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ブラッド・フレイム-Blood Flame- 第三章開炎
日時: 2015/07/18 08:39
名前: 竜野翔太 (ID: SDJp1hu/)

 はじめまして、ドラゴンとか呼ばれたことないけど、ドラゴンこと竜野翔太です。苗字の読みは『たつの』ですよ〜。『りゅうの』じゃありませんからね。

 今回は閲覧いただきありがとうございまーす。
 この作品、『ブラッド・フレイム』でございますが、主人公は吸血鬼ちゃんでございます。いや、本当は別の掲示板で上げてたヤツに修正加えていって、いいものに昇華させてるやつなんですけどね。

 主人公は吸血鬼、敵は悪魔ということで、いかにも中二病な作者が好きそうな題材でございます。あー恥ずかしい。
 吸血鬼ちゃん、とちゃん付けで言ったということは、吸血鬼は女子ということです! ここ重要ですよ!
 まあ後々男の吸血鬼も出ますが、大体が女子ですよ。

 各キャラのプロフィールなどは、一つのストーリーが終わるごとに書いていきますので、それまでは色々と文章を読んで把握してくださいな♪

 ではでは、次のレスから始めていきますよー!

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Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.65 )
日時: 2015/07/07 12:52
名前: 竜野翔太 (ID: 4/G.K5v4)


 3


「なぁーつきぃー! まぁーふゆちゃぁーん!」
 夏樹と真冬は教室に入るなり、ものすごい勢いで突進してきた薫に、再び廊下へと押し出された。
「な、なんだよ一体……?」
 突進してきた薫はものすごく幸せそうな表情をしている。どうやら朝っぱらからいいことがあって、それを夏樹と真冬に話したいようだ。こういう時は大抵夏樹には興味のない話だったり、どうでもいいことだったりするのだが、夏樹がかわすよりも早く薫が話し出す方が早かった。
「あのね、あのね、今朝! 今朝ね、すっごく、そりゃもうものすっごく! 幸せなことがあったのよ!!」
 しまった、と夏樹は思った。
 話し出してしまえば夏樹は逃げることが出来ない。それでもまだどうにか回避しようとその方法を模索していると、
「……どんなことがあったの?」
 真冬が小首を傾げて薫に尋ねる。
 夏樹は絶望した。どうせ聞き返すまで話を続けないだろうから、答えなけりゃゆっくり回避方法を考えらえるなー、などと考えていた自分が余った。赤宮真冬という不確定要素を忘れていた。
 尋ねられた薫はニヤリ、と嫌な笑みを浮かべた。もう逃げられない。
「ふっふっふ……これだよ、真冬ちゃん!」
 そう言いながら薫はポケットにしまってあったチラシを広げて夏樹と真冬に見せびらかすように前に突き出した。そのチラシに載っていたのは、新作のゲーム情報らしく、近日発売のものや予約の受付を開始した作品の紹介が載っている。
 またゲームか、と溜息をつく夏樹。だが、こういう記事なら薫も毎日のように閲覧しているだろうし、今更幸せがることなんてないはずだが……。
「これがどうしたんだ?」
「見て分からないの!? ここ、よく見なさいよ!」
 呆れて問う夏樹に薫は信じられない、というような視線を向けて記事の一部を指差す。そこに載っていたゲームの紹介を見て、
「……こ、このゲームは……っ!」
 という声を上げたのは真冬だった。
 そう、そこに載っていたのはかつて真冬がプレイしたギャルゲーだ。しかも初めて薫の家に遊びに行き、初めてプレイした、今でも感動の名場面が走馬灯のように鮮明に浮かび上がる……『榊原剣』として歩んだ美しいゲームの記憶——。
 『ふぁんたじあ☆すくーる!』の続編の予約開始の紹介だった。
「……み、みそらちゃぁーん!!」
 真冬は泣きそうな顔で初めて攻略したキャラクター、『綾見(あやみ)みそら』を思い出したのか、チラシを食い入るように見つめながら叫んでいる。
 廊下を歩いていた生徒の注目を一人占めしていた。赤宮真冬は学園の人気者だ。そんな子が廊下でチラシを見つめながら叫んでいるなど、注目されないわけがない。
「続編出るのかよ、これ……」
「まあ元々ファンからの人気は絶大だったし、そもそも制作会社が大手だからねー。人気あったら続編も考えますっていう発言もしてたらしいよ」
 しかし、と薫が困ったような表情で腕を組みながら、
「これ、前作から五年後のお話らしいんだよねー。だからあたしが大好きな遊里(ゆうり)ちゃんも、夏樹が攻略した望(のぞみ)ちゃんも、みそらちゃんも出ないかも……」
「そ、そんなぁ……!」
 真冬が絶望したような表情をしていた。まずい、もう彼女は泣きそうだ。
 フォローのつもりなのか、薫は困ったような顔で付け加えるように言う。
「でも、まあ……攻略ヒロインじゃないけど、ストーリーには出てくるかも……卒業生として、とか」
 それでも真冬は悲しそうな顔をしていた。それほど真冬にとってみそらちゃんは大事な存在なのだろう。
「発売は十月かぁ……今日予約行くとして……」
 薫はちらっと夏樹と真冬を見る。夏樹は不思議そうな顔をしていたが、真冬は薫の視線に気付いていない。その様子に薫は小さな笑みを浮かべると、
「よしっ、じゃあこのゲームは二人に買いに行ってもらおう! その後、あたしん家で早速プレイしよー!」
「はぁっ!? なんで俺らがお前のゲーム買いに行かなきゃなんねーんだよ! 自分で行け!」
「そんなこと言わずにさー。プレイさせてあげないぞー?」
 別にいいっての、と反論する夏樹。真冬がハッとして薫を見ると、薫は真冬の方を見てウインクをした。彼女は、夏樹を好きになる人がいたらその子を応援する、と言った。
 薫は真冬が夏樹と二人きりになる瞬間を作ってくれているのだ。どんな無理矢理で理不尽な方法だったとしても、薫はそれを実行してくれている。だったら、それを確固たるものにするのは真冬の仕事だ。
「……い、行こうよ夏樹くん……。わたしも、プレイしたいし……」
「……俺は別にプレイしたくないんだが……完全に巻き添えじゃねーか」
 はあ、と諦めたような溜息をつく夏樹。
「わーったよ、行けばいいんだろ? 金はお前が出せよ?」
「当然っ! そこまで二人に頼むわけないじゃん!」
 薫の家はお金持ちだ。ゲームを買うくらいのお金は充分にある。胸を張ってそういう薫に少しイラッとした夏樹だが、そこは一応無視しておく。
 夏樹は教室の中で友人二人と楽しく談笑している少女を見つける。戸崎比奈だ。そういえば彼女に用があった、と夏樹は足早に教室に入っていく。自分の机に鞄を置いて、中から付箋が大量についた紙束を取り出すと、比奈の方へと歩いて行く。
「戸崎!」
「……き、桐澤、くん……!?」
 話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いて少し顔を赤くする比奈。夏樹はその様子に首を傾げるが、比奈が気にしないで、という風に夏樹に話すように促す。
「小説、読んだよ」
「……あ、ど……どうだった……?」
 夏樹は慎重に言葉を選ぶように、
「……面白かった、が……いくつか気になる点があった」
 比奈は夏樹に渡したコピーの原稿用紙の束に視線を移す。それについていたたくさんの付箋を見て、比奈は驚いた。彼は本当に真剣に読んで、真剣なアドバイスをくれようとしているのだ。そのことが比奈にとってはとても嬉しく。同時に夏樹に対する想いが強くなっていった。
 二人が小説について話し出そうとした瞬間だった、急に教室がざわざわとどよめき始める。
 それに気付いた夏樹と比奈は辺りを見回し、周りの生徒と同様に窓から外を見ている結花に、比奈が声を掛ける。
「ゆーたす、ゆーたす。どうしたの?」
「うん? なんか校門の方で先生が誰かを取り押さえてるの」
 不審者か、と思ったが、どうも相手は子供らしく。窓を開けても外の会話の内容は聞こえない。ただ子供が叫びながら暴れるので、それを教師が必死に抑えようとしているらしい。
 教室の騒ぎに気付いた真冬と薫も何事か、と夏樹に声を掛けてくる。
「夏樹くん! 何かあったの?」
「ああ、なんか校門の方でトラブルが……」
「夏樹、アンタ最近便秘なの?」
「そっちの『こうもん』じゃねーよ」
 幼馴染のボケに素早いツッコミを返す夏樹。夏樹と真冬はなんとか状況を確認しようと外の様子が窺えそうな角度を見つけ、窓の外を見つめる。
 確かに教師が三人程度で子供を取り押さえているようだ。しかし子供も全く止まる気配がない。子供の力にも驚いたが、夏樹と真冬を驚かせたのは、その暴れている子供——女の子に驚いた。
「んん!?」
 二人は声を揃えて暴れている少女を凝視する。
 とても目立つ女の子だった。身長一四〇にも達していない小さな少女だ。肩辺りで切り揃えられた桃色の髪と、頭頂部から垂れるように伸びている二本の触角のようなアホ毛が特徴的な女の子だ。
 とても愛らしい容姿の彼女を、夏樹と真冬は知っていた。
 一昨日の創立記念日の日に迷子だったところを家まで送り、昨日『ヴァンパイア』であることを明かされた少女、茨芽瑠だ。
「赤宮、あの子……!」
「うん、間違いないよ!」
 二人はそれだけの言葉を交わすと、特に目を合わせることもなく一目散に教室から飛び出した。それに気付いた薫は、二人の行動に首を傾げた。それからまた、騒ぎになっている外の光景に視線を戻す。

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.66 )
日時: 2015/03/01 00:49
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



 4


 学校の廊下を夏樹は真冬と一緒に駆けてゆく。
 まだ朝のホームルームまでには時間があるため、廊下には多数の生徒がいた。全力で走ると勢い余って生徒とぶつかりそうになって危ないので、夏樹は七割程度の速度で走っていた。
 速度を抑える理由の他には、真冬の速度に合わせている、というのもあるのだが。
 すると階段に差し掛かったあたりで、横から走ってきた昴と涙と思わぬ形で合流する。
「涙ちゃん、昴くん!?」
「なんだお前らか」
 真冬の驚きの声を昴は素気なく返した。
「お前らも外の光景見たのか?」
「まあね、クラスメートが注目してたし。それに向こうから来てくれるなんて、嬉しい誤算だわ。どんな海外の大物スターより会いたかったわよ」
 夏樹の質問に涙が口角を上げながら答える。その笑顔を見て、彼女がまた変なことを考えているな、と直感した夏樹たちは、彼女をなるべく芽瑠と話させないようにしよう、とそれぞれが心に誓った。
 四人は靴を履き替えるのももどかしく、上履きのまま外に出た。向かう先には三人程度の教師が暴れる少女を困ったような表情で眺めている、という光景だ。教師の制止を無視して校舎に入ろうとする少女は、その度に教師に止められている。
 教師と少女のやり取りが続く中、涙は走りながら声を掛けた。
「せんせー! その子、桐澤くんの親戚なんですー!」
「はぁ!?」
 涙のいきなりの言葉に夏樹は思わず声を上げる。
 しかしここで教師に怪しまれるわけにもいかない。幸いにも夏樹と芽瑠は顔見知りだ。それをうまく利用すれば、彼女と話すことが出来るかもしれない。
 芽瑠は夏樹と真冬の顔を見ると、表情を一気に明るくさせた。教師の制止を振り切り、二人に向かって抱きついてくる。
「おにーちゃん、おねーちゃん!」
 夏樹と真冬が芽瑠と一回会っていることを知らない涙は、驚いたような表情を見せた。

 昴と涙によって、教師はひとまず職員室に帰らせることが出来た。芽瑠を夏樹の親戚だと信じ切った教師は、しっかりしろ、という意味合いの言葉を夏樹にかけていた。夏樹はそれに対しては頭を下げるしかなった。
 夏樹たち五人は人目のつかないところに向かう。とりあえずは体育館裏に身を潜めて、芽瑠がここにやって来た理由を尋ねることにした。
「それで、あなたはどうしてここにいるのかしら?」
 涙が体育館の壁に背中を預け、腕を組みながら芽瑠に問いかける。その口調はどこか強く、瞳も彼女を射抜くように鋭い。
 しかし芽瑠は涙と視線を合わせてから、ふっと真冬の方へと視線を向けると、
「このこわいおねーちゃんはだれ?」
 恐れを知らずにそう問いかける。真冬はなんということを、みたいな表情を浮かべ、涙は顔を赤くしながら恥ずかしそうに怒る。夏樹と昴が笑いを堪えているのを発見した涙は、二人の頭頂部に強烈な鉄拳を叩き込むと、再び芽瑠に問いかける。
「さっさと質問に答えなさいよ! なんでここにいるの!?」
「……うぅ……」
 今度こそ本能的に涙に対して恐怖を感じた芽瑠は、泣きそうな表情で真冬に寄り添う。真冬は彼女を安心させるように優しく頭を撫でながら、涙を責めるような口調で、
「ダメだよ、涙ちゃん。怖がってるじゃん」
 おーよしよし、と真冬は芽瑠の頭を優しく撫でる。自分にはない母性を真冬に感じ、涙は唇を尖らせた。
 真冬は優しい口調で、芽瑠に問いかける。
「芽瑠ちゃん、だったよね? どうしてここにいるか、教えてくれる?」
 真冬の問いかけにこくりと頷く芽瑠。
 涙の時との違いに昴が、
「負けたな」
「勝負してないわよっ!」
 彼に冷やかしに涙が拗ねたようにそっぽを向く。その様子に昴は小さく笑みを浮かべると、芽瑠の言葉に耳を傾けた。
「あのね、あさおきたらね、刹那がいなかったの。制服がなかったから、ガッコーにいったんだとおもったんだけど、それにしてはおかしいなって」
「おかしい?」
 夏樹の言葉に芽瑠は頷いた。
「まいあさね、刹那は芽瑠にあさごはんをつくってくれるの。でも、今日はおいてなくて……コンロのうえにあるフライパンに、つくってるとちゅうのめだまやきがあって……」
 そこまで話して芽瑠は大きな瞳から涙をぽろぽろと流し始める。
 急に泣き出した芽瑠に真冬が慌てていると、溜息交じりにスカートのポケットからハンカチを取り出した涙が、芽瑠の涙を拭う。
「……それで? あとは、なにがあ、あったのかし、ら……?」
 先ほどのことを思い出し、涙はしどろもどろに問いかける。
 涙に対しての警戒心が薄れた芽瑠は、涙から受け取ったハンカチで涙を拭きながら、
「……テーブルの上にてがみがあって……刹那の文字じゃないの……」
 芽瑠は着てきていた上着のポケットから手紙を取り出し、それを夏樹に渡す。夏樹が手紙を広げると、その内容を確認しようと真冬たちが覗き込んでくる。
 密集して鬱陶しかったが、手紙の内容の方が気になるので、とりあえず何も言わないことにしておくことにする。
 手紙に目を通しながら涙がその内容を口にする。
「『おはよう、我が宿敵。お前の契血者(バディー)は預かった。返してほしければ今から言うものを全て持って、日付が変わる頃に松葉野(まつばの)高校に来い』……か。松葉野っていえば、近くにある高校よね。そこがあんたのいう、その刹那って人が通ってる高校……?」
 涙の問いかけに芽瑠がこくりと頷く。
 彼女は何かあったらその高校にくるように刹那から言われており、その学校への地図も刹那からもらっている。
「重要なのは持ち物だが……なんだかすぐに用意できそうだな」
 昴が真冬と涙に視線を向けながらそう言う。
 二人がどういうことか分からず首を傾げていると、夏樹が手紙の続きを口にする。
「『持ってくるものは、赤髪の美しい『ヴァンパイア』と銀髪の銃使い』……これって、赤宮と白波のことじゃないのか?」
 そう言われて、真冬と涙は犯人に心当たる人物を思い出した。
 真冬と涙はもう一度手紙を覗き込むと、一番下に掛かれている差出人の名前を確認した。
「……差出人の名前は『Obsidian』……この英語ってどういう意味?」
「……黒曜石だよ。だとしたら、あの人しかいない……」

 黒曜闇夜。
 孤高の強さを持った赤宮真冬に憧れた、孤独な少女。

 真冬は昨晩の出来事をきちんと夏樹に伝えており、また涙もそういう『ヴァンパイア』がいる、というのを昴に話していた。
「……ねえ、芽瑠ちゃん。黒い髪の大きい鎌を持った人を知らない?」
 真冬は芽瑠に再び優しく問いかける。
 手紙には『我が宿敵』と書かれていた。刹那を攫った後に置いた手紙なら、この言葉は芽瑠に向けられた言葉だ。
 だが、芽瑠はぶんぶんと顔を左右に振る。
「ううん……しらない」
「そっか……」
 つまり、この場で黒曜闇夜を知っているのは芽瑠以外の人物ということだ。
 彼女とはいずれ再会すると思っていたし、ここで彼女に真冬を諦めさせることが出来るかもしれない。これはまたとない願ってもないチャンスだ。
 夏樹たちの心は決まっていた。
「さてと、その子がどうしてここを訪ねて来たのかは分かんないけど……来てくれて助かったわ」
「そうだな。しかも刹那って名前の人なら心当たりがある。助けなきゃなんねぇ。なあ、桐澤?」
「……聞き憶えがあると思ってた。今思い出したよ。あの人には世話になったからな、恩返しが出来ると思えば安いもんだ」
「……よく分かんないけど、全員覚悟は決まってるみたいだね!」
 真冬は芽瑠の頭を撫でる。
 それから心強い仲間たちを見回して、芽瑠に力強く宣言する。

「安心して。刹那さんはわたしたちが絶対に助けるから!」
 
 決戦は午前〇時〇〇分。場所は松葉野高校。
 敵は——黒曜闇夜。

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.67 )
日時: 2015/06/12 03:40
名前: 竜野翔太 (ID: SDJp1hu/)


 5


 時刻は丁度〇時〇〇分を指した頃だ。
 深夜の学校というのは、なんだか恐怖や不安を煽る要素が充分に満ちている。暗い廊下、静まり返った空間……ホラー映画などやドラマなどの舞台でもよく使われるのが分かる。
 夜の学校を腕を組みながら仁王立ちで、校門から見つめている涙はそう思った。
 もちろん、涙は成績優秀な良い子ちゃんなので、夜の学校に忍び込むなど不良なことはしたことがない。だからだろうか、夜の学校という恐怖の代名詞的なものに多少なりとも興味がある。
 基本的にお化け屋敷や心霊写真などとうものは平気である涙にとって、夜の学校もただの興味の対象にしかならないのだ。
 なんなら、動く人体模型や、夜な夜な歌い出す音楽室の肖像など、学園の七不思議的な出来事にも遭遇してみたいものだ。
 そう考えると、後ろから聞き覚えのある少女の声が、駆け足とともに聞こえてくる。
「ごめん、涙ちゃん。待った?」
 振り返るまでもなく声の主は誰だか分かっていた。
 しかし涙は、あえて振り返りながらその少女に向けて言葉を投げる。
「遅いっ! 一分遅刻よ!」
「一分くらいいいじゃねーか」
 振り返るといたのは涙の予想通りの二人だった。
 桐澤夏樹と赤宮真冬。決闘は〇時〇〇分だと言っておいたのに、それでも遅刻してくるとは、もはや救いようがないのかもしれない、と涙は本気で考えだす。
「まあいいわ。一応遅刻の理由を聞こうじゃない」
「いや、赤宮がここに向かう途中に腹減ったっていうから」
「コンビニに寄ってました」
「コンビニだぁ!?」
 遅刻の理由を聞いて涙は絶叫する。
 夏樹によると、充分に間に合う時間に出たらしいが、真冬の突然の空腹によりコンビニに寄った為、少し遅れてしまったらしい。腹が減っては戦は出来ぬ、というが、それで遅刻してしまっては元も子もない。
「……ちゃんと晩御飯食べたんだよ? ご飯は三杯食べたんだけど……」
「アンタねぇ、遅刻の理由が道草って——」
「はい、涙ちゃんの分の肉まん」
 散々文句を言ってやろうと思ったが、セリフの途中でほっかほかの肉まんを渡された。普段ならそれでも構わず文句を言い続けた挙句、肉まんを頬張るのだが、今回は肉まんを渡して来た時の真冬の笑顔に負けて、何も言わずに肉まんを食べ始める。
 涙が静かになり、真冬は涙と一緒に来て待っていた昴に聞く。
「昴くん、芽瑠ちゃんは?」
「……茨なら、俺たちが来た時からずっとあの状態だ」
 昴の指差した方向を見る真冬。
 その先には、グラウンドのど真ん中で学校を見つめている芽瑠の後姿があった。こっちからは彼女の表情は分からないが、きっとこの校舎のどこかにいる刹那を想っているのだろう。
「……出来れば茨は戦わせたくないな。しかし、手紙にあった『宿敵』ってどういう意味だ?」
 夏樹が遠くにいる芽瑠を見ながらそう言う。
 その言葉に返事をしたのは、肉まんを食べている涙だった。
「天界でのことよ。黒曜闇夜は茨芽瑠と幾度となく戦ってたらしいわ」
 どうやら学校から帰ってから、即調べたらしい。相変わらず驚異的な情報収集能力だ。
 並んで芽瑠を見つめる夏樹たちの列に、涙も加わりながら、
「ただ、黒曜闇夜が一方的なライバル視っていうイメージが強くて、茨芽瑠自体はあんまり相手にしてなかったらしいんだけど」
「でも、茨はそれを覚えてなかった」
 おかしな話だ。
 たった一回きりの戦いならば、芽瑠が覚えてなくてもおかしいことではない。だが、幾度となくということは確実に二回以上は戦っているはずだ。それなのに、芽瑠は覚えていなかった。これは一体どういうことか。
「とりあえず行こう。刹那さんも助けなきゃいけないし」
 真冬の言葉で、四人は芽瑠へと近づいて行く。
 そこで、真冬は学校で言っていた夏樹と昴の言葉を思い出した。
「そういえば、夏樹くんと昴くんは刹那さんのこと知ってるみたいだったけど、どういう関係?」
「ああ。ぶっちゃけ、朧月は知り合いって感じかな。俺と刹那さんは——」
 瞬間、

 地上に何かが落下してきて、土煙を盛大に巻き上げる。

「な、なんだ!?」
 芽瑠も含め、その場にいた全員が突然の出来事に混乱し、顔を腕や手で覆い隠す。
 煙が晴れていき、夏樹たちは顔を覆っていた手や腕を下ろす。落下してきた場所には、長い黒髪に鎌を携えた一人の少女が、落下というよりは、降り立ったような体勢でそこにいた。
 その姿を見て、真冬は瞳を鋭くした。
「……黒曜、闇夜……!」
 名を呼ばれ、闇夜は顔を上げる。
 真冬の姿を確認した後、周りに指名した涙以外の人物がいることに、落胆したように盛大な溜息をついた。
「……呼んだ覚えのない人間がいるが……まあいい。お前にも少し用があったからな」
 そういえば闇夜は真冬の覚醒姿しか知らないんだった。そこから分からせなければいけないのは、少し面倒だな、と真冬は思ってしまう。
 そこで闇夜は、怯えた表情をしている芽瑠と目が合う。
 すると、闇夜はニィ、と怪しい笑みを浮かべた。
「気にすることもないか。こうして宿敵と再びまみえることが出来たのだし」
 舌なめずりをしながら、芽瑠を見つめる闇夜。それに恐怖した芽瑠は、ささっと真冬の影に隠れてしまう。
 芽瑠のその行動が予想外だったのか、闇夜は目を丸くして驚いたような表情をした。
「芽瑠ちゃんはあなたのことを覚えてない」
 真冬がそう言うと、闇夜はくだらなそうにふん、と鼻で笑った。
「そうか。私のことは覚えてないか……なら思い出させてあげる。私の記憶を、黒き炎とともにね」
 闇夜の鎌に黒い炎が纏う。
 しかし、それに応じたのは芽瑠ではなく真冬だった。真冬は闇夜と戦う意思を見せるために、一歩前に出る。
「……何のつもりだ、貴様」
「……おねーちゃん……」
 芽瑠が心配そうな顔を真冬を見上げる。
 真冬は優しく微笑んで、芽瑠に『大丈夫』と囁く。
「あなたの目的はわたしでもあるでしょ? だったら、わたしが戦う!」
「……へぇ?」
 闇夜の目つきが鋭くなる。
 真冬は後ろにいる夏樹たちに、
「早く行って! 校舎のどこかに刹那さんがいるはず。早く助けてあげて。黒曜闇夜は、わたしが引き受けたから!」
 その言葉に涙がニッと笑う。
「当然よ! 負けたら承知しないからね!」
 言いながら、涙は芽瑠の手を引きながら、昴と一緒に校舎へと向かって走り出す。そんな中、ただ一人だけ校舎へと向かわない少年がいた。真冬はその少年に対しても言ったはずなのに。
「……どうしたの、夏樹くん? 夏樹くんも行きなよ」
 真冬は振り返らずに言う。
 そんな彼女の後ろで、夏樹は小さく溜息をついて、
「お前、血を吸わずに戦えんのかよ」
 その言葉に真冬は小さく笑った。
「そうだったね。すっかり忘れてたよ」
 真冬は振り返り、夏樹の傍に歩み寄る。それから夏樹の胸に手を当て、少し背伸びをして夏樹の首筋に歯を突き立てる。
 じわりとした痛みが夏樹の身体に広がる。だがそれもほんの一瞬。真冬が首筋から口を離す。
「ハッ!」
 すると、闇夜の嘲笑の声が聞こえてきた。
 二人が闇夜の方を見ると、闇夜は鋭い目つきで夏樹と真冬を睨み付けていた。
「覚醒型の『ヴァンパイア』は不便だな。そうやって足枷がいないと戦えないのだから」
「……うん、でもわたしは夏樹くんを足枷だと思ったことは一度もない」
「はあ?」
 真冬は夏樹がいないとまともに戦うことさえできない。
 しかもその夏樹は戦えるわけではない。だが、真冬は一度彼に命を救われた。その時から、いやそれ以前から。真冬にとって夏樹は契血者(バディー)である前に大切な存在となっているのだ。
「そして教えてあげる。あなたの尊敬する『ヴァンパイア』が——」
 言いながら、真冬の足元から真っ赤な炎が吹き上がる。
 その炎は渦巻きながら真冬の身体を包み込んでゆく。真っ赤な炎は、真冬の髪を長くし、彼女の表情から幼さを焼き払い、冷血さを与えた。渦巻く赤い炎を吹き飛ばすように、真冬が手を振るう。
 彼女を囲んでいた赤い炎は弾け飛び、覚醒状態の真冬がその場に現れる。
「——もう昔みたいに孤高じゃない、ということをな」
 弱そうな少女が、自身の尊敬の対象へと変わったことに、多少の驚きの表情を見せる闇夜だったが、その表情はすぐに無表情に戻り、敵に向ける眼差しを真冬に向ける。
「……そうか。お姉さまは覚醒型だったのか……」
 闇夜はその真実にがっかりする様子もなく、口角を上げながら引き裂かれたような笑みを刻む。
「ならば、その契血者(バディー)の前でお姉さまを叩き伏せれば、その男も弱いお姉さまから離れていきますかねぇ?」
 真冬は闇夜の言葉に、フッと笑みを浮かべた。
 今、後ろには夏樹がいる。大切な人がいる。たったそのことだけが、真冬の力を何倍にもさせてくれるような、そんな気がした。
「出来るものならやってみろ。今の私は誰にも負ける気はしないぞ」
「いいですね、その自信。でもその自信は一人の時だけに持ってればいいんですよ」

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.68 )
日時: 2015/07/07 12:55
名前: 竜野翔太 (ID: 4/G.K5v4)



 第四章 穢れたヴァンパイア

 
 1


 校舎の中に入った昴たち三人は、丁度廊下の中央あたりにある幟階段の前で止まっていた。これからどうやって、後者の中にいるであろう刹那を捜すかを考えているのだ。
 涙は腕を組みながらうーん、としばらく唸ると、閃いたように人差し指を立てながら、
「よし、手分けして捜しましょう!」
 そう提案した。
 だが、その提案を切り捨てたのは昴だった。
「んなこと出来るか。戦力を分散させてどうすんだよ。茨の奴がどれほど戦えるか分からねーんだぞ?」
 そう言う昴に向かって、むっとしたような表情をする涙。彼女は自らの契血者(バディー)にびしっと指を差す。
「アンタ馬鹿じゃないの? 敵は黒曜闇夜ただ一人なのよ? そいつは今真冬が足止めしてる。アイツが分身とか出来るわけでもないし、何をそんなに警戒してるわけ?」
 理解できない、そんな表情を浮かべながら昴を見つめる涙。今度は昴が腕を組んで涙に意見した。
「……本当に敵が黒曜闇夜一人なら、いいけどな」
「……それって」
 もしかしたら、黒曜闇夜は一人じゃないかもしれない。
 そもそも、自分に自信があるとはいえ、一度に敵を呼びすぎている。確実に勝つのが目的ならば、標的を一か所に集めて一網打尽にするより、自身で一人ずつ攻撃していった方が確実だ。
 だが、それでも一網打尽にする方法を選んだということは。
 わざわざ誘拐した汐王寺刹那を捜しに行く昴たちを、簡単に見逃したということは。
 汐王寺刹那の傍に、誰かがいるということも考えられるのではないか。
 昴はその小さな危険な可能性を考えているのだ。
 ここまで舞台と敵を呼ぶ口実を周到に用意した黒曜闇夜が、最後の最後で手を抜くとは考えにくかった。
 だからこそ、未知の敵がいるという可能性がある今、戦力を分散させるのは危険だ。
 涙はともかく、戦力が皆無である昴、実力がいまいち分からない芽瑠。この三人を分けるのはあまり得策とは言えなかった。昴を一人にするのはもちろん、その護衛に芽瑠をつけるというのも、不安要素が残る。かといって、芽瑠を一人にするのも筆力が分からない以上、出来ないことだ。
「だいじょーぶ!」
 すると、昴と涙の下の方で声がした。
 二人が視線を落とすと、腰に手を当てて胸を張る芽瑠の姿があった。
「わたしはひとりでもだいじょーぶだもん!」
 おそらく彼女は昴と涙の言っていることを半分以上理解していないだろう。自分を一人にするわけにもいかない、ということで悩んでいるということも知らないはずだ。
 だが、芽瑠は自信満々に言い張る。
「わたしも『ヴァンパイア』だもん! ひとりでたたかえる!」
「……って言ってるけど?」
「……あたしに促さないでくれる?」
 困り顔で涙に意見を求める昴だが、その涙もどうしたものかと困っているようだった。芽瑠の言葉を信じたいのは山々だが、昼間の学校で涙に怯えているのを見た以上、彼女が敵の前でも怯えてしまう可能性がある。
 しかし、これ以上悩んでいる時間もなかった。
 真冬が闇夜を止めているとはいえ、真冬は戦えるのに制限時間がある。その前に汐王寺刹那を見つけて、真冬を加勢しなければいけない。
「……分かった! 手分けして捜すわよ! 芽瑠ちゃんはここの階段から上がって捜して! あたしは左側、昴は右側ね!」
「……万が一、敵がいた場合は?」
「……あたしのとこに来なさい。それか大きな声を出しなさい。音速で飛んでいくわ」
 言いながら涙は昴の胸に手を当てて、無防備な彼の首筋に牙を突き立てる。いきなりのことなので、昴も抵抗できずに固まってしまう。吸血行為を目の当たりにした芽瑠は、僅かに顔を赤くして、手で口を覆っている。
「音速で辿り着くためにも、ちょこっとだけ血をもらっていくわね」
 悪戯っぽくウインクをしてみせる涙。出来れば吸血する前に一言声を掛けてほしかったが、それくらい昴を大切に思っているのだろう。その気持ちを、出来れば日常的にも見せてほしいものだが。
「ほら、さっさと行きなさい! 刹那さんを見つけたら連絡すること! いいわね!?」
 げしっと昴を蹴ってそれぞれの場所へと向かって捜索を開始する。
 昴は小走りで階段へと向かいながら、小さな溜息をついた。
「……人使いが荒い女だ。優しい赤宮と契血者(バディー)になった桐澤が羨ましいぜ」
 いやしかし、赤宮と契約したら、覚醒状態の赤宮とも関わることになるのか、と少し複雑に思いながら自分が指定された階段に辿り着いた時、ふとあることを思い出した。
 それは、茨芽瑠のある一言だった。

 ——私も『ヴァンパイア』だもん!

 そういえば——。
 どうして茨芽瑠は、黒曜闇夜との戦いの記憶はないのに、自身が『ヴァンパイア』だということは憶えていたのだろう。
 幾度となく黒曜闇夜と交戦しているのなら、彼女の記憶が残っていてもかしくはない。だがその記憶はないのに、自身が『ヴァンパイア』だという記憶はある——。
「……なんかありそうだな、あの子には」
 そう呟きながら、昴は視線を上へと向ける。ただ一階の天井が視界に入るだけだが、昴は上階に感じる不穏な気配を、感じ取っていた。人間だからなのか、あるいは『天界』の気配に慣れていないからなのか。
 その気配にただならぬものを敏感に感じ取り、昴は振り返る。暗いせいか自分と逆方向に走っていった涙の姿は全く見えない。どころか、廊下の先すらもほとんど見えず、黒い闇に覆われている。
「……嫌な予感しかしねーぞ、今回も」

Re: ブラッド・フレイム-Blood Flame- ( No.69 )
日時: 2015/03/31 01:56
名前: 竜野翔太 (ID: KCZsNao/)



 2


 漆黒の闇に包まれた中、赤宮真冬と黒曜闇夜の戦いが繰り広げられていた。
 だが、二人の戦いは激戦というわけでもなく、見ていて退屈なものだった。サッカーやバスケの試合で言うならば、ただパスが続くだけで、誰もシュートをしようとしない。
 そんな風にお互いが相手に決定打を決めようとしないのだ。
 闇夜の鎌が横から襲い掛かる。真冬はちらっと鎌の方向を一瞥し、身体を後方に逸らしてかわす。しかしそれは闇夜も読んでいたのか、もう一度、今度は逆方向から鎌を横薙ぎに振るう。真冬も間一髪のところで回避する。
 闇夜は鎌を上に振り上げ、黒い炎を纏わせながら一気に振り下ろす。真冬は闇夜の攻撃をかわし、鎌が地面に突き刺さったのを見て前に進む。赤い炎を纏った拳を闇夜に叩き込むが、彼女も紙一重で回避した。
 真冬と闇夜は至近距離で睨み合うとお互い後方に飛び退き、五メートルほどの距離を取った。
 闇夜が鋭い瞳を細め、真冬を睨み付けるような視線を向けながら言う。
「……理解できませんね」
「何がだ」
 闇夜の言葉に真冬も鋭い瞳で見つめながら問い返す。
 黒い髪を夜風に靡かせながら、小さく溜息をついた闇夜は再び真冬を見据える。
「お姉さまは、私に勝とうとしていませんね。一体どういうつもりですか?」
 二人の戦いに見応えがなかったのはそれが原因だ。
 真冬は闇夜に勝とうと思っていない。彼女を倒そうとも思っていない。彼女の戦いは、まるで時間を稼いでいるかのようなものだった。真冬との真剣勝負を望んでいた闇夜からしてみれば、不愉快に思わないわけがない。
 そもそも真冬には闇夜を倒す理由がない。勝つ理由さえないのだ。
 たとえここで彼女を倒したとしても、闇夜が憧れた真冬を取り返すためなら、何度だって真冬を襲ってくるだろう。彼女はそういう狂気じみた執着さえも覗かせていた。
「何故真面目に戦ってくれないのです? 私との戦いは、そこまでするほどのものではないと、そう言っているのですか……?」
 闇夜が親の仇でも睨むような瞳で真冬を見る。これは戦いを冒涜するような真冬の行動に苛立っている、そういう状態だろう。
 真冬は小さく息を吐いて、
「……私は、真面目に戦っているつもりだがな」
「嘘だッ!! なら何故翼を出さないのですか!? 出せるんでしょう!?」
 真冬は『ヴァンパイア』の高等技術である『炎翼(えんよく)』を使うことが出来る。その名の通り吸った血を炎に変換し、それを翼の形にして空を飛翔する、というものだ。
 大体は『ヴァンパイア』の持つ高い身体能力で、ビルや電柱の上を飛び移ったりして移動できるのだが、その手間を省いたのが『炎翼』だ。ただ、吸った血をかなり消費するため、あまり戦闘向きのものではない。
 それでも真冬は翼を出しながらも戦う、という器用なことが出来るのだ。現に闇夜が見た彼女は、翼を出していたのだから。
「……『炎翼』は血の消費が激しい。魔力の密度が濃く、常に覚醒型でいられる『天界』じゃなければ難しい」
「そうだったとしても、あの腑抜けた攻撃はなんですか? 少なくとも、真面目にやっている攻撃ではないはずです」
 闇夜の知っている真冬ならば、あんな弱い攻撃をするわけがない。あんなものは、闇夜の知る真冬ではない。本気で戦っているのならば、闇夜はとっくに倒されていてもおかしくない。それほどの強さを、真冬は持っているのだ。
「……それは、お前と私の勝利条件が異なるからだ」
「……勝利条件……?」
 真冬の言葉に闇夜は眉間に深いしわを刻んだ。
「お前は汐王寺刹那を誘拐した。そして彼女は校舎のどこかにいる。私がお前をここで足止めしている間、校舎の中に入っていった涙たちが彼女を見つけられれば……チェックメイトだ」
 真冬は、涙たちが刹那を見つける間、彼女たちへの妨害を阻止するため黒曜闇夜を足止めさえしていればそれでいい。彼女がここにいる間は、涙たちへの干渉は出来ないはずだ。
 あとは刹那を見つけ出して、涙と協力してでも真冬一人ででも闇夜を倒せばそれですべてが終わる。闇夜の攻撃はまだ続くだろうが、この一件にいたっては終着を迎えるだろう。
 だが、
「……お姉さまは、本当に甘いですね……」
「……なに?」
「私が何の用意もなしに、標的を一点に集めると思っているのですか? 私も一人で全員を倒そうなんて、自惚れていませんよ」
 真冬はそこで気が付いた。
 彼女が真冬たち標的を一点に集めたのは、自分以外に協力者がいるからだ。だとしたら、中の様子が全く伺えない校舎の方が危険な場所だ。芽瑠に危険が少ない役目を与えたはずが、最も危険な役目を任せてしまった。
「ご安心ください。私の協力者は一人。ですが、あの三人では時間の問題ですね」
 校舎の方を怪しげな笑みを浮かべながら見つめる闇夜。彼女の余裕の表情から校舎の中に控えている協力者は、それなりの実力者だろう。
「……意外だな。お前の自分勝手な計画に協力しようとする、酔狂な者がいたのか」
 真冬の言葉に闇夜はくくっと笑った。
「……利害が一致したんですよ。もっとも彼はあなたとあの銃女を殺そうとしていたみたいですけど」
 真冬はそこまで聞いて、心当たりのある人物を探ってみた。
 一番最初に思い当たったのは紫々死暗だが、彼は今『天界』の対悪魔組織の『騎士団』の牢屋にいる、と涙から聞いた。そう簡単には出られないだろうし、出たら出たで『騎士団』がすぐに再確保に向かうだろう。ぶっちゃけた話、死暗では『騎士団』には敵うまい。
 ならば一体誰か。真冬は人から恨みを持たれる行為はそうそうしない。それゆえに、自分に殺意を持つ人物など思い当たるはずもなかった。
 闇夜は楽しそうに口角を上げながら、
「お姉さまも名前は知っているはずです。彼の名前を」
 ならばそれほどの有名人か。
 余計に心当たりがない。有名な人物に恨みを持たれるなど、そんなことあるはずがないのだ。
「……聞いたことあるでしょう? フルーレティという名前を」

 その名を聞いた瞬間、真冬は消えたように闇夜に肉薄し、炎の纏った拳を彼女に放っていた。だが闇夜は狂った笑みを深く刻みながら、鎌で攻撃を防いでいた。
 真冬は仇敵に向けるような眼差しを闇夜に向ける。
 その視線を浴びている闇夜は、頬を紅潮させどこか嬉しそうだ。

「……そう、そうですよお姉さま!! その表情ですよ! 私が見たかったのはその表情です! あの時の……この世の全てを壊そうとしている、その鬼のような冷たく苛烈な瞳……私が見たかったのはそれなんですよ!!」
 闇夜が鎌で真冬を押し返す。押された真冬は後方に大きく飛び退いた。再び闇夜に飛びかかろうとしたのを制したのは、背後から投げられた夏樹の声だった。
「赤宮! どうしたんだよ一体!?」
 真冬の足が自然に止まり、彼女は振り返って夏樹を見る。
 夏樹の戸惑っている表情を見た真冬は、ハッと我を取り戻し。乱れてしまった呼吸を整えるように深呼吸をした。
「……見苦しいところを見せてしまったな。すまない」
「それは別にいい。どうしたんだよ、アイツの言葉を聞いた瞬間のお前……見たことない表情してたぞ」
「ははははははっ! 無知は時に残酷ですねぇ、お姉さま。まあ人間なら無理はないでしょうけど、ね」
 夏樹を冷たく見つめる闇夜。
 その瞳を獲物をじっと見定めている蛇のようだった。彼女の視線に嫌な寒気を憶えながら、夏樹はそれでも目を逸らさなかった。逸らしたらいけない、と夏樹の心が叫んでいる気がしたのだ。
「……フルーレティ……お前は確かにそう言ったな……?」
 ええ、と闇夜は素直に頷いてみせる。
「……夏樹」
 真冬は後ろにいる夏樹に視線を向けた。覚醒型であるはずなのに、今の彼女の瞳は通常状態の真冬のような、そんなか弱さを連想させていた。
 覚醒型の真冬とは思えないほど、か細く震えた口調で告げる。
「……フルーレティという名は、私たちの中では恐怖の対象だ……! 奴の二つ名は『地獄の副将』……」
 つまり、と真冬は一拍置いて、

「……フルーレティは、悪魔だ……!」

 真冬から告げられた真実に、夏樹はただ絶句するしかなかった。


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