ダーク・ファンタジー小説
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- ゆめたがい物語
- 日時: 2017/06/03 23:50
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136
お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。
と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。
二部開始
芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……
——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。
アドバイス、コメント等、大募集中です!
お客様(ありがたや、ありがたや^^
風猫さん
春風来朝さん
夕暮れ宿さん
沙由さん
梅雨前線さん
ヒントさん
彼岸さん
夢羊さん
- Re: ゆめたがい物語 ( No.52 )
- 日時: 2013/02/07 01:12
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: 1SUNyTaV)
- 参照: http://youtu.be/Rbsgz0ANUlU
「遅れてごめん」
少年はそう言うと、人ごみの中を大切そうに庇いながら持ってきたアイスクリームを、優しい微笑みとともに、ほたるに手渡した。
その様子を見ていた隆は、やはりこちらも嬉しそうに微笑む。そして、そんな表情のまま、機嫌の悪そうなえびらの手を引いて、何も言わずに人ごみの中へと消えていった。
「わ! ありがとう! これ、テニス部のアイスでしょ、すごく並んでて諦めちゃったんだよね、昨日」
受け取ると、ほたるは飛び跳ねんばかりに喜んで、満開の笑顔を咲かせた。屋台のシフトに入っているクラスメートが、徒党を組んで冷やかしの口笛を入れる。しかし、全く耳に入らない。それほどまでに嬉しかった。
だが、途中で気づく。三笠の手にはない。ただ、静かに微笑んでいるだけであった。
「東郷君のは?」
「俺は……ほら、人混みすごいから、もう食べたから、気にしないで食べろよ、溶けるぞ」
どうやら、案外嘘は苦手な人間らしい。茶色の目は困ったようにあちらこちらへと動き、畳み掛けるように早口になっていく。
ほたるはその様子を見て、少し呆れた風に苦笑いを浮かべた。国防軍エース、将来大将間違いなしと讃えられる天才少年も、こうして見れば可愛らしいものである。
「一口どうぞ、すごくおいしいよ」
そう言って、無邪気に微笑むほたる。三笠は一瞬、そんな友人の顔を見て、ハッと目を見開く。唇が少し動く。わずかに聞き取れた言葉に、ほたるはむっとして眉をひそめた。
「不要って、人の好意は受け取らないとダメよ」
「あ、いや、俺は、うん、もう食べたし——」
「——どうぞ!」
強引に、ほたるはアイスクリームを三笠の目の前に突き出した。こうなっては彼もどうしようもない。一口だけ、かぶりつく。見る見るうちに表情は年相応にほころんでいき、ほたるは満足そうに笑った。
「にしても、エプロンのたこの絵、本当に俺の絵なんかで良かったのか? ほかの連中、みんな可愛らしい感じのたこじゃないか」
アイスクリームを食べ終わり、駐車場の模擬店街を歩きながら、三笠はほたるのエプロンを横目でちらりと見た。
退院して学校に来るや否や、彼女に頼まれたのだ。エプロンの絵を描いてくれと。何せ、彼の美術の作品は他クラスにまで知られる程のすばらしいできである。ほたるが頼み込むのも無理はない。
だが、そこにあるのは、図鑑のようにリアルタッチなたこの絵。少し前に、イヴァンの弟、ボリスに気味悪がられたのと同じような絵柄である。その時のことを、まだ引きずる面もあったのだろう。三笠は困ったように頭をかいた。
「あのね、たこはこうじゃないと、たこじゃないの。たこ焼きを売るからには本物のたこを大切にしないとたこに失礼ってもんでしょ? たこ焼きは好きだけれど、本物のタコは嫌いなんで、可愛いキャラクターにしますなんて邪道よ」
力を込めてそう論じる、老舗たこ焼き屋の娘。そのこだわり様に、三笠は思わず声を上げて笑った。近くを通った彼のクラスメートは、何か恐ろしいものを見たかのように、そそくさとその場を離れていく。
「たこ焼き、誇りを持ってるんだな」
ふと、三笠はそんなことをつぶやいた。笑っている。何かまぶしいものを見るように、目を細めていた。
「だって、曲がりなりにも今売ってるのよ。そうじゃなきゃ、お客さんにも失礼でしょ?」
ほたるは、胸を張って言い切った。エプロンのたこの絵が、誇らしげに太陽の下で多くの腕を伸ばす。
一方で、三笠は、アスファルトの上の小石をつま先で蹴った。きれいに人混みを避け、地面に落ち、ころころと転がっていく。
「三笠君だって、働いてるんだからそう言う気持ち、分かると思うけど」
「どうだかな、人に銃口向けて、人を殺して、金もらってるわけだし」
目を、合わせようとしなかった。何歩か足早に歩いてほたるより前に立ち、青空へと顔を上げる。
ほたるには、その背中、太陽の影になった、黒い背中しか見えない。
「そんな、言い方しないでよ、そんな、キツネ面みたいな……」
その背を、追うことはしなかった。その場で立ち止まって、エプロンを両手でぎゅっと握りしめた。たこのイラストにはしわがより、伸ばす腕も勢いを失う。
三笠も、友人が歩みを止めたことに気づいて、その場で足を止めた。それでも、振り返らない。振り返らずに、相変わらず、空に目を向けたままであった。
「……キツネ面が嫌いか? 国防軍と、やってること大差ないぜ」
「嫌いよ、大嫌い。あんな、人の命を、何だと思ってるのよ。国防軍と一緒なんかじゃない。殺すことでしか、消すことでしか解決できないなんて、歴史の逆戻りじゃない。簡単に殺すだけ殺して……」
そこまで一気に言うと、ほたるは、息を深く吸って、そのまま大きく吐き出した。その後の表情は、優れない。うつむき、三笠の黒い影を見つめる。
すると、そのすっかり落とした肩に、大きな手が置かれた。顔を上げる。三笠が、目の前に立っていた。
「お前らしいや。良い医者になるよ、安倍は」
三笠はそう言うと、ほたるの手を取り、再び歩き始めた。周りから、特に双方の同級生からの視線が集まる。だが、気にならなかった。赤くなった顔は、だんだんと柔らかな光を湛え、ともに前へと歩いていく。
「……世の中みんな、安倍みたいなら良いのにな」
少年のつぶやきが、ほたるの茶髪の上に降ってくる。突然の言葉に戸惑い、少女は自分の手を引く国防軍人の横顔を見つめた。だが、太陽の光のせいで、あまりよく分からない。
三笠の茶色の瞳が、ほたるのほうを向いた。
しばらく見つめ合う。
だが、結局は何も言わずに、ただ微笑んだだけであった。
※URLは一周年記念+諸々の記念。
紫の残念な絵が、殺人的に出てくる残念なクオリティ。
何かいろいろおかしい。
夜のテンションって怖い。ご注意ください
- Re: ゆめたがい物語【一周年】 ( No.53 )
- 日時: 2013/03/03 17:22
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: YSxnKZLO)
三笠に手を引かれるがままに、ほたるは歩いていく。
駐車場を過ぎ、校内に入り、奥へ奥へと、どこかを目指して三笠は進んでいった。昼の日差しで、電気のついていない廊下は、そうと分からない程明るい。
一向に、どこを目指しているのか、連れの少女には分からなかった。模擬店を一緒にまわろうと誘ったのはほたるであったが、これでは完全に立場が逆転している。
保健室の前を通り過ぎた。ちらりと、自分より頭一つ分は大きい同い年の少年を、少女は上目遣いで見る。すると、それに気づいたのか、三笠は少し崩れた燕尾服を片手で直しながら、優しく目を細めた。
「植研で買いたいものがあるんだ。付き合わせて申し訳ないけど、万一、売り切れたら嫌だからな」
「へー、意外、三笠君、花が好きだったんだ?」
ほたるは、人の少ない廊下で、一人思わず目を丸くした。
植研、つまり、植物研究会。毎年花束や寄せ植え、さらに花にまつわるアクセサリーなどの小物を作って、売り上げをこの高校の中庭維持費に全額充てるという、伝統のある出店だ。なかなか可愛らしいものを売っていて、女子生徒には人気がある。そう、女子生徒には。
だが、少なくとも男子、特に国防軍エースの東郷三笠には、この上なく似合わない店であった。
「べ、別にそんなんじゃなくて、だな、うん」
「そういうことにしといてあげる」
そっぽを向いて、否定する三笠。やはり、意外と嘘は苦手な人間と見える。
ほたるはくすくすと笑って、そんな彼の横顔を見つめた。相変わらず、決まりが悪そうに、目を合わせようとはしなかった。
可愛らしい花の小物を売る出店、植物研究会。それは、二階の一番奥、突き当たりを右に曲がった生物室にある。女子が多い。男子生徒がいるとすれば、それは彼女に無理矢理連れてこられた哀れな学生達で、互いに目配せでその傷をなめ合っていた。
そんな生物室の、窓際。光がガラス越しに差し込み、並べられた黒い机を白く照らし出す。
その上には、花を模した髪飾りが、所狭しと並べられていた。色とりどり。それぞれが、太陽の下で輝いている。
「髪飾り、買うの?」
少し、少女の声には暗さが入っていた。三笠が使うはずのない、女物。何に使うのか。不意に、その髪飾りを手渡されて、嬉しそうにする見知らぬ少女の姿が、ほたるの視界をよぎる。
嫌だと、はっきりと、そう思った。思わず、エプロンをぎゅっと握った。
「ん、まあな」
ほたるの、そんな複雑な心には全く気づかず、三笠は彼女の手を離し、腰を曲げて、一心にアクセサリー選びをはじめる。その横顔は、まるで自分が何かもらうように輝いていて、さらにほたるは暗い気分になった。
誰にあげるのか。ほたるは聞きたかった。だが、唇が動くだけで、言葉にはならない。
「あった!」
三笠は、机の端のほうにある薄紅色の花が付いている髪ゴムを取ると、嬉しそうに笑顔を咲かせた。可愛らしいデザインで、ゴムの色は葉や額を表現したのか緑色だ。それを、もう一つ探して、二本。
入り口横の教壇が、この出店では会計になっている。三笠はそちらへと歩いていったが、ほたるはしばらく髪飾りを見つめていた。自分で買いたいわけではない。どれでも良いから、三笠が選んでくれたものが欲しかった。
「安倍、ちょっとこっち向いてくれ」
不意に、後ろから声をかけられた。それにつられて、ほたるは何も考えずに振り返る。
すると、不意に頭へと手を伸ばされた。髪の毛を通しても、その手の感触は伝わってくる。
「うん、やっぱりよく似合うな、髪飾り」
「え、あ……」
うれしそうに、ほたるの顔を見つめる。二人の茶色い瞳が交差し、思わずほたるは目をそらしてしまった。顔が、これ以上ない程真っ赤に染まる。
それでも、三笠は見つめ続けた。痛々しい程に、まっすぐな瞳。
「これ、私に……?」
信じられないと、そう思いながらも、嬉しさはこらえきれず、胸はどんどん高鳴っていく。
「芙蓉の花ね、すごくきれい」
「そうだろ、俺が、何よりも一番、一番好きな花だ。何よりも、何よりもな」
そう言った三笠の横顔は、今まで見たどんな表情よりも優しかった。
守銭奴三笠。その彼が、たまに見せるその優しい雰囲気。スーパーマーケットでの人質事件の時も、その後学校で言葉をかわした時も、三笠は暖かいのだ。
植物研の、満開に咲き誇る色とりどりの花が、わずかに開いた窓の風に乗って、部屋中に香りを運ぶ。それに包まれ、ほたるは顔を赤くしつつ微笑んだ。
「ありがとう、東郷君、すごくうれしい」
「ん、そうか、それなら良かった」
満足そうに頷くと、三笠はさっさと生物室の出入り口へと歩いていった。ほたるもその後を追う。
生物室を出たところで、憲兵隊の二人とすれ違った。こちらも、男である西郷隆がひっぱる形で入っていく。
隆の連れ、えびらはすれ違い様に、ほたるの手にある髪飾りに目を向けた。何となく、状況を察知したらしい。肩を叩き、「良かったね」と笑顔で言うと、上司の後を追いかけていった。
長い廊下を歩く。太陽の日差しが、辺りを白く照らしていた。
少女の手には大事そうに二本の髪ゴム。今の髪型ではこの髪飾りは使えない。イメチェンでもしてみようかと、そしてそれをいつ三笠に見せようかと、そんなことを考えながら。
- Re: ゆめたがい物語【一周年】 ( No.54 )
- 日時: 2013/04/09 00:26
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: bIwZIXjR)
窓から見える太陽が、すっかり赤く染まった時刻。
一年生の喫茶店は、徐々に店締めの準備に入っている。教室中を、せわしなく動き回る生徒達。慌ただしくなってきた。
その中で、白髪まじりの林教諭だけ、窓際の席に腰掛けて外を眺めていた。黒縁眼鏡が、夕日を受けて輝いている。
「わりに、元気そうで安心したよ、西郷。十二人の中じゃ、お前が一番心配だったんだ」
すっかり冷たくなった何杯目かのコーヒーをすすると、教諭は窓の外に目を向けてつぶやいた。
外を、一羽のカラスが過ぎていく。
「よっぽど、卒業から今まで良い出会いに恵まれたんだな、じゃなきゃ、人間あそこまで変わらない」
満足そうに微笑むと、教諭はふと影のある表情を浮かべた。カラスの声が遠くで聞こえる。
「……だが」
林教諭は、窓から中庭をのぞいた。一組の男女が、その中央の石碑へと歩いていく。
眼鏡を外す。こめかみに手を置いて、一度大きく息を吐いた。
「まだ吹っ切るまでには、至ってないな。クラスメートのことも、敦賀のことも」
最後のコーヒーを飲み干した。下のほうで砂糖が固まっていたらしい。ひどく甘ったるく、教諭はしわのある顔にさらにしわをつけた。
「せんせー、片付けるんで、座ってないで手伝ってくださいよ、結構大変なんですよ? 東郷君仕事で帰っちゃったし」
「ん? ああ、悪い悪い」
女子生徒の声に、林教諭は物思いから帰ってきた。顔のしわも何本か消えていく。
椅子から立ち上がると、教諭はもう一度窓を見た。目をつぶって、白髪まじりの頭を乱暴にかく。
そのまま、何も言わずに現在の教え子達のほうへと歩いていった。ちょうど、大切そうに竹の装飾が片付けられるところであった。
国立秋込高校。その、大して大きくない校舎がぐるりと囲んだ場所。そこが中庭だ。
年中色とりどりの花や木などが、小さなその場を飾り立てている。今は夏。木々は濃い色をし、腕いっぱいに葉を伸ばす。そして、何より満開の芙蓉が美しく咲き乱れていた。
春は春、夏は夏、秋は秋、また冬は冬なりに。
植物研究会が、この校舎に移転してからというもの、中庭を自分たちの力全てを持って、どこよりも美しくしようと努力した結果であった。
「僕の高校時代の親友が、さっき行った植物研究会の初代会長なんだ。あいつが卒業のとき、後輩に厳命したらしい。中庭を寂しい空間にするなって。その理由が“これ”だ」
西郷隆は、えびらにそう言いながら、中庭の中央にある石碑に目を向ける。人一人分程の高さ。夕日を受けて、長く影を伸ばしている。
そこには、先客がいた。石碑の前で花束を置いて、短い祈り、ムイ教の所作で手を合わせている。
人が来たのに気づくと、先客は立ち上がって振り返った。中年の男だ。見る見るうちに、顔は青ざめていく。
「憲兵隊の……」
「先日釈放されたムイ教徒か。中学校襲撃未遂、実行犯。刑務所で何度か会って話を聞いたな」
隆は頬のほくろを掻きながら、そんなことをつぶやいた。黒髪が、夕方の風の中で揺れる。
「別に、あなたを追ってたわけじゃないさ。この学校の卒業生なもんでね。だいたい、模範囚で、釈放されたと思ったらこんなところで花束置いてく奴、追いかけたってしょうがないよ」
「……卒業生」
男はそうつぶやくと、隆の前で膝をついて、土下座をした。何も言葉は発しない。ただ、地面に坊主頭をつけて、肩をふるわすだけである。
えびらは状況が分からず、何度も隆のほうへと目を動かした。だが、こちらも頬のほくろを掻くだけである。
「これでも、僕は大学時代ムイ教研究会に顔を出していてね、全部のムイ教徒が憎いわけじゃない。特に、法的に罪を償い、さらにムイ教徒が犯した事件被害者の慰霊をしてまわるような奴、憎むはずもない」
それを聞いても、男はしばらく土下座をしたままだった。
しばらくすると、立ち上がった。まっすぐと、黒い瞳は隆を貫き通し、深々と礼をした。そして、無言で走り去っていく。
隆はその後ろ姿を、複雑そうに腕組みをしながら見つめていた。
「えびらにも、話しとくかな。楽しい話ではないけど。そこの石碑読んでみて」
花に囲まれたその石碑。きれいに磨かれている。隆は石碑の上にある葉を片手で払った。
先ほど寄った植物研究会。隆はそこで買った花束を、石碑の前に置いた。ほかにもいくつか同じような花が供えられている。
えびらは黙ってその石碑に刻まれた文字を追った。短い文章と、二十人ちょっとの名前。一文字進むごとに、その目は大きく開かれる。口を両手で覆い、全部読み終わったところで、上司を見た。何も言わない。その横顔は、近寄るのを拒むようであった。
「この事件が起きたのは、僕が高校二年生の時だ」
しばらくの沈黙の後、隆は口を開いた。えびらのほうは向かない。あくまで淡々と進める。
「暑い日だった。授業中、学校がムイ教徒に占拠され、僕のクラスが、人質とされた。交渉は決裂。犯人達は銃を乱射し、四十人いたクラスメートのうち、生き残ったのは十二人だけだった」
生暖かい風が吹いた。植物達がざわめき出す。
えびらは、もう一度石碑に刻まれた名前を見た。つまり、これは隆の死んだクラスメート達ということになる。
「まだ、忘れられない。隣の席の、ちょっと好きだった子は顔に何発もの銃弾を受け、臆病者の僕とも仲良くしてくれた生徒会長は蜂の巣で、幼稚園からの幼なじみは連れ去られて……」
「隆さん……」
語る隆は、空を仰いだ。真っ赤な空。震え出す声は今にも破裂してしまいそうで、えびらは見ていられなかった。
だが、それでも彼は話を進める。
「担任が、すごくかっこ良くて、頭が良くて、優しくて、柔道や剣道も強かったんだけど、先生は大けがをしながらも生き残って、でも、責任を感じたのか、黙って僕らの前から姿を消した」
憎らしい程、赤い太陽は輝き続ける。
決して、隆は泣いたりはしなかった。その代わりに、強く拳を握りしめて、大きな肩をふるわせた。
これが、今までえびらの知らなかった、上司西郷隆の姿。ハチロウ事件のとき、金山隊員に言われた言葉がよみがえる。
——りゅうちゃんについては、もう少し我慢して、部下として支えてやってくれな。あいつの抱えてるもんが、荷が下りたら、それまでな。
その手を握ったり、ぴたりと寄り添ったり、その手のことをえびらはしなかった。ただ、傍にいることを選んだ。かける言葉は見つからない。それが精一杯だった。
石碑を見つめてしばらくすると、隆は突然頬のほくろを掻いたかと思うと、えびらのほうに顔を向けた。痛々しい程に、微笑んでいる。
「だから、さ、人質事件って、交渉ミスると、本当に取り返しがつかないんだよ。被害者側にとっても、それから、きっと、たぶん、犯人側にとっても」
優しい人なのだと、えびらは思った。どこまでも、優しい人なのだと。
夕日。その赤い日差しの中で、えびらは大きく頷いた。隆の言葉を肯定したように見えただろう。だが、それよりも、この人を好きで良かったと、そう思った瞬間であった。
「サポートしますよ、隆さん。隆さんの交渉を阻むものは、私が全部撃ち落としますから」
「怖いねえ、でも、ありがとう。君が引き金を引かなくてすむように頑張るよ」
えびらは、一度膝をついて、そっと手を合わせる。隣では、隆が同じように祈りを捧げていた。
草花に囲まれた、国立高校の中庭。
歴史を静かに語り、石碑は眠るように佇む。全てを風化させないように、記憶にとどめようと、静かに、だが時に雄弁に、その記録を伝える。
夕日に照らされた中庭では、金色の風の中、草木が煌めいていた。
- Re: ゆめたがい物語 ( No.55 )
- 日時: 2013/06/08 00:55
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: bIwZIXjR)
「いや、本当に申し訳ない、本来社会人の俺が学生に奢るものなのに」
油のはじける軽い音と、充満する肉の煙の中、そう言いながら両手を会わせて頭を下げたのは、黄緑色の髪をした外国人の青年。透き通るような肌は、立ち上る煙の熱でほんのり赤い。
国道沿いの、小さな焼肉屋。
その中には入りも入ったり四十人程。国立秋込高校一年B組、文化祭の打ち上げ、その真っ只中であった。
「いやいや、イヴァンさんのおかげで予想の倍近く売り上げ伸ばせましたし、このくらいなんてことないですよ」
模擬店の店長を務めていた少女が言うと、各机から拍手が起こる。まだ打ち上げが始まってから時間が経っていないのに、高校生達のテンションはやたらと高い。
ただ、それは若者に限った話ではなく、担任の林教諭も異常に上機嫌で、終始大声で笑っていた。
——夜道を、ひとりの少女が行く。
静かな住宅街。切れかかった街灯が、点いては消え、消えては点き。山から下りてきたのだろうか。ゴミ捨て場では一匹のキツネが、そんな電灯に金色の瞳を光らせて、一心にゴミをあさっていた。全ては生きるために。
「後片付けしてたら、すっかり遅くなっちゃった」
少女は大きな紙袋を片手に、ほう、と息を吐き出した。夜とはいえ、蒸し暑い。風がスカートを揺らし、住宅街の奥へと去っていった。
「イヴァンさんと東郷君って、やっぱり戦場とかで知り合ったんすか? 背中預けて戦う仲、みたいな?」
宴会開始からしばらく経つと、ひとりの男子生徒がそんなことをイヴァンに聞いた。口いっぱいに焼肉を頬張ってこそいるが、その瞳は好奇心で爛々と輝いている。
実は、クラスメートの大半が興味あったのだろう。肉を焼く手を緩めつつ、それぞれがイヴァンのほうに目を向けた。
「ん? いや、三笠とはあいつが国防軍に入る前からの仲でな。柔道の強化合宿でだ。戦場で芽生える厚い友情なんてないぞ。あったのは合宿所で互いがボコボコになるまでの殴り合いだけだ」
そう言いながら、イヴァンは己の拳を見つめた。ふいに、緩んだ表情になり、「我ながら年下相手に大人げなかった」と、どこか遠い目をする。
「その後は互いに互いの言葉を勉強して、とにかく相手を理解しようと必死になって、今では隠し事なしで向き合えるくらいまでになった」
イヴァンの話す三笠とのこと一つ一つを、クラスメート達は真剣な表情で、一言も聞き漏らすまいと聞いている。肉を焼く手は止まる。だんだんとこげた匂いが店内を包むが、誰も気にしなかった。
——笛の音が聞こえたのは、少女が公園の前を通り過ぎようとした時だった。
悲鳴が、聞こえた気がした。男の悲鳴。少女の足は途端に震え出す。その場から走って逃げ出してしまいたい。しかし、肝心の足が全く動かない。持っていた荷物は力なく地面に落ちるのみ。
金縛りにあったように、ただ暗い公園の先を見つめることしかできなかった。
その先から、砂を蹴り上げよろめき這々の体で男が飛び出してきたのは、すぐ後の事であった。
青白い街灯が、点滅しながらその顔を照らす。ほたるを見ると、一瞬だけためらうような表情を浮かべたものの、すぐにそれは消え去り、顔を歪ませてそのまま走ってきた。
「こんなところで、死んでたまるか、まだ……!」
電灯の下で、何かがきらりと光る。いつ出したのか。男の手には、果物ナイフが握られていた。
ほたるは知らない。だが、その男はまぎれもなく、今日の文化祭で慰霊碑の前でひざまずいていた、あのムイ教徒であった。
「ひ、あ、や……」
迫り来る男を、ほたるはただ震えながら見る事しかできない。
フラッシュバック。いつかの光景と重なる。あの時は、助けてくれた。隣のクラスの、本当は優しい守銭奴国防軍人が。
キツネの鳴き声が、空高く、月まで鳴り響く。
その瞬間、ほたるの身体がふわりと浮いた。何かが、男と少女の間に滑り込んで、彼女を突き飛ばしたのだ。
割り込んだ何かは、片手でほたるの身体を支えると、そのまま男へと向かっていく。
見ると、その割り込んだ何かは白い狩人姿に、長い一本結びの黒髪をしていた。
「キツネ面……」
ほたるは震える足で何とか地面に立ちながら、ぽつりとつぶやいた。
自分を助けたそれ。医者を目指す彼女が、誰よりも何よりも嫌っている犯罪者であった。
果物ナイフを持った男が、とうとうキツネ面に蹴り飛ばされて公園の柵に激突する。鉄製のパイプが折れ曲がる程の衝撃。男はたてずに、じわじわと迫って来るキツネの面をした暗殺者を見つめた。
「まだ、償いは終わってないんだ、こ、こんなところで……」
「じゃあ、なぜ彼女を襲った?」
男の言葉に、キツネ面はやっと言葉を発した。面にこもって聞き取りづらいその声。
だが、これ以上ない程冷ややかであった。
「安倍かずらをおびき寄せるためさ」
それは、最期の抵抗であった。
ほたるに聞こえない程の声でつぶやくと、男の口から何かが発射される。つばだ。同時に、キツネ面の刀が男の胸を貫いた。
それでも。死してなお、つばは飛んでいく。まっすぐに。
しかし、キツネ面に向かっていくと思うと、突然方向を変えた。その先には、呆然と立っている安倍ほたる。
その瞬間、キツネ面は目にも留まらぬ速さで少女の前に移動していた。そして、鋭利な刃物と化したつばを手のひらで止める。その手に傷は一つもついていなかった。
だが一つ、キツネ面は、既にキツネ面ではなかった。
面は、既に絶命している男の前に落ちている。
月明かりと街灯の下。後ろ姿だけ、ほたるの目の前に広がる。
長かったはずの黒髪一本結びは、すっかり短くなっていた。どこかで、しかも確実に知っているその髪型。
狩人姿もいつの間にか消えている。その姿。茶色のブレザー。それはまぎれもなく。国立秋込高校の男子制服。
「どうして……」
何も言わずに去っていこうとするキツネ面に、ほたるは後ろから震える声で問いかけた。
法でさばかれ、償いをするはずの犯罪者、元犯罪者をターゲットとする暗殺者キツネ面。法を冒涜し、歴史の進歩を亡き者にし、人の命を何とも思わない人殺し。
もう、それが誰かは明らかだった。
「東郷君!」
振り返ったキツネ面、いや、東郷三笠は、ただ無表情を貫き、そして夜の闇へと消えていった。
- Re: ゆめたがい物語 ( No.56 )
- 日時: 2013/07/06 11:46
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: bIwZIXjR)
第十章 夢の後と傷の痕
月曜日。しかも、九月の一日。
週が始まり、それぞれが休日の余韻を引きずりながら、重い足取りで通勤、通学の足を進める。
だが、文化祭明けの国立秋込高校は振替休日で、その日は休みであった。昨日までにぎやかだった校門付近は、数十分に一度だけ、人があくびまじりに通っていく。主に、夏休みも明けて受験へと向かっていく、赤いネクタイやリボン、三年生であるが。
その中に一人。緑のリボンの一年生女子の姿。茶髪は上の方でまとめて、うなじからは暑い日差しの中で汗が光る。
九月の初旬はまだ暑い。着々と体力を奪う。炎天下の中で、少女の表情は優れない。
溜息が一つ漏れる。雲一つない青空へと飛んでいった。
三階の図書室に本を返すと、少女は近くの窓から青空を眺めた。鳥が一羽、遠くを飛んでいく。
暑いのは分かっている。だが、ふいに、外に出たくなった。それもできる限り空と近いところ。
屋上への、薄暗い階段を上る足取りは重い。一歩進めるごとに、昨晩の事件が頭を引っ掻き回す。
「夢じゃ、ないんだよね」
その時感じた恐怖など、もはやどうでも良かった。ただただ、仲の良かったとなりのクラスの国防軍人の顔が浮かんでは、キツネの面をして消えていく。
屋上への重たい金属製のドアを開けた。薄暗かった階段に、まぶしい程の光が差し込む。
その先。フェンスに寄りかかっている先客がいた。前髪をパッツンと切った、緑色のネクタイの学生。
東郷三笠であった。
「……あ」
という、声とも言えない声が、少女の口から漏れただけであった。フェンスの三笠は、こちらを黙って見つめるのみ。表情は逆光とまぶしさの関係で、よく分からなかった。
遮るものがない屋上を、強く熱い風が吹き抜けていく。
ほたるは、足を一歩進めた。本当はくるりと方向転換して階段を駆け下りたかったが、ここで逃げては行けないのだと、それは確かに感じていたのだ。
「東郷君」
歩みを進めながら、ほたるは口を開いた。風でまとめた髪は舞い上がり、日差しが強い決意を秘めた瞳を照らす。
三笠は、そんな少女を無表情で見つめていた。
「キツネ面なんてすぐにやめて」
「断る」
即答だった。自分より背の低い少女。その彼女を、ある種見下ろしながらの口調であった。
「自分がしている事が分かってるの!? 正義でも、まして英雄でもない、ただの人殺しよ!」
叫んだ。開けっ放しだった屋上への鉄扉が、大きな音を立てて閉まった。
三笠は表情を変えない。胸ぐらを掴んでこんばかりの少女を、ただ見つめるのみである。
ふと、表情が変わった。歯ぎしりが聞こえ、今度こそ本当に、はっきりと、ほたるを見下した目つきで見た。
それは全てを拒むように冷たく、だが、烈火の如く熱かった。
「お前に、何が分かるってんだ」
瞬きをする間に、三笠の姿は消えていた。いつの間にか、閉じていたはずの鉄扉が開いている。
ほたるはそのまま屋上のコンクリートの上にへたり込んだ。
空が青い。
コンクリートには黒い染みがいくつもいくつもできていく。
少女の嗚咽だけが、鉄扉の向こうにも響いていた。
夕日が差し込む。海はオレンジに輝き、カモメが群れをなして飛んでいく。
海岸病院。その白く大きな建物は、窓ガラスを輝かせ、ほのかに赤く染まっていた。
その、七階である。
一番奥の、忘れられたかのような病室。ネームプレートに記載はなく、真っ白のまま。
だが、その中には入院患者が一人。機械につながれ、顔も見えず、生きているか、死んでいるかも分からない一人の少女。
夕日が少女の布団を暖かく染める。そのベッドのすぐ横。一人の、学生服姿の少年が、膝をついて少女の手を握っていた。
「やっぱ。昔お前にも言われたけど、俺友達作るのヘタだな、仲良くなっても、すぐに嫌われちまう」
語りかける少年の落ち込んだ声に、患者が答える事はない。彼女はここ何年もの間、目を全く覚ましていないのだ。
やせ細った白い手を、少年——東郷三笠は自身の頬に押し付けた。かすかな鼓動と、暖かさがある。それだけが、生きている事を実感させてくれるのだ。
夕日の中、小さな白い手を、一筋の雫が伝う。三笠は、さらにその手を強く握った。
「芙蓉……お兄ちゃん、頑張るからな」
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