コメディ・ライト小説(新)
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- それでも彼らは「愛」を知る。
- 日時: 2023/03/12 23:29
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: gb3QXpQ1)
こんにちは。猫まんまステーキです。
昔、主に社会系小説の方で「おかゆ」という名前でほそぼそと活動してました。
見たことあるなって方も初めましてな方もどうぞ楽しんでくれたら嬉しいなーと思っております。
それではごゆっくりどうぞ。
分かり合えないながらも、歩み寄ろうとする「愛」の物語です。
登場人物 >>1
Episode1『勇者と魔物とそれから、』 >>2 >>4 >>5 >>7
Episode2『勇者と弟』 >>9
Episode3『勇者と侍女とあの花と、』 >>11 >>12
Episode4『絆されて、解されて』 >>13 >>14
Episode5『忘れられた神』 >>15 >>16
Episode6『かつての泣き虫だった君へ』◇ルカside◇ >>19 >>20 >>21
Episode7『その病、予測不能につき』 >>22 >>23 >>24
Episode8『臆病者の防衛線』◇ミラside◇ >>25 >>26 >>27
Episode9『その感情に名前をつけるなら』◇宮司side◇ >>28 >>29 >>32 >>33
Episode10『雇われ勇者の一日(前編)』◇宮司side◇ >>39 >>41 >>42 >>44
Episode11『雇われ勇者の一日(後編)』 >>47
Episode12『いちばんきれいなひと』 >>48
Episode13『ギフトの日』 >>49 >>52
Episode14『とある男と友のうた』 >>53 >>54 >>55 >>56
Episode15『本音と建前と照れ隠しと』 >>57
Episode16『彼らなりのコミュニケーション』 >>59 >>60 >>61 >>62 >>63
Episode17『勝負の行方と宵の秘め事』 >>64 >>65 >>66
Episode18『物体クッキー』 >>67
Episode19『星降る夜に』 >>69
Episode20『焦がれて、溺れて、すくわれて、』>>70 >>71
Episode21『そしてその恋心は届かない』>>72
Episode22『私たちの世界を変えたのは』>>73
Episode23『 再会 』>>75 >>76
Episode24『すべて気づいたその先に』>>77
Episode25『空と灰と、』>>78 >>81
<新キャラ紹介>>>87
Episode26『パーティ』>>88
Episode27『勇者、シュナ』>>91 >>92
Episode28『まっすぐで、不器用で、全力な 愛すべき馬鹿』 >>94 >>95 >>96
Episode29『あなたを救うエンディングを』 >>97 >>98
Episode30『世界でいちばん、愛してる』 >>99 >>100 >>104 >>105 >>106
◇◇おしらせ◇ >>74
◆2021年夏 小説大会 金賞受賞しました。ありがとうございます!>>84 ◆
◇2021年冬 小説大会 銀賞受賞しました。ありがとうございます!>>93 ◇
◆2022年夏 小説大会 金賞受賞しました。ありがとうございます!>>103 ◆
◆番外編◆
-ある日の勇者と宮司- 『ケーキ×ケーキ』 >>34
-ある夜のルカとミラ- 『真夜中最前線』 >>58
◇コメントありがとうございます。執筆の励みになります♪◇
友桃さん 雪林檎さん りゅさん
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.69 )
- 日時: 2021/09/12 01:45
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: aDg7zUCy)
星を綺麗だと思うのは、人も、魔物も、みんな同じ。
Episode19『星降る夜に』
「ハァー‥やっぱりこちらは少し冷えるな」
真夜中。皆も眠っているであろう時間帯。少し寝付けなくて屋敷の中を散歩する。
「うわ、」
目についたバルコニーにつながるやたらでかい窓を開け、空を見上げると一面星空で。思わずここがどこだかわからなくなりそうなほどだった。
「ここでもこんなに綺麗な星空が見えるんだなぁ」
誰もいないなか一人つぶやく。最近は常に誰かが近くにいたためかつい誰かに話しているような声量でつぶやくものだなと我ながら少し呆れた。
(あたしも変わったものだな‥)
ここに来たばかりの頃は魔王は倒す相手で、魔族はすべて憎き倒す相手だと信じて疑わなかった。
それが今ではどうだ。
一緒に寝食を過ごすだけではなく、買い物に出かけたりクッキーを一緒に作ったり。バカ騒ぎだってする始末だ。
そしてそれがどうも楽しいと感じている自分がいる。
「――――、」
自分の住んでいた村はひどく小さな村だった。皆が知り合いのようなもので、皆で助け合って生きてきた。
それ故閉鎖的な村でもあった。ひとたび噂が出ると火があっという間に燃え上がるように広まっていく。そのくせ臆病で『魔物は実はいい人たちでした』なんて言っても誰も信じてくれないだろう。それどころか自分が異常者だとレッテルを貼り付けられるのは目に見えて分かっていた。
彼らと過ごしているうちに魔物は悪ではないと気づいた。魔物は、彼らは悪ではなかった。
――だが果たしてそれを村の皆に伝えられるか?伝えられたとして今度は?街にいる人たちは?
「‥‥あーもう!わかんないよ……」
「珍しいですね。考え事ですか?」
「‥宮司……」
「隣、よろしいですか?」
「……いいよ」
ふわりと何かが香って、それがお茶の匂いだということに気づいた。
「これ‥」
「いくらあなたが丈夫とはいえ、さすがに真夜中に外に出ていたら寒いでしょう」
「わざわざ用意してくれたのか?」
「少し作りすぎてしまったのでついでにと思っただけです」
「……ありがと」
いつからあたしがここにいるの知ってたんだよ、とか、少しは気にかけてくれてたのか、とか、嬉しい、とか。
そんな気持ちを全部流し込むようにしてお茶を飲む。
「―――温かい。おいしい」
「それは良かったです」
宮司がほっとしたように笑った。
「―――」
ああ、ほらまた。
最近宮司と一緒にいると少しだけ体温が上がる気がする。顔もうまくみれない。
「‥どうしました?」
ほらまた。
「なんっ‥でも、ない」
始めはそれが罪悪感だと思っていた。
「なんですかそれ」
宮司が笑うのを見てああ、これはきっと罪悪感ではないと感じる。だけどたまにどうしようもなく、苦しい。
「――それで、勇者は何か悩み事でもあるのですか?」
「え?」
「先ほどから唸っていたでしょう」
「そっ、そんなに唸ってなんか‥!」
「おや、それは失礼」
クスクスと楽しそうに笑う宮司につられて笑ってしまう。
「――‥わからなくなってしまったんだ」
「‥?」
「始めここに来たときは、魔物は悪で、魔王は倒さなければならない存在だって教えられてきたから、何とかして弱点を見つけようとしていたけど‥‥今はそうは思わない」
「……」
「魔物は悪ではなかった、ここにいる奴らは皆いいやつだし、一緒にいてすごく楽しい。――‥じゃあ、本当の悪は、あたしが倒すべき悪はなんだ?」
「……」
「一緒に過ごしているうちに、人間の汚い部分や身勝手な部分や卑しい部分があるのもわかった。お前が最初人間を、あたしを毛嫌いしている理由が嫌というほどわかった。だから宮司は大切な家族のためにあたしに薬を仕込んだことも今ならわかる」
「あの時は―――」
「いいんだ。宮司はあたしの事を危険な人物だと思っていた。――それだけ龍司たちが大切だってことだろう」
こうみえて本当は宮司がすごく家族想いだということ。
口では『面倒』『興味がない』といいつつも結局気になってみんなのもとへいくところ。
皆が、家族がすごく好きで、たまらなく愛おしく思っているところ。
(その中に、少しでもあたしが入っていたら、なんて考えちゃうけど)
一緒にいると嫌でもわかってしまう。だから嫌いになんてなれないし憎むこともできない。
宮司の事、この屋敷の皆の事、あたしの頭の中にはもう当たり前のようにいて。皆といると楽しくて。もっと、もっと、と気づいたらいらない欲が出てしまっていて。
同時に心配しながらも笑顔で見送ってくれた村のみんなの顔が浮かんできて。
「どうすればいいのか、わからないんだ」
「‥」
「――‥わからなくなるほど、ここに少し、長くいすぎたかもなと思って」
「……別にいたらいいじゃないですか」
「え、」
「いたらいいんですよ、ここに。皆歓迎すると思いますよ。‥俺も、そうですね。毎日飽きなくて、騒がしくて、ちょうどいいくらいです。この前は千代さんたちとクッキーを作りましたね。また作っても楽しいと思います‥ああ、今度はきちんと材料は量ってくださいね?その後は、次は、何をしましょうか。来週は?来月は?来年は?――そうやって当たり前のようにみんながいて、勇者がいる未来を考えるのが、いつの間にか楽しいと思ってしまっているんですよ」
柄にもなく、と付け加えた宮司は笑う。その顔にまた胸が締め付けられるような気分になる。
「――確かに最初は、心底嫌でしたよ。人間なんて。‥歩み寄ろうとした時もありました。けれどやはり結果は変わらなかった。忌み嫌い、指をさされ、時には石を投げられることもありました。偏見や無知による恐怖から俺たちを遠ざけ、なかったことにしようとする――だから俺たちは、俺は、関わらないようにした―――心の奥底で憎み、嫌った。……けれど、けれどね勇者、それを不覚にも変えてくれたのはあなたですよ」
「‥え?」
「確かにあなたは馬鹿で単細胞ですが」
「おい」
「……ただ、どこまでもまっすぐで、誠実な人だ」
「――……、」
「あなたのような人がいるのなら、人間も、人間がする営みも、悪くはないのかもと思えるようにはなりました」
ああ、そんな優しいことを言わないでくれ。
「先ほど勇者はそれほど兄さんたちが大事だったからといってくれましたが、きっと少し違います。‥確かにあの人たちは俺の大切な人には変わりませんが、
――俺はきっと、臆病なだけなのかもしれませんね」
“俺たちの毎日が壊される不安因子はどうしても壊して取り除いておきたかった。”
「ただそれだけですよ」
自虐的に笑う宮司が視界にうつる。頼むからそんな顔をしないでくれよ。
思わず下を向いた。もうコップの中に何も入っていないことに気づく。そういえばすっかりコップは冷え切ってしまっていたな。
「―――すっかり話し込んでしまいましたね。戻りましょう、勇者。これ以上外にいると体も冷え切ってしまいますよ」
「‥ああ、」
少し涙が出そうになったのをばれないように上を向く。相変わらず星はきれいで、結局あたしの悩みは全然解決しなかったけど
「‥とても綺麗ですね」
となりにいる宮司と一緒に同じものを同じ気持ちで見れることは、それはきっとすごく素敵なことなんだろうとぼんやり考えていた。
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.70 )
- 日時: 2021/01/24 21:27
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
「ああ、ちょうどよかった。勇者、お酒は飲めますか?」
――これがすべての事のはじまりだった。
Episode20『焦がれて、溺れて、すくわれて、』
「……酒か?ああ、まあ飲めるぞ。うちの村でも酒を造っていたし何度も飲んでいた」
「ならよかったです。良ければ少し、付き合ってください」
そういわれて見せたのは新品の酒瓶だった。酒についている札をパッと見ると明らかに高そうだというのは見て分かった。
「商談でおいしいお酒が手に入りまして。兄さんや穂積は生憎でして。よろしければどうです?」
目利きは悪くないこいつの事だ。そういうのならきっとうまい酒に違いない。
それに酒なんて飲むのはいつぶりだろう。否応なしに心が躍るのが分かる。
「飲みたい!いいのか?」
「よくなかったら誘っていませんよ。……よかった。ではまた」
そういって宮司と別れる。ふと外を見ると雨が降っていた。
◇◇◇
結局あたしと宮司が酒盛りをするまで雨は降り続いたままだ。せっかく酒を飲むのだから月を肴に飲むのも一興だと楽しみにしていたのに。
だがまぁそんなことはどうでもよくなるくらいに目の前の酒を飲むことが楽しみになっていた。
「おっさけっ!おっさけ!」
「先ほどから騒がしいですね。そんなに騒がなくてもこれは逃げませんよ」
そういいながら手際よく準備をしていく。これまた豪華そうなグラスに酒が注がれていくとごくりと喉が鳴るのを感じた。
「では」
「ああ」
そういって軽くグラスを持ち上げ、口元にもっていく。瞬間、ほのかに香るにおいに自然と頬が緩んでいった。
「……ん。おいしい」
「お口に合ってよかったです。――それにしても意外でした。案外行ける口なのですね」
「まあな。村にいた時もよくみんなで飲んだり飲まされたりしていたから多少の心得はある‥だが久しぶりの酒はこうもうまいものだな」
「そんなに久しぶりでしたか」
「ああでもここに来たばかりの事にも勧められたことがあったっけ。でもあのときはあまり飲んだという気がしなかったしなぁ‥んー‥あ、」
ふと、思い出す。
「ここに来る前に、前に組んでいたパーティの奴らと飲んだのが最後か」
それはここに来る前の話。
魔王を倒そうと意気込んで、気心の知れた仲間とパーティを組んで。出発直前に打倒魔王と掲げて飲んだことがあったか。
あの時は皆やる気と活気に満ち溢れていたから怖いものなんてないと思っていた。酒を飲み、肩を組みかわし、夢を語り、歌を歌っていた。
「……懐かしい」
ぽつりとつぶやくのを横目に宮司はすでに2杯目に突入していた。
「今はそんなメンバーもここには見当たりませんが?」
「うるさいなぁ‥言っただろう?怖くなったのか、勝機はないと思ったのか、それとも先が見えない旅路に嫌気がさしたのか……わからないがいずれにしてもみんないなくなって解散したよ」
「‥それもそうでした」
ここに来たばかりの頃を思い出す。
勢い込んできたもののあっけなく宮司に薬を盛られ、龍司には舐められ力で勝てず痛い所をつかれ、出鼻を一気にくじかれた。まぁ今となっては遠い昔の事のようにも感じられるが。
「――でも、やっぱり後悔してるなぁ」
「なにがですか?」
「そりゃあ始めは憎き魔王を、って思っていたけど、実際に一緒に過ごしてみるとみんないいやつばかりなんだもん‥皆をもっと強く引き留めておけばよかったなぁ‥まさか一緒に暮らすなんてのはちょっと予想外だったけどさ」
少し自嘲気味に笑い酒を煽る。後悔をしてやけ酒をするにはあまりにも甘く、昔を懐かしむにはあまりにも苦い味だ。
ああ、あいつらは。かつての仲間は今はどこで何をしているのだろうか。元気なら、それでいいけれど。
「―――、」
ふとギフトの日に穂積が話していた言葉を思い出す。
――「俺はな、どこかで生きていてほしいと願うことが、俺の、俺自身の愛のかたちだと思う」
あの時は答えられなかったが。成程、今なら穂積の言いたいことが分かるような気がした。
「あたし、この間穂積から言われた言葉、考えたんだけどさ」
「なんのですか?」
「愛について考えたことあるか――って、あたしちょっとわかった気がするんだよね」
ほう、と宮司が酒を注ぎながら聞く。
「ふとした時に思い出すことがあたしなりの愛の形なんじゃないかなぁって」
今でも時折思い出す。
一緒に戦ったのに最後には逃げ出してしまった仲間の事。思い出すだけでどうしようもなく、悲しいと、悔しいと感じてしまうけれど。
それでもやはり考えてしまうのだ。ご飯を食べている時、ルカやミラと買い物に出かけている時。思い出してしまうのだ。
――あぁ、あいつはあれが好きだったなぁ。
――あいつはこれが欲しいと言っていたっけ。
思い出すたびに自分の中に“彼ら”が存在して、彼らの事を考えてしまっていることが、きっとあたしなりの愛の形なのだろう。
だから。
「――‥だからあの時宮司があたしのことを考えて髪飾りを選んでくれたことも実はちょっと嬉しかったり‥――て、」
そこまで言いかけたところでふと宮司を見る。
「宮司……?」
「はい‥?」
心なしかはじめと比べて宮司の目はかなり座っていた。おい、お前は今一体何杯飲んだんだ……?
あたしが話している間も何度か酒を注いでいるのは見ていた。見ていたけど、
「なあ、宮司お前……大丈夫か?」
「……だいじょうぶ、って‥何がですか?」
―――あ、これはやばいぞ。
脳内がそう言っている。
「なんだかすこし、やけますね」
そう言ってグラスの中に入っていた酒を一息で飲み干した。
「今でも、あなたの心の中にはそのひとたちがいて‥そのひとたちのことを、考えて‥あなたのなかに、おれは少しでもいるのでしょうか……?」
トロンした目、少し舌足らずなしゃべり方。
「ちょ、宮司、お前かなり酔っているだろ!?」
「酔ってなどいないですよ」
「酔っている人はみんなそういうんだよ!!こんな強い酒ハイペースで飲むから‥!」
「そういえば、」
カチリ、と宮司と目があう。
「――かみ、のびましたね」
何の脈絡もなく距離が近づいて、髪の毛に触れて、気づいた時には動けなくて。
「ああ、おれがあげたもの、つけてくれているんですね。嬉しいです」
なんて、綺麗な顔で笑うから。
「……そうですよ。俺はあのとき、あなたの事を考えていました。あなたに似合うものは何がいいだろう、どんな髪飾りがいいだろう、と―――」
髪飾りに触れ、そのままもう一度、髪の毛を掬う。
「やはり、よくお似合いですよ」
とろり、とまるでこれはそう、蜂蜜を溶かしたような、そんな目をあたしに向けるから、
「ぐっ‥宮司宮司宮司!!!ちょっと待ってくれ!ストップ!!」
ぐいっと効果音が付きそうなほど顔を押し返す。その反動で奴は反り返り軽く頭を打ってしまっていた。
「いっ――」
「あ、ごめん」
沈黙。雨の音は相変わらずうるさい。だが今の空気を紛らわすには十分で。
「―――すみません、勇者。少し酔いが回りすぎてしまったようです。自室に水があったはずなので‥今日はもう‥」
「あっ‥ああ、そのほうがいい‥」
そういって立ち上がり自室へ行―――こうとするがどうも足元がおぼつかない。
「大丈夫か‥ふらふらだぞ‥?」
「いえ、ご心配なく……大丈夫、」
そう言いながらまっすぐ歩けていない宮司を見て自分もほろ酔いの中思わず立ち上がってしまう。
「ああもう!!!」
いてもたってもいられず貸した肩と珍しくポンコツな宮司をみてこれからどうしようかと歩きながら考えてしまうのであった。
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.71 )
- 日時: 2021/05/10 00:11
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
「ぐっ‥うううううおもいいいいい」
ほぼ全体重を乗せられた肩とほんのり感じる熱を感じながら宮司を部屋へ連れていく。
「す‥こしは自分で歩くという努力をしないか!」
「ゆうしゃはやさしいですね」
「全っ然聞いてないな!!」
ダメだ、声を張り上げてこちらまで酔いが回りそうだ。
なんとかたどり着いた宮司の部屋に一安心しつつ体を使って扉を開ける。
「水はどこにあるんだ‥」
「お酒‥」
「お前がもう終わりにしようっていったんだろう!水だよ!!み、ず!」
「ああ……つくえの‥」
「机?」
視線を机にやると確かにボトルに入った水があった。だがこのまま宮司を連れてそちらにいくことは難しい。というよりあたしの肩がダメになる。
「とりあえず宮司をどこかへおかないと……ソファ‥はダメだな、体が痛くなりそうだ。あ!!!そうだ!ベッド!ベッドの方がいい!!そうだ宮司ベッドへいこう!!!」
「おや、だいたんですね――‥俺はべつにそれでもかまいませんが」
「なななななにを言ってるんだ!!!馬鹿!ただお前を寝かせるため、――うわあ!?」
ベッドの近くまで行き宮司を下ろそうとする反動で態勢を崩してしまう。
「っ、宮司」
シーツに沈む二人の体
ほんのり香る酒の匂い
相変わらず部屋に響く雨の音
そして、
「……ひ、」
なんとも情けない声が出てしまった。ああ、前にもこんなこと、あった気がする。
「――‥別にとって食いやしませんよ」
耳元、まって、そんな近くでしゃべらないで、
「いや、あの、だって、宮司、まって、」
「待つ、って、なにをですか?」
宮司の顔が正面に来る。あたしの体と宮司の両手だけがシーツに沈んだままで。
「……ああ、やはりあなたって案外、きれいな目をしているのですね」
なんて、少しかすれた声で囁く。
「……案外は余計だ」
つい精一杯の虚勢をはいた。だがそれすらも効果なしと宮司は笑う。
「それはしつれいしました。‥ですがあの日からずっとおもっていたのですよ。あのときみんなでやったゲーム、のときから‥」
「……」
困惑するあたしをみて宮司は少し悲しそうな顔をした。
「――なぜ、」
「え?」
「なぜ、おれが……」
「何?宮司、」
雨音が強くなって宮司の声が上手く聞き取れない。
「なぜ、こんなにも、おれ、ばかり、おれだけが‥」
「ちょっと、宮―――」
「―――しているのですか、」
あたしの肩口に顔をうずめる。奴の髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。
「っ、ぐう、」
「 」
ああ、なんだ。聞こえない。
シーツのせいでくぐもる宮司の声と、勢いを増す雨音。
なんだか大事なことを言っていた、気がするのに。
「なあ、宮司もう一度、」
「……すぅ‥」
「えっ!?嘘!?ここで寝るのか!?」
続きを聞こうとして宮司をゆすると寝息が聞こえた。おいお前はこの状況で寝るのか‥!?
「…………はぁ」
長い溜息をつきしばらくは動けそうにない体をまるで他人事のように感じながらシーツに全体重を預けた。
「(朝起きて宮司がこの状況を見る前にここから抜け出さないとなぁ……ああでも、さっきはびっくりした。ドキドキしたけど宮司もあんな冗談を言うんだ……言えるほど仲良くなったって思ってもいいのかな、)」
宮司の腕の中でぐるぐると考える。ああ、シーツの冷たさが心地いい。
「(あ‥かなり酔いが回ってきた、気がする‥寝てる宮司見てたらあたしまで眠くなってきたなぁ……朝宮司見たらびっくりするだろうなぁ‥なんて、説明‥しよう‥)」
徐々に思考が停止してくる。この腕をほどくのは起きてからにしよう。
目を瞑ると抗うことのできない睡魔がなんだか気持ち良くて。そのまま意識を手放すことにしたのだった。
◇◇◇
「………やってしまった‥」
まだ日が出きっていない時間。少し肌寒さを感じ身をよじろうとすると明らかに自分のではない寝息が傍で聞こえてきた。そういえば昨日は勇者と飲んでいたはず。いつ自室のベッドへ向かったのかと記憶をさかのぼる。―――さかのぼって、その寝息の正体に一つの心当たり。恐る恐る隣を見るとやはりそこに寝ていたのはまぎれもなく勇者本人で。
「……はぁ、」
そして冒頭に戻る。酔っても記憶がなくならないタイプというのが幸か不幸かと言われれば間違いなく今この状況では不幸といえるだろう。
「(酔った勢いとはいえ、あれは完全に――)」
思い出して消え入りたくなってしまう。子供じみた嫉妬をして勇者に大変迷惑を掛けてしまった。
靄がかかるような記憶をたどり、そして勇者の衣服が“乱れていない”ことを確認し、“最も恐れていたこと”は回避できていると確認して胸をなでおろす。
――「 おれもあなたのなかにいさせてください 」
自分の意識がなくなる直前、思わず口から出てしまった言葉。
「(―――‥あれはもう言い逃れができないのでは‥?)」
なぜ自分でもあのような言葉が出たのかわからない。勇者が前の仲間の話をするのが少し気に食わなくて。思わず見栄を張るように、気にも留めないようにお酒を流し込んだのがいけなかった。普段なら酔わないはずの量であんなにも酔いが回ってしまった。
「ん‥すぅ……」
「……まったく。こちらがこんなに焦っているのに、のんきですね」
気持ちよさそうに隣で寝ている勇者の顔を見ると少しだけどうでもよくなって。思わず笑ってしまう。
彼女が起きたらどうしましょうか。とりあえずこのようなことになったことへの謝罪と、お礼と。その後は彼女の反応次第としましょうか。
そういえば結局水を飲んでいなかったことに気づき水を取りに行く。――ついでに少し寒そうにしていた勇者を起こさないように傍に合った羽織を掛けておく。ああ、このようなものしかないのも申し訳ないので今度手ごろそうなタオルケットでも用意しておきましょうか。
なんて、まるで次があるかのような考え方をしていたことに驚き呆れつつ勇者が起き上がるのを待つことにした。
「おやおや宮司殿。昨晩はずいぶんと楽しそうだったじゃぁないか」
――‥扉を開けると待ってました、と言わんばかりのタイミングの良さで現れた趣味の悪い神にいら立ちを覚えたのはまた別の機会に話しましょう。
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.72 )
- 日時: 2021/03/01 00:53
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
優しい俺がひとさじのスパイスを入れてやろう。
Episode21『そしてその恋心は届かない』
「おはよー穂積」
「おはよう勇者。なんだか少し顔色が悪いように感じられるが」
「あっ……あー‥うん……まぁ、ちょっと、少し寝付けなかった‥ような」
勇者にしては珍しくゆっくりとした朝だ。何か後を引きずるものがあるのかいつもの調子が出ないのか反応もいまいちだ。―――ああそういえば。
「――そういえば、宮司殿も少し様子がおかしかったような、」
ここまで言ってふと勇者を見ると明らかに同様の影。
「宮司‥?そうなんだ。宮司も‥へえ……」
「何か知っているのか?」
「‥いや?別に?」
素直なところは美点にもなりえるが素直すぎるのもいささか心配してしまう。
「――何かあったのか?」
「なっ‥んで、別に何も‥」
「……昨夜少し勇者に用があって部屋に行ったときには姿が見えなかったが……ああそういえば!宮司殿が昨夜いい酒が入ったからとかなんとか言っていたが俺は生憎でなぁ‥勇者も誘ってみると言っていたが‥」
そこまで言いかけたところで「ああもう!」という制止の声が聞こえる。その後付け足すように言われた「わざとらしい」という言葉は聞かなかったことにしてやろう。
「……確かに昨日、宮司と二人でお酒を飲んだ、が‥本当に何もなかったんだ。きっと穂積が思っているようなことは何も‥」
どんどん言葉が小さくなっていく。まったく、相変わらず見ていて面白いな。
「何も、ねぇ‥それは残念だ」
「え?」
「いやはや。勇者は見ていて気が付かないのか?――いや、本人だから気が付かないのか」
「……?」
何を言っているのかわからないという顔をしながら首をかしげる。
「ここ最近の奴の行動と言動からしてみても明らかに勇者に対して柔らかくなっているのは感じないか」
「そりゃあまあ‥感じるけど……」
何かを思い出しているのか気まずそうに視線をさまよわせていた。
「勇者本人が感じるほどにとは。これはもう重症だなぁ。勇者に対する視線が明らかにやわらかい。視線一つ一つが愛おしむものをみるそれと同じだ。そう、例えるのならこれはまるで―――」
「穂積!!」
ようやく何かを察したのかすべてを言い終わる前に断ち切られた。
「……俺が思うに、」
不安げに見つめる勇者などお構いなしに続ける。
「――宮司はつまるところ、勇者の事が好きなのではないか……と、」
「――――」
「おや」
予想以上の反応に思わず口角が上がる。
「なんだ勇者よ。その顔はまるで恋を覚えた生娘のようではないか」
さあ、どうかわる。
意識しろ、あいつを。
今日の退屈を破るのはお前だ、勇者。
◇◇◇
―――おかしい。
「……勇、」
「えっ!?ふぁっ!!あ!ぐっ、宮司!」
「……大丈夫ですか?」
「いやっ、なんでもない……!」
勇者の様子が明らかにおかしい。
正確に言えば数時間前と今とで自分に対しての態度が、だ。
「……俺はあなたに何かしましたか?‥いやまあ、まったく何もしなかったかと言われればそれは嘘になるのですが……」
自分で言っていてなんともまぁ都合のいい話だと思う。だが今目の前の勇者は気の毒なほどに取り乱していた。
少し前の話をしましょう。
昨夜勇者と二人で酒を飲み、つい酔いが回ってしまい勇者に迷惑をかけた。掛けただけでは飽き足らずなんともまあ兄さん顔負けの甘いセリフをツラツラと吐いていた……気がする。
それがすべて口からの出まかせだったかは……まぁこの際置いておきましょう。今の問題はそこではないので。
その後朝になって一向に起きない勇者をどうしようかと考えて結局起こして。まず初めに謝罪の言葉を口にすると「いくら酒に酔ってたとはいえ宮司もあんな冗談いうんだな。まぁでもそれだけ仲良くなったってことか!」と笑っていた。――こちらがどれだけあなたについて考えていたかわかりますか、と思わず口に出そうなのをぐっとこらえる。きっと彼女も突然の事で驚いたことだろうにそれをすべて“冗談を言い合えるほど仲良くなった間柄”で済ますことができるのはもはや尊敬に値する。まったく単細胞なのか鈍いのか楽観的なのか。
それが、だ。
「えっ……と、なに、も……ないよ。うん、大丈夫、です」
「それが大丈夫な人の態度ですか」
一歩近づくと一歩後ずさる。先ほどからそれの繰り返し。
「……いま、ちょっと宮司の顔うまくみれないんだ‥すまん……」
これまでに見たことのないほど赤く染まる顔。
「……いやおかしいでしょう!?」
思わず少し大きな声を出してしまう。
なぜ!!!!今なんですか!!!!
照れる要素は数時間前に過ぎ去っているでしょう!!!?
「……ちょっとあたし走りに行ってくる!」
そういうや否やものすごいスピードで走り去っていった。
「……なんだったんだ……」
「アッハッハッハ!!!いやあ大層愉快なものが見れたぞ!これはおもしろい!!」
誰にも聞こえないとつぶやいた声をかき消すかのように頭上からこらえきれない笑い声が聞こえた。――‥もしかして、とよぎる予想が確信に変わる。
「これは予想以上だ!まさかあのような反応を見せるとは。いやはややはりあやつは見ていて飽きない」
「……聞きたいことは山ほどあるのですがまず頭上でうろちょろと飛び回るのをやめていただけませんかとても不愉快なので」
「――‥それは失礼した」
口ではそういいながらも全く反省をしていない当事者――穂積は不快な笑みを浮かべながらゆっくりと降りてくる。
「単刀直入に聞きます。勇者に何か吹き込みましたか?」
「…………吹き込んだ、と言ったらお前はどうする?」
あざ笑うような目。挑発的な声。ああもうすべてが癪に障る。
「ことによっては、それなりの対応を」
努めて冷静に話そうとする。それを見透かすかのようにニヤリと笑うその顔が本当に大嫌いだ。
「なに、俺は勇者の背中を少し押しただけだ。肝心なところは鈍くて何もわからないあの勇者にな」
「……それはどういう、」
「宮司殿があいつに対してどのような感情を持っているのかヒントを与えただけだ。それ以上のことは何もしとらんよ。まぁこれで奥手な宮司殿も少しはやりやすく――‥」
パリン――――
風が吹く。穂積の後ろにあった窓が乾いた音を立てて割れた。
「……あー、これはまた今度変えなくてはいけませんね」
「お前‥わざと……」
「次は間違えてあなたの祠をぶっ壊してしまいそうだ。古いのですぐに壊れてしまいそうですね」
こんな安い挑発に乗ってしまうとは。我ながら呆れてしまう。
「―――‥上等。前からお前たちは見ていてイライラするんだ。奥手な宮司に代わって俺が手助けをしてやろうと思っていたがどうやらいらないみたいだ。神の力は魔物より強い。この意味が分からぬほどお前も馬鹿ではないだろう」
「今や廃れた神の力など誰が信じますか?」
「―――なに?」
もとは自分で蒔いた種なのにこちら側の挑発にのるとは。案外お互い様なのでしょう。
「神の力をなめるなよ宮司。俺が本気を出せばお前なんぞいくらでもつぶせる」
「それは“いつの時代の”あなたの事をいっているんでしょうねぇ。――ああ、何年も月日がたちすぎて未だに自分がお強いと思っているんですか。おかわいそうに」
「貴様こそ自分が俺より強いと錯覚しているその性根から叩き直さないといけないようだ。なんと傲慢で愚かか。そんなんでは実るものも実らないぞ?」
穂積の力だろうか、周りにあった物がゆっくりと浮く。俺もそれに対応するかのように防御を固めありったけの魔力をぶつけようと構えた。
―――が、
「ぐううううううううじいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「……?……!?勇――、」
「宮司っ!!!!」
さっき走りに行くと言っていなくなった勇者が今度は俺の方めがけて走りこんでいた。勢いあまって俺とぶつかり一緒にこけてしまう。
「あのな!やっぱりこのままもやもやするのは嫌だから直接聞こうと思って!」
「……何をですか?」
「実は‥その……穂積がおかしなことをいうんだ」
穂積の存在に気づいたのかちらりと見てから少し気まずそうに目をそらした。
「穂積がさ、宮司が……その、あたしのこと好きだっていうんだよ」
全身の血流が下へと勢いよく流れていくような感覚。思わず息をするのも忘れそうになってしまう。
「……違うよな。そんなはずは、ないよな。宮司はあたしのこと……」
不安げな目。懇願にも等しい何か。ああもう、そんな目で見ないでくれ。
とても苦しい。
「―――あいつが……穂積が何を言ったかは知りませんが今はあなたが客人だからもてなしているだけです。それ以上の感情なんてありませんよ」
そこまで言い切ると心底ほっとした顔を見せた。
「……だよな!そうだよな!‥ほらみろ穂積!あたしは違うと思ったんだ!お前が変なこと言うから動揺しちゃったじゃないか!」
「―――あ、ああ、そうだな。俺の勘違いだったやもしれん」
「そういえば先ほど走りに行くと言っていたでしょう。今日は兄さんも暇だと言っていました。行ってあげたらどうですか?」
「お!そうか。それもいいかもしれないな!龍司と体を動かすのは嫌いじゃない!」
「俺もそろそろこの体勢が辛くなってきたのですが」
「‥あっ、ごめんな宮司!重かっただろう」
「いえ、まぁ‥問題はそこではないのですが……」
「ん?なんだ?まぁいいか!よし、じゃあいってくる!ありがとう!」
「…………」
「…………」
「……なぜ隠す」
ぽつりと、穂積が独り言のようにつぶやく。
「見たでしょう、勇者の顔。あんな懇願するような目で見られたらたまらない。否定するしかないじゃないですか」
「だからお前はいつまでたっても前に進まないんだ。あの時唇の一つでも奪って肯定すればよかったんだ」
「それはできない。俺たちはあくまで魔物。あっちは勇者――人間なんです。本当は相対してはいけない……恋にも落ちてはいけないんです」
だから前に進まなくていい。
「――そんなの誰が決めたんだか」
続けて「本当につまらん奴だ」と言われる。
「つまらなくて結構」
「興がさめた」
「あなたのためにこちらも動いていたらきりがありません」
「動かない恋に落ちてはいけないと言って否定しておきながらその隠しきれていない独占欲や嫉妬心はどう言い訳するんだ」
「……」
「言動と行動が矛盾している。このままではどちらも幸せにならない。この俺が断言しよう」
「……言われなくても、」
言われなくても、分かっていた。
「それでも、俺はこの気持ちを伝える事はありません。この話は終わりにしましょう」
有無を言わさず会話を終了させ、穂積の横を通り過ぎる。未だに喉の奥に張り付くような感覚に不快感を覚えながら無意識に勇者と穂積の言葉を頭の中で反芻させている自分に気がついてまた少し呆れた。
- それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.73 )
- 日時: 2021/05/23 01:09
- 名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)
こんな日が、いつまでもずっと、続きますように。
Episode22『私たちの世界を変えたのは』
「じゃーーーーん!!!!」
よく晴れた日だった。千代さんのお菓子に舌鼓を打っていると何やら扉が開いて騒がしい。続いてからころと楽しそうに笑う声。そしてそれに合わせて――、
「‥なんだ?これは」
ルカとミラが勢いよく屋敷に持ち込んだのは大きな植物だった。
「これはササっていうみたい!なんでも、この時期になるとこのササっていうのに願い事を書いた紙をつるすんだって。街でもらったから私達もやってみようと思って!」
早くやりたいなーと弾む声に合わせるようにササが揺れる。
「あら、楽しそうね」
「今ので内容が分かったのか!?」
「あまりわからないけれどとりあえずやってみようかなって~」
「うわーい!やりましょう千代様!」
「勇者もやるよね?」
ぴょこぴょこ喜ぶルカやミラにあわせてそのササという植物もわさわさ揺れる。‥というより大きいなこれ。
「‥紙はなんでもいいのか?」
「これに書くみたい。これも街の人からもらった!たくさんもらったからみんなでやろうよ!」
「いいじゃねえか。おもしろそうだ」
「あ!龍司様!」
「うわぁ早いなぁ」
流石というべきかなんというべきか。こういう騒がし……楽しそうなことに対するレーダーは人一倍敏感なようだ。どこからともなく龍司の声が聞こえたかと思うと気づいたらその輪の中に入っていた。
「よーし!中庭に集合だ!」
「「おー!」」
乗り気な龍司達が魔法でササを浮かせながら中庭へ持っていく。気が付くと穂積や宮司も中庭に集まっていて。全員が当たり前のように中庭にいた。
◇◇◇
「とりあえず思いつく願いは書いてみたけど……この願い事‥っていうのはなんでもいいのかしら?」
「何でもいいみたいですよぉ!」
「なんだかここにいる奴らに対して短冊の量が合ってないような気がするのは気のせいか‥?」
「そういう勇者もたくさん書いてたよね」
「まぁ否定はしないが‥」
改めてササを見上げる。
願い事を書いた短冊をこのササにつけ天に願うとはなんともまぁ夢があるじゃないか。だからついこちらも書くのに熱が入ってしまった。
「『またみんなでお菓子作りができますように』、『体力向上』‥はは、いろいろなものがあるな。――『もっと長く寝たい』、『楽しいことがしたい』『兄さんと勇者がもう少し落ち着いた行動をしますように』‥これは書いたやつの顔がすぐに思い浮かび上がるんだが‥というか宮司。これかいたのお前だろう。喧嘩売ってるのか」
「おや?何のことでしょう?ちょうどいいですね。短気なところや喧嘩っ早くなるところも治してもらったらどうですか?」
「はぁ?」
相変わらず喧嘩を売らないと死んでしまうような奴だ。もう一度短冊に目をやり、ふとあることに気づいた。
「‥なぁ穂積」
「なんだ」
「穂積はこれ、やらないのか?」
こういう楽しそうなことには真っ先に参加しそうな神が珍しく一歩引いたところにいるのに気づき話しかける。
「短冊、お前のだけない」
「‥案外目ざといではないか。勇者よ」
「それで、お前はやらないのか?」
もう一度、同じ質問を投げかける。
「ああ、まあ俺は神だからな。本来はお前たちの願いを聞く立場だ」
そういいながら短冊を目の前でひらひらと動かして見せた。
「それに、大抵の願い事など己の力でどうとでもなるものなのだ。それをわざわざ神にお願いするなどなんと傲慢か」
「でもさぁ、やっぱり願わずにはいられないんじゃない?きっかけや行動は本人次第だけど背中を押してもらおうって思うんじゃないかな」
「……そういうものなのか」
そして優しく笑った。
「――‥ところで勇者は何をお願いしたんだ?」
「え?それはもう!!『打倒魔王』!!」
紙いっぱいに書かれた文字をみて穂積が噴き出す。
「なるほど、確かに勇者らしいお願い事だ。その願い、叶うよう俺も願っておいてやろう」
「――穂積は」
「ああ?」
「穂積は何をお願いしたの?」
「勇者よ、話を聞いていたのか?俺は―、」
「ああはいっても結局書いたんでしょう?飾っていないだけで」
そこまでいうと観念したようにため息をつき――1枚の短冊を袂から出す。
「―――書いていないと言えば嘘になる。が、俺はいい。さっきも言った通り俺は神だ。本当なら願いを聞かなくてはならない。――‥願ってはいけない」
「でも、願うだけなら誰も責めたりはしないよ」
「……果たしてどうだろうか」
そういって短冊を自分の袂にしまった。
「あっ!?」
「悪いが勇者。俺のはなかったことにしてくれ。きっとこの願いは叶わない」
そして何事もなかったかのようにみんなの輪の中に入っていった。
◇◇◇
ああ、騒がしい。
騒がしくて、心地が良い。
袂にしまった短冊をもう一度見る。先ほどの己の行動に半ば意地のようなものを感じながらひらひらと動かした。
「あなたも面倒な人ですね」
「……っ、気配を消すな趣味が悪い」
「おや失礼」
不覚だ。この俺が背後を取られていたとは。
気づいたら輪の中からいったん出ていた宮司が楽しそうに笑う。
「あなたもそんな顔をするんですね。いやぁ愉快愉快」
「誰の真似だその話し方は」
「さぁ?誰でしょうか」
「……」
にっこりと笑う顔はいかにも町娘たちがうっかりと頬を染めてしまいそうな顔をしているであろうが今は少しイラついてしまう。
「何を書いたのかと気になってみてみれば……あなたもそのようなことを思うようになったのですね」
「……これはただの気まぐれだ。だから忘れろ」
「最初ここへ来た時はあんなに興味がない顔をしていたのに」
「うるさいぞ」
「まぁでも。俺もこの暮らしが正直心地いい。――まさか神までも変えるとは。恐ろしい人ですね」
心なしか嬉しそうに笑っているとわかるのは嫌でも長い間共に過ごしたからだろうか。
『願わくば、ずっと彼らとともに、 』
「―――こんなもの、書いたところで何も変わらぬ」
「……それは、」
「お前もうすうす気が付いているのだろう」
そうだ。これは変わらないのだ。
半ばあきらめたような声があっさりと自分の耳にも入る。
「――‥未来が見えてしまうというのも、厄介なものだな」
そうつぶやいた自分の声が、酷く悲しそうだった。
「……きっと、この均衡が崩れるのも、そう遠くはないんでしょうね」
そういった宮司の声も、どこか悲しげに聞こえた。
◇◇◇
「楽しいねぇ、楽しいよ、勇者」
短冊を飾って、空が傾き星が1つ、また1つと出てきた頃。隣にいたルカが息を吐くようにぽつりと漏らした。
「……ああ、騒がしくて、嫌になるくらい楽しいな」
今の景色は、なぜだか泣きたくなるほどにまぶしい。
「……宮司様、変わった。前まではあんな風に笑わなかった」
「宮司?」
ルカと同じ方向に目をやるとそこにはミラや龍司たちと一緒に笑っている宮司の姿があった。反射的に思わず目をそらす。――いったいなぜだ?
「ねえ、勇者」
ルカの目が伏せられる。綺麗な目をしているとこの時初めて気が付いた。
「街の人はみんな優しい。ササをくれた。短冊もくれた。どうやってやるのかを教えてくれた。でもそれは私達が“人間”だったから」
「―――‥」
「同じ人間にはね、みんな優しいの。果物を買ったらおまけしてくれる店の人がいて、楽しいことをしていたら教えてくれて、今日だってササや短冊までくれちゃって――‥それもこれも、私達が人間だと思っているから」
次に見たのは、何かを諦めたような、自虐のような、そんな笑み。
「私達が“人間”じゃないって知ったら、みんなどんな反応をするのかな」
「――‥、」
「……ごめんね勇者、今のは、少し意地悪だった」
「いや……いいんだ」
「私達が魔物や吸血鬼‥人間じゃないって知ると、皆怖がっちゃうの。だって魔族の事なんて知らないし他とは違うものなんて、排除したがるよね。“わからない”は怖い、未知のもの――わからない、から、後ろ指を指されて石を投げつけられる」
「……」
「だから宮司様は、人間が嫌いなの」
改めて聞かされる事実に、わかっていても胸が痛くなる。
「宮司様は、そんな人間が嫌いで、それでいて私達の事を大切に思ってくれてて……あたしたちを守るために今のところに住居を変えたの。そして魔族だということを隠して生きてきた。宮司様、気を張っていたんだと思う。ずっとあんな風に笑うことなんてなかった……けどね勇者、あなたが変えてくれた」
「あたし‥?」
「あなたが、勇者が宮司様を変えてくれたんだよ」
ルカがもう一度宮司の方を見る。同じように目を向けるとまた龍司が何か言ったのか、呆れたように、けれども楽しそうに笑う宮司の姿があった。
「勇者がまっすぐに、真剣に向き合ってくれたから……きっと、裏表のない勇者だから、宮司様の心を動かしてくれたのかも」
そういうとゆっくり手を取りその甲が彼女の額に当てられる。
「ありがとう、勇者。ここにきてくれて。宮司様だけじゃない‥きっとここにいる皆の心を動かしてくれた。また笑顔があふれた。かけがえのない生活にしてくれた。すべてのことに感謝します」
その姿は、顔は、表情は、もはや“主に使えている者”のそれだった。
「私、勇者に会えて本当に良かった」
次に顔をあげた時にはもうその姿は見えなくなっていたが。
「……あたしも、」
流れるように出たその言葉に少しだけ涙が出そうになったことには気づかないフリをしようと思った。
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