コメディ・ライト小説(新)
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- こひこひて
- 日時: 2018/01/29 22:18
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
恋ひ恋ひて
後も逢はむと
慰もる
心しなくは
生きてあらめやも
万葉集 巻十二 2904 作者未詳
あなたに恋い焦がれ、
またきっと会えると、
強く己を慰める気持ちなしでは、
私はどうして生きていられるだろうか。
そんなことはできない。
綺宮 紫青
綺宮家の若き当主。
金髪青紫の目の超美青年。
鬼の呪いで、どんな女性でも虜にする。
そのため、愛を知らない。
自分の思い通りにならない梢にいらだち
彼女を無理やり婚約者から引き離し、自分と婚約させる。
目的のためには手段を択ばない合理的な思考の持ち主。
水無瀬 梢
綺宮家分家筋にあたる水無瀬家、次期当主の少女。
特殊能力を買われて水無瀬家の養子となる。
婚約者である崇人と相思相愛だったが、
紫青によって無理やり引き離され、無理やり紫青と婚約させられる。
しっかりとした自我をもった少女。
- Re: こひこひて ( No.72 )
- 日時: 2019/12/08 22:53
- 名前: いろはうた (ID: UIQja7kt)
広がる痛みに
顔を歪めながらも崇人を見やる。
彼の顔からは血の気が引いており
梢を突き飛ばしてしまった手を
愕然として見つめていた。
「崇人様、大丈夫、ですか……?」
梢は痛みに顔を歪めながらも、
体を起こしつつ
崇人を気遣う言葉をかけた。
はじかれたように
崇人のまなざしがこちらに向けられる。
信じられないものを
見るかのような目だった。
肘が鈍く痛む。
突き飛ばされたときに、
床に打ち付けてしまったのだろう。
「……申し訳、ありません。
お怪我は……?」
たどたどしく手が差し出された。
襲撃されたあの日の夜から
変わらない大きな手。
梢が何も知らずに平和に暮らしている時も
ずっと守り続けてくれていた手だ。
梢は崇人の手を借りて
ゆっくりと身を起こした。
「ありがとうございます。」
「……私に、罰を。」
ぽつりと崇人が言葉を漏らした。
引き絞るような声だった。
触れていた手が離れる。
まるで、梢に触れるのが
恐ろしくてたまらないかのように。
「ば、罰など……!」
「……まさか、ありえぬ。
守るべき方の手を振り払うなど。」
まるで、自分自身に言い聞かせるかのような
うめきのような言葉が崇人の口から洩れる。
苦悩するかのように
一瞬きつく閉ざされた瞼が痛々しい。
開かれた目には強い意志が宿っていた。
「……梢様をお守りすれど、
憎むことなど、ありえませぬ。」
動揺を押さえつけたような
自我を消し去ったような
押し殺された声だった。
梢は自分の言葉を後悔した。
崇人を混乱させてしまうことなど
言わねばよかった。
胸に静かに染み入るのは
どうしようもなく悲しみだった。
やはり、彼は憎いのだ。
梢のことを、おそらく
無意識のうちに、憎んでいた。
優しい彼は、それを認められない。
それを認めてしまえば、
彼の今まで積み上げてきたものを
梢達のために亡くなっていた者たちを
他でもない自分自身で
否定してしまうことになる。
「……腕を、お見せください。」
梢はおとなしく従った。
丁寧な手つきで袖を少しめくられ、
打ち付けた肘のあたりを確認される。
未婚の娘が肌を殿方にさらすなど
あってはならないことだ。
だが、崇人はそんなことはおかまいなく
沈んだ目で梢の腕に
異常がないかを確かめている。
「……少し赤くなっております。
冷やすものを持ってまいりますので
しばしお待ちを。」
梢の袖を元に戻すと、
今度こそ崇人は立ち上がった。
- Re: こひこひて ( No.73 )
- 日時: 2019/12/17 17:30
- 名前: いろはうた (ID: kI5ixjYR)
梢は閉ざされてしまったふすまを
じっと見て考えていた。
目まぐるしく思考は巡っている。
直感的に、崇人はすぐに紫青を
殺しに行くわけではなさそうだと思った。
あのように混乱している状態で
行かないだろうと思ったのだ。
丁寧な性格の崇人だから
きっと万全の態勢で紫青との対決に臨むだろう。
だが、猶予はそれほどなさそうだ。
梢は小さく息を吐いた。
紫青が殺されてしまう、と思い
取り乱してしまった。
だが、見たことがないほど
取り乱した崇人を見て、
不思議と冷静になれた。
思考は澄み渡っている。
崇人自身を止めても無駄だというのは
先ほどのやり取りで分かった。
ならばやることは一つ。
身をもって紫青を守りに行くのだ。
ざっと視線を巡らせる。
張り巡らされた結界は
幾重もの薄衣のように重ねられている。
薄衣のようでいて鋼よりも堅固だろう。
崇人はおそらく、
紫青以上の式術の使い手だ。
この結界もそれ以上のものだと考えてもいい。
(泣いてなど、いられない。)
ぐいっと袖で涙をぬぐった。
己が何を守りたいのか、
もうわかりきっている。
袖口の涙が凍るほどの冷気を手に纏わせる。
守られてばかりなど、いられない。
しかし、その手を結界にかざすよりも早く
幾重にも張り巡らされた結界が粉々になって、
突然崩れ落ちた。
堅固な結界がまるで砂のように
さらさらと崩れ落ちるのを見て
半ば愕然としながら立ち上がる。
梢は何もしていない。
崇人の身に何かあったということだろうか。
何者かの襲撃かもしれない。
ふすまをそっと、少しだけ開けて
外の様子をうかがう。
梢は思わず声をあげそうになった。
地上で青紫にぼんやりと輝く
五芒星の陣の中に立っているのは
紫青だった。
ここにいるはずのない人が、
見る者の目を奪う美しい金髪を風にあそばせ
確かにそこに立っていた。
強く瞬きを繰り返して、
彼が確かにそこにいると、ようやく受け入れた。
どうやってここを見つけたのだろう。
どうやってこんなにも早く
ここに駆けつけられたのだろう。
呆然としていると、紫青の瞳は
しっかりと梢の姿をとらえた。
すぐにその長い脚はよどみなく動き出し、
まっすぐ梢のもとに向かってくる。
梢もこわごわと足を踏み出して、
紫青のほうに一歩近づく。
二人の間にあった距離はすぐ縮まった。
- Re: こひこひて ( No.74 )
- 日時: 2019/12/20 07:22
- 名前: いろはうた (ID: 5VHpYoUr)
梢は閉ざされてしまったふすまを
じっと見て考えていた。
目まぐるしく思考は巡っている。
直感的に、崇人はすぐに紫青を
殺しに行くわけではなさそうだと思った。
あのように混乱している状態で
行かないだろうと思ったのだ。
丁寧な性格の崇人だから
きっと万全の態勢で紫青との対決に臨むだろう。
だが、猶予はそれほどなさそうだ。
梢は小さく息を吐いた。
紫青が殺されてしまう、と思い
取り乱してしまった。
だが、見たことがないほど
取り乱した崇人を見て、
不思議と冷静になれた。
思考は澄み渡っている。
崇人自身を止めても無駄だというのは
先ほどのやり取りで分かった。
ならばやることは一つ。
身をもって紫青を守りに行くのだ。
ざっと視線を巡らせる。
張り巡らされた結界は
幾重もの薄衣のように重ねられている。
薄衣のようでいて鋼よりも堅固だろう。
崇人はおそらく、
紫青以上の式術の使い手だ。
この結界もそれ以上のものだと考えてもいい。
(泣いてなど、いられない。)
ぐいっと袖で涙をぬぐった。
己が何を守りたいのか、
もうわかりきっている。
袖口の涙が凍るほどの冷気を手に纏わせる。
守られてばかりなど、いられない。
しかし、その手を結界にかざすよりも早く
幾重にも張り巡らされた結界が粉々になって、
突然崩れ落ちた。
堅固な結界がまるで砂のように
さらさらと崩れ落ちるのを見て
半ば愕然としながら立ち上がる。
梢は何もしていない。
崇人の身に何かあったということだろうか。
何者かの襲撃かもしれない。
ふすまをそっと、少しだけ開けて
外の様子をうかがう。
梢は思わず声をあげそうになった。
地上で青紫にぼんやりと輝く
五芒星の陣の中に立っているのは
紫青だった。
ここにいるはずのない人が、
見る者の目を奪う美しい金髪を風にあそばせ
確かにそこに立っていた。
強く瞬きを繰り返して、
彼が確かにそこにいると、ようやく受け入れた。
どうやってここを見つけたのだろう。
どうやってこんなにも早く
ここに駆けつけられたのだろう。
呆然としていると、紫青の瞳は
しっかりと梢の姿をとらえた。
すぐにその長い脚はよどみなく動き出し、
まっすぐ梢のもとに向かってくる。
梢もこわごわと足を踏み出して、
紫青のほうに一歩近づく。
二人の間にあった距離はすぐ縮まった。
その顔には表情がない。
感情が欠片も見えなかった。
それでも、その瞳はただ梢しか映していない。
形の良い薄い唇が開きかけて、閉じた。
素早い動きで手を伸ばされても
梢は魅入られたかのように動かなかった。
「っ……!!」
想像していたよりも強い力で
容赦なく手首をつかまれ、
強く引き寄せられた。
抵抗する間もなく、
半ば抱きかかえられるように
紫青に屋敷から連れ出される。
その痛みと衝撃でようやく我にかえった。
「あ、あなたは、うつけなのですか!?」
連れていかれながらも必死に声を上げる。
紫青はちらりと梢を一瞥した後
視線を前に戻した。
それでも懸命に紫青に言い募る。
「崇人様が狙っているのは、あなたの命です!
はやく――――――」
「……逃げろと?」
淡々とした声が落ちた。
そっけない言葉だったが、
それでも紫青が言葉を
発したことにほっとした。
「逃げて、何になる?
おまえを奪われた上で、
常に怯えて暮らせとでもいうのか?」
「いいえ、違います。」
紫青が作り出した地面に輝く五芒星が見える。
おそらく何かの高度な転移の術式に違いない。
この術式が再び作動すれば
綺宮家の屋敷に戻ることになるのだろう。
そうなれば、きっと紫青は梢を閉じ込める。
今度こそ、誰にも取られないほど厳重に。
そうなる前に、彼に伝えなければならない。
「私は、あなたを――――――」
突如、目の前の術式が轟音とともに
一瞬で破壊された。
梢を抱えたまま、紫青は大きく後ろに跳んで
油断なく前方を見ている。
もうもうと上がる土煙の向こうに
立っている人影が見える。
「崇人様……。」
崇人は遠くからでもわかるほどの霊力と
恐ろしいほどの殺気を全身から発していた。
唇には微笑を浮かべているが、
目は全く笑っていなかった。
「申し訳ありません、梢様。
戻るのが遅れてしまいました。」
場違いなほど穏やかな声だった。
いっそ夢でも見ているのではないかと
思えるほどに崇人はいつも通りだった。
その手に握られる呪符以外は。
ぎゅっと手を握りしめる。
手のひらに食い込んだ爪が与える痛みが
これがまぎれもなく現実なのだと伝えてくる。
崇人の式術は、この国一と言われている
紫青と拮抗しているか、それ以上だ。
先ほどまで転移の術式が
浮かび上がっていた地面を見やる。
土煙の向こうでは、
えぐれた地面があるだけで、術式はなかった。
原理はわからないが、
きっと崇人の術式が破壊したのだろう。
転移の術式を再び構築するには
どれほどの霊力と時間が
必要なのかはわからない。
だが、転移の術式は高度な術だ。
それなりに霊力と時間が必要であるだろう。
そんな時間を今の崇人が
与えるとは思えなかった。
つまり、退路を断たれたのだ。
それを数秒の間に理解し、
視線を紫青に移した。
「……離さぬぞ。」
口を開こうとしたら、
梢の意思を読み取ったかのように
紫青が低い声で言った。
梢を抱く腕にさらに力がこもる。
「……おれは、久方ぶりにこれほど怒っている。
これ以上、怒らせるな。」
「な、何を……」
「大方、おれの盾にでも
なろうとしたのだろうが、邪魔なだけだ。
おとなしくしていろ。」
そう言いながら、紫青の空いている片手は
せわしなく印を結んでいた。
いくつもの術式が地面に展開され
ぼんやりと発光しているのが見えた。
作られたのは幾重にも張り巡らされた結界。
梢を部屋に閉じ込めていたものよりも
はるかに堅固なものだ。
こんな時だというのに、
胸がぎゅっと引き絞られるような思いがした。
紫青の性格上、まず己に対して結界は張らない。
圧倒的な力をもって、
敵をたたくのが紫青の戦法だと
最近分かってきた。
この結界は、梢のためだ。
梢が万が一にも傷つかないようにするために
張ってくれたのだ。
それが嬉しくて、苦しい。
この人は、両親を、一族を殺した
敵の息子だというのに
この事実を知ったうえで、
想いは変わらなかった。
「梢様。」
崇人に名を呼ばれ反射的に顔を上げる。
ぐっと唇をかみしめた。
「どうか、こちらにお戻りください。」
紫青の腕に緊張が走り、力がこもった。
絶対に離さないとでもいうように。
だが、梢は紫青の腕の中から動かなかった。
「私に、お怒りなのですか?」
崇人は寂しそうに笑った。
梢は、首を横に振ったが、
崇人の表情は変わらない。
「守るべき主に牙をむけるなど、
あってはならぬことでした。」
違う。
感じていい怒りだ。
「あなた様が争いを好まぬ
優しいお方だというのは承知しております。
……ですが、なかったことになど、
できぬのです。」
- Re: こひこひて ( No.75 )
- 日時: 2019/12/27 19:23
- 名前: いろはうた (ID: VXkkD50w)
想いを伝えても、ただすれ違うだけで
もどかしくてたまらない。
梢は崇人に復讐をしてほしくない。
これ以上、罪を重ねてほしくない。
紫青を殺さないでほしい。
だが、崇人もそれを承知の上で
今、紫青を殺そうとしているのだ。
そうでないと、何のために生きてきたのか
何のために父が殺されてしまったのか
わからなくなってしまうから。
「どういうことだ。」
紫青は油断なく前を見つめたまま言った。
崇人の視線が梢から紫青へと移った。
「貴様は、梢の元許嫁であろう。
おれから梢を奪いに来たのではないのか?」
「奪うのではなく、お返しいただくのですよ。
ついでに、お命を頂戴しようかと。」
寂しげな表情は消え失せ、
崇人は目を憎しみで煌めかせている。
あまりの高い霊力に、
風もないのに崇人の髪がなびいた。
崇人の言葉と態度に紫青は眉をひそめた。
「貴様、死にたいのか。」
「そのままお返ししましょう、
梢様に血をお見せしたくはなかったのですが
……決めました。
今、この場で、殺して差し上げます。」
そう言うと、崇人は唇の端をつりあげ
毒を含んだ笑みを浮かべた。
一方の、紫青の空いている手は
印を結び続けている。
止めなければ。
紫青にも、崇人に危害は加えてほしくない。
だが、そうしなければ、
紫青が殺されてしまう。
混乱のあまりうまく思考がまとまらない。
守らなければ。
二人ともを守れるのは己だけだ。
「……その恨み、
梢のことだけではなさそうだな。」
「皇族は、梢様の一族の敵なのですよ。」
紫青は眉をひそめて
怪訝そうな表情を浮かべている。
梢は目を見開いた。
まさか、紫青に言うつもりなのか。
止める間もなく崇人の唇が言葉を紡ぐ。
「梢様は、わが主。
いにしえより続く高貴な氷の一族の血を、
この世で唯一受け継いでいる方。
先の帝は、」
「やめて!!」
「梢様の一族を皆殺しにせよと、
命を下した。」
「何を……」
「あなたは皇族などではない。
汚らわしい、裏切り者の一族。」
吐き捨てるように崇人は言葉を吐いた。
紫青は、崇人の言葉をばかばかしいと、
一蹴しようとしたようだったが、
血の気の引いた梢の顔を見て唇を引き結んだ。
少し、混乱しているようだった。
「申し上げましょう。
どうせ死に行くお方なのだから。」
「やめてください!!」
梢の声など聞こえていないかのように
崇人は語った。
先ほど、梢に言って聞かせたのと同じ内容だ。
梢が自分の主であること。
梢が本当の皇族の血を引く者であること。
梢の先祖である帝は昔、
紫青の一族に裏切られて
宮廷を追われたこと。
先代の帝によって、その生き残りは
梢以外、皆殺しにされたこと。
そして、その復讐の手始めとして
紫青の兄である、今帝と左大臣の君を
殺したのは崇人であるということ。
紫青はしばらく無言だった。
梢は震えていた。
紫青がどんな反応を示すのか
見当もつかなかった。
皇室を脅かす不安分子として
殺されてもおかしくない。
ちょうどその時、こちらを抱きしめる
腕の力が緩んで愕然とする。
思わず、ぎゅっと紫青の衣を握った。
今離したら、二度と共にはいられない気がした。
だが、そんな不安を吹き飛ばすほど
強く抱きしめなおしてくれただけだった。
胸が苦しくなるほどの喜びが胸に詰まる。
だが、同時に不安はまだ消えない。
どうして、真実を知ったのに、
梢のことを突き放さないのか。
「……そうか。
やはり、貴様が……殺したのだな。」
地を這うような低い声だった。
はっとした。
これで、崇人が帝と左大臣の君に手をかけた
大罪人だとわかってしまった。
死よりも重い罰が崇人に与えられるだろう。
だが、それをあえて話したということは
崇人は紫青に勝つ自信があるということなのだ。
「霊力を感じた時から、違和感があった。
忘れもしない、兄上たちが殺された現場に
残っていたわずかな霊力の残滓に
どこか似たものを感じると。
やはり……貴様か。」
びりり、と空気が震える。
紫青の放つ空気がさらに重くなった。
これほどまでに怒っている
紫青は見たことがない。
「ちょうどいい。
こちらから探す手間が省けた。
……消し炭にしてくれる。」
そう言いながら、
紫青は印を結び続ける指の動きを止めた。
術が完成したというのか。
しかし、何も起こらない。
ちらりと紫青の顔を見上げた。
傲岸不遜な紫青の言葉。
それに安心できず、なぜか不安が拭えない。
それは紫青より、崇人の方が
式術の使い手としては上なのでは
という疑念がぬぐいきれないからだ。
- Re: こひこひて ( No.76 )
- 日時: 2019/12/30 15:00
- 名前: いろはうた (ID: 49hs5bxt)
突如、視界の端に光が映った。
「崇人様……!!」
崇人の足元がまばゆく光り、
青紫の結界がいくつも生まれた。
中に崇人を閉じ込める形で構築されたそれは
瞬きの間に、幾重にも張り巡らされた。
次の瞬間、薄暗くなってきたあたりを
真昼のごとく照らして、轟音とともに
結界の中一杯に青紫の炎が渦巻いた。
あまりの術の規模に梢は言葉を失った。
こんな光景など、見たくない。
復讐に囚われ殺しあう二人など、見たくない。
「やめてください!!」
咄嗟に手のひらをかざし、
意識を集中させ、氷力を指先に集める。
崇人を助けなければ。
するとその腕を、すぐさま紫青が掴んだ。
「お放しください!!」
「ならぬ。」
「やめて!!
離して!!」
崇人が焼き殺されてしまう。
焦りで頭がいっぱいになり
間近にある紫青の顔を睨み付けた。
「氷力を使う気だろう。
……許さぬ。」
許すも許さぬもない。
人の命が、
崇人の命がかかっているのだ。
「……おまえは、おれのだろう。」
ぽつりと落とされたつぶやきに
思わず目を見開く。
ひどく頼りない響きを帯びたそれに
一瞬とはいえ状況も忘れてしまった。
青紫の目が揺らいでいた。
「……氷力はおまえの身を蝕む。
使用は、許さぬ。」
ぎゅっと手を握りしめた。
梢の顔を暫く注視した後、
紫青は視線をそらした。
「……案ずるな、殺しはしていない。」
火がおさまると、
そこには倒れ伏す崇人の姿があった。
ぴくりとも動かず、
うつぶせに倒れている。
「霊力を削りとる式術の炎だ。
術師は、霊力がなくなれば
すぐ意識を失う。
数刻のちに目覚めるだろう。
……奴は、しかるべき罰を受け、
罪を償わなければならぬ。
死をもって容易く贖える罪ではない。」
安堵のあまり、
膝から崩れ落ちそうになった。
息が震える。
そうだった。
紫青は術の炎の温度を
自在に調節できるのだった。
ほっと肩を落としたその時。
ざしゅっ
「……え。」
鋭く重いものが、肉を貫き破る
ひどく嫌な音が聞こえた。
ゆっくりと瞬きをする。
鱗粉のような輝きを散らす
まばゆい光の矛が、
紫青の体を貫いていた。
次の瞬間には、光の矛は消え、
ぐらりと長身が傾いた。
どさり、と音を立てて
力なく地面に倒れた紫青を見て
ようやくかすかに指先が動いた。
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