ダーク・ファンタジー小説

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ゆめたがい物語 
日時: 2017/06/03 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
 社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
 物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。

と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 二部開始
 芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……

 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。


 
 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん
 沙由さん
 梅雨前線さん
 ヒントさん
 彼岸さん
 夢羊さん

Re: ゆめたがい物語  ( No.92 )
日時: 2014/08/21 11:27
名前: ヒント (ID: so77plvG)

お久しぶりです、夏休みのほとんどを病院で送っているヒントです
入院と言っても、大分前にした怪我の手術とリハビリなんですけどねw

三笠のシスコンぶりと、ほたるへの弱さにニヤニヤが止まりませんwww
芙蓉が嵐を連れてきたところで、小学生の頃から女の子をよく連れてきていたうちの弟って……とちょっとだけ考えたりしました←

Twitterの方ですが、私も小説用のアカ持っているので繋がってよろしいでしょうか?
よろしければ、すぐに繋がりに行きますwww

Re: ゆめたがい物語  ( No.93 )
日時: 2014/08/21 20:41
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)

 お客様がおる……!
 という衝撃的事実をどう受け止めれば良いのか、ワタワタしている紫です、こんばんは

 夢羊さん
 Twitterの方もありがとうございました! あまり多くはつぶやきませんが、今後ともよろしくお願いします。
 &大学関係とか就活関係とかバイトとかにおわれてのろまな小説ですが、こちらも今後ともよろしくお願いします^^
 それが仕事だから。もどこかその辺の影からストーカーしております、不審者ではないのですb

 ヒントさん
 お久しぶりです! 一度ならず二度もこんな所に……! ありがとうございます^^
 小学校まではセーフ!(田舎では)中学校もセーフという勝手な思い込みが実は違った事を東京で実感しつつの今日のこの頃
 文章力が半端なく落ちていて大変お見苦しいのですが、これからもよろしくお願いします
 Twitterよろしくお願いします!

 追記:ていうか、入院! ヤバいやつや、入院、お疲れさまです&お大事に……

Re: ゆめたがい物語  ( No.94 )
日時: 2014/09/14 23:12
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: In.A84i5)

 夕暮れ時、山に囲まれた田舎のあぜ道で、少年が泣いていた。山々は赤く染まり、稲穂は黄金に輝く。
 少年は、大声を上げる事もなく、しゃくり上げながら、そのでこぼこした道を歩いた。ランドセルは傷だらけで、頬は殴られて赤くなっていた。
 ——それを、いったいどこから見ているのか。西郷隆は分けも分からず、しかし目をそらす事もできずに、見つめていた。
 少年の顔が鮮明に見えてきた。右頬には、黒いほくろ。隆は自身の右頬のほくろに手を当てた。
 少年は、幼い日の自分であった。
 夕日が沈もうとしていく。昔の自分は隆にどんどん近づいてくる。泣きながら、大人の自分に気付く事なく。
 見ていられず、隆は小学生の自分に手を伸ばした。その瞬間に、回想の世界ははじけ飛び、その欠片一つ一つが、走馬灯のように、彼の目前を駆け抜けた。
 中学校で、相変わらず同級生にいじめられている自分。
 高校入試で県内一の進学校に合格し、大喜びする両親。
 高校で、劣等感に苛まれる自分。
 そして。

「あれもできないこれもできないって? 当たり前だろ、俺だって未だに机の整頓できてないからな。そうじゃなくて、あれはできる、これもできるって考えろよ」

 短い黒髪。整った顔たちの若い教諭は、職員室でそう言って笑った。机はぐちゃぐちゃで、いろいろな物が散乱していた。
 すると職員室の他の教諭から机に対する苦情や避難が寄せられ、しかし若い教諭は笑い続けた。
 教諭の前には、高校生の隆。その様子を見て、やっと明るい表情を浮かべていた。

 ——りゅうさん。

 誰かに呼ばれた気がしたが、もう少しで良い、この回想の中にいたかった。
 だが、一方で知っている。この先に進んではいけない。時系列的に、この先に待っているのは……

「りゅうさん!」

 今度は鋭く名前を呼ばれ、西郷隆は素早く体を起こした。
 まだ景色がぼやける。
 ブラインド越しの日差しは、昼のものだけあってなかなかに手厳しい。
 自分が今どこにいるのか。そんな事も忘れて体を動かそうとすると……見事に寝転がっていたソファから滑り落ちた。

「いった……」

 まともに頭を打った。頭をさすりながら視線を上へ向けると、そこには心配そうにこちらを見つめるポニーテールの女性、部下の織田えびらがいた。

「あ、そっか、寝てたんだ、起こしてくれてありがとう、えびら」

 隆は若干ふらつく足で立ち上がり、一度伸びをした。すると、貧血で再び意識を持っていかれそうになり、えびらに支えられて事なきを得る。

「りゅうさん、体調悪いなら帰った方が良いんじゃないですか?」
「いや、大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと懸念事項があるだけだから」

 そう言うと隆はさっさと自分の机、味気ないほど片付けられた机へと戻っていった。

「懸念事項って例の動物園犯ですか?」
「まあ、それも気になるけど……」

 隆はそう言いながら鞄から書類を何枚も取り出した。ついでに新聞の切り抜き。“反抗する動物たち、犠牲者も”と見出しがついており、隆は頬のほくろを思案顔でかいた。
 その一番下。一枚の書類を、隆は複雑な表情で見つめた。そこには、茶髪の端正な顔たちをした一人の国防軍人と、経歴についてのデータ。
 名を、福井竹丸という。
 隣の席から横目に黙ってその様子を見つめるのは、隆の先輩であり部下でもある木島隊員。強面にこちらもやはり複雑そうな色を浮かべて、さりげなく見守っていた。
 
 

 昼下がりの寂れた炭坑街の廃屋。コンクリートの三階建ては煤にまみれて、街の暗さをよりひどいものにしていた。
 静寂が包み込む。しかし、ピリピリとした緊張が走っていた。
 それもそのはず。建物の周りにはぐるりと武装した国防軍人。そして、廃屋の窓からはよく見ると、黒光りする銃口がのぞいていた。
 
 就き埃の舞う空気の中で、一発、乾いた音が響いた。

 銃声である。銃弾は国防軍の防護盾に阻まれ地に落ち、それを見た少年は笑みを浮かべた。

「撃ってきましたね、そろそろ行きますか」

 少年、東郷三笠は隣に立つ背の高い青年に小声で話しかけた。
 三笠よりの立派な階級章に、涼やかな顔たち、そして乾燥した風の中でもつややかに流れる一本結びの茶髪。
 その男こそ、国防軍の誇るエリート、福井竹丸中佐であった。

「そうだな、頃合いだ」

 福井中佐は三笠の方を見る事もなくつぶやいた。
 頃合いと言った割には、中佐は命令を出そうとも、また自ら動こうともしなかった。ただ建物を見つめて、唇を噛む。

「竹丸先輩、行きますよ。それとも俺だけで行きますか?」

 少し厳しい口調で言われ、福井中佐はやっと三笠の方を見た。
 大人びた少年である。妹の命の為、辛い道を歩いてきたのだから、当然その辺りの高校生とは違う。
 だが、中佐には、やはりあどけない少年にも見えていた。

「三笠、お前は下がってろ、俺だけでいく」

 表情を変えずにそう言った福井中佐を、三笠は非難めいた視線で見つめた。

「手柄の独り占めはよくないですよ」
「もう、芙蓉は入院してないんだから、別に良いだろ」

 今度は顔を背けていた。
 中佐と三笠が言い争いをしている。他の国防軍人たちはどうしたものかと顔を見合わせながら、いつでも動けるようにと装備チェック、後方の状況確認など、できることを進めていた。

「そう言う問題じゃないです。俺は芙蓉にできない事が多すぎるから、せめて仕事だけは手を抜かずに誇れる兄でいたいんです」

 真剣だった。まっすぐに、三笠は先輩を見つめた。
 できない事ではなくできる事に目を向ける。これは福井中佐としても昔から信条としている事で、痛い所をつかれたなと、中佐は感じた。
 しかし、後輩を見るほど、ただの高校生にしか見えなかった。
 その後輩の頬に、突然黒いほくろが浮かぶ。顔たちも少し変化し、着ているのも軍服から高校の制服に変わっていく。

「頼むからさ、三笠。もう、危ない事はやめろ、やめてくれ、やめてくれよ」

 絞り出すように言った中佐を、三笠は非難するでもなく、寧ろ心配そうに見つめていた。

「竹丸先輩、最近変ですよ。今まで何も言わなかったじゃないですか。イヴァンにもう頼れないからですか? そりゃシベルから呼ぶのはもう難しいですけど、俺にはチカラがあります。この防御が」
「一回破られただろ! 俺はもう、子供が傷つき死んでいくのは見たくない……」

 そう言うと、三笠の目の前からいつの間にか福井中佐は消えた。
 すでに、建物の中からは悲鳴や断末魔の声が上がる。唖然とする三笠だが、悠長にもしていられない。流れ弾をチカラで叩き潰しつつ、三笠も追って建物の中へと入っていった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.95 )
日時: 2014/09/18 19:59
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: QYeP9kqD)

「おーい、隆坊、今から暇か?」

 夜八時を少し過ぎた頃。
 憲兵隊本部の自動ドアを出ると、西郷隆は不意に声をかけられた。ドアの横、そこでは部下であるベテラン隊員、木島が腕組みをして突っ立っていた。

「空いてますけど、珍しいんですね、いつも誰より先に家に帰ろうとするのに」
「たまにはな、妻にも連絡済みだ」

 そう言うと、木島は勝手に歩き出した。暗い夜道はずのも、その面影すらない。この辺りの官庁街は不夜城とも言われ、どこのビルも煌煌と明かりが灯っているのだ。
 
「どこ行くんですか? キジさん。残業ですか?」

 これから件の動物園犯の捜査かと、そう思ったのだ。
 意気込む年若い上司を見て、木島は呆れ顔でため息をつく。歩みを止めて、くるりと振り返り、厳つい顔をビルの明かりで照らした。

「隆坊、少しは肩の力を抜け。仕事バカ。何でも抱え込もうとすんじゃねーよ、金曜夜だぜ、呑みに行くに決まってるだろ」

 それだけを言うと、木島は再び勝手に歩き出した。向かう先は歩いて十分ほどの飲屋街。仕事返りのサラリーマンから公務員まで、一週間の憂さ晴らしの為に、様々な悩みを持って、その場に集う。
 西郷隆もまた、少し重い足取りで、しかし、木島の後を追って行った。

「お前さんと、差しで呑むのは初めてか」

 木島はそう言いながら、熱燗を杯につぎ始めた。受け取ると隆も、木島の杯についでいく。
 飲屋街のメインストリートから外れた路地裏。その地下にある落ち着いた雰囲気の、居酒屋であった。

「そうですね、キジさんが呑みに誘うなんて今までなかったですし」
「たまにはな」

 隆はほんの少しだけ、酒を口に含む。それとは対照的に、木島は杯を一気に飲み干した。
 手のひらに収まりそうな杯。テーブルに置くと一息ため息をつき、隆をちらりと見た。中卒の自分とは比べ物にならないエリートだが、今回ばかりはただの幼い少年のようだった。


「……特に、後輩が悩んでるときは、愚痴を聞いてやるのが先輩の役割ってな」

 木島の杯に酒をつぎながら、その言葉に、隆は固まってしまった。
 酒が限界を超えてこぼれ出る。その時になってはじめて隆は我に帰り、慌ててテーブルを拭き始めた。

「お前の見てた資料の国防軍人、福井竹丸だな。国防軍じゃ、かなりのやり手だって評判の男だ」

 福井竹丸と、その名が出ると、隆の手がピタリと止まった。
 聞きたい事はたくさんある。だが、何から言って良いのか分からない。隆はただ、木島を見た。

「俺は役割上、国防軍との繋がりも強いんだ。直接会った事はないが、天才少年東郷三笠を補佐役として、主に立てこもり事件の解決を得意としているらしい」
「そう、なんですか。先生が……」

 隆はそうつぶやくと、杯を今度はしっかりと飲み干した。ビールより度は高い。アルコールが、適度に体を駆け巡った。

「やっぱり、そうか。高校の関係者か」
「はい、担任、でした。事件の後、僕たちの前から突然去った、先生です」

 年若い上司の杯に酒を注ぎながら、木島は黙ってその話を聞いていた。
 高校の話は、西郷隆にとっては大きなトラウマである。それは、少なくとも木島たちが所属する憲兵隊第二班では暗黙の了解となっており、予想はしていたものの、厄介な問題だと、木島は内心思った。

「でも、名前、敦賀から福井に変わってて、髪も茶髪で長くて、僕が名乗ったら、逃げたんです。高校のときみたいに、消えたんです」

 入れられた酒を、一気に飲み干した。その様子を見て、木島は強面はふと考えるような顔つきになった。そしてその表情のまま、三杯目の酒をつぐ。

「……先生は、今まで何してきたんでしょうか。どうして、僕を避けるんでしょうか。もう、何がなんだか」

 その表情は、泣きそうと言っても良かった。
 酒のせいだろうか。
 木島は、そう言う事にしておこうと思った。

「……俺はさ」

 木島は杯に手をつけた。今度は一気に呑まず、少しだけ、口に含んだ。

「その先生の事も、福井中佐の事もよくは知らない。だけど、国防軍にいるってことは、案外目的はお前さんと同じかもしれない。方法は違ってもな」
「なら、逃げなくても、良いじゃないですか」

 だだをこねるような口調だった。
 酔ってきたかと、木島はつぶやいたが、後輩には全く聞こえていないようだ。

「……人にはな、隆坊。誇りたくない自分ってのがある」

 木島は再び酒に手を出しながら言った。左手で持ち、右手は無意識のうちに、テーブルの下に隠した。
 その手。隠した右手の小指。よく見るとそれは、精巧なツクリモノであった。

「これはただの想像だが、福井中佐は、今の自分をお前に見られたくなかったんじゃないか? もちろん、国防軍ってだけじゃなくて、あの事件で生き残ったと言う事も含めてな」

 隠した右手を、木島は出そうとしなかった。
 一方で隆は、先輩に酒をつぐのも忘れて、勝手に酒をついでは呑み、またついでは呑みと、何かから逃れるように酒に走った。
 
 ビジネス街の、飲屋街。
 金曜日の夜は、水に流す、その言葉通り、流れて行く。
 流れた諸々を、すっかり酔っぱらって居眠りを始めた年若い上司を見ながら、木島は丁寧に受け入れる。
 さてどうしたものかと、自分の偽物の小指をいじった。
 厳つい顔は、穏やかに隆を見守る。
 そして、残った酒を手酌で飲み始めるのだった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.96 )
日時: 2014/09/27 18:11
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: In.A84i5)

 金曜日の夜。
 時刻としては、既に土曜日である。
 下弦の月が、黒い海を照らす。
 飲屋街で流れた諸々は、下の方へ、下の方へと溜まっていく。溜まって、一つの人工島となった。
 津久田と言う地名がある。官庁街、そこの発展とは対照的に、下町風情の、埋め立て地だ。
 たばこと品の良い香の薫りが海風に乗って過ぎて行った。一人の背広姿の男が、そんな寝静まった町のシャッターの前を、音もなく走り去る。
 長い茶髪は一本結び。手には時の止まった銀時計を握り、整った顔はどこまでも凡そ表情と言うものがなかった。
 大きな橋の前に出た。
 かつて跳ね橋として、大きく二つに分かれて開く姿が、この町の名物だった。しかし、時代と共にその役目を終え、今では都心部と町を繋ぐ橋の一つとして、都民に愛されている。
 そんな開くはずのない跳ね橋である。
 キキッと、どこかで歯車の回る音がした。
 
「やはり、それが目的か」

 男は、一人つぶやいた。
 すると、跳ね橋が、ゆっくりゆっくりと、しかし確実に二つに分かれて開いていった。
 どこからか、水を切るが聞こえた。下弦の月の下、それは突如として現れた。

「黒船来航ってか」

 黒い、大型船が、どこからともなく出てきたのだ。
 通常の船よりずっと速く、それは跳ね橋の方へと迫ってくる。
 茶髪の男、福井竹丸は跳ね橋をよじ上った。海の方からは強い風が吹き付け、一本にまとめた茶髪は陸の方へとなびいていく。
 船が、跳ね橋に差し迫った。福井中佐は月を見て笑みを浮かべ、そのまま。
 そのまま、ひらりと船へと飛び移った。

「さて、こんなアホみたいに目立つ船で何しようってのか」

 誰もいない甲板に降り立った福井中佐は、やはり壊れた銀時計を握りながらつぶやいて、再び下弦の月を見上げた。
 その時だった。
 音がした。パチ、パチ、パチと。
 紛れもなく、人をあざけるような拍手であった。

「こんなところまで追いかけてくださるなんて、さすが福井中佐」
「……久しいな、清原紗江」

 福井中佐の背後には、ぴったりと、和服の美女が蠱惑的な笑みを浮かべてたたずんでいた。

「相変わらずの良い男ね、一年前と、怖いくらいに変わってない」

 そう言いながらも、紗江は福井中佐の後ろを完全に取る。
 中佐は動けない。隙が見つからなかったのだ。
 船の汽笛が、暗闇の中響き渡る。
 それでも、殺気を隠しきる事ができず、銀時計を握りしめた。

「でも、東郷少尉はいないのね。彼には用事がたくさんあったのに」

 紗江がそう言うや否や、福井中佐はどうやったのか、瞬時に美女の後ろを取った。しかし、左手に握ったナイフを腹部に突き立てようとしたが、紗江の細い手によって、いとも簡単に止められてしまった。
 だが、無意味と知っていても、福井中佐の圧力が止む事はない。

「三笠に、手は出させない」
「奇遇ね、実はわたくし共も、東郷少尉に危害を加えたくないの」

 紗江は月の光の中で、再び、あの笑みを浮かべた。和風に結った髪。そのかんざしが、きらりと光る。
 くるりと、美女が振り返る。それと同時に、福井中佐のベルトを、左手で握っていた。
 中佐は、甲板に叩き付けられていた。ベルトを主一気に下に引かれ、それと同時に投げられたのだ。相撲で言う所の、左からの出し投げ。
 
「東郷少尉に手は出したくないけれど、トラブルメーカーの少尉は、また関わりを持ってしまうかもしれませんね。例えば、今週末の兄妹水入らずの旅行とか」
「二人に手を出すな!」

 固い甲板に叩き付けられながらも、福井中佐は、今度はしっかりと意識を保ち、すぐさま起き上がった。そして拳銃をかまえ、圧倒的な実力差のある美女を、臆する事なく狙った。

「……やっぱり噂通りお優しいですね、“敦賀”先生は」
「な……」

 蠱惑的な笑みを、月光下で浮かべる美女に、福井中佐は動揺を隠しきれなかった。拳銃を持つ手は震え、息はどんどん荒くなる。
 船は進む。どこへ向かうのか、ひたすら、いくつもの跳ね橋を開けながら、河口へと近づいて行く。

「そろそろ時間のようです。福井中佐。ごきげんよう」

 紗江は、下弦の月へと手を伸ばした。淡い月の光が集まって、より強い輝きを持つ。
 中佐は狂ったように乱射した。しかし、一発も届く事なく、甲板へと落ちていく。
 光が、甲板中に広がった。深夜の海は、昼間のように明るく照らされる。
 しかし、それもつかの間。
 光は急に消え、それと同時に美女も、そもそも船すらも、跡形もなく消えてしまった。
 黒く冷たい海では、福井中佐が銀時計を握りしめて浮かんでいるだけである。
 船の汽笛はもう聞こえない。
 下弦の月は、変わる事なく黒い海を淡く照らし続けた。


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