複雑・ファジー小説
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- 獣妖過伝録(7過完結)
- 日時: 2012/09/08 14:53
- 名前: コーダ (ID: hF19FRKd)
どうも〜!私、コーダと申します!
初めましての方は、初めまして!知っている方は、毎度ありがとうございます!
え〜……一応、ここに私の執筆作品がありますが、最近、新しい閃きがありましたので、それを形に表してみようと思って、突然、掛け持ちすることになりました。
そして、このたびは2部になりましたのでタイトルも変えて獣妖過伝録(じゅうようかでんろく)としました。
只今、超ゆっくり更新中……。
コメントもどしどし待っています。
では、長い話をばかりではつまらないと思いますので、これで終わりたいと思います。
※今更すぎますけど、この小説はけっこう、人が死にます。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
※この小説は、かなりもふもふでケモケモしています。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
秋原かざや様より、素敵な宣伝をさせていただきました!下記に、宣伝文章を載せたいと思います!
————————————————————————
「お腹すいたなぁ……」
輝くような二本の尻尾を揺らし、狐人、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)は、今日もまた、腹を空かせて放浪し続ける。
「お狐さん?」
「我は……用事を思い出した……」
ただひとつ。
狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていた。
100本の蝋燭。
大量の青い紙。
そして、青い光に二本の角。
————青の光と狐火
恵み豊かな海。
手漕ぎ船。
蛇のような大きな体と、重い油。
————船上の油狐
それは偶然? それとも……。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
星空の下、男女の狐が出会う。
————霊術狐と体術狐
そして、逢魔が時を迎える。
「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」
獣人達が暮らす和の世界を舞台に、妖天とアヤカシが織り成す
不思議な放浪記が幕をあげる。
【獣妖記伝録】
現在、複雑・ファジースレッドにて、好評連載中!
竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
「むぅ……」
「釣れたかと思えば下駄か! 鶏野郎にお似合いだな!」
————————————————————————
・参照突記伝録
「1800突破しましたね。嬉しいことです」
・読者様記伝録
ステッドラーさん(【★】アーマード・フェアリーズ【★】を執筆している方です。)
玲さん(妖異伝を執筆している方です。)
王翔さん(妖怪を払えない道士を執筆している方です。)
水瀬 うららさん(Quiet Down!!を執筆している方です。)
誰かさん(忘れ者を届けにを執筆している方です。)
ベクトルさん(スピリッツを執筆している方です。)
ナナセさん(現代退魔師を執筆している方です。)
Neonさん(ヒトクイジンシュ!を執筆している方です。)
猫未さん(私の小説を鑑定してくれた方です。)
アゲハさん(黒蝶〜月夜に蝶は飛ぶ〜を執筆している方です。)
水月さん(光の堕天使を執筆している方です。)
狒牙さん(IFを執筆している方です。)
木塚さん(SM不良武士集団を執筆している方です。)
瑠々さん(不思議な放浪記を読む読者様です。)
・感鑑文記伝録
水瀬 うららさん(ご丁寧な評価と嬉しい感想をありがとうございます!)
秋原かざやさん(非常に糧になる鑑定ありがとうございます!)
王翔さん(キャラが個性的と言ってくださり、ありがとうございます!)
紅蓮の流星さん(私の足りない部分を、教えていただきありがとうございます!)
猫未さん(私が夢中になってしまうところを、的確に抑制してくれました!ありがとうございます!)
夜兎さん(私の致命的なミスをズバリ言ってくれました。精進します!そして、ありがとうございます!)
七星 空★さん(新たなる改善点を教えていただきました。楽しいストーリーと言っていただきありがとうございました!)
瑚雲さん(改善する場所を新たに教えてくれました。高評価、ありがとうございました!)
野宮詩織さん(事細かい鑑定をしてくれました!ありがとうございました!)
狒牙さん(とてもうれしい感想をくださり、私が執筆する糧になりました!ありがとうございます!)
及川相木さん(面白い、そしてアドバイスを貰いました!ありがとうございます!)
peachさん(たくさんの意見と、私の課題を見つけてくれました。ありがとうございます!)
・宣伝文記伝録
秋原かざやさん(ドキドキするような宣伝をしてくれました!本当にありがとうございます!)
・絵描様記伝録
王翔さん(とても、可愛い絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>12 >>31 >>37 >>54 >>116 >>132
ナナセさん(リアルタイムで、叫んでしまう絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>20 >>48 >>99
・作成人記伝録
講元(王翔さん投稿!11記にて、登場!「次は、そなたたちである」)
葉月(ナナセさん投稿!12記にて、登場!「大成功!」)
淋蘭(玲さん投稿!13記にて、登場!「ふ〜ん。君、けっこうやるね」)
乘亞(水瀬 うららさん投稿!14記にて、登場!「大嫌いです」)
軒先 風鈴(Neonさん投稿!15記にて、登場!「退屈だ」)
・異作出記伝録
ジュン(玲さんが執筆している小説、妖異伝からゲスト参加しました。本当に、ありがとうございます!)
・妖出現記伝録
青行燈(あおあんどん)
小豆洗い(あずきあらい)
アヤカシ(”イクチ”とも言う)
磯撫(いそなで)
一本ダタラ(いっぽんダタラ)
犬神(いぬがみ)
茨木童子(いばらぎどうじ)
後神(うしろがみ)
産女(うぶめ)
雲外鏡(うんがいきょう)
煙々羅(えんえんら)
大蝦蟇(おおがま)
大天狗(おおてんぐ)
骸骨(がいこつ)
貝児(かいちご)
烏天狗(からすてんぐ)
九尾の狐(きゅうびのきつね)
葛の葉(くずのは)
管狐(くだぎつね)
懸衣翁(けんえおう)
牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)
酒呑童子(しゅてんどうじ)
女郎蜘蛛(じょろうぐも)
ダイダラボッチ
奪衣婆(だつえば)
土蜘蛛(つちぐも)
鵺(ぬえ)
猫又(ねこまた)
野鎚(のづち)
波山(ばさん)
雪女(ゆきおんな)
雪ん子(ゆきんこ)
妖刀村正(ようとうむらまさ)
雷獣(らいじゅう)
笑般若(わらいはんにゃ)
・獣妖記伝録
1記:青の光と狐火 >>1
2記:船上の油狐 >>5
例1記:逢魔が時 >>10
3記:霊術狐と体術狐 >>11
4記:蝦蟇と狐と笑般若 >>15
例2記:貝児 >>27
5記:牛馬と犬狼 >>30
6記:産女と雌狐 >>34
例3記:ダイダラボッチ >>38
7記:蜘蛛と獣たち 前 >>43
8記:蜘蛛と獣たち 後 >>51
例4記:小豆洗い >>52
9記:雪の美女と白狐 >>53
10記:墓場の鳥兎 >>55
例5記:葛の葉 >>58
11記:天狗と犬狼 >>64
12記:狐狸と憑依妖 >>74
例6記:日の出 >>75
13記:雷鳥兎犬 >>78
14記:鏡の兎と雌雄狐 >>84
例7記:煙々羅 >>87
15記:櫻月と村汰 >>93
16記:神麗 琶狐 >>96
例8記:奪衣婆と懸衣翁 >>100
17記:天狗と鳥獣 前 >>104
18記:天狗と鳥獣 中 >>105
19記:天狗と鳥獣 後 >>112
例9記:九尾の狐 狐編 >>106
20記:温泉と鼠狐 >>113
21記:犬神 琥市 >>121
例10記:九尾の狐 犬編 >>120
22記:天鳥船 楠崎 >>128
例11記:九尾の狐 鳥編 >>133
23記:鬼と鳥獣 前 >>136
24記:鬼と鳥獣 後 >>140
例最終記:九尾の狐 獣編 >>141
25記:鳥獣と真実 >>151
・獣妖過伝録
1過:8人の鳥獣 >>159
例1現:不埒な者たち >>164
2過:2人の狐 >>163
例2現:禁断の境界線 >>166
3過:修行する者 >>165
例3現:帰りと歴史 >>167
4過:戦闘狼と冷血兎 >>168
例4現:過去の過ち >>169
5過:鳥の監視 前 >>170
例5現:起源、始原、発祥 >>171
6過:鳥の監視 中 >>172
例6現:探し物 >>173
7過:鳥の監視 後 >>174
例7現:箒に掃かれる思い >>175
・獣妖画伝録
>>76
>>119
- Re: 獣妖記伝録 ( No.1 )
- 日時: 2011/09/14 20:28
- 名前: コーダ (ID: Qs8Z87uI)
外は、闇のように暗く、綺麗な女性が1人で歩くにはとても危ない時間帯であった。
風は、全くと言っていいほど吹いておらず、花火を打ち上げるにはとても良い環境。
そして、木で出来た昔ながらの家がたくさんある町。
——————なぜか、たくさんの人の姿が見えた。
家の中からこっそりと出てくる者、外を歩く者。
約100人くらいは居た。そして、誰とも喋らず、とある場所へ集まろうとする。
広い空き地。ここに、先まで歩いていた100人ほどの人が居た。
よく見てみると、その100人は全員子供で、頭の上には何らかの動物みたいな耳がある。
おそらく町の子供たちが、親に内緒で真夜中の肝試しでもしようとしているのだろう。
「皆、ちゃんと来たみたいだな」
この大量に居る子供を、束ねていると感じ取れるリーダーが、空き地に居る子供たちにそう呟く。
ワクワクする子供、ビクビクする子供、今にも寝てしまいそうな子供は、リーダーをじっと見つめる。
「もちろん、例の物……もってきたよな?」
そう言って、リーダーは懐から1本のロウソクと、大量の青い紙を、天に掲げるように出す。
すると、子供たちは一斉に懐からリーダーと同じものを出す。
「よし……じゃ、準備でもするか」
青い紙を、円を描くように置いていく子供たち。
すると、20分くらいかけて外枠が青い円が出来上がる。
「次は……」
リーダーは、箱に入ったマッチ棒を出して、手慣れた様子で火をつける。
それをロウソクに灯す。すると、円の中心に上手く真っすぐに置く。
子供たちも、リーダーの行った行動を真似する。
すると、円の中心部には100本のロウソクが立てられる。闇のように暗い空き地が、1か所だけとても明るかった。
「じゃ、始めるぜ」
リーダーは、その場で子供たちに怪談話をする。
抑揚のない言葉で語り、あまり恐怖に落とすことなく、終了する。
すると、話し終わった途端に、円の中心部にある1本のロウソクの火を消す。
「じゃ、次、お前な」
自分の目の前に居た人へ、指をさすリーダー。
すると、指された人は少し抑揚のある言葉で怪談話をする。
先の話よりは、怖くて子供たちは背筋を凍らせていた。
そして、やはり怪談話が終わると円の中心部にあるロウソクを1本消す。
「次、どうぞ」
このやりとりを、何度も繰り返す。
そして、100人目の子供が話し終わり、円の中心部にある最後のロウソクの火を消す。
明るかった空き地が、また闇のように暗くなる。
「………………」
黙るリーダー。メンバーも真似をしてずっと黙る。
すると、5分くらい経った時、突然、口元を上げてリーダーは大声で叫んだ。
「ほら!やっぱり、嘘だったぜ!」
これを聞いたメンバーは、なぜか大きな拍手を贈る。
周りには家などはなく、大人の人が来ることは決してありえないので、このような行動が取れた。
「よし!じゃ、帰ろうぜ」
そう言って、空き地から出ようとするリーダー。
メンバーも、その後に、ついて行こうとする————
「うわぁー!」
突然叫ぶ1人の子供。メンバーは、一斉にその子供を見る。
腰を抜かして、小刻みに体を震わせていた。
「んだよぉ……どうしたってん……!?」
リーダーは、小刻みに、震えているメンバーが見ている方向を見る。
足を止め、思わず、絶句してしまう。そして、体からとても嫌な汗を流し、体を小刻みに震わせる。
この異変に気付いたメンバーは、ふと、2人が見ていた方向を見つめる。
青い光。なんと、青い外枠で出来た円の中心に、とても恐ろしい青い光があった。
ゆらゆらと、陽炎のごとく揺れる光。この世のものとは思えない光。
100人の子供は全員、その場で小刻みに震える。
そして、よく青い光を見てみると、和服を着た女性が立っていた。
だが、その女性はなぜか、頭に鋭い角が2本生えていた。
「あっ……あぁ……」
あまりの恐怖に、叫び声すら出せない子供たち。
その様子を見ていた、和服を着た女性は、鬼のような頬笑みをしていた————
〜青の光と狐火〜
林が、風でざわめくけもの道。
道は少々凹凸があって、足腰が弱い人には、辛い道。
だが幸いにも、天気はとても良くて、外出するには最高の日であった。
どこからともかく聴こえてくる、野生の生き物の鳴き声と遠吠え、それを耳にしながら歩くのもまた、おつなもの。
「ふわぁ〜……」
明らかに、林の中では聴こえるはずのない雑音。
せっかくの雰囲気を、台無しにしたのは、林の中で歩いていた、1人の人物であった。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛を風で揺らし、前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らし、非常に、眠たそうにしていた。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれていた。
「うぅ〜ん……」
凹凸の道を歩きながら、獣男は右手で頭をかきながら、小さくうなだれる。
辺りを見回して、今度は大きな溜息をする。
すると、今度は右手を、自分の腹へ持ってきて、ゆっくり摩る。
「お腹すいたなぁ……」
獣男は、とても深刻そうな口調でそう呟くと、どこからともかく、カラスの鳴き声が耳に入る。
これには、思わず眉間にしわを寄せて、情けない気分になる。
「ん〜?」
ふと、足を止めた獣男は、林の中を見つめる。
そこには、1人の女性が居た。
女性用の和服を着ていて、頭にはふさふさした2つの耳がついており、1本の尻尾もある。
薬草でも集めているのか、手には四角形の布を持っていた。
「お〜い。君ぃ〜」
獣男は、道からそれて、林の中へ足を運び、女性の所へ向かう。
すると、それに気がついた女性は、やや警戒しながら獣男を見つめる。
その眼光は、非常に恐ろしくて、気の弱い人だと、気絶してしまうくらいだ。
だが、そんなことも気にせず、獣男は情けない声で女性に一言呟く。
「君ぃ……どこかに、食べ物はないかぁ?我は、お腹がすいたぁ……」
あまりにも意外すぎる言葉に、女性は口に手を当てて、笑ってしまった。
獣男は、どうして笑っているのか分からず、頭に疑問符を浮かべる。
手を降ろして、女性は警戒心と解き、にこやかにほほ笑む。
「お腹をすかれたのですか?近くに、私が住んでいる町があるので、案内しましょうか?」
この言葉に、獣男は深々と頭を下げる。
○
林を抜けると、そこには木で出来た、昔ながらの家が、たくさんある町があった。
少し、違う所へ目を向けると、広大な土地ですくすく育つ農作物が、風で揺れていた。
これを見て、思わずお腹を鳴らす獣男。
「ふふっ、もう少しですから。頑張ってくださいね」
女性は、また口に手を当てて笑う。
そして、町へ向かって歩き進める2人。
「平和な雰囲気……良い町だなぁ〜……」
獣男は周りの風景と雰囲気を感じ取り、歩きながらそう呟く。
しかし、女性はなぜか顔を下に落とす。
その様子を見た獣男は、眉を動かす。
だが、ずっと様子を見ているのも、おかしいと感じた獣男は、女性の方向と逆の所を見る。
そこには、広大な空き地が目に入った。
地面も整えられていて、子供が遊ぶにはとても良い環境。
————ある部分を除いてだが。
なぜか、空き地のど真ん中には、青い紙が円を描くように置いてあり、その円の中心部には大量のロウソクが倒れていた。
さらに、円の外側付近の地面は、どことなく他のより色が濃かった。
まるで、乾燥した地面に水を垂らしたようなくらいに。
「………………」
獣男の足は、気がつくと止まっており、その目線はずっと空き地にいっていた。
眠そうで、非常に頼りなさそうな表情は、今だけはなく、眉間にしわを寄せて、何かを考えていたように見える。
「どうしましたか?」
女性は、突然、足を止めた獣男に気が付き声をかける。
耳をピクリと動かし、空き地から目を離して、申し訳なさそうな表情をして、歩き進める獣男。
○
町の一角にある家の中、獣男は拱手をしながら、壁に背中を預けてじっと待っていた。
床は畳で覆われており、真ん中には5人くらい囲めそうな丸机、部屋の端には、壺と米俵が置かれている。
天井は、少々古く、雨が降った日には雨漏りしそうな、雰囲気を出していた。
家の入口と、窓を開けていることにより、風通しは非常に良く、獣男の神々しい2本の尻尾がゆらゆら揺らす。
「はい。軽い物ですが、どうぞお食べになってください」
女性は、お盆を持ちながら獣男へ言う。
丸机に置かれるお盆。すると、獣男は目を輝かせ、足を机の中に入れて、右手で箸を持つ。
白くてふっくらとしたご飯、昨日の余り物なのか、少々しなびた焼き魚。味噌汁は湯気が出ており、非常に飲みごたえがあった。
極めつけに、お盆の端に置いてあった漬物は、程良い水分を含んで、とても美味しそうな雰囲気を出す。
一般的な朝食と思わせる献立、しかし、獣男にとっては、お盆の上にある物は正に御馳走。
「いただきます」
獣男は、丁寧に言葉を言った途端、ご飯にむさぼる。
よほど、お腹がすいていたのか、箸が止まることはなかった。
女性は、少々唖然としながら、その様子を見守る。
「なんだ?客か……?」
家の中から、突然聞こえてきた言葉、獣男と女性は玄関を見る。
そこには、男性用の和服を着て、女性と同じくふさふさした2つの耳が頭の上にあり、1本の尻尾があった。
獣男は、口にご飯を詰め込んでいたため、喋ることができず、首を下げて会釈をする。
「あら、あなた。今日は早いのね」
「今は、仕事なんてやっている雰囲気じゃないからな……町の皆もそうだ……」
2人の掛け合いを見て、獣男はすぐに夫婦なんだなと感じる。
「美しい、奥さんでぇ……」
口の中に詰め込んでいる物を飲み込み、獣男は突然、そう呟く。
男性は、笑いながら家の中に入り、獣男の隣に座る。
「所で……君は、見たところ狐か?」
神々しく揺れる2本の尻尾を見ながら、獣男に尋ねる。
すると、箸をお盆の上に置いて、なぜか自分のこめかみを触る獣男。
「ん〜?なんで、我が狐だと分かったぁ?」
頭の中に、疑問符を思い浮かべながら獣男は男性にそう言う。
「いや、その尻尾は……どう見ても、狐の物だと思うが」
男性は、神々しく揺れる2本の尻尾を凝視しながら言う。
獣男もつられて、自分の尻尾を見つめると、なぜか眉をピクリと動かす。
「あ〜……そうだった、そうだった……我は、狐だったなぁ……」
何かを思い出したかのような口調で、獣男は、自分が狐だと認識する。
「君……見たところ、若そうだが……実は、かなり歳を召した狐か?」
「う〜ん……我は、まだ216歳だったかなぁ……」
獣男の言葉に、女性は目を開いて唖然をする。そして、恐る恐る尋ねる。
「えっと、とてもお若いのですが……なぜ、そのような口調で?」
この言葉に、獣男は耳をピクピクさせる。
すると、箸で漬物を取り、それを口に入れて、とても良い音を鳴らしながら噛む。
「美味しいなぁ……」
漬物を食べた感想を呟く獣男。
この反応に、夫婦は思わず吹き出して笑う。
「ん〜?」
どうして、こんな雰囲気になったのか、と頭の中で考える。
獣男は、再び、漬物を口に入れる。
○
女性は、お盆を持って台所で茶碗などを洗う。
その間、獣男と男性は机で雑談をしていた。
「お腹がいっぱいになって……眠くなってきたねぇ……」
大きなあくびをしながら、獣男は言葉を呟く。
「ところで……どうして、君のみたいな狐がこのような場所を……?」
男性は、気になっていたことを獣男に尋ねる。
すると、眠そうな目を右腕で拭って、小さく呟く。
「我は……詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。ただの、放浪する狐さぁ……」
妖天と、名乗る獣男。名前の響き的にけっこう神々しい印象を持つが、放浪するという言葉で台無しである。
余談だがこの国は、狐の人口は少なく、人々から珍しがられるのだ。
大半は、犬や猫、鼠が締めている。
「所でぇ……君たちは、まだ夫婦になって間もないのかぁ?」
次に、妖天が気になることを男性に尋ねる。
だが、先程まで明るかった表情が途端に崩れた。
まるで、出荷したての果物をワクワクしながら口にするが、全く甘くなくて、落胆するように。
これは何かあるなと、妖天は眉をピクリと動かす。
「俺たちは夫婦になって、もう12年くらい経っている……」
男性は、微かな声で呟く。
また、眉をピクリと動かす妖天。
「う〜ん……12年間、1度も契りをしていないのかぁ……?」
妖天は、辺りを見回しながらそう言う。
この家には、夫婦しか居ない。普通なら、子供が居てもおかしくない状況。
だが、この家には子供が1人も、見当たらなかった。
不意に女性がとても悲しそうな表情をして2人の前にやってきた。
その目には、わずかながら涙も流れていた。
「私たちには……元気な子供が4人居ました。だけど……それは、4日前の話し……」
辛そうに言葉を言う女性は、その場で泣き崩れる。
ふさふさの耳と尻尾をピクピクさせながら、声を出して泣く。
男性は、妖天を見つめて一言言う。
「俺の子供は……4人共、何者かに殺された。それどころか、ここら辺一帯に住んでいる夫婦の子供たちも、大量に殺された……その数は、100人くらい……場所は、空き地……」
この言葉を聞いた妖天は、ふと、その場から立ちあがる。
「我は、用事を思い出した……」
そう言って、家から出ていく。
男性は、泣き崩れる自分の妻の近くへ移動する。
○
広大な空き地。
整えられた地面は、とても運動をするには良い環境。
————ある部分を除いてだが。
なぜか、空き地の真ん中辺りには、外枠が青い円がでかでかと描かれていた。
外枠の正体は、大量の青い紙で、風で吹き飛ばされないように1つ1つ手頃な石が置かれていた。
円の中心部には大量のロウソクがあった。その数は、ざっと100本くらい。
さらに、円の外側付近は、不自然に濃い土が目に映る。
「………………」
そんな空き地に、妖天が居た。
不自然に色の濃い土の上で膝まつき、その土を手で削り取る。
手のひらに土を乗っけて、なぜかその臭いをかぐ。
不思議なことに、土からは、あの独特な土臭さは全くなく、鉄みたいな臭いがあった。
眉間にしわを寄せて、手のひらの土をそこら辺に投げ捨てる。
次に、妖天は円の中心部にある大量のロウソクを1本手に取る。
いたって普通のロウソク。そこら辺で売られていてもおかしくない物だった。
あえて、不自然な所を言うとしたら、1本1本のロウソクの長さが、バラバラであったこと。
折ったような形跡はなかったので、溶けて縮んだのだろうと、すぐに考えはついた。
「はぁ〜……」
妖天は、なぜか深い溜息をしながら、その場に座る。
時々吹く強い風が、神々しい2本の尻尾を揺らす。毛並みも艶やかで、毛1本1本動いているのが肉眼でも確認できた。
すると、ふと背後に人の気配がする。
首だけ後ろに振り向かせてみると、先程、食事を御馳走になった家の夫婦が立っていた。
だが、妖天は夫婦の姿を見てもずっとその場に座っていた。
「あの……こんな所でどうしたのですか?」
女性は、妖天にそう尋ねる。
だが、右手でこめかみを押さえながら、無言を貫く。
「何を……考えていたのですか?もしかして……この、奇怪な空き地の謎について……」
「まぁ……謎は解明したぁ……」
妖天は、辺りのロウソクを見ながら呟く。
「子供を殺した犯人が分かったのか!?」
男性は、叫ぶように言う。
その言葉からは、かたきを討ちたいという思いがひしひしと伝わってきた。
妖天は、ふとその場で立ち上がる。
あの眠そうで、やる気のなさそうな表情が、今だけは、とても凛々しかった。
「まさかとは思うけど……かたき討ちでもしたいのかぁ?」
顔は凛々しかったけど、やはり口調はいつも通りだった。
妖天の言葉に、男性は大きく頷いたという。
「やめておけぇ……面倒事が増えることだし、万が一、何かあったらどうするんだぁ?我は、自業自得で死んでいった者の、かたき打ちなど無駄だと思うがなぁ……」
だるそうに呟く妖天。
すると、女性はとても恐ろしい眼光をして睨む。
「あなたがそう思っていても……私たちは……愛する子供を殺した犯人に、償ってもらいたいと強く思っています……どうか、お願いいたします……」
声を低くして、切実にお願いをする女性。
男性も、頭を下げていた。
夫婦の強い思い、さすがの妖天もこれには白旗をあげる。
「むぅ……仕方ないなぁ〜……まぁ、頂いたご飯のお返しと思えば妥当かねぇ……」
この言葉に、夫婦は尻尾を大きく振って、喜びをあらわにしていた。
「だが、少々準備が必要だなぁ……」
妖天は、こめかみを触りながら呟く。
しかし、今の夫婦にはそんなことは関係ない。威勢よく、
「どういう準備が必要だ!?」
と、男性が言う。
「ん〜……とりあえず、ロウソク100本を用意して、100人くらいここへ連れてきて欲しいなぁ……もちろん、真夜中に」
妖天がそう言った瞬間、夫婦の姿はなかった。
獣らしい、行動力に唖然としながら、また、その場に座る。
そして、なぜか大きな溜息をする妖天だった。
○
外は、闇のように暗かったが、空は快晴の星空でやや、恐ろしさに欠けていた。
だが、この空き地だけは違った——————
100人くらいの大人たちが、集まっていた。
1人1人の手には1本のロウソクが握られている。
「本当に……集まるなんてねぇ……」
妖天は、意外そうな表情をしながら、大人たちを見て呟く。
「まぁ……来てくれたからにはぁ……ちゃんと、しないとなぁ……」
右手で頭をかきながら、小さく呟く。
そして、狐っぽい雰囲気を漂わせるために、拱手をして大人たちへ言う。
「では……そのロウソクを青い外枠で描かれた円の中心に立ててくれるかぁ?」
大人たちは、黙って自分のロウソクを円の中心部に立てる。
ずらっと、100本のロウソクが立てられている光景は正に異様。
妖天は、ロウソクが置かれたのを確認すると、指を鳴らす。
すると、100本のロウソクは一斉に火を灯した。
大人たちは、目を見開いて妖天を見つめる。
「さぁて……儀式の時間だねぇ……今から1人1人、怪談話をして欲しいなぁ……終わったら、その人がロウソクの火を1本消す……んじゃ、始めてぇ〜」
妖天がそう言うと、1人の大人が怪談話を始める。
抑揚の激しい口調で、とても背筋を凍らせる大人たち。
思わず、声を出してしまう人も居たが、妖天はそんなこと気にせず、ただ黙ってロウソクを見つめていた。
怪談話が終わると、その人は円の中心部へ行き、ロウソクの火を1本消す。
途端に、1人の大人が怪談話を進める。さすが、大人となると要領が良い。
これを何度も繰り返す。
そして、最後の1人が怪談話を終えてロウソクの火を消す。
明るかった円の中心部は、途端に闇のように暗くなる。
「さぁて……」
妖天は、人が変わったように凛々しい表情をする。
すると、1人の大人が断末魔のような声で叫ぶ。
それにつられ、たくさんの大人たちは叫び、恐怖のあまりその場に腰を抜かしてしまった。
青い光。なんと、青い外枠で出来た円の中心に、とても恐ろしい青い光があった。
ゆらゆらと、陽炎のごとく揺れる光。この世のものとは思えない光。
そして、よく青い光を見てみると、和服を着た女性が立っていた。
だが、その女性はなぜか、頭に鋭い角が2本生えていた。
「現れたかぁ……青行灯(あおあんどん)……!」
妖天は、低い声で、円の中心に居る鬼のような女性に強く言う。
すると、女性は恐ろしい頬笑みをしながら、見つめていた。
「百物語……夜、皆で集まって、青い紙で囲んだ100本のロウソクに火をつける。そして、1人ずつ、怪談話をしていき、ひとつ話し終わるごとに、ロウソクの火を1本ずつ消していく遊び。丁度、100個目の怪談話が終わって、最後のロウソクが消された時に、恐ろしい事がおきると言い伝えられていた……遊び半分で、本当に恐ろしいことがおこるのかを、調べた連中が昔、居たという……もちろん、その言い伝えは真実で、こうやって、青行灯が現れた……」
妖天は、あの、のんびりした口調ではなく、とても真剣な口調で、説明をする。
「百物語……別名、鬼門を開く儀式……だから、鬼のような角を持った奴(青行灯)が現れるのさぁ……」
大人たちが全員腰を抜かしていたのに、妖天だけは勇ましく青行灯が居る場所へ向かって行く。
青い光の中に入った途端、妖天は苦虫を噛んだかのような表情をする。
「熱いねぇ……」
こめかみを触りながら、一言呟く。
どうやら、この青い光の中は炎のように熱いらしい。
犬や猫は、触れるだけで大火傷をしてしまうくらいだった。
しかし、狐である妖天はこのくらいの炎なら耐えることはできるらしい。
「君に恨みはないけど……大人たちは、君の事を恨んでいるってさぁ……だから、ちょっとお仕置きするからねぇ……」
妖天は、指を鳴らす。
すると、青い光は一気に、燃え盛るような炎をイメージさせる橙色に変化する。
この瞬間、大人たちは一気に恐怖という感情がなくなり、その場で立ち上がることができた。
「狐火を、しただけださぁ……青い光に負けないくらい、強い狐火だぁ……」
橙色の光の中から聞こえてくる妖天。
だが、光が強すぎて、その姿を見ることは出来なかった。
しかし、大人たちは全員、あることだけは分かった。
——————もう、青行灯は居ないということに。
なぜなら、円の外枠を描いていた紙の色が青から橙色に変わっていたのだから————
○
翌日。
外は、とても良い天気で、日向ぼっこするには最適な環境。
そんな中、広大な空き地には、大量の大人が居た。
ロウソクをかき集める者、橙色の紙を回収する者、100人分の簡単なお墓を作る者など、さまざまだった。
その中に、昨日、妖天を家に入れた夫婦も居た。
女性は、4人分のお墓を丁寧に作る。林の中で採ってきた綺麗な花を置いたりして、少しでも寂しくさせないように。
男性も、作業が落ち着いたのか、女性の隣に来て一緒にお墓を作る。
「結局……お礼をする前に行ってしまいましたね……」
女性は、とても残念そうに呟く。
どうやら、昨日の一件が解決した後、妖天を見た者は居なかったのだ。
まるで、この町から逃げるかのように、姿を消す。
男性も、同じ気持ちだったという。
だが、そんな気持ちを捨てて、明るくこう言う。
「まぁ、放浪しているんだから、仕方ないさ」
放浪する狐、詐狐 妖天。
頼りなさそうな表情と、口調。だが、いざという時には、とても凛々しい。
彼の姿を忘れる者は、居なかった。
そして、生まれてくる子供に、彼の名前を覚えさせることが、唯一の恩返しだと思った夫婦である。
○
「ふわぁ〜……」
林の中。
しかし、今日は風が吹いておらず、木と木が触れ合うあの音が聞こえてこなかったが、雑音は聞こえた。
凹凸の激しい道を歩くのは、神々しい2本の尻尾を持つ狐。妖天だ。
非常に、眠そうな表情をしながら、こめかみを触る。
すると、ふと足を止めて、後ろを振り向き、
「もう……遊び半分でぇ……変なことはしないでねぇ……」
と、妖天は呟く。
そして、また足を進める。
この林の先に、何があるのか妖天は知らない。
それでも、歩みを止めずに、ひたすら前へ進んでいく姿は、とても神々しかった。
「お腹すいたなぁ〜……」
妖天は、懐からある物を出す。
「我の記憶に……また新しい妖(あやかし)が、刻まれたかぁ……」
そう言って、懐に出した物を無造作に投げ捨てる。
————深緑の草むらの上に、優しく落ちていく、青い紙が。
- Re: 獣妖記伝録 ( No.2 )
- 日時: 2011/07/05 22:56
- 名前: ステッドラー ◆7L7/Uupxyg (ID: hAtlip/J)
掲示板の小説で、これは一話が長すぎる……
とりあえずお気に入り登録。
- Re: 獣妖記伝録 ( No.3 )
- 日時: 2011/07/05 22:57
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: cX9VSRxU)
初めまして私も妖怪小説を書いている玲です、
ちなみに主人公の名前はジュンですっ!
コーダさまの妖天くん、メチャメチャ格好良いっ!
うちのジュンなんか、可愛げも何もありません。
是非よろしければ、私の小説にもお遊びに来てください。
いつでも、お待ちしております。
- Re: 獣妖記伝録 ( No.4 )
- 日時: 2011/07/06 19:49
- 名前: コーダ (ID: FMKR4.uV)
あれ?なんか、いきなりこんなにコメントが……
ステッドラーさん>
この小説にもコメントくださり、ありがとうございます!1話が長いのは……これから分かると思います。
なんと……お気に入り登録していただけるなんて……ありがとうございます!
玲さん>
初めまして!私の小説に、コメントくださり、ありがとうございます!
妖天がかっこいい……まさか、そのような言葉がくるとは思いませんでした!
そちらの小説を読ませていただきました。非常に、面白いお話と1話完結形式に胸がドキドキしています。
では、これからも妖天の活躍をご期待ください。
- Re: 獣妖記伝録 ( No.5 )
- 日時: 2011/08/02 20:49
- 名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)
暗い海。波は穏やかで、荒れた様子は全くない。
夜なのか、海の水温は昼間より温かい。手を入れてみると、お風呂を沸かせてから、20分くらい経った時のぬるさであった。
水平線に浮かぶ星空は、とても綺麗に輝いており、見る者を感動させるくらいである。
そんな海に、1隻の船が漂っていた。
12人くらい乗れる、屋根のない手漕き型の、昔懐かしい船。
せっせと、船乗員は船を漕いで、海の奥へ向かう。
そして、広大な海のど真ん中で船が止まる。
船乗員は、漕ぐのをやめて、船の中に置いてあった、大きな網みたいな物を海の中に投げる。
見たところ男性しかおらず、褌(ふんどし)一丁と、とてもたくましい格好をしていた。
なぜか、船乗員全員の頭の上には、ふさふさしたなんらかの動物みたいな2つの耳と、多種多様な尻尾がついていた。
全ての網を海に投げ入れた、船乗員たちは、そこから黙って船の上に座っていた。
この船は漁船である。
30分くらい経った頃に、船乗員たちは海に投げ入れた網を、思いっきり引っ張り上げる。
すると、その網には多種多様な魚が引っかかっていた。
全ての網を引き上げて、船乗員たちは、目当ての魚と不要な魚を仕分けする。
思ったよりも大量で、船に乗っていた獣男たちはとても、嬉しそうな表情をしていた。
不要な魚を、海に投げ捨てる作業が終わる。
海はまだ暗かった。いつもなら、朝日が昇るか、昇らないかくらい時間がかかるのに、今日だけは、とても早く仕事が終わった。
船乗員たちは、沖へ戻るために、船を180度旋回させる。
そして、力強く船を漕ぐ。仕事が終わった解放感に、身を任せながらひたすら漕ぐ。
——————しかし、突然海は、荒れ始めて、船を大きく揺らした。
いや、荒れたというより、何かが海上から出てきて、その時に起こる波が、襲ってきたと言った方が分かりは良いだろう。
船乗員たちは、漕ぐのをやめて、ふと左方向を見る。
そこには、恐ろしい光景があった。
海の中から、蛇のように長いからだが天をめがけて出てくる。
さらに、長さだけでなく、太さもかなりある。
そして、蛇のように長いからだは、船をまたぐように、海の中へ再び入っていく。
船乗員の頭上には、長くて、太い体が大きな影を作りながら通る。
とりあえず、おとなしくしていれば、危害がないと判断した男たちは、恐ろしい体が通り過ぎるのを待つ。
だが、長くて、太い体が途絶えることはなかった——————
とんでもなく、長い体なのか、ただ、同じルートをぐるぐる回って悪戯をしているのか、どちらもありえることである。
すると、船の上に、何かが落ちてくる。
長いからだが通った時に、体にこびりついた海の水が落ちたのだろうと、船乗員たちはすぐに考えがついた。
しかし、落ちていく水の量はどんどん、増していく。
さすがに、これ以上船の上に、水を溜めこんでしまうと、転覆する恐れがあると判断した船乗員たちは、水を海に捨てるために、タライみたいな物を持ってくる。
そして、水をすくいあげようとした瞬間、違和感があった。
——————水は、ヌルヌルしていたのだ。
すくいあげた瞬間、水とは思えない重さ。
とても力強く持ち上げたのに、あまりの拍子のなさに、船乗員は、その場に仰向けへ豪快に倒れる。
他の船乗員たちは、倒れた獣男を心配して近寄る。
すると、倒れた船乗員が持っていたタライの中から、こぼれたヌルヌルした水が足に浸かる。
「なんだこれ!?」
1人が叫ぶと、他の船乗員も叫ぶ。
そして、その漁船の船長らしき人が、とても恐ろしい表情をしていた。
「なんで……油が……降ってくるんだよ!?」
船長の手のひらには、ヌルヌルした油が乗っていた。
その瞬間、船は右向きに傾く。
なんと、蛇のような生き物が落とした油は、船を傾かせる程、溜まっていた。
——————だが、気付いた時にはもう遅かった。
船は、船乗員もろとも、そのまま真っ逆さまにひっくり返って転覆する。
それでも、蛇のような体からは、ずっと、油を落としていた——————
〜船上の油狐〜
外は、静かに雨を落としていた。
小粒すぎて、雨と言うより霧雨と言った方が良いかもしれない。
あの、雨が降っているときの独特な臭いが鼻を刺激する。
そして、それになぜか、潮の香りが付加価値としてついてくる。
どうやら、ここは海岸沿いの道である。
無風だったため、海は静かな波を、音を立てずに、押したり、引いたりを繰り返していた。
道には馬車が通ったのか、浅い轍(わだち)が残っていた。
そこに溜まる雨水。そんなところを、歩く者は子供だけである。
だから、自然と道の真ん中か、端を歩くハメになった。
「ふわぁ〜……」
霧雨が降るこの場所で、なぜか聞こえるはずのない、雑音があった。
この静かな雰囲気を、台無しにしたのは、赤い和傘をさしながら、道を歩いていた人物だった。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛は、少々水気があった。
前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。しかし、和傘に入りきらないのか、一部は霧雨によって濡れていた。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた。
「釣りをするにはぁ……だめな天候だなぁ……」
眉間にしわを寄せて、耳をピクピクさせながら、海を見て呟く。
その表情は、とても残念そうな雰囲気を漂わせている。
すると、獣男はなぜか、道からそれて、海岸へ向かう。
霧雨によって濡れた砂浜は、とても固まっていて、草履でも問題なく歩けた。
和傘をくるっと、1回転させ、水気を飛ばす。
そして、その場に膝まつき、固い砂を指で削り、手のひらくらいの塊の砂を握る。
手には、砂がたくさんついていた。獣男は、その手を鼻に近づかせる。
霧雨の臭いと、潮の臭いが混ざったような不思議な臭い。
獣男は、口元を少し上げて呼吸をする。
砂で汚れた手を和傘の外へ出す。霧雨が、手のひらに当たり、砂を洗い流す。
「ん〜……」
瞳を閉じながら、まるで、癒されたような口調で一言呟く。
——————ふと、誰かが居るような気配を感じる。
獣男は、目を見開き、辺りを見回す。
すると、砂浜にしゃがみこんでいる人が居たのだ。
女性用の和服を着て、頭にはふさふさした2つの耳があり、髪の毛は灰色で、ショートカットのさっぱりとした髪。
落ち込んでいるのか、尻尾は少し、垂れていた。
女性と呼ぶには、いささか若く。少女と言った方が良かった。
霧雨が降っているというのに、和傘をさしていなかった。
獣男は、心配と好奇心の両方の気持ちを持ちながら、少女の方へ足を進める。
一応、怪しまれないように、気配を消して距離を縮ませる。
そして、少女の背後に来た獣男は、黙って自分の和傘を前に出す。
少女が居る場所は、突然、霧雨がなくなる。その変化に気付いた少女は、ゆっくりと首だけで後ろを見る。
涙目の瞳の中に、鋭い眼光が混ざった不思議な感じ。
その目つきは、何かを訴えたいという思いがひしひしと伝わってきた。
「君ぃ……どうしたぁ……?」
眠そうな表情で、少女に尋ねる獣男。
霧雨で濡れた、男の髪の毛は非常に美しく、神々しかった。
少女は、その姿に魅了されて、思わず目をトロンとさせる。
獣男が大きなあくびをすると、その瞬間、少女は、はっとしたような表情をさせて、首を元の状態に戻す。
一瞬でも、自分の心に隙が生まれたことが恥ずかしかったのか、少女の耳は、どんどん赤くなっていった。
だが、獣男はずっと海を見ていたので、見られるということはなかった。
それから、10分くらい経った頃に、また少女が首だけで後ろを見る。
獣男は、非常に濡れていた。
10分も、黙って自分に和傘を差し出していた行動に、ふと笑う。
「ん〜……?」
少女の突然の頬笑みに、獣男は頭の中に疑問符を思い浮かべる。
すると、少女はその場から立ちあがり、和傘を男の手から取る。
「ありがとう。おかげで、ちょっと楽になったよ。」
どこか、犬っぽく、可愛い頬笑みでお礼を言う少女。
獣男は、その言葉の意味がわからなかったが、とりあえず、深々と頭をさげた。
「この近くに、私の家があるんだ。良かったら、上がっていく?」
この言葉を言い終わった瞬間、獣男のお腹から、とても大きな音が鳴る。
「お腹すいたなぁ……」
右手をお腹に置いて、摩りながら、言葉を言う。
少女は、また笑う。
○
少女に案内された場所は、とても生臭い町だった。
その理由として、大量の魚が、褌一丁の男たちに捌かれていたからだ。
どうやら、ここは漁などで、生活をしている人々が多いのだろうと、獣男は一瞬で考えがついた。
辺りを見回すと、海へ行って魚を何回も取ってきたと、思わせる漁船が、何隻もあった。
捌かれた魚は、市場で売り出されているのだろうか、たくさんの店構えと売り子さんが居る。
刺身、干物などが、大量に陳列されている光景は、とても活気があるように見える。
地面の轍が、市場に向かっているのを見ると、どこか遠くから来た人が、わざわざここで、大量に買い込んでいく人が居るのだろうと、判断できる。
「ほぉ……」
獣男は、濡れた和服で拱手をしながら、一言呟く。
少女は、獣男の濡れた袖を右手でひっぱり、左手でどこかを指す。
そこには、木でできた家があった。
おそらく、少女が住んでいる家なのだろう。
2人は、その家へ向かう。
——————獣男は、ふと後ろを振り向く。
そこには、見るも無残に破壊された船が、眼中に入った——————
○
家の中に入ると、玄関に女性が立っていた。
目元は、少女と瓜二つで、髪の毛も非常にさっぱりしている。
「おかえりなさい。所で、この人は誰?」
女性は、少女に笑顔でそう言った瞬間、獣男を見て警戒しながらそう呟く。
獣男は、そんな女性の眼光を、見ないように目をそらす。
これにより、女性はもっと警戒するように、睨む。
すると、和傘を持っていた少女は、笑顔で女性にそれを渡す。
「はい?」
当然、女性は頭に疑問符を浮かべて、少女に尋ねる。
「この人はね。私に、和傘を貸してくれた優しいお狐さんだよ」
にっこりと、少女は言う。
その瞬間、獣男のお腹が大きく鳴る。
右手でお腹をさすりながら、左手でこめかみを触って、思わずこう呟く。
「お腹すいたなぁ……」
この言葉に、女性は一気に警戒心を解き、笑う。
そして、少女と獣男は家に入れた。
○
女性、少女、獣男は家の中にあった丸机に足を入れて食事をしていた。
ふっくらしたご飯はやや固めで、醤油をベースにしたヒラメの温かい煮付けは、非常に美味しそうな雰囲気を漂わせていた。味噌汁には、シジミが大量に入っており、1つ1つの身は大きい。しかし、この町の特色として仕方ないのか、野菜類は漬物しかなかった。
しかし、獣男にそんなの関係ない。非常にお腹がすいていたのか、目の前の御馳走をがっついて食べる。
それを見た、女性と少女の箸は止まっていた。
「おかわり……良いかねぇ?」
獣男は、女性に右手で茶碗を差し出す。
しかし、もうないと言った表情をする女性。
これには、獣男は耳と尻尾を落として、ご飯が無い状態で、ヒラメを食べ進める。
「所で……あなたは狐なんだよね?」
女性は、ふと獣男に尋ねる。
すると、口にご飯粒をつけながら、一言呟く。
「我は……詐狐 妖天(さぎつね ようてん)……放浪する狐さぁ……」
妖天と名乗る獣男。非常に神々しい響きだったが、口についたご飯粒のせいで、それは台無しになっていた。
少女は、笑いながら妖天を見る。
「お狐さん。ご飯粒ついてるよ?」
この言葉を聞いた妖天は、右手で口についたご飯粒を取る。
そして、それを口に放り込み。また、ヒラメを食べ進めていった。
箸でヒラメの身をつまんだ瞬間、妖天は、はっとした表情で女性を見つめる。
「ど、どうかした?」
「いやぁ……夫さんは……まだぁ、帰ってきてないのかねぇ〜?」
妖天の何気ない疑問。
そう、この家には女性と少女が居る。しかし、その家主である夫が居なかった。
ちなみに、この2人が親子だということは、家に入った瞬間、見破っていた。
たぶん、仕事が長引いているのだろうな、と予想するが、女性と少女は箸を止めて顔を下に向けた。
眉をピクリと動かし、妖天はこめかみを触る。
「あぁ……もしかして……?」
深い溜息をして、妖天は女性にそう言う。
すると、抑揚のない言葉が家の中に響く。
「私の夫は……1週間前、海の上で死んだ。突然、海の中から現れた長い蛇のような生き物に……船を転覆させられた」
この悲しい出来事に、妖天は箸を机の上へ置く。
そして、その場で立ち上がり、黙って玄関に向かう。
「お狐さん?」
少女がそう言うと、妖天は首だけを振り向かせて、
「我は……用事を思い出した……」
と、一言呟き、この家から出て行く。
○
未だ、霧雨が降る外。
妖天は、和傘をささずに、町を徘徊していた。
眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を出しながら。
市場で商品を売っている売り子さんを横目で見て、ある所へ向かう。
そして、妖天の眼中には、ある物が映った。
——————見るも無残に破壊された船。
よく観察すると、12人くらい乗れそうな、中型の船という事が分かった。
妖天は、眉を動かしながらそれをじっと、見つめる。
だが、見つめるだけでは、何の手がかりも発見できない。
そう思った妖天は、壊れた船の木材に手を触れる。
違和感があった——————
なぜか、木材はヌルヌルしていた。
眉間にしわを寄せて、木材から手を離す。そして、ヌルヌルした手を霧雨で洗い流そうとする。
しかし、ヌルヌルはそう簡単に落ちなかった。
「むぅ……」
思わず、声を出してしまう妖天。
そして、何を思ったのか、ヌルヌルした手を顔に近づかせて、臭いを嗅ぐ。
気分が悪くなりそうな臭い、だが、決して危ない物ではないと判断はできた。
そう思わせたのは簡単で、どこかで嗅いだことのあるものだったからだ。
すると、妖天は何を思ったのか、手のひらを舐める。
「むっ?」
頭の中に疑問符を浮かべる。
どうやら、どこかで味わったことがあると判断する。
しかし、あまり口の中で味わいたくない味で、少し、気持ち悪くもなった。
妖天は何か閃いたような表情をする。
後ろに180度振り向き、拱手をしながら、黙ってその場を後にした。
○
霧雨も上がり、時間はもう、真夜中であった。
妖天は、町の一角で、褌一丁の姿が印象的な男たちの姿を見つける。
気になった妖天は、拱手をしながら男たちの所まで近づく。
神々しい狐の姿を見たのは、褌一丁の1人の男だった。
それにつられ、男たち全員は、狐が居る方向へ体を向ける。
妖天は、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を出して、急いでそちらへ向かった。
褌姿の男たちの輪に、1人だけ和服を着ていた妖天は、とても浮いていた。
「ん〜……我も、褌になった方が良いかなぁ……」
と、真剣そうに男たちへ呟く。
しかし、男たちは尻尾を大きく振りながら、それはやめてくれ。と訴える。
どうやら、狐はとても縁起が良い種族で、狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていたのだ。
褌姿の男たちは、その言い伝えを信じていたため、妖天にそんな恥ずかしい格好は、しないでほしいという思いで、断ったのだ。
「まぁ……良いかぁ……所でぇ……君たちは、一体……?」
妖天は、眠そうな表情をしながら男たちへ質問をする。
すると、男たちを束ねるリーダー的な人が出てくる。
「これから俺たちは、漁に出ようと思っている……だが、1週間前の出来事のせいで、迷っているんだ」
1週間前という言葉に、妖天の耳と眉は動く。
確か、女性も同じ言葉を言っていたなと、こめかみを触りながら心の中で呟く。
すると、妖天はあるところを見ながら言う。
「その出来事はぁ……あの、壊れた船と関係あるかなぁ?」
妖天の瞳には、見るも無残に破壊された船が映っていた。
男たちも、同じところを見つめる。すると、大抵の人たちが口を閉じて黙っていた。
この様子を見て、浅い溜息をする。
「面倒なことに……なってきたなぁ……」
どうやら、妖天の予感が的中したようで、思わずこんな言葉を呟く。
リーダーは、目を見開いてこんなことを言う。
「お前さんは……何か知っているのか!?」
獣のような眼光と威圧感。だが、そんなものに屈することなく、妖天は大きなあくびをする。
「知っているか、知らないかと言えば……知っているなぁ……」
この衝撃的な言葉に、男たちは大声を出す。
すると、この場に居た男たちは一斉に頭を下げ始めた。
妖天は、当然驚く。どうして、こんなことになったのだろうかと、頭に疑問符を浮かべながら。
「頼む!俺たちは、ここ1週間漁に出てないんだ!貯蓄していた魚の在庫がそろそろ危なくなってきた……もし、なくなれば俺たちの生活が苦しくなる……だから……海に出てくるバケモノをなんとかしてくれ……」
リーダーの切実な願い。
勇ましい褌姿の男たちは、妖天に深々と頭を下げ続ける。
だが妖天は、こめかみを触りながら、非常に困った表情をしていた。
「ん〜……我は、面倒ごとに巻き込まれるのは非常に嫌いだぁ……」
ゆったりとした口調で、男たちにそういう妖天。
この言葉を呟いた途端、空気はかなり重くなる。
最後の命綱と思っていた狐から見放され、絶望に陥る男たちの姿。
すると、妖天は眉を動かして深い溜息をする。
「はぁ……まぁ、この町にはお世話になったしなぁ……よかろう。我が海の様子を見よう……早く、船を出してくれぇ」
頼りなさそうな口調で、呟く妖天。
それでも、男たちは尻尾を振りながら喜んでいた。
そして、漁船に案内される。
この時、妖天はずっと何かを考えていた——————
○
暗い海の中を、静かに進んでいく漁船。
霧雨が降った後だったので、海の水は非常に冷たかった。
褌姿の男たちは、懸命に船を漕ぐ。その姿は非常にたくましい。
そんな漁船の先頭に、拱手をしながら立っていた妖天が居た。
黒い髪の毛と、神々しい2本の尻尾を風で揺らす。 その姿は、非常に美しく、思わず頭を下げないとだめな雰囲気を漂わせていた。
狐の耳がピクリと動く、そしてその場で体ごと振り向き、男たちに呟く。
「船を止めてくれないかねぇ?」
あの、のんびりした口調ではなく、どこか威圧感がこもった口調で妖天は言う。
もちろん、男たちの手はピタリと止まる。
いや、あまりの威圧感に、止められたと言った方が分かりは良いだろう。
——————すると、突然海は、荒れ始めて、船を大きく揺らした。
いや、荒れたというより、何かが海上から出てきて、その時に起こる波が、襲ってきたと言った方が分かりは良いだろう。
そこには、恐ろしい光景があった。
海の中から、蛇のように長いからだが天をめがけて出てくる。
さらに、長さだけでなく、太さもかなりある。
そして、蛇のように長いからだは、船をまたぐように、海の中へ再び入っていく。
船乗員の頭上には、長くて、太い体が大きな影を作りながら通る。
妖天は、その光景を見ながらこめかみを触る。
すると、顔に水がポタリと落ちてきた。
咄嗟(とっさ)に、右手でその水を拭こうとすると、不思議な感触があった。
——————水は、ヌルヌルしていたのだ。
だが、妖天は慌てる様子はなく、むしろ、予想通りと言った表情をする。
船乗員は、黙ってそれを見つめていた。
気がつくと、船の上には大量の油が溜まっていた。
早くしないと、重さで転覆してしまいそうだった。
妖天は、眠そうな表情から一気に凛々しい表情になる。
そして、威圧感たっぷりに言葉を呟く。
「やめんか……アヤカシ……」
低く、威圧感を持った声は海の上で響き渡る。
すると、蛇のように大きいからだは、ピタリと動きを止める。
ヌルヌルした水も、落ちてくることはなく、船乗員は目を見開いてその光景を見ていた。
「全く……一体、何を興奮しているだぁ?我たちは、ただの漁師……君に、危害を与える者ではない」
拱手をしながら、諭すように言葉をスラスラ言う。
あの、頼りなさそうな狐とは思えない雰囲気。男たちは、なぜか恐怖を感じていた。
「油を落として……船を沈めさせることもないだろう?我たちは、ただ生活するためにこの海へ来ているだけだ……」
狐目の妖天。
アヤカシと呼ばれた蛇のように長い体をした生き物は、ゆっくり、海の中へ入っていく。
「アヤカシ……いや、イクチよ……もう、こんなことはしないでねぇ……」
気がつくと、妖天は眠そうな表情をしていた。
そして、最後に船乗員にこう呟く。
「イクチはぁ……ただ、自分の縄張りを守りたかっただけなのさぁ……だけど、ちゃんと……我たちは危害を加えないと説得したから、もう、大丈夫さぁ……」
暗い海で起こった一瞬の出来事、男たちは、誰も喋ることなく、黙って船を漕ぐ。
妖天は、疲れたのか船の先頭でずっと立っていた。
——————右手についた、イクチの油を舐めながら。
○
3日後。
朝霧によって視界が遮られてしまう時間帯。
町で歩く者は1人も居なかった。
だが、釣りをする者は1人居た。
静かに、押し引きする海を目の前に、黙って竿を持つ。
その正体は、神々しい2本の尻尾が特徴的な、妖天である。
口には、この町の市場で買ってきたのだろうか、鮭とばが咥えられていた。
——————竿が突然、大きく反れる。
どうやら、何かが引っかかったらしい。妖天は目を見開き、ぐっと、足と手に力を入れる。
海から出てきたのは、星のような形をした生き物である。
——————ヒトデだ。
少々グロテスクな色合いに、妖天は非常に嫌そうな表情をする。
そして、勿体ないと思いながら、釣り糸ごと切って、ヒトデを海に逃がす。
これにより、釣りを楽しむことができなくなった妖天は、深い溜息をしてその場から離れる。
——————すると、目の前には犬のような少女が居た。
その姿を見た妖天は、眉を動かして少女の方へ近づく。
同時に、少女も妖天の方へ近づく。
「お狐さん?お狐さんのおかげで、海は元通りになったの?」
少女は無邪気な表情で答える。
妖天は、眉を動かして、こめかみを触りながら。
「ん〜……我は、そんなに良いことをしたかぁ……?」
大きなあくびをして、眠そうな表情で呟く。
すると、少女は頬笑みながら
「うん。だって、この町の人たちがお狐さんのおかげで、漁が再開できたって喜んでいたよ?」
この言葉に、妖天は顔を空へ向ける。
そして、小さく、
「我は……ヒラメのために……海をなんとかしただけさぁ……」
と言う。
少女は、また無邪気な表情をする。
「ヒラメ美味しいもんね」
鼻で笑う妖天。
首を正面に向けて、右手で少女の頭をなぜか撫でる。
ふさふさした2つの耳と、艶やかな髪の毛が手に触れる。
「我は……詐狐 妖天……名前だけでも、覚えてくれたら嬉しいねぇ……」
頭から手を離し、左手に持っていた竿を、少女の右手に握らせる。
そして、妖天は拱手をしながら、その場を後にした。
この場に残った少女は、少々顔を赤面させていた。
右手に持っていた竿を大切そうに持ち、ふと呟く。
——————「ありがとう。妖天」
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