二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
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- 薄桜鬼 沖田総司
- 日時: 2011/01/30 17:20
- 名前: さくら (ID: w/qk2kZO)
初めて書きます。
下手ですがどうぞ読んでやってください。
こういう方はお断り。
荒らし目当て
沖田好きな方はぜひどうぞ。
基本的沖田ですが、時々他のメンバーも出てくるかも…?
温かい目で読んでやってください。
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- Re: 薄桜鬼 沖田総司 ( No.1 )
- 日時: 2011/01/30 18:23
- 名前: さくら (ID: w/qk2kZO)
空が血のように赤い。
黒い影がいきつも地面に散らばり、きゃっきゃと声を上げる子ども達を、総司は目を細めて見つめていた。
「じゃぁなーそうじー。またあしたー」
「また遊ぼうなぁ」
「ぜったいだぞー」
子どもたちが屯所の門をくぐると笑顔を浮かべて振り返る。
無邪気に手を振る子どもたちはそれぞれの家路に着いていった。
夕日で長く伸びた影が見えなくなるまで総司はその場で見送った。
冷たい風が総司の髪の毛をもてあそぶ。
「いいなぁ…子どもって。元気があって」
口元に笑みを浮かべて、総司は自虐的に呟いた。
ふいに仰ぐと、赤色から紺色へと空の帳が移ろいでいくところだった。点々と星が光り始めている。
「沖田さん」
鈴のように凛とした声が聞こえた。
ゆっくりと首だけをもたげ、背後から駆け寄ってきた少女に視線を移す。
「どうしたの?千鶴ちゃん」
少し息が上がったのだろう。呼吸をいくつかしてから千鶴は言葉をひとつひとつ丁寧に選んで言葉をつむぐ。そんな懸命さが総司は時々心をくすぶられるような、むずがゆさを覚えるのだ。そうして我知れず彼女を困らせる言葉ばかり口をついてしまうのが最近の癖になっていた。
総司はゆっくりと体を千鶴に向けた。
自然に彼女がつむぐ言葉に期待する。
「さっき土方さんが呼んでいました。今夜の見回りについてだそうです」
「ふーん…何だ…」
期待したわりにはつまらない内容だった。土方さんのお使いか。と、口の中でぼやく。
「沖田さん?」
「何でもないよ。伝言ありがとう」
さっき遊んでいた子供たちに向けていたように、同じ笑顔を彼女に向ける。千鶴は頬を少し赤らめて視線をさまよわせる。
伝言を伝えようとしていた時はまっすぐに目を見つめて話していたときとはうって変わって、急に落ち着かないようにそわそわし始めた。
そんな彼女の変化を楽しむのが総司は嫌ではなかった。むしろもっと見たい、もっと困らせたいとも心の奥で思ってしまうのだ。
悪い癖がついたなぁと胸の内でぼやく。
総司は苦笑浮かべて、視線を合わそうとしない千鶴にそっと尋ねた。
「で、君を走らせた鬼の副長は今どこにいるの?」
彼女の慌てたり、困ったりする彼女を見ているのは楽しいが、いつまでも埒があかない気がしたので、やむ得ず口火を切った。
「え、えっと…土方さんのお部屋に…」
「そう、わかった。千鶴ちゃんも、もう寒くなってきたから早く中に入りなよ」
空を見上げればもう星が爛々と輝いていた。闇の帳が完全に降りて、月だけがぽっかりと浮かんでいる。
冷気がすっと肺に入り込んでくる。総司は思わず空気の冷たさに咳き込んだ。長身をくの字に折り曲げて、何度もむせる。
「沖田さんっ…」
その場に膝をつき、背を丸くして激しく咳き込む総司に千鶴はすぐさま駆け寄る。
「けほっけほっ……だい、じょうぶ」
咳が止んでも肩を上下に動かせ、途切れ途切れに言葉をつむぐ。
その表情は血の気が引け、唇の色も失われている。頬だけがうっすらと桜色に染まっていた。
そんな総司を見た千鶴は急に不安にかられた。
「沖田さんっ…少し横になった方が…風邪をひいていたと聞いてましたけど…まだ治り切ってないんじゃ…」
「大丈夫…」
不安に表情を曇らせる千鶴の言葉を遮って、総司は無理やり血の気を引いた顔に笑顔を乗せる。
「でも…」
なおも声を上げる千鶴を振り切るように、総司はよろよろと立ち上がる。
「大丈夫だから…そんな顔しないでよ」
今にも顔をくしゃくしゃと歪めて泣き出してしまいそうな彼女を落ち着かせるように言葉を並べる。
千鶴の心配性な性格を総司は嫌いではないが、少々いき過ぎると思うときもある。こうして安心させるように言葉を選んでやっても、彼女の瞳からは不安の色が消えない。そんな彼女をもどかしく思ってしまう。
「…じゃぁ後で土方さんの部屋にお茶運んでくれる?」
こういうとき、彼女が不安そうにしているとき、彼女からそれを拭う方法を知らない。それが総司にとっては歯がゆかった。もっと言葉を知っていれば、思っていることを簡単に言葉にできただろう。
左之さんがうらやましい。
と総司は一瞬考えてしまった。
「わかりました…無理しないで下さいね」
おずおずと厨の方へ踵を返した彼女を見送って、総司はそっと息をついた。
「さて、鬼の副長はどうして僕を指名したんだろう…嫌な予感がするなぁ」
まだ不安の色を残した彼女の瞳を思い浮かべて、総司は土方のいる部屋へと足を運ぶことにした。
- Re: 薄桜鬼 沖田総司 ( No.2 )
- 日時: 2011/02/04 18:18
- 名前: さくら (ID: /ZfshGS3)
「今日の巡察、お前は行かなくていい」
「は?」
土方の返事を待ってから部屋へと入った途端、文を睨みながら鬼の副長は淡々と言い放った。総司は障子を閉めると土方から少し離れた床へと腰を下ろす。
「ちょっと土方さん、そういうのはちゃんと順をおって話して下さいよ」
苦笑混じりに息をつくと、土方は面倒くさいのか眉根を寄せる。
硯に墨を作りながら土方は総司に目もくれず、早口に話しはじめた。
「最近、変な咳ばっかしてるじゃねぇか。近藤さんも心配してしばらく風邪が治るまで巡察は控えろ」
それだけ言うと口を閉ざしてしまった。もう用は済んだと言いたいのだろう。だがそれでも納得できない総司は小首をかしげた。
「僕の風邪はもう治りましたよ。近藤さんも土方さんも心配性ですね」
「朝から咳してたくせにそうすぐに治るわけねぇだろ」
「本人が治ったって言ってるですからいいでしょう?熱もひいたことだし」
「お前は昔からそうだ。風邪ひいた時治ってもねぇくせに稽古してぶり返したり。たまには人の気持ちも考えやがれ!」
総司が子供のように言葉を返すのが癇に障ったのか、土方の額に青筋が浮く。そんな土方を見た平隊士はたいがいが裸足で逃げ出すであろう鬼の形相も、総司にとってはどこ吹く風の様子で、飄々としていた。
「僕は別に土方さんに心配してもらわなくても結構です」
「このっ…」
「失礼します」
今日は満月の晩だ。明るすぎる外の月光は障子に人影をくっきりと映し出す。小さな影は遠慮がちに声をかけた。
「あの、お茶を持ちしました」
「茶?何でだ」
「僕が頼んだんですよ。入っていいよ」
許可が下りたことに安堵したのか、千鶴は静かに障子を開けて部屋に入った。盆に二つの湯飲みを乗せ、淹れたてなのだろう湯気が立ち上っている。音も立てずに二人の前へそれぞれ湯飲みを置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
目元を和ませ、総司は微笑みかけると千鶴は頬を赤らめる。そうしてまた困ったように目を泳がせた。そんな千鶴の反応をまたもや楽しんでしまう。二人のやりとりを眺めながら土方は目を瞬いた。そして咳払いをしてから口火を切る。
「話を戻すぞ、総司。今日の巡察には行くなよ。いいな」
「えぇ?」
「そのかわり、頼みたいことがある」
二人が話し出すと、千鶴は部屋の隅へと移動する。総司は面倒くさいというように、顔を歪めた。土方は筆をとると、紙に何かを書き始めた。
「何ですか?土方さんの頼みって。だいたい良い話ではなさそうですね」
「明日、五条にある呉服屋に行ってこい」
「は?呉服屋?」
総司が反芻すると、土方はなぜか千鶴に視線をやる。
目が合った千鶴は目をぱちくりさせた。
「こいつの着物が出来上がってるはずだ。こいつは京の地理に疎いし、お前が一緒に行ってやれ」
「え?」
今度は千鶴が目を丸くした。いきなり振られた話の内容に驚く。
「土方さん、さっきから言ってるじゃないですか。順をおって話して下さいって」
「いいから明日の朝取りに行って来い。話はそれからだ」
「ちゃんと話してくれないと行きませんよ」
「総司…てめぇは黙って行きゃいいんだよ」
「そういう上から目線、止めないと友達できませんよ」
「大きなお世話だっ」
二人の激しい口喧嘩が勃発し、千鶴は身を小さくして成り行きを見守る。一触即発の、肌を刺すような空気の緊迫感に千鶴は怯えたように盆を握り締めた。
「…ちっ、もういい!さがれ。話はそれだけだ」
このまま言い争っても埒が明かないと思ったのか、土方は舌戦を放棄した。そしてつい先ほど書いていた紙を乱暴に総司のほうへ投げつける。
「その店に行って来い。いいな」
それだけ言うとまだ怒っているのか、大きな肩はそれきり総司の方を振り返ることはなかった。忙しそうに手を動かし、文を書き始めた土方を見て、渋々床に落ちた紙を拾い懐へと収めた。
言い争いが治まったことに千鶴は小さく息をついた。
総司は立ち上がると千鶴に声をかける。
「行くよ」
「あ、はい。失礼しました」
土方は返事もせずにただ書き物に没頭していた。
静かに障子を閉めると総司はため息をついた。
「あーぁ…過保護すぎるんだよ、土方さんは」
「過保護?」
「そう。風邪が治りきってないから巡察には行くな、だってさ」
親に叱られたように気を落とす総司を見て、千鶴は必死に言葉を捜す。
「でも、悪化しちゃうときっと土方さんに今以上心配かけてしまいますし、今日はもう休んだ方が…」
「ふーん?千鶴ちゃんは土方さんの見方なんだ」
「ち、違いますよ!私は沖田さんがっ…」
「僕が、何?」
唐突に言葉を濁す彼女に沖田は意地悪い笑みを浮かべて先を促す。長身を曲げて、千鶴に視線を合わせる。耳まで真っ赤にさせながら千鶴はいたたまれなくなったのか。
「し、失礼します!」
急ぎ足でその場を去ってしまった。
獲物を逃してしまった猫のように、総司はうなだれた。
「あーぁ…またやっちゃった」
千鶴が去っていった方角を見つめて、目を細める。
いつもこうだと思う。
彼女が屯所で暮らすようになってだいぶ経つ。少しずつ隊士たちとも打ち解け、今や彼女の作るお茶や料理は人気を高めつつある。
家事もそつなくこなし、他の隊士からの評判も上々だ。
だから、だろうか。
彼女が誰かと打ち解けていくのを見ていると、自分の胸の奥がうずく。
初めは面倒な子を抱えてしまったと疎んでいたが、いつしかその思いも氷のように溶けてしまった。まっすぐで正直な彼女は時々近藤に似ているところがあるからだろうか。彼女と一緒にいることで穏やかな時間が流れるのだ。
「いつからかな…」
いつから彼女と過ごす時間を大切にしたいと思ったのは。
確かなものが欲しいと思ったのは。
自分は口がうまい方でもなく、ついつい彼女を困らせる言葉を吐いてしまう。彼女から確かな言葉を返して欲しいだけなのに。
僕だけを見ていれば良いと思ったのは…。
「やっぱりまだ熱のがあるのかなぁ」
ぼそりと呟くと、苦笑いともつかない笑みを浮かべてきしむ床を鳴らしながら総司は自分の部屋へと向かう。
変な方へと思考がいってしまう。
「今日はもう休もう」
闇夜に浮かぶ満月だけが総司の切ない色をうつした瞳を見た。
- Re: 薄桜鬼 沖田総司 ( No.3 )
- 日時: 2011/02/06 20:55
- 名前: さくら (ID: /ZfshGS3)
月が頂点から少し傾きだした夜半———
総司は苦しさを覚えて目が覚めた。
浅い眠りから覚めると、体の重さにうなだれた。
汗を大量にかき、熱もあるようだ。関節が軋んで悲鳴を上げている。
肘をついて起き上がろうとすると一瞬眩暈がした。
何とか上体だけ起こすとほんの少し開いた障子の間から外を見た。
満月と目が合った、気がした。
ここ数日、熱に浮かされることが多い。そのせいか体が休まず、眠ってもすぐに起きる。浅い眠りを繰り返し、眠れぬまま朝を迎えることも多々あった。そんな毎日を送っているせいで、寝不足と体の疲れだけが蓄積されて休まるときがない。
熱に浮かされた体は重く、喉はひどい渇きを覚えている。
軋む関節を叱咤して総司は立ち上がった。羽織も羽織らずに廊下へと出る。井戸の方へと足を向ける。
時々よろつきながらも何とか井戸場に着く。杓で水をすくうと一気にあおる。冷たい水が喉から体の内部へと染み渡る。
ほうっと息をつくと火照った体を夜風が冷ましてくれるようだった。
少し体を起こしていよう。
そう思い、縁屋に腰掛ける。
さんさんと輝く満月だけが総司を見守っていた。
汗が引き、少し体が軽くなった気がした。
「…総司?」
ざりっと砂を踏む音が近くでした。気配を消してやってきた影に総司は反射的に構えた。目を細めると月明かりのお陰で誰なのかはっきりとわかった。誰だか判明すると総司は息を吐く。
「何だ、左之さんか」
「物音がするから誰か侵入してきたのかと思ったぜ」
隊服を身にまとった左之助は目を丸くしていた。だんだら模様の浅黄色の羽織が月に照らされて、闇夜にぽっかり浮かんで見えた。
槍を片手に持っているところを見て、総司は頷いた。
「巡察から戻ったの?」
門から井戸のある庭まで直接来たのだろう。下駄を履いていた。
左之助はおもむろに槍を立て掛けると総司の隣にどかっと腰を下ろす。
「あぁ、今帰った。総司こそこんなところで何してんだ?」
「んー?お月見かな」
方膝をついてそこに肘を乗せる状態をとって、総司はうっそりと笑って見せた。そんな総司を前に左之助は目を細めた。
「何かあったのか?顔色も良くねぇし…月明かりのせいで顔が白いわけじゃねぇだろ?」
真剣な眼差しで総司を見つめる。月を見上げている総司は目を合わそうとしない。ただ眩しそうに月を見上げてくすりと笑った。
「…ねぇ左之さん。僕ってもう用なしなのかな?」
「用なし?」
満月から視線を剥がすと、目を丸くする仲間に自虐的に吐いた。
「僕はもう戦えないから、用なしになるのかなぁ?」
目を細めて笑っている総司がどこか悲しげに感じられた左之助は、目を瞬いた。
「何言ってんだよ、総司。何でお前が用なしになるんだよ」
「僕はもうすぐ戦えない体になるから…だから今日の巡察も控えろって土方さんが…僕はもう新選組には必要ないのかな…」
再び視線を満月に戻すと、総司はそれっきり黙ってしまった。儚いものを見るように目を細める。左之助は総司の台詞が理解できないのか、眉根を寄せた。
「戦えない体って…総司」
信じたくない、信じられないと言うように左之助は呆然と呟く。
長い間、それも試衛館からの付き合いもあってか、仲間の知らないことはない。相手が言葉足らずでも何を言っているのかわかるようになるのだ。左之助は言葉を失ったように、しばらく総司を見つめていた。
月光に照らされて儚く空気に溶けて消えてしまいそうな、月に帰ってしまうかぐや姫のようで、総司がどこか遠い存在に思えた。
「僕はまだ…戦えるのに…」
口惜しげに吐かれた言葉が夜の空気に漂って、冷気に溶け込んでいく。
総司は目を閉じた。闇が一気に押し寄せてくる。怖いとは思わない。目を閉じれば必ず近藤の背中が浮かぶ。総司は迷ったときは必ず近藤の瀬を思い浮かべて追うようにしてきた。
だが、最近ではその近藤の背中も霞んで、遠のいていく気がした。
まぶたを上げる。月光が目にしみる。
横を見ると思うところがるのか、複雑な顔をしている左之助がいた。
「やだなぁ、そんな顔しないでよ。大丈夫、僕はまだやれるから」
どこまでやれるかはわからないけど。と小さく呟く。
空気が重くなった気がして、総司は話題を変えた。
「ねぇ、左之さん。僕はあんまり困ったように思わないんだけど、ある子がすっごく心配性でいつも不安そうな顔してるんだよね。そういう時ってどういう言葉をかけたらいいのかな?」
「は?何だ、いきなり」
虚を突かれた話題に左之助は聞き返した。なおも総司は続ける。
「僕はあんまりその子を困らせたくないんだよね。あ、でも僕はそのこを困らせてその反応を見るのは好きなんだけど」
嬉々として語る総司を見て安心したのか左之助は目元を和ませた。
「何だ総司。惚れた女でもできたのか?」
「あれ、相手が女の子って言ったっけ?」
「その顔を見りゃわかる。ま、相手が誰なのかもだいたい想像はできるがな」
左之助は足を組んで両手を後方につく。総司は小首をかしげた。
「俺は言葉を知らないから。左之さんみたいに言葉をかけてやりたいんだけど、どうにも上手くいかなんだよね」
思わず人事のように呟いてしまう。
左之助は肩をすくめてみせた。
「俺だって短気だし、そう言葉を知ってるわけじゃねけよ。ただ、そうだな。相手を想って言葉をかけてやればきっと相手にも伝わるんじゃねぇのか?」
「…気づけば悪態ついちゃうんだよね」
「…その癖直してみることだな」
総司は満月を三度眺める。
会えば必ず彼女の困った顔しか見ていないような気がする。否、気がするのではなく事実そうなのだ。彼女を困らせてこちらを振り向かせようとしている自分がいるのも否定できない。
総司はうーんと唸った。
「どうしたらいいのかなぁ?」
「笑わせてみりゃいいじゃねぇか」
「笑わせる?」
左之助が当然のように言った。
「女の笑った顔ほど綺麗なもんはねぇよ」
「…笑わせる、か」
考えもしなかった提案に少し戸惑った。
子供と遊ぶと自然に子供を笑わせる術が身について、そんなもの造作もない。ただ、相手が子供でなくなると恐らく勝手が違うだろう。
「ま、お前からそんな相談されるのも少々驚いたがな」
「あれ?そうかな」
「女の話なんてしたことなかっただろ、お前」
「そうだったかな」
気づけば四六時中彼女のことを考えている気がする。
さっきも自然と言葉が出てしまった。
自分に驚いている総司をよそに、左之助は立ち上がった。
「何かあったら言えよ。手助けぐらいしてやるぜ」
「ありがと」
「もう寝ろよ。最近疲れてるみてぇだしな。それじゃおやすみ」
そう言って槍を片手に玄関の方へと歩いていった。
左之助が見なくなるまで見送って、総司はぼそっと呟いた。
「笑ってくれるかな…」
- Re: 薄桜鬼 沖田総司 ( No.4 )
- 日時: 2011/02/07 10:32
- 名前: さくら (ID: /ZfshGS3)
鳥の鳴き声が頭に響く。
ゆるゆるとまぶたを上げると障子の隙間から眩しいまでの朝日が差し込んでいた。体の気だるさは変わらず、四肢に力を入れて上体を起こす。
熱は引いたようだが、体の奥に残る疲れは朝を億劫にさせる。
頭の痛みと戦っていると、障子の向こうから声が聞こえた。
「総司」
「…なぁに…一君」
低いが良く通る声が総司を呼ぶ。
体の重さに比例して、自然と声も低くなる。
「朝食ができた。広場まで来い」
総司の声の低さはきっと起こされて不機嫌なのだろうと勝手に思い込んだ一は、用件を述べる。
「…ご飯…食べたくないなぁ」
ぼそりと呟くと立ち上がった。関節が軋む。
総司の呟きが聞こえなかったのか、一は続けた。
「広間で待っているぞ」
そう言うと足音も立てずに立ち去った。一の気配が完全に消えたのを確認して、総司は重い体を叱咤して着替えだした。
「あぁっ!!新ぱっつぁん!!それ俺のたくあん!!」
広間に入る前、若い声が悲鳴を上げているのが聞こえた。
「油断してるお前が悪い。その佃煮も頂き!!!」
「あぁぁあぁっ!!」
総司がため息混じりに広間の戸をくぐると、幹部のほとんどが席について朝食に箸をつけているところだった。総司が最後だったらしく、それぞれがあいさつをする。
「おはようさん」
「おう」
「おー起きたか総司。おはよう」
左之助、土方、近藤が続けてあいさつをする。
総司は適当に相槌を送って自分の席に座る。隣に鎮座している一とはさっき部屋であったため、特別会話はしない。目の前で繰り広げられているおかず争奪戦に、総司は呆れたようにため息をついた。
総司の存在に気づいたのか、新八、平助は互いに休戦をした。
「あ、おはよう総司」
「おう、おはよう」
「おはよう。朝から元気だね」
総司が鼻で笑ってみせると、二人は抗議を述べた。
「違うんだって!新ぱっつぁんが!!」
「のうのうと朝飯を食えると思ってるからとられんだよ。武士たるもの朝食時に気を抜くことなかれ」
「はいはい。がんばってね」
「総司、お前さっきから茶しかのんでねぇじゃねぇか!飯いらねぇのか!?」
飯の事となると目敏い新八は、総司の食膳を狙った。確かに総司は箸すら持とうとしない。
「食べたいならいいよ。僕お茶だけでいいから」
「おっ!!!そいつはありがてぇ。んじゃ遠慮なく…」
「待て待て、新八。総司、体の調子でも悪いのか?」
総司の朝飯に食らいつこうとした新八に待ったをかけた左之助は真剣なまなざしを向ける。総司は肩をすくめてみせる。
「うん。お腹すいてないし、本当にいらないんだ」
「だが、総司。食えるときに食っとかないと倒れてしまうぞ。何か一つでも手をつけたらどうだ?この佃煮うまいぞ?」
心配したのか近藤が遠慮がちに声をかけた。心配してくれるのは嬉しいが、総司は首を横に振った。
「本当にいらないんです。お茶だけで十分ですから」
普段小食なのは一同は知っていたが、何も食べないと言ったのは初めてだった。幹部の視線が総司に集まる。
「やだなぁ。ちょっと体の調子が良くないだけですよ。そんな顔しないでよ」
「総司。今日はてめぇに使いを頼んであるんだ。外に出て倒れられちゃこっちが困る。何か一口だけでも口に入れとけ」
それまで黙っていた土方が口を開いた。総司から土方へと一同の視線が注がれる。
「お使い?何の?」
平助が率直にたずねた。
「千鶴とこいつに外に出てもらう使いを頼んだ」
「えー!!いいなぁ、俺も千鶴と出かけたい!」
「ばーか。土方さんの使いだって言ってるだろ。遊びじゃねぇんだよ」
羨ましがる平助を左之助が子供を相手にするようになだめる。
「総司の顔色も良くねぇみてぇだし…この際平助に変わってもいいがな」
土方は茶をすすりながら言った。総司の肩がぴくりと揺れる。その場に冷たい空気が漂った気がした。一同は口をつぐみ、二人の成り行きを見守った。
「…朝から行けって言ってましたよね。ならもう出発します」
ふらっと立ち上がると総司はきびすを返す。土方は何も言わず、ただその背を見送った。
「何かあったのか…?」
「何でもねぇよ。近藤さん。あいつが子供みてぇにすねてるだけだ」
自室に戻り、刀を腰にさす。玄関に向かい、草鞋を履こうとしたとき。
ぱたぱたと忙しない足音が背後から聞こえた。
「沖田さん!」
駆け寄ってきたのは小さな少女だった。彼女も出かける身支度を整えてきたのだろう。帯刀している。だが出かけるのに相応しくないものがそのてに握られていた。
「これ、食べてください。朝皆さんから聞きました。朝食まだ召し上がってないんですよね」
そう言って差し出したのは包みにくるんだ握り飯だった。出来立てのようでほのかに湯気が立っている。香りの良い芳香が鼻孔をくすぐる。
「これ、僕のために作ってくれたの?」
差し出された握り飯を見つめて総司は問うた。
「はい。食べやすいように少し小さく握ったんですけど…」
真剣に答える千鶴に思わず吹いてしまった。笑いは止まらず、口元を押さえて総司は笑い続ける。
「な、何ですか?」
「んーん。何でもない。ありがとう。じゃぁひとつだけ食べようかな」
玄関の段差に腰掛けて、握り飯を一つ手に取る。腹が空いていないのが本音だが、彼女が自分のために作ってくれたのだと思うとたまらなく嬉しかった。これが食べずにいられようか。
「いただきます」
総司と千鶴が出発したのはそれから半刻ほどあと。予定より遅れた出発になったが総司は上機嫌だった。
握り飯をすべてたいらげたことは言うまでもない。
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