ダーク・ファンタジー小説

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ゆめたがい物語 
日時: 2017/06/03 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
 社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
 物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。

と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 二部開始
 芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……

 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。


 
 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん
 沙由さん
 梅雨前線さん
 ヒントさん
 彼岸さん
 夢羊さん

Re: ゆめたがい物語 ( No.42 )
日時: 2012/10/16 23:26
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: pLX6yJWV)

 第八話 憲兵隊と立てこもり

「……どういうことよ! 爆弾魔が、キツネ面の、餌食に?」

 大和国首都東城。
 その官庁街の一角にある、何十階建てもの高層ビル。地下鉄の出入り口やバスターミナルから、あるいは自転車に乗って。八月最後の週、その中日。汗を流しながら、数多くの人がその桜の紋が輝く、大きく開かれた門を潜っていく。
 そこは大和国において警察の役割を担う組織、憲兵隊の本部であった。
 そんな高層ビルの、ちょうど真ん中に位置する階。その一室から、閉ざされたドアの向こうにも聞こえるほどの、忌々しげな高い声が響いてきた。

「あたしたちの仕事なのに、今度こそ国防軍に先を越されないって、簡単に殺されて、まったく、踏ん張りなさいよ馬鹿爆弾魔!」

 なおも聞こえてくる怒鳴り声。
 今しがたエレベーターで上がってきたばかりのスーツ姿の青年は、ドアの前で苦笑いを浮かべた。そっと、ドアノブに手をかける。これはまた大変だと、空いている手でほくろのある左頬をかき、意を決してドアを開けた。
 ——入るや否や、丸められた新聞紙が彼の額を直撃した。

「りゅ、りゅうさん! すみません、失礼しました!」

 ぶつけられた新聞紙を拾い上げながら、青年は顔を上げる。その前には、青い顔をして頭を下げる加害者である黒髪ポニーテールの少女。見事なまでの、直角の礼だ。
 被害者の青年、西郷隆は苦笑を浮かべつつ、新聞紙を横のゴミ箱に捨てた。

「おはよう、えびら。朝から元気だな、外まで響いてたぞ、怒鳴り声」
「え、あ……すみません、つい」

 少女、織田えびらは、先ほどの怒鳴り声からは想像できない淑やかさで色白の顔を赤めた。どこか、育ちの良さを感じさせるその仕草。先程とは真逆の一面に、青年は思わず目を細め、ゆっくりと足を進めながら口を開く。
 
「もう少しだったんだけどな、爆弾魔。孤児院爆破の、依頼された形跡があったから、できれば生かして情報を吐かせたかったところだけど」
「いい加減にしてほしいですよ、キツネ面。あー、もう!」

 怒りの収まらないえびら。
 それに対して、隆は何も言わずに窓際にある自分の席につくと、てきぱきと鞄の荷物の整理をしだした。
 クーラーの心地よい風が、青年の汗で湿った髪を撫でる。窓からの日差しは、その涼しい風と相成って、何とも言えない心地よさを作り出していた。思わず、鞄を整理する手は止まり、隆は大きく背伸びをする。
 ちょうどその時、机の上のファックスから、何枚も紙が吐き出された。青年は出てきた用紙と顔を突き合わせ、目を外に動かすことなく口を開いた。

「でも、キツネ面が殺してなかったら、花火大会で被害者が出てたかもしれない。キツネ面のしたことの是非はともかくとして、無関係の人が傷つかなかったことは、感謝しないといけないな」
「……それはそうですけど、確かにそうなんですけど」

 至極冷静な上司の言葉。熱くなりすぎていた少女は、納得しきれないところもあるが、歩き回るのをやめて自分の席に着いた。

「でも、せっかく国防軍に横取りされる前に片付きそうだったんですよ。いつかのスーパーの仕返しが! あー、東郷少尉の厭みたらしい顔が浮かぶ」

 えびらはファイルから数枚の書類を取り出すと、天井の蛍光灯に向かって盛大なため息をついた。そのまま、用紙を一枚だけ目の前に掲げる。そこには、これまで調べ上げた爆弾魔関係のデータ。
 ため息をつく気力もなくなったのか、えびらは机に突っ伏した。ポニーテールが肩のほうへと垂れている。クーラーの冷たい風が、その滑らかな黒髪を揺らした。

「東郷少尉は何もしてないじゃないか。だいたい昨日退院したばっかりだし。うん、これから忙しいだろうね、夏休みの宿題はためてないかな、彼なら大丈夫だろうけど、でも文化祭もあるしな」

 今度も、書類から目を離すことはなかった。文章を目で追ったまま、隆は“仲の良い”国防軍人の少年をかばう。仕舞いにはどこで仕入れたのか、関係のない情報まで持ち出して、ほのかに口元を緩めた。

「……りゅうさんにしても、父様にしても、みんなあいつを甘やかしすぎてるんです。もっと世間の厳しさを教えてですね、ちょっとはまともな人間にしないと」

 自分の嫌いな人間の庇立てを、尊敬している上司がしている。それが、えびらは気に入らなかったようだ。突っ伏した腕の隙間から見える瞳には厳しい色を宿し、その口調は完全な上から目線となっていた。
 それに対して、隆は書類を見つめながら、眉をわずかにひそめる。

「世間の厳しさ、ね……ま、なんだ、仕事の悔しさは、仕事で返すんだな。ちょうど、うちの班に仕事が回ってきた」

 仕事と聞いて、机に頬をつけていたえびらは、勢い良く起き上がった。表情も一変し、窓からの日差しの如く輝いている。
 それを見て、隆は席から立ち上がると、今しがたファックスで届いた書類を持って、少女の机の横まで行った。
 その頃には、少しずつ他の仲間も出勤し始めていた。仕事の話をしていると分かると、全員荷物を置かずに隆の周りを囲む。若手有望株で、上からの期待も厚い彼は、この班でも実質ナンバーワンという要職に就いているのだ。

「先ほど、海の区運行会社ハチロウで、男が女性社員を人質に立てこもっているという通報があったそうです。俺、えびら、月村、水森、木島、金山で現場に向かいます。火野は待機、残りは爆弾魔関係を引き続き進めていってください」

 隆は早口でそれだけを言うと、すぐに鞄にいくらか必要な物を詰めて、乱雑にドアを開けて出て行ってしまった。他の隊員達も声を発することなく、それぞれが与えられた仕事へと、素早く移っていく。
 部屋からは、待機を命じられた男性隊員のキーボードを打つ音だけが、ただ聞こえるだけであった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.43 )
日時: 2012/11/02 00:27
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

 ハチロウ社。
 それは大和国首都東城、海の区に本社を置く、主に航路輸送を行っている老舗の会社だ。
 その長い歴史上、仕事柄、大きい物から小さい物まで、ありとあらゆる事故に見舞われている。だが、ハチロウ社は、その都度手のひらから流れる砂の如く、するすると危機を切り抜けてきた。
 それ故に、業界では不死身と尊敬され、また恐れられている。

 国道を走る、白と黒の公用車。屋根の上では、憲兵隊の代名詞とも言うべき警告灯が、照りつける太陽の中、赤く光り続けていた。
 そんな憲兵隊の公用車、その中である。

「できれば、長引かせたくないなぁ。週末は予定があるし」

 やや年配の、自動車操縦に定評のある部下に運転を任せて、西郷隆は後部座席でほくろのある左頬をかきながらぼやいた。
 すると、運転している中年の隊員は、助手席の少女、それからルームミラーにちらりと目をやる。
 そして、右まぶたから頬にかけて切り傷があるという強面に似合わず、けらけらと陽気な笑い声を上げた。

「隆坊の口から休みたいなんて初めて聞いたな。何だ? “コレ”か? 若いねぇ」

 ハンドルから左手を放して、太い小指を挙げる男性隊員。これ見よがしに、リズムよく左右に振っている。助手席で書類を読んでいたえびらは、ぎょっとして後部座席の上司に目を向けた。
 
「高校の、文化祭があるんですよ、キジさん。卒業以来顔を出していないんで、そろそろ行きたいなと」

 いつもと変わらない、落ち着いた声で返ってきた言葉。
 中年の隊員は、無精髭をいじりながら「からかいがいのない奴め」とつぶやくと、もう一度ルームミラーに目を向ける。
 歳若い上司の表情は、やはり穏やか。さらに後光が射しているようで、キジさんこと木島隊員は、思わずルームミラーから目をそらす。
 助手席のえびらは、いつもの鋭い目つきを緩めて、どこかほっとしたように微笑んでいた。

「高校の文化祭ってのはどんなもんなんだろうな。俺は高校行ってないから分からんが」

 木島隊員はまっすぐ前を向いたまま、ぽつりとつぶやいた。ちょうど、信号は黄色から赤に変わる。だが、そこは車についているサイレンと警告灯の効力。そのまま車は、けたたましい音を発しながら交差点を過ぎていった。

「週末ですけど、キジさんも行きますか?」
「いや、家族サービスの約束があってな。息子が動物園、妻が温泉を楽しみにしている」

 そう言った木島隊員の強面は、嬉しそうに輝いていた。古い傷跡まで笑い声を上げているようだ。
 彼の子煩悩と愛妻家ぶりは、憲兵内でも有名である。一つの証拠として、助手席との間に置かれた鞄のキーホルダーには、まだ小学生ほどの少年とふくよかな女性の写真が入っていた。
 
「……そういえば、えびらは、中学出て、憲兵のエリートコース、憲兵学校最短ルートで卒業だったな」

 いくつ目かの赤信号を突っ切り、細い裏道に入った後、木島隊員はふと隣の少女を横目で見た。
 警察機構憲兵隊。なり方は人によって様々だが、中学校を出て、そのまま倍率の高い憲兵学校にストレート合格、さらに二年で卒業するというのが一番の近道だ。配属後の出世の早さは異常なほどで、一般憲兵隊員からは“スピード違反”と呼ばれている。

「木島さん、東城大学次席卒業の超エリートの前で、そんな風に言わないでください」

 中年憲兵隊員の言葉に、スピード違反少女はやや複雑そうな顔をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。後部座席の青年は、こちらも居心地が悪そうに、ただ黙って頬をかきながら、窓の外を見ている。

「ま、どっちも俺からすれば雲の上の学歴であることには変わりないがな。とにかく、えびらも高校の文化祭なんて行ったことがないだろ。隆坊、いい機会だから……と」

 言いかけて、木島隊員は急にパトカーを止めた。走行していた裏道が途切れ、大通りに出る少し前。その先に、事件現場のハチロウ社があるはずだった。
 だが、その裏道の出口にまで、いっぱいに人だかりができていて、現場が見えなかった。憲兵隊の車が来たというのに、全く道を空ける気配はない。
 木島隊員は大きくため息をつく。ルームミラーにはもう一台、憲兵隊の車が近づいてくるのが映っていた。

「さて、はじめようか」

 隆は腕を組んだまま、静かにそうつぶやく。すかさず、えびらは助手席の前に取り付けてある、黒い無線機を手渡した。

「月村は車を本部として上層部と連絡、水森は現場捜査官と協力、金山とえびらは向かいのビルから狙撃の準備、僕と木島は犯人との接触を試みる」

 それだけを言うと、隆はえびらに無線機を押し付けて、黙って車の外に出た。
 木島隊員も、鞄を手に運転席からおりる。キーホルダーが揺れた。愛する人たち。木島隊員は一度そのキーホルダーを握り、目をつむって何事かつぶやくと、既に人込みをかき分けて先へと進んでいる、歳若い上司の後を追っていった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.44 )
日時: 2012/12/01 00:53
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/776png.html

 現在、立てこもり事件が起きている、運航会社ハチロウ本社の十階建て程のビル。普段は立ち並ぶビルの割には人通りが乏しく、少々寂れた通りなのだが、今は周囲には人だかりができて、それぞれが好奇、心配などと、様々な視線を向けていた。
 そんな通りに面した飲食店の二階。店先には臨時休業の札を出し、店内では作りかけの料理が、食欲をそそる香りを出している。

「タイミング悪いったらありゃしない、まったくもう」

 大通りに面した窓の下に座り込み、忌々しげにつぶやいたのは、黒髪ポニーテールの、まだ幼さの残る顔立ちをした少女だった。その手には、年頃の乙女にはあまりにも不似合いな、窓からの日差しに黒く光る狙撃銃。スコープを拭く勢いは必要以上で、その間にもぶつぶつと恨み言を並べていた。

「もう少し丁寧に拭け、えびら嬢ちゃん。傷がついたらどうするんだ」

 レストランのテーブル三つ分離れたところから、男の低い声が飛んできた。
 見るとそこには、二十代後半から三十代前半頃の、狙撃銃の手入れをするまだ若手の憲兵隊員。公務員にあるまじく金髪のツンツン頭で、さらに耳には銀色のピアスまでつけていた。
 男の言葉に、えびらはおとなしく従い、手先だけは静けさを取り戻した。だが、それでもまだ心は穏やかではないようで、眉間にはしわが寄っていた。
 その様子を見て、金髪の憲兵隊員は、一度ため息をつく。

「そんなに怒って、今度はどうした?」
「何でもないです」

 えびらは、やはり刺々しい口調のまま、相手の顔も見ずに返した。男は銃をいじるのをやめて、テーブルの上のパンを勝手に拝借しながら、一言つぶやいた。

「りゅうちゃん関係か」
「……木島さんが、せっかく、私がりゅうさんと文化祭に行けるようにしようとしてくださったのに、現場に着いて話が流れてしまったんです。どう思います? 金山さん。やっぱり、私とりゅうさん、縁がないんでしょうか?」

 全てを見透かされ、正直に語るえびら。顔を見ずとも声で分かる。震えていて、今にも泣き出しそうだった。
 金山隊員は、そんな純情すぎる悩みを聞いて、思わず口元を緩める。笑い声は、何とか口元を引き締めて、出てこないように必死に抑えていたが。 

「嬢ちゃん、縁の有る無しじゃない、こっちがどれだけ望んで、どれだけ動くかだよ」
「金山さん……」

 恋愛の、人生の師とも言うべき、金山隊員。その言葉に、えびらは潤んでいた目から、とうとうこらえきれずに雫を流した。
 金山隊員は、銃をフローリングの上に置くと、えびらのそばに座って、しっかり結わいたポニーテールの頭をくしゃくしゃとなでる。
 
「ただ、りゅうちゃんについては、もう少し我慢して、部下として支えてやってくれな。あいつの抱えてるもんが、荷が下りたら、それまでな」

 金山隊員の言葉に、えびらははっと顔を上げる。だが、彼は既に立ち上がっていて、持ち場へと足を進めていた。
 今は仕事だ、と少女は強引に涙を拭くと、狙撃銃の最終確認をしだした。

 そんな、レストランから数軒離れた建物だった。立てこもり事件が起きているビルが、大通りを挟んでよく見える。そこに、憲兵隊は作戦所を置いていた。
 その最上階。元々は会議室として使っているのだろう。それに見合う広さと設備もある。だが、今はそれだけでなく、武器に防弾盾、無線機など、一般の会議室にはないような物まで運び込まれていた。

「……すると、犯人からの接触は今のところ、要求を呑まなければ女性職員を殺す、ということだけですね?」

 その窓からは、地上の人ごみの様子がよく見える。憲兵隊員達は、なんとかして無関係な人たちが現場に近づくのを止めようとしているが、どうも一筋縄ではいかないようだ。
 本部から来た責任者西郷隆は、現場捜査官から現状についての説明を受けると、落ち着いた様子で窓から離れた席に腰掛けた。捜査官達はその責任者を見るなり、それぞれ顔を見合わせる。若すぎるのだ。
 その反応を見て、補佐を務める木島隊員は、強面に思わず笑みを浮かべた。

「しかし、その要求を言わずに切ったんですよ。まったく、交渉する気があるんですかね? 突入します?」

 現場捜査官は、面倒くさそうに白髪まじりの頭をかいた。そのまま、ちらりと現場ビルに目が行く。何の動きもない。思わず、その口からは溜息が漏れた。

「いえ、交渉可能です。むしろ、相手はちゃんと考えています。交渉担当官と話をしたほうが要求実現はしやすいですから」

 そう言いながら、隆は必要なパソコン作業を進めていく。
 現場捜査官はそんな様子を見ながら、まだ納得できていないようで、どこか不服そうな顔をしていた。若造に何が分かる、といった具合だろう。
 それを察したのか、作業中の隆に代わって、強面の木島隊員が、穏やかそうに微笑んで口を開いた。

「人質取って立てこもるのはな、犯人側としても相当追いつめられてるんだ。何が何でも要求を呑ませないといけない。また連絡は来るさ」

 優しげなその表情。どんな人間かと心配そうに目を泳がせていた現場捜査官達は、ほっとしたように表情を緩める。
 ちょうどそのタイミング。そこで、木島隊員は急に真剣な表情になり、その強面、特にまぶたから頬にかけての傷から、十分すぎるほどの迫力をあふれさせた。

「逆に、安易に突入なんていうのが、一番酷い。追いつめられている相手だ。そんくらい、分かって言ったんだろうなぁ、おい」
「え、あ、い……その」

 急にしどろもどろになる捜査官。助けを求めようにも、周りの現場捜査官達は全員見て見ぬ振りをし、パソコン作業なり、装備の点検なり、それぞれの作業に戻ってしまった。
 木島隊員はそれを見て一つため息をつく。それと一緒に「これだから護国会は」ともつぶやいた。

「うちのリーダーは、立てこもり事件の恐ろしさ、最悪の事態の悲惨さを、十分すぎるほど良く知っている。確かにまだ若いが、ま、協力してくれや」

 厳しい様子から雰囲気をがらりと変えて、顔の傷にしわをつけた満面の笑みで言葉を閉めた木島隊員。
 だが、先ほど感じた穏やかさは、あの迫力ある表情と話し方を知った後故か、微塵も感じられなかった。
 その時。強引に木島隊員が協力をつけた、その直後だった。部屋の電話が鳴り響く。けたたましく、それぞれの耳に突き刺さる。
 それこそが、まさしく戦場に鳴り渡るときの声であった。


 ※URLは1200記念のイラスト的な何かです。

Re: ゆめたがい物語 ( No.45 )
日時: 2012/12/03 00:08
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://ameblo.jp/huzinoyukari/

「もしもし」と、インカム付きヘッドフォンを装着し、その小型マイクに向かって慎重な様子で語りかける隆。
 時が止まったようだった。会議室中、不自然なほど静まり返って、全員が若い責任者に視線を向けている。

「さっきの人じゃないんだな」

 声が返ってきた。相手方からの言葉は全て、室内にある複数のスピーカーから、この場にいる全員の耳へと届けられる。
 会議室中に響いたのは、男の声だった。しゃがれていて、ボイスチェンジャー等を使っていなくとも、聞き取りにくい声質。しんとした室内で、それだけが大きく反響し、緊張感を増幅させる。

「今到着したところでね。僕は憲兵隊本部第二班所属の西郷隆だ。あなたのことは、何と呼べばいいかな?」

 張りつめた会議室の空気の中、隆は至って穏やかに、自己紹介をしつつ会話を続けようとした。
 この威圧感のない様子に、元からいた捜査官達は不満を覚えたようで、もの言いたげに眉をひそめ、机を何度か叩く。
 ただし、次の瞬間には、木島隊員が持ち前の強面で一睨みし、即座に抗議をやめさせたが。

「ヒラ」

 しゃがれた声が、ぶっきらぼうに返ってきた。素早くメモを取りながら、隆は微笑む。座ったまま、窓から見える立てこもり現場に、ちらりと目を向けた。

「そうか、ヒラさん。ところで、僕は今しがた来たばかりなんだけど、いったい何が起きたんだい?」
「分からないのか? 西郷さんよ。さあ、お前達には選択の余地などない。俺の指示通りに動け!」

 調子を変えずに会話を続ける隆に対し、電話の向こうにいる男は、横柄な態度で怒鳴ってくる。
 一触即発。会議室では、捜査官達がそれぞれ不安げに視線を交差させていた。
 ただし、二人。西郷隆と木島隊員だけは、表情を何一つとて変えなかった。

「じゃあ、指示をしてくれ。まず、僕は何をすれば良い?」

 隆は一度椅子から立ち上がり、屈伸をすると、再びパイプ椅子に座った。軋む音が、静まり返った会議室に、異常に大きく響き渡る。
 だが、そんなことは気にせずに、隆はペンをくるりと回した。

「金だ。二億円用意しろ」
「二億円か、よし、僕の権限で決定はできないが、上層部に掛け合ってみよう」

 立てこもり犯の要求に、あくまで真摯に答える隆。ふとその茶色の瞳は、口調の穏やかさとは裏腹に鋭く光り、そのまま木島隊員のほうへと向いた。
 目配せでの指示。木島隊員は一度こくりと頷くと、携帯電話を取り出してどこかへとつなげた。
 その間にも、隆と犯人との交渉は続いていく。

「二億円も普通のじゃないぞ、ハチロウ社の資産から捻出しろ」
「ハチロウ社の? 了解した、けれど、どうしてだい?」

 犯人の要求を呑みつつ、隆は疑問を挟んだ。情報収集。顔すらも分からない交渉において、少しでも手がかりになるものを集め、犯人像を作り上げていく。基本中の基本であった。
 相手の男は答えない。沈黙の中、隆は走り書きでメモを取っていく。見ると、ハチロウ社と金銭的トラブル、と書かれていた。

「次の指示だ、西郷さん」
「ちょっと待ってくれ、ヒラさん」

 男のしゃがれた声を、隆はこれまた変わらない落ち着いた調子で止めた。
 その横では、木島隊員が携帯電話をしまい、年若い上司に小さなメモを見せている。

「上との交渉が終わった。二億円をハチロウ社の資産から渡せる」
「ずいぶんと、早いものだな」

 隆の言葉に、男は電話腰でもそうと分かるほど、はっきりと鼻で笑った。要求を伝えてからものの数分。たしかに、早すぎる。疑ってくるのも当然であった。
 だが、事実なのだから、しょうがない。隆は、狙撃班が待機しているビルのほうへと目を向け、苦笑いを浮かべながら、頬のほくろをかいた。

「上司が、公務員にあるまじく、大胆かつ物分かりが良いからな」
「そりゃ、西郷さん、あんた、ついてるな」
「その分、苦労も多いけどな。では、ヒラさん、こちらとしても、ギブアンドテイクだ。こっちに一人、よこしてくれないか?」

 隆は、言葉を選んで慎重に言った。人質という言葉は、相手方を刺激する可能性があるから使わなかったが、要するに、解放してくれ、ということである。
 その途端、会議室中に大きな笑い声が響き渡る。スピーカーというスピーカーから、その甲高い声が、それぞれの耳だけでなく、体全体に突き刺さる。

「こちらとら、まだ要求はあんだよ、ハ、そこまで馬鹿じゃあるまい、西郷さん」
「僕たちだって、あなたと同じように、目的を持って動いているんだ。お互いの願いのために協力しよう」

 激しい挑発口調の犯人。それに屈することなく、隆はやはり口調を変えることなく、あくまで穏やかに交渉を続けた。
 会議室はこの会話を受けて、真夏にも関わらず、一気に冷え込む。
 表情を変えなかった木島隊員も、戦い続ける上司をしっかりと見て、腕組みをしながら「ここが正念場だ、きばってけ、隆坊」とつぶやいた。

「あんた立場分かってんのか? あんまり過ぎると女を殺すぞ!」
「そうしたら、あなたの要求も通らない。ヒラさんのためにもならないんじゃないかな?」

 隆の声は、自信に満ちていた。その目に電話のような穏やかさはなく、ただひたすらに、事件現場のビルを厳しい表情で見つめていた。
 その、隆の言葉。次の瞬間、またもや、男の笑い声が響いた。
 だが、今度は幾分か明るさがあり、それを聞いた百戦錬磨の木島隊員は、静かに微笑みを浮かべた。

「度胸あるな、西郷さん。何だ? その大胆な上司ゆずりって奴か」
「それもあるけれど、大半は、高校の恩師と、大学の同期譲りだな」

 もう一度、笑い声が聞こえた。次はさらに前向きな響きがあり、会議室全体の表情も、幾分か緩む。
 厳しい顔をしていた隆も、ペンを一度くるりと回すと、元の穏やかな表情になった。
 窓から差し込む光の白い線が、会議室の白い机を照らす。
 探していた悪夢を違える糸口に、隆は座ったまま手を伸ばした。

「ま、そちらに人がいなくなっても、僕たちは突撃しないし、ヒラさんとも話していける。どうだろうか?」 
「分かったよ、西郷さん、あんたに免じて、二億円と引き換えに、女は解放する」
「協力ありがとう、ヒラさん」

 隆は、回線をつないだまま、椅子から立ち上がって窓から下の通りのほうを見つめた。相変わらず、憲兵隊員達は交通整理、人除けに奔走しているようだ。
 そんな時、立てこもり事件の起きているハチロウ社から、髪の長い女性が走って出てきた。マスコミのフラッシュが一斉に焚かれる。その光の中で、走って、走って、近くの憲兵隊員に保護された。
 人質は無事のようだ。
 だが、立てこもり事件、それ自体はまだ解決していない。むしろ、ここからなのだ。
 そこまでを見ると、隆は光差す窓から離れ、再び席へと戻っていった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.46 )
日時: 2012/12/16 01:23
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

「馬鹿野郎!」

 一方、会議室の隅からは、そんな小さいながらも、十分すぎるほどの迫力のこもった怒声が聞こえてきた。
 見るとそこにはいつの間に移動したのだろうか。木島隊員が、携帯電話を耳に押し当てながら、その声色以上に威圧的な表情で立っていた。

「人質解放が叶ったから突撃だ? 馬鹿も休み休み言え、まだうちのリーダーは交渉を続けている。だいたい、突撃なんて最終手段だ、そんなことも分からんのか」

 どうやら、突撃する、しないで揉めているらしい。もちろん、木島隊員の言う通り、武力を使わずに、交渉のみで解決できれば、それに越したことはない。だが、手っ取り早いのは、やはり突撃であり、電話相手もそう考えているのだろう。

「何つった、今、これだから護民会はってか? じゃあ、俺からも言うがな、全くこれだから護国会は。犯人の命なんてどうでもいいってか? そんなんじゃ、お前ら国防軍と何ら変わりないじゃないか、ああ?」

 なおも続く言い争い。相手に顔が見えずとも、声だけで、十分に迫力のある木島隊員。西郷隆とはまた違った意味で重要な交渉要員であった。

「……それじゃ、ヒラさん、僕たちは二億円をどう渡せばいいかな?」

 最悪の事態は脱した。
 白熱する木島隊員の交渉、その同じ部屋で、隆は椅子に深く腰掛けて、再びメモを取りながら、立てこもり犯との交渉の席に着いた。人質がいなくなったからと言って、事件はまだ解決していない。立てこもりは続いているのだ。

「ハチロウ事故遺族に渡せ。そして、マスコミに報道させろ。ハチロウ事故の会社の対応を」
「ハチロウ事故……四年前の、海難事故だね。シベルから大和へ来る客船が沈没。行方不明者二人」

 そうつぶやきながら、隆は眉をひそめた。素早く紙に何事か書く。遺族と書いた上に棒線を引き、ボールペンをくるりと一回転させた。

「手元に資料を用意していたか、流石だな、西郷さん」

 男の声は、だいぶ穏やかなものになっていた。隆は微笑む。心なしか、しゃがれた感じも消え、一言一言、人らしい感情を持って聞き取れるようであった。

「元からの情報だよ。ハチロウ事故については、かねてから興味があってね。でも、どうしてだい? 僕の知っている限りでは、あの事故の遺族は……」
「遺族じゃない。当時、責任を着せられて、会社を追われた、元副社長だ」

 穏やかだった声に、悲痛な響きが加わる。
 隆は、再び紙にいろいろと書き始めた。副社長、責任、賠償金、遺族、孤児、社長……それぞれを、いくつもの線で結び、一度ペンを置く。表情が暗くなり、そして、目を閉じたままうなずいた。

「ヒラさん、いえ、平田さん。あなたは遺族への賠償、それから、この事故を世間に知らせるために、この手段を選んだんだな」
「……あんたは、本当に優秀な憲兵だ。俺の名前まで知っているとはな。そこまで知っているなら、あんたも知っているはずだ。あの事故は、全く世間に知られていない」
「そうだな、僕もここまで調べるのに苦労したから分かるよ」

 隆は感慨深そうにうなずく。目を閉じ、腕を組んでいた。交渉中、ずっと貫いてきた穏やかさとは別の、人の立ち入りを拒むような雰囲気を、体全体から出している。犯人と、二人のみで共有している世界であった。

 その頃、木島隊員は依然として、別部隊との交渉を続けていた。迫力のある小声が、途絶えることなく聞こえてくる。なかなか、両者とも譲らない。
 そんな中、不意に、こつこつと床を叩く音が聞こえた。会議室の外から、そして、どんどん大きくなる。
 一度、音が止まった。すると、会議室のドアが静かに開く。
 入ってきたのは、五十代ほどであろう、どこの紳士かと目を向けてしまうほどの優雅さを持った、一人の男。きっちりした背広に、黒い帽子をかぶり、手にはステッキを持っている。
 男は、木島隊員の横に立つと、無言で携帯電話を奪い取った。辺りの現場捜査官たちの間に緊張が走る。何せ、あの恐ろしい本部の隊員に対して、この扱いなのだ。
 だが、木島隊員は、驚いたことに、携帯電話をとられるとすぐに、直立不動で敬礼をした。男は、電話をしながら敬礼を返し、静かな口調で何事か話し、そして通話を切った。

「ご苦労だったな、キジ。あちらさんも、快く、突撃をやめてくれたようだ」
「……さすが、織田副本部長、ここまで笑顔で相手の弱みをグサグサ突くとは」
「うーん、最近耳が遠くてね、何と言ったかな、キジ」

 木島隊員は、一言も発することができず、ただ黙って目を泳がせた。
 敵にも味方にも恐れられる、百戦錬磨の木島隊員。それを、今やってきたばかりの男は、きれいな笑顔で、奈落の底へと突き落としたのだった。
 警察機構憲兵隊、そのナンバーツーにあたる、織田副本部長。
 どこか一人娘、えびらと似た黒い瞳に暖かさをにじませて、今なお戦っている部下へと目を向けた。それは、我が子を見る親の視線に近かった。
 一つの交渉が終わっても、会議室では依然として、かの元副社長の声が響き続ける。

「隠蔽に隠蔽を重ねて、新聞にも、事故があって二人行方不明、それだけだ。遺族への賠償もない。社長に直談判した俺は、事故の責任を着せられ、親、妻、子、友人に縁を切られ、このザマだ」

 最後は、自嘲するような響きであった。
 上司が部屋に入ってきても、隆が目を向けることはない。ひたすら、交渉のみに専念する。黒い短髪は汗に濡れて、何滴かメモに落ちて黒い染みを作っていた。
 
「事故を、真相を知らせたいのなら、出てこないかい? それで、今ちょうどマスコミはたくさんきているし、事の次第を伝えよう」

 語りこそ優しく同情的だが、要するに、憲兵隊側からの、二つ目の要求である。
 隆は額の汗を拭った。ついているはずのクーラーは、何の意味も果たさない。汗はこめかみから頬へと、止めどなく流れ続けていた。
 
「だめだよ、西郷さん。そっちへは行けない。マスコミに俺の言うことを報道させるだけにしてくれ」
「だけど、やはり本人が直接言ったほうがインパクトあるし、それに、辛くないかい? 君は無実なんだ。もっと堂々としないと」 

 渋る犯人に、隆は真剣な様子で語りかけた。相手の気持ちを汲み取り、それに沿った話し合いを進める。先ほどから会議室にいる織田副本部長は、黒い帽子を机の上に置くと、年若い部下を見ながらその口元を緩めた。

「無実じゃない、無実じゃないんだよ、俺は……俺に力がなかったから、あの子を、不幸にしてしまった。堂々と前に出るなんて、できるわけがない」

 スピーカーから響いてきた男の声は、のどの奥から無理に絞り出したようなものであった。震えていて、一文字一文字が聞き取りづらい。しゃくり上げる音も、わずかに聞こえた。
 そんな中、隆は冷静に、汗でぬれたメモを見る。そのたくさん書かれたキーワードのうち、いくつかを大きく丸で囲った。

「そのためだったのか。あの事故の遺族を救うために、あなたは……」
「そうだ。あの子に、謝りたい。謝りたいんだ」

 男の、おそらく涙まじりであろう、罪の告白。
 隆は椅子から立ち上がり、一度蛍光灯へと目を向けた。そして、ゆっくりと窓のほうへと歩いていく。ハチロウ社のビルがよく見えた。だが、やはり立てこもり犯の姿は確認できない。
 道路に広がる憲兵達と、それを取り巻く野次馬とマスコミ。その様子を見て、隆はぎゅっと目をつむり、そして、視線をビルに戻して口を開いた。

「彼は、誰も恨んでないよ。恨んでない」

 きっぱりとした口調で、隆は言い切った。他の憲兵隊員達は、二人のみの世界で行われている会話を、間の抜けた顔で聞いている。誰も、二人が何の話をしているか、理解できなかったようだ。
 ただし、織田副本部長と木島隊員は、感慨深げに腕組みをして何度か頷いていた。

「あんた、あの子を、知っているのか?」

 それは、かすれた声だった。 

「ああ。良かったら、会ってみるか? 連絡できるよ」

 隆の表情が和らいだ。汗も止まり始めている。冷房の涼やかな風が、その黒い髪を撫で、そして過ぎていった。
 立てこもり犯からの返答はない。しばらくの、空白があった。
 スピーカーから、ため息が聞こえた。万感の思いを詰め込んだその音。隆は再び表情を硬くする。

「いや、いい。会わせる顔もない。もう、いいんだ」


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