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ブラッド・フレイム-Blood Flame- 第三章開炎
日時: 2015/07/18 08:39
名前: 竜野翔太 (ID: SDJp1hu/)

 はじめまして、ドラゴンとか呼ばれたことないけど、ドラゴンこと竜野翔太です。苗字の読みは『たつの』ですよ〜。『りゅうの』じゃありませんからね。

 今回は閲覧いただきありがとうございまーす。
 この作品、『ブラッド・フレイム』でございますが、主人公は吸血鬼ちゃんでございます。いや、本当は別の掲示板で上げてたヤツに修正加えていって、いいものに昇華させてるやつなんですけどね。

 主人公は吸血鬼、敵は悪魔ということで、いかにも中二病な作者が好きそうな題材でございます。あー恥ずかしい。
 吸血鬼ちゃん、とちゃん付けで言ったということは、吸血鬼は女子ということです! ここ重要ですよ!
 まあ後々男の吸血鬼も出ますが、大体が女子ですよ。

 各キャラのプロフィールなどは、一つのストーリーが終わるごとに書いていきますので、それまでは色々と文章を読んで把握してくださいな♪

 ではでは、次のレスから始めていきますよー!

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Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.70 )
日時: 2015/04/17 23:51
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



「……悪魔……?」
 真冬の口から紡がれた言葉に対して、夏樹が絞り出したのはそんな言葉だった。その声すらもか細く、小さな風が吹けば飛んでいってしまいそうなものだったが、何故だか真冬にも闇夜にも、夏樹の呆然とした呟きは鮮明に聞こえていた。
「……ど、どういうことだよ? お前らは……赤宮たち『ヴァンパイア』は悪魔を倒すのが役目なんだろ? お前だって『ヴァンパイア』なんだろ? じゃあなんで……」
 夏樹は真冬と初めて出会った時に聞いていた。
 『ヴァンパイア』が人間界に来た理由は、『天界』に現れるはずの悪魔が最近になって人間界にも現れるようになったからだ。そのために真冬たちは人間界に派遣されている。
 だが、そんな真冬たち『ヴァンパイア』が悪魔と手を結ぶ、なんてことが有り得るのか。あっていいのか。いや、先ほどの真冬の反応を見れば、そんなことがあっていいわけじゃないことはなんとなく分かる。
 ならば何故、黒曜闇夜は『ヴァンパイア』でありながら悪魔と協力しているのか。
 闇夜は『利害が一致している』と言っていた。フルーレティが、悪魔側が真冬たちを殺して、何か都合がいいことが起こりでもするのだろうか。だが、真冬は人間界に派遣された『ヴァンパイア』の中では強くても、『天界』全体から見れば良くて中の中クラスだ。倒しても倒さなくても、有害になりはしない。そんなレベルだ。
 悪魔側が真冬を狙う理由も考えなければならないが、今は目の前の敵をどうにかするべきだ。ただ過去の真冬に憧れを抱く程度なら良かったが、悪魔と手を結ぶなどという『ヴァンパイア』の禁忌を犯したとあれば、真冬も見過ごすことは出来ない。
 真冬は鋭い瞳で闇夜を睨み付ける。強く握りしめた右拳から真っ赤な炎が噴き出し、その炎はグローブのように真冬の手を包み込む。
 再び頬を紅潮させる闇夜。彼女の表情は今までのどの場面よりも愉しそうな笑みを浮かべていた。狂気にも似た、怪しい笑みを。
「……お前のしたことは、許されることじゃない。それは分かっているな?」
 真冬は冷静な口調で闇夜に問いかける。おそらく今にでも襲い掛かってしまいそうな身体を必死に抑えているのだろう。口調こそは穏やかだが、彼女の眉間には深くしわが刻まれている。
「分かっていますよ。でも、よく考えてください」
 鎌を持ったまま闇夜は両腕を水平に広げた。自分の壮大な考えを語り聞かせるように、彼女はゆっくりとした口調で静かに告げていく。
「悪魔と手を結ぶって、そんなに悪いことですか?」
「……何だと?」
 真冬の声に静かな怒気が籠る。それでも構わず闇夜は続ける。
「悪魔を害悪とみなしたのは過去の人物です。でも、私は思うんですよ。話し合えば、理解しようと思い合えば私たちは協力できるんじゃないかって。今回が、そうであるように」
「それはただの結果論だ。現実はそう上手くいかない。それに、今回はお前とフルーレティの目的が一致しただけだろう。お互い利用しようと思っている程度の関係だ。その程度で分かり合えるわけなどない」
 静かに反論を聞いていた闇夜は、小さくふふっと笑った。
「ええ、そうですよ。ですが、どんな理由であれ協力は出来ています。それがたとえ一時のものでも、利用し合うような関係であろうと」
 闇夜の持つ大鎌に漆黒の炎が纏う。今までよりも圧倒的に黒く暗い、触れるものすべてを一瞬にして灰にしてしまうような、そんな無慈悲さをも感じさせる冷たい炎だ。
「私は利用できるものなら何でも使いますよ。あの時のあなたを取り戻すためならなんでも。それが悪魔だろうと関係ありません」
「愚かな。悪魔などの手で私の考えを変えられると思うな。もう私は一人じゃないのだから」
 今の真冬には夏樹がいる。
 彼だけじゃない。彼の妹や母親、薫や真咲ら同じクラスの友人に、涙や昴といった悪友に近い存在。今の真冬は一人で戦っているわけではない。彼らの存在が真冬の支えになっている。
「……なら、それさえ消せばお姉さまは……」
 闇夜は小さく呟くとにやりと笑った。黒い炎を纏った鎌を振りかぶる。
「ならいいでしょう、見せてあげますよ。お姉さまのいう他人との繋がりなんて、簡単に断ち切れるってところをね!」
 闇夜が鎌に纏っていた漆黒の炎を真冬に向かって放つ。
 大きな炎だがかわせない大きさではないし、そんな速度でもない。真冬はいたって簡単にその攻撃をかわすが、すぐにどこかおかしいことに気が付く。
 闇夜も今の攻撃をかわすことは容易に想像できたはずだ。だがかわした隙を突いて攻撃をすることも、技を連発することもなく闇夜は追撃の手を打ってこようとしない。
 余裕のつもりかと思い、真冬は地面を蹴る足に強く力を込めたその時だった。

 闇夜の表情に、不気味な笑みが浮かんでいることに気が付く。

 そこで真冬はハッとした。闇夜の狙いに気付き、急いで振り返る。
 今の攻撃は、わざと真冬にかわさせたのだ。そう、彼女の狙いは真冬ではなく、彼女の後ろ——桐澤夏樹に向けて放たれたものだった。
「——まずい!」
 真冬は背中から炎の翼を生やし、夏樹のもとへと文字通りに飛んでいく。真冬が間に合ったか間に合わなかったか、その判断が難しい丁度その時、漆黒の炎が黒い煙を巻き上げた。
 闇夜は小さく息を吐きながら、冷たい口調で呟く。
「——だから言ったでしょう? 他人との繋がりなんて、簡単に断ち切れるって」

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.71 )
日時: 2015/04/27 09:48
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



 3


 立ち上る黒い煙を眺めながら、闇夜は小さく息を吐いて巨大な鎌を担ぐように持ち直した。
 彼女の今の瞳には明らかな軽蔑の感情が浮かんでいた。
 彼女はかつて、孤高で誰にも頼らない、そんざ絶対的な強さを持った赤宮真冬に憧れていた。そんな自分が心から尊敬した人物が、一人で戦っていた彼女が、誰かを守るためにやられてしまうとは情けなくてしょうがない。
 だが、これは自分の信じたものが正解であることの証明だ。
 赤宮真冬は強さを求め他人との関わりを持った。それ故に馴れ合いという邪魔なものに浸ってしまい軟弱な者になれ果ててしまった。
 一方で黒曜闇夜は強さを求め一人でいることを好んだ。それ故に邪魔されることもなく、足を引っ張られることもなく、ただ強さに向かって真っ直ぐ走って来れた。
 これはその差だ。
 つまりは他者と馴れ合った真冬が間違っていて、一人でいた闇夜の方が正しかったというワケだ。
「……」
 黒煙に包まれ見えなくなった自分が尊敬した人物と、その人物が弱くなる理由を作ってしまった男——もう気にする必要もないだろう、と闇夜は踵を返す。
 いくらフルーレティが強いとはいえ、闇夜は彼を全面的に信頼していない。そもそも彼女の目的は銃使いの女を倒すことも含まれている。これで満足出来るわけじゃない。
 銃使いの女、そして宿敵である茨芽瑠を叩きのめしたその後、用済みとなったフルーレティをも倒す。それでこそ、徹底的に潰してこそ、彼女の強さは証明される。
 が、
「……かっ!」
 後方で誰かが溜め込んだ息を吐き出した音を聞いた。
 闇夜が驚いて振り返ると、徐々に収まりつつある黒煙の中に人影があるのを見た。それも二つ。つまり、闇夜の炎の直撃を受けてなお、あの二人は生存していたということになる。
 闇夜の攻撃を防ぐため、真冬は全速力で移動し夏樹のもとに到着していた。だが反撃の攻撃を繰り出す余裕はなく、背中に全力で展開した炎の翼で防ぐことになった。
 それでも闇夜の攻撃の全てを無力化できたわけではなく、最終的には炎の翼をも闇夜の攻撃は破った。
 結果背中で夏樹を守っていた闇夜は背中に大きな火傷を負った。彼女の額に大量の冷や汗が浮いており、いつものように強がって見せる笑みも、引きつっておりその瞳も虚ろげだ。
 それでも真冬は目の前にいる夏樹に、気丈な様子を作ろって言い張る。
「……平気か、夏樹……」
「……お前、どうして!? 俺が平気でもお前が……!」
 すっと、夏樹の言葉を切るかのように真冬が頬に手を添えた。今の彼女の表情はとても辛そうだが、彼女の見せる笑顔は今までのどの笑顔よりも優しかった。
「……良かった、お前が無事で……。身体を張った、甲斐があった、な……!」
 がくん、と真冬の身体から力が抜け、夏樹にもたれかかるように倒れかかってしまう。そんな真冬を夏樹はしっかりと抱きとめる。まだ意識はあるようで荒い呼吸を繰り返している。だが、この状況ならば気を失っていた方がまだマシだ。消耗した体力で背中の激痛に耐えなければならないのだから。
 そんな真冬に闇夜は耐えきれないという様子で、ぷっと吹き出した。
「くくくっ、本当に哀れですねぇ、お姉さま。足枷のせいでそんな怪我を負い、気を失うことも出来ず痛みと戦い続ける……。ねえ、お姉さま」
 闇夜の冷たい瞳が二人を見据える。
「これを足手まといだと言わずに、なんと言うんですか?」
 真冬の真紅の瞳が闇夜を睨み付ける。
「……足手まといだと言わずに、か……? さあ、なんだろうな……!」
 真冬は足にありったけの力を込めながら立ち上がろうとするが、体力を消耗しすぎたせいで上手く立ち上がれない。それでころか、足も手も激しく震え、上手く動かすことさえもままならない。
 途中で足を滑らせ真冬は地面に倒れてしまう。
「赤宮! 無茶するな!」
 それでもなお夏樹の身体にしがみついて立ち上がろうとする真冬。だがその瞬間、さらなる危機が降りかかる。
 真冬が弾けるような感覚を受けると、髪がどんどん短くなっていき、気丈で凛とした表情もあどけなさが残る、普通の少女のものに変わっていく。
「……あ、れ……?」
 さっきまでの声とは明らかに高い声で、状況が理解できないような表情をしながら、夏樹にしがみついていた手からは力が抜け、真冬は再び地面に倒れ伏してしまう。
「……赤宮……お前、まさか……!?」
「……うそ……」
 呆然と呟く真冬の耳に、闇夜の高らかな笑いが届いた。その笑いは今までのどの笑いよりも、真冬に絶望を叩きつけていた。
「はははははははははっ!! 本当に哀れですね!! かける言葉も見つかりませんよ!!」
 立ち上がろうと地面を押し返すが、視界はいつまで経っても変化しない。どころか、腕も上手く動かせているのか、ちゃんと地面を押し返そうとしているのか、それさえも分からない。身体からあらゆる感覚が消えている。
 痛みも、砂の感触も、闇夜の笑い声も、夏樹の声も、何も聞こえない。
 
 血を使い過ぎたために、『覚醒型』としてのタイムリミットが訪れてしまったのだ。

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.72 )
日時: 2015/05/11 11:07
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



 4


 茨芽瑠は暗い教室の中を必死に駆け巡っていた。
 全ては大好きな自分の契血者(バディー)である汐王寺刹那を助けるため。自分が捜し回っている間にも、校舎の外では赤宮真冬が大きな鎌を持つ、明らかに危険な人物と戦っている。
 彼女の負担を少しでも減らそうと——あるいは、もっと子供らしい単純な理由で小さな身体に鞭を打って息を切らしても、足が重くなっても走ることを止めない。
 三階に繋がる階段を登り終えたところで、芽瑠は膝に手をついて息を切らす。もう十分以上捜しているが、一向に見つかる気配がない。もしかしたらここにはいないのかもしれない。そんな最悪の事態を想像しながらも、三階の廊下をゆっくりと歩き始める。
 一つ目の教室の扉を開けるが人影は全く見当たらない。規則的に並べられた机と椅子のセットを見ると、どこかのクラスが使っている教室であることは間違いないようだ。
 誰もいないことを確認して扉を閉め、他の部屋を調べていく。
 しかし度の教室も人影一つ見当たらない。刹那とはもう会えないかもしれない——そんな想像が頭をよぎり、涙を流しそうになってしまう。
 そんな精神状況でふと前方を見ると、五メートルほど先の教室の扉が少し開いているのを確認した。芽瑠は藁にも縋る思いで、その教室へと駆け寄っていく。
 芽瑠は僅かに開いた隙間に細い指を掛け、扉を完全に開け放つ。
 するとその教室の中から溢れ出た冷気に身体が自然に震えてしまう。この教室の中だけ異様に寒い。手で腕を擦りながらゆっくりと教室の中に足を踏み入れる。
 中はとても暗くて肉眼ではなにも見えない。辛うじて分かるのは机や椅子が見当たらないので、クラスが使用する教室ではなさそう、だということだけだ。
 芽瑠は入り口付近の壁に、手を這わせていく。目だけは辺りをくまなく見据えながら、教室の全容を知るために明かりのスイッチを探る。指先がそれらしい感覚を捕え、芽瑠は意を決してスイッチを入れる。
 明かりのついた教室を見て、芽瑠は目を見開いて驚愕した。
 蓮のような巨大な花が一つ、教室の真ん中に置かれていた。軽く芽瑠の数十倍はあるであろうその蓮の花は、綺麗な氷で出来ていた。細部まで手が施されており、思わず感嘆の息を吐いてしまう。
「……なんで、こんなものが……?」
 この教室に充満していた冷気はこの花の彫像のせいらしい。
 しかし何故こんなものがここにあるのか分からない。どう見ても自然に出来たものではない。誰かが意図的にここに用意したのだろう。その真意は不明だが、周りに人の気配はない。
 芽瑠は氷の蓮の花に近づく。触れてしまえば一瞬で氷漬けになってしまいそうなその花をじっと見つめていると、
 ぎゅるん、と花の裏から氷の蔓が数本伸びてくる。
「ッ!?」
 その氷の蔓は一斉に芽瑠に襲い掛かり——、
「いやああああああああああっ!?」

 その悲鳴を聞き、涙と昴はそれぞれ別の場所でハッと顔を上げる。
 今捜索していた教室を飛び出し、すぐ近くにあった階段を目指して走る。
 涙が走っていると、三階へと繋がる階段の前で昴が上を見上げているのが見えた。涙は走りながら契血者(バディー)の名前を呼ぶ。
「昴!」
 それに気付き昴が振り返る。涙の姿を見た昴は、上から漂う気配に顔を強張らせている。
「今の聞こえたのね!?」
「ああ。茨の声だった。多分上からだ!」
 普通の人間である昴が行っても悪魔に太刀打ちできない。それが分かっているからこそ、昴は階段前で待機していたのだろう。涙と昴は視線を交わし、ほぼ同時に頷くと階段を駆け上がっていく。
「刹那さんを見つけたってわけじゃなさそうね。ってことは……」
「ああ。やっぱりあの鎌女……協力者がいやがった」
 二人は階段を駆け上がりながらそんな言葉を交わす。予想していたことではあるが、まさかその最初の標的に芽瑠がなってしまうとは、予想以上に危ないかもしれない。
 三階に着いた二人が廊下を見据えると、一つの教室から光がこぼれているのを発見する。その教室へと走り、二人はその教室の中を見て驚愕する。
 教室の中心には巨大な氷で出来た蓮の花。その蓮の花の背後には氷の巨大な蔓に捕らわれ、磔にされている汐王寺刹那と茨芽瑠。二人は気を失っている。
「……な、なによこれ……!」
 現実では考えられないような光景に、涙と昴は上手く言葉が出て来なかった。ただ驚き、『何だ』という感想しか浮かんでこない。
 二人が目の前の光景に唖然としていると、氷の花から声が聞こえてきた。
「……また客人か……。あの女は何をしているのやら」
 花が喋ったのかとも思ったが、それは違う。花の後ろから一人の人物が素端を現した。銀髪の二十代くらいの男だ。髪の右側だけが跳ねており、黒いスーツのようなものを着た男は、綺麗な姿勢で涙と昴の前に立つ。
「……こいつ、『ヴァンパイア』じゃない……! 悪魔!?」
 涙の言葉に銀髪の男は静かに笑みを浮かべ、両腕を広げると歌うような口調で二人に向かって言葉を紡ぐ。
「その通り。我が名は『地獄の副将』フルーレティ。お相手願います」

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.73 )
日時: 2015/05/19 18:03
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



 5


 赤宮真冬は、感覚の消えた身体でただ地面に倒れていた。
 目は動かせるのに、他の部分は少しも動かせなかった。ただ見えるのは真っ暗な闇と静寂に包まれた世界だけ。真冬の頭からあらゆる思考が消え失せ、もはや考えることさえも億劫になっていた。
 倒れたまま一切動かない真冬を見下ろして、かつての彼女を目標としていた黒曜闇夜は、興味を失くしたように退屈そうに息を吐いた。
「……だから言ったんですよ。仲間なんて不必要だって。現にお姉さまはそんなもののために……」
 今こんな状態になっているんですから、という言葉は闇夜の口からは出なかった。闇夜は首を左右に振って、後ろにある校舎を一瞥した。
「ともあれ、これでお姉さまの目論見はあっさり潰れたわけです。たとえ茨芽瑠とあの白い『ヴァンパイア』がフルーレティを倒そうと、お姉さまがやられてしまっていては、元も子もないでしょうし」
 闇夜は右手に握っていた巨大な鎌を高く振り上げる。その鎌の刃の行き着く先は赤宮真冬の首だ。
 もうあの時の真冬は、『天界』で闇夜の心を激しく揺さぶった孤高の強さを持った赤宮真冬は帰って来ない。ならいっそのこと消してしまおう、闇夜はそう考えて赤宮真冬に狙いを定める。
 が、

 倒れた真冬を庇うように夏樹が闇夜の前に立ちはだかった。

 予想していなかった出来事に闇夜は驚く。真冬も夏樹が何をしているのか分かったようで、ゆっくりと首を動かす。
「……なつ……き、くん……?」
 何をしているのかを問おうとしたが、その言葉は声にならなかった。ただ震えで口が動くだけで、声として口から放たれることはなかった。
 巨大な鎌を振り上げていた闇夜は、呆れたような溜息をついて鎌を下ろした。それから冷酷な瞳で夏樹を睨み付ける。夏樹は一切動じず、真っ直ぐ闇夜を見つめている。
「……何のつもりだ、人間?」
 闇夜は冷たい瞳と声で夏樹に問いかける。
 問われた夏樹は真冬を守るように両腕を広げて闇夜を睨みつけるように見据えながら答える。
「分からないのか? お前は赤宮を殺そうとしてる。だから……」
「守っているつもりか? たかが人間であるお前が」
 闇夜の侮辱するような声が、夏樹の心に深々と突き刺さる。
 確かに夏樹はただの人間だ。少し喧嘩をしていた時期があり、殴り合いでの喧嘩ならそれなりの勝率は確保できる。だが、相手が武器を持っている、さらには人間ではなく『ヴァンパイア』ともなれば話は別だ。
 『ヴァンパイア』は少なくとも夏樹より身体能力が高い。夏樹が戦っている姿を見たことがあるのは赤宮真冬、白波涙、紫々死暗、黒曜闇夜のたった四人だけだが、それでも充分分かる。『覚醒型』という特殊な性質を持つ赤宮真冬を除けば、夏樹が勝てる見込みはゼロだ。
 どこまでいっても『人間』という枠組みを越えることが出来ない夏樹では、どう足掻いても『ヴァンパイア』に勝つことは不可能だ。
 だがそれでも、自分を守るために戦ってくれた少女が、今自分を守って傷だらけになって倒れている。そんな少女を夏樹は見捨てることが出来なかった。それが自分の契血者(バディー)であるならば尚更だ。
 だからこそ夏樹は何も出来なくても立ちはだかる。何もせずに、誰かが傷つくのは見たくないから。
 しかしそんな夏樹の決意を、気持ちを知っていながら闇夜は面倒くさそうな態度を隠そうとせずに、あからさまな溜息をつき、黒い髪を乱雑にかき乱した。まるで聞き訳が悪い子供に、どう説明しようか困っている大人のように。
 鎌を担ぐように持ち直した闇夜は、
「……お前がそこに立っていようが、どうにもならない。怪我をしないうちに帰れ。私はお前に用はない」
「……俺がここから離れたら、お前は赤宮を殺すんだろ……?」
「まあ、そうなるかな」
「だったら離れない。離れられない!」
 夏樹がそう言った瞬間、何かが頬を掠めた。
 左頬から一筋、血が流れる。見れば闇夜が無感情で冷たい瞳で夏樹を睨みつけながら、鎌を薙いでいた。
「これで分かったでしょう? 帰れ」
 これは警告だ。
 いつでもお前を殺せる、という。
 お前を殺すことに躊躇いなどない、という。
 だから殺されたくないならここから帰れ、と闇夜は今の行動でそう示した。死を恐怖しない人間などいない。これでこの男はここから立ち去るはずだ。誰かのために死ぬのなんて馬鹿馬鹿しい。
 真冬を殺すように見せて、この男が立ち去った後に真冬は自分で保護しあとであの時の強さを取り戻してもらえばいい。信頼した相手に見捨てられれば、真冬もきっと考えを改めるはずだ。
 だが、

 夏樹は一切動かない。

 両腕を広げたまま強い意志の籠った瞳で闇夜を睨み付けたまま、一歩も動こうとしない。
「……なぜ……」
 闇夜には理解できなかった。
 桐澤夏樹も、赤宮真冬も、真剣に大切な相手を守るために戦っている。本当に誰かのために心を奮い立たせて、勝てるかどうかも分からない相手に立ち向かっている。闇夜にはそれが理解できなかった。
 仲間なんてただの足枷で、足手まといな存在で、自身を弱体化させるだけのもので。他人をそうだと、自分の考えを一切変えることなく、自分の考えを貫き通した闇夜にとって、この二人は理解しがたいものだった。
「……そこまでして、守りたいのか……っ!」
 闇夜は鎌を握る手にいっそう強く力を込めた。
 歯が砕けそうなほど歯を食いしばり、目には言い表せないほどの怒りを湛え、自分を苛立たせる元凶である目の前の男を睨み付ける。
「……だったら……だったら死ね! ここで、無様に、無意味に、呆気ない死を迎えてしまえ!!」
 闇夜は巨大な鎌を振り上げ、夏樹を切り裂こうと振り下ろす。

 ——どくん。
 真冬の心臓が深い鼓動を刻んだ。
 嫌だ、嫌だよ。
 その言葉は声にならない。ただ心の奥底で叫ぶしか出来なかった。
 ——どくん。
 また一つ、先程よりも大きな鼓動だ。
 こんなことが、以前に二回あった。
 一回目はそこに行けばもうすべて終わっていた。周りが青い炎に包まれ、自分の大切で大好きな友人が血まみれで倒れていた。
 もう一回はつい最近だ。
 自分の無力さが原因で、また大切で大好きな人が自分のために血を流し、生死の境を彷徨った。
 その時に誓ったはずだ。もう何も失わないと。何も傷つけないと。
 その為に強くなると。

 ——させない。

 ——もうこれ以上好きにはさせない。

 ——失わない。傷つけさせない。

 ——どくんどくんどくんどくん。

 ゴッ!! と。
 そんな音が響いた時には、夏樹の目の前から黒曜闇夜は後方に飛ばされ、校舎に身体を叩きつけられていた。
「……な……!?」
 思わず夏樹と闇夜の驚愕の声が重なる。
 もちろん夏樹は何もしていない。真冬を庇うように両腕を広げたまま動いていない。
 闇夜も夏樹がしたとは思っていないようで、状況が把握できずぽかんとしている。
 そんな二人は同じ場所に視線を向けた。
 それは夏樹の目の前。そこにはいるはずのない人物が立っていた。

 腰まで真紅の髪を伸ばし、鋭い瞳を持った美少女がそこに立っていたのだ。
 紛れもない、覚醒状態の赤宮真冬が。
 吸血した血を全て失い、戦えなくなったはずの、覚醒状態にすらなれなくなったはずの赤宮真冬が、そこに立っていた。

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.74 )
日時: 2015/06/06 23:10
名前: 竜野翔太 (ID: 4/G.K5v4)



 6


 校舎の壁に叩きつけられた黒曜闇夜が見ているのは、有り得ないはずの光景だった。
 先ほど自分が黒い炎で戦闘不能へと追いやった相手が、自らの血を使い果たし戦えなくなったはずの相手が、自分より遥かに弱く脆い存在である人間に守られていたはずの相手が。
 短かった赤い髪が腰の位置にまで伸び、可愛らしい印象を与えていた丸い瞳は、強さと冷たさを与える鋭いものへと変わり、唯一変わっていない小柄で華奢な身体つきも、彼女の変貌ぶりによって逞しく見えてしまう。
 闇夜は鎌を杖代わりにし、背中の痛みを堪えながら立ち上がる。
 今彼女の目の前に立っているのは間違いなく赤宮真冬だ。先ほどまで立つことさえままならなかった、自分が倒したはずの相手だ。
 だが彼女は立っている。しかも血を使い果たし、無力な存在に戻ったはずなのに、今闇夜の瞳に映る赤宮真冬は、闇夜が心惹かれ憧れ続けた強い赤宮真冬の姿だった。
「……赤宮……」
 真冬の後ろにいる夏樹は呆然とした調子で呟くように名前を呼んだ。
 名前を呼ばれたことに気付いた真冬は視線だけを夏樹に向ける。唖然とした表情をしている夏樹に、真冬は優しい笑みを浮かべると、身体ごと向き直り自分より背が高い夏樹の頬——先ほど闇夜に傷つけられた頬へ手を添える。
「……すまんな、夏樹。私が不甲斐ないせいで、またお前を危険な目に遭わせてしまった」
 真冬は夏樹の頬から流れていた血を指で拭い、それを舌で舐めとると自分が先ほど吹っ飛ばした相手へと身体ごと向き直り、続きの言葉を背中越しに伝える。
「もう少し待っていろ。奴をすぐに倒す」
 夏樹と真冬のやり取りが終わる頃には、闇夜も支えなしで立てるようになっており、彼女の射抜くような鋭い視線が二人を捉えていた。だが、今まで饒舌だった彼女の表情には、一切の余裕がない。
 そこで夏樹は気付いた。
 今までの真冬なら、相手との距離があっても全く隙は見せなかった。いつでも戦える、という意思表示にも思えた炎を今は私用していない。覚醒状態に戻ったのだから、先ほど失くしたはずの炎も復活したのかと思ったが、どうやらそうでもないのか。
 ならば、何故彼女は覚醒状態に戻れたのか——。
「……まさか、まだ戦えるとは思いませんでしたよ。あとはそこの無能な契血者(バディー)を消すだけだと思っていたんですが……」
「無能、か……。たしかに夏樹ではお前に勝つことは一生かかっても不可能だ。だが、そのお前の言う無能な存在のお蔭で、私はまた戦うことが出来た。中々馬鹿に出来ないだろう? 契血者(バディー)の存在も」
 闇夜の表情が険しくなった。
 一度下したはずの真冬が、夏樹のお蔭でまた戦う力を取り戻した。これは仲間の存在を、一人では勝てない相手も二人でなら勝てる、ということを肯定されているようで、闇夜にとっては酷く都合の悪い話だろう。
「血を失くしたはずの『ヴァンパイア』が再び覚醒状態に戻る——『零化(ぜろか)』ですか、お姉さま」
 闇夜の質問に真冬は頷いた。
 聞き慣れない言葉に夏樹が首を傾げると、理解していないことに気付いた闇夜があからさまに溜息をつき、面倒くさそうながらも口を開いた。
「『零化』というのは、覚醒することでしか戦えない『覚醒型』のみに与えられた切り札。血を使い果たし、体力気力ともに限界まで擦り減ってしまった時、覚醒状態に戻れる。それが『零化』という現象だ」
 『ヴァンパイア』には二つの種類がある。
 一つは白波涙、黒曜闇夜のように契血者(バディー)から血を吸わずとも、自身である程度の炎を生み出すことが出来る『同一型』。
 利点として常に血を蓄えていなくても戦える、という点がある。
 二つ目は赤宮真冬のような契血者(バディー)から血を吸わなくてはまともに戦うことが出来ない『覚醒型』。
 『ヴァンパイア』の中でも珍しい型であり、全体のおよそ三割程度しかいないとされている型だが、利『同一型』を凌ぐ高い戦闘能力と身体能力が利点として挙げられる。
 だが前述のように契血者(バディー)という存在が必須なため、戦闘では不利な状況に陥りやすい『覚醒型』が絶体絶命の際に使える切り札として与えられたのが『零化』だ。
「『零化』は覚醒状態と同じ戦闘能力に戻ることが出来るが、それでも全力で戦うことは出来ないはず。そうですよね、お姉さま?」
「……どういうことだ?」
 夏樹の質問に闇夜は笑みを浮かべながら、
「『零化』は覚醒状態に戻る代わりに、炎を一切使うことが出来ない! つまり、今のお姉さまは炎を使うことが出来ないただの『ヴァンパイア』! そんなのに、私が負けるとお思いですか?」
 焦りながらも、自分の勝てる要素を真冬につきつける闇夜。
 だが彼女も気付いている。
 たかが炎の有無で『同一型』と『覚醒型』の戦闘能力の差は埋まらない。しかし、覚醒状態に戻ったからといっても真冬は満身創痍。怪我が治ったわけでも、体力が回復したわけでもない。ただ『戦える状態に戻った』だけだ。
 ならば、まだ体力気力ともに余裕がある自分にも勝機がある。
 闇夜は鎌に大きく黒い炎を纏わせながら、
「ぼろぼろの身体を酷使して戦わせる『零化』……それがどれほど無力なものか、教えてあげますよお姉さま!!」
 闇夜は真冬を倒すべく全力で賭け、彼女との距離を詰める。
 真冬が闇夜の攻撃に対し取った行動は——、

 彼女の横薙ぎの攻撃をそのまま素手で受け止めた。

「なっ!?」
 その行動に夏樹と闇夜が驚きの表情を見せる。鎌の刃によって手からは血が流れ、黒い炎によって火傷を負っていく。
 だが真冬は一切表情を歪めず、空いている方の手で闇夜の顔を鷲掴みにした。
「……ッ!!」
 負けを確信した闇夜が最後に見たのは、あの時では見ることが出来なかったであろう、強さと弱さを知った真冬が見せた、優しくも儚げな笑顔だった。
 真冬はそのまま闇夜の顔を地面に叩きつけるように腕を振り下ろした。
 勢いよく地面に顔を叩きつけられた闇夜の手から鎌が落ち、闇夜もそのまま動かなかった。
「……お前は、私が『ただ戦える状態に戻った』だけだと思っていたようだが……誤算だったな」
 真冬は闇夜を見下ろして、
「それだけで、充分だ」
 真冬には身体がぼろぼろだろうが、体力が底を尽きてようが関係ない。
 ただ戦える力を取り戻した。それだけで充分だった。
 戦いを終えた真冬は、案の定覚醒状態から元の姿に戻ってしまう。力が抜けた身体が後方に倒れるのを支えてくれたのは夏樹だった。
「……なつきくん……」
 真冬はなんとかその言葉だけを紡いだ。立つことも出来ないと判断した夏樹は真冬の腰を地面に下ろし背中を手で支える。
「……大丈夫か? あの『零化』ってのかなり危険なやつなんじゃ……」
 ぼろぼろの身体をなおも酷使して使う『零化』。確かに緊急事態の切り札ではあるだろうが、傷ついてしまった身体をさらに使い続けるというのは、本人により大きな負荷を与えてしまうことになる。
 真冬は心配してくれる夏樹に精一杯の笑顔を浮かべて、
「……えへへ……初めてだったけど、思ってたよりも辛いや。でも、『零化』が使えたのも、そのお蔭で勝てたのも夏樹くんのお蔭だよ……ありがと」
 いつものように微笑んでお礼を言う真冬。その表情にドキッとしてしまい、夏樹は不意に顔を逸らしてしまった。
 真冬は不思議そうな顔をしていたが、すぐに視線を校舎に戻した。
「……涙ちゃんたち、戻って来ないね……」
「……ああ」
 真冬が立ち上がろうとすると夏樹は彼女の身体を支えながらゆっくりと立ち上がる。真冬は夏樹の身体にしがみつきながらも立ち上がると、涙たちが行ったっきり帰って来ない校舎を見上げながら、
「……行こう夏樹くん」
「……ああ!」
 二人は校舎へ向かって歩き出した。


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