コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

それでも彼らは「愛」を知る。
日時: 2023/03/12 23:29
名前: 猫まんまステーキ (ID: gb3QXpQ1)

こんにちは。猫まんまステーキです。

昔、主に社会系小説の方で「おかゆ」という名前でほそぼそと活動してました。

見たことあるなって方も初めましてな方もどうぞ楽しんでくれたら嬉しいなーと思っております。

それではごゆっくりどうぞ。


分かり合えないながらも、歩み寄ろうとする「愛」の物語です。


 登場人物 >>1
 Episode1『勇者と魔物とそれから、』 >>2 >>4 >>5 >>7
 Episode2『勇者と弟』 >>9
 Episode3『勇者と侍女とあの花と、』 >>11 >>12
 Episode4『絆されて、解されて』 >>13 >>14
 Episode5『忘れられた神』 >>15 >>16
 Episode6『かつての泣き虫だった君へ』◇ルカside◇  >>19 >>20 >>21
 Episode7『その病、予測不能につき』 >>22 >>23 >>24
 Episode8『臆病者の防衛線』◇ミラside◇ >>25 >>26 >>27
 Episode9『その感情に名前をつけるなら』◇宮司side◇ >>28 >>29 >>32 >>33
 Episode10『雇われ勇者の一日(前編)』◇宮司side◇ >>39 >>41 >>42 >>44
 Episode11『雇われ勇者の一日(後編)』 >>47
 Episode12『いちばんきれいなひと』 >>48
 Episode13『ギフトの日』 >>49 >>52
 Episode14『とある男と友のうた』 >>53 >>54 >>55 >>56
 Episode15『本音と建前と照れ隠しと』 >>57
 Episode16『彼らなりのコミュニケーション』 >>59 >>60 >>61 >>62 >>63
 Episode17『勝負の行方と宵の秘め事』 >>64 >>65 >>66
 Episode18『物体クッキー』 >>67
 Episode19『星降る夜に』 >>69
 Episode20『焦がれて、溺れて、すくわれて、』>>70 >>71
 Episode21『そしてその恋心は届かない』>>72
 Episode22『私たちの世界を変えたのは』>>73
 Episode23『  再会  』>>75 >>76
 Episode24『すべて気づいたその先に』>>77
 Episode25『空と灰と、』>>78 >>81

 <新キャラ紹介>>>87

 Episode26『パーティ』>>88
 Episode27『勇者、シュナ』>>91 >>92
 Episode28『まっすぐで、不器用で、全力な 愛すべき馬鹿』 >>94 >>95 >>96
 Episode29『あなたを救うエンディングを』 >>97 >>98
 Episode30『世界でいちばん、愛してる』 >>99 >>100 >>104 >>105 >>106

 ◇◇おしらせ◇ >>74

 ◆2021年夏 小説大会 金賞受賞しました。ありがとうございます!>>84  ◆
 ◇2021年冬 小説大会 銀賞受賞しました。ありがとうございます!>>93  ◇
 ◆2022年夏 小説大会 金賞受賞しました。ありがとうございます!>>103  ◆

 ◆番外編◆
 -ある日の勇者と宮司- 『ケーキ×ケーキ』 >>34
 -ある夜のルカとミラ- 『真夜中最前線』 >>58

 ◇コメントありがとうございます。執筆の励みになります♪◇
 友桃さん 雪林檎さん りゅさん

それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.64 )
日時: 2020/10/05 01:47
名前: 猫まんまステーキ (ID: Z6SnwTyI)




 「魔王様のことは大好きです。本当にお慕いしております。だけど――」
 「今日ばかりは球を取るつもりで本気で行かせてもらいます!!」

 久しぶりの殺気に似たような感覚に興奮を抑える。
 そうだよなぁ、お前たちはいつも俺に対して本気で挑むことが俺への誠実さだと信じて疑わない。そういうところがたまらなく好きだ。



 Episode17『勝負の行方と宵の秘め事』


 ルカとミラはいつも二人で一つみたいなものだった。仕事をするのにも二人で分担。出かけるのにも二人で。そして、


「―――強くなったな。お前ら」


戦うスタイルも。


二人の球はそれぞれあと一つ。時間からみてももうそろそろ終わりが近づいている頃か。若干の寂しさを感じながらも二人の攻撃をかわす。

「おらおらどうした!そんなんじゃ俺の球は壊せねぇぞ!もっと殺す気でこいよ!」
 自分でも楽しんでいるのが分かる。まだ俺にどこか遠慮しているところがみえみえなんだよ。


「――――っ、」
「ハァッ―!」

一瞬のためらいが命取りになる。そう教えたこともあったっけな。
だけどこいつらには‥こいつらだけじゃない。ここにいる奴らにはそんなことを教えなくてもいいような世界を与えてやりたい。

 (なんて――)
 柄にもなくそんなことを考えていると右側から鋭い影が伸びてくる。

 「―――やはり龍司様は強いです」
 「ありがとな」
 影をよけてはまた次の影が絶え間なく襲ってくる。その間にもルカの体術が絶え間なく続いて一瞬でも気を抜くと本当にやられそうだ。


 「……っ!」
 ルカの蹴りに気を取られている隙にミラからの影が伸び腕をからめとった。
 「もらった!」
 思うように身動きができずルカの技をよけるので精一杯の俺をよそに複数に伸びた影が俺の球を一つかすめ、割れた。


 「‥おお!」
 素直に感心。昔は俺に傷一つ、向かってくることすらできなかったのにな。それだけ、長くいたということか。

 ルカが喜んでいる隙に空いている手で魔法陣を出しルカの方に防御壁をつくる。そして光の矢でミラの影を切り裂き残っている球をわると二人が声をあげた。

 「うわぁあああああ!!!!?」
 「やられっぱなしじゃ俺も性に合わないからな!」
 ルカががっくりとうなだれミラは「あの時もっとこうしてけば‥」と反省会をしていた。

 「やっぱ龍司様は強いです‥まだまだ私達では全然歯が立たないです‥」
 「でも久しぶりにこうして手合わせができて楽しかったです」 
  
 どこか二人の顔はスッキリしている。

 「‥俺もだ」

 そういって二人の頭をなでると嬉しそうに笑った。



 ◇◇◇



 「そーれっ!」
 ぶんぶんと薙刀を振り回す千代さんに思うように近づけなかった。動きは龍司達ほど早くはないが長さがある分やっかいだ。


 「そういえば勇者ちゃんっ、はー!これに勝ったら皆に何をお願いするのー?」
 適当に振り回しているようでしっかりとあたしの球を狙っている。
 「‥、そこまであまり考えてはいなかった。千代さんこそっ!何かあるのか?」
 「あるわよー?」

 なんとも間延びした声で答える。


 「私はね、皆とお菓子作りがしたいわぁ」
 「――お菓子作り?」
 「そう」

 少しずつ剣で相手をしながらも話を聞いていく。

 「私、お料理するのは割と好きだけど、皆でやるのはもっと好き。だから皆でお菓子作りをしたいなぁ」

 そう話す千代さんはどこか嬉しそうで。

 「私はこの生活が大好き。ここの皆が大好き。もちろん、今では勇者ちゃんも大好きよ。だからそんな大好きな場所で大好きな人たちと大好きなことをやったら、それはきっと、本当に幸せなことじゃないかしら?」

 少し疲れたのか、薙刀を下ろす手が止まった。

 「そうやって、幸せな思い出を作っていきたいの」

 鈴が少し鳴った、気がした。


 「ああでも」

 さすがは鬼の血がはいっているというだけある。少し話しているだけでもう体力がかいふくしたようだ。

 「だからといって勇者ちゃんには手を抜いてほしくない、かも」

 先ほどとは思えない素早い動きで薙刀はあたしの喉数センチのところまできていた。
 ヒュ、と息が鳴る。さっきまでそんな動きは、してなかった、のに、


 「私ももっと勇者ちゃんの本気がみたいなぁ」
 覗き込むようにして笑う千代さんの顔は不覚にも綺麗だと思ってしまって、今が勝負の場でなければもう少しこのまま見てしまいたいと、同性のあたしでも思うほどに魅力的に映った。


 「‥前から思っていたけど、千代さんって、綺麗な顔してるんだね」
 「ふふ、ありがとう」
 薙刀が顔から離れていく。それまで時が止まったかのようにあたしの体は動かなかった。
 「私、皆みたいに魔法はうまく使えないけど、これなら少しは得意なの」
 「うん、いまので十分わかったよ」

 再び剣を構えて小さく魔法を唱える。自分の素早さをあげ、一気に千代さんのもとへ畳みかけた。


 「ハァッ!!!」
 鈍い音が響く。いや、押し返す力もなかなか強いのかよ―――!

 距離を取り、小さな魔方陣をいくつも作っては千代さんの球を狙ってはなっていく。どれか一つでも割ることができれば――、

 「これはちょっと骨が折れるわね」
 とめどなく出てくる攻撃に薙刀で跳ね返しているようだった。

 「――その隙があれば十分」
 「え?」


 パリン―――!


 魔法を避けるのに精いっぱいであたしが近づいてきたことに気づかなかったようだった。近づき剣で何とか球をかすめるといとも簡単に割れる。

 「やっぱりすごいわ、勇者ちゃん」
 純粋にあたしを尊敬するようなまなざし。いや、それよりも―――


 (体力を回復させないとまずい―!!)

 くるりと千代さんから背を向け、走り出す。

 千代さんをまくことができて尚且つ体力が回復できるところを探さなければ!!



それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.65 )
日時: 2020/11/16 01:06
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)

 この屋敷に住んでいる奴らはやはり一癖も二癖もあるような連中ばかりだ。
 

 そんな今更なことを頭に思い浮かべながら隠れられそうな部屋を探す。無駄にでかくて広いこの城も少しは役に立つようで、無我夢中で走っているうちにいつの間にか千代さんをまけたようだ。

 (今のうちに体力を温存して――)

 目に入った部屋に入り椅子に座って深呼吸をする。書斎のような部屋なのか様々な本があってみているだけで頭が痛くなりそうだ。部屋に入った時から一際目立つ大きな窓からは月が綺麗に浮かんでいて、近づくほどにその存在感が増していく。

 「きれー‥」
 思わず口から出た言葉は子どもっぽくて。分厚いが質の良いカーテンを少し開けるとさらに光が部屋の中に入っていった。

 「――勇者?」
 「ひょあっ!?」
 しまった、扉を閉めていなかった。後ろを振り返ると不思議そうな顔をした宮司の姿があった。そして、ふと視線を外される。いや、そんなことより―――、

 (まだ体力が回復していない……!)

 思わず数歩後ずさり。今戦ったら正直、勝てるかどうかなんて、
 
 「―――あら?誰かいるのかしら?」
 「!?」


 廊下から千代さんの声が反響して近づいてくるのがわかった。

 「ぐっ、宮司!!!」
 「え?」
 「まずいよ!!ちょ、ちょっとこっち!!」
 「え、ちょっと――!」
 意味が分からないという顔をしている宮司の手を勢いよく引っ張り分厚いカーテンの中に隠れる。お前がそこにポツンといたらこっちまで危ないんだってば!

 「勇、」
 「今見つかると逃げ道がないぞ!!ちょっとの間共闘だよ。共闘」
 「―――っ、」


 上でかすかに息をのむ音が聞こえた。あたしの作戦に納得してくれたみたいだ。

 「あれ?ここから声が聞こえたはずなんだけどなぁ‥」
 しばらくして千代さんが部屋に入ってきた気配がする。物音を立てないように、怪しまれないように、なるべく宮司にくっついてその場をやり過ごす。
 身動きが取れないこいつに口パクで「ごめんな、もう少しだから」と伝えたが伝わっただろうか。

 「んー?私の気のせいかしら‥」

 不思議そうな声をあげ千代さんがゆっくり扉を閉める音が聞こえた。

 「――――っはぁ!!よかった!!なんとかやりすごしたみたいだな!‥宮司?」
 千代さんは行ったはずだ。なのに何かがおかしい。

 「―――あなたは本当に‥っ、なに、を‥」
 「へ‥‥?」

 カーテンの中にいるためか顔ははっきりとは見えないが珍しく焦っている声が上から聞こえる。―――‥上?
 先ほどから聞こえる宮司の心臓の音。それが聞こえるまで近くにい、て‥


 「――――――っ!?!?!?!!?」

 
 カーテンにくるまれ、身を隠すとはいえ半ば強引に宮司に抱き着いているこの状況。まるで―――、


 「今まで無意識でやっていたのですか‥?」

 少し落ち着いたのか呆れた声が降りかかる。
 さっきから耳にずっと心臓の音がうるさく反響している。これは誰の音だ‥?


 「ごめっ、宮‥!」
 顔が熱い。息がまともにすえているのかすら怪しかった。
 「あっ、ちょっとこんなところで暴れないでくだ―――」

 一刻も早くこの場所からでたくて、外の空気を吸いたくて、この顔を見られるのが怖くてカーテンをやみくもに捲った。
 ―――それが悪かったらしい。揺れ動くカーテンの裾を足で踏みつけ、体が大きく傾く。

 それを見た宮司が思わず手を伸ばそうとして一緒に傾いたと気づくのはほぼ同時だった。


 倒れた拍子にお互いの最後の一つは壊れてしまった。

 「――――」
 「‥っ、」


 だが、今はそんなことどうでも良くて。


 背中には床、目の前には天井と宮司が見えるこの状況は一体何がどうなっているのか、理解が追い付かなかった。けれど、どういう状況になっているかわからないほど、子どもではない。



 「――‥ぐ、ぐうじ……ごめん‥」

 なぜか涙が出そうになって、こんな自分がたまらなく恥ずかしくなって、とにかくこの状況を打破できる何かがあれば、と宮司に助けを求めたが彼はあたしの両頬近くの床に手をついたまま動かなかった。

 「……そんな顔、」
 「え?」
 「っ、なんでもありません‥」
 何かを、言いかけた。それが何だったのかは良く聞こえなかった。――あぁ、だから心臓の音がうるさいったら。


 ゆっくりと宮司があたしの上からどき、そしてまたゆっくりと、数回深呼吸をしていた。

 「……すみません、勇者。びっくりさせてしまって」
 「いや、あたしの方こそすまなかった……嫌だっただろう。人間と、あんなに密着していたら」

 ばれないように、努めて明るい声を出す。そして自分で言った言葉に喉の奥がキュウ、と緩やかに締まる感覚がした。

 「いえ、そういうわけじゃ、」
 


 「―――――みぃつけた」


 バルコニーから登ってきたのだろう。かすかに空いていた窓から怪しい笑みをした龍司に見下げられていた。

 「っ、ひぃっ‥!?」
 思わず声を少しあげる。
 「よぉ、勇者に宮司。今宵は月が綺麗だなぁ」

 先ほど聞いたようなわざとらしいセリフをにやりと笑いながら話す。お前らそこは兄弟似なくてもいいだろう。

 「よかったら俺も混ぜてくれよ」
 珍しくうるさくない龍司だ。静かに話すその気迫にうっすら恐怖を感じる。

 「……てあれ?なんだ。二人とも、ボール全部割れちゃってんのかぁ」
 驚いたような顔をしてあたしたちを見る。

 「もう一回くらい勇者や宮司とやれると思ったのに‥となるとあと残ってんのは千代だけかぁ」
 ボールがないあたしたちに興味をなくしたのか、バルコニーから庭を見渡していた。

 「じゃあ俺は行くな!」
 ひらり、と龍司がバルコニーから出ていく。

 「……」
 「……」

 沈黙が流れる。まだ心臓の音がうるさい、気がする。

 「いっ、意外だったな。千代さんが最後まで残るとは思わなかった」

 また思い出すと泣いてしまいそうになるからつい明るい声でなんでもないというように話す。
 
 「あー‥あたしたちも庭の方に行ってみようよ。千代さんと龍司が最後どういう風に決着をつけるのか見たい」
 「勇者」
 「えっ、はい!」
 「先ほどは事故とはいえ、本当にすみませんでした」
 ばつが悪そうに軽く頭を下げて謝る宮司にまたなぜか胸が痛む。

 「‥なんで宮司が謝るのさ。悪いのは無理矢理ひっぱりこんだあたしだろ」
 「いえですが‥」
 「大丈夫!あたし気にしてないから!」
 嘘だ。さっきから脈が速くなっていってるのが分かる。顔が熱い。宮司の顔が上手くみれない。


 「……もう負けて気楽になったんだし、ゆっくり庭の方へいこうよ」
 「‥そうですね」


 この気持ちの正体が分からなくて、だけど知りたくて、知りたいと思うから、もう少しだけ宮司のそばにいて探ってやろうと思った。



それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.66 )
日時: 2020/11/17 01:01
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)




 「敗者待機場所はこちらになっておりま~す」
 庭の方に向かうとすでに球がなく暇を持て余していたであろうルカが誘導を行っていた。――といっても誘導されたのはあたしと宮司の二人だけだったが。

 「今どういう状況なんだ?」
 「見ての通りだよ。魔王殿が最後まで残っているのは想定内として今回の相手は千代嬢ときた」
 意外だと顔にでている穂積の目線の先を追うと確かに庭の真ん中で千代さんと龍司が球をめぐって戦っていた。


 「球の数は千代様の方が多いから一見優勢には見えるけど~相手は龍司様だもんね」
 「どうなるか最後までわからない‥」
 ルカとミラは前のめりになって二人の戦いを見守っているようだった。


 「なぁっ!‥俺、千代とできればあまり戦いたくっ、ないんだが‥!」
 「あら?私は久しぶりに龍司君とこうして一戦交えるのも案外おもしろいかなって思ったんだけど」
 「……っ、さすが!鬼の血を引いているだけある‥!ますます惚れそうだ!」
 「ふふ」
 突然千代さんが龍司の服を勢いよく引っ張る。

 「――もっと惚れてもいいのよ?龍司君」
 月明かりの下で怪しく笑う千代さんは今までみたこともない表情で。その姿にほんのりと妖艶さすら覚える。

 「――ああ、そうすることにする」
 にやっと笑った龍司の手から出された光が千代さんの球めがけて出された。反射でよけようとするが間に合わず、千代さんの球が一つ割れてしまった。


 「‥‥あら」
 「油断したな、千代」
 「んー‥そういうつもりはなかったけど、でも、そうね」
 普段のにこやかな笑みを浮かべているはずなのにどこか怖さが存在しているような気がするのは気のせいか。

 「ちゃんと勝つつもりでいなくちゃ悪いわよね」
 薙刀が龍司の足元をすくうようにかすめる。龍司がそれを避け、千代さんの球めがけてどんどん魔法を繰り出していた。

 「‥っ、」
 流石にすべてを薙刀で返すのはきついのか千代さんの顔に焦りの色が見え始めてくる。
 
 「降参したくなったらいつでも言っていいぞ!」
 龍司は少し余裕が出てきたのかそんな軽口をたたくようになってきていた。
 「結婚する前も、した後も、こうして二人でぶつかり合ったことなんてあまりなかったから。やっぱり新鮮」
 「あまり‥というか一度だってないような気がするが‥」
 「ふふ。昔私が龍司君に当たって一人で勝手に泣いて怒ったことはあったわね」
 「ああ、あったな。懐かしい」
 二人とも随分余裕があるのか、昔の事を思い出して懐かしむ。ちらりと見る龍司の目は愛おしそうに千代さんを見つめていた。だが球への攻撃する手はやめない。

 「私が焦ってつき放して離れて逃げて。それでもあなたが追いかけて掴んで信じて願って愛してくれたから、今の私がいるの」
 攻撃がやむ。ゆっくりと千代さんが近づいて。



 「ねぇ、龍司くん」


 近づいて、

 
 「――――好きよ。大好き。愛しているわ」
 「―――‥ッ!!!」


 龍司が、揺らいだ。

 そして――、





 「……えいっ」
 「――え?」

 一瞬なにが起きたのかわからなかった。




―――パリン



 「ふふ」
 笑う千代さん。‥の、持っている薙刀の先。すべて割られた球。そしてすべて割られたのは千代さんではない。
 「な、」
 すべてを理解した頃にはもう遅かった。
 「なぁああああああぁぁぁああ!?!?」
 「初めて龍司君に勝てた~」
 こんなに絶叫して驚いている龍司は見たことがない。対照的な千代さんは嬉しそうに両手を上げて喜んでいた。

 「ち、千代さんが‥このゲームの勝者‥?」
 口に出た言葉はいまいち現実味を帯びていなくて。
 

 「アッハッハッ!!!相変わらず魔王殿は千代嬢に弱い」
 沈黙を破るかのように愉快気に穂積が笑う。
 「相変わらず甘ったるい空間だ。砂糖をそのまま食べて蜂蜜で流し込んでいるかのようだ」
 宮司が呆れたようにため息をつく。
 「でも嫌いじゃないだろう?」
 「あの二人だから慣れたというものですよ。もう諦めています」
 
 となりで穂積と宮司が話しているとやがて龍司と千代さんも輪の中に入ってきた。

 「くっそーー!!!あとちょっとだったのに!!」
 「敗因は油断じゃないですか?」
 「千代の言葉は一言たりとも逃したくないんだ!」
 「本末転倒じゃないですか」
 「でもそのおかげで偶然にしろ、私は龍司君に勝てたんだからラッキーよね」
 
 そして一呼吸おいてから、「さて!」と改まった千代さんの声が響いた。
 「私が優勝したってことは私のお願いを皆聞いてくれるってことでいいのよね?」
 嬉しそうに、これから始まることが楽しみだと言わんばかりの目をしながら千代さんはにっこり笑った。

 
 「みんなでお菓子を作りましょう!」
 ああ、そうだ。千代さんはそれを望んでいたんだっけ。

 なんてことを他人事のように考えながらさっきの二人のやり取りを思い出して。

――『砂糖をそのまま食べて蜂蜜で流し込んでいるかのようだ』
 宮司がこぼした言葉がよぎりいつか自分もこんな砂糖のような日々を送るのかと考えて。考えたけれど想像もつかなくて。

 「――どうしました?勇者」
 「えっ!?いっ、いや!別になんでもない!!!」
 ふと宮司を無意識に見てしまったことに疑問を感じながら。



 そうして突然の思い付きで始まったゲームはこうして終わりを告げたのであった。



それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.67 )
日時: 2021/09/12 01:44
名前: 猫まんまステーキ (ID: aDg7zUCy)


 お菓子作り?




 勇者たるもの、これくらい当然作れるさ!!



 Episode18『物体クッキー』





 「さぁ、張り切って作るわよ~」
 「お、おー‥?」
 
 キッチンで張り切っている千代さんの声が響く。先日のゲームで見事勝利した千代さんの願い事。

―――『みんなでお菓子を作りましょう!』

 なんともまぁかわいらしい願い事だ。これが龍司や宮司、穂積になんてなったらどんな恐ろしい願い事が発令されていただろうか。そう考えたらお菓子作りなんて楽勝だ。むしろ少し楽しみになってきている自分がいる。

 「なぁお菓子作りっていったって何を作るんだ?俺凝ったものとか作れないぞ?」
 「んーそうねぇ。ここは王道にクッキーなんてどうかしら?」
 「クッキー!私大好きです!千代様!早速作りましょう!」
 ルカが身を乗り出した。なるほど、クッキーならあたしでも作れそうだ。

 「じゃあまずは材料をはかるところからいこうかしら。この本に書いてある物をこのはかりで量ってくれる?」
 「おっ!それくらいなら俺にもできそうだ!」
 「あたしも!」
 あたしと龍司が同時に手をあげる。これくらいならと嬉々としてはかりを手にした。

 「だいたいこんなもんだろ!」
 「ちょっと兄貴‥!?」
 「あっ入れすぎちゃった!‥けどまぁ誤差だよね」
 「勇者!?」
 なんだ隣で騒がしい。お前だって普段そこまで料理なんてしていなないだろう。
 「全くこれだから単細胞は!こういうものはきちんと目分量を量らないと‥!」
 「なんだ宮司はよぉ細かいんだよ」
 「そうだよ宮司。最終的にはおいしくなるってこういうのは」
 「あなたたちはまったく‥‥!」

 そのやりとりを千代さんはにこにこ見ていた。
 「ふふ、やっぱり楽しいわね」
 「クッキー一つ作るだけでここまで騒がしくなるなんて思ってもみませんでした」
 「みんなでやると絶対楽しいって思ったのよねぇ」
 外野では何とものんびりとした声が聞こえてくる。そして相変わらず宮司はうるさい。
 
 「‥なんとかここまで来ましたね」
 生地を寝かせて型抜きを行う頃にはなぜかくたくたになっている宮司がいた。
 
 「勇者ちゃん‥勇者ちゃんはこのクッキー、誰かにあげたりするの?」
 こそっと千代さんがあたしの近くまでやってきたかと思えば突然そんなことを言い出した。
 「ん?」
 「普通に作ってもおいしいと思うけど誰かのために作るクッキーはもっとおいしいわよぉ」
 「――‥誰か、が誰でもいいのならあたしがあたしのために作っても問題ないだろう?」
 「そうだけどっ!‥勇者ちゃんなら、町にたくさん知り合いがいるみたいだし‥カナメくん?だっけ?とかにあげたらどう?」
 「……」
 誰かのために、か。正直自分が食べるためにしか考えていなかったけれど。
 「そういうの、やっぱり素敵よねえ。あ、でもでも!もちろん勇者ちゃんがそうしたいっていうならそれでもいいけど」
 あたしに千代さんが求めるような恋愛沙汰がないのを察したのか気を使ってくれたのか。「それもありよねぇ」と言いながら龍司達の方へ向かった。

 「……」
 型抜きをみながら千代さんの言葉を頭の中で反芻する。
 「誰かのために‥かぁ」
 「――なにはともあれ、クッキーが無事にできそうでよかったですね。一時はどうなるかと思いましたよ」
 「うわぁぁああ!?なんだ宮司か!びっくりさせるなよ」
 「‥別に驚かせようとしたわけではないのですが……」
 突然隣で話し出した宮司に思わず体が跳ね上がってしまった。
 「急に隣で話さないでよびっくりするじゃん!」
 「そんな理不尽な」
 
 宮司は呆れた声を出す。いやいや本当にびっくりしたんだってば。

 「‥ねぇ、宮司はこのクッキー誰かにあげたりとか……するの?」
 「え?クッキーですか?」
 突然の質問に同じ単語を繰り返す。
 「そう。この作ったクッキー誰かにあげる予定とかってあるのかなーって」
 「いえ、そのような予定はありませんが……というか、質問の意図が分からないのですが‥」
 「‥いや、ないならいいんだ。なんでもない‥へへ」
 「不安しかないのですが何考えているんですか」
 「うわちょっと押さないでようまく型が抜けないじゃん」
 「そんなのでうまく型が抜けないのなら相当クッキーを作る才能がないと見受けられる」
 「はあ?もうお前はいちいち煽らないと気が済まないのか、よっ!」
 「うわっ‥ちょっと勇者」
 「お返しだよ」
 「もとはといえばあなたが訳の分からない質問をしてきたことが始まりじゃないですか」
 「だからって肘で小突くか!?」
 「あなたもだからって腰で押さないでください」
 「ふふ‥あははは!!」
 「まったくなんなんですか‥ふふ、」

 なんともまあ低レベルな争いだ。思わず二人で笑ってしまうほどには低レベルだ。
 
 「‥あ、中途半端に余ってしまったな……よっと、」
 「‥‥なんですか?この得体のしれない物体は」
 「型を抜くほど生地の面積がなかったからこねて作ってみた。熊だ!」
 「熊?俺には丸が三つ重なった物体にしか見えませんが」
 「絵心がや想像力を幼少期に置いてきたからそう見えないだけなんじゃないのか?」
 「‥言ってくれますね」
 「さあてクッキーを焼こうかなぁ」

 わざとらしく明るい声で天板を千代さんのもとへ持っていく。後は焼き上がるのを待つだけだった。



 ◇◇◇


 そして焼き上がったのはこちらとでも言わんばかりのクッキーが並び、香ばしいにおいが部屋一面を覆う。

 「それじゃあみんなで食べましょうか」
 待ってましたと言わんばかりに龍司やルカが手を伸ばす。

 「ん~~~おいしい!!自分で作ると格別においしく感じます!」
 「いくらでも食べられるな!」

 そしてあたしたちもクッキーを食べる。食べた瞬間口いっぱいに広がる香りと味。確かに病みつきになってしまいそうだ。いつも千代さんが作るクッキーもおいしいけれどこれもなかなか‥、

 「‥おや、これ勇者が作った物体クッキーではないですか?」
 「物体クッキーっていうな!熊だ熊!!」
 宮司がたまたま手に取ったクッキーは先ほどあれだけさんざん言われた熊のクッキーだった。

 「―――‥形は少しあれですけど味はおいしいですよ。勇者のあの不器用さにしてはいいんじゃないでしょうか」
 「だからお前は一言余計だ!!しかもみんなで作ったんだから味はどれも同じだろう!!ああもう!こうなったらお前が作ったクッキーも食べて酷評してやる!!」
 「ええどうぞ。俺はどこかの誰かさんと違ってきちんと目分量は量りますからね」
 「どういう意味だ!!」
 「そのままの意味ですよ」


 「お前らはクッキー食べるだけでも騒がしいなぁ」なんて常時うるさいどこぞの魔王に笑われたけれど。


 なぜか宮司があの熊のクッキーを食べてくれたことが嬉しくて、胸がじんわり温かくなって。

―――『誰かのために作るクッキーはもっとおいしいわよぉ』

 千代さんの言葉が一瞬頭に浮かんでは無理矢理消した。


 ああ、でも。

たまにはこういうのもいいかもしれないな。


Re: それでも彼らは「愛」を知る。 ( No.68 )
日時: 2021/01/10 00:06
名前: 猫まんまステーキ (ID: vk7qW9BI)

 

 遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。


 今年中にこの話が完結できたらいいなと思っていますがこの人たちがどう動いてくれるのか私にもまだわかりません‥(笑)引き続き頑張っていこうと思います。

 いつも見てくださる方、コメントをくださる方、ありがとうございます。こんなご時世ですがこれを読んで少しでも彼らと一緒に笑ってくれたら幸いです。
 これからもよろしくお願いします!

                     猫まんまステーキ


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。