複雑・ファジー小説
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- エターナルウィルダネス
- 日時: 2020/02/13 17:55
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
乾いた土、枯れた草木、その上に零れ落ちた血の跡・・・・・・復讐の荒野は果てしなく、そして永遠に続いていく・・・・・・
ディセンバー歴1863年のオリウェール大陸。
西部諸州グリストルと東部諸州ハイペシアとの内戦が勃発。
かつて全盛期だった大陸は平穏の面影を失い、暗黒時代への一途を辿っていた。
王政派の勢力に従軍し、少尉として小隊を率いていたクリス・ヴァレンタイン。
戦争終結の後、退役軍人となり、両親が残した農場で妹であるリーナと平穏に暮らしていた。
しかし、突如として現れた無法者の集団による略奪に遭い、家は焼かれ、リーナを失ってしまう。
運よく生き残ったクリスは妹を殺した復讐を決意し、再び銃を手にするのだった。
彼女は頼れる仲間達と共に"ルフェーブル・ファミリー"の最高指導者"カトリーヌ"を追う。
・・・・・・・・・・・・
初めまして!ある理由でカキコへとやって来ました。"死告少女"と申します(^_^)
本作品は"異世界"を舞台としたギャングの復讐劇及び、その生き様が物語の内容となっております。
私自身、ノベルに関しては素人ですので、温かな目でご覧になって頂けたら幸いです。
・・・・・・・・・・・・
イラストは道化ウサギ様から描いて頂きました!心から感謝いたします!
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・お客様・・・・・・
桜木霊歌様
アスカ様
ピノ様
黒猫イズモ様
コッコ様
- Re: エターナルウィルダネス ( No.50 )
- 日時: 2021/05/27 20:07
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
2人は学ばせる立場と学ぶ立場に別れ、茂みの多い森林に立つ。
クリスは持参してきたライフルを抱え、部分全体に異常がないが確認する。
それは銃口が小さく戦闘に特化した銃器ではなかった。
ヴァーミントンライフルと言い、狩猟用目的で作られた代物だ。
22口径の弾丸を使用し、主に小動物を撃つ際に使用される。
クリスは跪き、頭の高さをミシェルに合わせると、まずは弾の装填の仕方を教える。
「まずはここを開いて、弾を入れる。いくつか装填したら、このポンプを引いて戻すんだ。やってごらん」
ミシェルはライフルを受け取ると、緊張で震えた手で6発の小口径弾薬を何とか装填する。
ポンプを掴み、腕と手に力を入れて、遅いコッキングを済ませた。
「よし、次は実際に的を撃ってみようか」
「え?的?」
「見てごらん。まわりにある草花の実が食い荒らされている。つまり、ここには兎がたくさん生息している証拠だ」
噂をすれば、茂みで葉が擦れる音がして、1匹の兎が目の前に現れた。
生息地の環境がいいのか、毛並みが良く丸々と太っている。
長い耳をピクピクと動かしているが、こちらの存在を気にしていないようだ。
「あっ!」
ミシェルが無意識に大きな声を漏らし、クリスが"しっ・・・・・・!"と鼻に指を当てる。
「静かに。動きが止まっている今がチャンスだ。まずは跪いて。しゃがんだ方がより、狙いを安定させられる」
ミシェルは言われた通りに両膝を曲げ、姿勢を低くする。
「グリップとポンプをしっかりと握りしめるんだ。そして、ストックを腕の付け根に当てて、しっかりと固定する」
「うん・・・・・・」
ミシェルは頷いて、重く感じるライフルを構えた。初めての慣れない感覚で緊張が膨らんでいく。
激しく胸の鼓動を鳴らし、ゆっくりと、銃口の狙いを兎に向ける。
「銃口の上に付いているのがエイムだ。先端を狙い所より少し上に向けた方がいい。後は撃つだけだ」
クリスはこれ以上、助言を与えなかった。
ミシェルは弱く息を吸い、呼吸を止めると震えを抑えた。
躊躇いが残る指をトリガーにかけ、一思いに引く。
静寂な森林に響いた渇いた銃声。
弾丸は狙い通り胴体に命中し、体内を突き抜ける。
兎はピッ!と短いあげき声を上げ、弾が進んだ方向へと転がった。1匹の命の灯が消える。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・やった・・・・・・!」
ミシェルは息を切らし、銃を上手く扱えた事を喜んだ。
「お見事。最初の試験は合格と言ったところか」
クリスも自分の偉業の事のような嬉しい気持ちで、褒め称える。
「さあ、これで飢える心配はなくなったね。早く仕留めた獲物を取っておいで」
「うん!」
すっかり、気分が高揚したミシェルは兎の死体がある場所へと駆け出した。
しかし、彼女は途中で、勢いのあった足をピタリと止まってしまう。
その足元を見下ろすその表情は凍っている。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
森にいた獲物は兎だけではなかった。
草むらで派手な模様をした蛇がとぐろを巻いていたのだ。
ミシェルはライフルを構える知恵も回らず、悲鳴すらも上げられなかった。
紙を裂くような金切り声を上げ襲い掛かる肉食の獣。
ミシェルは"きゃあっ!"と叫び、女々しい顔を覆った。
どこも痛みを感じなかった事を不思議に思い、おそるおそる目を開くと捕食者の毒牙は僅か数センチの差で止まっていた。
クリスが蛇の喉を鷲掴んだお陰で、間一髪、毒の餌食を免れたのだ。
「クリス・・・・・・」
涙液を零し、ミシェルは体と声を凍えさせる。
しかし、自分の身を案じた優しい言葉はかけられなかった。
「今の経験で覚えておくんだ。敵は必ずしも、目に見える場所にいるとは限らない。これが実戦だったら、君はとっくに死んでいた」
無慈悲な忠告を告げ、ナイフで蛇の頭を切り落とす。
頭部を失った細長い胴体は、最後の足掻きに手首に絡みつく。
クリスはお構いなしに兎を拾った。
「さあ、野営地に戻ろう。落としたライフルを忘れないようにね?」
「ぐすっ!どうして・・・・・・えぐっ・・・・・・どうして、教えてくれなかったの・・・・・・?」
ミシェルが泣きながら、尋ねると
「隠れた敵の存在を教えたら、生き残る術を教える意味がなくなる」
クリスは立ち止まらず、振り返らずに厳しい返事だけを返した。
クリスは早速、1人ずつ仕留めた獲物を解体する。
兎は頭部を切断した後、皮を剥ぎ取り、内臓などを取り除く。
切り分けた肉は枝に突き刺し、焚き火で炙る。残った分は袋に詰め込んだ。
蛇は一直線に切り込みを入れ、強引に皮を剥した。
胴体は串刺しにして兎同様、火の隣に置いた。生皮は木で組み立てた物干し竿にかける。
その傍でミシェルはライフルを傍に置き、椅子に腰かけている。
少しは落ち着いたものの、遠くない過去の恐怖で酷く落ち込んでいた。
「これから、釣りに出かけようと思うんだけど、一緒に行かない?」
クリスが血が付いた手を布切れで拭いて、釣りに誘うが
「行きたくない・・・・・・」
暗く俯きながら、ミシェルは否定した。
「どうしても嫌なら、無理にとは言わないよ。釣りには、僕1人で行って来るから、君はここで待ってて?」
「・・・・・・ねえ?ここに蛇は来ない?」
「火を焚いてあるから、少なくとも君がここを離れなければ安全だ。動物の肉は、ちゃんと焼いてから食べるんだよ?」
ミシェルを野営地に残し、クリスは釣竿と網を手に湖の方へ歩いて行った。
- Re: エターナルウィルダネス ( No.51 )
- 日時: 2021/06/06 19:50
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
そこは大地が生み出した自然のテリトリーだった。
草原の浜辺の先は透き通った巨大な水溜りとなり、その範囲は遥か遠方まで及んでいる。
生命の源である水が鳥、魚、動物、植物などあらゆる生物の命を育んでいた。
湖は森に囲まれていた。
新鮮で美味な空気が漂い、涼しいそよ風が肌をくすぐる。
遠くには、木々の緑で埋め尽くされた豊かな山岳が聳えていた。
たった今、水面から1匹の魚が跳ね上がったところだ。
温かい日差しを浴びながら、クリスは空を見上げ、額の上に手をかざす。
ふぅーと長く息を吐き、自然の心地よさを十分に満喫する。
爽快な気分に満足した後、本来の目的のため、湖の方へ歩みを進めた。
「この辺でいいだろう」
水辺の手前まで来たクリスは独り言を零し、網を足元に置いて釣竿の準備に取り掛かる。
蓋を開け、竿を伸ばすと、細い釣り糸に浮きと針を結ぶ。
最後は大物の魚が食いつきそうなルアーを取り付けた。
クリスは釣竿を振り被り、叩きつけるように湖へ向かって振った。
釣り糸が放たれ、数メートル先の水面に針が沈んだ。
リールを巻き、たまに糸をビクビクと揺らしながら、魚を誘う。
釣れなかったらもう一度、その行為を何度も繰り返す。
今のところ、魚は1匹も引っかからないが、悠々と過ごせる退屈な時間が心を和ませるのだ。
「ミシェルも連れて来ればよかったな」
そんな、ちょっとした後悔を抱き、草の上に腰かけながら、もう何度目か分からない釣り糸を湖に投げ放つ。
気がつけば、来た頃より大分時間が流れていた。
「いくら試しても魚は釣れないし、そろそろ、戻ろうかな。ミシェルの事が心配だ」
ふと、背後から足音がした。
動物じゃない二足歩行の足音はこちらに近づき、クリスの隣に立つ。
視線の向きを変えず、釣りを目的とした誰かが来たのだろうと、緩んだ解釈をした時
「隣、よろしいですか?」
クリスに尋ねた女の声。
そのトーンはやや鋭く、冷静沈着で透き通っていた。
「どうぞ」
クリスは警戒せず、簡単な肯定を返す。
隣の女は黙って腰かけ、釣りを・・・・・・しなかった。
魚とは戯れず、この場の穏やかな風景を味わうためだけに、ただ、自然界を黄昏ているようだ。
関心が芽生え、チラリと目線だけを向けた途端、クリスの息がピタリと止まった。
先ほどまで落ち着いていた精神が緊張感で塗り替えられ、動悸が起こり始まる。
(・・・・・・何故、こいつがっ・・・・・・!?)
クリスは思った台詞を思わず、口に出してしまいそうになった。訪れたのは思わぬ来訪者だったからだ。
(カトリーヌ・ルフェーブル・・・・・・!)
隣にいたのは、紛れもなくルフェーブル・ファミリーの指導者だった。
組織の最高権力者である女が1人でこんな場所で何をしに来たのか?
真っ青になったクリスは焦りを隠せず、背後を見回したが、幹部や配下の部隊は引き連れてはいない。
「恐がる必要はありませんよ?あなたが私を襲おうとしない限り、銃は抜きません」
カトリーヌは鋭い洞察力でクリスの動揺を見抜いていた。
クスッと優しく微笑み、相手の恐がった反応を穏やかに楽しむ。
(まずい・・・・・・!この女は僕が警戒してる事を知っている!下手に動けば、こっちがやられてしまう!)
衝動に任せ、牙を剥けば、どちらの命が散るのか嫌でも分かっていた。
しかし、隣にいる者は、たった1人の肉親を平然と殺めた張本人。
いくら堪えようとも、抑えようのない憎しみが湧き出てくる。
クリスは手首に取り付けた手甲にブレードを忍ばせている・・・・・・が、カトリーヌも無防備ではなかった。
奴は景色を楽しむと同時に片方の手はホルスターに伸びている。
銀色のボディが光を反射する50口径の大型自動式ピストルだ。
(ライフルはミシェルのいる野営地に置いてきた・・・・・・これじゃ、狙撃もできない・・・・・・!)
武器を持参しなかった後悔に、クリスは苦虫を噛み潰したような顔をする。
何とかして妹の仇を討つ手立てはないのかと、必死に頭を働かせていた時
「あの・・・・・・」
カトリーヌが物静かな口調で、こちらに話しかける。
「・・・・・・っ」
クリスは返事を忘れ、視線だけを隣に向ける。
視界に映ったのは、憎たらしい仇の優し気な微笑み。
「何か・・・・・・?」
クリスは無理に殺意を押し殺して聞き返した。怒りを鎮め、必死に冷静な人格を演じながら。
「少し、話をしませんか?」
「話?」
「私は気晴らしにここをよく訪れるのですが、誰かと一緒になった事がないのです。ですが今日、何かの縁であなたと出逢えた。私は多くの支持者がいながら、いつも孤独の身で誰かに心を開いた事がありません。よければ、ほんの少しだけ・・・・・・付き合って頂けないでしょうか?」
「(こいつ、自分が手にかけた者の肉親である僕を覚えていないみたいだ。しかし、これは妙な展開になった・・・・・・)僕なんかでよければ・・・・・・」
クリスは相手の出方を窺い、決して上機嫌ではない態度で肯定する。
頼みを承諾され、カトリーヌは幸せそうに相好を崩すと、再び、湖に黄昏る。
「あなたは、この辺りに住んでいるのですか?」
単純な質問にクリスは偽りの証言を述べる。
「いえ、山の向こうの街に住んでいます。僕もたまに釣りがしたくて、ここを訪れるんです」
「大きな魚は釣れましたか?」
「いえ、1匹も・・・・・・」
カトリーヌは質問を変え、クリスという人柄に関心を持った。
「あなたは細身ながら、運動神経に長けていそうな体格をしていますね?もしかして、兵士なのですか?」
クリスは言おうとした嘘の発言を踏み留める。
これ以上、偽証を並べると面倒な結末に繋がるような気がしたからだ。ここは素直に真実を打ち明けた。
「僕は数年前、今、起きているオリウェール内戦の際にハイペシアの第12騎兵隊に所属し、敵国であるグリストルと戦いました。ですが、他人の命を奪う事に嫌気が差して、最終的には軍を離れたんです」
「戦場で命の尊さを学んだというわけですか?」
「ええ」
「戦争を経験した者なら、良心を病み罪の因果から逃れられなくなるのが常です。ですが、その常識を反面に覆している。純粋な心をお持ちなのですね」
褒められても、嬉しくなどはなかった。
すぐにでも、こいつを殺してやりたい。その感情が理性を徐々に限界へと追い込んでいく。
抑えがたい殺意を紛らわせるため、今度はクリスが質問する番に回った。
- Re: エターナルウィルダネス ( No.52 )
- 日時: 2021/06/21 07:05
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
「あなたは、誰かを殺した事はありますか?」
「誰かを殺した事があるか・・・・・・むしろ、誰かを救った事があるかと、聞かれたかったですね」
その答えは、カトリーヌの内側に宿る悪意を正直に表していた。
皮肉めいた非情な台詞が、クリスの憎悪を更に掻き立てる。
「この世は暴力がものを言う素晴らしい世界です。どの時代においても、勝者だけが生き残る。敗者は死ぬ。何も変わりませんね」
良識など意に介さない発言にクリスの怒りは頂点に達した。
自制心を忘れ、無意識にカトリーヌを脅しつけるように睨みつける。
しかし、刃を剥けば、自分の人生が瞬時に終わってしまう。その冷静な判断力だけは損なわれていなかった。
「あなたとは、気が合いそうにありませんね。私が嫌いになりましたか?」
邪悪を感じさせない顔で優しく毒舌を吐くカトリーヌ。
クリスは短く喘鳴呼吸を繰り返すと、胸を押さえて無理に平常心を作り、返事を返した。
「確かに、弱肉強食は世の習いかも知れません・・・・・・強者が生き残り、歴史を築いていく・・・・・・善であれ、悪であれ・・・・・・」
自身の思想と合った台詞にカトリーヌは機嫌良さそうに
「あなたが私の組織にいない事が残念でなりません。もし、よろしければ、私と共に来ませんか?一員として加わって頂ければ、快適な暮らしを保証しますよ?」
「(誰がっ・・・・・・!僕はお前という、鬼畜を殺すためだけに生きてるんだ・・・・・・!)いえ、せっかくのお誘いはありがたいのですが、遠慮しておきます。生憎、僕はあなたに評価されるほど、有能な人材ではありませんので・・・・・・」
クリスは本音を裏に隠し、気を遣った言い方で仇なす組織への勧誘を断る。
「そうですか。それは残念ですね・・・・・・」
ふと、クリスはいい加減な方へ視線をずらすと、偶然にもある場所に釘付けとなる。
遠くの地面が高く盛り上がった崖の淵に大きな野営地があったのだ。
転落防止用のシートが張られ、内側の様子が満足に把握できないが、焚き火の黒煙が昇り、テントの尖った頭がはみ出ている。
カトリーヌの野営地だろうか?そう思った時、クリスの心にある企みが芽生えた。
(あれはカトリーヌの野営地・・・・・・間違いない。現にカトリーヌはあそこの方向から歩いてここまで来たんだ。行けば、ライフルか何か、置いてあるかも知れない。それであいつを狙撃できるかも)
突如、訪れた機転にいても立ってもいられなくなったクリスは釣竿を折り畳み、草の絨毯から立ち上がる。
「どちらに行かれるのですか?」
カトリーヌが訝しげになっていない口調で、行き先を尋ねる。
「ちょっと、釣りの場所を変えてみます。ここはあまり魚がいないみたいなので」
「そうですか。あなたとはもう少し、会話を楽しみたかったのですが・・・・・・」
クリスは状況に合った理由で誤魔化すと、怪しまれない動きでカトリーヌの元を離れ、彼女と距離を置く。
「ミシェルを連れて来ないで正解だった。あの子がいたら、確実に発狂して飛び掛かっていた」
釣りを満喫していた時とは裏腹の本音を漏らし、湖沿いを歩く。
宿敵が背の先にいる背後をたまに気にしながら。
カトリーヌはこちらには無関心で、湖の景色を飽きもしないで悠々と眺めている。
野営地に行き着いたクリスは、銃を持っていない不利な現状に油断を押し殺す。
手甲に隠したブレードだけを頼りに、シートの外側から顔半分だけを覗かせた。
内側にはカトリーヌの配下の姿は見当たらない。持ち主が留守中の無人のキャンプ場だ。
「配下を連れていないとは、運がいいな。これなら、少しは落ち着いて武器を探せる」
クリスは考える暇を持たず、カトリーヌの暗殺に役立ちそうな武器を探す。
テントに中や、馬車の荷物など箱や物が置かれている場所は、くまなく漁った。
しかし、求めていた代物は見つからず期待を裏切られた結果で終わってしまう。
野営地にあったのは、いくつかの食料と酒類、どこでも手に入りそうな、いくつかの道具だけだった。
「キャンプに最低限必要な物しか置いてないな・・・・・・あくまでもカトリーヌは、息抜きのために湖を訪れただけで、狩りをしに来たわけではないらしい」
疲労が溜まりかけたクリスは失望でやる気を失う。
土が剥きだしになった地べたの上であぐらをかき、首を垂れる。
溜め息をつき、諦めを決意しようとした時
「・・・・・・ひぅ!」
クリスの首の裏が生温く、濡れた感触になぞられる。不自然な声が漏れ、縮こまった全身が硬直した。
そして、同時に表情が凍りつき、震えが止まらなくなる。
何故、妙な感触が伝わったのかは分からなかったが、カトリーヌの仕業かと思い、死を覚悟した。
・・・・・・しかし、何かがいるはずの背後からは、声がかからない。
銃を構えられる音どころか、人らしい気配とは異なり、殺気も感じ取れなかった。
おそるおそる、振り返った途端、それは目と鼻の先に迫っていた。
「・・・・・・うわあ!」
クリスの驚愕を受けた声。
どこから現れたのか、1頭の馬が鼻息を鳴らしながら、顔をうんと近づけていた。
どうやら、この草食動物が首を舐めたらしい。
馬は純白で毛並みのいい体毛を全身に覆わせていた。
普通の馬よりも、がたいが大きく、逞しい体つきをしている。
馬具が取り付けられていたため、野生種ではない事は、すぐに理解した。
「馬・・・・・・?もしかして、カトリーヌの愛馬か・・・・・・?」
独り言を呟き、クリスはふらつきながら立ち上がると、馬の頬を撫でる。
馬はとても人懐っこく、怯えている素振りを全く見せない。
人が好きなのか、友好の証に再び、相手の肌を舐めた。
「ふふっ、可愛いな」
温和な振る舞いに魅了され、クリスも思わず相好を崩して、可愛がる。
ふと、胸懸(むながい)に視線をやると、この馬の名前らしき文字が刻まれているのが見えた。
- Re: エターナルウィルダネス ( No.53 )
- 日時: 2021/07/05 21:22
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
「"フリューゲル"?それが君の名前なのかい?いい名前だ」
額を撫でる最中、クリスにある発想が脳裏を過った。
その事でクリスは、人が変わったように即座に行動に移し、フリューゲルの真横に回り込む。
鞍に取り付けられた革の鞄に手を入れ、中身を漁った。
「この中に武器が入っている知れない!ライフルがあれば、こっちのものだ!」
今度こそはと、望みをかける。
探り当てた物を掴んで取り出すと、最初に手に入れた物のは、小さな小箱だ。
武器以外必要ないと、捨てようとするクリスの衝動を、品のある銀細工が躊躇わせる。
何食わぬ顔で、箱を開けると その中身に目を奪われた。
銀細工の箱に収められていたのは、見事な装飾品だった。
丸い深紅の宝石が日の光を反射し、一層、美しく輝く。
花びらの形をした純金に包まれており、相当な値打ち物である事を瞬時に理解した。
「この宝石は、カトリーヌの所有物だろうか?他の物も漁ってみよう」
クリスは鞄の中に入っていた物を全て、調べ尽くした。
あったのは、銀の装飾が施され、女神ジャネールが描かれた半自動式ピストル。
そして、ルフェーブル・ファミリーのメンバーしか使用できない、10枚ほどのルフェーブル金貨くらいだ。
期待は叶わず、狙撃に仕えそうな殺傷兵器は見つからなかった。
「ここにも、狙撃銃はなかったか・・・・・・」
二度目の失望に、ため息を吐くように囁くクリス。
フリューゲルは、飼い主ではない人の背中にすり寄って、鬱陶しいほど懐いてくる。
「慰めはいらないんだけど、君にこうされると不思議に元気が出てくるよ・・・・・・ありがとう」
クリスは疲れ切った笑みで、再び、フリューゲルと戯れる。
互いの感情を抱き合ううちに、次第に絆に似た不思議な気持ちが芽生えていた。
まるで、出逢うべくして出逢えたような・・・・・・
ただ、見つめ合うだけの言葉のない沈黙。
すると、何を思ったのか、カトリーヌが乗るはずの鞍にクリスが鐙に足をかけ、跨った。
手綱を掴み、フリューゲルの頬を撫でる。
「一緒に行こう」
その一言だけを発すると、手綱を打ち、フリューゲルは走り出す。
新たな主人を得た純白の馬は草原を真っ直ぐと駆け抜け、森の奥へ消えた。
「クリス・・・・・・早く、帰って来ないかな・・・・・・」
森の中の野営地では、ミシェルが1人寂しく、クリスの帰りを待っていた。
蛇に襲われたトラウマを記憶に残しながら、もうすぐ消えそうな焚き火を眺める。
狩って焼いた動物の肉は全て、とっくに食べ尽くしていた。
すると、後ろから 土を蹴る太い足音を聞き取った。
ミシェルは、はっ!と顔を上げ、緩めていた気を瞬時に引き締める。
身を守ろうと、傍に置いてあったヴァーミントンライフルを拾い、振り返った途端
「・・・・・・きゃあ!?」
こちらに突進するような勢いで迫って来た大型の白馬に 短い悲鳴と共に小柄な身を縮こませた。
馬は、あと少しでミシェルを跳ね飛ばしていただろう1メートルの幅もない距離で立ち止まると、気の荒い鼻息を鳴らす。
おそるおそる目蓋を開け、見上げると乗っていた人物に更に驚愕を重ねるのだった。
「ク・・・・・・クリス・・・・・・!?」
「やあ、お待たせ。ちゃんと、いい子にお留守番してたみたいだね?」
クリスは高い位置から上機嫌な面持ちでこちらを見下ろす。
ミシェルは、現況に至るまでの想像を浮かべられず、ろくに思考が回らなかった。
思わず出た台詞は
「・・・・・・魚は釣れたの?」
「残念ながら、1匹も・・・・・・だけど、違う大物は捕まえたよ。ほら、この通り」
クリスは笑顔でフリューゲルの首筋を撫で下ろす。
大型の白馬は、ミシェルにも鼻を擦り付け、友好の意を示した。
「キャンプは十分に満喫したかい?そろそろ、帰ろう。皆も心配している頃合いだろうし」
2人は残り火を消すと、片付けたキャンプの輸送をここまで来るのに使った馬に任せる。
クリスは再び、フリューゲルの背に跨ると、まだ地面に足がついたミシェルに手を差し伸べた。
「おいで」
ミシェルが、その手を掴む。
小柄な全身は軽々と持ち上げられ、クリスの前に着地した。手綱が打たれ、フリューゲルは走り出す。
大型の白馬の後ろを小さな茶色い馬が追いかける。まるで血縁のない親子の競争のように。
フリューゲルの上で揺れながら、ミシェルは顔だけを振り返らせ、クリスを見つめる。
微笑みを返された途端、少女の頬が赤く染まり、とっさに恥ずかしそうな顔を逸らした。
- Re: エターナルウィルダネス ( No.54 )
- 日時: 2021/07/30 22:58
- 名前: 死告少女 (ID: FWNZhYRN)
湖沿いの林の中にある野営地。
時刻は真昼を過ぎ、太陽が眩しい日差しを頭上から浴びせる。
ギャング達は1日の中で、二度目の空腹を満たすために昼食の準備に取り掛かっていた。
ローズが太い丸太を斧でかち割り、細かくなった薪を使い、リリアが焚き火の火力を強める。
食材の調理はいつもの事ながら、ユーリが担当していた。
そこへ、釣りに出かけたリチャードが釣った魚を紐に吊るし、肩に担いで戻って来た。
彼は陽気な顔で手を振って、"ただいま"の代わりを伝える。後ろには2人分の釣竿を抱えるデズモンドの姿も。
「あら、今日はたくさん釣れたのね」
リリアが豊富な収穫に、喜ばしい感想を送った。
「凄いだろ?今日の川は気前が良くてな。俺とデズモンドに、たくさん恵んでくれたんだ。日頃の行いが、いいからかもな」
「魚は、すぐにユーリの所に届けるよ。今日はどんな豪華なランチが並ぶのか、楽しみだ」
調理場ではユーリが、狩りで得た動物の肉に広刃の包丁を叩きつけ、綺麗に両断していた。
丁度いい大きさに切り分けられた生肉を、臭みを抜くためにハーブを煮詰めて作った天然の消臭液に漬す。
解体作業を終えると、血だらけになった手を布で拭い、今度はコンソメを入れた具の入っていないスープを味見し、自身の腕前を認める。
「ふふ、今日も美味しいスープができあがる事、間違いなしです」
「ユーリ。調子はどうだ?」
「あ!リチャードさん。デズモンドさんも。今日は、新鮮な食材をたくさん得たんですね?」
ユーリは、傍にやって来た2人に相好を崩すと、リリアと、ほぼ同じ事を言った。
「俺達が獲ってきたこれで何か、作ってくれないか?最近は鹿肉ばかりで飽き飽きしていたからな」
「なるほど、たまには魚で作ったメニューも悪くないですね。そこに置いといて下さい。もうすぐ、食事の用意ができますから、その時はお呼びします」
ちょうどそこへ、クリスとミシェルが帰還し、野営地にいる仲間の注目を浴びる。
昨日の騒動の事もあり、温かな目をして、出迎える者はいなかった・・・・・・が、全員、フリューゲルの存在に釘付けとなり、昼食の支度を一時中断し、怪訝そうな顔で一斉に歩み寄る。
「ただいま。今、帰ったよ」
クリスは、仲間達に平然と帰宅の挨拶を告げると、地面に足をつかせ、ミシェルを抱き上げて馬から降ろす。
その性格と仕草は、普段と変わらない沈着冷静なものだった。
「クリス!」
リリアが深刻そうに叫んで、真っ先に向かって来る。
「その馬・・・・・・一体、どうしたんだい!?」
デズモンドが、皆がしたがるだろう当然の質問を代表して言って
「この子の事かい?湖にいたところを偶然、拾ったんだ」
クリスは嘘にならない言葉足らずの嘘をつく。
「随分、逞しいお友達を連れて帰ってきたものね。大型種の白いアラーブ。オリウェールでも、数少ない希少種で、相当の金持ちにしか手に入れられない名馬よ」
ローズは馬の種類と詳細の説明を、滑らかに述べる。
興味本位で、フリューゲルの頬を撫でると、彼女にもすぐに懐いた。
「鐙や鞍が取り付けられている事から判断して、どう見ても野生種ではないな?こんな、偉い上物。どこから、奪ってきたんだ!?まさか、またルフェーブル・ファミリーを襲ったんじゃないだろうな!?」
リチャードは口調を荒く、叱りつける勢いで尋問に等しい事情聴取を行う。
前にクリス達が犯した事件の事もあって、目の前にいる人物による、再度の過ちを疑っているのだろう。
彼の周囲に散らばる他のメンバーも不信と疑いの視線を向け、沈黙が重苦しい雰囲気を漂わせる。
「安心して。誰からも奪ってないし、盗んだわけでもない。元の持ち主はいたんだけど・・・・・・その、既に息絶えていた。飼い主の遺体の隣で置き去りにするのも可哀想だったから、いっその事、ここの一員に加えた方がよかったと思ってね。ほら、僕の馬は前の戦いで死んじゃったわけだし。ちょうど、新しいパートナーが欲しかったところだったんだ」
クリスは、真実ではない経緯をでっち上げ、嘘を重ねる。
「そんなの、盗んだのと一緒よ。全く。アシュレイといい、あなたといい。このギャングのメンバーには、死者を冒涜する人しかいないのかしら?」
リリアは呆れ果て、これに合った皮肉を考えるだけでも、一苦労だ。
「僕達はアウトロー(無法者)だ。死者を敬う方が、不自然だと解釈するけどね」
デズモンドは、最もな発言をした後、1人で苦笑する。
「今度こそ、信用していいんだな?クリス。少しは頭を冷やせたか?」
リチャードに既に偽証を見抜かれているような眼光を向けられても、クリスは動揺せず、清廉潔白を演じる。
「誓って、組織を危険に晒す真似はしていないよ。昨日の件で十分に反省した。もう、頬を引っ叩かれるのも、懲り懲りだしね」
クリスは温和な笑みで誤魔化すと、フリューゲルの手綱を木に巻き付け、周囲を気にするミシェルと共に野営地の奥へ踏み込む。
メンバー達とすれ違った直後、途中で足を止めて、振り返って聞いた。
「ところで、他の皆は?」
「皆?ああ、お前とバカをやらかした連中の事か?奴らなら、あっちの方で武器の手入れを任せている。ついでに神の教えから外れたバカ神父にもな」
リチャードが、蔑んだ態度でアシュレイ達の居場所を指差す。
彼はそれっきり、会話を打ち切って、他のメンバーも持ち場へと戻って行った。
クリスは真っ先に、ノーラを討った仲間達の元へ向かう。
野営地付近の林に着くと、リチャードの証言通り、アシュレイ達が組織が使う武器のメンテナンスに明け暮れていた。
メルトとサクラが斧と杖の調整を行い、ステラもシルヴィアとガラドボルグの刀身を砥石で研いでいる。
他の武器は、ヴェロニカとルイスがガンオイルで綺麗になるまで磨く。
「ただいま。皆」
クリスの挨拶に、アシュレイ達の関心が、一斉にこちらに向く。
彼らは、真剣な面持ちを緩め、明るい空気を生んだ。
「クリスさん。お帰りなさい。道中、危険はありませんでしたか?」
「お帰り~。こっちは、凄く退屈だったよ~」
サクラが気を遣った質問を投げかけ、続いて、メルトが気軽な態度で愚痴を零す。
「君が、ここにいればよかったんですけどね!クリスさんと一緒だと、色々と会話が弾みますから!あれから、大変でしたけど、僕は後悔なんてしていませんよ!むしろ、昨日や今日の現状が多くの事を学ばせてくれました!ただ、残念なのは、やっぱり君が隣にいなかった事です!それだけ!それだけが不満でした!」
ステラも黄色の目で、賑やかに嬉しさをアピールする。
「やっと、帰って来やがったか。お前だけ、釣りに出かけるなんざ、ひいきもいいとこだな」
アシュレイが、本心から憎んでいない妬みを吐き捨て、にっとはにかんだ。
鼻は四角いガーゼで覆われ、テープで固定されている。
「アシュレイ。殴られた傷は大丈夫?」
「リチャードの拳なんざ、喰らっても翌日には治る。酒を盗まれて逆上した親父の拳の方が、よっぽど痛ぇよ」
とジョークを言ったのも束の間、神経に痛感が走り、彼は"いてて・・・・・・"と情けなく顔を押さえた。
「あっ!アシュレイ!触っちゃだめ!まだ、傷は治ってないんだから!」
ヴェロニカは注意を促し、幼馴染の元へ駆けつける。
「ルイスさんも、大変でしたね。あなたにも、苦労の連続を味わわせてしまった」
クリスは素直に謝罪するが、ルイスは相手を責めるどころか、怒りを知らない微笑みを絶やさなかった。
「とんでもない。あなたの1つの決心が、私に多くの正義への貢献をもたらしてくれたのです。血で手を汚す行いは、聖書の教えに反しますが、アドニスの魔女を打ち負かした事で、近い未来に手にかけられるはずだった罪なき人々の殺戮を未然に防げたのではないのでしょうか?クリスさんが咎められた後、私もリチャードさんに厳しきお叱りを受けましたが、これも試練の一環であると、有難く受け止めました」
「僕は、そこまで称賛されるような偉業は果たしてません。でも、敵の犠牲で本当に誰かを救えたのなら、清々しい気持ちですよ」
胸に手を当てて、謝意を示す神父を前に、クリスもまんざらではない照れた表情を浮かべる。
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