない』という感情を示した。
青年は私を見て首をかしげ、それから寂しそうに微笑む。それすら見ていて違和感と嫌悪に呑まれそうになるぐらいで、私は血の気が引きそうになる。

「ああ、そうですか。つまりそれは、自分がしたことを自覚していないだけなんでしょうね......」
彼の言う言葉に余程苛ついたのか、私はほぼ無意識に近い状態で主張を吐き捨てていた。

「なんなんだ、私が人を殺したのか?そんな事があったらはっきり記憶しているはずだ!私のことだ、そんな事実がトラウマになって嘔吐き続けているんじゃないか?」

思わず叫んでしまったのは失策だ。動揺が丸見えだ、青年の戯言になんて言葉を返してしまったんだろう、私は。青年が私の滑稽な姿を見て失笑している。そうされると自分がとても情けなくなって、思い出したくない子供の頃の感覚が戻ってくる。よくない、感情を忘れて怒ることほど相手に弱みを握ってくださいと述べるような行為があるか!切り上げなければ終わらない、こんな戯言に付き合ってられない。

「なあ、もういい。こんなこと...」

やめてくれ。そう伝えようとすると、

「違う......違うんだよ」
彼はそれすら遮るように言った。

「何も覚えていない、何も分かっていない!あなたはどうせ嘔吐きもしないだろう。俺の知っているあなたは愚直で、自分の大切な人間のためなら自分の命も俺の心も案じなかった。自分を殺すことになんのためらいもなかった、俺を救ったくせに俺を置いていってしまった!」

その時、彼が初めて見せたのは激昂だった。慟哭か懇願か掴めない、ただひたすら必死なものである。
その声色は明らかに、悲哀と憎悪を秘めていた。

「.........私は」
私は少し身震いして、後退りをする。視界が安定しない。彼の背後にある青空をまともに認識出来ない。そして、彼の真っ赤に濡れた服までもが私を責め立てているような気がしたのだ。それぐらいの気迫があった。

──私の記憶にはないものが、私を大罪人たらしめている。
私は長く生きてきた。自分が何なのかも、はっきりとは分からない。記憶も人並みのはずだ。
だが、無理に思い出そうにも思い出せない、...私は彼に何をした?彼は私の何だったんだ?


しばらく私の頭の中は、煙を満たしたかのような空白だった。血の気は失せ、一番に考えたいこと以外は抜け落ち、最後に残ったのは私と彼の存在意義である。

その思考の中に割り込んできたのは、


「だっ、大丈夫ですか!!生きてますか!!」

屋上の非常扉が開く音がして、反射的に振り返る。そこにいたのはビルの根元で会話した男だ。
彼は地雷原を走り抜けるようにこちらへ向かってきて、呆気に取られた私が反応をする間もなく、私の手を引いて扉の方向へ走る。思わず目を瞬かせた。ここに来たということは、死地を潜り抜ける覚悟をもって私を助けに来たということだろう。よほど正義感が強い人なんだと思った。

目線だけを青年のいる方向に向けると、ああなんて邪魔をしてくれたんだ、とばかりに苛ついた表情をした青年が見える。距離が離れていく中、彼は届くわけがない手をこちらに伸ばしていた。背後にある異形を用いれば、手ぐらい伸ばすことが出来るだろうに。私を殺したいならそのおぞましい手で叩き潰せば済むのだ。焦らすのが好きなのか、それとも彼には彼なりの殺し方があるのだろうか。

...わからない。彼がそこまでする私は、何なんだ?


「待ってくれませんか」

扉の手前まで来た瞬間、彼がそう呼びかけてきて、男性の足がぴたりと止まる。まずい。このままでは殺される。男性はそう悟ったのか冷や汗をだらだらと流し、ゆっくりと振り返ろうとした。

私はその隙を見て、掴む力が緩んだ男性の手を思わず振り払った。彼が目的にするというのなら私だろう。そのまま流れるように彼の背を押し、先に逃げるように促す。申し訳ないが、あなたの善意を素直に受け取るにはタイミングが悪すぎた。

「ここまでありがとうございました。でも、今は逃げてください。このお礼は、死んででも差し上げます。私、ちょっとばかり義理堅いのでね...」
「そ、そんなことできるわけ!」
「構わないで!それなら扉の後ろに、早く!」

ひ、という薄い悲鳴が聞こえた。そして私を止める言葉も見つからなくなったのか、男性は頭をがっくりと垂れ、泣きそうな顔をして扉を閉めた。これでいい。

「いいですか。私の声は覚えましたね?私はお喋りなんです。これはわかりやすい基準だと思うんですよ。だから、私の声が途絶えたら、扉から離れてください」

恐らく、青年の殺人行為を言葉で咎めることができるのは私ぐらいだ。ほかの人間は死に対する拒否も恐怖も述べられずに死んだ。
彼にとっての私は特別揃いらしい。その特別揃いがここで運命的に死ぬのなら、それも一興だ。

「...義理堅い、確かにあなたはそうですよね」
「聞こえてたのか?それは構わないが、私は待ったよ。それで、どうする?私を殺せばこれは終わりか」
「終わりです。あなたが終われば俺も終わります」
「それなら殺せばいい。今まで人を殺してきたように。どうせ待てと言った理由もそれだろう」
「...............ごめんなさい、センセ。ビルの中の死体も血も、きっと帰り道にはなくなっています。
...それが何を意味するかわかりますか?」

──なんだって?
私は困惑する。死体も血もない、とは。
それを問い質す間すら彼は与えなかった。私とはちょうど真逆の方向へ駆け、高い手摺の前で立ち止まる。振り返りながら、彼は叫んだ。

「言ったでしょう。俺は、あんたを殺しにきたんだと。もう、あんたしか殺せないんだ」

それは確かに滑稽極まりない死刑宣告で、されど鋼鉄の意思だと、感じ取るには容易かった。

「心配しないでください。もうじき、答え合わせが来ます」

彼はそう言いながら自らの足元にあの手を発生させ、それを支えにして手摺の上に降り立った。すらりとした脚が細い鉄の上に乗って、それはあやうい足どりで、私に向き直る。

「……待ちなさい、どこに──」
「なにもここで殺そうと思ってはいませんよ。そろそろ報道ヘリあたりが見に来てしまうので、帰るんです、ほら、」

「………………!」

私は手を伸ばして、駆けた。
まるで鍛え上げた曲芸を披露するかのように、ひょいと、彼は後ろに飛んだのだ。捕まえてください、と羽をちらつかせる蝶がごとく。
1歩しか踏み出さないうちに、彼の姿は手すりの下に消えた。当たり前だ。私は人間だ。長く生きたけれど、運動不足で、せいぜいあるのが肺活量ぐらいで、足は早くない。
息が詰まったように思えるのは、彼のせいではなく自分のせいなのだろうか。
2歩目が、やっと。
──まだわからない。彼がわからない。
あんな芸当をする男ならこの程度で死なないと思っているのに、くっきりと象られた、余すことなく知らぬ存ぜぬの、危なっかしい子供の姿が脳裏によぎる。

君が死んでも、私はどうとも思わないはずなのに、と。
鈍った足取りをよそに、ぼんやり思っていた。



どさりという音がした。
もうそこで終わっただろうに、それでも駆けたのは何故なのか、わからないままだったが。
遥か下の歩道から甲高い悲鳴が上がっていた。人が落ちた、手摺の上にいた人が落ちた、と言っているから、きっと彼が不可解な死を遂げたことも理解しているのだろう。
走って、走って、鉄格子のように高い柵の前にたどり着き、ひんやりとしたそれを手で握りしめた。私は視線を恐る恐るそちらに向ける。

ああ何だ、死んじゃいない。こんなの死んだわけがない、と悟り、私はため息をつく。酷い有様の彼が手をこちらに伸ばして、笑顔でひらひらと小さく手を振っていた。
下の人達は「錯乱してる」「もうだめだ、間に合わん」と言っているが、そうじゃないんだよなあ、と私は頭を横に振る。違うのだ。これからだ。彼は、これからやって来る。

「………死に損ない」

これを見せ付けるために待てと言ったのか、下道め。
小声で吐き捨てるように言うと、まさか聞こえでもしたのか、彼がまた笑った気がした。まったく心臓に良くない曲芸師だ。
大きく息を吐いてへたり込み、凄惨な下より能天気な上を見た。澄んだ青空を見ないと気が狂いそうだし、心が翻弄されすぎて今すぐ休みたい。頭が朦朧としているし、多分これが眠りたいという感覚か。
しかし彼も怪異の類なら、私が眠っている間にでも、いずれまた会いに来るのだろう。厄介事ばかりに気に入られる私のことだ、今度があればまた酷い目に遭わされるだろうし、もしかすると夜道を歩いていたら背中からナイフを突き立てられたりするだろうか。そんなのおぞましくてたまらない。それを死因にするなんて百遍生まれ変わっても嫌だ。いや、そもそもあれに二度と会いたくないのだから、どうせ私は引っ越し、心機一転という名の振り出しに戻る、だが。

「まあ、大量殺人よりはマシだなあ………」

そう独りごちた後、諦めたように笑いそうになったので、慌てて口元を押さえる。
そんなことをすれば魂が吸い取られそうだ、いや何故そもそもそんな迷信のようなことを脳に巡らせているのか、よく分からないが。
死に近づいた気が、しないでもない。


「あっ、あの…!」

非常扉がバタンと開く音がして、慌てて焦点をそちらに合わせると、先程の会社員の男がそこに立っていた。良かった、下手な真似をせずしっかりと生きていたのだ。

「ああ、無事でよかった。その、酷いことになってしまいましたけど……」
「そ、そういうことじゃなくて!もっと重大なことになってるといいますか、いや、なってないといいますか……」
「は?」

なんだなんだ。如何ともし難いお返事に首を傾げるしかない。相手も困惑した様子だから、相当伝えづらい何ががあるのだとは思ったが。
男は頭をがりがりと掻き、言いづらそうにひとつの事実を吐き出した。

「集団幻覚………」
「集団幻覚?」
「はい。………誰も死んでません」
「どこで?」
「このビルで…………」
「はぁ?」
「救助隊とかその他諸々の方が来た時には、こっちのエレベーターの血も建物内部の血もまっさらに消えて、ここで働いてる方はみんな眠るように気絶してただけで………現状死人も行方不明者も見つかってないって隊員さんがですね………」

びっくり。
久々に口よりも大きく目を見開いた。ええと、それはつまり、つまり、どういうことになるのだろう。

「あの男、誰も、殺してない、と?」
「そういうことになりました…」

ああ……そういうことか………。ようやくあの言葉の意味を悟って、落胆で私はひっくり返りそうになった。

『俺は、あんたを殺しに来たんだ』

頭の中で彼の呟きを反芻して、それからハッと思い出して立
ち上がる。まさか、そっちも、そういうことになるのか。

「そうだ、あの人は…………!」

手摺に向き直ろうとした瞬間と、下から困惑のどよめきが上がるのが同時であった。


『本当だ!今さっきまであったんだぞ!?』
『あの、それも恐らく、幻覚かと……私共も信じ難いのですが…………』
『信じてよ!確かにあの人はここの会社の制服着てはなかったですけどね、屋上から飛び降りてから落ちるまでを私たちは見てるんです!こう、めっちゃくちゃグロくて、リアルなのを………!』
『言っとくが、さっき俺らが伝えた奴とは別の見た目だったからな!そっちもまだビルの屋上にいるはずだから、さっさと身元確認してきてくれ…!』



「ええ〜…………?」

死体はもう消えていた。
つまり、ファンタジーのように述べるなら。魔道士が1度死んで、術がさらさらと解けたというだけのことだったのか。
なんてくだらなくて、ひたすらに面倒な結末だ。

頭の中で血みどろの青年が手を振っている。ぶんぶんと頭を横に揺すってその情景を忘れようと試みたが、憎々しさが勝って彼は脳内に残留し続ける。
あの人、何かの手違いで地獄に帰ってくれてはいないだろうか。さすがにそれは難しいだろうが。


「その、関係者証言とか、してもらうそうなんで……」
「ですよね、はい、わかってましたよ!はいはい!」
「お、怒らないで、ね」
「怒るに決まってるでしょう、こんなの…」

男の申し訳なさげな声すら気に障りそうだが、とりあえず決死の冒険から抜け出した、という体にしておこう。胸を張って今日も生きて帰るのだ。恐ろしい技巧を用いる曲芸師に出会い、翻弄されながらも今日も私は元気ですよ、と。


──その曲芸師が持つもう一つの魔法が、いずれ私を殺しに来るのだという事実が、頭にこびり付いて離れないが。

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.100 )
日時: 2021/04/25 16:59
名前: 利府(リフ) (ID: tpOE.cXI)

よお……5億年ぶりだな……
さいせん本編と繋がりがある話になりますので本編を読むと面白さが1厘ぐらい増えます。読まないとまったく面白くありません。地雷コンテンツです。




***


[録音再生]


録音始めます。

現在時刻午前2時15分。日付等詳細は省略。
証人保護の一環として匿名を希望します。
書き起こしの際もその形でファイリング願いたい為、万が一必要がある際はその点了承下さい。

重要さとしてはこちらで判りかねる内容です。面倒くさいですけど言っときますね。
どうせ隠し事が後からバレても面倒になるだけでしょうから、小さい話でも今のうちに洗いざらい喋っておきます。


ええッとね、数日ぶりに夢を見ました。
あの姉弟についての有意義な情報になるかもしれませんので、アンタがいつも言う“僅かな可能性”のために内容までお伝えしときます。

俺は椅子に座ってて、不思議の国のアリスみたいな、ああいう海外のティーパーティーの光景が眼前に広がってるんですね。周囲には花が咲いてて、植え込みが綺麗に整えられ、蝶が視界の端にちらついていました。
特に不可解な点があるとすれば、夢の中の時間が夜であったことでしょうか。目を落としたあたりに小さなランタンがあったので、手元と周囲2.5mぐらいをギリギリ視認することができました。
茶会のローテーブルに白いクロスが敷いてあって、ティーカップが置かれてるんですよ。俺の分と、俺の向かいにひとつ。椅子は全部で4脚あったように思いますが、席に着いているのは2人だけでした。

俺の向かいには女が座っていました。
あの女のところにもランタンが配置してあったので、顔の全貌とはいかずとも表情だけならばどことなく見える状態でした。
女の傍にシュガーポットのようなものもあったように思います。
若くて髪の長い女でしたが、件の童話か映画に出てきた少女アリスの見た目とは多分違っていましたね。うまく形容は出来ませんが、内側だけが老成している、まァそういう雰囲気を感じ取りました。
覚えているのはあの女の、ランタンの光で微かに輝く髪の色。それと、伏し目がちな青い瞳が印象に残っています。

ここはどこだ、と目の前の女に伺いを立ててみたところ、女は明瞭な発音で「私のセンイです」と言いました。
センイとやらが何かはわかりません。遷移、戦意、専意、繊維、どれだとは聞いてみたんですがね。
あなたにはセンイと聞こえるのですか、いい響きだ、と不明瞭な解答しか返ってきませんでした。

そのあと女は、深々と頭を下げてこう述べました。


「死に急がないでくれ。手遅れになってしまう」

「これ以上、血を流す必要は無い」

「これ以上、黄泉ヨモツに近づいてはならない」


「私たちを産んでくださった、あなた方にはそれ以上はない。
踏み込んではならない。お願いです」


聞き覚えのない声でしたが、“私たちを産んでくださった”ってあたりでアンタに伝えるべき情報ということは察しました。正体の解析や考察はそちらに委ねます。

で、俺が、

今更死を恐れてたまるか。
お前に従う義理はねェよ、俺が従う相手はたったひとりだ。

そう返したら。


──やはりあなたはあなたですね。奥方を大切に。

と、目を閉じて女は語りました。どことなく諦めた、もしくは祈るような表情だったかと思われます。ま、俺には人の感情の機微がよくわかんねェので、せめて参考程度に……。

そのまま数秒間、女の様子を窺っているうちに夢から醒めました。
そして現在に至ります。


個人的な感想ですが、疑いの情はわかない女でした。感情がこもっていたように感じます。
俺と彼女に、本当になんらかの思い入れがあったんでしょうねェ。

報告は以上です。
とりあえずあの姉弟にも聴取だけはそれとなくしておきますんで、把握だけどうぞお願いします。


あァ、そうそう。食堂のバリエーションの話ですけど、流石にレーション並べるのはやめといた方がいいと思いますよ。
祀葉マツリバはお嬢様家庭だったこともあってでしょうけど、話聞いただけでも結構げんなりしてましたからね。

回線切ります。


[再生終了]




***




「なァ、タケル。ミコトは見なかったか?」
「███」
「いやな、さっきお前に聞いたことをミコトにも聞いておこうと思って」
「ミコトなら、食堂で██████████」
「……う〜〜ん、マジかァ」
「███さん?」
「俺な、ミコトと口論して勝てたことがねェのよ……」
「よく分かります」
「はは、お前はよく笑うようになったな。やっぱガキってもんも接してみりゃァ可愛いな、あの栗毛の坊やも頑張ってるかね」
「██。██████……」
「お。一緒に行くか?」
「よければ、是非!」
「ったく。マセガキの口振りだな、誰に似たんだか」



*****


検閲
(泣く女、滲むインク、最後に残る男の声)

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.101 )
日時: 2022/09/21 17:50
名前: 利府(リフ) (ID: 5nVUckFj)

楽園には人ならざる男女がいる。

男は空白だった。
瞳の色をふたつ持っている。
女は無尽蔵の黒だった。
黒髪の隙間から赤い双眸をのぞかせる。

学校が終わったら自分の家においで、と
誘ったのが男の方。
おもしろそう、と乗ったのは女の方だった。
かれらは連れ立って一夜を過ごすのだ。


***


「ねえリップ、さすがにこれはない」
「無いとは何でしょうか、シンエンヒトミ嬢」

「なしよりのなしよ」
「強調することある?」

そんな感じになるはずだったのに、わたしたちときたら。
建物の3階ベランダにふたり立って敗北の夕日をながめていた。

普通、男が女をおうちにお呼びするのは「そういうこと」なのである。そうわたしの同級生は言うのだ。
そしてみんなが嘘をついたことはないし、わたしが「あしたは男友達のおうちにいくの」と自慢したらみごとにみんな食いついた。
おみやげ話まってるね、男友達ってどんなひと?やさしくしてくれる?素直にまっすぐに、謎めいたわたしのスキャンダルを引きずりだそうとしてくるみんなはかわいらしかった。
だから喜ばせてあげよう、ついでにリップの部屋をのぞきたい!と思っていたら──

当日のリップは、ごみ屋敷の中で死体のように転がっていた。モウシワケアリマセン、とエイリアンのような謝罪をくりかえしていたのである。


「ねえリップ、テレビすらないの?わたし何回もともだちの家にいったけど、どこいってもあったのよ」
「……偶然最近売った。なんで売ったかは忘れた」
「じゃあほんとにベッドと机とむかしの新聞の山とその他のごみしかないのね?ほんとに?忍者みたいな隠し部屋は?」
「ない。誓ってない。あったらオレはもっと自信満々でお前をご招待してた」
「リップ!話題性ってだいじなんだって。身なりがきれいでもゴミに埋もれてるとね、そう、アレよ、陰キャになるから!」
「やめてくれ、陰キャの陰たる者がオレを諭すなッ!」

リップはベランダの手すりに寄りかかり、ゲンナリ顔で町に向かって叫んでいる。
どっち向いてんだ!よほど大ダメージだったんだろうけど、わたしだって大ダメージである。

──リップは安上がりの物件をだれかから借りて住んでいる。1階はリップがやってるバー、2階はちっちゃい事務所、そして3階はリップのお部屋だと聞いていた。
同級生もそれを受けて「おしゃれ!」「かっこいい!」と確かにはやし立てたのだ。だけど“ほんとう”というものはいつも非情である。
テレビはない、洗濯物はもはや敷物、置いてあるベッドにいまさっきまで着てた上着を投げ出し、キッチンは洗い物がたおれてご破算。新聞の山はとっくのむかしにちらばって足の踏み場なし。ホンモノのずぼら。もうほんとにばかやろう!

「シンエン、おおかたお前同級生に言ったんだろ。オレの家に来るって」
「そう。シンエンはみんなのことがすきだから、リップのお部屋のまっとうな評価をお伝えするの」
「やっぱりな!あのさ、かわいい女の子に嫌われるのは我慢ならん、ベッドだけは綺麗にしたから許してくれ!」
「いや、それ自分の巣だからでしょー。あと上着放りだしてる時点でダメ。ばってん」
「うぐ……」

こんなにも早く万事休すみたいな態度とられたらわたしも万事休すである。こんながさつなオトコある?それもこんな身近にいるわたしの一番の友達が。ひどくない?

これじゃいいオンナもよりつくまい。ベランダに無防備に干されたフリルの下着がダメ押しのように揺れていた。
ところでこれだれの?と聞くと、わからん、と肩をすくめられた。じゃあ深入りはよしとこうとサムズアップをキメておく。
わたしのおっきい主観で、ひとの在り方にぶつかるのはいやだから。

「いまからでも片さないの?」
「お前の同級生たちが評価を改めてくれるなら嬉しいが、それはそれとしてお前しか家に招く気はないんでね」
「すごいこと言ってるけど、わりとひどいことよ」
「至極真っ当で正直な発言なんだが」
「女の子にきらわれたくないって言ってなかった?いまさっき」
「あー、そうか。そんなこと言ったかな。まあどっちにしろ無理だよ。忘れるんだ、」



ごき、という音ともに、リップの首があらぬ方向を向き、言葉のしっぽは不明瞭になった。
瞳だけは首の動きについていかず、ちゃんとわたしを真摯にみつめている。わたしにとってはうれしいことなのだけど、そのありさまは人間にとっての普通ではなかった。

彼は、自分自身すら想定していないうごきをしてしまうことがある。
おっきい主観を持ったわたしとはちがって、リップには固定された自我がない。ぼんやりと言うなれば、彼の中には自我と魂がたくさんある。話せば長くなるけど、神さまに目をつけられてしまったのだと教えてくれた。それをわたし以外に教えるつもりもないと。

陰陽の陽。生命の再出発点。──空の棺。
そんなかんじでどこかのえらい人がよんでいるらしいけど、はっきりいうと、リップは“食いもの”にされているだけだった。

「───……、?」
「どっち向いた、って?真後ろのななめうえ」
「……だめだ、これは。部屋の、中、に」
「そうしましょう。こっちが日かげだから寄りなさい。手を──」

そこでやっと、リップの袖から血がダラダラとたれているのに気づいた。指がない。
どこでおとしたの、ときく前に、わたしが振り向いた暗い部屋のすみで、彼の指がバラバラにころがされていたのに気づく。そのそばに使用ずみの刃物も。
死んだものが、夕日に照らされてじっとりと光っていた。

わたしはなんにも聞かずリップの背をおした。部屋に戻るまえに、リップはベランダの下で伸びる路地裏を瞳だけで見下げながら、喉から絞り出すような息を夕焼けの中にとかした。
この息遣いの中に無数のいのちが宿っていて、わたしだけがそれを理解できる。はやる呼吸、ゆっくりとうごめくような呼吸、鋭く鳴らす呼吸。いまにも止まりそうなか細い呼吸。それらぜんぶを統率して、リップはどうにかリップなりの息をするのだ。

「そのまま腰をおろしていいよ、ここがベッド。横になる?すわる?」
「いまは、座る、だけで……」
「横になりたいんでしょう。首をもどしてあげる」

ごめん、と告げてベッドに腰掛けたリップの背中をそっと支え、もう片方の手で彼の首をできる限り戻す。可動域ぎりぎりってやつだ。寝違えましたとどうにか言いはれるぐらいまでもってきて、わたしは少し大きめの声で告げた。

「わたしと目をあわせなさい」

あわせるといっても、両目ではない。
リップがどうにかしてほしいのは右目だ。左目の方には彼の大切な魂が安らかにねむっている。
触れてくれるな、とかつてリップは請うた。
レスト・イン・ピースを祈るような顔で。

わたしはすべてを呑み込むようにして、目蓋の裏にかくした目を見開く。
ぐっとのぞきこんだリップの片眼の先で、こわいものから逃げようとしたのか、身を滑らすような潰れるような、湿り気を含んだ無数の音が衝撃となって伝わってきた。
じたばた、がたがた、非難轟々。
リップのなかのかれらは、口をそろえて「くるな」とさけんでいるのだろう。
からっぽの男の身体の主導権をほしがる人々は、それだけこの世に未練をのこしたままひとの形を失ってしまった。


今わたしは形なき深淵になって、ただの重圧をかれらにつきつける。
あなたが生命の最後のよすがであるように、
わたしは希望のひとつも残さない、絶対なるものの端くれなのだから。


『こんにちは 暴れん坊たち』


死が口を開ける。
そうしておまえの眼をこじ開ける。


『わたしをよく見ろ』


可能性が無意味と化す。
そのすべてが深淵わたしだった。



うごめく魂たちは、かすかに震えたあとに静止した。
ほんものの寝違えにもどったリップが、枯れた喉で笑い声を上げてベッドに倒れこむ。かはは、という乾いた音がもれた。

「……すまん。助かった」
「しばらくはみんな怯えてうごけないはずよ。リップ、だれが、あなたになにをしたの」
「綺麗にしといたはずだったんだが、気がついたらこの惨状だった……ハズレの日だよ。きょう肉体を奪い取るほど意志の強かった奴が、単に暴れん坊だったんだ」
「それで指を?」
「どうしようもなくてさ。もうすぐお前帰ってくるだろうなって思って、どうせ治るから、刃物に通しちまった」
「リップ、めちゃくちゃがんばってくれたのね。いやなことを言ってごめんなさい」
「……いいよ。お前がオレを肯定するのは珍しい」

リップが伏した眼をほそめて微笑む。いま、いろいろなものを許したんだな、とわたしは直感的におもった。──それはいやなことを言ったわたしだけじゃなくて、じぶんの極端な在り方とか。

「オレは、成すことも成されることも極端なんだ。だから趣味を持つに向いてない。今日もオレの中の誰かが個人的嗜好で暴れ回っただけで、数分後には、綺麗好きの誰かが部屋の惨状を見て絶叫してたかもしれない。お前がいなきゃな」

ぐぶ、という音を立ててリップの指が生え直す。神さまみたーい、と言ったら、だろー、と言葉がかえってきた。ブラックジョーク。

「リップの中のみんなって、家の中でさえあっちこっちいくのね」
「連中、オレが何者かなんてどうでもいいのさ。オレが器である、オレが摂理であるという性質だけがあればいいらしい。お前もそういう、役割の悩みぐらいあるだろ」
「そうかな?わたしはもっと自由だよ。キャラ変だって何回したかわからない。おんなのこは流転するの」

そうか、いいな、と口の中でいうのがわたしには聞こえた。表情をゆがめ、中身をきしませるように吐きだす弱音。それを聞きとどけるのは、きっと特別なことなのだろう。わたしは万象を覗くものとしてそう思う。
身体ではなく、おたがいの魂がぴったりと寄りそわないとそんな芸当はかなわない。魂がちょっとほかより進化してしまっただけのちっぽけな人間たちには、とくにむずかしい。
故に、おたがいのきしみがきこえる人間は、きっとおたがいの深みまでとけて混じり合っている。

「何考えてる、シンエン。いま憐れんだか?」
「いいえ」

おもしろいと思ったのよ。

汚れた部屋のベッドに腰掛けて、リップは美しい衣をまとっている。わたしの、深淵色のセーラー服とつがいになる、まっさらなスーツとスラックス。穢れを寄せつけない高潔。いつも中身が定まらないのに、わたしのために繕うひとつの弱きもの。
おんなのこにはとうてい看過できないゴミ溜めの中で、それだけが輝いている。
胸を張るように誇らしげに。

「キャラ変の権化、散らかしたがりでも、この身なりだけは守りたいとおもったみたい。リップ、不釣り合いなぐらいキラキラして見える」

ポケットにしのばせたスマートフォンを自撮りの定位置にもっていくと、リップは困ったようにほほえんだ。部屋にまぶしいフラッシュがはしる。
びなん・びじょ。あしたの同級生たちはこれをみて大フィーバーだろう。

「これならわたしたちと壁しかみえない。──おうちはかっこよかったけど付き合うカンジじゃない。でもズッ友ってかんじ。感想はこれでよかろうか?」
「よかろうと思う。ありがとうシンエン。……なんでオレがお礼言ってんだ」
「女友達ってワガママなものなのよ」
「そうか。友達ね」

リップはじっくりと言葉の意味を考えて頷く。思うところがあったのだろう、とわたしは彼のなりたちを想った。
彼には憧れがいて、その憧れは命をわるいものに呑まれた。彼女がよくない死にかたをしたものだから、リップはしばらくだれかと関わるのをやめた時期がある。
そのとき、わたしは自我を持たされていなかったのが、どうにもくちおしかったなあ、とときおりしょんぼりするのだ。

「友達、いいな。オレの多面性を個性として見過ごしてくれる奴は、どんなに長く生きてももう、お前しかいないだろうから」
「見すごしてばっかりじゃないよ。わたしのおっきい主観は、リップのいいことはほめるし、わるいことはけちょんけちょんにします」
「はは。こうしてみると人間らしいな……」

ああ、くそ、頭が痛い、とうめきながら、リップはゆっくりとうずくまった。おそらく自我の統一がおっつかなくなったのだろう。しかたない。
わたしはリップのからだを両腕でぎゅっと抱えて、ふたりでリップの寝床にからだをごろーんと託した。

「むりしない。もう眠るの、そうすればあしたには元気ハツラツになる。テレビを買うお金をためないと。きたる日のために4Kを買うのよ。彼女にもみせたいんじゃないの」
「シンエン……」
「なあに?」


「テレビを売ったのは……きたなかったから……」
「ねむそうな顔」
「まだ、世界が……神が……だめだ、あれを綺麗に……」
「うん」
「それでやっと、彼女の見たいものを……」


リップはわたしの腕の中で静かにつぶやいた。
色も輪郭もうしなった領域で、彼のきしむ音がしずかに揺れていた。




わたしは過去、深淵だった。
すべてを赦す底なしの器だった。

あなたの前ではそう在れないと気づいて、
わたしは深淵であることを放棄した。
あなたの前ではそう在りたいのだと願って、
わたしはデストルドーを不平等に切り分けた。

わたしの名前はシンエンヒトミ。
とってもキュートでフレンドリーな、
あなたの友達のおんなのこ。
あなたをちょっと蔑ろにするし、けっこうワガママいうし、でもきらわれることはしない。


いつか大きなことをやって、
誰からも嫌われてしまうあなたへ。

わたしはあなたの影でいましょう。
だれもいなくなる最後まで、
ほかでもないあなたの人生に寄り添うのです。



***

燦々たれ陰陽の渦
(おちついたら、そのうちどっかにいきたいね)


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。