コメディ・ライト小説(新)
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- こひこひて
- 日時: 2018/01/29 22:18
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
恋ひ恋ひて
後も逢はむと
慰もる
心しなくは
生きてあらめやも
万葉集 巻十二 2904 作者未詳
あなたに恋い焦がれ、
またきっと会えると、
強く己を慰める気持ちなしでは、
私はどうして生きていられるだろうか。
そんなことはできない。
綺宮 紫青
綺宮家の若き当主。
金髪青紫の目の超美青年。
鬼の呪いで、どんな女性でも虜にする。
そのため、愛を知らない。
自分の思い通りにならない梢にいらだち
彼女を無理やり婚約者から引き離し、自分と婚約させる。
目的のためには手段を択ばない合理的な思考の持ち主。
水無瀬 梢
綺宮家分家筋にあたる水無瀬家、次期当主の少女。
特殊能力を買われて水無瀬家の養子となる。
婚約者である崇人と相思相愛だったが、
紫青によって無理やり引き離され、無理やり紫青と婚約させられる。
しっかりとした自我をもった少女。
- Re: こひこひて ( No.32 )
- 日時: 2018/06/24 23:30
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
しかし、刺客達の動きが突如鈍った。
はっとして、周囲に視線を走らせる。
地面が凍って、上手く動けないのだ。
歯を食いしばり、痛む腕を上げて、全方位に意識を集中させる。
パキキッと、硬質な音を立てて地面の氷が盛り上がり、
いくつもの巨大なつららが生まれた。
刺客たちは、それらをすばやく跳んでかわしている。
震える指先に目をやった。
感覚はずいぶん前に失った。
梢の氷力は万能ではない。
強大な力ゆえ、限度がある。
あまりにも何度も強い氷力を使ってしまうと、
指先から己が身が凍っていくのだ。
既に指先は氷に覆われ始めていた。
ぐっと手を握り締める。
このことを刺客達に知られてはならない。
氷力の弱点を悟られてしまえば、
必然と長期戦に持ち込まれてしまうだろう。
紫青の所に駆け付けるためにも、短期決戦が望ましい。
じわじわと指の付け根まで氷が覆っていくのを感じた。
次の瞬間、つららから、いくつもの氷のつららが生まれた。
まるで氷の薔薇の蔓のように、鋭く、数えきれないほど多い。
手の甲までじわりと氷が広がり、梢は顔を歪めた。
しかし、刺客たちは誰一人として、つららに傷つけられることはなく
軽やかな身のこなしで避けていく。
まさか、弱点に気付かれてしまったのか。
いや、彼らとの距離は十分に開いている。
気づかれるはずもない。
そう自分い言い聞かせようとした矢先、頭上から殺気を感じた。
はっとして見上げると刺客のうちの二人が、
高い木の上からこちらに向かって飛び降りるところだった。
(……しまった……!!)
思わず、地上にいる刺客達に集中してしまい
そのほかへの注意がおろそかになっていた。
咄嗟に両手を頭上に掲げようとしたが、
一際強く右腕が痛み低く呻いた。
紫青に巻いてもらった包帯の下から血が滲み出るのが分かった。
無理をしすぎて、傷が開いてしまったのだ。
歯を食いしばって、左からくる刺客の気道を軽く凍らせた。
苦悶の声も上げられずに、刺客は地に落ちた。
はっとして右側を見ると、すぐそこまで刺客は迫っていた。
左腕を向けるのが間に合わない。
終わりだ。
梢は、目を見開いたまま、ただ刺客の腕が振り下ろされるのを見ていた。
- Re: こひこひて ( No.33 )
- 日時: 2018/06/26 18:35
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
刺客の指が梢に触れるその瞬間、突如、その黒衣は青紫の炎に包まれた。
断末魔の叫びをあげて、刺客がのたうち回っている。
梢は呆然とした。
見たことのない青紫の炎。
これは自然発火ではありえない色をしている。
誰かの術だというのか。
訳が分からない。
ふと、衣のたもとが厚くなっているのを感じて手をやる。
熱を発しているのはかんざしだった。
引き抜いてみると、花飾りに見慣れぬ青紫の玉が付いていた。
それが闇の中うっすらと輝いている。
「ずいぶんと抗ったな、梢。
さっさと諦めれば良いものを。」
ふてぶてしい物言いと共に、人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
信じられなかった。
どうして、紫青がここにいるのか。
刺客の者達は、炎と紫青の登場に動揺しているようだった。
だれも動こうとせず、様子を伺っている。
「どう、して。」
情けないことに、紫青の顔を見た途端、
足腰に力が入らなくなって、思わずへたりこみそうになった。
彼は、無事だったのだ。
「あ、あなたは、うつけですか!!
異変を感じたのなら、どうして警護の者を呼ばないのですか!!
たった一人でくるだなんて、大うつけなのですか!?」
張り詰めていた緊張感が急になくなり、
思わず紫青に向かって怒鳴ってしまった。
しかし、紫青は五月蠅そうに眉をひそめただけだった。
「そう喚くな。」
「これが喚かないでいられますか!?」
そうだった。
状況は何も好転していない。
紫青は守るべき存在であり、増援などではない。
己の実だけではなく、今からは紫青も守らなければならない。
素早く視線をあたりに巡らせる。
既に退路は、刺客の姿でふさがれていた。
しかし、彼らはなかなかこちらに向かってこない。
「燃やされるのが怖いのか?」
紫青はゆっくりとこちらまで歩いてくると、くるりと梢に背を向けた。
これでは、背に庇われているようだ。
先ほど青紫の炎に包まれた刺客は素早く衣服を脱ぎ去っており、
よろめきながらもじりじりとそこから後退していた。
やはり、どの刺客も動こうとしない。
あきらかに、乱入者である紫青を警戒していた。
「……来ないのならば、こちらから行くぞ。」
- Re: こひこひて ( No.34 )
- 日時: 2018/06/30 01:38
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
ひゅっと、空をを切る音と共に、紫青が闇の中右腕を振った。
何事か低い声でせわしなく呟いている。
風もないのに、紫青のまばゆい金髪がふわりと揺れる。
空気が震えた。
はっとして地面を見やると、
そこには大きな青紫の五芒星の紋様が浮かんでいた。
本能的に危機を察知したのか、
刺客たちがその場から飛びのこうとした。
「……逃がさん。」
突如として現れた巨大な結界が刺客達を閉じ込めた。
遅れて、それが五芒星の紋様から現れたのだと気づく。
いや、紫青の行動を見る限り、あれは彼が出現させたのだ。
梢はただただ、目まぐるしく動く状況に付いていくので精いっぱいで
棒のように突っ立っていた。
やがて呪文のようなものを唱え終わると
紫青は宙にかざしていた手をぐっと握りしめた。
「……散れ。」
轟音を立てて、結界内いっぱいに青紫の炎が渦巻いた。
梢は目を見開いた。
なんという威力だ。
あれほど高度で強力な術は見たことがない。
闇の中、水晶のような結界の中で、陽炎のように青紫の炎が幻想的に逆巻く。
それは恐ろしいのに、ひどく美しい光景だった。
こんな時だというのに、目を奪われてしまう。
しかし、炎は瞬時に消し去られてしまった。
一瞬で静かになった森の中、紫青の舌打ちが響く。
「……逃げられたか。」
よく見ると飴細工のような結界に
無理やり叩き割ったかのような、大きな穴が開いている。
梢には術のことなどよくわからないが、
このような穴をあけるのは簡単でないことくらいわかった。
刺客はそれだけの手練れであったということだ。
氷を踏む小さな音がして、素早くそちらに視線をやる。
そこには、気道を軽く凍らせて動けなくした刺客が
その場から逃走する姿が小さく見えるだけだった。
この距離では、手傷を負っている梢には追えない。
周囲の気配を探る。
刺客の気配はなくあたりは静まり返っていた。
もう刺客たちが襲ってくることはなさそうだ。
「……何だその目は。」
くるりとこちらを振り返って見下ろす青紫の瞳に安堵を覚える。
だが、その思いとは違って、梢の目は胡乱気な色を含んでた。
「守られなくとも、私などがかなわぬほどに、十分お強いではありませんか。」
「力をひけらかす趣味はあいにくなくてな。」
それを聞いて梢はむっとした。
まるで、梢が好きで氷力をひけらかすように使っているとでも言いたげな口調だ。
思わずむきになって言い返そうとしたら、
素早い動きで右手首を掴まれた。
とたんに開いてしまった傷が再び痛み、顔を歪める。
しかし、月の光のもと晒されたのは、傷ではなく氷に覆われた右手だった。
それを見て、ゆっくりと青紫の瞳が色を濃くする。
「……これが、おまえの力の代償か。」
梢はぎくりとした。
別に隠していたわけではない。
だが、何故だか後ろめたいような心地になってしまう。
梢がたじろいだ隙に、もう片方の手首も掴まれ、月明かりにさらされた。
手を覆う氷はぽたりぽたりと雫を垂らして溶け始めていた。
「氷は覆われているだけか?
お前自身が氷化しているのか?」
「いいえ……氷漬けになっているだけです。
時間が経てば氷は溶けます。」
「そうか。」
紫青の表情は相変わらず変わらない。
だが、僅かに安堵するかのように息を吐かれた。
梢は目を伏せた。
紫青は目ざとく梢の両手の異変に気付いていたのだ。
天邪鬼な紫青なりに少しは心配してくれたのだ。
だから、あのように氷力を使う梢を非難するようなことを言ったのだ。
不器用な人だ。
これでは誤解されやすいのも無理はない。
そう考えていたら、突然両手が青紫の炎に包まれた。
ぎょっとして、思わず紫青の手を振り払おうとしたら、
さらに強い力で掴みなおされた。
「案ずるな。
術式の炎だ。
火傷などしない。」
言われてみれば、それほど炎は熱くない。
おだやかなぬるま湯のような温かさが掌全体に伝わり
じわじわと氷が溶けて水に変わっていく。
やがて、氷は完全に溶けてしまった。
指先は相変わらず氷のように冷たいが、
いつもより早く氷が溶かせたため、それほど身体への影響はない。
「包帯を巻きなおす。
まずは、屋敷に戻るぞ。」
「……はい。」
氷を溶かし終わると、紫青はさっさと屋敷に向かって歩き出してしまった。
梢は自分が凍らせてしまった川を一瞬見やった後、
静かに紫青の後についていった。
- Re: こひこひて ( No.35 )
- 日時: 2018/07/04 14:19
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
使用人が使う裏門から入った。
二人はそこまでずっと無言だった。
指先は氷が溶けたとはいえ、まだひどく冷え切っている。
部屋に帰ったらしっかりと温めなければいけない。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。
失礼いたしま……」
梢は後ろ手に戸を閉めると
すたすたと歩き去っていく紫青の背中に向かって言った。
しかし、梢が言い終わらぬうちにくるりと紫青が振り向いた。
「なにを言っている。
傷が開いたのだろう。
手当をするぞ。」
暗くて表情は見えないが声音は不機嫌そうだった。
梢は一瞬迷った。
夜もふけている。
こんな時間に、殿方の部屋に行くのはどうかと思ったのだ。
そんな梢の様子を見てか、紫青はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「おまえのような娘に手を出すほど、女に困っていない。」
思わずむかっとしたが、
毎夜毎夜違う若い娘に寝所に忍び込まれるような
紫青だからこそ言える言葉で、梢には返す言葉がない。
どうせ、国中の美女を見てきている紫青にとって
梢などただの護衛にすぎない。
文句を言う代わりにむっと唇を引き結ぶと、
梢はずかずかと紫青のほうに歩いていった。
編に遠慮をした自分がうつけだった。
それを見て、また鼻を鳴らすと、
紫青はまたスタスタと歩き出した。
梢は、むかむかする気持ちを抱えながら、
やや荒い歩調で彼の背中を追いかけた。
- Re: こひこひて ( No.36 )
- 日時: 2018/07/22 19:42
- 名前: いろはうた (ID: hYCoik1d)
- 参照: https://mypage.syosetu.com/485123/
「……できたぞ。」
囁くような低い声と共に、梢の腕に触れていた指がすっと離れた。
完璧な処置が施されている己の腕を見た後、
梢は素早く袖を下ろした。
未婚の娘はそうそう他人に肌を見せてはならないからだ。
「ありがとう……ございます。」
「ふん……。」
紫青は梢の言葉に、ふいっと横を向いた。
沈黙がその場におちる。
梢は紫青のことを困惑を交えたまなざしで見つめた。
夜に殿方の部屋に長居をすることは非常識だと分かっている。
だが、彼には色々と聞きたいことがあった。
「……何故、私の居場所があれほど早くわかったのですか。」
紫青は横に向いていた顔を梢に向けた。
いや、正確には梢の手元に向けられていた。
その手には、崇人からもらったかんざしがあった。
梢もつられてかんざしに目をやった。
いつもと変わらない花飾りが可愛らしいかんざしだ。
それが、いつもとわずかに様子が違うことに気づいた。
花飾りの中央に小さな青紫の水晶玉がはまっているのだ。
「……かんざしにおれの霊力を結晶化させたものをはめこんだ。
そこから、おまえの霊力を感知できたというわけだ。」
紫青の顔はどこかばつが悪そうだ。
梢はゆっくりと理解した。
紫青が数珠を池に投げ込んだ後、
なかなかかんざしのことを言い出さなかったのは、
術をかんざしに施していたからでもあるのだ。
「なるほど。
……では、あの術は?」
「術?」
「はい。
あの炎の式術です。
圧倒的な強さでした。
……それこそ、私のような護衛など必要ないほどに。」
護衛役である梢を幾人もの刺客から守り、刺客達を蹴散らした。
梢はわからなくなっていた。
今までは、紫青のことは頭の切れる男だとは思っていたが
まさかここまで戦闘に秀でているとは思わなかったのだ。
「おまえ……まさか護衛役を辞める、などとぬかすのではあるまいな。」
紫青の目が剣呑な色を帯びる。
何故急に、冷たい雰囲気が漂いだしたのかわからないが、
梢は首を横に振った。
「いいえ。
辞めません。」
「……そうか。
そうよな。
おまえは、家のためにここに来た者だ。
家のためには辞めたくとも、辞められぬだろう。」
嘲るような言い方だったが、どこか力がこもっていない。
梢には大きくて美しいこの男が、幼子のように見えた。
梢は、何といえばいいのかわからず、口を閉ざしてしていた。
やがて、紫青がぽつりと口を開いた。
「おまえの言うとおりだ。
おれは己が身を守れる程度には式術に秀でている。
だから、おまえを護衛役にと
家の者に押し付けられたときはうんざりした。
護衛など必要ない、と。
だが少しして、気が変わった。」
梢は会って間もなかった時の紫青のことを想いだした。
たしかにあの時は、ひどく冷たく傲慢な人だと印象を受けた。
「おれの兄が帝だというのは知っているな。
おれは、もと第三皇子だった。」
こくり、と梢は頷いた。
これは誰もが知っている有名なことだ。
現在の紫青は臣下となって、
陰陽道の道を究め、帝を支えている。
「だが、愚かな者共がおれに帝になれと唆す。
自分たちが甘い汁を吸いたいだけだと目に見えている。
だから、おれは必要以上の力は他人に見せぬようにしている。
おれには帝の器はないのだと周囲に思わせるように。
帝は、兄上だ。
だから、護衛としてのお前を利用した。
おれは、護衛に守られなければならないほど
非力なのだと周囲の者に見せるために。」
梢はゆっくりとまばたきを繰り返した。
彼のことがよくわからないと思っていた。
寂しい人なのだと知った。
その不器用さも何度も垣間見た。
そのわかりにくい優しさに何度も触れた。
自分の力は隠しておきたかったはずなのに
梢を助けるために危険をおかしてまで式術を使って助けてくれた。
でも。
「帝は兄上だ。
おれではない。
おれは、兄上をお支えできればそれでいい。」
でも、この人を誰が守るのか。
鬼の呪いのせいで、皇族の血筋のせいで
この人は、ずっとずっと一人だ。
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