ダーク・ファンタジー小説

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ゆめたがい物語 
日時: 2017/06/03 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
 社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
 物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。

と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 二部開始
 芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……

 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。


 
 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん
 沙由さん
 梅雨前線さん
 ヒントさん
 彼岸さん
 夢羊さん

Re: ゆめたがい物語 番外編 ( No.87 )
日時: 2014/05/14 22:00
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: SsRumGYI)

 第二部
 序

 朝から空はすっきりと晴れていたが、遠くの山の方には雲がかかり、その麓には一抹の不安を落としていた。
 桜の花びらが、澄んだ空気の中を流れていく。
 その桃色のベールの中を、何組もの親子が、晴れ晴れとした表情でくぐっていった。
 極東の島国、大和国。その首都東城、ベッドタウンとして発展している海の区にある、公立中学校の入学式である。
 体育館は、厳かな空気に包まれる。どこも母親か父親、もしくはその両方が式典に参列していた。
 その中に、一人だけ、高校のブレザー姿の少年がいた。前髪は無造作にパッツリと切っていて、茶色の瞳はただ一点を、新入生の中の、ただ一人だけを見つめていた。

「秋山嵐」
「はい!」

 中年の担任が、自分の受け持つ生徒たちの名前を順番に呼んでいく。返事をする生徒に目を向けるとこはなく、やはり少年は一人だけを見守り続けた。
 そして十何人か後に。

「東郷芙蓉」
「はい」

 少年、東郷三笠の茶色の瞳が、そうと分かるほど明るく輝いた。あるはずのなかった未来。諦めかけていた中学のセーラー服に身を包んだ妹の元気な声を聞き、三笠は満足げに何度も頷いた。

 桜を眺めながら、スーツ姿の青年は中学校の校門前で立ち止まる。何組もの親子が、やはり期待に胸を膨らませて出て行った。入学式と書かれた看板を見て、頬のほくろを軽くかく。 

「そっか、仕事が忙しくて忘れてた、今日は芙蓉の……」

 警察機構憲兵隊の西郷隆。普段は真面目な人間だが、今日くらいは、仕事の途中ではあるものの、しばらく校門の前で待ってみようと思った。いや、真面目だからこそ、一言くらい挨拶できればと、そう考えたのだ。
 
「……でも、まさか入学式に来てたなんて」

 耳に入ってきた聞き覚えのある声。待ち人、高校の後輩にあたる少年、東郷三笠に間違いない。待った時間は数分程度で、なかなか今日はついていると、思わず隆の口元から笑みがこぼれた。
 校門から、三笠と妹の芙蓉が出てくる。
 いや、それだけではなかった。
 そこには、もう一人、先客がいた。

「来るなら言ってくださいよ、竹丸先輩」

 三人目が目に入ると同時に、その人物の名前も、自然と耳に入ってきた。
 その整った顔と、名前。
 西郷隆は、三笠たちに挨拶するのも忘れて、全ての力が抜けたように、今にも泣き出しそうな目で、福井竹丸国防軍中佐を見た。

「敦賀、先生……」 

 その呼び名に、竹丸は固まってしまった。東郷兄妹など、二人の視界には入っていない。二人だけの世界が、校門前と言う場所すら忘れて、ただ一面に広がる。
 その中で、桜の花びらだけが、はらり、ひらりと舞った。

「前、三笠のアパートですれ違った時、似てるって思ったんです。僕です、西郷隆です、ずっと、先生を探して……」

 震える声で言った隆だったが、いつのまにか、瞬きをする間に、とでも言おうか、そこにいたはずの福井竹丸は、どこにもいなくなっていた。

 海の区。その端の山に近い場所にある、古びたアパートの一室。逃げるように部屋の中に転がり込んできた竹丸を抱きとめたのは、知的な瞳を持つ茶髪の女性、安倍かずらだった。

「どうか、したの?」

 心配げに問いかける恋人の腕から逃れるように、竹丸は部屋の隅の方へと座り込んだ。しかし、吐き出したい気持ちが洪水のように心で荒れ果て、しばらくすると、絞り出すように言った。

「昔の教え子に、会った」

Re: ゆめたがい物語  ( No.88 )
日時: 2014/07/03 17:39
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)

 シベルの四月は、まだ凍りに閉ざされた極寒の冬である。
 暗く淀んだ空の色。雪にいつ潰されてもおかしくないような家が建ち並ぶ寂れた商店街。その中で、青年はほう、と白い息を吐いた。片側だけのばして編み込んだ黄緑色の髪が、わずかに揺れる。靄はしばらく目の前で広がり、そして何事もなかったかのように、凍える風の中へと消えていった。
 不意に、青年はコートの袖を引かれて、立ち止まった。引かれたと言っても、振り払おうと思えばいつでも振り払える、弱々しい力である。
 足下には、まだ小学校に上がる前であろう女児。やせ細ったその頬に年相応らしさはなく、服もつぎはぎだらけも粗末なものであった。
 この辺りでは珍しくもない。
 物乞いである。

「ごめんな、お金は今もってないんだ。コートやるから、古着屋に行ってお金にしな」

 そう言って渡したコートも、首都の古着屋で買ったものであった。
 それでも、幼女は何度も震える声で礼を言い、コートを引きずるように走り去っていった。
 イヴァンは、それを複雑な心境で見続ける。
 物乞いの幼女は、かつての自分たち兄弟だったのだ。

 商店街は寂れているとはいえ、この辺りで一番の発展した場所であることは変わりない。その中心。買い物客や商人、物乞いがぽつぽつといるその付近。
 そこには四階建ての病院があった。
 その三階。窓際の個室はこの病院内では一番高い入院費のかかる部屋であった。とは言っても、ベッド一つと小さな棚、そして椅子が二つ置ける程度ではあるのだが。

「……というわけで、ボリスは来週から学校で大和に行くよ」

 狭い病室で、イヴァンはベッドの上の患者と話していた。元々笑顔でいることの多い青年だが、この時は弾むように楽しそうで、多少の寒さは吹き飛ぶくらいだった。
 ベッドの上には痩せた初老の男。イヴァンを見つめるまなざしは優しく、だが一方で、どこか影を落としていた。

「俺も当面は首都勤務だし、父さんも安心して養生してくれよな」
「……すまないな、イヴァン。いつもお前ばかりに苦労をかけて」

 父さん、と呼ばれた入院患者は、そう言って、実の息子に深く、深く頭を下げた。厚い窓ガラスを、そうと分かるほど、冷たい風が何度も叩く。
 今日は吹雪になるなと、イヴァンは一人思った。

「苦労なんか何もないよ。これは俺が俺自身のために選んだ道なんだからさ」

 頭を下げる父から、息子は目を斜めに背けた。
 
「いや、お前には本当に申し訳ないと思ってる。俺の体がもっと丈夫で、金を稼げていたら、中学にだって高校にだって、大学にだっていかせてやれたかもしれない。それなのに、俺や母さん、それからボリスのために、命がけの戦場に行かせて……」

 父の言葉を、イヴァンはやはり目を背けながら聞いていた。
 彼は、小学校の頃から、秀才と名高かった。進学の道を自ら諦め、軍に入ると言い出した時は、小学校の校長が家に押し掛けて猛反対したほどだった。
 結果としては、現在二十一歳にして大尉と言う称号を手にするほどまで出世したが、その道のりは平坦ではなく、入退院を繰り返しているとはいえ、父はよくそれを知っていた。

「父さん、俺さ、父さんと母さんにはすごく感謝してるんだ」

 今度は、目をそらさずに、イヴァンはまっすぐ父を見た。
 澄んだ碧眼は、やはり父とよく似ている。きれいな笑顔だった。

「父さんと母さんは、俺にこんな丈夫な体と、自分で言うのもなんだけど、回転の速い頭をくれた。それさえあれば、俺は俺の手で、どういう風にでも自分の将来を決めていける。ありがとう、父さん。俺は今、幸せだよ」

 これは、ある春の日の、ボルフスキー一家。
 雪と氷に閉ざされた北の国の、誰も目を向けないような片田舎。
 雪解けはまだない。
 閉ざされているからこその、暖かさの中で、人々は今日も生きる。
 雪解けの足音は間近まで、そんな、春のことだった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.89 )
日時: 2014/08/21 20:10
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)

 第一章 ある兄妹とある中学生

 その日は、東郷三笠にしては珍しく、朝から高校に居る日だった。
 というより、確実に昨年よりも出席率は上がっている。最近では、朝から居ない日の方が珍しい。
 クラスメートの間では、安倍ほたると同じクラスになったからだと囁くが、さてどうだろうか。
 そんな朝の、国立秋込高校。屈指の神学校と名高いその高校の朝は、驚くほどのどかなもので、勉強している人間は誰一人としておらず、将棋を打つ男子生徒、アニメ談議に花を咲かせる女子、そして、他愛のない話を楽しむ生徒たち。
 
「……しかし、医学部志望で東大行くなら大変だな、理三だろ?」
「そう言う東郷君はどうするのよ?」
「考え中、東大も良いと思うし、シベルに留学するのも捨てがたい」

 東大だ、留学だと、そう言う重たい話をしているが、二人とも決して思い詰めた表情ではない。この高校では、東大進学も留学も当たり前の事であった。
 東郷三笠は親友の安倍ほたるを数秒じっと見つめる。茶色の鋭く、また優しい瞳が、まっすぐに射抜いてきた。窓際に座っている少女の頬を朝日が照らす。ほたるは顔を赤くしてそっぽを向き、三笠はそれを見て面白そうに口角を上げた。

「ま、芙蓉が心配だから、やっぱ国内に残るかな」

 じっと見つめてきたのは、やはり妹と自分を重ねているからかと、ほたるは少し暗い気持ちになった。まとめた茶髪も元気をなくしたように、下へとしゅんとしてしまった。
 しかし、それを批判する気にもなれない。東郷三笠は今まで妹のためにだけ身を危険にさらし、そしてこれからも妹のためだけに銃を握るのだろう。
 そんな分かりきった事。ほたるは目を背けたまま、開け放たれた窓、その青く澄んだ空を見上げた。
 そんなとき、携帯のバイブル音が聞こえてきた。ほたるのではない。
 三笠はポケットから携帯を取り出し、表示された名前を見るや否や、すぐに耳に当てた。

「芙蓉か、どうした? 何かあったか? 大丈夫か?」

 立ち上がりながらの、その慌てぶり。将棋を打っていた男子生徒たちはバッと顔を上げて、普段冷静なクラスメートを見つめる。 

「え? 今日部活後に友達連れて家に来る? 分かった分かった、お兄ちゃんに任せとけ、完璧なもてなしをしよう!」

 ここまで来れば、シスコンも良い所である。
 クラスメートの大半は、まだ三笠が妹を溺愛している事は、殆ど知らない。今の会話も、何の話をしているのか掴めず、ぽかんとした表情で見ていた。
 通話を切ると、三笠は鞄を手に取る。どこから見ても、帰り支度であった。

「……東郷君、まだ朝だよ?」
「腹痛とでも言っといてくれ。じゃ」

 軽い調子でそんな事を良いながら、三笠は出入り口へと歩いていく。
 ちなみに、仕事だと言う嘘をつかないのは、ついても無駄である事を知っているからだ。彼の直属の上司である福井竹丸中佐は、絶対に学校をサボるなんて言う事は許さない。
 そしてまた、安倍ほたるも同じ毛色の人間であった。

「じゃ。じゃないでしょ、ただでさえ仕事ですぐ休むんだから、今日はちゃんと最後まで居なさい!」

 中学時代、陸上部部長として鍛えた足。そして、帰宅部エースと謳われるそのスピード。出て行かんとする三笠の引っ捕まえるには十分な実力。そして、三笠も三笠で、ほたる相手にチカラを使うほど、落ちぶれてはいなかった。

「芙蓉に恥をかかせるなんてできるか! 死んだ母さんみたいにせめて手作りの菓子くらいは作って……」
「じゃあ、私も作るの手伝うから、だからちゃんと授業出て、三時に終わるんだから間に合うでしょ? 芙蓉ちゃん部活のあとに帰ってくるんだったら大丈夫よ」

 良くも悪くも妹とほたるを重ねてしまう三笠である。妹に弱い事はもちろんだが、ほたるにも実は弱い。しばらく駄々こねていたが、始業のチャイムと共に諦め、その日は——昼休みに抜け出そうとした所をほたるに捕まったものの——結局三時まで教室にとどまった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.90 )
日時: 2014/08/20 19:34
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)

 つい一週間ほど前に、はじめて顔を合わせたばかり。
 そんなことも、少年少女たちには些細な事でしかない。
 満開の桜も終わりを迎えた、公立中学校。窓の外では、春のうららかな日差しを浴びた花壇の花々がそれぞれの美しさを持ち、輝いている。

「じゃ、芙蓉は旅行とか行った事ないんだ?」
「ずっと病院にいたもん」

 小学六年生の夏休みと比べ、十センチくらい背の伸びた秋山嵐は、隣の席の少女を少しびっくりした目で見ていた。ただ単に、春休みの家族旅行について、世間話のつもりで話しただけだった。それが、まさかここまで重たい話になるとは。
 嵐は居心地が悪そうに目を左右上下に動かした。

「というより、遊びにいくってことがなかったかな。退院してから入学まであんまりなかったし、お父さんとお母さん、まだ遠くてお仕事だって言うし、お兄ちゃんも忙しそうだったし」

 ふわふわしたツインテールが、そよ風に揺れる。花の香りが風に運ばれて、嵐の前を通り過ぎる。
 少女は、何事もないかのように言った。
 彼女は、その世界しか知らないのだ。

「来週、三連休だし、頼んでどっか連れてってもらえば? 芙蓉の、兄ちゃん、だっけか? 兄ちゃんは一緒に住んでるんだろ?」

 何気なく言った言葉であるが、その兄と言うのが一年前の夏以降、何かと腐れ縁のある守銭奴国防軍人である事に、嵐は気付いていない。
 芙蓉は、それに対して、困ったような微笑みを浮かべるだけだった。諦めに近かったかもしれない。兄と同じ色の茶色の瞳は、嵐からわずかに逸らして、廊下の方を見つめていた。

「でも、だめっていうよ、お兄ちゃん。忙しそうだから……」
「たまにはいいじゃんか、あ、俺も一緒に頼むし、これでも知り合いの中佐の兄ちゃんにしつこさだけは一人前って認められてんだ」

 果たしてしつこさは自慢になるのか。
 苦笑いを浮かべてそう言った某中佐が聞いたら、再び苦笑いを浮かべるに違いない。
 しかし、芙蓉としては単純に嬉しかったようだ。兄に面と向かって頼み事をするのは引け目がある。入院中も、退院してからも、過保護と言えるほど世話を焼くのだ。この上、自分でこうしたいとは、言いにくかった。
 ただ、大好きな兄と遊びにいきたいのも、また事実で、期待を込めたまなざしで隣の級友を見つめていた。

「ありがとう、秋山君。じゃ、今日の部活のあと、お兄ちゃんに一緒に頼んで!」
「おう、任せろ! 今なら中佐でも守銭奴でも何でも来いってな」

 お調子者が、最高潮にまで調子に乗った所で、朝礼前の余鈴が鳴り始める。芙蓉は友人と放課後に遊ぶと言う今までなかった楽しみに心を躍らせつつ、急いで兄に電話をかけていた。

 六時。
 四月の六時は、もう暗くなっている。
 部活と言っても仮入部の一年生は帰りが早く、その頃には芙蓉も嵐も中学校からほど近いアパートの三階、その玄関前に立っていた。
 芙蓉たちも、また兄である三笠、そして手伝いに来ていた安倍ほたるも、それぞれ目を丸くしていた。
 
「お友達って男の子だったのね、芙蓉ちゃん意外!」

 芙蓉の姉分のほたるは、どこか嬉しそうに持っているたこ焼きのくしをくるりと回した。頭の上の方で留めている茶髪も、あちらこちらに跳ねて踊る。

「席が隣の秋山君。でもほたるお姉ちゃんがいるなんてびっくり!」

 女子勢は、他愛のない会話でわいわい勝手に盛り上がっていた。そして二人で部屋の中へと入っていく。
 一方で、嵐と三笠である。
 入った瞬間から、会話はない。全くの無言。春の少し冷たい夜風が、二人の間をすり抜けていく。ドアを閉めるのも忘れて、二人は唖然とし、言葉を失い、それぞれの間合いを計るかのように、身構えていた。
 
「何ぼさっと突っ立ってるの、東郷君。芙蓉ちゃんのお友達大歓迎するんでしょ?」

 そんな一言が、ダイニングの方から飛んできた。女子は女子で楽しそうに、既に放課後会を始めているようだ。
 天才国防軍人東郷三笠。絶対的守りのチカラを持つはずの彼は、実は芙蓉とほたるの二大巨頭には勝てない。勝てないのだ。

「……とりあえず、上がれ。妹が世話になってるな」
「守銭奴も、人間らしい所があんだな」

 不本意ながらやっとの事で言葉を発した三笠だったが、嵐の余計な一言でぷつりと何かが切れる。ダイニングの女子勢からは見えないように、胸ぐらを掴み、低い声で、つぶやく。

「芙蓉の前で守銭奴呼びしてみろ、殺すぞ」

 ただならぬ迫力があった。
 守銭奴三笠とはいろいろ関わってきたとはいえ、ここまで恐ろしい相手に感じた事はなかった。
 嵐は知らない。その守銭奴と言う裏に、三笠の人生、東郷家の運命、妹の命、その全てが隠されていて、さらに、不要にはそれらについては可能な限り一切伝えたくないのだ。
 殺気に圧倒されるかのように、嵐は小さく頷く。冷や汗が、体中を通り抜けた。
 すると、三笠は親しげな笑みを浮かべ、良い兄でいようと、暖かく嵐を迎え入れた。勘の良い嵐は気付く。おそらくこれが、家族を前にした、親しい人間だけに向けられる、東郷三笠であると。


 次の日の朝は、どことなく曇っていた。
 昨日のような柔らかい春風もなかった。
 しかし、隣の席の少女、芙蓉はこれでもかと言うほどの笑顔を向けてくる。
 結局アパート内での三笠の豹変ぶりに圧倒された嵐は、芙蓉との約束を果たす事ができず、部屋を出て、三笠に家まで送ってもらう道すがら、何とか頼む事ができたのだ。

「芙蓉はお前とどこかに遊びにいきたがってる」

 それを、言っただけだった。切れかかった街灯が、二人を照らす。
 守銭奴三笠の事だ、金が惜しいだの、仕事が忙しいだのですぐに断ると思っていたが、彼は目を丸くしたと思ったらこういうのだ。

「そうだったのか、よし、三連休どっか連れてってやろう」

 即答だった。
 そしておそらくは、その決断通りに、アパートに帰ってから妹に提案し、その日の夜のうちにプランを立てたのだろう。
 三笠が何故、守銭奴と言われるまで金にうるさかったか、嵐は知らない。だからこそ、妹を前にした三笠が理解できず、一晩経ってもまだ混乱していた。
 ただ、入院で恵まれない人生をこれまで歩んできた少女が、この上なく幸せそうに笑っている。
 今はとりあえず、その事実だけで十分だった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.91 )
日時: 2014/08/20 20:12
名前: 夢羊 ◆fph9A3N.eM (ID: JZUESnRS)

 初めまして、夢羊(ゆめひつじ)と申します。
 お話読ませていただきました。ここ最近なかなか面白い小説にありつけなかった中、砂漠のオアシスを見つけたかのごとくどハマリしました…!
 ツイッターも是非ともフォローさせていただきます。
 2部の更新もがんばってください、応援しています!(#^^#)ノ


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