二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
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- 薄桜鬼×緋色の欠片
- 日時: 2012/09/26 13:48
- 名前: さくら (ID: cPNADBfY)
はい。
初めましてな方もそいうでない方もこんにちは。
またさくらが何か始めたで。と思っている方もいると思いますが
薄桜鬼、緋色の欠片好きの方には読んで頂きたいです
二つの有名な乙女ゲームですね
遊び感覚で書いていくので「なんやねん、これ」な心構えで読んでもらえると嬉しいです←ここ重要
二つの時代がコラボする感じです
あたたかい目で見守ってやって下さい
それではのんびり屋のさくらがお送りします^^
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- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.92 )
- 日時: 2013/06/23 14:52
- 名前: さくら (ID: 4BMrUCe7)
「いいえ。このようなお方、会うたこともありまへん」
きっぱりとした声。その声は慎司そのものなのに、その表情は別人だ。感情をなくした人形のように冷め冷めとしていた。
地に突き落とされたような感覚が珠紀を襲う。やっと出会えた。そう思って嬉しかった。一人守護者をあちら側に残っていた慎司はさぞ心配していたに違いない。だがここに来ることは間違いなかった。守護者が四人も会したのだ。きっと慎司もこちらに来ている。
そう思っていた矢先に見つかったのだから珠紀はこの上なく安堵していた。
「しん、じ…くん?」
今目の前にいる人物は誰だ。顔は慎司だというのに、その凛とした出で立ち、纏う空気が違う。
人違いなのか。否、そうではないはずだ。珠紀の本能が非と唱えている。
だのにどうしてこんなに不安になるのか。あの優しくてちょっと不甲斐なくて、それでも一生懸命なあの可愛い姿はどこにいったのだ。
唐突に悲壮感に襲われて珠紀は一瞬放心する。そんな珠紀を気にする様子もなく志之は部屋を出て行ってしまった。はっと我に返ったときには部屋に志之の姿はなく、珠紀は慌てて立ち上がった。
「慎司君っ!!」
「っ懲りねぇやつだな!!」
立ちはだかる男達を押しのけようと珠紀は部屋を出ようともがく。男の手をすりぬけて廊下に出るが、もうそこに志之の姿はなかった。
やっと会えたと思ったのに。あれは人違いだったのか。悲しみと困惑に暮れる珠紀に、酒に酔い、宴席を邪魔されたこともあり、男達は一斉に刀を抜いた。
「何やってんだ、あいつ!!」
真弘は三階にいる珠紀から目を離さないように駆け出した。
それに続いて大蛇も駆け出す。祐一は別の方向に視線を投げてそちらに走り出した。
「トシ…」
「近藤さんはこいつを連れて先に帰ってくれ。他の奴等もだ」
千鶴を近藤に渡して、土方は下知を飛ばした。
三階を見上げて土方は舌打ちする。
「何をやってんだ、あいつは…!!」
「このガキ!人が楽しんでるところを邪魔しやがって!!」
「斬ってやらぁ!!」
男が両手で刀を握り、珠紀に詰め寄った。逃げ道を探そうとしたが、男達に囲まれて退避する場所もない。珠紀は目の前に迫る男を見つめることしか出来なかった。
刀の切っ先が珠紀に迫る。
ひゅっと軽い風切音が他の部屋にいた芸者たちの悲鳴によって掻き消された。
「誰に手を上げたのか…わかってんのか、おっさん」
刀を素手で受け止めた真弘は流れる血に目もくれず、男を睨み据える。
「こ、こいついつの間に…!!」
「知人が失礼を致しました。どうか刀をお収めいただけないでしょうか」
大蛇が優雅な足取りで男達の前まで歩く。
「はぁ!?何言ってやがんだ!こいつは俺達の酒を不味くしたんだぞ!!」
「確かに。私からもお詫びします。ですが易々と抜刀し、年端もいかないただの少年に男が何人も…というのは聊か笑いを感じますね」
「何言いたいんだ、この!」
一人の男が大蛇に刀を振り上げる。だがその刀は大蛇に触れるほんの手前で弾かれた。まるで見えない壁に阻まれたように跳ね返ってきた刀に男は目を丸くする。
「恥を知れ、と言っているんですよ。たかが少年一人に大人が群がって刀を抜くなど、笑止千万。それにここは仮にも飲み屋です。他の客や芸者のことも考えずに…いい迷惑です。それ以上刀を振るというのなら私もお相手いたしましょう」
何も言わせない覇気に満ちた笑みに男達がたじろぐ。淡々と正論を並べられ、酔いもすっかり醒めた男たちは別が悪そうに互いの顔を見合わせた。
「…ちっ!!胸くそわりぃ!!」
男達は次々と毒を吐いて部屋を後にしていった。真弘も男の刀を解放してやると男達が退出するまで構えを解かなかった。
騒動が収まると真弘はつかつかと珠紀の元まで歩くと拳で軽く頭を叩いた。
「馬鹿かお前は!一人で何やってんだよ!!お前自分が何したのかわかってんのか!!」
怒鳴る真弘に珠紀は反論することも忘れて呆然としていた。へなりとその場に座り込むと珠紀は理解できない、と言うように首を振る。
「どうして…慎司君…」
「大丈夫ですか、珠紀さん。真弘君の言うとおりですよ。一体どうして…」
「慎司君がいたんです。さっき、ここに…だから私…」
大蛇が珠紀の肩を抱いて彼女の姿勢を保ってやる。珠紀は困惑しきった様子で大蛇を見つめた。
「犬戒君が?何故ここに…」
「私、何度も慎司君って呼んだのに…あの目は…まるで…」
珠紀を拒絶しているようだった。珠紀の存在すら知らない。そう言っていたようで、珠紀は困窮した。どうしてそんな顔をするの。どうして私を覚えていないの。
「人違いじゃねぇのか。顔だけ良く似てるとか」
「違う…あれは慎司君だったの…私の、玉依の血がそうだって言ってる…だから、余計にわからないの…」
男達に囲まれ珠紀が危険に陥っても慎司の表情は何一つ変わらなかった。あれは本当に守護者の慎司だったのか。
「俺も珠紀の意見に同意だ」
「祐一」
駆けつけた祐一は静かに言った。
「珠紀が誰かを呼び止めていると思って、その人を追いかけてみたんだ。そうしたら…」
慎司がいたという。だが慎司は珠紀同様、祐一の存在に気づく様子もなくそのまま芸者しか入れない部屋に姿を消したというのだ。
「どういうことだ?慎司だけと向こうは俺達を知らない?」
「わからない…だが慎司に間違いはない」
一体何だというのか。一同が顔を見合わせて考えていると土方の声によって遮られる。
「お前等!早く降りて来い!さっさと帰るぞ!!」
店に迷惑をかけたのだ。それが新撰組の身内だと知れると何かと厄介だ。加えて風間という男が近くにいるらしい。面倒ごとになる前にずらかるという話のようだ。
珠紀を立ち上がらせ、四人は足早に階段を下りる。
「何があったかは後で聞く。今は店から出るぞ」
土方と合流して、四人は店を後にした。珠紀は何度も角屋を振り返りながら色町を出て行った。
「慎司君…」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.93 )
- 日時: 2013/06/24 22:37
- 名前: さくら (ID: 4BMrUCe7)
「こんなもんか…」
正彦は立ち上がって呟いた。
幹部の部屋は今居る土方の部屋が最後だ。文机の上に並べられている資料や文に一通り目を通してそれらを元に戻す。
土方という人物は新撰組の核とも言える人物らしい。他の幹部より多くの情報を持ち、会津藩との掛け合い、隊の管理、政の変動などを一任されている。
膨大な資料をあらかた記憶した正彦は今新撰組がどのような状況なのかを理解した。
「何だこれ…」
文机の引き出しに隠されたように仕舞ってあった帳面を見つける。手にとって中を確認すると、正彦の口端がどんどんと吊り上った。
「なるほど…副長はどうやら繊細な方らしい」
帳面にはいくつもの詩が綴られており、どれも見ているこちらが恥ずかしくなるような詩ばかりだった。意外な一面も知れて、正彦はほくそ笑んだ。
「よし。次は…」
痕跡を残さないようにして土方の部屋を後にして今度は北の方角に目をやる。
屯所の部屋の配置を確認したときからきになっていたことがある。
それは北の方角に倉のようなものがいくつも点在していたことだ。その倉の数はかなりある。寺だったこの場所を改造して使っていると知った正彦は更に違和感を覚えた。
夕刻になるとそこから異様な気配を感じる。まるで隔離されているようなその倉からは只ならぬ雰囲気があった。聞けばその倉には近づいてはいけないという御触れも屯所内で出されているらしい。
「きな臭いな…」
正彦は懐に仕舞ってある札を確認してから北の方角に歩き出す。
夜半を過ぎていることもあって辺りは静寂に包まれている。だが、北の倉に近づくにつれ、微かだが音が聞こえた。
忍び足で正彦は一つ目の倉に近づく。入り口は頑丈な錠前で封鎖されていた。
「これは何かあるね…」
耳を清ませば物音がその倉から聞こえてくる。正彦は一歩下がって周囲を見渡した。
近くに太い木を見つけそこに登る。背の高いその木に登ると、倉にある一つだけの窓から中が見えた。
「…っ!?」
正彦は息を呑んだ。もう一度目を凝らして確認する。
小さな窓から見えたのは白い髪の男達だ。三人、いや四人部屋の中を徘徊している。その目は赤くまるで何かを求めているようにうろついていた。
その赤い瞳はどこも見ていないというのに強い意志だけは感じられて、その光景に正彦は戦慄した。ぞくぞくと悪寒が背中を走る。
「何だ、こいつらは…」
次の倉は更に酷い惨状だった。中にいたのは三人。正確には五人だが、そのうちの二人は床に倒れ血を流していた。その死体に群がるように三人は蠢いている。
「っ…人が、人を…」
どの倉も白髪の男たちが赤い目を爛々と光らせ彷徨っているようだった。酷い蔵は見るに耐えないものもあった。
「一体ここは何だ…」
地獄絵図。まさにそんな言葉が似合った。
わかったことはいくつかある。
まずは何らかの理由で白髪の男達を隔離する必要があった。そして厚い壁で作られた倉は防音となり、外には倉に人がいないと思わせその存在を隠蔽している。
倉によって様々だが、その白髪の男たちは何かを欲していることがわかった。恐らくそれは———
「血…」
中に居る白髪の男達同士で血肉を貪っている倉もあった。
それは倉によって様々でただ彷徨っている場合もあれば、違う倉は既に地獄と化している場合もあった。
そこでこの症状の重度に合わせて倉を割り当てられていることがわかる。
「…どうなってるんだ…ここは…」
新撰組という組織に底知れない闇を感じる。世間には決して知られていない、別の顔。
正彦は最後に大きな倉に着いた。他の蔵とは違い、扉には錠前がない。
そっと気配を殺して扉まで近づいてみる。音は聞こえない。無人の部屋なのだろうか。
扉を少しだけ押してみると開いた。僅かな隙間から中を確認する。
誰も倉にはいないらしい。正彦はするりと倉に入った。
倉を改造して造られたその部屋は生活感が感じられた。畳を敷き、障子で部屋を仕切っている。
奥の部屋に近づいてそっと障子を開ける。中には誰もいないが、その光景に正彦は目を丸くした。
「…何だ…これ…」
その部屋は窓からの月光で明るく十分に見渡せた。だが異様なものまで照らし出していた。
机の上には硝子瓶に入った赤い液体がいくつもの管につながれ、またその管の先には硝子瓶があり、異様な空気が漂っていた。
沸騰しているのかはたまた化学反応か、ある液体は泡を出し、ある硝子瓶の中の液体は煙を出している。
どれも血のように赤い液体だ。
壁には所狭しと文字が綴られている紙が貼ってある。床は書物でいっぱいだ。
「何だ…ここは…」
部屋を見渡して正彦は近くにあった書物を手に取る。
始めの頁にはこう綴られていた。
『綱道さんの変わりに私が変若水を研究することとなった。私にできることはこれしかない。羅刹に身を落とした私はこれしかできないのだ。綱道さんもまだみつからない。私は変若水を正常なものにするための研究を今日から行う』
次の頁をめくる。
『慶応二年三月十二日。昨日作った新薬を試験管に移し、変若水を投入。見た目に変化はない。人間に試飲させた。泡を噴いて卒倒したが、そのまま羅刹化。凶暴な人格へと変貌。適用しなかった。次も同じく———』
「何だって…?おち、みず?らせつって何だ…」
正彦は更に読み進める。
『慶応二年五月三日。薬液を変若水に溶解。見た目に変化なし。それを人間に投与。無事適応。羅刹化しても吸血衝動はしばらくでなかった。血の臭いを嗅いでも吸血衝動は起こらなかった。成功したかに思ったが急に血を吐いて倒れた。薬液が内臓を破壊してしまっていたようだ。薬液を溶解することで羅刹としての治癒能力が低下し、その後死亡が確認される。吸血衝動は起こらずとも治癒能力はなくなってしまった。これでは失敗といえる。そのため改良の余地があり———』
「まさか、これが…」
顔を上げて部屋に並ぶ赤い液体を見渡す。
この液体が変若水で、今までの倉に閉じ込められていた男達はその実験に使われた者たちなのか。
戦慄を通り越して眩暈が起こる。
「一体ここは何だ…」
正彦は床に散らばる資料を漁った。この変若水についてはたくさんの情報がほしい。変若水とは何なのか。一体なぜこんなものを研究しているのか。
正彦はこの部屋の主の日記を見つけた。
「…これ……」
その日記は毎日つけられており、昨日綴られたばかりのものもあった。
日にちを遡り、正彦はある頁を開く。
『慶応二年九月八日。副長が少女を町から連れてきた。見た目は異様で髪も結わず、変わった衣装を着ていたという。その少女は気を失い、山崎君が処置に当たった』
『慶応二年九月九日。早朝に二人の男が捕獲される。町で暴れ回り、武士に反抗したらしい。その者達の話によれば、未来から来たという。昨日の少女同様、異様な格好をしている。彼らは興味深く、何かの役目を持っているという。加えて人を探しているようだ』
『慶応二年九月十日。彼らは入隊し、配属が決まった。春日という少女は原田君の隊に。鴉取という少年は藤堂君。鬼崎という少年は沖田君の隊に。土方君の監視の下、彼らは隊士として働きながら元いた場所に帰ろうとしている』
『慶応二年九月十三日。彼らが探していた人物が見つかった。松本先生に拾われたというその男も未来から来たという』
『慶応二年九月二十日。屯所内の大掃除。私は今日は外に出ないつもりだったが声がしたので外へ出てみる。そこには雪村君と鬼崎君の姿があった。わたしは鬼崎君に大変興味がある。土方君の話では彼らは人ならざる血が流れているらしい。彼らについてもっと知りたい。同日春日君が屯所を勝手に出て行った。帰って来たときには彼女は意識が無かった。どうやら外で倒れたらしい。雨が降っている』
『慶応二年九月二十一日。三条の制札警護にあたっていた原田君が夜に警護へと向かう。そこで浪士を数人捕獲。動向していた春日君がまたも未来から来た少年を連れてくる。彼も入隊することとなった』
そうして昨日の日付まできて、正彦の顔が凍りつく。
『彼らには異形の血が流れている。私は彼らの血を採取して実験に活かしたい。その特異な血を用いれば研究は発展するだろう。今度土方君と近藤局長にかけあってみることにする。了承が得られない可能性が高いため、そのときは別の策に出る』
ばたん!
正彦はその日記を勢い良く閉じた。
これは何だ。この日記の主は誰だ。何が目的でこんなところに———
「そこに誰かいるのですか?」
ひとつの気配が正彦に近づいていた。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.94 )
- 日時: 2013/06/27 21:39
- 名前: さくら (ID: 4BMrUCe7)
正彦は咄嗟に懐から札を取り出して、隠し身の術を使う。
その直後、この部屋の主が帰って来た。ゆっくりと障子が開けられ部屋の主———山南の姿が現れる。
眼鏡を光らせ部屋をゆっくり見渡す。
「出て来なさい。誰か居るのでしょう」
正彦は息を殺して山南との距離を取りつつ、出口へとゆっくり移動する。
だが山南も人の気配を感じてならないらしい。懸命に目をこらして部屋に視線を飛ばした。
「ここに足を踏み込むとは良い度胸をお持ちですね。昼間、土方君の部屋の上で画策していた方ですか?この部屋を見てしまったからにはただで外に出すわけにはいきませんよ」
昼間に清次郎と土方の会話を盗み聞きしていたことをどうらや山南に目撃されていたらしい。
山南は腰に提げている刀に手をかける。そして正彦は山南と目が合った。
隠し身の術で完全に姿を消しているというのに山南はほんの僅かな気配だけで正彦の存在に気づいた。
唖然とする正彦に山南の手は鯉口にかかっている。
懐に手を入れ、新たな札を取ろうとしていた正彦は自分に言い聞かせた。
土方の部屋を捜索していたときに山南の状況もわかった。腕を負傷して利き手は使い物にならないらしい。刀などまともに扱えない。だから正彦は焦らずに詠唱を唱えようとした。
だが、またも愕然とする光景が目の前で起こった。
「…!?」
「どこのどなたかは知りませんが、生きて返すことはできません」
山南も同じく倉の男達同様に髪を白く染め、赤い瞳で正彦を睨んだ。
「なるほど、あんたもか…」
研究者である本人も羅刹に身を落としていた。ここは異形者たちの巣窟。秘密裏に研究を重ねられている地獄だ。
とんだところに足を突っ込んでしまったと正彦は後悔しつつも呪符を構える。
緊張が走った。
山南は鯉口を僅かに動かし、いつでも抜刀できる構えに入る。
資料をまだ全て読んでいない正彦はその羅刹というものがどんなものなのか未知数だ。
警戒を最大に、正彦は詠唱を唱えようとした。
すると突然入り口から物音がした。
二人の視線はそちらに走る。
「…君は…」
山南は目を丸くした。
部屋の入り口に拓磨が立っていた。部屋を目の当たりにして拓磨は困惑しているようだ。
「どうしてここに…ここは立ち入り禁止ですよ」
山南は一度正彦に視線を送ってから刀を収めた。思わぬ人物に山南は戸惑っているようだ。
一体誰だ。正彦は少年を見つめる。
「わかってた。立ち入り禁止だってことは」
「では何故ここへ…」
「あんたは誰だ」
拓磨の強い瞳が山南を射抜く。山南の表情が固まる。拓磨の問いも当然かもしれない。
その姿は異形のものだ。白い髪。赤い瞳。人ならざる姿。
山南はしばらくの沈黙の後、無理やりに笑みを顔に貼り付ける。
「初めまして。私は山南と申します。組長を務めています。貴方に会うのは初めてですね」
山南は無理やり作った笑顔で話す。拓磨は微動だにせず、山南を見つめた。
一方正彦は山南の手を見つめていた。打ち震えるように、欲求を抑えているようなその手は小刻みに震えている。拓磨の角度からは決して見えないが、正彦は嫌な予感がした。
「俺を知ってるんですか」
「もちろん。土方君や近藤局長から聞き及んでいますよ」
「あんたはどうしてこんなところにいるんですか。ここら一帯は夜になると不穏な気配がする…ずっと気になってた。あんた、昼間俺のこと監視してるだろ」
拓磨の言葉に山南は音をたてて笑顔を消した。
さらに言葉を続ける。
「最初に違和感を感じたのはこの敷地内に入ってからだ。俺だけしか感じない不吉な気配。それがここだって知ったのは千鶴と大掃除をして物置に立ち寄ったときだ。あんたは俺を監視していたことを初めてしったのもそのとき。それから視線を感じることが何度かあった」
拓磨は淡々と山南から視線を外さずに言葉を紡ぐ。
「あんたは何者なんだ?幹部の人からは紹介もされてない。なのにどうしてこんなところで、どうして一人でいるんだよ」
山南は答えない。表情が消えた顔からは何の感情も読み取れない。
「あんたは本当に新撰組の人間なのか?」
問いの答えは返ってこない。山南はただ光る眼鏡越しに拓磨の瞳を見つめている。
その緊迫した空気のなか正彦はそっと出口へと身を翻した。
山南の注意が逸れた今、絶好の逃げる機会だ。そのまま倉の外へとでて軒先まで歩く。そこで誰もいないことを確認してから隠し身の術を解いた。
「…とんだ隠し玉持だな…」
呆然と倉を見つめて正彦は呟いた。今でも理解が追いついていない。もっと詳しく知る必要がある。その変若水について。
そのためにはどうすればいいのか。正彦は作戦を練った。
するとそこへ調査を終えた清次郎が音も無く正彦の横に現れる。
「おかえり、そっちはどうだった?」
「近藤派と伊東派の関係はだいたいわかったわ。それと、もの凄い情報もあったわ」
「こっちもだ。これはもっと調べる必要があるね」
「あら、一体どんな情報だったの?」
「後で説明するよ。とにかく今はあの倉の中にいる奴等がどう出るか観察するんだ」
そういうと正彦は山南の倉の中が良く見える天窓まで歩く。それに清次郎も続く。
またも木を登って天窓から中を覗く。そこには緊張漂う二人がいた。
「今彼らはどんな状態なの?」
「さぁ、俺もよくわからない。あの白髪男はこの倉の主だろう。もう一人は、恐らく———守護者だ」
正彦は拓磨を見つめていった。隣の清次郎は驚いたように目を見開く。
「まぁ、見つかったのね。あれが未来から来たっていう…何の守護者かしら…」
「多分、あの容姿、あの赤毛から考えると…鬼崎家だね。拓魅にそっくりだ」
「なるほど…ちょっと、正ちゃん。あれ、大丈夫なの?」
清次郎が指差す方向を見て正彦は目を細めた。
「さて…僕等は見物しよう。清。これを上手く使えばおもしろいことになる」
「どうゆうこと…?」
山南が拓磨に掴みかかろうとしている。それにもかかわらず正彦は動く気配を見せない。
清次郎は不敵な笑みを浮かべる正彦を見つめた。
「奴等、守護者は新撰組に正体をまだ明かしていないらしい。つまり、この場で明かすように仕向ければ———」
「…きっと新撰組を巻き込まないために黙っていたんでしょうね」
「そう。だからそれを暴いたとき、どんなことが起こるか。愉しみだね。ついでにあの羅刹をもっと知るきっかけにならないかな…」
視線を巡らせて正彦は嗤った。
そうして屯所の玄関を見やって残忍な笑みを浮かべた。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.95 )
- 日時: 2013/06/30 21:04
- 名前: さくら (ID: 4BMrUCe7)
「鬼崎君、と言いましたね…」
山南は無表情でじりじりと拓磨に近づく。拓磨も少しずつ後退する。山南から只ならぬ気迫を感じて拓磨は出口をちらりと見た。あと数歩で出口だ。
「そう恐がらないで下さい。相談があるのです」
「相談…?」
山南の口端が突然吊り上った。その歪な笑みに拓磨は不気味さを感じる。
「少し、少しで構いません。貴方の血を分けて頂けませんか?」
「は…?血?」
「そうです。血です。ほんの僅かでいいのです…どうか、その血を…私に…」
その赤い瞳が爛々と強い光を宿す。その目には欲求を感じて、拓磨は一笑した。
「血が欲しい?何のために?このおかしな実験のためか」
「そうです…変若水の完成に協力して下さい…!」
「どうかな。あんたの顔には“研究のため”じゃなくて“自分のため”って書いてあるぜ」
拓磨の一言に山南の顔から歪な笑みは掻き消え、そして黙したまま突如腕を振り上げた。
それをひらりとかわして拓磨は山南と距離を取る。
「血を…血を…下さい……血を、血を、血、血、血…よこせぇっ!!!」
「化けの皮が剥がれたな、あんた」
本能を剥きだしたその瞳には拓磨しか映っていない。間合いを詰めて山南は抜刀した。
抜刀の勢いを利用した剣撃に拓磨は間一髪のところでよける。
突然機敏な動きをして刀を振り回す山南に拓磨は違和感を感じて顔を顰めた。
「ずっと気になってたんだ…あんたや、他の倉から感じる気配は俺に似ている…けど、どこか違う…そう思ってた」
羅刹化した山南に今言葉など響かない。ただ血を求めて拓磨に斬りかかる。剣撃をかわしながら拓磨は確信を口にした。
「あんたら———鬼だな。それも俺とは違う、吸血鬼だ」
山南が突きを見舞う。その攻撃で刀が壁にめり込んだ。すかさず山南は腕を振り上げて拓磨の肩を捕らえる。
「ぐっ…!!!」
「血、血、血が欲しい…っ!!!」
その腕からは考えられないほどの握力で肩を捕まれ、拓磨は山南を睨んだ。壁に刺さった刀を抜いて山南は拓磨の胸を貫こうとした。
だが、それは拓磨の腕によって阻まれた。
「———!?」
「悪いな、人間相手に使いたくなかったんだが…」
拓磨の腕は鋼の鎧のように変貌していた。通常の腕の二倍はあろう長さで、爪は何をも切り裂くほど鋭いものだった。山南の表情が変わる。
拓磨は刀を握り真っ二つに折った。破片は畳に散り、今度は肩を掴む山南の腕を握る。
「悪いが、俺の血はやれねぇ」
「うあぁああぁあっ」
苦痛で絶叫する山南に構わず、拓磨はさらに腕を締め上げた。ぼきんっと何かが外れる音が部屋に響く。
そこでようやく拓磨は手を離してやった。脱臼したのだ。これで腕も動かないだろう。
だが山南はまたも不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふふふふっ…」
「何だ…?」
人間であれば耐え難い苦痛のはずなのに、山南は何事もなかったかのように嗤っている。
その不穏な笑みを見つめて拓磨は気が付いた。まさか———
「回復してるのか…!」
平然と脱臼した腕を動かしている。否、凄まじい速さで回復したのだ。拓磨の持っている治癒能力を遥かに上回るものだった。
愕然とする拓磨に山南は掴みかかった。思わぬ力の強さに驚き、畳に散らばる資料に足を取られてそのまま転倒する。
「血を下さい…血…血…」
「くそっ…!!!」
倒れた拓磨の腕を足で踏みつけ、山南は折れた刀を振りかざした。
「それで…?結局お前達の話をまとめるとこうなるのか?また未来にいる知り合いが角屋にいたってのか。それも男が芸者になって。しかも向こうはお前達を知らない、と」
「そうです…」
先に店を出た近藤たちと合流した土方は珠紀に確認をとる。
確信はないのか珠紀も不甲斐なく答えた。
「どういうことだよ?知り合いなのに向こうは知らないって…」
藤堂が疑問を口にするが、真相はわからない。確かめようにも角屋に今は行けないのだ。
一同は帰路についている道中、大蛇と別れることとなる。
「それでは、私はこちらですので…」
「あぁ、そうか。君は今松本先生のとこでお世話になっているんだったな」
「はい。今日は宴会に同席させていただき、有難うございました。話の続きは後日、改めて訪ねます。今後ともこの子達のことをよろしくお願いしますね」
「いやはや、こちらこそ…」
近藤と大蛇の別れのあいさつが済むと大蛇は一同とは違う道を歩いていった。
「そうだった…結局話が途中だったんだよね。あーぁ、どうして風間なんか来ちゃうのかなぁ」
残念そうに呟く沖田に珠紀も苦笑いだ。タイミングが悪かったとしか言えない。
「でもま、料理も美味かったし、良しとしようじゃねぇか」
原田は屯所の玄関について呟いた。
「そうだぜ、また奢ってくれよな、左之さん」
「また、かぁ?おいおい、お前等は俺を潰す気か」
幹部達は笑いながら屯所の門をくぐる。ただ珠紀は浮かない顔で角屋の方角を見つめた。
「珠紀ちゃん…」
見かねた千鶴が声をかける。珠紀は暗闇でも角屋のある方角を見つめながら呟いた。
「慎司君…あれは、慎司君だったんだよね…」
その答えは誰にもわからない。虚しく言葉が空気に消えていくだけだ。珠紀の後ろを歩いていた祐一が声を上げる。
「冷えてきた…早く中に入ろう」
「そうだぜ。また角屋に行って慎司を探せばいいんだし。今日は大人しく部屋に戻れよ」
「うん…」
千鶴が連れ添い、珠紀は門をくぐった。
そうして部屋に戻ろうとして拓磨の部屋の前に着く。そういえば拓磨は今何をしているんだろう。珠紀は気になって部屋の前で声をかけた。
だが、返事が無い。もう寝てしまっているのか。当然だ。夜半を過ぎているのだからもう床に就いているかもしれない。
珠紀はそう思い自分の部屋に戻ろうとした刹那、拓磨の部屋の障子が僅かに開いていて、そこから中が見えた。
「拓磨…?」
誰もいなかった。部屋の主である拓磨の姿がない。珠紀はそっと障子を開けて確認するが、やはり誰もいない。
「拓磨…?」
何だか落ち着かない。胸の奥が騒いで苦しい。珠紀は拓磨の部屋を出て廊下を歩く。そのときに部屋に戻ろうとする祐一と真弘と会った。
「どうした、そんなに急いで」
「もう寝ろって言っただろ、何してんだよ」
「拓磨がいないの!先輩、しらない?」
珠紀の様子を見て、二人は顔を見合わせる。
「部屋に居るだろ。もうこんな時間なんだし」
「部屋に居なかったの!どこに行ったんだろう…」
「厠を見て来よう」
祐一は厠に足を向けた。珠紀はそわそわと落ち着かない様子で祐一を待つ。
「大丈夫だって。その辺でぼーっとしてんだろ。心配性だな」
「嫌な予感がするの。先輩、私の嫌な予感はよく当たってましたよね」
「…おいおい、気味悪いこと言うなよ」
そこに祐一が戻ってきた。首を横に振りながら戻ってきたのを見て、珠紀の不安は更に膨張していく。
「どこ行ったんだ、あいつ…」
「屯所内にはいるはずだ。探してみよう」
三人は頷くと各々違う方角へ向かった。
「拓磨、どこ行ったの…?」
珠紀は小走りで屯所内を駆けていた。中庭、井戸、稽古場。走って隈なく探すが、どこにも彼の姿は見当たらない。どんどんと不安が膨らんでいく。
珠紀は焦燥に胸を焼きながら走った。廊下を走っていると廊下の曲がり角で人とぶつかった。
「きゃっ!!」
「———っすまない」
ぶつかった相手は斎藤だった。黒い着物を着ているため珠紀は斎藤を認めることができなかった。咄嗟に斎藤はぶつかった珠紀の腕を掴んで謝罪する。
だが、珠紀はそれどころではなかった。斎藤の腕を握り返して早口に言った。
「拓磨、拓磨知りませんか?」
「拓磨…?拓磨がどうかしたというのか」
「どこにも居ないんです…部屋にも厠にも、井戸にも…屯所内にいるって言ってたのに…」
斎藤は珠紀の言葉を聞いてしばらく思案した後に少し強張った表情で彼女の手をそっと握り返した。
「それが確かなら…俺は副長にこの旨を伝えてくる。お前は引き続き拓磨を探してくれ」
「はい、お願いします!」
珠紀は頷くとまた駆け出した。それを見届けて斎藤も小走りで副長室に向かう。杞憂であればいい。自分の予想がはずれていればそれでいい。斎藤は頭を振って先を急いだ。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.96 )
- 日時: 2013/07/02 20:16
- 名前: さくら (ID: 4BMrUCe7)
「あいつ、外に行ったのか?」
真弘は空から屯所を見渡すが、外に拓磨らしき姿は無い。外出したとしか考えられないが、屯所内には拓磨の気配が散っている。どこかにいることは確かなのだが、どこだ。
風を操って地上に降り立つと丁度祐一と鉢合わせした。
「居たか」
「いや、空から見てもいない。どっかの建物に居るんだとは思うんだけどよ…何せ無駄に広いからなぁ」
寺を改造した屯所は境内を含めると相当な敷地面積になる。加えて建物一つ一つが荘厳で広い。
祐一と真弘は互いに探した場所を報告して探していない場所を見つけ出していく。
「あとは…北の方だな」
「あぁ。だがあそこは近づくなと言われている場所だろう」
以前、土方に固く言い渡されたことがあった。
『絶対に北の倉には近づくな』
何かあることは確かだろうが、それを言及することも憚って、真弘達は黙って従っていた。
残す場所はそこしかない。
二人は顔を見合わせて北の方へと向かった。
「北に行くなって言われて拓磨は行ったのか?」
「何か調べることがあると言っていた…もしや調べるとはこのことだったのでは…?」
「北の倉を調べに行ってたのかよ?何でまた…」
真弘の問いに祐一は黙って首を横に振った。それはわからない。とにかく一応確認のために北の倉を目指す。確認するため、と言えばお咎めがあっても軽いものになるだろう。
ひやり。
北の倉は広間に当たる巨大な建物の影になって夜は特に冷えていた。
体感温度が下がったことに真弘は顔を顰めながら歩いていると、二人は感嘆した。
「何だこりゃ…」
月光に照らされ、確認できるだけでも十を超えた数の倉が点在していた。
どれもさほど大きくは無いが、広い敷地内にいくつも倉が建っている光景に二人は驚く。
「こんなに倉が必要なのか、普通」
「さぁ…」
二人はまず脱力しかけた。この数を調べるのか。今夜は長い夜になりそうだ。
「くそ、あいつ覚えてろよ」
「ちょっと、正ちゃん、あれ…」
「あぁ…」
ちょうど東の方角からこちらに二つの影を認めた。清次郎は二つの影に目を凝らして、呟いた。
「あれ、もしかして守護者かしら…?」
「みたいだね。この時代にはそぐわない髪の色しているし…気配が微かに普通の人間と違う」
正彦は目を細めた。これで三人の守護者が確認できた。そしてあの小さな影には見覚えがある。
「町で俺が仕掛けた相手だ…」
以前不逞浪士を利用して守護者との接近を謀った人物だ。確か風を操っていた。そのことからあれは鴉取家の者だとわかる。
「それじゃぁ、彼らにも働いてもらおうかな…」
正彦は懐から呪符を取り出すと小さく何か唱え、それを山南の倉に向かって放った。
呪符は閃光を走らせ、倉の上で爆ぜた。その音に気が付いた二人はそちらに向かって駆け出す。
「さて、上手くやってよね。守護者さん…」
「何だ!?」
「向こうからだ」
二人は爆発音がした方向へと駆けた。
辿り着いた倉はその辺りの倉とは違い一回り大きな倉だった。その入り口の扉が不自然に開いていることを二人は見止めて確信する。
そうして二人の同時に扉を開けた。目の前の障子を開けようとした刹那———
「ああああああぁあぁっ!!!」
「っ!?」
拓磨の絶叫が響いた。二人は障子を蹴破って部屋に入ると、愕然とした。
赤い液体が部屋に所狭しと並んでいる。月光に照らされたその部屋は異様に赤が毒々しく見えた。そうして床にも赤い液体が満ちていた。これは何の液体だ。
二人が床に広がる液体を視線で追い、辿り着いた先に拓磨の横たわる姿があった。
その拓磨に圧し掛かり、血を啜ろうとしていた男を見止める。
真弘は考えるより先に体が動いた。目にも止まらぬ速さでその男を殴り飛ばす。
骨が砕ける音が部屋に響く。山南は畳にもんどりうつと、壁にぶつかってそのまま倒れた。
「拓磨!!」
祐一が拓磨に駆け寄り傷の具合を確かめる。腹部を数箇所、傍らに転がる折れた刀で刺されたらしい。肋骨を絶ち、内臓まで損傷している。口元に耳を当てると虫の息だ。祐一は拓磨の腹部に手を当て、苦しげに呟く。
「傷口を焼く…我慢してくれ…っ」
青い炎が拓磨の腹の上で踊り、拓磨は悶絶した。血と肉の焼ける臭いが部屋に充満する。
「おい、クソ野郎…拓磨に何しやがった…っ!!」
顔面を力任せに殴ったおかげで山南の顔は赤く腫れていた。そんなことも構わず真弘は山南の胸倉を掴んでもう一度顔を殴ろうとしてその手を止める。
「こいつ…っ」
「ひひっ…血ィ…血はどこだぁ…」
回復していた。めちゃくちゃになっていてもおかしくない顔の傷が回復している。
唖然としている真弘はそのことに気を取られ、山南が腕を振り上げたことに気がつけなかった。
咄嗟に山南の拳を避けて、間合いを取る。
「真弘…!」
「お前は拓磨を頼む。俺はこいつを何とかする…っ!」
力を込めると体を包む爆風を起こす。辺りの資料を巻き上げ、真弘は虚ろな瞳の山南に言い放った。
「誰かは知らねぇが、拓磨を痛めつけた分、きっちり返してやるよ」
「———っ!!」
微かだが、真弘の気配を感じて珠紀は顔を上げた。力を使っている。どうしたというのだろう。珠紀はそちらに向かって走りだした。
「そう、それでいい…そうやって本性を現してもらおうか…」
正彦は更に口端を歪め、懐から数枚呪符を取り出した。そしてそれを羅刹化した男達がいる倉の錠前に放った。錠前は呪符によって溶け、扉が開く。
「ふふ…さぁて…僕をもっと愉しませてよ」
珠紀が向かっている方角は北だと気が付いたときにはもう遅かった。
広間である建物の横を走りぬけ、行ってはいけないと念を押されていた場所に来たとき、珠紀は目を丸くした。
「何…?」
数えられないほどの倉が点在し、その扉から白髪の男達が出て来た。目を光らせ、何かを求めているかのように彷徨っている。その光景に何故か恐怖を覚えて、珠紀は一歩後退しようとした。
そのときに小石に躓いて盛大に転倒してしまった。ぎろり、と一斉に男達の視線が集まる。
恐い。ここにいてはいけない。
珠紀は自分にそう言い聞かせて立ち上がろうとするより早く、白髪の男が珠紀目掛けて地を蹴った。
「きゃああぁぁぁあぁっ!!!」
「っ!?珠紀!?」
真弘は風を腕に集中させ、山南に痛手を負わせたところだ。珠紀の声に二人は顔を見合わせる。
「祐一!拓磨は任せろっ」
祐一は拓磨の応急処置を済ませると頷いてその場を後にした。
拓磨を庇うように立ちはだかり、真弘は山南を眼下に見る。
力を込めて一撃を見舞ったはずなのにすぐに回復してしまう。自分達を遥かに上回る回復力に焦燥を覚えた。
「何か弱点はねぇのか…!」
ちらりと視線を変えて拓磨を見やる。浅い息を繰り返し、顔色も良くない。
ちっと舌打ちして真弘は神通力を爆発させた。
「俺は面倒ごとが大嫌いだ。すぐに終わらせてやるよ———っ!!!」
そうして漆黒の翼を背に掲げ、真弘は爆風を巻き起こした。
拓磨には防風の膜を張ってやり、目の前の山南に向けて手をかざす。
「吹き飛べ———っ!!!」
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