コメディ・ライト小説(新)
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- こひこひて
- 日時: 2018/01/29 22:18
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
恋ひ恋ひて
後も逢はむと
慰もる
心しなくは
生きてあらめやも
万葉集 巻十二 2904 作者未詳
あなたに恋い焦がれ、
またきっと会えると、
強く己を慰める気持ちなしでは、
私はどうして生きていられるだろうか。
そんなことはできない。
綺宮 紫青
綺宮家の若き当主。
金髪青紫の目の超美青年。
鬼の呪いで、どんな女性でも虜にする。
そのため、愛を知らない。
自分の思い通りにならない梢にいらだち
彼女を無理やり婚約者から引き離し、自分と婚約させる。
目的のためには手段を択ばない合理的な思考の持ち主。
水無瀬 梢
綺宮家分家筋にあたる水無瀬家、次期当主の少女。
特殊能力を買われて水無瀬家の養子となる。
婚約者である崇人と相思相愛だったが、
紫青によって無理やり引き離され、無理やり紫青と婚約させられる。
しっかりとした自我をもった少女。
- Re: こひこひて ( No.77 )
- 日時: 2020/01/02 21:46
- 名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)
「はは、やった……。」
背後から声が聞こえ
愕然として振り返った。
気絶しているはずの崇人が
身を起こそうとしている所だった。
着物はぼろぼろで
髪を束ねていた留め具が壊れ
髪が乱れている。
幽鬼のような姿で立ち上がると
崇人は、ふらり、と一歩
こちらに向けて足を踏み出した。
「梢様。
これで……我らを
苦しめた者はいなくなりました。」
ぼろぼろの体を引きずりながら
崇人はまた歩を進めた。
何が起こったのか。
脳が理解するのを拒否する。
「さあ、いきましょう。
……貴女様が本来いるべき場所へ。」
崇人が傷だらけの手を差し出す。
梢は震えながら崇人を見た後
ぎこちなく顔を動かし
もう一度、紫青を見つめた。
固く閉ざされた瞼。
血の気のない唇。
広がり続ける血の海。
ぐらぐらと視界がぶれる。
頭が、キン、と冷えていく。
「あ……。」
かすれた声が漏れた。
抑えられない。
己の中の怒りを。
悲しみを。
「う……あ……。」
もう一度見たい。
青紫の瞳を。
梢、と静かに名を
呼んでほしい。
まだ、何も伝えられていない。
伝えたいことがあるのに。
頭が冷える。
体が冷たくなる。
寒い。
寒くてたまらない。
あまりの寒さに
震えながらわが身を搔き抱くと、
触れた衣が硬質な音を立てて
凍り付いていく。
目から涙が零れ落ちたが、
その涙すら瞬時に凍り付き、
氷の粒となって
地面にいくつも転がる。
感情を抑えられない。
「あああああああああああっ」
口から悲鳴のような叫びが
漏れ出でた。
- Re: こひこひて ( No.78 )
- 日時: 2020/01/05 21:34
- 名前: いろはうた (ID: ZFLyzH3q)
梢を中心にして
周囲の地面が瞬時に凍り、
氷柱がいくつも生まれた。
「梢様!!」
遠くで誰かに名を呼ばれたような
気がしたが、それすらよく聞こえない。
寒い。
寒い。
寒くてたまらない。
ぶれる視界の中、
梢は必死に力を抑えようとした。
だが、止められない。
氷力は暴走していて
制御することができない。
体の中で雪嵐が
荒れ狂っているようだった。
恐ろしくて冷たいものが
体中を暴れまわって、
外へと出ていく。
バキバキと硬くて
大きな音を立てて
ますます周囲が氷に
覆われていく。
苦しい。
息ができない。
緩慢な動きで瞬きをしたら
こぼれたいくつもの涙が
氷の粒へと瞬時に代わる。
ぐらりと大きく視界が揺れた。
氷に呑まれてしまう。
己の体を見下ろしてみたら
半身が氷漬けになっていた。
指先は紫色から
青黒く変色している。
死んでしまうのかもしれない。
そんな考えが脳裏をよぎった。
それでも必死に力を
抑え込もうとした。
誰も傷つけたくない。
そう強く思っているのに
体が、力が、
まったくいうことを聞かない。
歯の根が合わない。
震える力すら弱まってきた。
ぼやけた視界が大きく揺れ
梢は瞼を閉じた。
胸のあたりまで
厚い氷が覆うのを感じる。
「……しっかりしろ‥!!」
突如、乱暴なほどに
力強く引き寄せられた。
熱いほどの温もりが
全身を包み込む。
梢は弱々しく瞬いた。
温かい。
氷漬けになった両手を
強く握られ、熱が流れ込んでくる。
ぼやけた視界に青紫色が映った。
宝石のようなその煌めきに
かすかに息が漏れる。
「し……せい……?」
先ほど矛に貫かれて
倒れ伏していたはずの
紫青が抱きかかえてくれている。
見たこともないほどの
必死の表情だった。
- Re: こひこひて ( No.79 )
- 日時: 2020/02/12 19:08
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
ふわりと蝶の鱗粉のような火の粉が
全身を包み込む。
それは少しも梢の身を焦がすことなく
柔らかな温もりとともに
ゆっくりと氷を溶かしていく。
紫青の式術だ。
パリッと乾いた音を立てて、
手から氷が剥がれ落ちた。
骨が軋むほどに強く抱き寄せられる。
強く強くかきいだかれて
少し震えているこの大きな体を持つ男が
泣いているのではないかと錯覚した。
どうして。
喉すら凍り付いてしまったのか
うまく声が出ない。
それに気づいたのか、
ふと紫青が顔を上げて
大きな掌を梢の喉元に当てた。
じわり、と温もりが広がる。
「……おまえは本当にうつけだ。
あの程度の術で
このおれがやられるなどありえぬ。
幻術に決まっているだろうが。」
そうだったのか。
あまりに高等な術すぎて
知識のない梢も騙されてしまったのだ。
いつもは傲岸不遜な声も
感情を無理やり押さえつけたような
押し殺された声だった。
「……さて。」
紫青の視線は呆然と立っている
崇人に向けられた。
その目に宿るのはまぎれもない怒り。
「どうしてくれようか。」
ゆらりと陽炎のように霊力が揺らめく。
鋭い殺気が肌を刺す。
崇人は抵抗するそぶりを見せない。
逃げようともしない。
色を失った顔で、
ただこちらを見ている。
崇人の足元が突如青紫に輝いた。
紫青の術式が
展開されようとしているのだ。
梢は己の手に再び氷力を集めて、
鋭いつららを生み出すと
それを握りしめた。
異変に気付いた紫青が
こちらを見ると同時に
手にあるつららを
己の喉元に突きつけた。
「……おやめください。」
かすれた声を絞り出す。
紫青が目を見開いて
手をつかもうとしてきたが
梢がさらに自分の喉元に
つららを近づけると動きを止めた。
「術を発動すれば、
私は、喉をつきます。」
「許さぬぞ、梢。
おまえの死すらおれのものだ。」
唸るような声で呟き
こちらを睨みつける紫青を見返す。
ここで折れてはならない。
「崇人様のこと、お見逃しを。」
「…ならぬ。」
「一度きり、恩赦を乞います。
お見逃しを。」
「奴は、決して、許さぬ。
許せぬことをした。」
紫青から殺気は消えない。
その目にははっとするほど
強い光が宿っている。
風が強く吹いた。
だけどその光は消えない。
「……おれは、目の前で
おまえを失いかけた。」
悲痛さが滲む声で、
紫青は呟いた。
梢はゆっくりと瞬きをした。
ひび割れたように痛む喉に
なんとか力を入れる。
「それでも、お見逃しを。
私からの、今生の願いでございます。」
どれほどひどい願い事をしているのか
梢は十分理解していた。
兄達の敵を見逃せと言われているのだ。
紫青は何も言わない。
梢は視線だけ崇人に向けた。
「逃げて!!」
崇人は、弾かれたように
体をびくりと震わせた。
迷い子のように
一人で立ち尽くす姿を見て
梢はもう一度声を張り上げた。
「早く!!
逃げて!!」
崇人は、ふらりと一歩踏み出した。
その足取りは決して軽くない。
紫青が動けば氷術で
なんとか崇人を守るつもりだったが
彼は動こうとしない。
ゆっくり闇に溶けるように
崇人の姿は見えなくなった。
一度もこちらを振り返らなかった。
振り返れなかったのかもしれない。
紫青は術を発動させなかった。
「…お詫びを申し上げます。」
広がった沈黙の中、
最初に口を開いたのは梢だった。
紫青は何も言わなかった。
梢は、無言の紫青に言葉を続けた。
「我が命では足りぬのは
承知しておりますが、
この罪を贖うために、
私をお好きにしてくださっ……」
言いかけた言葉は途中で消えた。
突然、息ができないほどに
強く抱き寄せられたからだ。
梢は目を細めた。
苦しいほどに、胸が痛い。
この人はどれほどの
痛みと憎しみを堪えたのだろう。
梢、という存在のせいで。
「……もういい加減黙れ。」
この人の体と
一つになってしまうのではないかと
錯覚するほどの抱擁。
一生許されぬ、命を賭しても許されぬ
罪を己は負った。
帝殺しの大罪人を見逃せと
己の命を盾に、愛しい人を脅した。
彼がきっと己を選ぶとわかっていて
最後の切り札として己が命を賭けた。
決して許されぬ罪だ。
梢はただ黙ってまぶたを閉ざした。
- Re: こひこひて ( No.80 )
- 日時: 2020/02/17 07:12
- 名前: いろはうた (ID: 4mXaqJWJ)
梢は綺宮の屋敷に転送の術式で
すぐさま運ばれた。
体がガタガタと震えるのを
どうしても止められない。
頭がぼんやりとする。
暴走した氷術で
全身が冷えすぎたために
高熱が出ていることに違いなかった。
あれだけの事をした後だから
そのまま捨て置かれてもおかしくない。
覚悟したが、紫青は屋敷の
使用人達に命じ、大量の布団と
複数の火鉢を用意させただけだった。
火鉢の炭に火がつけられ
部屋は燃え盛るように暑いのに
寒くて寒くてたまらなかった。
朦朧とした意識の中、大きな手が
ずっと手を握ってくれている。
そのことだけわかった。
夢うつつをさまよいながら
梢は涙を流し続けた。
夢の中では、崇人が
恨めしそうにこちらを見ていた。
顔もよく覚えていない
父と母の背中が遠ざかっていく。
遠い思い出の屋敷が
炎に包まれていくのを
見ていることしかできなかった。
うわごとのように、ごめんなさい、
私を許さないで、と謝り続けた。
優しい指が幾度も目尻を伝う涙を
ぬぐい続けてくれたのは
夢なのかうつつなのかわからない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私がもっと強ければ。
私さえいなければ。
泉のように溢れ出る負の感情ごと
強い腕が柔らかく
抱き寄せてきたのがわかった。
苦しかった。
息ができないほどに辛かった。
だけど、泣きたくなるほど
切なくなるほどに
居心地がよくて梢はまた泣いた。
どれほどの時が経ったのだろうか。
手が温かい。
梢は泥の中から浮かび上がるように
思いまぶたを開いた。
あたりは薄暗かった。
差し込む細い月の光に
今が夜なのだと知る。
「あ……。」
かすれた声が漏れた。
手を握っているのは紫青だった。
りりり、と虫の声だけが
あたりに響いている。
あの喧騒が嘘のような
穏やかな静けさだった。
紫青は背を壁に預け、
瞼を閉ざしている。
仮眠をとっているのだろう。
目の下には隈が、
顎には無精髭が生えていた。
ずっと付きっきりで
看病してくれていたのだろうか。
いやまさか。
多忙を極める
この国一の式術の使い手が
小娘一人にそうするはずがない。
それでも、目覚めた時に
隣にいて手を握ってくれるのが
涙が出るほど嬉しかった。
- Re: こひこひて ( No.81 )
- 日時: 2020/03/14 14:35
- 名前: いろはうた (ID: iruYO3tg)
こんばんは。
最近更新を怠りまくっているいろはうたです。
ええもう。
言い訳できないくらいカキコをさぼっております。
ごめんなしゃい……
さて、このたび今作、「こひこひて」が金賞をいただくことができました。
全然更新できていない錯書を見捨てず、
優しい気持ちで読んでくださる読者様に、
感謝の気持ちでいっぱいです、
本当にありがとうございます。
いま深夜テンションなのですが、
必死に爆上りしているテンションを
押さえつけております。。。
もうすぐこのお話は結末を迎えますが
それまで温かい目で見守ってくださるとうれしいです。
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