複雑・ファジー小説
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- 獣妖過伝録(7過完結)
- 日時: 2012/09/08 14:53
- 名前: コーダ (ID: hF19FRKd)
どうも〜!私、コーダと申します!
初めましての方は、初めまして!知っている方は、毎度ありがとうございます!
え〜……一応、ここに私の執筆作品がありますが、最近、新しい閃きがありましたので、それを形に表してみようと思って、突然、掛け持ちすることになりました。
そして、このたびは2部になりましたのでタイトルも変えて獣妖過伝録(じゅうようかでんろく)としました。
只今、超ゆっくり更新中……。
コメントもどしどし待っています。
では、長い話をばかりではつまらないと思いますので、これで終わりたいと思います。
※今更すぎますけど、この小説はけっこう、人が死にます。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
※この小説は、かなりもふもふでケモケモしています。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
秋原かざや様より、素敵な宣伝をさせていただきました!下記に、宣伝文章を載せたいと思います!
————————————————————————
「お腹すいたなぁ……」
輝くような二本の尻尾を揺らし、狐人、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)は、今日もまた、腹を空かせて放浪し続ける。
「お狐さん?」
「我は……用事を思い出した……」
ただひとつ。
狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていた。
100本の蝋燭。
大量の青い紙。
そして、青い光に二本の角。
————青の光と狐火
恵み豊かな海。
手漕ぎ船。
蛇のような大きな体と、重い油。
————船上の油狐
それは偶然? それとも……。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
星空の下、男女の狐が出会う。
————霊術狐と体術狐
そして、逢魔が時を迎える。
「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」
獣人達が暮らす和の世界を舞台に、妖天とアヤカシが織り成す
不思議な放浪記が幕をあげる。
【獣妖記伝録】
現在、複雑・ファジースレッドにて、好評連載中!
竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
「むぅ……」
「釣れたかと思えば下駄か! 鶏野郎にお似合いだな!」
————————————————————————
・参照突記伝録
「1800突破しましたね。嬉しいことです」
・読者様記伝録
ステッドラーさん(【★】アーマード・フェアリーズ【★】を執筆している方です。)
玲さん(妖異伝を執筆している方です。)
王翔さん(妖怪を払えない道士を執筆している方です。)
水瀬 うららさん(Quiet Down!!を執筆している方です。)
誰かさん(忘れ者を届けにを執筆している方です。)
ベクトルさん(スピリッツを執筆している方です。)
ナナセさん(現代退魔師を執筆している方です。)
Neonさん(ヒトクイジンシュ!を執筆している方です。)
猫未さん(私の小説を鑑定してくれた方です。)
アゲハさん(黒蝶〜月夜に蝶は飛ぶ〜を執筆している方です。)
水月さん(光の堕天使を執筆している方です。)
狒牙さん(IFを執筆している方です。)
木塚さん(SM不良武士集団を執筆している方です。)
瑠々さん(不思議な放浪記を読む読者様です。)
・感鑑文記伝録
水瀬 うららさん(ご丁寧な評価と嬉しい感想をありがとうございます!)
秋原かざやさん(非常に糧になる鑑定ありがとうございます!)
王翔さん(キャラが個性的と言ってくださり、ありがとうございます!)
紅蓮の流星さん(私の足りない部分を、教えていただきありがとうございます!)
猫未さん(私が夢中になってしまうところを、的確に抑制してくれました!ありがとうございます!)
夜兎さん(私の致命的なミスをズバリ言ってくれました。精進します!そして、ありがとうございます!)
七星 空★さん(新たなる改善点を教えていただきました。楽しいストーリーと言っていただきありがとうございました!)
瑚雲さん(改善する場所を新たに教えてくれました。高評価、ありがとうございました!)
野宮詩織さん(事細かい鑑定をしてくれました!ありがとうございました!)
狒牙さん(とてもうれしい感想をくださり、私が執筆する糧になりました!ありがとうございます!)
及川相木さん(面白い、そしてアドバイスを貰いました!ありがとうございます!)
peachさん(たくさんの意見と、私の課題を見つけてくれました。ありがとうございます!)
・宣伝文記伝録
秋原かざやさん(ドキドキするような宣伝をしてくれました!本当にありがとうございます!)
・絵描様記伝録
王翔さん(とても、可愛い絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>12 >>31 >>37 >>54 >>116 >>132
ナナセさん(リアルタイムで、叫んでしまう絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>20 >>48 >>99
・作成人記伝録
講元(王翔さん投稿!11記にて、登場!「次は、そなたたちである」)
葉月(ナナセさん投稿!12記にて、登場!「大成功!」)
淋蘭(玲さん投稿!13記にて、登場!「ふ〜ん。君、けっこうやるね」)
乘亞(水瀬 うららさん投稿!14記にて、登場!「大嫌いです」)
軒先 風鈴(Neonさん投稿!15記にて、登場!「退屈だ」)
・異作出記伝録
ジュン(玲さんが執筆している小説、妖異伝からゲスト参加しました。本当に、ありがとうございます!)
・妖出現記伝録
青行燈(あおあんどん)
小豆洗い(あずきあらい)
アヤカシ(”イクチ”とも言う)
磯撫(いそなで)
一本ダタラ(いっぽんダタラ)
犬神(いぬがみ)
茨木童子(いばらぎどうじ)
後神(うしろがみ)
産女(うぶめ)
雲外鏡(うんがいきょう)
煙々羅(えんえんら)
大蝦蟇(おおがま)
大天狗(おおてんぐ)
骸骨(がいこつ)
貝児(かいちご)
烏天狗(からすてんぐ)
九尾の狐(きゅうびのきつね)
葛の葉(くずのは)
管狐(くだぎつね)
懸衣翁(けんえおう)
牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)
酒呑童子(しゅてんどうじ)
女郎蜘蛛(じょろうぐも)
ダイダラボッチ
奪衣婆(だつえば)
土蜘蛛(つちぐも)
鵺(ぬえ)
猫又(ねこまた)
野鎚(のづち)
波山(ばさん)
雪女(ゆきおんな)
雪ん子(ゆきんこ)
妖刀村正(ようとうむらまさ)
雷獣(らいじゅう)
笑般若(わらいはんにゃ)
・獣妖記伝録
1記:青の光と狐火 >>1
2記:船上の油狐 >>5
例1記:逢魔が時 >>10
3記:霊術狐と体術狐 >>11
4記:蝦蟇と狐と笑般若 >>15
例2記:貝児 >>27
5記:牛馬と犬狼 >>30
6記:産女と雌狐 >>34
例3記:ダイダラボッチ >>38
7記:蜘蛛と獣たち 前 >>43
8記:蜘蛛と獣たち 後 >>51
例4記:小豆洗い >>52
9記:雪の美女と白狐 >>53
10記:墓場の鳥兎 >>55
例5記:葛の葉 >>58
11記:天狗と犬狼 >>64
12記:狐狸と憑依妖 >>74
例6記:日の出 >>75
13記:雷鳥兎犬 >>78
14記:鏡の兎と雌雄狐 >>84
例7記:煙々羅 >>87
15記:櫻月と村汰 >>93
16記:神麗 琶狐 >>96
例8記:奪衣婆と懸衣翁 >>100
17記:天狗と鳥獣 前 >>104
18記:天狗と鳥獣 中 >>105
19記:天狗と鳥獣 後 >>112
例9記:九尾の狐 狐編 >>106
20記:温泉と鼠狐 >>113
21記:犬神 琥市 >>121
例10記:九尾の狐 犬編 >>120
22記:天鳥船 楠崎 >>128
例11記:九尾の狐 鳥編 >>133
23記:鬼と鳥獣 前 >>136
24記:鬼と鳥獣 後 >>140
例最終記:九尾の狐 獣編 >>141
25記:鳥獣と真実 >>151
・獣妖過伝録
1過:8人の鳥獣 >>159
例1現:不埒な者たち >>164
2過:2人の狐 >>163
例2現:禁断の境界線 >>166
3過:修行する者 >>165
例3現:帰りと歴史 >>167
4過:戦闘狼と冷血兎 >>168
例4現:過去の過ち >>169
5過:鳥の監視 前 >>170
例5現:起源、始原、発祥 >>171
6過:鳥の監視 中 >>172
例6現:探し物 >>173
7過:鳥の監視 後 >>174
例7現:箒に掃かれる思い >>175
・獣妖画伝録
>>76
>>119
- Re: 獣妖記伝録(例9記完結)(アンケート実施中) ( No.111 )
- 日時: 2011/08/19 23:12
- 名前: コーダ (ID: WCufagws)
水瀬 うららさん>
アンケートの回答ありがとうございます!
ふむふむ……琶狐と妖天の狐コンビですね!私も、あの2人が登場する話は変に気合いを入れています。
3記……琶狐が初登場したお話ですね。あれは、ある意味重要な話なので、気にいってくれて嬉しいです。
応援のお言葉ありがとうございます!これからも、地道に執筆していきます!
水月さん>
九尾の狐……神秘的で、とても大好きな私です。
やっぱり、妖系の小説を書いているなら個人的にはずせないのが九尾の狐!ただ単に、私が狐好きというものもありますが(笑)
威厳に満ちた九尾の狐。一人称もわらわ、二人称にいたっては汝……とても、気にいっています。
応援のお言葉ありがとうございます!これからも、地道に執筆していきます!
- Re: 獣妖記伝録 ( No.112 )
- 日時: 2011/08/25 00:51
- 名前: コーダ (ID: kx1LgPV4)
〜天狗と鳥獣 後〜
とても風の強い山の中。
周りの木々が大きく揺れて、葉と葉の擦れる音がうるさく聞こえる。
幹の弱い木は倒れ、いかにこの風が強いのか目に見える。
そんな山の中で、5人の姿があった。
力強く、やや険しい山を風に負けずに歩く姿は、非常に勇ましかった。
「くっ……」
5人の先頭を歩いていた狼男。村潟はこの風に思わず苦しそうな一言を漏らす。
「これは……嫌な予感がしますね。楠崎」
村潟の後ろに居た兎女。琴葉も長い耳を揺らし、自分の傍に居る鳥少年。楠崎へそう言葉をかける。
「嫌な予感も何も……この風は、自然的な現象じゃないね……明らかに妖が出している」
モノクルを光らせて、楠崎はこの風について言葉を言う。
「う〜む……確かに、風が変だなぁ〜」
1番後ろで、陽気な声を出す猫男。野良猫は細い尻尾をふりふり動かして風を感じ取る。
今吹いている風は、非常に不自然だった。
北から吹けば、時には東からも吹く、気がついたときには西からも吹き、南から吹くこともあった。
それよりも、自分の真下から風も吹くことがあった。
少年の言葉通り、自然的な現象とはかけ離れていた——————
「………………」
5人の中で、1番背の低い犬少女。琥市は村潟の右袖をきゅっと握りながら、無言を貫く。
その雰囲気は、どこか禍々しかった。
「しかし、この風では私の弓は使えませんね……」
琴葉は右手に持っている、大きな弓を見つめながら呟く。
この風で、矢がどこへ行くか分からなかったからだ。
すると、この言葉に楠崎は彼女の左肩に背負っている箙(えびら)を見つめる。
「どうかしましたか……?」
琴葉は思わず、自分を見つめる楠崎に言葉を飛ばす。
「いや……なんとかできるかもしれないかなって……」
右手を顎(あご)に当てて、眉を動かす楠崎。
少年の言葉に、琴葉はモノクルを触りながら、
「是非。お願いします」
彼女の言葉に迷いはなかった。
楠崎は右手に持っている錫杖を琴葉に渡し、懐から何かを取り出す。
こげ茶色の珠が、紐でたくさん繋がれていて、どこか不思議な雰囲気を出していた。
そう、少年が取りだした物は数珠(じゅず)だった。
「この風が、妖によってできている……」
瞳を閉じ、手を合わせる。
持っている数珠を鳴らし、楠崎は小さく言葉を呟く。
「妖の力に屈しない力を、彼女の矢へ宿らせ、こちらの妨げとなる者を退治せよ……」
どこか神秘的な雰囲気と口調で、呪文を詠唱する。
「……まぁ、気休め程度だけど、これでなんとかなったかな?」
少年は数珠を懐に戻し、自身なさげに言葉を飛ばす。
琴葉は、持っている錫杖を楠崎へ返し、微笑みながら、
「楠崎が失敗したことは見た事ありません。きっと、これも成功しているでしょう」
この表情に、楠崎は大きな翼をピクリと動かす。
「き、期待しすぎて、痛い目に遭っても知らないよ?」
持っている錫杖の遊環を鳴らして、女性から目をそらす少年。
これには思わず、琴葉は小さく笑う。
——————村潟の足が突然止まる。
これにつられて、4人も足を止めて周囲を見回す。
どこか、恐ろしい雰囲気を耳と尻尾、翼をピクピク動かして感じとる。
「この殺気……間違いない。あの天狗——————」
この言葉の瞬間、山の中で鉄と鉄が触れ合う音が響き渡る。
突然村潟を襲った者は黒い着物を着ていて、背中には黒い翼も生えていた。
腰には、立派な刀も持っており、首には数珠もつけていた。
そして、なによりも真っ赤な顔と、尖った鼻が1番印象的。
そう、妖の烏天狗だった。
「くっ……」
不意打ちを受けたため、少し体勢が不安定な村潟。
徐々に烏天狗に押されているのが分かった。
「琴葉!」
楠崎が隣にいる琴葉へそう言葉を叫ぶと、村潟を押している烏天狗へ矢を飛ばす。
しかし、烏天狗は風を操り村潟との距離を一気に離す。
「これは……少々厄介ですね……」
眉間にしわを寄せて、琴葉は辟易(へきえき)する。
「風を操る烏天狗より、素早い動きをしないと退治は難しそうだね……琴葉は少し厳しいかな?」
矢をうつまでの時間が少々かかるので、いくら風の影響がなくなっても厳しい琴葉。
長い耳をピクピク動かして、悩む。
「あらかじめ、構えていた方が良いですね……ですが、それだと動けない……」
「固定射撃戦法?まぁ、良いんじゃない?」
琴葉の言葉に、楠崎は錫杖を構えて彼女の前に出る。
「その矢で、翼を射抜いてくれればただの地を這う天狗だしね」
遊環を鳴らして、鳥のように鋭い眼光で言葉を呟く少年。
この言葉に、野良猫は両手を頭の後ろで組む。
「そっか、天狗の弱点は翼かぁ〜」
尻尾をふりふりさせて、気楽に言う。
すると、村潟は刀を両手で力強く握り鋭い犬歯を出しながら、
「それは、良いことを聞いた。なるほど、翼か……」
いままで村潟は翼を意識して戦っていなかったのが、分かる科白(せりふ)を呟く。
正々堂々と戦う狼には、そういう発想は思いつかない。
そこが長所でもあり、短所でもある。
「さて、次はどこから天狗が来るのかな?」
遊環を鳴らして、嘲笑いながら言葉を呟く楠崎。
——————風の方向が、突然変わった。
「……東から来る……!」
いち早く、何かの気配を感じたのは琥市だった。
この合図に、村潟と楠崎は東の方へ体を振り向かせる——————
刀と刀が触れ合う音と遊環と鉄が混ざった音が響く。
「げぇ……今度は2匹になったぞ!?」
野良猫は露骨に驚いて言葉を飛ばす。
先程村潟を襲った天狗の他に、違う仲間もやってきた。
1匹は村潟と押し合い、後の1匹は楠崎と押し合う。
「うっ……」
少年はとても苦痛そうな表情を浮かべる。
烏天狗の押しの強さに、だんだん体は後ろへ倒れていく——————
「楠崎!」
不意に、隣に居た琴葉の言葉が耳に入る。
その瞬間、楠崎の目の前に居た烏天狗は刀を落として苦悶な表情を浮かべる。
——————天狗の黒い翼には、矢が貫通していた。
「はぁ……さすがに、接近戦はつらいね……」
先の押し合いで、息を切らす楠崎。
いつも霊術を使った妖退治をしているので、接近戦闘はとても苦手な少年だった。
「むっ……はぁ!」
一方、村潟は狼の力を活かして烏天狗の刀を思いっきり弾き飛ばし、翼に深く一閃する。
ひとまず、2匹の天狗を退治して安堵の表情をする5人。
しかし、風はどんどん強くなっていく——————
「こんなんで……疲れていたら……大天狗も退治できなさそうだね……」
楠崎は弱く言葉を呟く。だが、すぐに持っている錫杖の遊環を鳴らして、
「でも、今はそんなことを言っている場合じゃない……」
目を鋭くして、大天狗に立ち向かう事を決意する。
不意に、誰かが右肩に手を乗せてきた——————
「……それは、わたくしたちも……一緒……」
透き通るような声、楠崎の右肩に手を乗せたのは琥市だった。
大天狗に立ち向かうのはここに居る自分たち。そういう意味を込めた言葉だったが——————
「気安く……こっちの体に触れないでくれる?」
モノクルを光らせて、少年は少女の手を払う。
「君の思惑が分かるまで、こっちは一切信用しない。いつ手のひらを返してもおかしくないからね。犬神?」
これ以上にないくらい、嘲笑うかのような表情をする楠崎。
さすがに、これ以上見ていられないと思った琴葉は少年に一喝する。
「楠崎!さすがに、それは言いすぎでは!?」
野良猫も、腕組をしながら黙って頷く。
しかし、1番琥市のことを大切に思っている村潟は、少年に対して怒りを覚えなかった。
——————むしろ、同情していたくらいだった。
「琴葉に何が分かるっていうんだい?何も知らないのに、横から口を挟まないで欲しいね」
思わず琴葉は言葉を失う。確かに、自分は何も分かっていない。だから、返す言葉が思いつかなかった。
すると、琥市は少し悲しそうな表情をして顔を左右に振る。
「琴葉さん……もういいです……楠崎さんの言うとおり……だから……」
この言葉に、琴葉はモノクルを触りながら深い溜息をする。
突然、山の中から不思議な音が聞こえてきた——————
独特で深い音。それは合戦の始まりを合図するようだった。
「法螺貝(ほらがい)の音……?」
村潟は眉を動かして、声が聞こえた方向へ体を向かせる。
すると、楠崎は音の鳴った方向へ足を進めながら、
「妖書籍(あやかししょせき)に、大天狗の主な持ち物が書いてあったんだよね……刀、八手(やつで)の形をした団扇(うちわ)、そして法螺貝さ」
少年の発言に、4人は目を見開いて声を出さないで驚く。
そう、この先に大天狗が居るのだ——————
「この先には、大天狗と大量の烏天狗が居る……まぁ、今更逃げられないけどね……」
モノクルを光らせながら、4人との距離をどんどん離す。
「……行きましょう」
琴葉の合図で、4人は大きく頷いて楠崎の後を追う。
○
東西南北。全ての方向から風が吹いている場所。
その周辺に、黒い翼を持った烏天狗が15匹くらい飛びまわっていた。
——————中心に、ひときわ目立つ天狗が居た。
黒い和服を着て、大きな黒い翼を背中につけている。
真っ赤な顔に、とても長い鼻が印象的だった。
腰にはとても長い刀をつけており、右手には八手の形をした団扇を優雅に扇(あお)いでいた。
左手には法螺貝を持っており、それを懐へ入れていた。
いかにも、大物な雰囲気を出していた——————
部下の烏天狗が、中心に居る天狗へ何かを報告する。
特に表情を変えずに、話を聞き見回りを続行させる。
腕組をして、どこか遠くの方を見つめる大物天狗——————
不意に、この場から不思議な力を感じた。
いち早く気づいたのは、やはり大物天狗。
この異常事態を部下に知らせようとする刹那。
——————神々しく輝く、謎の紋章が地面に現れた。
その大きさは直径30mくらい容易にあった。
烏天狗は動きを止めて、紋章を見つめる。
「天鳥船の妨げとなる悪い妖たちよ。そなたたちは天鳥船 楠崎によって滅される運命にある……『妖破魔護封矢(あやかしはまごふうし)』……!」
どこからともかく、呪文を詠唱するような言葉が響く。
その瞬間、地面の紋章が光り出し大量の破魔矢が出てきた。
烏天狗たちは慌てて、破魔矢に当たらないように逃げ惑う。
しかし、それはどこまでも追尾(ついび)してきた。
いつしか破魔矢の速さに負けて、烏天狗の体に深く刺さる。
大物天狗は慌てず、破魔矢を自分の刀で斬りつけて乗り切る。
だが、その勢いは止まることはなかった——————
「ふ〜ん……さすがは大天狗。これくらいの低級霊術じゃ退治できないね」
相変わらず、どこからともかく声が聞こえてくる。
大天狗は声の聞こえた方向へ体を振り向かせ、持っている団扇を思いっきり横に扇ぐ——————
突然、暴風が起こる。
それは嵐以上に強く、一瞬のうちに大量の木々が倒れていった。
破魔矢もこの勢いに負け、全て相殺(そうさい)されて消滅する。
当然、声を出していた者はただじゃ済まないだろう——————
大天狗が扇いだ先にある木々は全て倒れ、地平線が見えるくらい景色が良くなっていた。
その景色に、自分と同じような翼を持った者が映る——————
錫杖を持ち、明らかにそこら辺の人とは違う雰囲気を漏らしていた。
「風の対策くらい、こちらはしているよ」
モノクルを光らせて、目の前に居る大天狗へ言葉を飛ばす少年。楠崎だった。
「さて、邪魔な烏天狗たちは片づけたし……後は、君だけさ……」
遊環を鳴らして、錫杖を構える楠崎。
その瞬間、倒れた木々に下敷きにされていた琥市と野良猫が、だるそうにその場で立ち上がる。
「たぁ〜……いきなり暴風とか死ぬかと思ったぁ!」
「………………」
和服に着いた汚れを取りながら、野良猫は楠崎へ言葉を飛ばす。
琥市は両手でメガネをくいっと上げて、大天狗の姿を見つめる。
「……もしかして、琴葉とあの武士は風で?」
少年は辺りを見回し、2人の姿だけがないことを確認する。
すると、野良猫は右手で頭をかきながら、
「楠崎の言うとおりさ、琴葉と村潟は油断をしてどっかへ飛ばされた……」
この言葉に、楠崎は深い溜息をする。
しかし、すぐに鳥のように鋭い表情へ変える。
「まぁ、2人が居なくても……」
少年は錫杖を両手で持ち、横にくるっと360度回す。
遊環のついていない所を、思いっきり地面に刺して、背中の翼を思いっきり広げる。
「大天狗に少しくらいは傷を負わせることはできる……はず……!」
大きな翼をゆっくり羽ばたかせながら、瞳を閉じて精神を統一させる楠崎——————
その瞬間、少年の体はなぜか宙に舞っていた。
なんと、大天狗は自分の団扇で楠崎の足元だけ真下から強風を発生させたのだ。
「なっ……」
突然の出来事に、楠崎は風が吹く場所から翼を使って離れる。
だが、離れるたびに風も自分が飛んでいる場所まで移動してくる。
「空中は何かと危ないからね……早いところ降りないと……」
眉間にしわを寄せて、小さく呟く。
そう、空中は地上と違って本当に四方八方から攻められる可能性がある。
「っと、そんなことを考えているうちに危ない状況になっているようだね……」
楠崎の目の前には、黒い翼を広げた大天狗が空を飛んでいた。
いくら鳥人でも、天狗と空中戦は分が悪すぎる。
早いところ地上へ降りたいが、それを真下から吹く風が邪魔をする。
正に、絶体絶命だった。
「いくら鳥人でも、天狗と空中戦はまずいんじゃないかぁ〜!?」
一方、地上では野良猫が楠崎の様子を見て焦っていた。
もちろん、琥市も尻尾を挙動不審に動かして、その気持ちをあらわにしていた。
「なんとか……しないと……」
少女は懐の中に手を入れて何かを取り出そうとするが、その動きは止まってしまった。
あの気難しい楠崎に何を言われるか分からなかったからだ——————
助けたいのに、助けることを躊躇してしまう。そんな思いが琥市の心にあった。
「………………」
懐に手を入れたまま、じっと空中の楠崎と大天狗を見つめる少女。
「琴葉、村潟ぁ!早く戻ってこい〜!」
野良猫はずっと、辺りを落ち着きなく見回しながら、叫んでいた。
「自分の得意な状況に持っていくところ……本当に狡猾だね。思わず褒め称えてしまうくらいさ」
空中で遊環を鳴らしながら、なぜか偉そうに言葉を呟く楠崎。
すると、目の前に居た大天狗は鞘から刀を出して構える。
「(刀……接近戦に持ち込まれると厳しいね……なんとしてでも地上へ戻らないと……)」
心の中で、今自分の置かれている状況を改めて確認する。
しかし、それでも少年は表情を崩すことはなかった。
「まぁ、なんとか——」
この瞬間、楠崎の体は弧を描いて飛ばされていた。
同時に、腹部の辺りに激痛もはしっていた。
「うっ……は、速い……」
楠崎は空中に浮かびながら、仰向けに倒れていた。
真下から吹く強い風で、若干上昇していく体。
急いで体勢を整えて、辺りを見回す。
「い、居ない……?」
先まで目の前に居た大天狗が突然、姿を消していた。
いつ、どこで襲われるか分からない状況。
少年は鋭い眼光で懸命に探す——————
風が、向かい風になる。
この小さな変化に気づき、錫杖を構える刹那。
——————少年の上半身から、鮮やかな赤い液体が吹き出していた。
「あっ……」
見事に斜め45度に斬られている体。
楠崎は、ゆっくり首だけで後ろを見る。
そこには、赤い液体が流れる刀を持つ大天狗が居た。
「楠崎ぃ——!」
地上で楠崎の様子を見ていた野良猫は、思わず叫ぶ。
琥市は歯を食いしばり、懐から右手に5枚、左手に5枚の札を取り出す。
それを自分の囲むように地面に張り付け、瞳を閉じる。
「暗・炎・病・黒・殺・魔・死・獄・呪(あん・えん・びょう・こく・さつ・ま・し・ごく・じゅ)……汝に憑かれる呪いの——」
少女は禍々しい雰囲気を出しながら、とても長い詠唱をするが、途中で止まってしまった。
体を震わせながら、琥市は体ごと後ろへ振り向かせる。
——————体中に切り傷を負った、野良猫が倒れていた。
琥市が詠唱している時に大天狗が気づき、大量のカマイタチを出したのだ。
それを、野良猫が庇った。
「だ、大丈夫かぁ?く、琥市……」
いつも陽気に話す野良猫も、今だけは弱々しかった。
琥市は小さく頷き、両手でメガネをくいっと上げる。
「わ、わたくしが……もっと速く……詠唱できれば……」
少女は非常に口が回らないため、詠唱するにも時間がかかる。
自分がもっと速く詠唱出来れば、野良猫は傷を負う事はなかった——————
そんな悔しい思いを持ちながら、再び禍々しい雰囲気を醸し出す。
「(なにがなんでも……退治……する……!)」
瞳を閉じて、琥市は口をゆっくり開ける。
その瞬間、大天狗はまた大量のカマイタチを出す。
「暗・炎・病・黒・殺・魔・死・獄・呪……汝に憑かれる呪いの術……六字目、魔の術……!」
とても長い呪文詠唱を言いきる。それは、九字切りを連想させた。
すると空気が妙に重くなる。
しかし、同時に大量のカマイタチも琥市に襲ってくる。
少女は、目を閉じて身を伏せる——————
だが、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
不自然に感じた琥市は、ゆっくり目を開ける。
「えっ……!?」
少女は口を震わせながら驚く。
なんと、目の前には先程刀で上半身を斬られていた楠崎が、翼を広げて立っていたのだ。
周りを見ると、翼の羽毛が落ちていることにも気がついた。
「勘違い……しないでよ……こっちは……君を失うと、勝ち目がないと判断して……庇っただけだから……」
とても脆弱(ぜいじゃく)していた楠崎。
言葉も非常に弱々しく、いつ倒れてもおかしくなかった。
「でも……これで……大天狗の能力は……使えなくなったんだね……」
錫杖の遊環を鳴らして、楠崎は嘲笑うかのような表情を残して、その場で思いっきりうつ伏せに倒れる。
「く、楠崎さん……!」
琥市は、楠崎の傍へ寄り体を揺する。
上半身から大量に出る血。先程のカマイタチで翼も酷い傷を負っていた。
また、自分のせいで傷を負ってしまった——————
少女は思いっきり深呼吸をして、凛々しい眼光でどこかを見つめる。
そこには、刀を持った大天狗が目に映った。
「先程の魔の術で……あなたの使える能力を全て封印した……風も出せない、カマイタチも出せない……これなら……」
琥市の詠唱した魔の術。
それは、相手の使える能力を全て封印する呪術だった。
妖、人に全て効く。つまり、とても力のある妖にかければ一瞬のうちに、立場が逆転する可能性がある。
「………………」
懐から札を出して構えるが琥市——————
だが、その瞬間少女の体に激痛がはしった。
「うっ……」
思いっきり殴られた感覚。
どうやら、大天狗は琥市の懐へ颯爽と向かい刀の柄で殴っていたのだ。
能力が封印されていても、元の身体能力は高かったのだ。
「はぁ……妖術の消費で……体が……動かない……」
呪術を唱えたことで、琥市の蓄積妖力が減っていた。
つまり、それは疲労しているということである。
せっかく能力を封印したのに、このままでは負けてしまう少女だった。
「(……む、村潟……早く……来て……)」
心の中で、弱々しく自分の従者の名前を呟く少女——————
その瞬間、独特の風切り音が聞こえた。それは合戦が始まる合図を連想させる。
大天狗はこの音を聞いて、その場から急いで離れる。
すると、1本の木に矢が深く刺さった。
琥市は、この矢を見て安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫ですか!?」
草木が萌える場所から、1人の女性。琴葉が息を切らせて現れる。
和服は汚れて、モノクルは割れていた。
「わたくしは……大丈夫……だけど……」
少女は、倒れている楠崎を見つめながら琴葉へ言葉を言う。
女性も、血だらけの少年を見て絶句する。
「早くしないと……命に影響が……」
琥市の言葉に、琴葉は楠崎の傍へ寄り呼吸を確認する。
——————とても、弱々しかった。
長い耳を動かして、モノクルは割れてなくなっていたのに、癖でモノクルを触る手ぶりをする琴葉。
「楠崎は、将来大物になる人です。こんな所で死んで良い人ではないです……だから」
彼女は大きな弓を大天狗に構える。
左肩にかけている箙から、1本の矢を取り出し大天狗へ射る。
当然、大天狗はそれを回避して、颯爽と琴葉の懐へ向かう。
刀を両手で握り、思いっきり45度に斬りつける——————
しかし、その瞬間鉄と鉄が触れ合う音が響き渡る。
「すまない。少々遅れた……!」
琴葉の目の前には自分と同じく、汚れた和服を着た男性。村潟が居た。
大天狗の刀と村潟の刀が押し合う。
「村潟……遅い……」
少女はむっとした表情をして、村潟へ言葉を飛ばす。だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「すまぬ琥市。この件が済んだらたっぷりと話を聞こう」
村潟は大天狗の刀を思いっきり弾き飛ばす。
その隙に、今度は大天狗に深く一閃する。
「ふむ……」
どこかふに落ちない表情をする村潟。
一閃をした時の手応えが、少々なかったのだ。
「土壇場で、回避したか……」
村潟の言うとおり、大天狗はその場に居なかった。
だが、手応えがなかったにしろ傷はちゃんと負っているはず。そう遠くに行ってはいないと予想付く。
「琴葉さん……これ……」
琥市は、懐から禍々しい札を1枚琴葉へ渡す。
「あの……これは?」
もちろん、女性は頭の中に疑問符を思い浮かべながら少女へ問いかける。
「これを……矢に貼り付けて……大天狗を射ぬいて……」
琴葉は箙から鏑(かぶら)のついた矢を取り出す。
そして、琥市から貰った札を張り付けた。
——————とても、禍々しい雰囲気を出していた。
「どんな妖でも一瞬で消滅させる力……昇天とは違うけど……これで……」
責任重大な役目を任された琴葉。
この矢で大天狗が退治できる。しかし、外せば終わり。
女性は、大きく頷き札のついた矢を箙の中に戻す。
「あぁ〜……やっと痛みがひいた……」
野良猫は、体をふらふらさせながら琥市と琴葉の傍へ寄ってきた。
「野良猫さん……大丈夫……?」
少女は、野良猫へ一言を呟く。
すると、尻尾をふりふりさせながら、
「いやぁ〜……琥市にそう言われたらわっち、大丈夫って言わないといけなくなるなぁ〜」
両手を頭の後ろで組み、いつもの口調で言葉を飛ばす。
「野良猫。すまぬが……少し手伝って欲しいことがある」
村潟は、鋭い眼光で野良猫へ言う。
「ん〜?」
「大天狗が来たら——————」
周りに聞こえないくらい小さな声で、村潟は野良猫へ何かを言う。
琴葉と琥市は、頭の中に疑問符を浮かべながら2人の姿を見守る。
「へぇ〜……分かった。わっちも協力しよう」
野良猫は力強く言葉を村潟へ飛ばす。
「かたじけない……そして、丁度良い……」
礼の言葉を言った瞬間、村潟は刀を両手で力強く握り、耳をピクピクさせながら辺りを警戒する。
「大天狗が……近くに居る……」
少女の言葉に、琴葉と野良猫も警戒する。
——————草むらが、微かに揺れる音が聞こえる。
村潟はその草むらへ移動して、刀を構えた。
そして、刀と刀の触れ合う音が周囲に響き渡った。
「ぬっ……」
村潟は苦悶そうな表情を浮かべる。
草むらから勢いよく現れたのは大天狗。良く見てみると、持っている刀は先程の物とは違っていた。
「そなたも、勝負をつけにきたか……」
額から汗を流し、言葉を呟く。
だが、村潟はどんどん押されて体勢が不安定になってきた。
「村潟……!」
大天狗が村潟に集中している隙に、琥市は懐から札を出して投げつける。
当然、札を回避するために大天狗は村潟から距離を置く。
「かたじけない!」
体勢を整えて、琥市の方を見ずに礼を言う。
今度は村潟の方から颯爽と大天狗の懐へ行き、45度ではなく90度で一閃する。
少々変わった一閃に、大天狗は変な態勢で受け止める。
村潟は口元を上げて、大きく叫ぶ。
「今だ、野良猫!」
この言葉を言った瞬間、大天狗は体の自由が効かなくなった。
何が起こったか分からず、辺りを見回すと、背後から声が聞こえた。
「わっちはここに居るぞぉ!」
なんと、大天狗が村潟に集中しているのを利用して、野良猫は背後へこっそり移動していたのだ。
先の言葉を合図に、背後から襲い大天狗の体を固定する。
「でかした!」
村潟も、自分の刀を鞘に入れて大天狗の左側へ行き手や足を使って固定する。
野良猫は背後から大天狗の右側へ行き、村潟と同じく手や足を使って固定する。
これで、大天狗は身動きできなくなった。
「今だぁ〜!」
大きな声で叫ぶ野良猫。
すると、大天狗の目には弓を構える琴葉が映った。
当然、暴れて抵抗するが、思いのほか2人の力が強く全く歯が立たなかった。
「これで、終止符を打ちます……!」
弓の弦(つる)を力強く引き、琴葉は禍々しい矢で大天狗を射る——————
見事、矢は大天狗の体を貫いた。
刺さった矢の痛みと、禍々しい力が体全体を蝕(むしば)む感覚が同時に襲う。
大天狗はとても苦痛な表情を浮かべ、2人を払いのけて地面に倒れて暴れまわる。
この姿を見た琥市は、囁(ささや)くように言葉を言う。
「もう……あなたは終わり……滅(めつ)……」
最後に自分の札を、大天狗の額を張り付ける少女。
すると、闇のように暗い球体が大天狗の体を包み込む。
——————しばらく時間が経つと、球体は大天狗と共に消える。
琥市は、1回大きな深呼吸をして安堵の表情を浮かべる。
「やっと……終わった……」
周りに居た3人も小さく頷き、安堵の表情を浮かべる。
不意に、この場に優しい風が吹いてきた。
いままで天狗たちに邪魔された自然の風。
ここぞと言わんばかりに優しく吹いていた——————
○
「では、拙者らはここで……」
「縁があったら……また……」
村潟と琥市は、野良猫へそう言って村を後にする。
大天狗を退治し終わって、すぐだった。
野良猫は大きく手を振って、2人を見送る。
「さぁ〜て……」
手を上げて、自分が住んでいる家の玄関を開ける。
そこには、琴葉の太股で眠る楠崎が目に映った。
「そっちの方は大丈夫かい?」
「一応……命には別状はないですが……」
琴葉は、眉を動かして少年の翼を見つめる。
野良猫も自分の額を叩いて、悔しそうな表情を浮かべる。
「もしかして……もう、一生飛べない……のか?」
「ええ……鳥人の翼はとても繊細な作りで、このように深い傷を負ってしまうと……もう……」
なんと、楠崎は琥市を庇ったことで一生空を飛べなくなってしまったのだ。
普段空を飛ばない少年でも、さすがにこれは致命的だった。
鳥人の個性がなくなったのだから——————
「うっ……うん……」
ようやく楠崎は、眠りから覚める。
琥市を庇った時から気を失って、今自分がどういう状況に置かれているのか判断するのはとても時間がかかった。
「おはようございます。楠崎」
琴葉は微笑みながら、少年へ言葉をかける。
モノクルを光らせて、弱々しく、
「もしかして……大天狗は退治できた……?」
「はい。あの少女のおかげですよ」
この言葉に、楠崎は満足そうな表情を浮かべる。
「どうかしましたか?」
「いや、あの犬神が本当に妖を退治するために動いていたんだなって……やっと、確信がついたからさ……」
ようやく、琥市を信用した楠崎に、琴葉と野良猫は耳をピクピク動かして、微笑む。
しかし、伝えなければいけないことはまだあった——————
「後……非常に申し上げにくいのですが……楠崎の翼は……もう……」
琴葉は悲しそうに言葉を呟く。
楠崎は浅い溜息をして、
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ……あの犬神を庇った時に、思ったより翼の傷が深くてね……もう、使えないとあそこで判断できた。だから、そんなに気にすることはないよ、琴葉。それに、こっちの翼が犠牲になって大天狗を退治出来たんだから、十分さ」
自分の目的は、悪い妖を退治すること。それなら、多少の犠牲は覚悟していた楠崎。
そう解釈できた言葉だった。
「楠崎は……強いですね……」
「……目的の為なら、手段を選ばないだけだよ」
琴葉はなぜか、目に涙を溜めていた。
楠崎は頭に疑問符を浮かべながら、尋ねる。
「琴葉?なんで、泣いているの?」
「目的の為なら、手段を選ばない……それは……自分の命と引き換えでも……?」
この言葉に、少年は眉間にしわを寄せる。
妖を退治できるなら、自分の命を捨てることをするのか。
彼女の質問に、即答できず黙る。
「私は……そこが怖いです。知っていますか?兎の獣人は……基本的に……寂しがり屋なんです……よ?」
琴葉の言葉に、楠崎は目を見開く。
つまり、自分が死んでしまうと彼女を寂しい思いにさせてしまう。
兎の獣人はそういう感情に弱く、いつしか精神的にやられてしまう可能性が高い。
少年は脳内で、悲しそうな表情で歩く女性の姿を思い浮かべる。
——————とても、嫌な気分になった。
自分の犠牲で妖を退治できるなら、手段を選ばない。しかし、その一方でそれを悲しく思う人がいる。
それに気付いた楠崎は、ゆっくり口を開ける。
「ごめん……琴葉の気持ちを考えないで、自分勝手なことばかり言って……そうだよ……元々、こっちが琴葉のことを巻きこんだのに……勝手に死んで1人にするのは無責任だよ……ね」
「ま、巻きこんだなんて……とんでもないです。私は、楠崎と一緒に放浪してとても楽しいです……あなたと会う前はずっと……1人でしたから……」
2人の言葉を境に、しばらく無言の空間が流れる。
野良猫は、空気を読んでこの場から少し離れた——————
「(あそこまで妖のことを考えるのは相当だよなぁ〜……一体、楠崎はなんなんだぁ?)」
○
「しかし……不思議な2人だったな。特に、あの楠崎という者は……」
同時刻。
村潟と琥市はのんびり街道を歩いて、昨日や今日の出来事話していた。
「天鳥船……琥市は、何か知っているか?」
この問いかけに、少女はなんとも言えない表情をする。
「ふむ……」
村潟は足を止める。
つられて琥市も足を止めて、じっと自分の従者を見つめる。
「少年……とは言えない雰囲気だったな……」
琥市も大きく頷く。
少年らしい考え方、動き、それが全てない楠崎。むしろ、並みの大人よりも考え方や動きが優秀である。
欠点をあげれば、あの嘲笑うかのような表情だけ。なんだかんだで、いつも傍にいる琴葉に優しいということも知っている村潟だ。
「楠崎さんは……わたくしたちとは……違う生き方をしていた……かもしれない……」
メガネを両手でくいっと上げて、足を動かす琥市。
村潟は腕組をして、黙って少女の後ろを追う。
「(天鳥船……少し、調べてないと……)」
- Re: 獣妖記伝録 ( No.113 )
- 日時: 2011/08/29 21:10
- 名前: コーダ (ID: Y8UB0pqT)
山の中にある集落。
周りの木々に隠れて建っている、たくさんの家。
険しい坂道ばかりで、馬車などが走れる場所ではなかった。
しかし、そんな坂道に負けず歩く村人は非常に勇ましかった。
山の中でしか採れない山菜などを、物々交換して生活をする人々。
意外と、不自由な生活をしている雰囲気を漂わせていなかった。
そして、この集落は他の村や町と違って少し独特だった。
——————硫黄(いおう)の臭いがするのだ。
近くに温泉があるのか、かなり臭いはきつく、思わず鼻をつまんでしまうくらい。
集落に居る人々は、その臭いに慣れているのか、そんなことを気にせず暮らす。
「あ〜……こんなに硫黄の香りが漂っているのに、調査をしないといけないなんて嫌だなぁ……」
ふと、集落の中から明るい女性の声が聞こえてきた。
鼻を動かして、硫黄の臭いを嗅ぐ。その表情はとても心地よさそうだった。
「まっ、事件を解決してからの温泉も、またたまらんよねぇ〜」
どうやら、この女性は調査の為に集落へ来ていることが伺える。
だが、頭の中は温泉の事しかなかった。
細い尻尾を動かして、険しい道を歩く女性。
「あった、あった。これが例の燃えた家かい?」
女性の目に映ったのは、燃え尽きた家らしき建物だった。
激しく燃えたのか、建物を支える木材は完全に崩れている。
「いざ!調査開始!」
女性は勢いの良い口調で、燃え尽きた建物を調べる。
真っ黒な木材を触ったり、1番木材が真っ黒になっている場所を見たり、1つ1つの行動に無駄がなく、何度も同じようなことをやったような雰囲気を漂わせていた。
そんな女性を、山の中から鋭く見つめるなにかが居た——————
〜温泉と鼠狐〜
太陽が頂点に昇る時間帯。
空は快晴で、残暑の時季にしてはやや暑かった。
しかし、その日差しは周りの木々によって遮られ、暑さをしのぐには丁度よかった。
ここは、険しい山の中。
道の左右には、深い草が大量に萌えている。
だが、不思議なことに山の中の道は整っていた。
誰かが歩いた痕跡(こんせき)もしっかり残っていて、普段から人の通りが多い場所だと言うことが伺える。
そんな場所を、歩く2人の男女が居た。
「ふわぁ〜……」
昼間にもかかわらず、男は大きなあくびをして、目の端に涙を溜める。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛は、とても艶やかであり、前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を、微妙に崩して着用していた。
輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気が印象的な狐男。
後ろに居た女は、仕方なさそうな表情をしながら耳をピクピク動かしていた。
「ったく、本当に貴様はいつでもあくびをだせるよな。この寝ぼすけ妖天(ようてん)」
腕組をして、妖天という狐男に罵声を飛ばす女。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪。頭には、ふさふさした2つの耳がある。
瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光の中に、なぜか力強い威圧感もあり、それは狼を連想させる。
肌は、けっこう白く、すべすべしていそうな雰囲気を漂わせていた。
女性用の和服を上に着用して、下半身にはよく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
狐男と同じく、和服の上を微妙に崩して着用していたので、胸のサラシが若干見えていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らす。
口を開けると、狐とは思えない独特な犬歯も見える。
そうこの女は、見た目は狐だが、体の中に狼の血が流れている狐狼(ころう)だったのだ。
「我がぁ……あくびをするときは、平和な証拠さぁ〜……」
のんびりとした口調で、妖天は狐狼女に言葉を飛ばす。
この言葉に、腕組をしながら納得していた。
「まぁ、確かに貴様がのんびりしている時は平和だな」
大きく頷く狐狼女。
すると、妖天はその場で足を止める。
「ん?どうした?」
当然、この行動に頭の中に疑問符を浮かべる女性。
狐男は、突然この場でひざまつき、右手で地面を触る。
「お〜……琶狐(わこ)、君も地面を触ってみてくれないかぁ?」
琶狐と呼ばれた女性は、妖天の言うとおり地面を触る。
——————やけに、温かかった。
尻尾を動かして、驚いた表情をする琶狐。
「な、なんだこれ?」
地面から手を離して、妖天にこの温かさを尋ねる。
こめかみを触りながら、琶狐へ分かりやすく説明する。
「この近くに、温泉があるかもしれないってことさぁ〜」
「お、温泉……だと?」
琶狐は、独特な犬歯を出して言葉を言う。
意外な反応に、妖天は頭の中に疑問符を浮かべる。
「むっ?君ぃ、温泉に興味あるのかい?」
腕組をしながら、狐女へ尋ねる。
すると、尻尾を大きく動かして、
「あぁ!最近、妖(あやかし)退治ばかりで疲れていたんだ!なぁ!早く温泉に行くぞ!」
明るく言葉を飛ばす。
妖天は耳をピクっと動かして、琶狐の豹変ぶりに驚く。
「君がそこまで言うならぁ……我はぁ、止めはしない……」
「よっしゃ——!」
右手を握り、山のこだまが聞こえるくらい叫ぶ琶狐。
余程温泉に入りたいのか、早足で山の中を歩いていた。
○
山の中を歩いて10分くらいが経った頃、妖天と琶狐の目には小さな集落が映った。
険しい道の中を勇ましく歩き回り、山菜などを物々交換する人々。
その姿に、自分たちも険しい道を歩くやる気を貰う。
そして、この集落は他の村や町にはないものがあった。
——————硫黄の臭いがしたのだ。
琶狐は、この臭いを嗅いで目を輝かせる。
「お〜!これは、本当に温泉が近くにありそうだな!」
腕組をしながら、傍に居る妖天へ言葉を飛ばす。
当の狐男は、辺りを見回していた。
「う〜ん……温泉の近くに集落があるということは、秘湯(ひとう)ではないのかぁ……」
「この際、秘湯じゃなくても良いさ!あたしは、疲れが取れればそれでいい!」
秘湯じゃないことに、若干落ち込む妖天。
だが、琶狐はそんな狐男の背中を思いっきり叩く。
「まぁ……この際、なんでも良いかぁ……面倒だしぃ……」
頭をかきながら、妖天は先程言った言葉を撤回する。
「よし!それじゃ、温泉へ行くぞ!」
琶狐が威勢よく言葉を言った瞬間、どこからともかく大きな叫び声が聞こえた。
——————「やや!?怪しい者発見!」
2人は耳を動かして、体を180度振り向かせる。
そこには、1人の女性がこちらに向かってくるのが目に映る。
頭には灰色の2つの耳が生えており、とても細い1本の尻尾も生えていた。
黒色の髪の毛は、肩までかかるくらいの長さで、前髪は右目を隠すくらい長かった。
やや暗い赤色の着物をきていて、なぜか右手には十手(じって)を持っていた。
尻尾の細さから、すぐに鼠だということが判断できた。
「むっ……なんか、面倒なことになりそうだなぁ……」
妖天は、こめかみを触りながら尻尾を動かして、嫌な予感を察知する。
鼠の女性が自分たちの傍へやってくると、その姿がもっと詳しく分かった。
左目の灰色の瞳はとても力強く、この世に居る悪は全て許さないという雰囲気を漂わせていた。
「あんたら、ここの住民じゃないようだねぇ。どういう目的でやってきた!?」
鼠の女性は、右手の十手を妖天の額めがけて構える。
あまりの勢いに、1歩後ずさりして答える。
「わ、我らはぁ……ただぁ、温泉に入るためにここへやってきただけさぁ」
この言葉に、鼠の女性は目を思いっきり見開く。
「あ、あたいより先にここの温泉へ入るのかい!?それはだめだ——!」
突然、鼠の女性は持っている十手で妖天の額を思いっきり突き、狐男はその場で後ろから勢いよく倒れる。
「貴様!?いきなりなんだ!?」
琶狐は右腕を思いっきり払い、鼠の女性が持っている十手を弾き飛ばす。
あまりの力強さに、先の威勢の良さがなくなる女性。
「あ、あんた!?狐の癖に乱暴じゃない!?」
「ふんっ、悪かったな。こんな狐で!」
腕組をして、独特な犬歯を出しながら言葉を飛ばす琶狐。
鼠の女性は、耳と尻尾を落として白旗を上げる。
「さ、さすがに十手がないと勝ち目がない……あ、あたいが悪かったよ!」
むっとした表情をしながら、琶狐へ言葉を飛ばす。
狐女は腕組を解き、後ろで倒れている妖天へ声をかける。
「ったく、情けねぇな……あんな見え透いた不意打ちくらい回避できないのか!?」
倒れている人に心配の言葉ではなく、罵声をお見舞いする琶狐。
妖天は、眉を動かしてその場で立ちながら、
「君ぃ……倒れている者を、さらに追い打ちするのかぁ……?」
頭をかきながら、やれやれと言わんばかりの口調で琶狐へ言葉を呟く。
すると、狐女は口元を上げて、
「ふんっ、心配するな。それは貴様だけにしかしない!」
どうやら、妖天が倒れている時しか罵声を飛ばさないらしい。
つまり、他の人なら優しく手を差し伸べるとも解釈できる。
「我だけかぁ……それは、どういう意味だぁ〜?」
「貴様なら、それくらい察しろ!」
なぜか、琶狐は怒鳴り口調で妖天へ言葉を飛ばす。
狐男は、彼女の言葉を咀嚼(そしゃく)するために眉間にしわを寄せる。
「あ〜……その、あたいのこと忘れてないかい?」
琶狐は耳をビクッと動かし、はっとした表情で鼠の女性を見つめる。
妖天は、相変わらず深く考える。
「おっと、悪かった。で、なんだ?」
鼠の女性の事を忘れていたことを、全く悪いと思っていない琶狐。
これには、細い尻尾を動かして溜息をする。
「あたいは、ちょっとこの村で調査をしている。その調査が終わるまで、温泉に入らないと自分で決めたのに、少しむしゃくしゃしてさ……」
「そっか、確かにそれはむしゃくしゃするな」
琶狐は、鼠の女性の言っていることに同意する。
「あんたら、なんか怪しい事件とか解決できるかい?」
鼠の女性の言葉に、琶狐は後ろで考えている妖天へ尋ねる。
「寝ぼすけ妖天。そこんとこどうだ?」
突然の言葉に、妖天は尻尾をビクッと動かして、少々慌てる。
「い、いきなりなんだぁ〜?我はぁ、全く聞いていなかったぞぉ?」
琶狐と鼠の女性は、妖天の言葉に浅い溜息をする。
そして、また同じような説明を渋々言う。
「ふむ……怪しいと言ってもぉ、怪しいにも色々な種類があるからなぁ……どういう、類(たぐい)だぁ?」
こめかみを触りながら、尋ねる妖天。
すると、鼠の女性は困惑しながら、
「あ〜……なんだろう、こう……人とは思えない怪しさって感じ?」
妖天の眉が動く。
人とは思えない怪しさという言葉に、引っかかったのだ。
「ふむ……それは、興味深いがぁ……やはり、面倒————」
「よし!あたしたちも、その調査の手伝いをするか!」
妖天の横から、琶狐が首を突っ込む。
これには思わず、やれやれと言わんばかりの表情をする狐男。
「本当かい!?それは助かるよ!」
尻尾を大きく動かして、喜びをあらわにする鼠の女性。
琶狐は、口元を上げて威勢よく、
「そうときまったら、早いところ解決して温泉へ入りに行くか!」
言葉を飛ばす。
「ちなみに、あたいは鼠能美野 明調(そのみや みんちょう)。あんたらは?」
「あたしは神麗 琶狐(こうれい わこ)。こっちの寝ぼすけは詐狐 妖天(さぎつね ようてん)さ」
お互いの名前を言う琶狐と明調。
そして鼠の女性は、2人を怪しい事件が起こった現場へ案内する。
「琶狐ぉ……もしかして、我だけ逆の意味で特別扱いしているのかぁ?」
「……あぁ、そうさ!あたしは、貴様のことを特別扱いしているんだ!」
なぜ、自分だけにしか罵声を飛ばさないのかを呟く妖天。
琶狐は、なぜか顔を赤面させて言葉を叫ぶ。
「(特別かぁ……)」
○
集落の道を歩く妖天、琶狐、明調。
3人は硫黄の臭いを嗅ぎながら、それぞれ温泉について雑談しながら、現場へ向かっていた。
「温泉かぁ〜……何十年ぶりだな」
琶狐は、胸を躍らせながら2人へ言葉を飛ばす。
尻尾がかなり動いているので、かなり楽しみにしていることが伺える。
「先に言っておくけど、村人から聞いた話だと、ここにある温泉は混浴らしいよ?」
明調は、保険の為に琶狐へそう言うが、そんなもの彼女には関係なかった。
「そんなもん知るか。あたしは、入れれば良いんだからな!」
「そういう問題かい?」
明調は、琶狐の言葉にずれを感じる。
混浴と言えば、後ろに居る狐男の存在はどうする?という、彼女の考えが伝わらなかったのだ。
「明調は、何が言いたい?はっきりしないな!」
琶狐は、腕を組みながら鼠の女性へ言葉を飛ばす。
すると、明調は狐女へ耳打ちをする。
「(混浴といえば、後ろの男はどうするんだい?)」
この言葉に、琶狐ははっとした表情をする。
どうやら、いままでそういうことを考えていなかったのだ。
「(参ったなぁ……どこで、着替える?)」
「(問題はそこなのかい?あたいは嫌だよ。こんな男と一緒に入るのは!)」
明調の言葉に、頭の中に疑問符を浮かべる琶狐。
一体、彼女はどうしてそこまで嫌がるのか分からなかったのだ。
「(貴様は、一体何を言っている?お互い入ってしまえば問題ないだろ?入る前が問題だと、あたしは思う)」
「(あ、あんた……それは、本気で言っているのかい?)」
明調は、眉間にしわを寄せて琶狐の言っている言葉に嘘がないか確かめる。
すると、狐女はむっとした表情を浮かべる。
「(なんであたしが嘘を言わなければいけないんだ!?ん?まさか、貴様は男と一緒に入るのが恥ずかしいのか!?)」
「(そうさ!逆に、なんであんたは抵抗がないのさ!?)」
この質問に、琶狐は口元を上げて、
「(大事な所を見せなければ、それで十分だ!もし見せても、減るもんじゃない!)」
この強い言葉に、明調は浅い溜息をする。
自分には、そういう考えを持つことが無理だったのだ。
「(いや、もう良いや……)」
これ以上話しても、自分がみじめになっていくと思った明調は話を切り上げる。
当の琶狐は、やはり頭の中に疑問符を浮かべていた。
「むぅ……もしかして、あれが怪しい現場かぁ〜?」
妖天は、拱手をしながら2人へ言葉を送る。
3人の目に映ったのは、燃え尽きた家らしき建物だった。
激しく燃えたのか、建物を支える木材は完全に崩れている。
「そう!これが、今回の怪しい現場!」
明調の言葉に妖天はふむと、一言呟く。
琶狐は燃え尽きた家を黙って見つめていた。
「少し、調査しても良いかぁ〜?」
「ああ、もちろんさ」
一応、明調に許可を取る妖天。
そして、燃え尽きた建物を調べる。
木材の燃え方や崩れ方、意外と見るべき場所をしっかり見ていた妖天。
琶狐は腕組をして、何を調べて良いのか分からなくて大きく唸っていた。
「ふむ……」
拱手をしながら、妖天は一言呟く。
「どうだい?なんか分かったかい?」
右手に十手を持ちながら、妖天へ声をかける明調。
すると、狐男は口元を上げて、
「まぁ……だいたいは分かったぁ……だが、あまり関わらない方が良いと思うぞぉ〜?」
この言葉に、琶狐と明調は驚いた表情をする。
「この建物が燃えた原因……君の言うとおり、これは妖(あやかし)が引き起こしたものさぁ……今も、じっと我らのことを見ているだろうねぇ……」
琶狐は、耳をピクリと動かして途端に鋭い眼光で辺りを見回す。
「よさんか琶狐……あまり、波山(ばさん)を挑発するでない」
「ば、波山……?」
明調は、変な声を出しながら妖の名前を呟く。
「山の中に生息している大きな鶏(にわとり)さ。普段はおとなしいが、挑発すれば口から炎を出すとんでもない妖……人を避ける習性だし……あまり、我らの方から手を加えない方が良いだろう……」
長々と説明する妖天。2人は開いた口が塞がらなかった。
「それに、この建物には人が住んでいた気配が全く感じられん……きっと、不要な建物を燃やしたのだろう。そういう事で報告しても、かまわないと思うがねぇ……」
拱手を解いて、そそくさと燃え尽きた建物から離れる妖天。
相変わらず、妖の知識だけはすごい。琶狐はそう心の中で感じながら狐男を見つめる。
「そっかぁ……妖がこの事件を引き起こしたのかい……まぁ、不審者よりはまだ良いかな」
明調は、右手の十手を懐へしまって腕組をしながら何度か頷く。
そんな中、琶狐はじっと山の中を見つめていた。
「琶狐ぉ……たまには、良いじゃないか。我も君も疲れているし……」
「そう……だな……」
妖天の言葉で、琶狐は山の中を見つめることをやめる。
それに、疲労して状態で妖を退治できる自信がなかったからだ。
「さてぇ……ひと段落したし、温泉へ向かうかぁ〜?」
この言葉に、2人は尻尾を大きく振る。
そして、また険しい山を登って温泉へ向かう3人だった。
——————その光景を山の中からじっと見つめる何かは、翼を広げてここから離れていった。
○
3人は、温かい温泉にのんびり浸かる。
妖天は琶狐と明調から距離を置いて、静かに入っていた。
「ひゃ〜……良い湯だぁ〜……」
明調は、とても満足そうな表情を浮かべながら言葉を呟く。
その証拠に、温泉に入りきらない細い尻尾が激しく動かしていたからだ。
「あぁ……疲れが取れる……」
琶狐も、この温泉に満足しながら入っていた。
明調と同じく、入りきらない尻尾がゆっくりと心地よく動いていた。
「あんたって、実はかなり胸があったんだな」
お湯の上に浮かぶ、琶狐の豊満な胸を見つめる明調。
その表情は、とても羨ましそうにしていた。
「これか?本当だよ……邪魔で仕方がない!」
琶狐の言葉に、明調はむっとする。
それなら、自分に分けて欲しい。そんな雰囲気を露骨に出す。
「なんか、あたい悔しいよ」
明調がそう言った時には、琶狐は妖天の近くへ向かっていた。
本当に、女性とは思えない考えと行動をする。鼠の女性は浅い溜息をする。
「おい!そこで1人で入っている寝ぼすけ妖天!」
琶狐は、1人で静かに温泉に入っている妖天へ罵声を飛ばす。
これには、少しだるそうに狐女の方へ首だけ振り向かせる。
「むぅ……我はぁ、ゆっくりしていたのになぁ……」
「知るかボケ。ここまで来て、1人で入るのはあたしが認めん!」
この言葉に、妖天は深い溜息をする。
——————首につけている、お守りかお札みたいな物が目に映る。
「貴様。そのお守りかお札みたいな奴、本当に肌身離さず持っているんだな」
琶狐は、頭に疑問符を浮かべて尋ねる。
しかし、妖天はやはりはっきりしない言葉を呟く。
「これはぁ……どんな時でも、持っていないとだめなような気がしてなぁ……う〜む……なんでだろうなぁ……」
頭を悩ます妖天。琶狐は眉を動かして、
「いや、そんなに深く考えるな。また倒れたらどうする!?理由くらい、ゆっくり思い出していけばいいだろ!」
彼女なりの優しい言葉。お守りかお札みたいな物について考えすぎると、倒れてしまうのを防ぐためだ。
妖天は素直に、考えるのをやめる。
「ふむ……君はぁ、なんだかんだで優しいなぁ……」
こめかみを触りながら、琶狐へ言葉を呟く。
これには思わず赤面させて、
「な、何度も言うが、それは貴様が気になるからだ!深い意味は……ない!」
温泉に入りきらない尻尾を、大きく振りながら言葉を飛ばす。
妖天はそんな彼女の姿を見て、思わず眉を動かして笑う。
「い、いきなりなんで笑うんだ……?」
突然笑い始める狐男に、琶狐は戸惑う。
何気に、この狐男が笑うのはけっこう稀なことである。
「やはり、君はぁ……面白いなぁ……我の事を、ここまで気にしてくれる者は、君が初めてな気がする……」
妖天は、どこか遠くの方を見つめながら言葉を呟く。
その表情は、どこか嬉しくもあり、悲しそうだった。
琶狐は耳をピクピク動かして、狐男が今どんなことを考えているのか彼女なりに咀嚼する。
「前までは、我はぁ……う〜む……?」
何か言いたそうな言葉だったが、すぐに何を言いたいのか忘れる妖天。
「(やっぱり、こいつは重要な記憶がないんだな。昔……か?)」
琶狐は、頭の中で妖天の記憶がなくなっている部分を考える。
基本的に昔の話などは聞かされない。もし尋ねても、忘れたという一言で流されてしまう。
——————妖天が失った記憶は、過去かもしれない。琶狐は薄々そう感じてくる。
「(こいつの過去……何かあったのか?)」
どんどん狐男の事が気になり始める琶狐。
特に、妖に関しての膨大な知識がとても興味津津だった。
妖天は、そんな彼女のことを見向きもしないでのんびりする。
——————気がつくと、温泉の周りは白い湯けむりに覆われていた。
全く先が分からない状況。それは、傍に居る妖天の記憶を具現化しているようだった。
- Re: 獣妖記伝録(20記完結)(アンケート実施中) ( No.114 )
- 日時: 2011/08/30 06:39
- 名前: 王翔 ◆OcuOW7W2IM (ID: foJTwWOG)
こんにちは、王翔です。
更新ますね。
え? 琶狐、一緒に温泉入るの平気なんですか!?
驚きました……。
琶狐も妖天の過去が気になり始めてる様子…
どうなるんでしょう?
続き、楽しみにしてます!
では、更新頑張ってください!
- Re: 獣妖記伝録(20記完結)(アンケート実施中) ( No.115 )
- 日時: 2011/08/30 18:33
- 名前: コーダ (ID: c2pmews/)
王翔さん>
はい。琶狐は男と一緒の風呂に入ることになんも抵抗を感じない人です(笑)
大事なところを見せなければそれで良い。もし見せても減るもんではない。恐ろしい精神……
さすがは、罵声を飛ばす美女ですね〜……まぁ、そこがまた可愛いのですが!
おそらく、風呂上がりは腰に手を当てて牛乳を一気飲みしていそうな琶狐です。
さて、そんな彼女もだんだんと妖天の過去が気になり始めました。おそらく、1番謎の部分でしょう。
膨大な妖の知識を持つ狐。果たして、自分の傍にいる男は何者なのか……
それでは、これからも獣妖記伝録をよろしくお願いいたします!
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