ダーク・ファンタジー小説

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ゆめたがい物語 
日時: 2017/06/03 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
 社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
 物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。

と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 二部開始
 芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……

 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。


 
 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん
 沙由さん
 梅雨前線さん
 ヒントさん
 彼岸さん
 夢羊さん

Re: ゆめたがい物語 ( No.47 )
日時: 2012/12/26 00:42
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

 もういい、という言葉も、やはりかすれていた。どこか遠くから聞こえてくるような、およそ実態というもののない声。
 隆ははっとした表情で、ペンを強く握りしめた。手が震え、消えていた汗も、再び噴き出してくる。それでも、クーラーの風は容赦なく体を冷やしてきた。
 遠くから、織田副本部長が鋭い視線で、将来有望な部下を見つめる。
 青年は、震える唇を開き、そして顔色とは裏腹な、落ち着いた声色で言葉を紡いだ。

「ここまでのことを、あいつのために、ここまでのことをしたあなただ」

 隆はそこまで言うと、一度大きく息を吸った。ついに、最終局面を迎えた取引。
 交渉とは話し合いであり、そして想いを叶える場である。
 交渉係は、そうして、万感の思いをもって、願いを口に出した。

「命を絶つなんてするなよ」

 隆の、胸から絞り出したような、そんな、どこまでもまっすぐな要求。
 それは、会議室中に響き渡り、織田副本部長や木島隊員のほか、なかなかそりの合わなかった現場捜査官達の心をも打った。若い責任者を見る目が、明らかに変わったのだ。
 その願いは、立てこもり犯にまで届いていた。スピーカーからは、しゃくり上げつつも、明るい笑い声が響く。

「あんた、本当に良い憲兵だな……じゃあ、こちらからの最後の要求だ、拘置所でも刑務所でも、あの子に会わせてくれ」
「約束する。近いうちに必ず連れて行こう」
「交渉成立だ、外で待っていてくれ、西郷さん。捕まるなら、あんたが良い」

 それだけを言うと、男は一方的に回線を切ってしまった。会議室では、ピーという機械音だけが、しばらく響き渡る。
 それもつかの間、現場捜査官達が一斉に歓声を上げた。人質も無事、犯人も無傷。血を流さずに、事件を終わらせることができたのだ。
 隆達とは反目していたとはいえ、彼らも憲兵隊員である。市民を守り、そしてできることなら犯人も守り、更生させたい。刑事政策の基本であるが、それ以前の問題として、憲兵隊員の矜持が、それを望んでいたのだ。
 そんな、沸き上がる会議室内。一番の功労者である西郷隆は、現場捜査官達から声を次々とかけられ、賞賛されるが、適当に受け流してドアの方へと急いでいく。
 まだ、終わっていないのだ。立てこもり犯からの願い。それを叶えてこそ、全てが終わるのだから。
 動きの悪いエレベーターの前を通り過ぎ、その横の薄暗い階段で滑り落ちるように下っていく。その手には、リレーのバトンのように手錠を握っていた。
 少し息が上がり始めた頃、階段の下、全開のドアから灯りが見えた。隆はそこを目指して何段も上から飛び降りる。そして、片足で着地し、光の中へと飛び込んだ。
 それは、ビルの外へと続くドアであった。道路の反対側、その何軒か向こうに、件のハチロウ社がある。普段なら車通りの多い道路を、隆は全速力で走ってわたり、野次馬、マスコミを押し分けて、ハチロウ社の前に立った。

「ずいぶんと、若かったんだな、西郷さん。てっきり四十代はかたいと」

 隆が会社の正面に立つと、待っていたかのように、中から一人の男が出てきた。くたびれたスーツ姿に、無精髭をはやしている。かの立てこもり犯、平田だろう。白髪だらけで、しわの多い顔だが、その表情は晴れ晴れと、何かを吹っ切れたようであった。

「これでもまだ二十五でね」

 そう言いながら、隆はバトンの受け渡しのような手際の良さで、平田の手に手錠をかける。また彼も、両手を差し出して、素直に応じていた。
 その後も二人は何事か言葉をかわしたが、さすがに時間というものはあり、平田は護送係の憲兵隊員に連れて行かれる。
 その別れ際、そこで、平田は太陽の光の中、隆に微笑みかけた。

「あんた、本当に良い奴だな。あんたと話せて良かった。ありがとうな、西郷さん」

 連行されていく立てこもり犯。その言葉を聞き、隆の表情にも、明るい日差しが照りつける。その中で、額の汗を拭いながら、若い憲兵隊員は口を開くことなく微笑んでいた。
 パトカーが、マスコミのフラッシュの中、ゆっくりと去っていく。いつまでも見つめ続ける隆。その隣には、いつの間にか木島隊員、金山隊員、その他本部の仲間、そして、後から到着した上司、織田副本部長が、同じように目を細めて立っていた。

Re: ゆめたがい物語 ( No.48 )
日時: 2013/01/01 23:45
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

「ご苦労だったな、りゅう坊」

 まずねぎらいの言葉をかけ、若い責任者の方に手を乗せたのは、織田やじり、憲兵隊においてナンバーツーの地位、副本部長についている上司だった。
 この暑い中でも、きっちりとしたスーツに帽子は妥協しない。だが、そんな細かく頑固そうなのも格好だけであり、帽子の下から見える目は、優しげに娘よりいくらか上の部下を見つめていた。

「運が良かったですね、僕が、ハチロウ事件について調べていたから、上手く事が運んだだけです」

 あくまで謙虚にそう言う隆。しかし、上司にほめられたのは純粋に嬉しかったらしく、照れ隠しか、しきりに頬のほくろを掻いていた。

「りゅうちゃん、そう言う時は素直に喜べよ。笑顔笑顔、ほら」

 そうちゃかしたのは、えびらと一緒に狙撃準備をしていた、金髪ピアスの金山隊員。真夏の太陽のもと、汗で髪を光らせながら、ファッションモデルさながらの輝くまぶしい笑顔を浮かべて、後輩の責任者の肩を叩いた。何かあったら、すぐ引き金を引かなくてはならなかった隊員である。その喜びは、ほかの役割では決して感じられないものがあるのだろう。
 一方で、金山隊員の底なしの明るさについていけず、隆はごまかすかのように苦笑いを浮かべていた。だんだんと、野次馬の数は少なくなっていき、あたりの騒がしさも少しずつ薄れていく。
 満面の笑みで、なおも笑顔を要求する金山隊員。若い責任者は困ったようにビルを見上げ、ほかの憲兵隊員に目配せをした。

「ま、あれだ、隆坊、週末、これで文化祭に行けるじゃないか。良かったな」

 親切に助け舟を出したのは、右まぶたから頬にかけて切り傷のある強面、木島隊員だった。笑顔である。その笑顔のまま、金山隊員のすねを蹴っていたのを全員が見ていたが、誰も何も言わなかった。

「そうですね。皆さん、今日は様々な協力、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げる隆。こういう、細かい気遣いを忘れない。織田やじり副本部長が名目上のトップを務めるこの班は、決してエリート集団ではなく、それぞれが様々な経歴を背負って活動している。いわゆるエリートである西郷隆がリーダー的地位を務めるには、能力はもちろんのこと、このような心遣いの面も必要なのだ。

「あー、お礼ついでに、りゅうちゃん」

 すねを蹴られて、患部をさすっていた金山隊員が、痛みをこらえて絞り出したような声を出した。先ほどのこともあり、隆の表情はこわばる。

「何ですか? キンさん」
「あのさー、日曜日にえびら嬢ちゃんと約束があったんだけど、急用が入っていけなくなっちまったから、どっか連れてってやってくんない?」

 軽い口調で言い終わるや否や、金山隊員の無事だった方のすねに、織田副本部長からもう一発蹴りが入った。さらに、その背中には鉄拳が追加で加えられる。一人娘を愛するお父さん。約束を違えるような男を、許すはずがなかった。
 だが、横でその様子を見ていたえびらは、当事者であるにも関わらず、ただ目を丸くしていた。実のところ、そんな約束、した覚えがないのだ。
 困惑して金山隊員に目を向けるえびら。金髪ピアスの隊員は、織田副本部長に見られないように、一瞬の隙をついて部下に微笑みかけ、そしてとどめの鉄拳を脇腹にくらい、その場でうずくまってしまった。倒れ行く横顔は、誇らしげであったという。

「といっても、僕も文化祭に行くだけだからな。たいしたことできないけど……キジさん、動物園と温泉行くならそっちの方が楽しくないか?」

 隆の言葉に、金山隊員の“骸”がピクリと動く。だが、そこから起き上がることはできない。
 一歩踏み出す勇気。状況をだいたい理解している木島隊員は、顔を赤くして何も言えずにいるえびらを、心配そうに見つめた。助け舟を出すのは容易いが、ここは彼女自身が動かなくては意味がないのだ。
 そのことは、えびらもよく分かっている。金山隊員が、身を挺して作ってくれた機会だ。天に伸びるビルを見上げ、その先にある太陽は、勇気づけるように光を与えてくれる。
 えびらは、一歩前に踏み出した。

「文化祭、行きたいです!」

 耳まで赤く染めて、やっとのことで言ったその言葉。隆は微笑み、木島隊員は一歩踏み出した娘を見るように、強面に涙を潤ませて、何度も頷いた。転がっている“屍”も、何とか小さく親指を立てる。
 だが、それは織田副本部長によって、厄介ごとが片付いてほっとしている、という風に受け取られ、再び三度程蹴りを入れられてしまったが。

「ん、じゃ、日曜日に秋込高校正門十時な。楽しみにしてるよ、えびら」
「は、はい! 私も」

 先ほどまで、殺伐としていた事件現場で咲く笑顔の花。その美しくも暖かい香りに囲まれ、ハチロウ社立てこもり事件は終焉を迎える。
 憲兵隊の誰も、気づいてはいまい。その花を見下ろす影が一つ。キツネの面が、煌めく太陽の下で、わずかに見えたかと思うと、次の瞬間には、もう誰もいなかった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.49 )
日時: 2013/01/06 00:53
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)

 第九章 花の見る夢と夏の夢

 国立秋込高校。
 元は国のエリート養成機関として設置された、全国的にも上位に位置する進学校である。
 六年前、高校名を変えて、遠くの山間部から海の区に移転してきた。移るきっかけについては、古参の教師の記憶か、中庭の大きな石盤が静かに語っているだけである。
 夏休み最後の日曜日。
 真夏の容赦ない日差しの中、学生のみならず、老若男女、様々な人が軽い足取りでその名門高校の校門を潜っていく。中には時計を見ながら立っている人もいて、普通の登校日でないのは一目瞭然だ。
 そんな、レンガ造りの門の前には大きな木の看板。色とりどりに装飾されたその中央には、やはり大きな黒文字が。
 ——秋込高校文化祭、と。

「悪ぃ、待ったか? えびら」

 この暑い中、一人の青年が点滅する信号を気にしながら、レンガ造りの門へと走ってきた。服装は仕事帰りに来たかのような、きっちりした長袖の白いワイシャツに黒い長ズボン。暑そうだ。
 しかし、そんな中で息は全く上がっていない。顔も汗こそ浮かぶが涼しげであり、明るい茶色の目もしっかり前をとらえている。
 その視線の先には、黒いポニーテールをした、まだ二十代に達しないであろう少女。青年とは違い、薄手のカーディガンをブラウスの上に羽織り、控えめな花柄のミニスカートを風に揺らすという、休日らしく軽めの服装をしている。
 時計を見るのをやめて青年を見ると、えびらは嬉しそうに目を細めた。

「さっき来たばかりです。おはようございます、りゅうさん。今日はお誘いありがとうございました」

 少女は青年に軽く頭を下げると、鞄からハンカチを取り出した。

「どうぞ。せっかく母校に帰ってきたのに汗塗れでは示しがつかないでしょうから」
「手厳しい事言うなぁ、さすが織田副本部長の愛娘」

 青年——大和国の警察機構、憲兵隊の西郷隆は、汗を拭きながら上司の娘を見た。苦笑い。だが、気まずげ、というより、その表情からは、いくらか年下の部下に対する親しみがにじみ出ている。

「母校、といっても移転したから、全くの別もんだよ。名前も、違うしな」

 校門を過ぎると、隆はまだきれいな校舎を目に映し、ため息まじりにつぶやいた。窓には色とりどりの装飾がなされ、太陽の光を受けて輝く。体育館へと続く渡り廊下も、泥で汚れる事なく掃除が行き届いていた。

「何で、名前まで変えて、移転したんですか?」

 部下の少女、えびらの問いに、隆が答える事はなかった。ただ、渡り廊下の向こうに見える中庭だけが目に入る。明るい茶色の瞳が、一瞬陰った。
 それも、ほんのつかの間だった。隆は渡り廊下から目をそらすと、自分より頭一つ分小さいえびらに笑いかけた。

「のど、乾いたろ? 高三の時の恩師が持ってるクラスが喫茶店やってるんだ。ちょっと挨拶したいし早速いこう」

 早口気味にそう言うと、隆は一人でさっさと歩いていってしまった。するりと、人混みの中にまぎれていく。えびらも遅れないように、人にぶつかりながらも、小走りで追いかけた。
 進んでいくうちに、模擬店についての噂が、次々と勝手に耳へと入ってきた。お化け屋敷で水をかけられた、たこ焼きが異常においしい、喫茶店にイケメン外国人のウェイターがいる、などほとんどが他愛のないものだ。しかし、学園祭というものが初めてのえびらにとっては、一つ一つが新鮮であった。
 人ごみの中で何度かはぐれそうになりながら、何とか三階までたどり着くと、隆は階段近くの教室の前で立ち止まった。

「……たしか、お前、シベル軍の軍医殿だったよな? こんなとこで何してるんだ?」

 だいたい、どの模擬店でも、看板の前で客引きをしている。別に珍しい光景ではない。
 だが、この店の前では、何故か背の高い整った顔たちの外国人が、にこやかに宣伝をしていた。
 隆は知っている。何度か、憲兵隊の任務で世話になった事があるのだ。目の前にいるウェイター、シベル軍戦闘兵科付き軍医、イヴァン=ボルフスキー大尉に。

「憲兵隊のリューか、久しぶり! うん、三笠に頼まれてさ、手伝いしてんだ。ま、俺も学園祭の空気を味わってみたかったし、いいかなってな」

 イヴァンは赤い髪留めを日差しで光らせ、切れ長の碧眼を細めると、不自然さのないきれいな大和語で、知り合いの憲兵隊員にことばを返した。周りにいる女子高生から、何やら黄色い歓声が上がる。

「ん? このクラス東郷少尉がいるのか? この学校ってのは知ってたけど、そっか、このクラスか!」

 隆は、何故か目を輝かせて食いついてきた。あまりの明るさに、頬のほくろまで光を放っているようだった。
 一方で、今まで黙っていたえびらは、明らかに嫌そうな顔をする。先ほどまで良家のお嬢さん然としていた控えめな表情は、見る見るうちに鋭いものへと変わっていき、おまけにはっきりと聞こえる舌打ちまでした。
 その対照的な反応を見て、イヴァンは苦笑いを浮かべる。

「憲兵隊と国防軍の仲の悪さ、どうにかならないのか? 何というか、よそ者が口出しする事じゃないけど、大損してるぞ。連携すりゃできる事も増えんのに」
「僕を含めて織田副本部長一派は、基本的に、歩み寄ろうとしてるよ。ただ、どうもうちの一派は本部長一派と比べて力が弱いしなぁ」

 隆は、苦笑いに対して苦笑いで返した。そうするしかなかったのだ。
 憲兵隊。大和国における警察機構を司る組織。治安維持が主たる目的で、防衛任務の国防軍とは本来別物であった。
 だが、チカラを持った犯罪者が増えるにつれ、その対策に国防軍もかり出されるようになってきた。装備、実戦能力、どれをとっても国防軍の方が高い水準なのだ。
 憲兵隊としては自分たちの仕事が奪われた形になり、当然面白くない。
 かくして、現在まで続く国防軍と憲兵隊の対立が始まったのだった。

「イヴァン、話してばっかいないで客つれてこい」

 冷めた声。いつの間にやら、イヴァンの後ろには燕尾服の男子高校生が仁王立ちしていた。無感情な茶色の目に、眉の上でパッツリと切られた前髪。国防軍少尉、東郷三笠その人だ。

「お、東郷少尉、久しぶり、入院したってことだったけど元気そうで何よりだ」

 三笠を見るなり、隆は満面の笑みを浮かべた。ついでにイヴァンにも笑いかける。元気そうでいる理由は、考えるまでもなく明らかだったのだ。
 その横では、眉間にしわを寄せて、今にも口を開いて突っかかりそうなえびら。彼女の国防軍嫌い、特に“守銭奴三笠”嫌いは有名であった。さすがに、今は尊敬する上司が嬉しそうにしているため必死で抑えているが。

「いやー、実は見舞い何回か行ったんだけど、ことごとくお前いなくてさ」
「はあ」

 頬のほくろをかく隆に、少年は気の抜けた返事をした。実は、彼が来るたびに病院中を逃げ回っていたのは秘密である。高校の後輩にあたる三笠に対して、隆はひどく過保護であり、鬱陶しく感じる事が多いのだ。

「西郷さん、入るなら入ってください」

 流石の三笠も、面倒くさい相手だが、それでもこのエリート憲兵隊員の前では、ある程度敬意を払う。能力の高さは認めているのだ。まあ、それでも少しぶっきらぼうな感じではあったが。

「入るよ、入る。可愛い後輩の店だからな」

 満面の笑みで、喫茶店と化した教室の中へと入っていく隆。
 見ると、喫茶店の中はなかなか不思議な造りになっていた。ログハウス風の壁や机の飾り付け、フォーマルな燕尾服姿や真面目で質素なメイド服姿の学生たちが忙しそうに歩き回る。そんな中で、なぜか、店の中央には大きな竹の装飾品が、まるでご神体とでも言わんばかりに、堂々と崇め奉られていた。

Re: ゆめたがい物語 ( No.50 )
日時: 2013/01/14 00:55
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

「僕も、高三のとき喫茶店やったっけ、懐かしい。何故か林先生のクラス、文化祭は喫茶店。やっぱ伝統だな、七年間経っても変わんないや……あ、僕たちの作った竹、まだあるんだ」

 三笠に席へと案内されながら、隆はきょろきょろとあたりを見渡しながら、笑ってつぶやいた。
 自分のテーブルの前に来たところで、隆の視界に隣の席が飛び込んできた。目が大きく見開く。思わず「あ!」と大きな声を上げた。窓からの日差しと相成って、その表情はパアッと輝く。
 そこには、眼鏡をかけた五十代前半頃と思われる一人の男。

「林先生、お久しぶりです! 西郷隆です、覚えてますか?」
「西郷か! もちろん、東大次席で卒業した優秀な教え子を、忘れるわけがないだろう。院には行かなかったらしいな。今どうしてる?」
「憲兵隊の交渉係に所属しています」

 男性教師にとっても、思いも寄らない教え子との再会だったらしい。ハリボテ満載の机を無理に動かして、隆たちの机とくっつける。それから、食べていたクッキーの皿を二人の前に置き、ゆっくりと教え子、そしてえびらに目を向ける。

「憲兵隊か。あのおとなしくて、内気で、恥ずかしがり屋だった西郷がなぁ。女子ともろくに話せなかったのに、今じゃこんなにかわいらしい彼女もいて……」

 感激のあまり目を潤ませながら、しみじみと、そんなことを口にする白髪まじりの林教諭。
 その言葉に、クッキーに手を伸ばしていたえびらはその動きを止め、ぎょっとして教諭を見た。先ほどの三笠関係を引きずって多少鋭かった顔は、見る見るうちに年相応の少女らしく赤く染まっていく。

「違いますよ、先生。彼女は部下。高校に行かないで憲兵学校に行った子なんで、文化祭に来た事がないらしいんです。それでいい機会だからつれてきたんですよ」

 隆は、クッキーをつまみながら、ゆっくりとした口調で説明した。からかわれたとは露にも思っていないのかもしれない。その表情は終始、まるで後光が見えるかのように、穏やかそのものだった。
 色恋沙汰とは無縁。七年前と変わらないその様子を見て、林教諭は「なんでい」とため息をつき、えびらはえびらで赤い顔を元に戻して複雑そうに息を吐いた。

「学校は、変わりませんか?」

 メイド服姿の女学生からコーヒーが運ばれてくると、隆は湯気の立つマグカップを片手に、恩師と目を合わせずに訊いた。ただの、世間話。特有の苦い香りが、鼻先でたむろしている。
 
「変わったに決まってるだろ。移転して、校名も変わった。今じゃ、“八年前のあの事件”を経験したのは俺を含めて四人の教員と校長と事務の兄ちゃんだけだ。変わるさ、そりゃあ、な」

 林教諭は、自分の冷めたブラックコーヒーを一気に飲み干した。表情は冴えない。さらに、どこか遠くを、違う場所を見るような、ぼんやりとした目を眼鏡の奥からのぞかせている。

「ま、だが、それでよかったのかもしれないがな。前に進まなきゃ、どうにもならない」
「先生、でも僕は、みんなの仇を取るために、憲兵隊に入りました。絶対に捕まえる。償わせる。それまで、僕は後ろを向き続けます」

 教え子に目を向け、笑いながら言う教諭。それに対して、隆は膝の上で拳を握りしめながら、しかし恩師とはしっかりと目を合わせて、はっきりと言い放った。
 二人が、何の話をしているのか。横で聞いているえびらには全く分からない。隆は東大次席のエリート。そういう認識しかなかったのだ。どういういきさつで憲兵隊に入ったのかなど、この職に就くのを当然のように感じて育ってきた彼女は、考えた事もなかった。
 ただ、思い出してみれば憲兵隊のほかのメンバーは、隆の過去に何かあったことは、前々からほのめかしていた。それでも、話は見えてこない。おそらく班員の多くは父を含めて知っている、だが、誰も決してえびらには教えなかった。

「仇、な。ま、無理はしない事だな。お前、何が何でも東大入るって、結局、試験当日インフルで倒れただろ。夢のために身体犠牲にしたら、元の子もないからな」

 どこか疎外感を感じる少女をよそに、二人の会話は進んでいく。
 林教諭は至極真面目な顔をしていた。こめかみに人差し指をたてて、鋭くも暖かい視線は、まっすぐに教え子を射抜く。
 それに対して、隆は「でも入れましたし、問題なかったです」と苦笑いを浮かべながらコーヒーを口に含んだ。湯気が、二人の間でぼんやりと漂っている。
 隣では、えびらが疎外感を忘れ、今度は言葉もなく目を丸くしていた。普通の受験生なら、インフルエンザと大学受験——特に最高峰の東城大学——が重なった時点で、その結果は絶望的だ。
 
「まったく、昔、同じ台詞を敦賀が吐いたよ。姿を消してもなお、こんなところに奴の影を見るとはな」
「……やっぱり、林先生のところにも、先生、一度も顔出してないんですか」
「どこで何やってんだかな。あいつに、責任なんて何にもないのに」

 林教諭は、ため息まじりにつぶやく。分厚い眼鏡を通し、その瞳は目の前にいる教え子を通り過ぎて、窓の外へと向かう。磨かれたガラスの向こうには中庭があるが、三階であるこの教室からは、座ったままでは、ただ向かいの校舎が見えるだけである。
 そんな中で、大きな竹の装飾だけは、はっきりと存在感を示していた。
 
「そういえば、先生。今年の文化祭でおすすめの出店はありますか? そろそろ次のところに行こうかと思うんですけど」

 どこか暗い雰囲気になった会話。それを終わらせたのは隆であった。
 隣のえびらへちらりと視線をやりながら、青年は残ったクッキーを一口で平らげた。
 林教諭も、身内の会話をしすぎたと思ったのだろう。すぐに表情を明るいものへと変えて、えびらへも目を向けながら口を開いた。

「そうだ、な。一年C組のたこ焼き屋。何でもたこ焼き屋さんの娘がいてな、徹底的にクラスメートに叩き込んだらしくて、文化祭にしちゃなかなかのできだって評判だったな」
「へえ、たこ焼きか。大学卒業以来食べてないや」

 受付でもらったパンフレットを鞄から取り出しながら、隆は目を細めた。件のたこ焼き屋。あの名店、安倍屋直伝の味が文化祭で! という謳い文句が大きく書いてある。

「安倍屋……あれ? まさか、かずらの」

 頬のほくろをかきながら、隆はどこか遠くを見るような目をした。パンフレットの文字の、そのまた向こう。時を超え、懐かしい茶髪の女性が浮かんで、そして消えていった。

「どうしました? 隆さん」
「え、あ……何でもない、じゃ、たこ焼きでも食べにいくか、良い昼食になるだろうし」

 不意に現実に戻ってくると、今度は黒髪ポニーテールの少女が視界に入ってくる。記憶の中の茶髪の女性を振り払い、隆は早口で言いながら微笑んだ。
 林教諭と最後に握手を交わし、二人は教室を後にする。その後ろ姿が見えなくなった頃、教諭は席から立ち上がり、中央に置かれた竹の前に立った。
 竹は、今から七年前、彼が西郷隆の担任をしていた時に作られたものだ。十二人の生徒。今でも、一人一人について、林教諭はよく覚えている。
 地中から天へと伸び続ける竹は、当時多くのものを失った彼らにとって、希望の象徴であった。今では全員が、立派な社会人として、それぞれの思いを胸に、先へ先へと歩みつづけている。

「なあ、敦賀、知らないだろ。お前さん、ちゃんと、教師として生徒たちを導いてんだぜ」

 昔の教え子たちが、思いの丈を込めて作った装飾に触れながら、林教諭は微笑んだ。
 現在の教え子が一人、教室から出て行く。東郷三笠。国防軍という過酷な場所で、身を犠牲にして働き続ける少年。

「俺は、何やってんだろうな、情けねえや……こんなのが、まだ教師を続けてんだ、笑うか? 笑えよ、敦賀」

 下を向く白髪まじりの教諭をよそに、竹は何も答えず、ただ、上を向くだけであった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.51 )
日時: 2013/01/27 00:38
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

「そっか、やっぱり君はかずらの妹さんなんだね」

 それは、駐車場に用意された屋台の一つであった。
 伸びに伸び、隣の店まで続く行列。辿っていくと、そこには大繁盛するたこ焼き屋。見ると「一年C組プロ直伝の味」という宣伝文句が、テントの柱という柱に貼られている。
 そんな、反則的なほど、たこ焼きを焼く食欲をそそる音とソースの香りを発する屋台の横。そこには、もはや不自然さ以外感じ得ない、リアルなタコの絵がペンキで描かれているエプロン姿の少女。上の方でまとめた茶髪を照りつける太陽で輝かせながら、一組の男女と話をしていた。
 このたこ焼き屋。店長にして料理長を務める、一年生トップクラスの才女、安倍ほたるである。

「私も、お姉ちゃんから聞いたことありますよ、オカマ役から厳格お父さん、何でもこなす隆ちゃんって」

 罪のないほたるの言葉に、話し相手の青年、西郷隆は思わずうめき声と共に顔を覆ってうずくまってしまった。何せ、今は隣に部下のえびらがいるのだ。アスファルトの黒さが、異様に目に入ってきて視界を埋める。彼女は何も知らない。何も知らなかったはずだったのだ。
 ちらりと、ほたるは自分よりいくらか年上の少女を見る。信じられないと、そう言わんばかりの目の見開き方だったが、次第にそれは三日月型になり、何とかこみ上げる笑いを抑えようと必死であった。

「……あの日、入学式のあの日、君のお姉さん、かずらと出会ったのが、運の尽きだった。ムイ教研究会から相撲部までありとあらゆる部活に引っ張られ、しまいには演劇部で変な役ばかりやらされて」

 隆の脳裏に、過ぎし日の思い出がありありと呼び起こされる。ムイ教研究会では改宗を迫られ、相撲部ではマワシを締め国技館の土俵に上がり、演劇部ではひどい時は一人六役をこなした。その他にも森林保全活動や孤児院のボランティア、果ては用心棒のバイトまで、挙げ出せばキリがない。
 大学四年間。大和最高峰の学問を身につけつつ、その一方で、波乱に満ちた日々であった。
 
「ごめんなさい、お姉ちゃんが、すごく迷惑かけたみたいで……」
「あー、いや、おかげで大嫌いだった弱くて臆病な自分を変えれたから、すごくかずらには感謝してるんだ。うん、それはホントのホント」

 うつむいて謝る友人の妹に、隆は真っ黒のアスファルトから目を離し、真夏の青空と太陽の下、清々しい笑顔を見せた。
 ほたるの姉かずらは、無茶苦茶な女性であった。だが、その無茶苦茶な行動につきあったため、隆は恩師すら驚くほどの変化を手にし、今は憲兵隊交渉係若手エースとしての名声をほしいままにしているのだ。
 隆は、そんな笑顔のまま、夏の日差しですっかり熱くなった黒い髪の毛を、指先で軽くはねた。
 
「ところで、かずらはどうしてる? 元気か?」
「相変わらず。ドクターで法制史研究してるくせに、哲学とか文学とか遺伝子学とかばっかりです。しょっちゅう家空けますし」

 妹の口から語られる、自由奔放な現在の彼女。隆は大声で笑う。相変わらず。たぶん、これからもずっと変わることのない、変人と思いつづけ、また憧れた姿。
 雲のない青空を、隆は見上げた。思いもよらない、友人の妹との出会い。その中に面影を見いだし、空に懐かしい姿を描いてみた。

「かずらに会ったらよろしくな。俺は、ちゃんと、元気にしてるって」
「はい。美人の彼女さんもいるって伝えときます」

 さらりと、笑顔で言ったその言葉。不意に、かずらの面影が、その妹とかぶって映る。
 本日二度目。上司が昔の思い出を楽しんでいると、ずっと邪魔をしないように黙っていたえびらは、我慢できずにむせてしまった。

「もう一言、伝えてくれ。お前も、曰く超絶イケメンの彼氏さんとお幸せにってな」

 ただの、嫌みであった。隆なりの、仕返しのつもりだった。
 だが、耳聡いえびらは、聞き逃さない。否定しなかった。それだけが、えびらの中でわき起こる。一気に顔が赤くなり、隆の顔を見て、うつむき、また顔を見てと繰り返した。

「了解です……でも、曰くなんかじゃなくて、本当にかっこ良いんですよ! お姉ちゃんの彼氏。人も練れてますし、本当に、どこで出会ったんでしょうね」

 恋する純情な乙女をよそに、ほたるは表情を緩めながら、熱い口調でそんなことを言う。その力説たるや、たこ焼き屋に並んでいた人が、こちらにわざわざ目を向けるほどであった。
 聞いた隆は、その反面、何故か表情を暗くした。おまけにため息までつく。

「そう、うん、それは、うん、元気そうで、幸せそうで何より……ところで、店の仕事はいいのか? だいぶ長いこと立ち話したけど」

 沈んだ心を切り替えようと、隆は強引に話を変えた。この辺りは、職業柄、表情口調を操っている青年である。すぐに、いつもの穏やかな顔つきに変えてしまった。

「今シフト上がったところなんですよ。もう少しで、待ち合わせしてる人が来ると思うんですけど……」

 どうやら、誰かを待っているらしい。ほたるはきょろきょろと見渡す。だが、人、人、人。やはり、昼時の文化祭はそれ相応の客足である。遠くまではとても見渡せず、ほたるは心配そうに表情を暗くした。何せ、一緒に回ることを了承してくれたことそれ自体が、彼女としては奇跡が起こったと思っているのだ。
 そんな時、ほたるは「あ!」と声を上げた。憲兵隊の二人もつられて、彼女が目を向ける先に視線を移す。すると対照的で、隆の表情は明るくなり、えびらの表情は苦々しくなっていった。
 その先。あの喫茶店の燕尾服を着た、前髪パッツンの少年が、人混みの中から出てきた。ほたるを見ると、いつも難しげなその表情は幾分か和らぐ。


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