ダーク・ファンタジー小説
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- ゆめたがい物語
- 日時: 2017/06/03 23:50
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136
お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。
と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。
二部開始
芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……
——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。
アドバイス、コメント等、大募集中です!
お客様(ありがたや、ありがたや^^
風猫さん
春風来朝さん
夕暮れ宿さん
沙由さん
梅雨前線さん
ヒントさん
彼岸さん
夢羊さん
- Re: ゆめたがい物語【記念】 ( No.37 )
- 日時: 2012/08/03 00:07
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: LUJQxpeE)
- 参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/527png.html
「……兄さんは、キツネ面って知ってるよな。軍でちょっと話題になってる」
窓の外に目を向けたまま。唐突な問いであった。
「……ああ」
そんな弟に対して、イヴァンはため息とともに目をつむり、低い声で短く答えた。
「どう思う?」
窓から目を離し、兄の碧眼を見て訊いた弟。だが、イヴァンは答えずに再びフォークを取って食べ始めてしまった。
気に障るような事を言っただろうか。ボリスは、不安そうに兄と良く似た碧眼を泳がせる。すると、イヴァンはフォークを置かずに口を開いた。
「どうとも。ただの人殺しだな。俺みたいに」
「兄さん……」
感情のこもらない淡々とした口調で答えると、イヴァンは残っていたスパゲッティを一気に食べきった。
軍医といえども、彼は戦闘兵科付きである。戦場では安穏と安全地帯にいるのではなく、前線部隊とも行動をともにし、必要とあれば引き金も引いてきた。
「問題を取り違えてるな、みんな。危険人物を殺すのが正義か悪か? 違うだろ。シベル軍も大和国防軍も危険人物を殺しても義とされる。キツネ面と何が違う? この問題は、法の下の殺しは正義か、だ」
どこかに、先日参加した国防軍の任務を引きずっている面もあったのだろう。そして、それ以上に今までの自分の経験もあった。
イヴァンは、コップに入っている氷を口に含み、奥歯で強く噛んだ。歯に滲みたのか、少しだけ顔を歪めた。
「兄さんなら、そう言うと思った。じゃあさ、一時期騒がれた臓器移植は? あれも法の下の殺し、違うか?」
ボリスの目の色が変わった。おそらく、これが本題なのだろう。
軍医である兄、もっといえば、医者である兄に訊く。イヴァンの表情は、徐々に困ったような苦笑いになっていった。
「これはまた難しい。シベルじゃ、宗教上御法度だな。でも、大和じゃ合法。移植で助かる命があるのは事実で、目を覚ます見込みがなく、しばらくして死ぬなら、そっちの方が良いって理屈だな」
そう言った時、ボリスは眉間にしわを寄せてうつむいていた。イヴァンは、そんな些細な表情の動きを決して見逃さない。
「いいか、ボリス。大和が残酷なんじゃないぞ。これも、文化の違いの一つだ」
文化、特に宗教が関わったときの弟の思い込みの激しさを、イヴァンは良く理解している。誤解の種は一つずつ解いていかなくてはならない。すれ違ったままだと、後々大変な事になるのだ。
それを受けて、ボリスはうつむきながら静かに頷く。納得はしきれていないのだろう。だが、固執する事はなく、それでもやはり思い詰めて、また心配そうな表情で兄を見た。
「兄さんは、どう思う?」
「俺は、どちらかと言えば反対。目を覚まさず、治療の見込みもほとんどない。そんな状態でも、やっぱり生きてるんだ。認められないだろ、大切な人なら。……俺も、ボリス、もしお前がそうなっても、絶対守り抜くよ。俺がそうなったら、迷わず誰かに心臓あげてくれ」
どこかイヴァンは、遠くを見るような目で言った。澄んだ碧眼は弟を通り越して、ただその後ろの花瓶にぶつかる。染み一つない純白の陶磁器からは、薄紅色の芙蓉が静かに顔を出していた。
弟は、兄と視線を合わせる。イヴァンの視界から花瓶が消えた。
「僕も、僕も兄さんを守るよ」
「……それが、お前の答えだ。守れば良いんだよ、とことんな」
※参照は記念のイラスト(のつもり)です。
- Re: ゆめたがい物語【記念】 ( No.38 )
- 日時: 2012/08/24 23:38
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Pc9/eeea)
その言葉に、弟が答える事はなかった。ただ静かに、窓の外を目に映す。
ちょうどその頃になると、イヴァンが注文したパフェも来た。クッキーやらクリームやら、これでもかというほど突き刺さったり塗られたりしている。
自然と、ボリスの視線は、満面の笑みで抹茶クリーム付きのクッキーをほおばる兄の姿へと変わる。昔から家のためにと我慢ばかりしてきた兄が、嬉しそうに自分のしたい事をしている姿は好きだった。
「兄さんは、今回はいつまで大和にいるんだ?」
「いつまでかな。来週まではいるつもりだ。明後日の花火大会は見たいし、三笠の学園祭、来週末にあるんだけど、何か手伝いさせられるし、それから、一人もう少し治療の必要な下士官もいるし」
それを聞いたとき、ボリスは昼にあった老婦人の孫を思い出した。ボルフスキー大尉によって命を救われたと話したその青年。きっと彼の事だろう。
「病院でその人に会ったけど、兄さんにすごく感謝してるって言ってた」
「そうか。もう話せるぐらいには回復したんだな。それは良かった」
取り皿にクッキーやクリームを盛りながら、イヴァンは心底ほっとしたように整った顔を緩ませた。口の周りにはクリームが付いていたが、ボリスは何も言わない。エリートの兄よりそんな抜けた兄の方が、彼の知る兄らしかった。
パフェの半分くらいを皿に入れると、イヴァンはスプーンとともに弟に差し出した。
「僕いいよ、兄さん。食べたかったんだろ?」
慌てて首を振る弟。皿も突き返そうとする。そんな様子を直視せず、イヴァンはパフェをよそった皿に視線を落としながら口を開いた。
「……昔は、一個の菓子パン、こうやって分けて食べたろ」
その言葉で、不意にボリスは、暖炉の火すら満足に灯せない、生きていくのでやっとの頃に戻ったような気がした。幼少期と言って良い時期だ。明るい電気の光は、短いろうそくの火に変わったように感じ、つるつるのテーブルはひび割れた木の板に見えた。
「これからどんなに出世して金に余裕ができても、それでいろんな事忘れても、あの時の気持ちだけは、忘れちゃ何か、ダメになる気がすんだな」
きっと、兄もボリスと同じ光景をその目に映していた事だろう。
いや、小学校を卒業してから八年間、収入の芳しくない両親に代わって家計を支えてきた彼なら、もしかしたらもっといろいろな事が見えているのかもしれない。
ボリスは、差し出されたスプーンを手に取って、クリームをすくうと口へ運んでいった。イヴァンと同じように頬は緩み、さらに目も輝いていく。
「……この仕事終わったら、俺ちょっと忙しくなるけど、父さんの看病と、母さんの手伝い、よろしく頼むな」
ささやくような、静かな声で兄は言った。ボリスは少し顔を暗くする。自然と、スプーンを動かす手も止まった。
「前線に、また行くのか?」
重たげに口を開いた弟。それに対して、イヴァンはフッと微笑むと、その表情のまま水を一口飲んだ。
「いや、今度は俺の用事。病気の子をな、治す手伝いができるかもしれないんだ。つっても放浪の旅してる師匠を捜すのが俺の仕事だけど」
「兄さん、よかったな」
ボリスは自分の事のように喜んでいた。自然と、顔全体にこれでもかというほど明るい色が広がっていく。
イヴァンがなりたかったのは、軍医でなく普通の病院にいる、白衣を羽織った医者ではないか。ボリスは常々思ってきた。軍医になったのは選択肢がそれしかなかったからで、決して意志ではなかった。そう考えているのだ。
嬉しそうな弟。それを見てイヴァンは笑顔を浮かべ、次々とパフェを腹へと運んでいく。
気づけばレストランの客はこの外人の兄弟以外、誰もいなくなっていた。
- Re: ゆめたがい物語 ( No.39 )
- 日時: 2012/09/12 00:30
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: B/p47WjD)
第八話 夢見る少年と夏祭り
太鼓の低い音が、体の芯にまで響いてくる。
昼までは大雨だったが、今では信じられないくらいに雲は晴れ、月が微笑みを湛えて顔を出し、さらにぼんぼりの明かりが、楽しげに神社の石畳を照らしていた。
参道では、色とりどりの袖がひらひらと舞い、威勢の良いかけ声があちらこちらで飛んでいる。
夏祭り。
そんなにぎやかな通りを、ほかの子供と変わらない軽やかな足取りで進む黒髪短髪の少年が一人。
「中……竹兄ちゃん、綿あめ買って!」
「嵐はよく食うなぁ。はいよ、綿菓子な」
長袖に半ズボン姿で無邪気に笑う、小学生の“弟”。その頼みを呆れながらも聞いてやる“大学生”の“兄”。
福井竹丸は青い縦縞をした浴衣の袖から財布を取り出し、禿げた綿菓子屋の親父に小銭を手渡した。
「坊主、良い兄ちゃんがいて幸せだな、歩きながら食べるんじゃないぞ」
電球で頭を光らせながら、親父は綿菓子を手渡した。様々な客を見てきた彼にも、この二人は十歳ほど年の離れた兄弟にしか見えなかったのだろう。
嵐は「うん」と大きくうなずくと、屋台の並んでいる参道から少し離れた木の下まで歩いていった。にぎやかで明るい屋台通りとは違い、そこはぼんぼりすらなく、わずかに置かれた照明だけが辺りを申し訳程度に照らすといった場所であった。
「あ! 当たりだ! やった、もう一本もらえる!」
早々と食べ終えた嵐は茶色の目を輝かせながら、隣の竹丸に赤く塗られた割り箸の先を見せた。
生温い夜風が二人の前を通り過ぎる。辺りに広がる竹林のさざめきが、祭りの音をかき消すように流れた。
竹丸は風に袖を揺らめかせながら、わずかに目を左へ動かす。すると、こちらも薄い笑みを浮かべた。
「俺も“当たり”だ……職場見学したいなら、ついてこい」
そういうと、一本結びにした長い茶髪を静かに踊らせ、竹丸は竹林の方へと歩いていった。
割り箸を鞄にしまうと、嵐もその後を追っていく。さざめきとともに、波の行き来する音も聞こえてくる。竹林の先には、海岸があるのだ。
「作戦通りだ。全然気づかれてない。やっぱ、子供連れだと紛れ込みやすいな」
竹丸は雨の雫で湿った竹林を歩きながらつぶやいた。連れの少年以外、近くに誰かがいる気配はしない。ただ大きな狐が走り去っていく。人気のない場所であった。
「俺役に立ってますか? 中佐みたいな国防軍人になりたいから、すっげーうれしいな。職場見学もできるし」
息をひそめつつそういう少年に、竹丸は静かな微笑みを浮かべた。
職場見学。それはかの大捕り物の後のこと。何の役にも立たなかったどころか、目の敵にしていた東郷三笠に身を挺して庇われ、落ち込んでいた秋山嵐に、福井中佐が約束したことに始まった。
「今度仕事の手伝いをさせてやる」と。
今回中佐が追っている事件。それは国防軍の任務ではなかった。彼が自分の勘で動いただけであった。用心深く、さらに情報収集に長けている相手だから、少しでもそういうそぶりを見せてはいけない。そのため、国防軍にも、また犯罪者逮捕を職としている憲兵隊にも、連絡は入れなかった。
念には念を。見る人が見ればすぐに国防軍人と分かる男が、一人でふらふらと祭りにいたら違和感がある。そこで彼は、どこにでもいる小学生である嵐に同行を求めたのだ。
「でも、やっぱり親子設定にした方が良かったんじゃないか? 二十歳以上年の離れた兄弟なんてそうそういないぞ」
「福井中佐、三十代半ば近くなんて今日初めて知りましたよ。どっからどうみても大学生くらいじゃんか」
実年齢に似合わない若々しい顔でため息をつく竹丸。自覚がないのだ。嵐はまた違った様子のため息を一つ。しかし、それは当の本人に届くことなく、いつの間にか波の音の中に消えてしまった。
数分歩くと突然竹林が開け、目の前には月に輝く黒い海が広がっていた。
遠くの海には何隻もの船が並び、今も二人のいる砂浜から離れたところで船が次々と出されている。
「中佐、あの人たちは何やってるんだ? もしかして、今日戦う感じ?」
腕まくりをしながら意気揚々という小学生。今にもその手のひらから炎を出さんばかりだ。
竹丸はその腕をつかみ、苦笑いを浮かべた。
「夜中から海の区の花火大会があるんだよ。雨も止んだしな。あの船で花火を打ち上げる台船に職人さんとか花火とかが移るんだろうな。お前さん、さっきの露店が花火大会関係のって知らなかったのか?」
「だってあの花火大会遅くて見たことないし。なんで日が変わってからすんだろ」
嵐は竹丸の呆れ顔に対して、膨れっ面になって返した。思わず、大きな声を出してしまったが、咎められることはなかった。
月明かりが二人を照らす。その淡い光の中で、竹丸は目をつむって、まるで学校の授業のような口調で語りだした。
「……外暦一七一七年、大和国において伝染病の大流行、さらに大飢饉も加わり、数十万という人々が命を落とし、また、娘を売ったり生まれた赤子を殺したりする風習も広まった。死者への追悼、それから暗雲立ちこめ絶望した人々に光をともそうと、遅い朝日の訪れの前に花火職人たちが打ち上げたのが始まりといわれている……物事にはちゃんと歴史もあれば意味もあるんだよ」
「中佐、先生みたいだな。“竹兄ちゃん”じゃなくて“竹丸先生”って感じ? さすが首席! 強いだけじゃなくて頭いいなんてすっげー!」
むくれていた少年の表情は、独り語りを聞くにつれ、どんどん尊敬の念を込めたものへと変わっていった。月明かり故だろうか。その瞳ははっきりと分かるほど輝いている。
その時、嵐は気づいていなかっただろう。竹丸は、表情に影を落とし、強く唇を噛んで、輝くその茶色の瞳から目を逸らしていた。
「……さて、ゆっくりしている時間はない。行くぞ、動き出すとしたらそろそろのはずだ」
表情の影を微笑みで消し去り、福井中佐は船が出ている方へと歩いていく。
祭り囃子の音が竹林の向こうから流れてくる。波の単調な音に、笛やら太鼓やらの盛り上がりを見せる音。そんな二つの真ん中では、ただ雨で濡れた砂の上を黙って行く湿った足音が微かに聞こえる程度であった。
- Re: ゆめたがい物語 ( No.40 )
- 日時: 2012/09/10 00:14
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: B/p47WjD)
向かった先は、船が出て行く桟橋近くにある倉庫だった。
つなぎにヘルメット。もしくはねじり鉢巻。花火職人たちが忙しそうに運搬作業を続けている。もう佳境だろうか。本来なら日のあるうちに終わらせるものだが、雨の影響ですっかり月の出ているこの時間までかかってしまったようだ。
当然、立ち入り禁止である。ことを大きくしたくない中佐は、まず嵐に物陰で待機しているように命じ、次に職人たちの目をかいくぐって、また時折自身の“チカラ”を使いながら、倉庫の中へと入っていった。
「……祭り囃子が鳴り響く中、倉庫で一人で過ごすなんて寂しい人生送ってんなぁ」
蛍光灯の明かりが照らす倉庫の中。片腕を着物のたもとの中に隠しながら、福井中佐は乱雑に物の入れられた棚に向かって、意地の悪そうな笑みを浮かべてつぶやいた。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた段ボールが動く。
すると、轟音とともに中佐に向かって鉄製の工具が弾丸のように飛んできた。咄嗟に避けられるスピードではない。
しかし、いたはずの中佐はそこにはいなかった。棚の前。いつの間にか、その中に座り込む中年の男の手首を、たもとに隠していた手を出して掴んでいた。
「よう、爆弾魔。元花火職人、作った花火で孤児院をはじめとした様々な施設を爆破、指名手配中。ここをターゲットにすんじゃないかって思ってたよ」
棚から引きずり出された男。外の花火職人たちのような格好だ。ただ、髪はぼさぼさで、服装も気を遣っていないようで煤だらけ。その中で、ねじり鉢巻だけが真っ白で清潔に保たれていた。
「ふん、憲兵か、国防軍か。当然だろう? 若造。爆発は、大きいほど意味がある。観客にお望み通り見せてやる。末期その刹那に、目の前に広がる美しい大輪の花を」
「死者への追悼、明日への希望が、全てを暗闇にたたき落としてどうすんだよ、元花火職人」
乾いた唇を裂きながら巻き舌気味にまくしたて、ニィと笑う男。福井中佐は眉間にしわを寄せる。話すのもばからしい。一度はっきり聞こえるように舌打ちをした。
「……分かってないなぁ、おいらの行動を読んだまでは良かったんだがな」
「分かってたまるか、そんなふざけた理論」
「分かってないなぁ、本当に分かってない。おいらは、元花火職人じゃあない」
男は唇から流れる血を舌でなめる。そして頬を上げ、ガタガタの歯を見せて、笑った。
「今も現役の花火職人だ!」
咄嗟に掴んでいた手首を放し、距離をとった判断は正しかった。その瞬間に、男の辺りで爆発が起きる。大会用の花火は運び出されていた後だったため、大爆発とまではいかなかった。それでも、倉庫は半壊し、火の手まで上がっている。
作業を終えようとしていた花火職人たちは、何事かと慌てて倉庫に向かった。外で待機していた嵐も、突然のことに考えることもなく倉庫へ駆け寄る。
すると、煙の中から見知らぬ男が飛び出してきた。服はぼろぼろだが、あの爆発にも関わらず、大きな外傷があるようには思えない。
「今度こそ敵だな!」
嵐はそう叫ぶと、走り去ろうとする男の足下に、拳ほどの大きさの炎を手のひらから出してぶつけた。動きを止められないまでも、何らかの傷は与えられただろう。証拠に、男は小さくうめき声を上げていた。
だが、そこまでだった。男は嵐の方を向く。暗闇で表情は見えない。急に、男の周りが光った。苦々しい顔が見えた。すると、轟音とともに砂煙が舞い、そして熱風とともに嵐の体が宙に浮く。
どのくらい経ったのだろうか。数秒か、はたまた数分か。気づくといつの間にやら、嵐は福井中佐に抱えられて、崩れた倉庫の前にいた。男の立っていた辺りでは砂埃が舞う。しかし、すでに誰もいなかった。
「大きなけがはないな? 言っとけば良かったな、あいつもチカラを持っていてな、能力は爆発。お手柄だ、嵐。足に怪我してりゃ、いつも通りには逃げ切れまい」
嵐を降ろすと、中佐は静かな微笑みを浮かべて頭を撫でた。近くの花火職人たちは倉庫の消火活動にあたり、大会用に待機していた消防団も動き出したため、こちらは大事にならずに済むだろう。
「すぐ追おう、中佐。あんな危険なやつ、早く捕まえないと死人が出る」
「……そうだな、早く行かないと、死ぬな。俺たちがちゃんと捕まえてやんないと」
やられて早々に意気込む少年。それに対して、福井中佐は意味ありげな目配せをしてうなずく。
そんな時、年配の花火職人が近づいてきた。状況を考えれば当然か。何せ、部外者は今のところこの二人しかいないのだ。
「失礼、職人さん。国防軍の福井です。すみませんが、こっちはよろしくお願いします。私達は、このまま犯人を追いますから」
浴衣の懐から写真入りの身分証を取り出して見せると、福井中佐は砂埃の向こうへと走っていった。あっけにとられる職人。ねじり鉢巻は緩んでずれている。だがそれもつかの間、力強く絞め直すと、走り去る背中にありったけの大声をぶつけた。
「気張ってけぇ、兄ちゃん! とっちめてやれい!」
気持ちのよい職人肌。
力強い声を受け、二人はさらにペースを上げて走る。薄暗いコンクリートの道。チカチカと切れかかっている街灯の下で、狐がゴミ袋をあさっている。静かだった。祭り会場からは遠ざかり、お囃子の音も遠くの方で微かに聞こえる程度。
そんな中で、突然二人の耳に甲高い音が響いてきた。閑散とした海沿いの道で、一つだけ空高くに向かう音。
それは、横笛の音だった。
「遅かったか……!」
福井中佐は悔しそうに歯ぎしりをしてつぶやいた。街灯の下の狐は闇の中へと消えていく。
それでも走る速度は落とさない。浴衣が多少乱れても気にしない。笛の音が聞こえた方へ、ただひたすら足を進めた。先へ、先へ。中佐は息を切らすことなく、海岸沿いの坂を駆け上がる。
いつの間にか、走りにくい服装にもかかわらず、中佐はどんどん先に行く。途中で嵐はついていけなくなり失速した。だが、中佐が振り返ることはなく、また嵐も声をかけることなく、できる限りの速度で追いかけていた。
- Re: ゆめたがい物語 ( No.41 )
- 日時: 2014/02/04 13:52
- 名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)
——たかだか小学生に、足にやけどを負わされた。
痛む足を気遣い、また自身のチカラの助けを借りながら、爆弾魔は何とか海岸沿いの坂を上りきった。ぼさぼさだった頭はさらに悪化し、汗が止めどなく首筋を伝っては落ちていく。
その先。反対側の坂を少し降りたところには寺と広大な墓場が広がり、隠れる場所は豊富にある。その上、この日は深夜からの花火大会に伴う諸々の法事のため、寺には大勢の人が訪れていて、帰り際にまぎれ、逃げることもできる。
男は、上りきった坂から目下に広がる楽園の明かりを目に移し、再び乾いた唇を裂いて笑みを浮かべた。
「あのガキ、ただじゃあ済まさん」
先ほどの倉庫の方に目を向け、男は流れる血をなめながら忌々しげにつぶやく。祭り囃子だろうか。笛の音が流れてくる。ふいに、先ほどの長い茶髪をした青年の、憎らしいほど整った顔も浮かんだ。
「一人で祭り囃子も、乙なもんだ。分かんないかなぁ、若造」
笛の音を聞きながら、一人つぶやく男。心なしか、高く透き通った笛の音が大きくなる。
いや、違う。
男は、気づいた。大きくなっているのではない。近づいているのだ。
そして、はっきりと気づく。爆破した倉庫より遠くの祭り囃子が、こんなところで耳に響くように聞こえるはずがないことに。
——笛の音高く、響いたら。
いつか爆破した孤児院で聞いたわらべ歌が、首筋を流れる冷たい汗とともに、体中で鳴り響く。
震えが止まらない。何とか体を動かし、そっと後ろを向く。笛の音が、さらに大きく、また高く響き渡る。
——すぐそこちょうど、その後ろ。
その後ろには、白い狩衣を海風に揺らし、不気味な狐の面を着けた死神が、横笛を吹きながら佇んでいた。
「よう、キツネ君。また横取りか、相変わらずだな」
坂を上りきった竹丸が見たのは、胸から血を流して絶命している爆弾魔と、その横で返り血を浴びることなく、真っ赤な刀を懐紙で拭うキツネ面をした一人の暗殺者。黒髪は長く一本結びにしていて、不気味に微笑む面を着けたその表情を読み取ることはできない。
「そこの指名手配中の爆弾魔、それからお前さんが祭りにいるのを見て、狙いまでは分かったんだがな。どうも、詰めが甘いんだなぁ、俺」
福井中佐は頭をかきながらそんなことをぼやく。キツネ面が答えることはない。刀を鞘に納めると、真っ白な狩衣の赤い帯に差して、明るい寺の方の坂へと歩いていった。
波の打ち付ける音が、横笛の代わりに聞こえてくる。竹丸は、去っていくキツネ面のしゃんとした背中を見た。
「今日は花火大会だ、キツネ君。死者への鎮魂、明日への希望。なぁ。お前さんも見て、そのしけた面何とかしろよ」
「……人を殺す爆発が、本当に鎮魂になるとすれば皮肉ですね、中佐殿」
初めて、キツネ面が声を発した。籠って聞き取りづらいものだったが、冷たさだけは伝わってきた。星がよく見える。崩れた浴衣を直しつつ、竹丸は微笑んだ。
「だから見ろってんだ。人を笑顔に、幸せにする爆発も、要は使い方次第。あるってもんだ」
そんな時に、嵐がやっと坂を上りきってきた。そこは惨殺現場。彼はただの、どこにでもいる小学生である。
うまいこと嵐から爆弾魔の死体が見えないように、死角となる位置に立つ福井中佐。そのまま“チカラ”を使って嵐を遠ざけようとしたが、その必要はなかった。その頃にはキツネ面が死体を海に落としてしまっていた。
嵐の目にはっきりとその暗殺者が映る。揺れる狩衣、不気味に月明かりで照らされるキツネの面。
次の瞬間には、その視界から消えてしまっていた。
「中佐……今の」
「キツネ面。先越されちまった。あの爆弾魔、捕まえられれば、もう少し長生きさせてやれたのにな」
「じゃあ、さっきの、死んだ、の?」
大きな茶色の目をふるわせ、恐る恐る尋ねる少年。崖の淵には星に照らされた赤い染み。
福井中佐は悔しそうに「ああ」とだけつぶやくと、海の方を向いてため息をついた。
「ま、職場体験終了。人の生き死にが、そのまま目の前に現れる職場だ。家に連絡しとけ、少年。花火まで見ていくぞ。やってらんねぇや」
きびすを返し、元来た道を戻る竹丸。近くの波の音、遠くの祭り囃子。鎮魂と希望の花火開始まではまだまだ時間があり、ましてや本当の朝日までは更なる時を待たねばならない。
月と星のほのかな明かりだけが、慰めるように黒い海を照らしていた。
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