複雑・ファジー小説
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- 獣妖過伝録(7過完結)
- 日時: 2012/09/08 14:53
- 名前: コーダ (ID: hF19FRKd)
どうも〜!私、コーダと申します!
初めましての方は、初めまして!知っている方は、毎度ありがとうございます!
え〜……一応、ここに私の執筆作品がありますが、最近、新しい閃きがありましたので、それを形に表してみようと思って、突然、掛け持ちすることになりました。
そして、このたびは2部になりましたのでタイトルも変えて獣妖過伝録(じゅうようかでんろく)としました。
只今、超ゆっくり更新中……。
コメントもどしどし待っています。
では、長い話をばかりではつまらないと思いますので、これで終わりたいと思います。
※今更すぎますけど、この小説はけっこう、人が死にます。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
※この小説は、かなりもふもふでケモケモしています。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
秋原かざや様より、素敵な宣伝をさせていただきました!下記に、宣伝文章を載せたいと思います!
————————————————————————
「お腹すいたなぁ……」
輝くような二本の尻尾を揺らし、狐人、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)は、今日もまた、腹を空かせて放浪し続ける。
「お狐さん?」
「我は……用事を思い出した……」
ただひとつ。
狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていた。
100本の蝋燭。
大量の青い紙。
そして、青い光に二本の角。
————青の光と狐火
恵み豊かな海。
手漕ぎ船。
蛇のような大きな体と、重い油。
————船上の油狐
それは偶然? それとも……。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
星空の下、男女の狐が出会う。
————霊術狐と体術狐
そして、逢魔が時を迎える。
「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」
獣人達が暮らす和の世界を舞台に、妖天とアヤカシが織り成す
不思議な放浪記が幕をあげる。
【獣妖記伝録】
現在、複雑・ファジースレッドにて、好評連載中!
竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
「むぅ……」
「釣れたかと思えば下駄か! 鶏野郎にお似合いだな!」
————————————————————————
・参照突記伝録
「1800突破しましたね。嬉しいことです」
・読者様記伝録
ステッドラーさん(【★】アーマード・フェアリーズ【★】を執筆している方です。)
玲さん(妖異伝を執筆している方です。)
王翔さん(妖怪を払えない道士を執筆している方です。)
水瀬 うららさん(Quiet Down!!を執筆している方です。)
誰かさん(忘れ者を届けにを執筆している方です。)
ベクトルさん(スピリッツを執筆している方です。)
ナナセさん(現代退魔師を執筆している方です。)
Neonさん(ヒトクイジンシュ!を執筆している方です。)
猫未さん(私の小説を鑑定してくれた方です。)
アゲハさん(黒蝶〜月夜に蝶は飛ぶ〜を執筆している方です。)
水月さん(光の堕天使を執筆している方です。)
狒牙さん(IFを執筆している方です。)
木塚さん(SM不良武士集団を執筆している方です。)
瑠々さん(不思議な放浪記を読む読者様です。)
・感鑑文記伝録
水瀬 うららさん(ご丁寧な評価と嬉しい感想をありがとうございます!)
秋原かざやさん(非常に糧になる鑑定ありがとうございます!)
王翔さん(キャラが個性的と言ってくださり、ありがとうございます!)
紅蓮の流星さん(私の足りない部分を、教えていただきありがとうございます!)
猫未さん(私が夢中になってしまうところを、的確に抑制してくれました!ありがとうございます!)
夜兎さん(私の致命的なミスをズバリ言ってくれました。精進します!そして、ありがとうございます!)
七星 空★さん(新たなる改善点を教えていただきました。楽しいストーリーと言っていただきありがとうございました!)
瑚雲さん(改善する場所を新たに教えてくれました。高評価、ありがとうございました!)
野宮詩織さん(事細かい鑑定をしてくれました!ありがとうございました!)
狒牙さん(とてもうれしい感想をくださり、私が執筆する糧になりました!ありがとうございます!)
及川相木さん(面白い、そしてアドバイスを貰いました!ありがとうございます!)
peachさん(たくさんの意見と、私の課題を見つけてくれました。ありがとうございます!)
・宣伝文記伝録
秋原かざやさん(ドキドキするような宣伝をしてくれました!本当にありがとうございます!)
・絵描様記伝録
王翔さん(とても、可愛い絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>12 >>31 >>37 >>54 >>116 >>132
ナナセさん(リアルタイムで、叫んでしまう絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>20 >>48 >>99
・作成人記伝録
講元(王翔さん投稿!11記にて、登場!「次は、そなたたちである」)
葉月(ナナセさん投稿!12記にて、登場!「大成功!」)
淋蘭(玲さん投稿!13記にて、登場!「ふ〜ん。君、けっこうやるね」)
乘亞(水瀬 うららさん投稿!14記にて、登場!「大嫌いです」)
軒先 風鈴(Neonさん投稿!15記にて、登場!「退屈だ」)
・異作出記伝録
ジュン(玲さんが執筆している小説、妖異伝からゲスト参加しました。本当に、ありがとうございます!)
・妖出現記伝録
青行燈(あおあんどん)
小豆洗い(あずきあらい)
アヤカシ(”イクチ”とも言う)
磯撫(いそなで)
一本ダタラ(いっぽんダタラ)
犬神(いぬがみ)
茨木童子(いばらぎどうじ)
後神(うしろがみ)
産女(うぶめ)
雲外鏡(うんがいきょう)
煙々羅(えんえんら)
大蝦蟇(おおがま)
大天狗(おおてんぐ)
骸骨(がいこつ)
貝児(かいちご)
烏天狗(からすてんぐ)
九尾の狐(きゅうびのきつね)
葛の葉(くずのは)
管狐(くだぎつね)
懸衣翁(けんえおう)
牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)
酒呑童子(しゅてんどうじ)
女郎蜘蛛(じょろうぐも)
ダイダラボッチ
奪衣婆(だつえば)
土蜘蛛(つちぐも)
鵺(ぬえ)
猫又(ねこまた)
野鎚(のづち)
波山(ばさん)
雪女(ゆきおんな)
雪ん子(ゆきんこ)
妖刀村正(ようとうむらまさ)
雷獣(らいじゅう)
笑般若(わらいはんにゃ)
・獣妖記伝録
1記:青の光と狐火 >>1
2記:船上の油狐 >>5
例1記:逢魔が時 >>10
3記:霊術狐と体術狐 >>11
4記:蝦蟇と狐と笑般若 >>15
例2記:貝児 >>27
5記:牛馬と犬狼 >>30
6記:産女と雌狐 >>34
例3記:ダイダラボッチ >>38
7記:蜘蛛と獣たち 前 >>43
8記:蜘蛛と獣たち 後 >>51
例4記:小豆洗い >>52
9記:雪の美女と白狐 >>53
10記:墓場の鳥兎 >>55
例5記:葛の葉 >>58
11記:天狗と犬狼 >>64
12記:狐狸と憑依妖 >>74
例6記:日の出 >>75
13記:雷鳥兎犬 >>78
14記:鏡の兎と雌雄狐 >>84
例7記:煙々羅 >>87
15記:櫻月と村汰 >>93
16記:神麗 琶狐 >>96
例8記:奪衣婆と懸衣翁 >>100
17記:天狗と鳥獣 前 >>104
18記:天狗と鳥獣 中 >>105
19記:天狗と鳥獣 後 >>112
例9記:九尾の狐 狐編 >>106
20記:温泉と鼠狐 >>113
21記:犬神 琥市 >>121
例10記:九尾の狐 犬編 >>120
22記:天鳥船 楠崎 >>128
例11記:九尾の狐 鳥編 >>133
23記:鬼と鳥獣 前 >>136
24記:鬼と鳥獣 後 >>140
例最終記:九尾の狐 獣編 >>141
25記:鳥獣と真実 >>151
・獣妖過伝録
1過:8人の鳥獣 >>159
例1現:不埒な者たち >>164
2過:2人の狐 >>163
例2現:禁断の境界線 >>166
3過:修行する者 >>165
例3現:帰りと歴史 >>167
4過:戦闘狼と冷血兎 >>168
例4現:過去の過ち >>169
5過:鳥の監視 前 >>170
例5現:起源、始原、発祥 >>171
6過:鳥の監視 中 >>172
例6現:探し物 >>173
7過:鳥の監視 後 >>174
例7現:箒に掃かれる思い >>175
・獣妖画伝録
>>76
>>119
- Re: 獣妖記伝録 ( No.51 )
- 日時: 2011/09/04 13:54
- 名前: コーダ (ID: uoVGc0lB)
〜蜘蛛と獣たち 後〜
土蜘蛛。
普通の蜘蛛よりも、何倍も大きく、非常に危険な妖である。
この妖が住んでいる場所の村は、原因不明の病気にかかる。
それは、土蜘蛛が空気中に、その病原体を出しているからである。
もちろん、ただ病死させるだけに、病原体を撒かない。
——————死んだ人の死肉を、餌にするための行動だ。
特に、女性や子供の死肉は大好物であり、そういう人は特に狙われる。
しかし、ここでおかしいことがある。
土蜘蛛は、基本的に個人単位で人を病気にさせる。
今回は、とても珍しいケースで、村単位である。
——————大量に、餌がいるというのだ。
恐ろしいのは、その病原体だけでなく、土蜘蛛の体には毒もある。
だが、その毒を蒸留水で水割りして、一口飲めば、土蜘蛛が出した病原体を殺すことができる。
つまり、妖天たちが居る村の住民を助けるには、土蜘蛛を退治しないとだめということだ。
幸いにも、こちらは土蜘蛛を目撃している野良猫が居る。
希望は、それなりにあった。
「土蜘蛛かぁ……妖の中でも、かなり危険な部類だぁ……いままで、会った妖と比べていると、痛い目に遭うぞぉ……琶狐?」
妖天は、拱手をしながら、隣に座っている琶狐へ言う。
その口調は、とても威圧感があり、いつもの頼りなさそうな感じが全くなかった。
いつもなら、罵声を浴びせながら返すのに、今だけは素直に呟く。
「わ、分かった……妖天」
耳と尻尾を、挙動不審に動かす琶狐。
妖天は、こめかみを触りながら、大きく唸る。
「今回はぁ……面倒とか言っている場合ではないなぁ……早速、山へ行こうと思うが……今日は、無理だな」
玄関の方を見つめて、眉を動かす妖天。
外は、もう茜色だった。
妖というのは、基本的に夜行性で、これからどんどん本領を発揮してくる。
ただでさえ、危険な土蜘蛛が、さらに磨きがかかるというのだ。
それを知っている妖天は一体——————
村潟は、琶狐に思わず一言尋ねる。
「失礼だが……拙者は、妖天のことを見くびっていたようである。頼りなさそうで、とても弱いと思っていたが……まさか、こんなに威厳と知識があったとは……」
白旗を上げる村潟。
すると、琶狐は顔を左右に大きく振った。
「あ、あたしも……こんな妖天を見たのは、初めてなんだ!威厳の、いの字もないジリ貧狐なのに!」
この言葉に、村潟はとても驚く。
隣に居た琥市は、眉間にしわを寄せて、両手でメガネをくいっと上げ、何かを考えていた。
「ひゅ〜……なんか、土蜘蛛を一瞬で退治できそうな雰囲気だねぇ……」
野良猫は、妖天を見つめながら言葉を呟く。
だが、一切眼中に入れず、こめかみを触りながら何かを考えていた。
「(だがぁ……なぜ、土蜘蛛は村全体に病原体を……?そんなに空腹なのかぁ?……いや、まさか……)」
○
外は、もう夜だったが、月明かりが地上を照らしていた。
快晴の星空を、じっと見つめるのも、おつなもの。
それを見ていたのは、美人な女性。琶狐だった。
野良猫の家から出て、すぐ近くにあった桶を、底の部分を上にした状態で地面に置き、座っていた。
その表情は、非常に綺麗で美しかった。
見た者は、思わず一目ぼれしてしまうくらいである。
男性、女性、関係なく——————
家の中に居る男たちは、静かに酒を呑んでいた。
こんな状況なのに、よく呑めるな。と、琶狐は心の奥底で呟く。
すると、玄関の扉が開く。
そこから出てきたのは、子犬のような少女。琥市だ。
「んっ?酒臭くて嫌なのか?」
大きく頷く琥市。
琶狐はとりあえず、もう1個桶を用意して、隣へ座らせる。
2人は、しばらく黙って星空を見つめる。
すると、琶狐は狐目になって小さく呟く。
「あたしは、星空が好きなんだ。たくさんの星空……あれは、たくさんの人々を表しているなって……思うからさ」
腕組をしながら、星空が好きな理由を尋ねる。
琥市は、両手でメガネをくいっと上げる。
「たくさんの……人々……」
幼さが残るが、とても透き通った声が辺りに響く。
琶狐は、思わず琥市を見つめる。
「驚いたねぇ。貴様、喋れるのか」
こくりと頷く琥市。
琶狐は、また星空を見つめながら小さく呟く。
「犬、猫、狼、狐、鼠、兎、狸、鳥……この国は、たくさんの種族が居るだろ?だけど、あたしはまだそれ以上に知っているからさ」
この言葉に、琥市は眉間にしわを寄せて考える。
8種族以外の、種族とは——————
すると、琶狐は大きく笑いながら言葉を言う。
「なぁに!簡単だろ!?犬と猫が契りをしたらどうなる!?」
琥市は、はっとした表情をする。
犬と猫が結婚して、子供が出来れば、その子供は犬猫になる。
鋭い眼光は犬に似て、尻尾はなぜか猫みたいになる。そういう人。
つまり、新たに28種類の種族が生まれることになる。
さらに、その28種類がお互い結婚してしまうと、新たに378種類も生まれる可能性がある。
最終的に、8種族の血が全て流れている子供が、出来る可能性もある。
しかし、それは国が許さない。
異種族同士の結婚は、即死刑。
なぜなら、それは種族関係を社会的、人間的に壊すことになるから——————
犬は犬、猫は猫。これが出来ない者は、愛を語る資格などない。
人々も、変な子供が生まれることを嫌うので、人権を侵しているとは一切、思っていない。
だから、もし異種族が結婚してしまうと、その噂は人々から伝わり、すぐに国のお偉いさんの耳に入る。
そんな世の中——————
琶狐は、どうしてそういう人々を、知っているのか甚(はなは)だ疑問に思うが、あまり聞かない方が身のためだと察する琥市。
また、しばらく無言になって星空を見つめる2人。
すると、琥市はとても透き通った声で呟く。
「妖天さんとは……会って……何ヶ月くらい……経つの……?」
この質問に、琶狐は腕組をしながら答える。
「ん?そうだなぁ、もう1ヶ月くらい経つか?で、なんだ?」
その質問をした理由を、催促する琶狐。
両手でメガネをくいっと上げながら、琥市は言う
「そう……所で、琶狐さんと妖天さんは……どういう出会いを……?」
妖天との出会い。琶狐は、どこか苦虫を噛んだかのような表情で呟く。
「あいつとの出会いは、丁度こんな時間だったな。酒臭い体をしながら、あたしに近づいてくる……と、思ったら突然、どっかへ行った。なんか、あたしの事が気になるとか、気にならないとか言っていたなぁ……その理由を決して言わないから、あたしはついてきた感じだ!」
脳内で、妖天との出会いをまた再生させる琶狐。
琥市は、少々気になったことがあったので、尋ねる。
「妖天さんは……理由を、言わない……?」
「あぁ!あいつは、本当に理由を言わない!自分が、放浪している理由も言わないしな!」
桶を倒して、その場に勢いよく立ちあがる琶狐。
思わず、びっくりする琥市。
「放浪……?妖天さんは……ずっと……1人……?」
この言葉に、琶狐は腕組をしながら考える。
そういえば、自分と会っていない時はずっと1人だったのか、と。
これは、あまり詳しく言えなかったので、その場しのぎで答える。
「ん?あたしと会う前は、あいつ、ずっと1人じゃないか?特に、そういう話は聞かんし」
琥市は、なぜか悲しい顔つきになる。
この急激な変化に、琶狐は当然慌てる。
「どうしたんだい!?目にゴミでも入ったか!?」
「いえ……わたくしは大丈夫です……」
メガネを両手でくいっと上げて、可愛らしい表情をする。
しかし、それは少し無理をしていたように見えた。
琥市は、何かをお願いするように、琶狐へ言葉を言う。
「琶狐さん……妖天さんのこと……見捨てないで……あの人は……村潟と同じ……」
村潟と同じ。この言葉に引っかかった琶狐は思わず、大きな声で尋ねる。
「あいつと同じだって!?どこがだ!?」
「わたくしは……10年前くらいに……放浪する村潟を見つけた……どうして、放浪をするかを聞いたら……よく分からない。って……でも、体はどこかへ向かっていたのが……分かったの……きっと、村潟も妖天さんも……“理由を言わない”じゃなくて……“理由を言えない”と思うの……」
眉を動かして、黙って話を聞く琶狐。
放浪する理由を言えない2人。
なぜ、こうなってしまったのだろうか——————
「妖天さんの首に……お札か、お守りかどうかわからない物……村潟の鞘にもついている……どうして、つけているかを聞いたら……それも、明確に言えなかった……気がついたら、あった。だけど、手放したくない……と」
「………………」
村潟の言動と、妖天の言動が一致することに、気がつく琶狐。
実は前に1度、首についているお札か、お守りかどうかわからない物について、尋ねたことがあるのだ。
しかし、返ってきた答えは、“分からない。ただ、気がついたらあった。だけど、手放したくない”言っていた。
腕組をしながら、大きく唸る琶狐。
すると、琥市は少し眼光を鋭くして、言葉を呟く。
「あくまで、わたくしの予想だけど……妖天さんと、村潟は……“記憶を失っている”可能性があると思う……」
「記憶喪失かい!?そ、そんなことがありえるのか!?」
琶狐がその言葉を言った瞬間、今日の昼の出来事を思い出した。
同族が嫌いな理由を、必死に探し出す妖天。
汗をたらしながら、過呼吸になりながらも考えるが、思い出せなかった。
過去に、何かあったのだろうと思わせる感じ。体では覚えているが、頭では覚えていない、そんな状況。
——————記憶喪失だと言ってもよかった。
「いや……ありえそうだな」
先程の言葉を撤回するような、言葉。
だが、ここで少し疑問が残る。
——————なぜ、妖についての知識は残っているのか。
琶狐は、とりあえず、それを琥市に尋ねる。
「だけど、あいつは妖について、とんでもなく詳しいが?」
「そう……妖天さんと村潟は……そういう知識だけは覚えている……村潟の場合は、和菓子とか刀についてだけど……」
一部の記憶だけが、失っている。
そう思った琶狐は、腕組をしながら、また大きく唸る。
「重要な記憶が……ないってことかい?」
「……それは、分からない」
お札かお守りみたいな物を持っている理由、放浪する理由は、本人にとって、重要かどうかは分からない。
だが、そこだけの記憶がないということは、なにかあるに違いない。
ふと、琶狐は小さく呟く。
「あいつが、同族を嫌うのも……重要なのか……?」
「記憶を復活させるには……なにか、きっかけが……ないと……」
琥市の言葉を境に、2人はずっと無言になる。
この話で、少しだけ妖天の見る目を、変えた琶狐であった。
○
時は、真夜中。
野良猫の家では、雑魚寝をする4人が居た。
大の字で寝る野良猫。
可愛らしく、自分の尻尾に抱きついて寝る琥市。
仰向けで、両手を頭の後ろで組みながら寝る琶狐。
壁に背中を預けながら、腕組をして寝る村潟。
——————妖天は、普通に起きていた。
こめかみをずっと触りながら、小さく唸る。
眉間にしわも寄せながら、深くずっと考える。
「同族……我はなぜ同族を……嫌う……?分からぬ……なぜだぁ……九狐……九狐……?なのかぁ……?」
九狐——————
妖天の口からは、誰かの名前が出てくる。
響き的に、女性をイメージさせた。
だが、それは誰なのかも、分からなかった。
「そなた……悩んでいるようだな」
ふと、横から聞こえた声。
そこには、眠っていたはずの村潟が、顔を上げていた。
「むぅ……起こしたかぁ?」
「かまわぬ。拙者は、基本的に深く眠らない。なにか、あった時の為にな」
この言葉を聞いた妖天の耳はピクリと動く。
「君ぃ……武士かぁ?」
「武士……拙者が武士……?はて……どうだったか……」
頭を悩ませながら、村潟は呟く。
その様子は、非常に自分と似ていた。
妖天は、浅い溜息をすると、小さく呟く。
「いやぁ……無理に答えなくても良いぞぉ……忘れたものは、しょ〜がない……」
「すまぬ」
しばらく静かになる2人。
何か話題がないかを必死に探す妖天と村潟。
すると、ふと妖天は、村潟の鞘を見つめる。
——————そこには、お札かお守りみたいな物。
そして、なぜそれを持っているのかを尋ねた。
「君ぃ……その鞘に繋がっている物は……どこで、手に入れたぁ〜?」
村潟は、自分の刀の鞘を見つめる。
だが、途端に深く考える。
そして、こんな言葉を呟く。
「これは……拙者が気づいたときにはあった……な、なぜかはわからぬ……手にした覚えはない……ない?それは真(まこと)か……?」
村潟の反応を見て、妖天はこめかみを触りながら、
「むぅ……我と同じかぁ……我も、この首にある物は、気がついたときにあったのさぁ……手にした覚えは……ないようなぁ……あるようなぁ……?」
と、村潟を同じようなことを言う。
頭を悩ませて、このお札かお守りみたいなものについて考える2人。
しかし、答えは一向に出ることはなかった——————
気がつくと、妖天と村潟は深い眠りに誘われた。
○
「わらわのことを……ずっと、ずっと守ってくれるか?」
そう言ったのは、とても美しい女性だった。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、なんと、黄金に輝く金色の尻尾が9本もあった。
髪の毛も、黄金に輝く金色で、腰くらいまである長さだった。
巫女服に包んだ体は、とても神々しくて、思わず頭を下げたくなる。
さらにその姿は、非常に女々しく、おしとやかで、艶めかしかった。
「君のことは……我が、守る……」
女性の言葉の後に、男性がそう言う。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、黄金に輝く金色の尻尾が2本あった。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛。
その姿は、非常に落ち着いていて、頼りがいがあり、どこか威厳たっぷりだった。
「そうか……わらわは嬉しいぞ」
女性は、男性の背中から優しく抱きつく。
この時、背中には豊満な胸が深く当たっていた。
「よさんか……」
そう言っているものの、男性はまんざらでもない様子だった。
雰囲気的に、2人は恋人同士に見える。
「ふふふ……汝は可愛いのう……やはり、わらわの好みじゃ……」
女性は、耳元で言葉を言う。
すると男性は、体を180度回して、女性と対面になるような形をとる。
「我も、君のような者は……好みだ……」
この言葉に、女性は、狐目になって口元を上げる。
その表情は、非常に艶めかしかった。
「わらわと汝……目的を達するために出会ったが……ふふふ……まさか、こうなるとはな……」
「我もだ。目的を果たすために、君についてきたが……こうなるとはね……」
そう言って、女性と男性は唇を合わせる——————
熱く、深い接吻(せっぷん)。
しばらくして、女性は男性を押し倒す。
この2人を、止められる者はもう居ない。そんな、雰囲気だった。
○
快晴の空。
時間は、朝と言うには遅く、昼と言うには早い、本当に中途半端な時間。
今日は、土蜘蛛を退治するために、山へ登る。
野良猫の家に居たメンバーは、準備をしていた。
——————だが、1人だけは違った。
畳の上で、ゆっくり気持ちよさそうに寝る妖天。
その姿を見た琶狐は、怒りをあらわにして叫ぶ。
「こらぁ——!とっとと起きろぉ——!このジリ貧狐ぇ——!」
右足で、思いっきり妖天の背中を蹴る。
もちろん、これには苦痛な表情をしながら起きあがる。
「痛っ……き、君ぃ……ずいぶん……荒々しい起こし方だねぇ……」
蹴られた部分を、手で摩りながら、妖天は呟く。
その様子を見ていた、村潟と琥市、野良猫は苦笑していた。
「あたしの目覚ましは、手加減なしだ!それに、貴様のあの寝顔はなんだ!?とんでもなくいやらしかったぞ!?」
こめかみを触りながら、妖天は考える。
すると、今日見た夢について話す。
「いやぁ……今日は、とても……あま〜い夢を見てなぁ……男女の狐がくんずほぐれつ……」
「黙れ!朝から何言ってんだ、この変態ジリ貧狐!」
琶狐は、思いっきり平手打ちをする。
そして、妖天はその場に倒れて気絶する。
「すまぬが……拙者らは時間が惜しい……」
「せっかく起こしたのに、また寝かしちゃったかぁ」
「………………」
冷やかな視線を送る3人。
琶狐は、はっとした表情をして、倒れている妖天を思いっきり揺さぶる。
これから、土蜘蛛を退治するのに、なんとも言えない空気。
思わず琥市は、笑ってしまったという。
○
町から少し離れた山。
時間は、もうすぐで太陽が頂点に昇る時である。
風は一切吹いておらず、非常に暑い日であった。
ゆらゆらと、肉眼で確認できるくらいの陽炎が、その気にさせる。
こういう日は、キンキンに冷えた飲み物が欲しくなる。
だが、山に向かう妖天、琶狐、村潟、琥市、野良猫に、そんな安らぎはない。
汗を大量に流しながら、ただただ、険しくそびえたつ山を無言で登る。
もちろん、休むことなく足を進める。
——————突然、何かが居る気配を感じる。
深く萌えている草むらが、ささっと音を鳴らす。
もちろん、それに気付く5人。
特に驚きもせず、むしろ待っていました。と、言わんばかりの表情。
深く萌える草むらへ近づく。その足は、非常に慎重だった。
その瞬間、恐ろしい生物が現れる——————
体長は、約5mあり、8本の足が印象的である。
黒くて、ちょっと不気味な毛で覆われ、その姿はとても気味が悪かった。
そう、草むらから出てきたのは、とんでもなく大きな蜘蛛(クモ)だった。
この姿を見た妖天は、眉を動かして呟く。
「土蜘蛛ぉ……君は、一体なにをやっているんだぁ〜?」
だが、土蜘蛛はそんな言葉を聞き流して、思いっきり突進してくる。
思いのほか、スピードがあったため、妖天は回避できず、そのまま攻撃を受ける。
反動で、妖天は、情けない声を出しながら、ゴロゴロと転がるように、山から落ちてしまった。
この様子を見た琶狐は、思わず言葉を叫ぶ。
「な、情けねぇぇぇ————!」
村潟、琥市、野良猫は大きく顔を上下に振る。
そして、琶狐は土蜘蛛を凝視する。
独特な犬歯を出し、耳をピクピクさせながら、
「貴様!よくもあたしの連れを、あんな目に遭わせてくれたな!?もう、逃げられないぞ!?」
と、言う。
琶狐は、近くの5mくらいの長さがある、木の枝に跳び移り、そのまま土蜘蛛の真上まで跳ぶ。
そして、思いっきり土蜘蛛の頭の上を踏みつぶす。
とてつもない衝撃に、土蜘蛛は一瞬怯む。
この隙に、琶狐は頭の上から離れ、土蜘蛛の正面へ行く。
指の関節を鳴らしながら、今度は思いっきり顔面を殴る。
そのフォームは、非常に綺麗で、正拳突きをイメージさせる。
かなりの衝撃に、土蜘蛛は5mくらい真っすぐ吹っ飛ぶ。
だが、倒れることはなかった。
土蜘蛛は、特に痛がる様子もなく琶狐を見つめる。
「ちっ、確かにこいつは、そこら辺の妖より強いな!」
腕組をしながら、仁王立ちで琶狐も土蜘蛛を睨む。
すると、土蜘蛛は口から糸を吐く。
突然すぎる出来事に、琶狐は一瞬動きを止めてしまう。
——————しかし、糸が自分の体に巻きつかれることはなかった。
なんと、目の前には、刀を出した村潟が居た。
刀には、土蜘蛛の糸が巻きつかれている。
どうやら、村潟は琶狐を庇(かば)ったのだ。
「そなた、油断は禁物だ……常に、警戒していないとこうなるぞ」
狼みたいな鋭い眼光で、土蜘蛛を睨む村潟。
刀を両手でぎゅっと握り、そこから一気に360度、横へ回転させる。
これにより、蜘蛛の糸は少しねじれる。
村潟は、先程の行動を、後5回くらい繰り返す。
蜘蛛の糸は、かなり深くねじこまれる。
それでも切れない所を見ると、強度の方は非常にあるということだ。
「むっ……そなたの糸は、これくらいでは切れないのか……」
ねじって、糸を切るという作戦だったが、この結果に思わず言葉を出す。
すると、琶狐は狐目になって叫ぶ。
「いや、いける!貴様!そのままじっと待ってろ!」
村潟にそう言うと、琶狐はねじった蜘蛛の糸に乗る。
そして、綱渡りの要領で、颯爽と土蜘蛛が居る場所へ向かう。
ねじらないとゆらゆら揺れて、スピードは出ないが、ねじることによって走っても揺れない。
琶狐ながら、計算された行動。
このスピードを利用して、琶狐は鋭角の角度に跳ぶ。
くるっと、空中で360度回転し、右足を真っすぐ出して、鋭角の角度で下がる。
——————土蜘蛛の顔面を、思いっきり蹴る。
若干、顔が凹むほどの威力。
琶狐は、口元を上げて、勝利を確信する。
蹴られた衝撃で、土蜘蛛は仰向けの状態で、跳び、地面へ落ちる。
村潟は、蹴られる前に、刀を思いっきり振り上げて、蜘蛛の糸を斬っていたため、巻き込まれなかった。
ピクリとも動かない土蜘蛛。
その様子を見た琶狐は、思いっきり喜ぶ。
「よっしゃ——!」
山のこだまが聞こえるくらい、大きな声で叫ぶ。
村潟も、刀を鞘に入れて、安堵の表情をする。
2人が土蜘蛛と戦っている間、避難していた野良猫と琥市も、ひょっこりと出てくる。
「おぉ?すげぇ〜!」
倒れている土蜘蛛を見て、野良猫は思わず驚く。
琥市も、両手でメガネをくいっと上げて見る。
「では、この土蜘蛛の毒を採取して、蒸留水で割るか」
村潟は、倒れている土蜘蛛の元へ向かう。
すると、不意に声が聞こえた。
4人は一斉に、声が聞こえた方向を見つめる。
そこには、こめかみを触りながら、大きく唸る妖天——————
どうやら、なんとか山を登ってきた。
しかし、その表情は非常に深刻そうだった。
野良猫は、思わず尋ねる。
「どうした?土蜘蛛はもう退治したぞぉ?」
両手を頭の裏で組みながら、気楽に言う。
妖天は、眉間にしわを寄せて、低い声で呟く。
「君たちぃ……土蜘蛛を退治してしまったかぁ……面倒なことになるぞ?」
この言葉に、4人は一斉に驚く。
退治したら面倒になる理由——————
妖天は、凛々しい表情で説明する。
「土蜘蛛は、基本的に村全体へ、病原体を撒くようなことはしないぃ……それは簡単さぁ、人が多いと、食いきれないからだぁ……だがぁ、今回は村全体と来た……我の、言っている意味は分かるかぁ?」
すると、琥市は目を見開いた。
琶狐と村潟、野良猫は未だに理解できていない表情をする。
「はぁ……では、言おうかぁ……土蜘蛛が村全体に、病原体を撒いた理由……それはぁ……生まれてくる子供の為さ……!」
この言葉を言った瞬間、土蜘蛛から小さな生き物。子蜘蛛が、大量に沸いてきた。
小さいと言っても体長30cmくらいはあった。
一部の草むらが、子蜘蛛たちによって黒く染まる。
その光景は、非常に恐ろしかった。
琶狐は、尻尾を逆立てて背筋をぞっとさせる。
「このままぁ……村に行かれると困るねぇ……」
頭をかきながら、妖天は考える。
その間に、子蜘蛛たちは、村へ向かって山を下る。
琶狐と村潟は、1匹1匹退治するが、とても間に合わなかった。
野良猫は、ただ慌てることしか出来なかった。
琥市はじっと黙っていた——————
妖天は、そんな琥市を見つめて、少し口元を上げる。
「君ぃ……確か……犬神(いぬがみ)だろぉ?」
この言葉に、びくっと驚く琥市。
両手でメガネをくいっと上げ、じっと見つめる。
妖天は、琥市の傍へ行き、身長を合わせるようにしゃがむ。
そして、少女の小さな両肩に触れて、耳元で囁(ささや)く。
「今から、我はぁ……君に妖力(ようりょく)だけを憑依(ひょうい)させる……全て使ってもかまわん……この蜘蛛たちを……一瞬で退治してくれぇ……」
妖力——————
それは、妖が全員持っているエネルギーで、力の源である。
犬神というのは、そもそも妖である。
大量の呪術を扱い、妖にしては、かなり力のある部類。
そう、琥市は妖なのだ。
犬のような耳と尻尾、そして神々しいのに、どこか禍々しいのは、そのためである。
人間の言葉も理解できる知能。
もはや、妖以上の存在と言っても過言ではない。
だが、ここで新たな疑問が生まれる。
——————なぜ、妖天は妖力を持っているのかだ。
しかし、今はそんなことを、気にしている場合じゃない。
琥市は、妖天の言葉を聞いて、小さく頷く。
「頼むぞぉ……」
妖天は、目を閉じて瞑想する。
——————琥市の体に、大量の妖力が流れる。
それはとても強く、生半可な妖が持つと、力を維持できなくて、暴走してしまうくらいだった。
琥市は、苦しそうな吐息を洩(も)らす。
だが、なんとか維持するために、気をしっかり保つ。
「少し……弱めた方が良いかぁ……?」
低い声でそう囁くと、琥市は顔を勢いよく左右に振る。
そして、両手を懐に入れて、右に5枚、左に5枚のお札を取りだす。
そのお札には、どこか禍々しい雰囲気を出していて、とても恐ろしい文字が書かれていた。
妖天は、口元上げる。
「札呪術(ふだじゅじゅつ)かぁ……犬神にしか使えない……列記とした術……さぁ、我に見せてくれぇ……」
——————普段の妖天とは、全く違う雰囲気を出す。
例えるなら、威厳たっぷりの九尾の狐のように。
琥市は、手に持っているお札を、自分を囲むように、地面に張り付ける。
途端に、琥市の周りは禍々しい空気が漂う。
胸が苦しくなり、体を蝕(むしば)むような感覚。
琶狐、村潟、野良猫はその姿をただ、じっと見つめることしかできなかった。
山を、どんどん下る子蜘蛛たち。琥市は、目を閉じて、小さく詠唱する。
「暗・炎・病・黒・殺・魔・死・獄・呪(あん・えん・びょう・こく・さつ・ま・し・ごく・じゅ)……汝に憑かれる呪いの術……四字目、黒の術……!」
長い呪文を言った瞬間、山の状態が一変する。
自分たちが居る場所全体は、どこか禍々しく重たい空気になり、胸が苦しくなる。
だが、意識を保てばなんとかなる状況。
——————しかし、子蜘蛛は違った。
先まで、威勢よく村に向かっていたのに、この空気を感じ取った瞬間、体を悶(もだ)えさせていたという。
仰向けになって、体を揺らす蜘蛛。わけもわからず、同士討ちをする蜘蛛。動かなくなって息を引き取る蜘蛛。
気がつくと、子蜘蛛たちは全滅した。
この光景に、琶狐と村潟、野良猫は唖然とする。
まさか、琥市にここまで力があると思わなかったから——————
しかし、ここで問題が発生する。
子蜘蛛は全滅したのに、この重たくて禍々しい空気は、止まらなかった。
そう、あまりの力に、琥市は妖力を暴走させていた。
このまま、禍々しさが強くなってくると、自分たちも子蜘蛛のようになってしまう。
妖天は、何かを決心したような表情をして、琥市へ囁く。
「君ぃ……よくやったぁ……そして、今からぁ……君の妖力を、我の体に入れさせてもらおう……」
目を閉じて、また瞑想する妖天。
——————琥市の妖力が、自分の体に流れ込む。
それは、非常に禍々しくて、思わず吐き気も襲うくらい。
意識も薄れてくる。しかし、ここで倒れたら皆が危ない。
その思いを強く持ち、妖天はひたすら琥市の妖力を吸収する。
すると、山の空気が一瞬のうちに戻った。
清々しい風が5人の体に当たる。
——————暴走は止まった。
琶狐は、胸をなでおろしてほっと一息する。
その途端、琥市と妖天はその場で倒れてしまった。
だが、琶狐と村潟は特に慌てた様子もなく、ゆっくり2人の元へ向かう。
村潟は、琥市を優しく抱きあげる。
琶狐は、妖天をおんぶする。
「そっちは任せたぞぉ〜。わっちは、土蜘蛛の毒を採取してくる!」
野良猫は、とりあえず土蜘蛛の毒を採取するために、2人とは別の行動をする。
「さて……行こうか、琥市……」
「ったく、無茶しやがって……ジリ貧妖天」
2人は、とても柔和な表情をして、倒れている2人へ言葉を贈る。
○
村は、たくさんの人々が歩いていた。
土蜘蛛の毒を蒸留水で割った薬を飲み、すぐによくなった。
感謝されたのは——————野良猫だけだった。
気がついた時には、妖天と琶狐、村潟と琥市は姿を消していた。
まるで、この祝い事から逃げるように。
野良猫は、老若男女に叫ぶ。
「この村を救ったのは!わっちではない!通りすがりの犬狼。正狼 村潟と犬神 琥市!そして、男女の狐。神麗 琶狐と詐狐 妖天さぁ!」
自分は土蜘蛛退治の時、何もできなかった。だから、あの4人へ恩返しする方法は——————
村人を助けた4人の名前を、覚えてもらう事だ。
○
村から離れた街道。
そこには、のんびり歩く妖天、琶狐、村潟、琥市が居たという。
未だに、村人の歓声が聞こえる。
琶狐は、腕組をしながら尋ねる。
「良いのか?あたしたちがこんな所でほっつき歩いて?」
すると妖天は、足を止め、こめかみを触りながら、だるそうに呟く。
「我はぁ……面倒事が嫌いだぁ……祝い事はどうもねぇ……」
この言葉に、村潟も同意するような眼差しを送る。
琶狐は、舌打ちをして村の方向をじっと見つめる。
「今頃、あの野良猫は胴上げされてるんだろうな」
耳をピクピク動かしながら呟き、また街道を歩き始める。
そして、4人の目の前には右と左に分かれる道が見えてきた。
「さて、拙者らは右へ行こうと思うが……?」
「ん〜?なら、我らはぁ……左へ行こうかぁ……」
言われた方向を見つめる琶狐と琥市。
右は険しい山。左は深い森林。
どちらも、放浪するにはうってつけの場所だった。
「そうか。では、短い間だったが世話になった……いくぞ、琥市」
村潟は、別れを惜しむようなそぶりをせず、すぐに右の道へ足を進める。
そして、琥市はペコリと2人に礼をする。ずれたメガネを両手でくいっと上げ、早足で村潟の後を追う。
その姿を見送った妖天と琶子も、左の道へ足を進める。
「なぁ?結局あいつの名前ってなんだったんだ?」
両手を頭の裏で組みながら、琶狐は妖天に尋ねる。
その途端、妖天は足を止めて村の方向を見つめながら、
「猫崎 山杜(ねこざき さんと)。この国を放浪する、有名な猫さぁ……」
と、呟く。
琶狐は、鼻で思いっきり笑う。
「なんだい!?結局あたしたちは、放浪する仲間同士会っちまったのかい!?」
この言葉を聞き流して、妖天は森林の方へ足を進める。
すると突然、背中を思いっきり叩かれた。
「貴様1人で行かせるか!あたしがついてやらんと、いつ死ぬか分からないしな!」
腕組をして、仁王立ちする琶狐。
妖天は、こめかみを触りながら、大きく唸る。
「君ぃ……我の事が、そんなに気になるかぁ……?」
この質問に、琶狐はふんぞり返って答える。
「貴様は、あたしが守ってやらないとだめだと思ったからさ!ただ、それだけだ!」
そして、琶狐は妖天の右手を、思いっきり引っ張る。
だが、妖天は特に抵抗せずに、ずっと引っ張られる。
左手でこめかみを触りながら、ふと何かを考える。
——————「(君はぁ……逆だねぇ……)」
- Re: 獣妖記伝録 ( No.52 )
- 日時: 2011/08/02 23:21
- 名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)
〜小豆洗い〜
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ——————
川の下流から聞こえる音。
リズムが乱れることなく、ひたすら何かを、擦りあうような音が響く。
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ——————
すると、その音を聞きつけた男女の2人が居た。
1人は、頭の上に兎のように長くて白い、ふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
髪の毛も白く、長い。右目にはモノクルをつけている。
右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。
もう1人は、背中に大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
黒い髪の毛は肩までかかるくらい長く、ぱっと見少女にも見える顔立ちだった。
そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
なぜか、妙な雰囲気を漂わせていたのも、印象的だった。
「むっ……?」
女性がそう言うと、目の前に居た何かが突然、振り向く。
子供みたいな顔つきと体つき、両手にはざるを持っていて、その中には大量の小豆が入っていた。
女性の首についているお札かお守りみたいな物を見つめると、子供は黙って、近づく。
そして、ざるに入った小豆を女性へ渡す。
「良いのか?」
こくりと頷く子供。
少年は、その様子を、どこか不思議そうに見ていた。
○
シシャ、シシャ、シシャ、シシャ——————
川の下流から聞こえる音。
リズムが乱れることなく、ひたすら何かを、擦りあうような音が響く。
シシャ、シシャ、シシャ、シシャ——————
すると、その音を聞きつけた男女の2人が居た。
灰色で、とてもさっぱりするくらい短い髪の毛。前髪は、目にかかっていなかった。
頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は青緑色をしていた。
男性用の和服を着て、腰には、立派な刀をつけていた。
そして、鞘にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
その男性の後ろに、子犬のように隠れる少女。
灰色の髪の毛で、肩にかかるくらいの長さだった。前髪は、非常に目にかかっており、四角いメガネをかけていた。
頭には、男性と同じふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は闇のように黒かった。
巫女服みたいな、神々しい服装で身を包み、とても可愛らしかった。
神々しいが、どこか禍々しい雰囲気を出す。しかし、獣のような鋭い眼光は全くなかった少女。
「そなたは……?」
男性がそう言うと、目の前に居た何かが突然、振り向く。
子供みたいな顔つきと体つき、両手にはざるを持っていて、その中には大量の小豆が入っていた。
男性の鞘についているお札かお守りみたいな物を見つめると、子供は黙って、近づく。
そして、ざるに入った小豆を男性へ渡す。
「かたじけない」
こくりと頷く子供。
少女は、その様子を見て、頭の中に疑問符を思い浮かべた。
○
シャカシャ、シャカシャ、シャカシャ、シャカシャ——————
川の下流から聞こえる音。
リズムが乱れることなく、ひたすら何かを、擦りあうような音が響く。
シャカシャ、シャカシャ、シャカシャ、シャカシャ——————
すると、その音を聞きつけた男女の2人が居た。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛をしていて、それはとても艶やかであった。前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた男。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さ。頭には、ふさふさした2つの耳がある。
瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた女。
「君はぁ……?」
男性がそう言うと、目の前に居た何かが突然、振り向く。
子供みたいな顔つきと体つき、両手にはざるを持っていて、その中には大量の小豆が入っていた。
男性の首についているお札かお守りみたいな物を見つめると、子供は黙って、近づく。
そして、ざるに入った小豆を男性へ渡す。
「すまないねぇ……小豆洗い(あずきあらい)」
こくりと頷く子供。
女性は、その様子を見て、大きく唸った。
- Re: 獣妖記伝録 ( No.53 )
- 日時: 2011/08/02 23:35
- 名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)
真っ白な世界。
とても強く、冷たい風は、心身の機能を鈍(のろ)くさせる。
周りには、大量に積もった白い固体——————雪だ。
吹雪か地吹雪かどうかも、分からない最悪な状況。
こんな日に、外へ出て歩くと確実に遭難する。
——————案の定。外を歩く者は居た。
白い息を出しながら、体を震わせ、ただただ雪原を歩く。
尻尾と耳の特徴を見て、すぐに鼠であると分かった。
それでも、1歩1歩力強く歩く姿は、非常に勇ましかった。
すると突然、足が雪に深く埋まってしまった。
運悪く、雪が大量に積もっていた場所に思いっきり足を突っ込んでしまって、身動きが取れない状態。
もがけば、もがくほど体は埋まっていく。
気がつくと、動けなくなってしまい、体力もなくなってくる。
そして、鼠男は気がつくと目を閉じていた——————
うつ伏せで、雪原に倒れる鼠男。
降り続ける雪によって、どんどん体全体は埋まっていく。
5分くらい経てば、もう雪と同化するだろう。
——————ふと、誰かが歩いてくる気配がする。
さくっと音を立てながら、雪原を歩くのは、絶世(ぜっせい)の美女だった。
特に厚着もしないで、着物1枚の姿。それは、非常に寒そうに見えた。
だが、美女は寒いという表情を、一切していなかった。
吹雪で揺れる、肩まで長い黒髪。綺麗に整った顔立ちは、一目ぼれするくらいだ。
美女は、倒れている鼠男の手を握る。
「あなたは、ここで死んで良い人ではありませんよ……」
美しい声が雪原に響く。
その瞬間、この場から2人の姿は消えてしまった——————
○
「お〜い!起きろぉ——!」
耳元に聞こえる声。
目をゆっくり開けると、そこにはたくさんの人々。
鼠男は、どういう状況なのか分からず、頭の中が混乱する。
「よし!目が覚めたぞ!誰か、温かい物を持ってこい!」
周りは、ばたばたと騒いでいる。
——————もしかすると、ここは雪原の村なのかもしれない。
そう考えた鼠男は、ほっと一息する。
倒れている所を、偶然誰かが拾ってくれた。
そう考えれば妥当である。
不思議なことは一切なかった——————
○
今日も、雪原は大吹雪である。
視界は全て真っ白で、自分がどこに歩いているのか、分からない状況。
そして、こんな日でも、外を歩く者は居た。
懸命に前へ、前へ進む男。耳と尻尾の特徴から、犬と判明できる。
だが、思いのほか雪というのは、体力を奪う物である。
体に当たる冷たい結晶。深く積もった雪原。
いくら体力に自信があっても、すぐに倒れてしまう。
案の定。犬男は倒れた。
降り積もり雪は、犬男をどんどん覆い隠す。
——————誰かが、歩いてくる気配がする。
さくっと音を立てながら、雪原を歩くのは、絶世の美女だった。
特に厚着もしないで、着物1枚の姿。それは、非常に寒そうに見えた。
だが、美女は寒いという表情を、一切していなかった。
吹雪で揺れる、腰まで長い黒髪。綺麗に整った顔立ちは、一目ぼれするくらいだ。
美女は、倒れている犬男の手を握る。
「さぁ……ゆっくり逝こうか……?」
恐ろしい声が、雪原に響く。
その瞬間、この場から2人は消えてしまった——————
○
「もう手遅れか……」
落胆しながら、言葉を呟く村人。
そこには、凍死した犬男が居た。
雪と同じくらい冷たい体は、何日間も雪原に倒れたことを、伺わせる。
「今回は……運が悪かったなぁ……」
村人の謎の言葉。
運が悪かった——————
この言葉の意味を、尋ねる者は、誰1人居なかった。
〜雪の美女と白狐〜
真っ白な銀世界。
目に映るのは、太陽の光で、輝く雪原。
風は一切吹いておらず、最高の昼間だった。
ただ、その分足元に気をつけないと、深くはまる可能性がある。
実際に、誰かがはまったような跡が、所々に残っていた。
そんな場所で、2人の男女が歩いていた。
1人目は、黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛をしていて、それはとても艶やかであった。前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服の上に、被布(ひふ)という、着物コートを着用して、寒さを少しでも抑える。
輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた狐男。
2人目は、金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さ。頭には、ふさふさした2つの耳がある。
瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
女性用の和服の上から、男と同じく被布を着用する。下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた狐女。
さくっと、雪を踏んだ音しか聞こえてこない。
狐の男女は、特に会話もせず、黙って歩いていた。
尻尾を揺らし、耳をピクピクさせながら、辺りを見回すだけ。
突然、狐男は大きなあくびをする。
「ふわぁ〜……」
口から、白い息を出しながら、目の端に涙を溜める。
すると、後ろに居た狐女が言葉を漏らす。
「なんであくびをするんだ!?こんなにワクワクする場所、退屈になることがない!」
被布を翻(ひるがえ)しながら、威勢よく言葉を言う。
狐男は、こめかみを触りながら、小さく唸る。
「琶狐(わこ)……君ぃ……こんなに何もないところでぇ……何をそんなに、興奮しているんだぁ〜?」
琶狐と呼ばれた女は、また威勢よく叫ぶ。
「はぁ!?あたしはねぇ!ゆ、ゆきぃ?というのを初めて見たんだ!興奮すんのは当たり前だろ!この、ハゲ妖天(ようてん)!」
妖天と呼ばれた男は、深い溜息をする。
琶狐は、その場にしゃがみ、両手で雪を触る。
尻尾をびくっとさせながらも、その表情は嬉しそうだった。
「おぉ〜!冷たい!雪は、こんなに冷たいのかぁ〜!」
まるで、子供のようにはしゃぐ。
いつも、罵声ばかり浴びせる琶狐とは思えなかった。
その様子を見ていた妖天は、右手で頭をかきながら、なんとも言えない気持ちになる。
「放浪していたらぁ……たまたま、北へ向かっていただけさぁ……そのうち、南へ向かうぞぉ?」
この言葉から、2人はなんとなく歩いていたら雪の降る土地へ、来てしまったのが伺える。
しかし、これにより琶狐は、雪と言う物を初めて見ることが出来た。
「南って、いつ行くんだ!?」
慌てて、妖天の傍へ寄り、いつ帰るのかを尋ねる。
拱手をして、空を見上げながら、のんびりした口調で呟く。
「ん〜?そうだなぁ……早くて、明日かぁ……?」
琶狐は、酷く落胆する。
その証拠に、耳と尻尾が垂れ下がっていた。
「そ、そうか……」
雪を見つめながら、小さく言葉を呟く。
妖天は、非常に困った表情をする。
まさか、こんなに雪に興奮するとは、思っていなかったからだ。
しかし、面倒事が大嫌いな妖天は、厳しい一言を言う。
「我はぁ……面倒事が嫌いだぁ……それに、雪は時に牙を出す時もあるんだぞぉ……」
この言葉を聞いた琶狐は、なぜか雪原へ、仰向けに倒れた。
謎の行動に、妖天は大きく唸る。
「琶狐ぉ……頼むぅ……」
だが、何も言わない。
いつもの琶狐なら、罵声を浴びせながら蹴るのに、今だけはじっとしていた。
——————風が吹く。
妖天は、耳をピクリと動かして、この風をすぐに感じ取る。
だんだん、雪も降ってきて風が強くなってきた。
嫌な予感がする——————
突然、妖天は琶狐の右手を握り、ぐっと持ちあげる。
「な、なんだ!?」
当然、琶狐は怒鳴る。
すると、妖天に怪しい瞳で睨まれた。
「うっ……」
身動きが出来なくなる。どうやら、金縛りを受けてしまったらしい。
「琶狐ぉ……事態は最悪だぁ……」
凛々しい表情をしながら、低い声で呟く。
この時には、もう地吹雪が起こるほど風が強くなっていた。
目に映るのは、真っ白な景色。
先まで、太陽の光で輝いていた雪原は、もうなかった。
被布を、翻しながら、妖天は眉間にしわを寄せる。
「このままではぁ……我らはぁ……凍死するぞぉ……」
この瞬間、妖天は琶狐を引っ張ってどこかへ向かう。
しかし、3歩くらい進んだ時に、深い雪に足を突っ込んでしまった。
これには思わず、変な声を出してしまった。
「なにやってんだ貴様!?」
琶狐は、そんな妖天に罵声を浴びせる。
どんどん、雪の中に入っていく体。
思わず、こんな一言を呟く妖天。
「むぅ……抜けないねぇ……」
もちろん、この緊張感のない言葉に、琶狐の平手打ちがとんできた。
頬に、赤い手形をつけながら、こめかみを触って考える。
「狐火……いやぁ……氷点下の世界では、火はつかんぞぉ……」
指を鳴らすが、狐火は一切出てこなかった。
妖天の狐火は、周りの気温によって強さが左右される。
基本的には、気温が高くなればなるほど、火力は上がる。
だが、本当の狐火はそんなもの関係なく、最大火力が出せる。
つまり、妖天はまだ力不足なのだ——————
逆にこの国には、妖天以上の力を持っている狐が、居ると言う事だ。
琶狐は、大きな溜息をしながら、言葉を叫ぶ。
「おい!あたしの体も埋まってきているぞ!」
気がつくと、琶狐の下半身は雪にすっぽり埋まっていた。
2人は、密着した状態で、雪の中に居る
——————妖天の様子がおかしかった。
目が虚(うつ)ろになっていて、今にも寝そうな雰囲気。
これは危ないと、本能が悟ったのか、琶狐は思いっきり平手打ちする。
「おい!寝るなぁ——!」
しかし、この平手打ちが思いのほか、強かったらしく。妖天はそのまま気絶してしまった。
思わず、やってしまった。という表情をする。
「や、やりすぎた!うっ……なんだ!?あ、あたしもなんか眠くなってきたぞ……」
琶狐の目も虚ろになってくる。
目の前の真っ白な景色がぼやける——————
気がつくと、2人は夢の中に居た。
降り積もる雪は、2人を雪と同化させる。
——————ふと、誰かが歩いてくる気配がする。
さくっと音を立てながら、雪原を歩くのは、絶世の美女だった。
特に厚着もしないで、着物1枚の姿。それは、非常に寒そうに見えた。
だが、美女は寒いという表情を、一切していなかった。
吹雪で揺れる、肩まで長い黒髪。綺麗に整った顔立ちは、一目ぼれするくらいだ。
美女は、埋まっている2人の狐を見る。
「あなたたちは、ここで死んで良い人ではありませんよ……」
美しい声が雪原に響く。
その瞬間、この場から3人の姿は消えてしまった——————
○
木で出来た小屋。
決してつくりの良い小屋ではなかったが、雪から身を守るには、贅沢すぎた。
その中に、倒れている2人の狐。妖天と琶狐が居た。
凍死はしておらず、わずかながら息をしていたのを、確認できた。
時々、瞬間的に吹く強い風で、小屋の扉が騒ぐ。
すると、耳をピクピクさせながら、1人の狐が起き上がる。
虚ろな瞳で、辺りを見回す。眉間にしわを寄せて考えるのは、妖天だった。
「……むぅ?」
小さく唸る妖天。
自分は、雪原の中に埋まっていたはずなのに、なぜこんな所に居るのか。
隣に倒れている琶狐を見て、彼女が運んできたということはないと、すぐに判断できた。
では、一体誰が——————
その瞬間、小屋の扉が開いた。
「あら……起きていたんですか?」
そこに居たのは、とても綺麗な美女だった。
特に厚着もしないで、着物1枚の姿。
肩まで長い黒髪。綺麗に整った顔立ちは、一目ぼれするくらいだ。
おまけに、足にはなにも履いておらず、裸足だった。
古めかしい音を出しながら、扉を閉める美女。
妖天は、途端に柔和な顔立ちになる。
「君がぁ……我らを助けてくれたのかぁ?」
美女は、美しい頬笑みをしながら、こくりと頷く。
そして、2人の近くへ向かい。床に座った。
「う〜む……我は運が良かったなぁ……」
小屋の天井を見ながら、妖天は安堵した口調で呟く。
もちろん、美女は頭の中に、疑問符を浮かべて尋ねる。
「運が良かった……どういうことでしょうか?」
妖天は、こめかみを触りながら、美女へ言う。
「ん〜?いやぁ……君みたいなぁ、良い妖(あやかし)に助けられたからさぁ……」
美女は少し驚く。
突然、自分の事を妖と呼ばれたのだから。
すると、口に手を当てて、おしとやかに笑う。
「ふふ……簡単に見破られましたね。はい。わたくしは妖の雪ん子(ゆきんこ)ですわ」
雪ん子。
雪が降った時にしか現れない妖で、非常に温和な性格である。
遭難した旅人を助け、こうやって小屋の中にかくまったり、近くの村へ送ってくれる、とても良い妖。
雪原の救世主。雪国の美女など、通り名もあるくらいである。
この国には、良い妖と悪い妖が、丁度半々くらい存在する。
しかし、それを知らずに、良い妖を退治する者も少なくない。
「我はぁ、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)……こっちに居るのは、神麗 琶狐(こうれい わこ)さぁ」
拱手をしながら、自分と隣に居る琶狐の名前を言う妖天。
雪ん子は、やや艶めかしい表情で笑う。
「お二人は、恋人同士ですか?」
突然の言葉に、妖天の尻尾はびくっとなる。
その瞬間、隣で寝ていた琶狐が勢いよく起き上がり、とんでもない声で叫ぶ。
「あたしとハゲ狐が恋人だと!?そんなもんありえん!断じてありえん!こんな狐、どこに魅力がある!それなら、そこら辺に居る狐の方がまだ良い!情けねぇ、頼りねぇ、よく分からねぇの三拍子だぞ!?まぁ、たまに凛々しくて、妖について詳しかったりするのは大目に許す!とにかく!こんなハゲ狐、誰も好きにならんぞ!?」
しばらく、小屋の中は沈黙する。
魅力がないとか言っている割には、なぜか妖天について、事細かく言っている琶狐。
長所と短所もしっかり押さえている。
雪ん子は、思わず微笑む。
「そう言っている割には、妖天さんのこと、よく知っていますわね」
この言葉に、思わずびくっとする琶狐。
考えなしに、勢いで言ったので、まさか墓穴を掘るとは思わなかった。
気がつくと、琶狐の耳と尻尾は垂れ下がっていた。
「むぅ〜?どうしたぁ?顔が赤いぞぉ〜?」
「う、うるさい!馬鹿!アホ!間抜け!ハゲ!狐!」
罵声を連発で浴びせ、琶狐は小屋の角に座る。
1つだけ、罵声ではない物が混ざっていたが、特に突っ込みはしなかった2人。
「ふふ……妖天さんは、苦労しますね」
この言葉に、深い溜息をする妖天。
外は、未だに良くならない——————
むしろ、だんだん天候は悪化してきた。
小屋の扉が、今にも外れそうな音を出す。
琶狐は、近くにあったボロボロの椅子を引きずり、扉の前に置く。
とりあえず、扉の音はなくなる。
腕組をして、満足げな表情をして、小屋の角に座る。
妖天は、こめかみを触りながら小さく呟く。
「雪ん子ぉ……もしかしてぇ……ここには、雪女(ゆきおんな)も居るんではないかぁ?」
雪女。
妖天の口からは、またよく分からない名前が出てきた。
雪ん子は、頭を悩ませて考える。
「さぁ……わたくしには、よく分かりません……雪女……名前は聞いたことありますけど、会ったことはないですから」
突然、妖天はその場に立ち上がる。
扉の前に置かれた、ボロボロの椅子をどかし、なんの躊躇(ためら)いもなく扉を開ける。
強い風が体に当たり、真っ白い景色が目に入る。
「よ、妖天さん!?」
雪ん子は、外を見つめる妖天にそう尋ねる。
すると、首だけを振り向かせて、凛々しい表情で、
「我はぁ……用事を思い出したぁ……」
と、言った瞬間、妖天は外へ出て行ってしまった。
雪ん子は、急いで後を追うが、ぐいっと、右手を引っ張られる。
そこには、狐目の琶狐が立っていた。
「ここは、あたしに任せろ!あいつを守るのは、貴様じゃない!」
威勢よく言った後、琶狐は颯爽と外へ出て行く。
1人、小屋に残された雪ん子。
その表情は、どこか温かかった。
○
大吹雪で、1m先も見えない外。
被布も着ないで、2人はただただ、道なき道を歩いていた。
顔に雪が当たり、赤くなる。寒さで手の感覚はなくなってくる。
妖天は、ふと足を止める
琶狐も足を止めて、小さく尋ねる。
「どうした?ハゲ狐?」
だが、無言を貫きとおす妖天。
凛々しく、風で髪の毛を揺らして、何かを考える姿は、非常に頼りがいがあった。
琶狐は、思わず耳をピクリとさせる。
同時に、胸の鼓動がいつもより早くなっていることにも、気がつく。
すると、妖天は琶狐の頭に優しく手を乗せる。
凛々しい目で、凝視もしていた。
そして、小さく一言呟く。
「倒れるぞぉ……」
気がつくと、2人は雪原の上でうつ伏せに倒れていた。
この行動の意味——————
琶狐は、もう隣に居る妖天に任せるしかなかった。
——————誰かが、歩いてくる気配がする。
さくっと音を立てながら、雪原を歩くのは、絶世の美女だった。
特に厚着もしないで、着物1枚の姿。それは、非常に寒そうに見えた。
だが、美女は寒いという表情を、一切していなかった。
吹雪で揺れる、腰まで長い黒髪。綺麗に整った顔立ちは、一目ぼれするくらいだ。
美女は、倒れている妖天と琶狐を見つめる。
「さぁ……ゆっくり逝こうか……?」
恐ろしい声が、雪原に響く。
美女は、ゆっくり妖天の右手を取る——————
しかし、その手は払われてしまった。
予想外の出来事に、美女は一瞬唖然とする。
この瞬間、琶狐はさっと立ち上がり、美女へ罵声を浴びせる。
「貴様が雪女か!?甘いな!あたしたちは、死んでいない!」
腕組をしながら、力強く言葉を言う。
続いて、妖天も立ち上がる。
体に雪をつけながら、こめかみを触って呟く。
「雪女ぁ……君ぃ、早いところこの吹雪を止めてくれないかぁ?」
だが、この言葉を無視して、雪女は冷たい笑みを浮かべる。
「なぜだ?雪は美しい……こんなに吹雪いている日は最高だろう?あたしゃ、止めたくないねぇ……」
止める気はないらしい。
この言葉を確認した妖天は、拱手をしながら雪女を凝視する。
「ではぁ……無理矢理止めるかぁ……」
止める気がないなら、強制執行。
妖天は、拱手を解き、指を鳴らす。
——————だが、何も起こらない。
雪女の弱点は火。その考えが先に出てしまい、勢いで狐火を出そうとするが、周りの状況を意識していなかった。
苦虫を噛んだかのような表情で、妖天はこめかみを触り、
「むぅ……」
小さく唸る。
狐火が出せないなら、他に良い手段を見つけないといけないからだ。
説得、金縛り、憑依——————
この中で、今の状況を脱する1番良い手段が思いつかない。
改めて、自分は力不足だという事を、自覚する。
「ふふふ……お前は、力のある狐……だが、天狐(てんこ)や空狐(くうこ)にはかなわないらしいねぇ……」
挑発気味な言葉に、妖天は眉間にしわを寄せる。
自分は、天狐や空狐に比べればちっぽけな存在。
そんな雰囲気を漂わせ、感じ取れた。
不意に、右肩を思い切り叩かれる。
感覚が麻痺していたため、痛みはなかったが、思わずよろけてしまう。
琶狐が隣に居た——————
腕組をして、独特な犬歯を見せて叫ぶ。
「貴様のそういう姿。あたしは見たくないねぇ!どんな妖が現れても、怯むことなく1番良い方法で対処する。今の貴様は……詐狐 妖天じゃない!ただの、ハゲ狐だ!」
その瞬間、琶狐は雪女の懐へ颯爽と向かう。
そして、正拳突きを連想させる、独特な体勢で雪女の腹を殴る。
——————だが、拳は空気に触れる感触しかなかった。
なんと、雪女は体を最低限に動かし、回避したのだ。
思わず、目を見開く琶狐。
「ふふふ……寒さで、体が思い通りに動かないだろう?」
背後から、恐ろしい声が聞こえてくる。
琶狐は、くるっと180度振り向くが、そこには誰も居なかった。いや、見えなかったと言った方が良いだろう。
あまりの吹雪に、視界が遮られて、雪女の位置を見失う。
辺りを懸命に見回すが、目に映るのは真っ白い景色のみ。
「あたしゃ……ここだよ……!」
声が聞こえた方向へ、琶狐はすぐに振り向く。
——————「……!?」
琶狐は、声を出さないで、苦悶(くもん)な表情をする。
自分の上半身から吹き出す、赤い液体。
見事に、斜め45度から斬られていた。
吹き出た赤い液体は、真っ白い雪原に鮮やかに残る。例えるなら、かき氷にイチゴシロップを大量にかけたかのように。
妖天は、この姿を見て唖然とする。
「ふふふ……冷めた空気の刃は、切れ味が良いねぇ……」
姿は見えないが、雪女の声は聞こえる。
非常に危険な状況。
だが、妖天はそんなこと気にせず、ゆっくり琶狐の傍へ向かう。
「め、面目(めんぼく)ないねぇ……少し油断したらこうさぁ……」
あの力強い言葉使い、今は全くなかった。
——————それほど、危険な状態。
それでも、妖天は無言を貫く。
「腕を振るだけで……空気は、鋭利な刃となる……いわば、腕でできるカマイタチさぁ……次は、お前の番だよ……」
雪女の恐ろしい声が響く。
このままでは、妖天も琶狐と同じ運命になる。
それなのに、当の本人はずっと、琶狐を凝視して、背後をガラ空きにさせていた。
「お、おい!前を向け!何、あたしのことを見ているんだ!?」
威勢よく声を出すたびに、琶狐の上半身から赤い液体が吹き出す。
それを、返り血のように受ける妖天。
「さぁ……喰らうが良い……冷たいカマイタチを……!」
今の言葉を言った瞬間、腕を振ったと思われる。
すると、妖天は琶狐の返り血を、右人差し指でなぞる。
赤く、鮮やかな液体。
そして、それを舐めとる——————
若干温かくて、心も温まる。また、どこか懐かしかった。
妖天は、くるっと、180度振り向き、右腕を前に出す。
「我の妨げとなる……カマイタチ……破邪結界(はじゃけっかい)……!」
鋭いカマイタチが、妖天の右腕に当たる。
しかし、当たっただけで傷1つ付いていなかった。
妖天は、凛々しい表情をしながら低い声で呟く。
「琶狐の血はぁ……とても、狐とは思えない味だぁ……温かく、そして力強い……我の妖力、霊力を上げてくれる……ちょっとした、結界なら張れるようになるのさぁ……」
2本の尻尾を揺らし、狐目になって呟く。
後ろに居た琶狐は、その神々しい背中に、思わずぎょっとする。
「雪女ぁ……君ぃ、意外と近くに居るんだねぇ……」
首を、北北東の方角へ向け、言葉を呟く。
雪女は、言葉を飛ばす。
「なにデタラメなことを言ってんだい?お前の目には、真っ白い景色しか、映ってないだろう?」
余裕そうに、一言呟く。
——————妖天の口元が上がる。
「いやぁ……我には、君の姿がくっきり映っているぞぉ……千里先を見通す視力、千里眼(せんりがん)……どんなに厚い壁でも透視する視力、浄天眼(じょうてんがん)……今の我にはぁ、それらが備わっている……」
自分の妖力と霊力を上げることで、使える能力を増やす妖天。
狐というのは、そういう種族である。
初歩的な狐火から始まり、説得、金縛り、憑依、破邪結界、千里眼——————
九尾の狐となると、恐ろしいくらい能力のレパートリーが存在する。
妖力、霊力の強さに比例して、使える能力が増え、尻尾の数も増える。
——————妖天の尻尾が2本あるのは、そのためである。
どんな一般人でも、霊力だけは微量ながら存在する。
琶狐くらいの力を持っている者なら、それなりに霊力などがあるだろう。
特に、霊力は血液に多く含まれている。
だから、妖天は琶狐の血液を舐めとったのだ。
「さぁ……雪女ぁ……お仕置きの時間だよ……」
雪女が居るであろう方角へ向けて、指を鳴らす——————
その瞬間、断末魔が聞こえてきた。
琶狐の目には、真っ白い光景しか映っておらず、何がどうなっているのか分かっていなかった。
しかし、妖天にはくっきり見えていた。
燃え盛る狐火で、苦しむ雪女の姿が——————
不意に、風が止んできた。
真っ白な光景はだんだんなくなり、周りの風景が分かるようになる。
3分くらい経って、吹雪は完全に止んだ。同時に、雪女が居るであろう場所には、焦げた着物が、無造作に置かれていた。
「雪女ぁ……雪ん子と違って、遭難した者を凍死させる妖……我らは、本当に運が良かったなぁ……」
拱手をして、呟く。
途端に、琶狐の状態も見る。
「大丈夫かぁ……?」
この一言に、こくりと頷く。
だが、このまま傷口を放置しておくと、腐敗してしまう恐れがある。
妖天は、こめかみを触りながら、なんとかできないかと、考える。
——————「それなら、わたくしに任せてください」
声の聞こえた方向を見ると、そこには雪ん子が笑顔で立っていた。
妖天と琶狐は、安堵の表情をして、その場に倒れこんだ——————
「ふふ……」
口に手を当てて、雪ん子は2人の傍へ寄る。
そして、3人の姿は突然、消えてしまった——————
○
「むっ……」
男はその場に膝まつく。
苦痛な表情をしながら、1本の尻尾を揺らしていた。
その背後に、9本の尻尾を持った、神々しい女が優しそうな表情で男を見つめる。
「なんじゃ?もう、力がなくなったのか?仕方ないのぉ……」
女はそう言って、懐から鋭利な刃物を取りだす。
そして、それを自分の腕に当てる——————
赤く、鮮やかな血液が流れ始めた。
「きゅ、九狐(きゅうこ)……?」
「さぁ、飲むが良い……」
女の腕から出る血液を飲む。
途端に、男は苦痛な表情が消えていく。
「ふふ……これで、修行は続行じゃ」
狐目になって、女は優しく呟く。
男は、立ち上がり拱手をしながら礼を言った——————
○
目を開けると、そこは古い小屋だった。
とりあえず、体を起こして、辺りを見回す妖天。
頭を押さえながら、一言呟く。
「またぁ……男女の狐かぁ……」
先程見ていた夢について、考える。
すると、小屋の扉が古めかしい音を立てながら、開いた。
「おっ!?やっと起きたかハゲ狐!」
寝起きの体に浴びせされる罵声。
妖天は、小さく唸ったという。
「琶狐ぉ……頼むから、寝起きくらいは体を労(いた)わってくれぇ……」
だが、その言葉は聞き流れてしまった。
「むぅ……」
こめかみを触りながら、妖天はその場に立つ。
琶狐の傍へ寄って、思いっきり尻尾を握る——————
「ぎゃぁ!」
美女らしくない言葉が小屋に響く。
その途端、後から入ってきた雪ん子が笑っていた。
「ふふ……仲が良いですね」
どうやら、今までの様子は見られていたらしい。
妖天は、拱手をしながら、雪ん子の傍へ寄る。
「我と琶狐は、そこまで仲は良くないぃ……」
囁くように言葉を言うが、雪ん子は口に手を当てて呟く。
「本当ですか?」
まさかの返しに、妖天は大きく唸る。
そして、この場から逃げるように小屋から出て行った。
「あら……」
外を歩く妖天を見つめながら、唖然とする。
不意に琶狐が背後から言葉を叫ぶ。
「あんのハゲ狐!よくもあたしの尻尾を……!」
怒りに満ちた表情。
独特な犬歯を出しながら、小屋から出ようとする——————
「待ってください」
突然、雪ん子に止められる。
琶狐は、頭の中に疑問符を浮かべながら振り向く。
「妖天さんと、ずっと仲良くしてくださいね」
この言葉に、口元を上げる琶狐。
「ったり前だ!あいつは、あたしが守らないとだめだからな!貴様も、遭難した人たちを助けるんだぞ!」
小屋から外へ出て行く琶狐。
雪原を歩く2人の狐を目に入れながら、雪ん子は最後に一言呟く。
「妖天さん……また、良い人を見つけましたね……」
——————雪ん子は、突然消えてしまった。
遭難している人が居ないか、雪原の様子を見に行ったに違いない。
真っ白で、とても広い雪原。
その中に、罵声を浴びせる狐と、情けない声を出す狐が、仲良く歩いていた——————
- Re: 獣妖記伝録(9記執筆中) ( No.54 )
- 日時: 2011/07/22 21:38
- 名前: コーダ (ID: 7cN5Re8N)
- 参照: http://loda.jp/kakiko/?id=723
↑に、王翔さんに描いていただいたキャラクターを貼ります!
さて、この人たちは……?
- Re: 獣妖記伝録 ( No.55 )
- 日時: 2011/08/21 10:23
- 名前: コーダ (ID: qJIEpq4P)
空は、全体的に曇っていて、星空が全く見えない夜。
もちろん、月明かりはなく、1人で歩くのはとても勇気がいた。
風も若干吹いている。
周りの林が揺れ、葉と葉が触れあう音。
それに混ざって、狼の遠吠えも聞こえてくる。
とても、不気味だった。
こんな日は、ゆっくり家で寝ていた方が賢明だ。
だが、そんな常識が通用しない、型破りな輩たちが居た。
3人くらいの、小規模な団体。
全員。背中には大きな翼を持っていた。
見た感じと雰囲気で、大人になろうとしている青年たちに見えた。
1本のロウソクという、心もとない明りを頼りに、ただただ、暗い道を歩く。
そして、3人の目には大量の墓地が映る。
何年も前から管理されておらず、壊れた墓地、雑草が生えた墓地、荒らされた墓地が無数にある。
いかにも何かが出そうな雰囲気——————
青年たちは、そんな雰囲気を無視して、好奇心に身を任せ墓地に入る。
湿った地面を草履で歩く。とても、嫌な感じだった。
ふと、3人の目に1つの墓地が映る。
明らかに、他のより綺麗だった。
すると、何を思ったのか3人は、その墓地を荒らし始めたのだ。
懐から刃物や、鈍器を出して、原型を留(とど)めないくらいに壊す。
どうやら、この3人は墓荒らしだった。
日頃の怒り、悩みを墓にぶつける、とても愚かな行為。
きっと、罰が当たるに違いない——————
とても、爽やかな表情をする3人。
刃物と鈍器をそこら辺に投げ捨てて、この場を後にする——————
不意に、変な気配を感じる。
1人が、翼をピクリと動かし、辺りを警戒するように見回す。
その瞬間、地面から無数の白い物体が出てきた。
カタカタと、音を鳴らしながら、3人を見つめる。
土で汚れた白い物体。その姿は、まるで人のようだった。
この恐ろしい物体を見て、3人は慌てて逃げる。
だが、何かに足をとられて、豪快に転ぶ。
それは、やっぱり白い物体だった——————
気がつくと、白い物体に囲まれていた3人。
カタカタ、カタカタ、その音はどんどん多くなる。
風で、林の葉と葉が触れあう音が響く墓地。
それに混ざって、断末魔が聞こえたという——————
〜墓場の鳥兎〜
快晴の空。爽やかな風が吹く昼間。
森林の木々は大きく揺れて、葉と葉を擦り合わせる。
残暑の夏には、最高の天候だった。
辺りには、もう少ししたら収穫できそうな米が、大量に並んだ田畑。
そんな田舎道。意外と人々は歩いていた。
しかも、1人ではなく、4人くらいの団体で歩く姿が特に目立つ。
手には、花や果物、水の入った桶などを持っていた。
——————どうやら、今はお盆時だった。
年に1回お墓へ参り、綺麗に掃除をして、お供え物を置いていく。
そして、夜になったら老若男女が踊る、盆踊りも行われる。
非常に、忙しい1日である。
その団体の中に、奇妙な男女の2人が歩いていた。
1人は、頭の上に兎のように長くて白い、ふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
髪の毛も白く、長い。とても赤い瞳が印象的で、右目にはモノクルをつけていた。
右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
左肩には、矢を入れる箙(えびら)というものもつけていた。
極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。
もう1人は、背中に、灰色の大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
黒い髪の毛は肩までかかるくらい長く、ぱっと見少女にも見える顔立ちだった。
右目は、深海をイメージさせるような青色で、左目は、血を連想させるように赤かった。
そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
錫杖(しゃくじょう)を持ち、鉄で出来た、遊環(ゆかん)をしゃかしゃか鳴らしながら歩く姿は、妙な雰囲気を漂わせていた。
少年は、翼をゆっくり羽ばたかせながら、人々の姿を興味深く見ていた。
「どうかしましたか?」
女性は、モノクルを触りながら、少年へ質問する。
すると、少年の足は不意に止まる。
モノクルを光らせながら、一言呟く。
「墓場へ行くよ」
遊環をならして、墓場へ向かう事にする少年。
頭の中に、大量の疑問符を浮かべる女性は、ただただついて行くことしか出来なかった。
○
線香の臭いが、漂う墓場。
たくさんの家族連れが、自分のお墓を掃除していた光景が目に映る。
殺風景な墓場。今だけは、非常に活気があった。
その様子を見ていたのは、先程の女性と少年だった。
直接お墓に、用事があるような雰囲気は漂わせておらず、ただこの光景を見たかっただけらしい。
不意に、少年は女性に質問する。
「どうして、お盆というのはあると思う?」
眉間にしわを寄せて、考える女性。
改めて言われてみると、理由が出てこないものである。
「時間切れ。実は、お盆というのは明確な起源はないんだよね。だけど、一説には祖先の霊を祀(まつ)る行事と言われているんだ」
ちょっと意地悪な質問に、女性は苦虫を噛んだかのような表情をする。
明らかに、少年の方が年下なのだが、変に偉そうな態度をとっている。
「明確な起源はなくても、人はこうして行事を行う……大昔からの習慣って、怖いね」
翼をゆっくり羽ばたかせながら、嘲笑(あざわら)うかのような表情で呟く。
少年の言葉には一理ある。
人というのは、なぜか起源、理由がなくても、物事を行っている時が多々ある。
お盆がその例だ。
知らない人から、お盆について尋ねられて、明確に答えられる人はほぼ居ない。
だけど、大昔から両親の言い伝えで、無意識にやっている。
それが、習慣だ。
「人々は、習慣によって行動していることが多い……と、言いたいのですか?」
モノクルを触りながら、女性は尋ねる。
少年は、遊環を鳴らして、こくりと頷く。
不意に、後ろから人の気配がする。
2人は、ゆっくり体ごとを、後ろへ振り向く。
そこには、7人くらいの大家族が居た。
犬の祖父母、父母、その子供たちだ。
今の時代、大家族で墓参りに来るのは珍しくない。むしろ、核家族で来る方が珍しい。
女性は、慇懃(いんぎん)に挨拶をする。
「こんにちは。今からお墓参りですか?」
相手の警戒心を解くには、まずしっかりとした挨拶が大切。
女性の思惑通り、大家族は柔和な顔立ちになる。
子供たちは、少年の周りへ集(たか)るように寄り、翼を触っていた。
「あまり、翼を触らないでくれる?」
しかし、子供たちは触ることをやめない。
鳥人を、珍しそうに見る表情。
少年は、深い溜息をして、好きにさせる。
「ほほほ……家の孫たちは、鳥人の事が気にいったようですね」
その様子を見ていた祖母は、とても楽しそうな口調で言葉を言う。
女性は、苦笑しながら、
「そのようですね……まぁ、可愛いものです」
と呟く。
子供たちの行動は、だんだんエスカレートしていき、少年の翼から生えている羽毛も、抜き始めたという。
さすがに、これには少年の堪忍袋が切れたのか、持っている錫杖で、邪魔者を追い払うかのように、横へ振る。
「調子に乗るのも、いい加減にしたら?」
鳥のような眼力と、低い声で子供たちを脅す。
しかし、まだ声変わりが完全になっていないためか、子供たちは特に屈せず、翼を触っていた。
女性は、この雰囲気を和ませるために、一言呟く。
「この子供たちは、将来良い武士になれそうですね」
けっこう、満更でもない表情をする父母。
少年の脅しに、恐れて泣かず、むしろ立ち向かった犬のような獰猛な気持ち。
武士として、とても良い精神だった。
「じゃあ、子供たちは将来武士にさせるか?」
父は、冗談半分でそう言うが、意外と賛成してくれた。
予想外の反応に、少し腰を抜かす。
「では、今からこの子たちに刀を習わせてみようかしら?」
「刀なら、ワシが買ってやろう」
もう、この大家族の子供たちは、武士への道が決まってしまった。
女性は、自分の言葉で人をこんなに動かしてしまったことを、少し後悔する。
「所で、あなたたちは……弓矢や錫杖を持っていますけど……妖(あやかし)退治をする者ですか?」
祖母の言葉に、女性はモノクルを触りながら、返す。
「妖退治……まぁ、そういう解釈で捉えて貰って良いですよ」
この言葉を言った瞬間、少年は遊環を鳴らして訂正する。
「それだと誤解を生むよ。こちらは、悪い妖だけを退治するために、各地を放浪しているんだ」
大家族は、呆然とする。
なぜなら、この国に居る妖は、全て悪いと認識しているからだ。
良い妖など居ない。そう叩きこまれた。
「世の中に、良い妖なんて居るのでしょうか?」
母は、頭の中に疑問符を浮かべて尋ねる。
少年は、口元を上げて嘲笑うかのように、呟く。
「君は愚かだね。全ての妖が悪い?誰がそんなことを言ったのかな?下手な噂を信じない方が良いよ」
明らかに、自分より年上の人なのに、偉そうな態度を取る。
だが、怒りという感情は生まれてこない。むしろ、頭を下げたくなった。
女性は、慌てて大家族に謝る。
「すみません。こちらの少年はまだ考えが幼稚なので、物事を単刀直入に言ってしまいます。私が代わりに謝罪いたしますので、どうかお許しを……」
頭を深く下げる。
すると、少年はモノクルを光らせて、もっと言葉を言う。
「こっちは、間違ったことは言っていないよ?勝手に尻拭いをするのは、やめてくれない?」
しばらく、この場は無言になる。
少年は、ふんぞり返って大家族を見つめる。
すると、祖母が質問する。
「あなたたちは……一体?」
女性は、頭を上げ、丁寧に説明する。
「私は箕兎 琴葉(みと ことは)。こちらに居るのは、天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)です。私たちは、先程おっしゃった通り、悪い妖だけを退治する目的で、各地を放浪しています」
琴葉の説明に、大家族は目を見開いて、尻尾を振っていた。
今、目の前に居るのは、本物の妖退治をする2人。
大きな弓矢と錫杖。
明らかに、何か出来そうな雰囲気だった。
「琴葉、長居は無用だよ。早いところ次の目的地へ行こう」
少年は、翼をゆっくり羽ばたかせながら、この場を後にしようとする——————
「待ってください。それなら、是非頼みたいことがあるのですが……」
突然の言葉に、楠崎は首だけ振り向かせる。
その表情は、早く言えと催促させる。
「この墓場から、2kmくらい離れた場所に、捨てられた墓地があるのです……そこには、妙な噂が絶えないのですよ……地面から、白い物体が出てくるとか……」
少年の威圧感に、怯えながら呟く祖母。
すると、モノクルを光らせて小さく、
「興味深いね……」
と、呟きこの場を後にした。
女性は、慇懃に礼をして、少年の後を追う。
○
街道の左右には、草原が目に映る。
風が吹くたびに、草はその方向に揺れ動く。
とても、心地よさそうな場所。
そこを歩くのは、先程の女性と少年。琴葉と楠崎だった。
長い耳を揺らし琴葉。翼をゆっくり羽ばたかせる楠崎。
2人は、無言で街道を歩き続ける。
「むっ……?」
琴葉は足を止めて、とある方向を見つめる。
そこには、丘の上にある、大きな1本の木が見えた。
すると、楠崎は遊環を鳴らして小さく呟く。
「少し、あの木の陰で休もう」
街道から外れて、草原の中に足を踏み入れる楠崎。
琴葉は、黙って後をついて行く。
大きな木の影は、非常に涼しくて、休むには最高の場所だった。
弓矢と錫杖をそこら辺に置いて、琴葉は木に背中を預けるように座り、楠崎もその隣に座る。
その際に、琴葉は懐から小さくて厚い本を取り出し、楠崎に渡す。
無言でそれを受け取り、本を開く。
しばらく、静かな時間が流れる。
聞こえてくるのは、風の音と、本をめくる音。
琴葉は、気持ちを落ち着かせすぎて、目を虚ろにさせる。
そして、気がつくと目が完全に閉じる。
楠崎は、その様子を横目で見る。
モノクルを光らせるが、その表情はどこか柔和だった。
自分の翼を、毛布のように琴葉の体にかける。
偉そうな態度をしている割には、けっこう優しかった楠崎——————
太陽は、どんどん西に沈んでいく。
空も、青色から茜色に変わっていた。
琴葉は、ゆっくり目を開ける。
最初に目に入ったのは、赤い夕日だった。
こんな時間まで寝てしまった。そんな表情をしながら隣に居る楠崎を見つめる。
少年は、未だに本を読んでいた。
少しほっとする琴葉。
その瞬間、本を読みながら一言呟く楠崎。
「夜までここに居るつもりだから、もう少し寝ていても大丈夫だよ」
耳をピクリと動かす。
どうやら、寝ていたのはバレバレだったらしい。
琴葉は、モノクルを触りながら、眠そうな声で質問する。
「夜まで……?結局、捨てられた墓地へ行くんですか?」
楠崎の手が止まる。
読んでいた本を閉じ、無言で琴葉に渡して、モノクルを光らせる。
「妖に関して、無知な一般人の噂は当てにならない。だけど、捨てられた墓地に、白い物体というのは気になった。ちょっと、思い当たる節があってね……確かめて損はないと思うよ」
この言葉から、楠崎は妖に詳しい事が分かる。
まだそこまで生きていないのに、どこからそういう知識を取り入れているのかは、甚(はなは)だ疑問に思うが、今はあまり突っ込まないようにする琴葉。
「もしかすると、激しい戦いになるかもね……今のうちに、休んだ方が身のためだよ」
謎の忠告も言う。
琴葉の頭の中は、どんどん疑問符で埋め尽くされる。
そして、とうとうこんな質問をしてしまう。
「私にも、詳しいことを教えてください」
かなり真剣そうに言うが、楠崎は嘲笑うかのように返す。
「君がそれを知ってどうするの?それに、先言ったでしょ?あくまで、思い当たる節があるって……こっちは、妖の正体が分かったと、一言も言っていない。だから、曖昧(あいまい)なことを言いたくないんだよね。琴葉は、目の前の事を考えるだけで良い。後の細かいことは、全部こっちが考える」
これには、琴葉は返す言葉が思いつかない。
目の前のことだけを考えていれば、後は全部、楠崎がやってくれる——————
それが、納得いかなかった。自分は、もっと少年の助けになりたい。
だけど、それは余計なこと。
妙な葛藤(かっとう)が彼女の心を襲う。
顔を下げて、どこか表情を暗くする。
楠崎は、その変化にすぐ気付き、また言葉を呟く。
「……こっちの事を助けたいという気持ちは、よく分かるし、ひしひしと感じてくるよ。でも、今だけは任せてくれない?いざとなったら、琴葉に頼るから」
途端に、琴葉の表情は明るくなった。
この少年、かなり口上手である。
長年、こういうやりとりがあったから出来る技なのか、それとも元々なのか——————
「逢魔が時(おうまがとき)……さて、行くよ」
楠崎は、そこら辺に置いてあった錫杖を右手に持ち、遊環の音を鳴らしながら立ちあがる。
続いて琴葉も、大きな弓矢を持ち、少年の後をついて行く。
黄昏時(たそがれどき)の街道。2人の歩く姿は、非常に不気味だった。
○
昼間の快晴が嘘のように、空は全体的に曇っていて、星空が全く見えない夜。
もちろん、月明かりはなく、1人で歩くのはとても勇気がいた。
風も若干吹いている。
周りの林が揺れ、葉と葉が触れあう音。
それに混ざって、狼の遠吠えも聞こえてくる。
とても、不気味だった。
こんな日は、ゆっくり家で寝ていた方が賢明だろう。
だが、そんな常識が通用しない、型破りな輩たちが居た。
2人くらいの、小規模な団体。
背中には大きな翼を持っている者と、長くて白い耳を持つ者。琴葉と楠崎だった。
大きな弓を片手で持ち琴葉、錫杖の遊環をしゃかしゃか鳴らす楠崎。
明りとなる物を全く持たず、ただただ暗い道を歩く。
そして、2人の目には墓地が映る。
何年も前から管理されておらず、壊れた墓、雑草が生えた墓、荒らされた墓が無数にある。
いかにも何かが出そうな雰囲気——————
琴葉と楠崎は、その雰囲気を体で感じ取り、警戒して墓地に入る。
湿った地面を下駄で歩く。とても、嫌な感じだった。
ふと、2人の目に1つの墓が映る。
明らかに、他のより綺麗だった。
何かあると睨んだ楠崎は、鳥のように鋭い眼光で四方八方から墓を見つめる。
その間、琴葉は辺りを見回し、何が来ても良いように弓矢を構える。
少年は、錫杖の遊環がついていない所で、墓を思いっきり突く。
意外と脆(もろ)く。墓は木端微塵になった。
その瞬間、異様な気配を感じる——————
琴葉は、耳をピクリと動かし、辺りを警戒するように見回す。
その瞬間、地面から白い物体が出てきた。
カタカタと、音を鳴らしながら、2人を見つめる。
土で汚れた白い物体。その姿は、まるで人のようだった。
思わず、背筋をぞくっとさせる琴葉。だが、その恐怖心に打ち勝ち、左肩にかけている箙から矢を1本取り出し、弓を構える。
弓の弦(つる)を力強く引き、白い物体を射る。
矢は、見事に白い物体に命中する。
だが、これといった変化がなかった。
琴葉はもう1回、箙から1本矢を取り出す——————
「無駄だよ。いくらやっても、その妖は倒せない」
不意に、楠崎の言葉が聞こえる。
矢を箙に戻して、首だけで後ろを見る。
「墓地の白い物体……こっちの予想通り、骸骨(がいこつ)だったようだね」
骸骨。
人というのは、いつか必ず、この世界から居なくなる存在である。
三途の川を渡り、天か地への道を行く。
その際に、強い怨念や恨みを持って、この世から去ってしまった場合、三途の川を渡らず、世界に戻ってくる不届き者が居る。
もちろん、大半は大鎌を持った死神(しにがみ)に止められるが、怨念の強さが莫大だと、死神ですら止められないことがある。
しかし、戻ってきた時には自分の体はもう焼却されている。つまり、骨の状態だ。
だが、不届き者にはそんなこと関係ない。骨の状態でも魂を宿し、骸骨としてこの世を生きる。
そして、莫大な怨念を晴らすまで、好き勝手暴れる。
妖でもあり、人でもある。それが骸骨。いや、生前の記憶がない以上、妖と断言した方が良いだろう。
楠崎は、琴葉の前に出て錫杖を構える。
「骸骨になって五感がなくなった以上……直接攻撃では退治できない。だから、昇天(しょうてん)させないとね」
昇天。
未練を残して、この世界から消えてしまった者が、骸骨や怨霊として、戻ってきた場合に使える究極術。
基本的にそういう妖は、未練などがなくなった時に、自然消滅を待つのが1番良いとされている。
だが、その未練などが莫大だと、自然消滅するまで何百年とかかる。
こういう場合は、無理矢理人の手を加えて、この世から消滅させる昇天が有効である。
ただし、この術を使えるのは莫大な霊術を持つ者しか、許されない。
生半可な霊術しか持っていない者が、昇天の術を使えば、自分も一緒に昇天する。
つまり、楠崎の霊術は莫大であることが、ここで分かる。
錫杖を両手で持ち、横にくるっと360度回す。
遊環のついていない所を、思いっきり地面に刺して、背中の翼を思いっきり広げる。
鳥のように鋭い眼光で、骸骨を睨み、小さく詠唱する。
「この世に未練を残し、骸骨として生きる妖よ。そなたの未練を、天鳥船 楠崎が強制的に断ち切り、昇天させる……」
まるで、儀式の言葉を言うように長い詠唱。
その瞬間、骸骨の足元に、神々しく輝く、謎の紋章が現れた。
骸骨は、自分の足元を見て、一瞬うろたえる。
「……破邪(はじゃ)」
紋章は、突然光の柱を出す——————
天に伸びるくらい神々しい柱。
まるで、何かが骸骨を迎えにきたような雰囲気。
琴葉は、目を見開いて、その様子をずっと見守る。
しばらくすると、光の柱は地上からどんどん消えて行く。
骸骨の姿はもうなかった——————無事に、昇天した。
楠崎は、荒い吐息を出しながら、錫杖に支えられていた。
どうやら、霊術を使いすぎたらしい。
たった1回の昇天で、術者をここまで疲れさせる。
生半可な者が使ってはいけない理由が、よく分かった。
琴葉は、安堵の表情で楠崎の傍へ寄る。
——————嫌な気配が、またする。
耳をピクリと動かして、辺りを警戒しながら見回す。
また、地面から白い物体。骸骨が現れたという。だが、それだけではなかった。
1体ではなく、10体くらいだったのだ——————
気がつくと、2人は囲まれていた。
カタカタ、カタカタ。骨が擦りあう音が響く。
汗を出して、荒い吐息を出している楠崎。
少年は、もう使い物にはならない。琴葉は、直感的にそう思った。
今度は、自分の番。そう思った彼女は、箙から矢を取り出す。
そして、1体の骸骨を射る。しかし、変化という変化はなかった。
苦虫を噛んだかのよう表情をして、また箙から矢を1本取り出す。
がむしゃらになって、何度も何度も射る。
気がつくと、矢は最後の1本になってしまった。
その矢は、他の矢と違って、鏃(やじり)に鏑(かぶら)がついていた。
しかし、そんなことを気にせず、弓を構える——————
「ちょっと待って……その矢……鏑がついているよね……?」
不意に、楠崎が尋ねる。
琴葉は、鏃をよく見て、鏑が付いていることを認識する。
「は、はい……それがどうかしましたか?」
若干、焦っているのか言葉は震えていた。
楠崎は、翼を広げて、突然柔和な顔立ちになる。
「琴葉……破魔矢(はまや)の使用を許可するよ」
この言葉に、琴葉の目が開く。
昇天と同じ効果のある破魔矢。
それを使用する権利が得られた。
つまり、責任重大。
楠崎は、最後の力を出して、矢へ破魔の力を宿す。
ただの矢が、急に神聖な雰囲気を漂わせる。
琴葉は、1回だけ大きな深呼吸をする。
目を閉じて、精神統一もした。
——————だが、ここで問題が発生する。
破魔矢を射るチャンスは1回。だけど、ここに居る骸骨は10体も居る。
どう考えても、全て退治できなかった。
最後の最後に、琴葉は焦る。
どうすれば、この状況を脱することができるのか——————
眉間にしわを寄せて、大きく唸る。
——————不意に、琴葉の左手が握られた。
「標的は……何も、骸骨だけじゃないよ……その破魔矢は、莫大な力を持っている……」
楠崎の懸命な言葉。
標的は骸骨ではない——————
その言葉が、唯一の手掛かり。
琴葉は考える。
「……!?」
突然、彼女は骸骨に向かって走り出す。
そして、鋭角上へ跳び、骸骨の頭蓋骨を踏む。
そこからまた、鋭角上に跳んで、楠崎のほぼ真上の位置へ行く。
琴葉は、空中で弓を構える。
標的は——————地面だった。
弦を思いっきり引いて、手を離す——————
鏑の付いた矢は、独特の風切り音を出す。その音は、合戦が始まる合図を連想させた。
矢は、垂直の状態で地面に刺さった。
その瞬間、矢の中心から輝く衝撃波(しょうげきは)が生まれる。
その衝撃波に巻き込まれた10体の骸骨は、即昇天する。
楠崎は、モノクルを光らせて、上空に居る琴葉を見つめる。
一方、琴葉も地上に居る楠崎を見つめる。
真っ暗な墓地。ただし、今だけは神々しく輝いていた——————
○
翌日。
また天気は好調で、日向ぼっこにはうってつけだった。
お盆の活気はまだ残っていて、人々は楽しい1日を過ごしていた。
ただ、ここだけは違った。
誰も居ない墓場。
昨日の今頃は、お墓参りで人々が居たのに、その光景が嘘のようだった。
それを目にしていたのは、兎の女性と鳥の少年。琴葉と楠崎だ。
錫杖の遊環をしゃかしゃか鳴らしながら、墓場を1周する。
琴葉は、黙ってそれに付いて行くだけ。
そして、墓場の入り口に着いた途端、楠崎は小さく呟く。
「こうやって、人々が毎年墓場でお参りすれば、骸骨なんて出てこないのにね」
モノクルを光らせて、この場を後にする。
琴葉は、慇懃に手を合わせて目を閉じる。
5秒くらいして、早足で少年の後を追う。
殺風景な墓場。しかし、楠崎が歩いた場所だけは、どこか温かく、心が安らぐ雰囲気を漂わせていた——————
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