二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
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- 薄桜鬼×緋色の欠片
- 日時: 2012/09/26 13:48
- 名前: さくら (ID: cPNADBfY)
はい。
初めましてな方もそいうでない方もこんにちは。
またさくらが何か始めたで。と思っている方もいると思いますが
薄桜鬼、緋色の欠片好きの方には読んで頂きたいです
二つの有名な乙女ゲームですね
遊び感覚で書いていくので「なんやねん、これ」な心構えで読んでもらえると嬉しいです←ここ重要
二つの時代がコラボする感じです
あたたかい目で見守ってやって下さい
それではのんびり屋のさくらがお送りします^^
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- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.47 )
- 日時: 2013/02/24 00:48
- 名前: さくら (ID: MmCaxbRG)
「何か叫んでるね」
「あぁ」
新参者三人の監視を土方から蜜命された沖田と斎藤は、三人の部屋の前の廊下の突き当たりに待機していた。
曲がり角の壁に身を隠しながら二人は腰を下ろしている。
部屋から聞こえた真弘の雄叫びが一体何だったのか二人は皆目検討もつかない。
「全く…近藤さんも伊東さんの次はこんな怪しい人たちまで連れ込んじゃうんだから困ったね」
「そう言うな。あの方にはあの方のお考えがあるのだ。俺達はただ従うだけだろう」
「そうだね」
幹部の中でもまだ波紋が広がっている。全く得体の知れない者が突然現れ入隊したのだから動揺が隠せない者もいた。
伊東派のことで小さな小競り合いがこの屯所でいつも勃発している。
他を気にかけるほど余裕があまりないのが正直なところだ。
また芹沢のように新撰組が二手に分かれるのでは、と杞憂を抱く者もいる。
「ねぇ、一君」
「…何だ」
なるべく声を小さくして、沖田は口元に笑みを湛えて一に視線を移す。
「あの子達。どう思う?」
「あの子達とは?拓磨達のことを言っているのか?」
「そう」
「どう…と言われても…お前は何か感じたのか?」
問い返してみると沖田は目を細めて嗤った。月明かりの少ない今晩は僅かな月光で沖田の瞳が不気味に輝く。
「あんまりいい気はしないかな…何だろう。具体的には言えないんだけど…人間じゃないような…」
「人間じゃない?」
「昨日。あの二人を捕縛しようとしたとき、気配が少し違った…まるで羅刹みたいな」
「馬鹿な。変若水は表立って他人に渡る代物ではない」
「分かってるよ。けど、あの子達の本性はあんまり僕は好きになれないなぁ」
一はそう呟く沖田の横顔を見つめた。
名声を欲しいままにしてきた沖田からすれば、二人の底知れない力が気に喰わないのかもしれない。
斎藤は特に沖田のような感情は沸かない。むしろ変わった二人が入隊したことで何か起こるのでは、と先を待つ心構えだ。
「二人の力に慄いているのか?」
「まさか」
即答に近い沖田の一言は迷いが感じられなかった。
「拓磨…君だっけ?僕の隊に入るみたいだし…楽しみだよ」
「あまりいじめすぎるなよ」
斎藤の諌める言葉に沖田は何も答えず、ただ意地悪い笑みを浮かべていた。
次の日。
晴天に見舞われた今日は絶好の巡察日和だ。
朝から沖田の一番隊が巡察に出るということで、拓磨は朝餉を終えて玄関に出ると待っていたかのように沖田がそこに立っていた。
「はい。これ着て巡察に行こうね。あとこれも」
沖田は浅黄色の羽織を拓磨に突き出し、次に刀を差し出した。
「丸腰で歩いてたら今のご時勢、あんまり良くないからね。扱えなくてもまずは刀に慣れることが先だから。それ僕のお古だけど使ってみれば?」
「うっす…」
出会いが出会いなだけ、お互いの印象はあまり良くない。どこかぎこちない空気を打破したのは元気の良い声だった。
「遅れてすみません!私もご一緒しますね」
玄関からばたばたと急いで現れた千鶴は沖田に頭を下げた。沖田はにっこりと微笑んで踵を返した。
「いいよ。じゃぁ全員揃ったし行こうか」
玄関を出るとすでに隊士が集合していて沖田がそれを先導していくかたちで出発した。
拓磨はその後ろを付いていくことにして、とりあえず羽織を着ようとしたが。
「?あれ?」
羽織の掛け襟部分についている羽織紐がどう結ぶのかわからない。周りの隊士を見てやってみるがどう結ばれているのか全く分からなかった。
戸惑っていると横を歩いていた千鶴が手を差し出した。
「この紐はこう結ぶみたいですよ」
千鶴の小さな手が拓磨から羽織紐を受け取り手際よく結んでやる。
「あぁ、ありがとう。助かった」
「この羽織特殊ですよね。初めはわからなくて当然ですよ」
千鶴は人の良い笑みを浮かべて拓磨を見上げた。
「千鶴って言ったか。どうせ同じ歳ぐらいだし、敬語、無理に使わなくてもいい。その方が俺も気が楽だし」
拓磨の提案に一瞬目を瞬いたがすぐに破顔した。
「それ、珠紀ちゃんにも言われた。えっとじゃぁ拓磨君、でいいのかな?」
「あぁ、よろしくな。千鶴」
こうして二人だけで話をするのは初めてだ。改めてこういったことを決めておかないと後々気まずくなったりする。
「どうかしたか?この羽織、似合ってないか」
「えっ!別にそういうわけじゃなくて…」
千鶴は拓磨をじぃっと見上げて何か考えているようだった。その視線に耐えかねて拓磨は声を上げた。
「初めて会ったときから不思議と安心するの。拓磨君の隣にいると」
その言葉を聞いて、あぁと拓磨は内心頷いた。
お千から聞かされて彼女が鬼であることを知っている。だがこちらが鬼とはまだ彼女には教えていない。
千鶴は安堵する理由はわからないが、同族といることで本能が安らいでいるのだろう。
「あ、えっと変なこと言ってごめんなさい」
拓磨が何も言わないことに気を悪くさせたと思ったのか、千鶴は罰が悪そうに謝った。
「いや、大丈夫だ。そんなふうに言われたのが初めてだったから」
拓磨がそう答えるとまた微笑んで前を向いて歩く。
いくつかの辻を曲がって大路に出た。人の活気に目がくらみそうになる。
「そう言えば何で千鶴は巡察についてくるんだ?お前も隊士だからか?」
「あ、私は人探しをさせてもらってるの。巡察について回って父様を探し回ってる」
「父様?親父さんが行方不明なのか?」
拓磨の問いに急に千鶴は顔を曇らせた。あまり話したくないのだろうか。
「私が屯所にいる理由は、詳しくは話せないんだけど新撰組の人たちも父様を探してるから、私も目的が一緒だったから屯所にいるの」
「?何で新撰組が親父さんを探してるんだ?何かあったのか?」
「雑談もそこまでにしてもらわないと仕事が進まないんだけどなぁ」
二人の背後から沖田が不服げに声をかける。
驚いて周りを見れば店が軒を連ねる通りに隊士達が散って検問を開始していた。
「千鶴ちゃんは聞き込みに行くんでしょ?ほら、今行かないともう次の場所に移動するよ」
「あ、はい!」
千鶴は発破をかけられて近くを行きかう人に聞き込みを始めた。
その様子を見ていた拓磨に声をかける。
「近藤さんは君達を迎えたけど、僕はまだ君達を認めてない。その羽織を着たからって仲間になった訳じゃないからね?」
「…」
唐突に沖田の口をついた言葉は容赦ないものだった。だが沖田の言い分にも一理あると納得した拓磨は黙って聞き入れる。
「あんまり僕達に深入りしない方が身のためだよ。早く君達の探し人を見つけてとっとと帰ってもらわないと。ほら、君も聞き込みした方がいいんじゃないの?探してる人がいるんでしょ」
沖田の言葉に背を押されて拓磨は往来を歩く人に聞き込みを開始した。
沖田は目を細めて拓磨の背を睨む。
「やっぱり気に食わないなぁ」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.48 )
- 日時: 2013/02/25 00:40
- 名前: さくら (ID: MmCaxbRG)
拓磨が巡察に出発したということで、真弘は何をすべきか縁やで腰掛け悩んでいた。晴天の今日は日差しが温かい。
心地よさにまどろんでいると背後から耳を劈くような声がした。
「ああっ!!こんなところにいた!何優雅にくつろいでんだよっ」
「あ?」
慌しい足音ともに現れた藤堂はのん気に日向ぼっこを決め込んでいた真弘に不満を口にした。
「お前俺の隊に入隊したんだから顔ぐらい見せに来いよ」
「誰がお前の隊に入ったんだよ」
「だからお前だって!土方さんからそう聞かされたろ!?」
入隊と言えば昨日の夕刻、道場にいたときそんな話があったなと思い出した。その時真弘は伊東に身長について罵られそれどころではなかった。
それを思い出して真弘は眉根を寄せる。
藤堂とはここに来た初日井戸で揉めた人物だ。あまりお互いの印象が良くない。真弘の印象では井戸の順番がどうとか一悶着起こした。
その隊長がいる隊に入ったなど何かの嫌がらせだろうか。
「お前の隊なんざ入らねぇ」
「はぁ!?何言ってんだよっ。そんなことできるはずねぇだろ。もう決定事項なんだし…」
「お前じゃなけりゃどこの隊にも入ってやるよ」
「なっ…言ったな!俺だってお前なんかこっちから願い下げだよ!誰が好き好んでお前を入れたりするか!」
二人の間に火花が激しく散る。一触即発の空気が漂うなか、ひとつ足音が近づいてきた。
「平助、ここに居たか。さっさと広間に集合しろ。いつもの“あれ”だ」
「あ、いっけね!忘れてた」
斎藤はすっと視線を真弘に移して、口を開く。
「お前も来るといい。診てもらって損はないだろう」
「みてもらうって…何をだよ?」
小首を傾げる真弘に斎藤は身を翻す。黙って着いて来いということなのだろうか。
真弘はとりあえずやることもないので、腰を浮かせた。
斎藤の後に続く藤堂と視線がぶつかって再びにらみ合いが始まる。
斎藤について広間に来てみれば、平隊士や幹部が溢れんばかりに集合していた。
それだけでも異様だが、もっと異常だったのは全員が上半身を脱いでいたのだ。
「何だこれ」
「いいからお前も上脱いで列に並べよ」
よく見ればその集団は広間の奥に向かって列をなしていた。最後尾は廊下まで出ている。
「何のために脱ぐんだよ?」
「検診してもらうためだ」
斎藤は首に巻いていた襟巻きを解いて、上半身を脱ぐ。藤堂も続いて上半身を露にした。
「検診?」
「ここには月に一度松本先生という医師が隊士を問診してくれる」
列に並んで斎藤が説明してくれた。
そんなことがあるのかと納得した真弘は大人しく列に並ぶ。
「お前の悩みはあれだろ?身長をどうにかしたい、だろ?」
藤堂が皮肉を込めてにんまりと笑った。その笑顔もそうだが、その台詞が何より頭にきた真弘は額に青筋を浮かべて藤堂を睨んだ。
こちらに来て身長についてからかわれることが多いのは何故なのだろう。
「はっ!その言葉そっくりそのままお前に返してやるよ!」
「お前よりは身長高いんだよ!」
「嘘付けっ!思いっきり爪先立ちしてるじゃねぇか!」
再び舌戦を開始した二人に呆れて斎藤は目を覆った。言い争いが過熱していくにつれ、周りの隊士が騒ぎ出す。
「何やってんだ、お前等」
「うるせぇぞ。静かに列に並べ」
問診を受けに来た原田と永倉が二人の仲裁に入る。
今にも掴みかかろうとする二人にそれぞれげんこつを見舞った。
「って!」
「黙って並べ。そして感激しろ。この俺のすばらしい筋肉をっ」
永倉が脱いでいきなり上半身の鍛え上げられた筋肉を見せつけ始める。
真弘はそれを目の当たりにして若干距離をとる。こういった暑い輩は苦手の部類に入る。あまり関わりたくない人物だ。
「お前は毎回問診のたびに筋肉見せつけなくていいんだよ」
「それ以外に何をすればいいんだっ」
「お前も静かに並べばいいんだよ!」
原田に諌められても尚、永倉は自慢の筋肉を平隊士にひけらかす。
毎度のことなのだろうか、平隊士も苦笑いを浮かべて受け流していた。
「今日も賑やかだな。結構結構。それじゃさっそく、斎藤君から診ようか」
「お願いします」
騒いでいる間に順番が回ってきて、広間の置くに待ち構えていたのは中年の剃髪した人物、松本だった。
腰掛けに座り、向かいにも腰掛がある。斎藤はそこに腰を下ろした。てきぱきと手際よく検診を行ってひとつ大きく頷いた。
「うむ。斎藤君も健康そうで何よりだ。これを維持してくれよ。よし、じゃぁ次」
斎藤は一礼して腰を上げた。次の番が回ってきた真弘は上半身を脱いでから腰掛けに座った。
「新入りだね。さて、君の健康はどうかな?」
松本が検診を始めようとした時だった。
横の障子から薬箱を手に現れた人物に真弘は目を見張った。
「先生。薬の補充、ここに置いておきますね」
「あぁ、ありがとう。大蛇君」
「大蛇さんッ!!!」
真弘は腰掛を倒す勢いで立ち上がった。その声と音に驚いた一同は成り行きを見守る。
「鴉取君!君、どうしてここに…」
「それはこっちの台詞だって!良かったぜ!大蛇さん、この時代に居て…!」
真弘は大蛇に近寄って本人かどうか確認する。
丸い眼鏡に長い髪はそのまま。着物も常時着ていた彼は現代にいたときとそのままだった。
二人は驚いているのか、目を丸くしたまま笑い合っていた。
「二人は知り合いかね?」
「あ、はい」
「何で大蛇さんがここにいんだよ!?探してたんだぜ」
「積もる話があるようだね。大蛇君。ここはいいから、その子と話をしてきたらどうだね?」
「すみません。では、お言葉に甘えて…」
大蛇は一礼すると真弘とともに広間を後にした。
「おい、一体何だったんだ?」
「さぁ…」
「大蛇さんって…確かあいつらが探してた人じゃ…」
「そう言えば松本先生。あの人ちょっと前から一緒に問診に来てたよな」
藤堂の問いに松本は頷いた。
「あぁ、彼とは少し前に出会ってね。倒れているところを私が介抱したら、行き先がないからここに置いてくれって言うもんだから仕事を手伝ってもらってたんだよ」
「何だ案外近いところにいんじゃん」
「だな」
藤堂と永倉が笑い合っていると、松本も笑みをこぼした。
「良かったよ。彼は知り合いもいないみたいだったから」
洗濯物を千鶴と片付けていた珠紀は庭にいた。
「今日はお天気がいいからすぐに乾きそうだね」
「そうだね。でも凄いね、千鶴ちゃん。昔の人はこうやって選択してたんだ」
「未来では違うんですか?」
「うん。まず手洗いじゃないんだよ?洗濯機っていうのがあって———」
珠紀が桶の水を汲もうと立ち上がったとき、角の廊下から現れた人物に目を丸くした。その拍子に桶を足元に取り落とした。
「珠紀ちゃん?どうしたの?」
「あ…あ…」
珠紀の視線を追って見ると真弘と並んで歩いて来た見知らぬ人物に、千鶴は小首を傾げた。
珠紀に気付いた大蛇は顔を綻ばせた。
「珠紀さん…!」
「大蛇さんっ!!」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.49 )
- 日時: 2013/03/02 15:46
- 名前: さくら (ID: MmCaxbRG)
珠紀はすぐさま大蛇の元に駆け寄ってその手を握った。
「大蛇さんっ!?本当に大蛇さん?」
「あぁ、珠紀さん。貴方にどれほど会いたかったか…もっと確かめさせて下さい」
大蛇は珠紀を引き寄せて抱きしめる。思わぬ大蛇の行動に驚いたのは真弘の方で慌てて二人の間に割って入った。
「大蛇さん、勢い任せのスキンシップはそこまでにしてもらおうか」
「手厳しいですねぇ、鴉取君は」
渋々珠紀を放して大蛇は苦笑した。
「それにしても、何故珠紀さんや鴉取君まで…」
「私達は、別々に来たんですけど…どうして大蛇さんがここにいるんですか?」
話したいことが山のようにある。どうしてここに来たのか。今までどこでどうしていたのか。聞きたいことがありすぎて喉の奥でつっかえている。
「あの、お話は奥でされたらどうですか?私お茶を淹れてきますね」
傍いた千鶴の機転でとりあえず場所を変えることにした。
「大蛇さんはどうやってここに来たんだ?」
広間に移動した三人は向かい合うように座った。広間には三人意外誰も居ない。秋晴れの空を爽やかな風が吹きぬけ、その風は広間にまで届いた。
「私はただ、皆さんと一緒に蔵で掃除をしていて…ある書物が床に落ちたので拾おうとしたら、気が遠くなったんです。そうしたらここに…」
「え、大蛇さんも?」
「珠紀もか?」
「その言い方からすると鴉取君もですか?」
三人は記憶を手繰った。
あのとき、神社の蔵を珠紀と守護五家の面々で大掃除をしていた。
古い蔵は長年掃除されていない。蔵に入る度に埃が舞い、住みついている虫や鼠が徘徊している。これはそろそろ一掃して綺麗にすべきだという珠紀の提案で皆が動いた。
「で、朝から掃除してて…蔵の荷物を全部出そうってことになったんだよね…」
蔵に入っている書物から骨董品まで外に出していた時だった。
力持ちの拓磨を筆頭に男手は荷物を外に出していた。珠紀は掃き掃除をしてると、あることに気がついた。
『大蛇さん、これ捨ててもいいですか…あれ?大蛇さんは?』
周りを見渡しても大蛇の姿が見当たらない。珠紀は蔵の外に出て確認する。
だが、外には荷物を整理する慎司と祐一しかいない。もう一度蔵の中に戻って荷物運びをしていた拓磨と真弘を見止めて、小首を傾げる。
『大蛇さん?』
まだ荷物が散乱している蔵の奥に入っていく。奥で仕事をしているのかもしれないと思って珠紀は歩みを進めた。
奥には本棚が立ち並んでいる。棚をぎっしりと本が埋め尽くし、どれもが埃を被っていた。
長年人が使った形跡がない。その埃だらけの棚から一冊、書物が落ちていた。
誰もいないのに本が開いて落ちている。
『大蛇さん?どこ行ったのかなぁ?』
大蛇の姿が見当たらない。蔵を離れて母屋に戻ったのかもしれないと思った珠紀はその落ちている本を拾おうとした。
その刹那。
目も開けていられないほどの光が本から溢れ、閃光が意識を持っていくようだった。
たすけて———
珠紀が気を失う寸前にか細い声を聞いた気がした。
そうして目が覚めれば京都にいたのだ。
「私はこんな感じだったけど…皆は?」
「私も珠紀さんと同じですよ。蔵の奥に行くと本が落ちていたので、その本を拾おうとして…」
「俺も。珠紀と大蛇さんが見当たらないから奥に行って…そしたら本が…」
三人は互いを見つめた。わかったことが一つ。
「その本に近づいたら必ずここに飛ばされてるな…」
整理された本棚から一冊だけ。どこから落ちたのかその本は不自然に開いてまるで何かに誘っているようだった。
「一体何だ?その本は…」
真弘の問いに誰も答えられない。ただその本が何か鍵を握っているようだった。
「皆さんはいつこちらへ?」
「私は四日前に。先輩は?」
「俺と拓磨は三日前だったな。大蛇さんは?」
「私は一ヶ月前に…」
「一ヶ月!?」
珠紀と真弘は声を上げた。珠紀と真弘達に若干の時間差があるのは知っていたが、大蛇の一ヶ月という間隔の大きさに驚く。
「どうやらその本に近づいた時間の差が、こちらへ着く倍の時間ががかっているようですね…」
大蛇は掃除を始めてすぐにその本に近寄った。そして引き込まれ、時間が経ってから珠紀、真弘、拓磨と続いた。
「あーっ!!一体何がどうなってんだよ!」
わけが分からず真弘が叫んで思考を放棄する。
そこへ千鶴が茶を持ってやって来た。
「失礼します。お茶がはいりました」
「ありがとう、千鶴ちゃん」
「あぁ、気を遣って頂き有難うございます」
千鶴は三人に茶を配り、大蛇の顔をじっと見つめた。
「さっき松本先生と一緒に問診に来てくれていた…」
「大蛇卓と言います。今は松本先生のところでお世話になっているんですよ」
千鶴は洗濯をする前に松本と大蛇を玄関でみかけていた。その時の人物だとわかって千鶴は納得がいったように頷く。
「雪村千鶴です。おおみさんと言うと…珠紀ちゃん達が探していた人ですか?」
「そうなの。私達が探していた人だよ」
「見つかって良かったね」
珠紀が頷くと千鶴は自分のことのように喜んだ。
「なぁ」
真弘が突然声を上げた。一同は真弘の呼びかけに目を瞬く。
「どうかしましたか?鴉鳥君」
「思ったんだけどよ。俺達がいなくなったらきっと祐一や慎司が探してるんじゃねぇのか?」
「そういえば…」
三人が蔵で姿を消したのだ。今頃神社は大騒ぎしているに違いない。
そうして蔵を中心に捜索してれば、またあの本に近づき———
「祐一先輩や慎司君もこっちに来てるかもしれない…?」
珠紀の呟きを誰も否定出来なかった。その可能性は無きにしも非ず。だが必ず京都に飛ばさるかはわからない。この場所ではないところに飛ばされたり、もしかすると時代すら違うかもしれない。
「その可能性は捨て切れませんね…玉依姫に守護五家…何か意図を感じてなりません」
「意図って…誰のだよ」
「それがわかれば戻る方法もわかっていますよ。とにかく今は狐邑君と犬戒君を探してみましょう。玉依姫に守護五家が三人…ここまで揃うことに何か意味があるように思いますしね」
策士である大蛇でも今の状況を打開できない。まだわからないことが多すぎて現状すらよくわからないのだ。
今はただ待つしかない。
「そう言や、大蛇さんはその松本先生って人のところにいるのか?」
「えぇ。私が右も左もわからないときに松本先生が私を拾って下さったんですよ。その恩に報いるために今は松本先生の仕事を手伝っていっるんです」
「へぇ…良かったね。大蛇さん」
「珠紀さん達は?どうしてここに…」
「ちょっと色々あって新撰組の人にお世話になってるんです」
互いの置かれている現状を確認していると、ばたばたと足音が近づいて来た。
「あ、拓磨おかえり」
「あぁ、ってあれ、大蛇さん!?」
広間に現れた拓磨は目を丸くした。大蛇はにっこり笑って出迎える。
「おかえりなさい、鬼崎君。鬼崎君もこちらに来ていたんですね」
「え、え?何で大蛇さんがここに…!」
「ちょっと訳あって…詳細は二人に聞いて下さい」
困惑する拓磨に大蛇は立ち上がって肩を叩く。
「では、私はそろそろ…」
「えっ!もう帰っちゃうんですか?」
「松本先生を待たせていますし…ここにも出来るだけ来るようにしますね。ではまた」
大蛇は一礼してから広間を後にした。
残された珠紀達は安堵の笑みを浮かべる。
「でもま、大蛇さんが見つかっただけでも良しとしようじゃねぇか」
「そうだね。無事で良かった」
「その大蛇さんを今まで探してた俺の苦労は?」
拓磨の虚しい呟きに珠紀はくすりと笑った。
「お疲れ様だったね、拓磨」
「全くだ…俺、あの人苦手かも」
「あの人?」
「沖田さん。嫌味は言われるし…」
「あの人はそういう方なので…」
ともに同行していた千鶴は苦笑した。巡察から戻っても千鶴は洗濯にとりかかる一方で、拓磨だけ沖田に捕まって今日の反省をさせられた。
今までそれにつき合わされていた拓磨は疲れた顔で愚痴を零す。
「俺あの人に嫌われてるのかも…」
「いいじゃねぇか、別に。俺も嫌いな奴できたし」
「先輩にも何かあったみたいだね…」
やさぐれている真弘はきっと藤堂のことを言っているのだろう。隊士となった二人は前途多難だ。
頭を抱える男二人を見て、珠紀と千鶴は苦笑して宥めるしかなかった。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.50 )
- 日時: 2013/03/06 00:14
- 名前: さくら (ID: MmCaxbRG)
「火の玉?」
次の日の朝餉に可笑しな議題が上がった。
広間に集まった幹部の面々と珠紀達は目を瞬く。
「あぁ、聞いた者もいるとは思うが三条大橋で制札が何者かに引き抜かれた事件が起こった。そのときに制札を抜き去った者と火の玉を見たっていう目撃情報が入ったんだ」
土方は箸を膳に置いて広間にいる面々を見渡した。
「そのうちまた俺達に出動命令が出るだろうが、そのときは気を引き締めていけよ」
幹部達は深く頷く。土方の隣で朝餉に手をつけず腕を組んでいた近藤が首を傾げた。
「しかし火の玉とはまた妙だな…ただの噂か?」
「制札を引っこ抜いたっていう輩が三条大橋に人を近づけないために流したって可能性も捨てきれないな」
「けど何で火の玉なんですかね?噂を流すならもっと違ったものを流せば良いのに」
「もしかして、本当に火の玉だったりして!?」
自分の両肩を抱いて震え上がる永倉に原田が鼻で笑った。
「何だ、新八。びびってんのか?」
「別にビビッてねぇよ!ただ時間が夜だったし、噂が嘘かもしれねぇだろ?」
「ビビッてんじゃねぇか」
一同が様々な異論や予想を唱えるなか、珠紀は隣に座っていた拓磨にそっと耳打ちした。
「火の玉って…妖か何かかな?」
「さぁな。だがこの時代の方が妖やら神やらがその辺でうろちょろしてるし…今日だって町に結構いたぞ」
「私達も行った方がいいのかな?」
「ああーっ!!」
二人の声が藤堂の叫び声によって遮られた。横に視線を走らせれば藤堂が箸を真っ二つに折らん勢いで拳を握り締めている。肩を震わせて藤堂はその隣に座っている真弘を睨んでいた。
「俺の焼き魚取ったろ…!!」
「はぁ?取ってねぇし、言いがかりかよ」
「嘘付け!口から魚の尻尾見えてるし!!」
「誰かさんは魚食わなくても身長があるんだから、焼き魚なんざいらねぇだろ?親切に食ってやったんだよ」
「はぁ!?きったねー!昨日のことまだ気にしてんのかよっ!俺のおかず返せっ」
「あっ!それ俺の焼き魚!!」
あっという間におかず争奪戦が始まり、手が付けられないほど二人は攻防を繰り返す。
その様子を見て土方は盛大に溜息をついた。出会いがどうっだったかは知らないが、ここまで仲が悪いとは思わなかった。歳が近い藤堂の下なら大丈夫かと思ったが、精神年齢が同じであればその配慮も愚策になってしまった。
代わって近藤はにこにこと微笑んでいる。
「いいなぁ。まるで兄弟喧嘩のようで」
「近藤さん、そういう問題じゃ…」
「二人ともおかずなら俺のをやろう」
まるで父親のようなその行動に土方は更に大きな溜息を零した。近藤は人が良すぎる。そのおかげもあってこれほど組織が大きくなったと言えるが、それは裏で土方が反面教師を買って出たからだ。
また二人の配偶について考え直さなければ、と土方は頭を押さえた。
「先輩があんな子供染みたことするなんて…」
「?何か言ったか?珠紀」
「あ、いえ!」
朝食後、屯所を掃除することとなり原田と珠紀は広間の掃除を任された。障子を外したり、箪笥を移動したりする程大掛かりではないが、月に一度はこうして屯所内を一掃するらしい。
だが巡察に向かった隊が抜け、残った人数で屯所を掃除しなければならない。そのせいで広間の掃除は二人でやるしかなかった。
「ま、ざっとこんなもんだな。次は床を掃いて、水拭きか」
障子を全開にして広間の埃を追い出す。叩きを片手に頷いた原田は珠紀を見た。
「じゃぁ次は箒で床掃いてくれるか?」
「あ、はい」
珠紀は蔵から持ってきた箒を手にとって、床掃除を始めた。
原田はその間桶の水に雑巾を濡らして高くて埃が溜まりやすい格子を掃除する。
珠紀は時折原田にごみの分別を確認しながら広間の掃除を進めた。
「あの、原田さん」
「んー?」
床の水拭きに取り掛かっていた原田は顔を上げた。
「小姓の仕事って一体何をすれば…?」
「小姓?あぁそうか。初めはそういう話だったな」
ずっと抱いていた疑問を原田にぶつけた。珠紀の予想では側近のようなお付のような役割なのだろうが、武士の小姓となればその仕事内容は想像ができない。
原田は立ち上がって笑って見せた。
「特別これっていう仕事はないな。俺は近藤さんみたいに多忙じゃねぇし、誰かの手を借りてやる仕事なんざねぇし」
「じゃぁ私は一体ここで何をすれば…?」
「そうだな…」
一体何のために原田の隊に入ったのかわからない。何かの役に立たなければ、ここに身を置いている者として申し訳がないと思った珠紀は焦った。
土方とも約束したのだ。役に立たなければここを追い出す、と。
原田はしばらく考えて珠紀を見つめた。
「じゃぁ俺の酒の相手でも今度してくれりゃ十分だ」
「お、お酒の相手ですか?」
「大役だぜ?ここは男ばっかだしたまには女と飲みたいしな。何だ不満か?」
「いえ…でも私も拓磨たちみたいに外に出て役に立ちたいんです」
珠紀は真剣だった。男の真弘と拓磨は外へ出て仕事をしているのに、自分だけのうのうと時間を無駄にしていいものか。
珠紀の真摯な眼差しを受けて、原田は浮かべていた笑みを消した。
「女のお前に血なまぐさいことは任せられねぇ。土方さんもそれを思って俺の小姓にしたんだろうな。お前はまだ知らないだろうが、この時代斬られても文句は言えねぇんだ。そんな危険な町へ出せる訳ねぇだろ?」
「危険だから———そんな理由で役立たずにはなりたくありません」
珠紀は原田を真っ直ぐに見上げて答えた。
「何も外にでることだけが役に立つわけじゃねぇ。今みたいに掃除を手伝ってくれたり、家事だって…」
「自分の身は自分で守ります」
わかっていた。遠回しに原田が巡察の足手まといになると言っていることくらい。
それでも役に立ちたい。自分を救ってくれた原田のためにも。
守られて過ごす日々には飽き飽きだ。
「ったく…しょうがねぇなぁ…」
原田は珠紀の視線に負けて、困ったように頭を掻いた。
「わかった…巡察に連れて行けるかどうか、俺が後で土方さんに掛け合ってみる」
「ありがとうございますっ」
頭を下げる珠紀に、原田は感嘆した。強情というか、頑固というか。
絶対に譲れない芯を持っている珠紀の心根に驚いた。
「女は男が守るもんなんだがな」
「え?」
「お前はやっぱりいい女だよ、珠紀」
原田は一歩足を進めて珠紀との距離を縮めた。そして珠紀の横髪を指ですくう。
原田の顔が近くなったことに珠紀は狼狽した。うっそりとした原田の視線に心臓が早鐘をを打つ。顔が火照っていくのが自分でもわかった。
「原田さん…?」
原田は黙ったまま距離を縮める。珠紀はいてもたっても居られず、ぎゅっと目を閉じた。
「…ん。よし、取れたぞ」
「…え?」
目を開けると原田が埃を手に笑っていた。
「埃が髪についてたぜ。何で顔が赤いんだ?」
「それは、は、原田さんが…っ!」
からかわれたことに珠紀は恥ずかしさで叫んでしまった。原田は微笑して珠紀の反応を楽しむ。
和やかな空気が流れる広間の二人を遠くから見ていた影があった。
拓磨も掃除を任され奔走していたところだ。沖田にこき使われ、ごみを捨てに行こうとしていた。
廊下を歩いていたら声がした。その方向に目をやって拓磨は目を細めた。
やけに原田と珠紀の距離が近い。否、近すぎる。拓磨は手にしていたごみを握り締めた。胸に渦巻く感情が息を詰まらせる。
何を妬いているのだろうと冷静になってごみ捨てに向かう。
廊下をずんずん歩いて拓磨は必死に怒りを静めようとしていた。そのため前方が不注意になっていた。角から曲がってきた人影に気付くのが一瞬遅れてしまった。
「きゃっ」
「っと」
軽くぶつかった程度だが拓磨の方が頑丈だったため、千鶴は後ろによろめいた。
咄嗟に千鶴の手を取って何とか転倒は回避できた。
「悪い、ぼーっとしてて…」
「あ、ううん。大丈夫、ありがとう」
手を引かれて体勢を立て直した千鶴は腰を曲げて頭を下げる。
「あ、拓磨君っ」
千鶴は床を指差して悲鳴を上げた。視線を落とせば持っていたごみが散乱していた。千鶴に気を取られて手から落としたらしい。拓磨はすぐさま屈んでごみを拾う。
「ごめんなさい。私のせいで…」
「俺が呆けてたから悪かったんだ。気にするな」
二人でごみを拾い終わると立ち上がった。
「このごみって裏に捨てたらいいのか?」
「あ、うん。私も一緒に行くよ。ちょうど裏の蔵に布巾を取りに行くし…」
「いいのか?じゃぁ頼む」
「うん」
二人は肩を並べて裏に向かった。鬼であるためか、互いが傍にいると安心する。無言の沈黙も嫌にはならなかった。
「拓磨君」
「?」
呼び止められて拓磨は千鶴を見た。
「何かあったの?何ていうか…拓磨君怒ってるみたい…」
鬼の血かそれとも女の勘か。千鶴は拓磨の感情の些事を敏感に感じ取って拓磨を心配そうに見つめた。
「凄いな、お見通しってわけか」
「あ、嫌なら別に無理に言わなくても…」
「俺も心の狭い男になったみたいだ…」
拓磨はぽつりぽつりと語りだした。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.51 )
- 日時: 2013/03/08 01:09
- 名前: さくら (ID: MmCaxbRG)
「拓磨君?」
秋の冷たい風が二人の間に流れる。季節は晩秋から初冬に移ろうとしていた。
「お互い好きになったら…あいつのに近づくもの全てが妬ましくて…あいつの全部が欲しいって思うようになってた…」
初めて出会ったときうるさい女だと思った。すぐに泣いて、あれやこれやと喚いて。けれど決して逃げなかった。悲しい運命をともにしたときでも、その運命に抗うことを選んだ。
強情で自分の意思を絶対に曲げない。泣き虫のくせに敵に立ち向かうその姿がいつしか拓磨の心を奪っていた。
「…っと何言ってるか訳わかんねぇよな。悪い、変なこと言った」
拓磨は睨んでいた空から視線を剥がして、千鶴に微笑んだ。
「ううん。私はいいの。つらいことがあったらいつでも言ってね?私で良ければ力になるから」
「ありがとう」
拓磨が誰を想って言っているのかは定かではないが、千鶴は心配そうに言った。
本能の安らぐのを感じて、拓磨は目を細めた。同族だからなどという理由ではない。ただ単純に彼女の優しい心根に惹かれていると感じた拓磨は微笑する。
裏手に回って千鶴が蔵に入って布巾を取りに行っている間、拓磨は焼却炉らしきところにごみを捨てた。
ふぅっと息をついたとき、背中からじわじわと何かが這い上がってくるのを感じた。全身が総毛立つ。
視線を感じて振り返れば、空き部屋の角から人影が見て取れた。
この屯所はもとは寺だったらしい所を改築したらしい。広い敷地内に立っている建物自体も荘厳だ。
その建物の影からこちらを睨んでいる人影は、男らしく刀を提げている。日向を避けるように日陰からこちら様子を窺っていて、風貌まではっきりと見えない。
拓磨は本能が『あれは違う』と叫んでいることに気付いた。
「違うって、何が———」
自分に問いただそうとしたとき、その人影は角に姿を消した。
その人影はここに初めてきたときに感じたものに似ている。ざわざわと神経を逆撫でるような気配が、屯所のあちこちで感じていた。その気配は夜になれば更に色濃くなるようだった。
「拓磨くん?どうかしたの?」
鋭い眼光で人影がいた方を睨んでいた拓磨は相当険しい顔をしていたのだろう。千鶴は心配そうに顔を覗きこんできた。
「あぁ、何でもない…」
本能の警鐘がその後鳴り止むまでに時間がかかった。
「あ…」
床の水拭きが一段落した珠紀はふと顔を上げた。廊下を歩く拓磨と千鶴から視線が釘付けになる。
二人は会話を弾ませながら広間の前を通っていく。
「あんな拓磨の顔、見たことない…私のときにはあんな顔したことないじゃない…」
千鶴に向ける優しい笑顔は見たことがない。珠紀の胸の奥がちくりと痛む。二人を見ていられなくなって、珠紀は目を伏せた。
「何か言ったか?珠紀」
「いえ…」
もう一度二人が居た場所に視線を向けるが、もうそこには誰も居ない。
「さて、ここいらで終わりにするか。珠紀、片付けるぞ」
「はい」
珠紀は胸の最奥で疼く感情に顔を歪ませた。
「あー…早く帰りてぇ」
一方その頃真弘は町に居た。
今日は藤堂率いる八番隊が巡察の当番日だ。当然真弘も八番隊に入隊したのだから、隊士として同行しなくてはならない。
平隊士が並んで歩く最後尾を真弘は気だるそうに歩いていた。
隊の先頭を切って歩く藤堂が後ろを振り返った。
「よし、ここら辺で聞き込みするぞ」
藤堂の掛け声で隊士達が散っていく。通りには店が連なり、人の往来が多い。一人動かない真弘に藤堂は歩み寄った。
「お前も人探ししてるんだろ?早く聞き込みしろよ」
「うっせーなぁ。行けばいいんだろ、行けば」
「お前一言多いよな」
「上から目線で俺に命令するな」
「はぁ?だから俺はお前の隊長で———」
藤堂が抗議しているとき、真弘に目線の先に一人の男がいた。男は辺りを窺いながら雑貨屋に入って手近な骨董品を懐に滑り込ませた。
「あいつ———っ」
「あ、おい!」
真弘は男を追って駆け出した。男は細道に入り、どんどんと狭い道へと走りぬける。真弘は風を身にまとい加速するが、何度も角を曲がる男を見失わないように追撃するのがやっとだった。
「っち」
角を曲がったり細い道は相手を見失いやすい。真弘は一度跳躍して空から男を追う。そして男の先回りをして、真弘はひらりと男の前に着地した。
「っ!?」
「おっさん、懐に隠したもん出せよ」
空から現れた真弘に驚いたのか、その羽織の色に驚いたのか。男は目を見張った。
だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「くくくっ…」
「あん?何がおかしいんだよ?」
男は可笑しくて堪らないというように笑い続けた。
「あははははっ」
「!?」
細い道を縫うように辿り着いたその場所は全く人気がない。四方は建物が立ち並んで辺りは暗かった。
その影からぞろぞろと男が出て来た。ざっと数えて十人はいる。刀を腰に提げた男達は真弘を囲んで嗤っていた。
「馬鹿だよなぁ、お前。誘導されたって何で気付かないんだからさ」
「何だと———?」
「策に嵌ったってまだ気付かねぇのか?」
どっと真弘を囲む男達が嗤った。
どうやらこの羽織を見て新撰組と判断した不逞浪士達は真弘をこの場所まで誘ったのだ。
まんまと罠に嵌った真弘は舌打ちした。
この場面を過去、どこかで出くわした気がした。記憶を手繰って真弘は思い出す。それはこの時代に来て間もない頃。拓磨とともに柄の悪い武士に絡まれたあの状況と似ている。
「我々は攘夷志士だ。米田先生の敵、討たせてもらおうか」
当然その男の名に覚えはない。以前新撰組が捕らえたか、斬殺した者だということはわかった。
「ったく、新撰組ってのはどんだけ周りから恨みを買ってんだ」
見ず知らずの武士から恨み言を言われるほど、新撰組は随分と喧嘩を買ってきたらしい。真弘はこの羽織を睨んだ。この羽織さえ着ていなければ、こんな面倒ごとに巻き込まれることはなかった。
「大人しく死んでもらおうか」
男達が一斉に抜刀する。だが真弘は微動だにしない。男達は真弘が慄いているのだと思い、一気に飛び掛った。
だが———
「だから巡察なんて来たくなかったんだ」
真弘が手を天に向けると突然台風のような爆風が巻き起こった。土埃が舞い、暴風は真弘の手に集まる。
「な、何だ!?」
一瞬怯んだ浪士達はしかし真弘に目掛けて再び刀を向けた。
数人が飛び掛る。真弘は手に集まった爆風を男達に見舞った。嵐のような風は男達を巻き上げ、空高く舞い上がる。そしてその勢いで地面に叩き付けた。
「この———!!」
「っ!?」
背後から腕を拘束され、真弘は身動きが取れなくなる。その隙に浪士達は刀を振り上げた。
「相手が悪かったな、おっさん」
「あ?」
真弘の呟きはもう聞こえない。真弘自身を中心にして爆風が起こる。あまりの風の強さに真弘を押さえ込んでいた男が吹き飛ばされた。
髪をなびかせ、羽織をはためかせ、真弘は周りの男を睨んだ。
「吹き飛びたい奴からかかってこいよ!」
「ひっ…」
異常な技を使う真弘に怯えた浪士達は後退した。だがその逃げ道を塞いだのは、同じだんだら模様の羽織を着た男だった。
「どこ行くんだよ?」
藤堂は抜刀した刀を浪士に向けた。浪士は焼けになって刀を振り回す。だが、どの剣撃も藤堂にはお見通しだった。全ての攻撃を造作なくあしらうと、隙を突いて一閃する。
「くそっ!!」
藤堂の背後に回り、刀を振り上げる浪士に、反応が遅れた。藤堂は振り返るのがやっとで剣先は目の前まで迫っていた。まずい、と思ったその刹那。
刃物のように鋭い風が脇を通り抜け、男の顔面に直撃した。男はもんどりうって地面に突っ伏した。
「背後ばかりこそこそ狙いやがって———」
真弘は残りの数人を睨みながら、両手に風を集める。真弘の腕に巻きつくように暴風は渦巻く。男達の顔が引き攣っていく。巨大な風の爆弾を真弘が掲げた。
「吹き飛べぇっ!!」
土埃を巻き上げながらその爆風は男達に命中した。一旦空高く舞い上がった男達はそのまま地面に落ちる。気を失った男達を見下ろして、藤堂は感嘆した。
「これ、全部お前がやったのか?」
「まぁな。ったく姑息な真似ばっかりしやがって…」
先ほどの藤堂の技の数々に、藤堂は心底驚いた。素手で、刀を持った武士に勝った。土方が認めるだけはあるとようやく納得した。
「とりあえず、こいつら捕まえて———っ!真弘!!」
気配を感じて藤堂は咄嗟に真弘を突き飛ばした。
建物の影から閃光が走る。それは真弘を確実に狙っていたが、藤堂が突き飛ばしたおかげで標的から外れた。
「待て!」
「追うなって!!深追いしてまた返り討ちにあったらどうするんだよ!」
影から気配が遠のくのを感じて、真弘は顔を顰めた。今の攻撃は知っている。呪符を使ったときに反応で起こるあの閃光。あれは———
「とにかく、こいつら捕まえて屯所に戻るぞ」
真弘は渋々藤堂に同意した。
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