コメディ・ライト小説(新)
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- こひこひて
- 日時: 2018/01/29 22:18
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
恋ひ恋ひて
後も逢はむと
慰もる
心しなくは
生きてあらめやも
万葉集 巻十二 2904 作者未詳
あなたに恋い焦がれ、
またきっと会えると、
強く己を慰める気持ちなしでは、
私はどうして生きていられるだろうか。
そんなことはできない。
綺宮 紫青
綺宮家の若き当主。
金髪青紫の目の超美青年。
鬼の呪いで、どんな女性でも虜にする。
そのため、愛を知らない。
自分の思い通りにならない梢にいらだち
彼女を無理やり婚約者から引き離し、自分と婚約させる。
目的のためには手段を択ばない合理的な思考の持ち主。
水無瀬 梢
綺宮家分家筋にあたる水無瀬家、次期当主の少女。
特殊能力を買われて水無瀬家の養子となる。
婚約者である崇人と相思相愛だったが、
紫青によって無理やり引き離され、無理やり紫青と婚約させられる。
しっかりとした自我をもった少女。
- Re: こひこひて ( No.42 )
- 日時: 2018/09/19 15:17
- 名前: いろはうた (ID: bGx.lWqW)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
そのあとの紫青はしばらくの期間、始終機嫌が悪かった。
いつも以上の不機嫌そうな表情に
触らぬ神にたたりなしといった風に
誰も好んで紫青に話しかけようとしない。
ただ、護衛の梢が紫青に付き従っていた。
きまずい空気の中、護衛を続けて数日たった時のことだ。
いつものように、紫青の自室の前にある廊下に
据わって護衛としての任務を全うしていると
ふいに小さな鳴き声が聞こえて梢は静かにそちらに目を向けた。
そして、目を見開いた。
そこにいたのは、小さな白猫だった。
雪のように白いその子猫は、
小さく鳴きながらこちらにやってくると体を摺り寄せてきた。
目が珍しい宝石のような青紫だった。
まさか紫青が陰陽術で化けているのかと思い
ちらりと背後を振り返ったが
文机に向かって書を書いている紫青の背中が見えた。
紫青の陰陽術があまりに高度でそうなのかと思ってしまったが、
どうやらただの野良猫のようだった。
紫青に見られていないのをちらりと確認した後、そろりと手を伸ばした。
「……か、かわいい。」
そっと撫でると柔らかい毛並みが指先に触れる。
子猫がゴロゴロと喉を鳴らした後、小さくにぃっと泣いた。
ここ数日張り詰めていた心が一気にほどけ、
ふわりと顔を緩めてしまう。
その小さくと柔らかな生き物をそっと抱き上げると
ぎゅっと胸に抱きこんだ。
「ひゃっ」
ぺろりと子猫が頬をなめ、驚きの声を思わず上げてしまったが
子猫は無邪気そうにまたにぃっと鳴いた。
その様子があまりにも可愛らしくてくすくすと笑ってしまう。
紫青に猫と戯れているのがばれないように
ひやかな休息を梢は楽しんだ。
ささやかな楽しい時間も一瞬のように感じられた。
やがて子猫は小さく鳴くとどこかへ行ってしまった。
名残惜しくその小さな背中を見送りそっと息を吐く。
気持ちを引き締めねばとその場で座りなおそうとした時
ふと気づけば隣に紫青が立っていた。
まったく気づけなかったため思わず息をのんでしまう。
「猫が好きなのか。」
ぼそりと呟かれた紫青の声に宿る感情が読めず梢は戸惑った。
この様子だと、猫と戯れていたことに気付かれていたようだ。
紫青は梢が護衛の任務をおろそかにしたことを
怒っているのかもしれない。
職務怠慢は自己責任だ。
言い逃れはできない。
正直に答えようと、梢は紫青の顔を見上げた。
「護衛の任を疎かにしたこと、申し訳ございません。」
「猫が好きなんだな。」
「は……?
え、はい。」
半ば強引に決めつけるかのような言葉に
面食らいつつも大人しく頷いた。
紫青は顎に手を当てて何やら考え込んでいる様子だ。
まるで護衛の任を疎かにしたことを
気にしていないように見える。
「あの……あの猫は、よくここに来るのですか?」
おずおずと紫青の顔を見上げる。
いらぬことを
すると何故か、紫青は狼狽したように顔をこわばらせた。
「あ、あの猫は、おれの式……じゃない。
そのあたりにいる野良猫だ。」
「さ、左様ですか……。」
しどろもどろの紫青に違和感を覚えつつも引き下がる。
その日からほとんど毎日、白い子猫が護衛の梢のもとに
よく訪れるようになった。
突然現れた子猫に最初は戸惑っていた梢だが
次第にその人懐っこさに笑みをこぼしてしまうようになったのだった。
- Re: こひこひて ( No.43 )
- 日時: 2018/08/27 03:59
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
「では、これにて失礼いたします。」
今日もいつも通りの時間に護衛の任を終える時間を迎え、
梢は紫青に軽く礼をすると、彼の部屋をあとにする。
ここ数日は刺客の襲撃もなく平和だった。
平穏な日々にどこか油断していたのかもしれない。
廊下を歩いていたら、ドンッと何かに押された。
反応が遅れて、踏みとどまることができずにそこに倒れ伏してしまう。
この時間に梢に襲い掛かるということは、
紫青を狙っている者ではない。
氷力のせいで冷たくなる指先をぎゅっと握りしめて
素早く後ろを振り返る。
そこには、予想外の人物達がいた。
「おまえさえいなければ……。」
呪詛のように低く漏れる憎しみの言葉に目を見開く。
そこには異様に目をぎらつかせた綺宮家の家臣たちがいた。
先ほど梢の背を押したのであろう手が
中途半端に突き出されている。
どの者達も総会で我先にと自分の娘を紫青の妻にしようと
していた男たちだ。
その異様な気配に、梢はその場にへたり込んだまま
少し後ずさった。
自分よりも身分が上の、それも綺宮家の者達であるため
氷力を使うわけにもいかず、迂闊に手が出せない。
どうしたものかと唇を噛みしめじっと彼らを見つめていると
静かな声がかかった。
「そこで何をしている?」
はっとして目を見開き、声が聞こえたほうを向くと
ここにいるはずのない人がいた。
梢の婚約者である崇人だ。
梢はただ言葉もなく久方ぶりに見る崇人姿を見つめた。
「平城家の……。」
綺宮家よりも格は劣るが、大貴族の一員でもある平城家の次男を見て
綺宮家の家臣たちはたじろいだような様子を見せた。
しかし、夜のとばりも落ちたこのような時間帯に訪れる
崇人のほうがおかしいことに気付いたものが声を上げた。
「平城家の者が、このような時間に無礼ではないか。」
「私は、貴族の一員として
亡き主上の弟君である紫青殿にお悔やみを申し上げに来たのだが。
紫青殿は昼は執務で忙しいだろうから。」
それを聞いてぐっと家臣たちは黙った。
紫青は昼は執務のため、
自室に籠りきりになることが多いのは周知の事実だからだ。
やがて、やや粗い足音が近づいてきた。
「騒がしいな、何をしている。」
梢はまばたきを繰り返した。
やってきたのが紫青だったからだ。
その足元には何故かあの白い子猫がいる。
梢の危機を紫青に伝えてくれたというのか。
主の登場に、綾宮家の家臣たちは慌てて一礼すると
早足でその場を後にした。
その姿を険しいまなざしで一瞥した後
梢はそろりと紫青の顔を見上げた。
「……大事ないか。」
ぶすっとした顔で聞いてくる紫青の金髪はいつもより乱れている。
それだけでなく、息もわずかに上がっていた。
もしかして急いできてくれたのだろうか。
「はい。
……お手を煩わせて申し訳ありません。」
梢は落ち着きなく視線を彷徨わせた。
どうしよう。
胸がざわざわする。
嬉しいと思っている自分がいるのを認めざるを得ない。
「うちのものが、世話になったようですまない。」
崇人に向き直った紫青は
うちのものが、の部分をやや強調してぞんざいな口調で言った。
崇人が起こりださないか梢ははらはらしながら見守ったが、
彼は穏やかな表情だ。
「いえ。
愛しい許嫁のためです。
これくらいなんとも。
彼らに絡まれている彼女の姿が見えたので
つい声をかけてしまいました。」
そう言うと崇人はこちらに近づいてきた。
黒い喪服を身にまとった彼は
いつもと変わらない凛々しさだった。
雅やかなまで美しい所作で裾をさばき
すっと梢に手を差し出した。
「嬉しいな。
送った簪を付けてくださっているのですね。」
そう言われて、ぱっと頭にさしている簪に手をやった。
梢は目線を伏せた。
何故だろう。
崇人の優しい甘い言葉にいつもなら浮かれている所だろう。
だが、今は後ろめたさと罪悪感が胸に募っている。
「平城家の。
おれに用があるのだろう。」
紫青がいらだちを隠そうともしない声を上げた。
梢は気まずくて崇人の手を取ることができない。
崇人は困ったような顔をしながら手を引くと
スッと立ち上がった。
「ええ。
そうですね。」
「こちらだ。
付いてくると良い。」
機嫌の悪さを身にまとわせながら、荒っぽい足取りで紫青が歩き去る。
どうして急にまた不機嫌になったのかはわからない。
梢は困惑して声を上げることができずにいた。
気づけばあの白い子猫はどこにもいない。
不思議な猫だ。
「梢様。
また、いずれ。」
いつもと変わらない優しい笑みを浮かべると、
崇人は紫青に付いていった。
梢はそれに会釈をするだけで精一杯だった。
ゆっくりと立ち上がる。
そのままするりと簪を髪からぬくと
ばさりと髪がほどけた。
梢は少しの間黙って銀細工の簪を眺めていた。
- Re: こひこひて ( No.44 )
- 日時: 2018/09/19 15:14
- 名前: いろはうた (ID: bGx.lWqW)
その日はいつもと打って変わって、妙に寝付きが良かった。
それを何かおかしいと、すぐに飛び起きるべきだったのだと今となっては思う。
「これは、一体……。」
梢の部屋には強力な結界が張ってあった。
それに気づいたのは、朝目覚めて、着替え終わった時だ。
結界の気配に気づき、自室の壁に向かって手をかざせば、
薄ぼんやりと青紫に輝く膜のようなものが手の行く手を阻む。
手を離せばそれは一瞬で消えた。
梢は眉をひそめた。
これは非常に強力な結界だ。
最初は、昨夜の嫌がらせの延長かと思ったがこれは違う。
これは紫青の結界だ。
外だけでなく、内から外へと抜け出ることも許さない結界。
つまり守護するというよりも、中のモノを外に出さない意志が強いということだ。
(まさか……何かあったというのですか……?)
あの天邪鬼な紫青の事だ。
本当に危険な時には周囲の人間を乱暴にみな突き放す
不器用な人なのだと最近ようやく知ることができたのだ。
梢は一瞬目を閉じて意識を集中させると手に氷力を集め出した。
すぐさまそれを太いつららに変化させようとしたときだった。
突如素早く部屋のふすまが開かれた。
集中が途切れ、手の氷力は空気中に霧散した。
目を見開いてそこに立っている人物は思っていた通り紫青だった。
結界を張った張本人の突然の登場に咄嗟に上手く言葉を紡げない。
その場に固まっていると、大股で素早く近づいてきた紫青に素早い動作で抱き上げられた。
彼の気配を今までで一番近くに感じて、梢は体を強張らせた。
その一瞬の間に梢を肩に担ぎあげると、姿勢は無言で梢の部屋を出た。
部屋に入ってきたときに結界は解いていたらしく
覚悟していた衝撃は体を襲わない。
「お、お放しください……!!」
ようやく我に返った梢は声を上げたが、紫青からの返事はない。
そこでようやく、彼が放つ空気が重く冷たく硬いことに気付いた。
これは怒っている?
いや、何か違う。
怒りよりももっとなにか昏くて乾いたものだ。
梢にはそれがなんという感情なのかわからなくて、口を閉ざした。
きっと今の紫青には何を言っても伝わらない気がした。
- Re: こひこひて ( No.45 )
- 日時: 2018/10/07 01:27
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
連れてこられたのは、紫青の部屋の近くにある奥の部屋だった。
ここまで屋敷の奥に来たのはめったになく、
胸の中に不安が渦巻いている。
部屋の戸を開けると、そこには数名の女官たちが控えていた。
紫青の肩からどさりと床におろされる。
「着替えさせろ。」
紫青の命令に、女官たちは素早く動いた。
すぐさま部屋を出ていく紫青の背中を呆然と見送っていると
女官の一人にすぐさま手を取られた。
「湯あみの準備をいたします。」
女官たちの表情は一様に感情を押し殺しているかのように無表情だ。
口調は丁寧だが、有無を言わさぬ空気が漂う。
大人しく指示に従い、湯あみをし、良い香りのする香油と
高級な椿油を髪や体に塗られた。
丹念に髪を櫛梳られ、ゆるく結わえられる。
着せられたのは、重く豪奢な着物だ。
裾が引きずるほどに長く、上手く歩けない。
だが、その着物も女官たちがあっという間に着つけてくれた。
こんな扱いを受けるのは初めてだ。
まるで姫君にでもなったかのような錯覚を覚える。
だが、胸から不安がぬぐい取れない。
これから一体何が起きるというのだろう。
梢は眉根を寄せた。
- Re: こひこひて ( No.46 )
- 日時: 2018/10/15 23:04
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
「なりませぬ!!」
目の前で綺宮家の重鎮達が血相を変えて言い募る。
しかし隣にいる紫青は不思議なほど凪いだ顔でそれを見ている。
しかし、梢自身も紫青が今しがた口にした言葉を聞いて耳を疑った。
「もう決めた。
どうにもならぬ。
梢は、本日より、おれの妻だ。」
紫青は同じことを、ゆっくりと口にした。
二度言われても、言われたことを理解することに時間がかかる。
妻?
婚姻の儀はしていない。
どういうことだ。
梢たちは、屋敷の広間にいた。
どうやら紫青自身が召集をかけていたようで
なかば無理やり広間に連れてこられると、
そこにはそうそうたる顔触れがそろっていた。
彼らは梢の着飾った姿を見て一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが
その目にはすぐに忌々しそうな光が宿った。
そして次の瞬間放たれたのが、梢を妻にする、という
紫青の端的な言葉だったのだ。
しかし、妙に丁寧に湯あみをされ、
美しい着物に身を包まされたことにも合点がいった。
紫青は梢をお披露目のために着飾らせて、重鎮たちの前に連れてきたのだ。
しかし、彼らも黙ってはいそうですかとは言えない。
彼らはこぞって自らの娘を紫青の嫁にしようとしていた。
そうすれば自分も権力を握ることができる。
「その者は、もとは平民の出!!
尊い御身とは到底釣り合いのとれぬ卑しい身分の……!!」
「黙れ。」
低い声が鞭打つように空気を切り裂いた。
その剣幕にその場にいた者達は息をのんだ。
「妻を愚弄するのは、おれを愚弄するのと同じぞ。
わかっているのであろうな。」
すっと青紫の目がすがめられる。
氷の幕をまとったような冷たい目。
怒りでかすれた声にあてられ、声を上げた者は身を縮めた。
「さっさと妻を娶れとけしかけたのはそなた達だ。
おれは言うとおりにしたまで。」
梢は困惑しながらも、声を出さずにいた。
この場をあまりかき乱したくはない。
しかし、不安と困惑が胸の中で入り乱れる。
状況がいまだに呑み込めない。
紫青が、純粋に梢を娶るようなことはしないはずだ。
梢には崇人という婚約者がいることを紫青は知っている。
だからこれは何か考えがあってのことなのだろう。
そう己に言い聞かせるがどうにも不安がぬぐい切れない。
焦燥感に似た感情が芽生え、消えない。
「我々は、認めませぬ……!!」
絞り出すような声で、重鎮たちが言った。
咎めを覚悟している顔だった。
その必死さに梢は気づいた。
確かに、この者達は己の欲に従って動いている。
だが、それだけではなく、綾宮家当主が
分家筋のもと平民という素性の良くわからぬ娘を娶るという
異常事態を止めようともしているのだ。
その必死さを横目で見て鼻で笑うと、
紫青は立ち上がった。
その一瞬の動きの中で、梢の体は紫青の腕に抱き上げられていた。
梢は小さく悲鳴を上げて紫青の体にしがみつく。
いくつのもの視線が突き刺さるのを感じた。
「認めずともよい。
だが、既に決まったことゆえ、伝えておこうと思ったまでだ。」
そう最後に言い残すと、
紫青は梢を抱えて部屋を後にした。
紫青の手はまるで揺らがない。
まるで、逃がさない、と言外に告げられているような錯覚を覚えた。
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