複雑・ファジー小説

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獣妖過伝録(7過完結)
日時: 2012/09/08 14:53
名前: コーダ (ID: hF19FRKd)

 どうも〜!私、コーダと申します!

 初めましての方は、初めまして!知っている方は、毎度ありがとうございます!

 え〜……一応、ここに私の執筆作品がありますが、最近、新しい閃きがありましたので、それを形に表してみようと思って、突然、掛け持ちすることになりました。
 
 そして、このたびは2部になりましたのでタイトルも変えて獣妖過伝録(じゅうようかでんろく)としました。

 只今、超ゆっくり更新中……。

 コメントもどしどし待っています。

 では、長い話をばかりではつまらないと思いますので、これで終わりたいと思います。


※今更すぎますけど、この小説はけっこう、人が死にます。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。

※この小説は、かなりもふもふでケモケモしています。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。

 秋原かざや様より、素敵な宣伝をさせていただきました!下記に、宣伝文章を載せたいと思います!

————————————————————————

「お腹すいたなぁ……」
 輝くような二本の尻尾を揺らし、狐人、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)は、今日もまた、腹を空かせて放浪し続ける。

「お狐さん?」
「我は……用事を思い出した……」
 ただひとつ。
 狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていた。


 100本の蝋燭。
 大量の青い紙。
 そして、青い光に二本の角。
  ————青の光と狐火


 恵み豊かな海。
 手漕ぎ船。
 蛇のような大きな体と、重い油。
  ————船上の油狐


 それは偶然? それとも……。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
 星空の下、男女の狐が出会う。
  ————霊術狐と体術狐


 そして、逢魔が時を迎える。
「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」


 獣人達が暮らす和の世界を舞台に、妖天とアヤカシが織り成す
     不思議な放浪記が幕をあげる。
       【獣妖記伝録】
 現在、複雑・ファジースレッドにて、好評連載中!


 竿が反れる。
 妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
 すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
「むぅ……」
「釣れたかと思えば下駄か! 鶏野郎にお似合いだな!」

————————————————————————



・参照突記伝録
 「1800突破しましたね。嬉しいことです」

・読者様記伝録
 ステッドラーさん(【★】アーマード・フェアリーズ【★】を執筆している方です。)
 玲さん(妖異伝を執筆している方です。)
 王翔さん(妖怪を払えない道士を執筆している方です。)
 水瀬 うららさん(Quiet Down!!を執筆している方です。)
 誰かさん(忘れ者を届けにを執筆している方です。)
 ベクトルさん(スピリッツを執筆している方です。)
 ナナセさん(現代退魔師を執筆している方です。)
 Neonさん(ヒトクイジンシュ!を執筆している方です。)
 猫未さん(私の小説を鑑定してくれた方です。)
 アゲハさん(黒蝶〜月夜に蝶は飛ぶ〜を執筆している方です。)
 水月さん(光の堕天使を執筆している方です。)
 狒牙さん(IFを執筆している方です。)
 木塚さん(SM不良武士集団を執筆している方です。)
 瑠々さん(不思議な放浪記を読む読者様です。)

・感鑑文記伝録
 水瀬 うららさん(ご丁寧な評価と嬉しい感想をありがとうございます!)
 秋原かざやさん(非常に糧になる鑑定ありがとうございます!)
 王翔さん(キャラが個性的と言ってくださり、ありがとうございます!)
 紅蓮の流星さん(私の足りない部分を、教えていただきありがとうございます!)
 猫未さん(私が夢中になってしまうところを、的確に抑制してくれました!ありがとうございます!)
 夜兎さん(私の致命的なミスをズバリ言ってくれました。精進します!そして、ありがとうございます!)
 七星 空★さん(新たなる改善点を教えていただきました。楽しいストーリーと言っていただきありがとうございました!)
 瑚雲さん(改善する場所を新たに教えてくれました。高評価、ありがとうございました!)
 野宮詩織さん(事細かい鑑定をしてくれました!ありがとうございました!)
 狒牙さん(とてもうれしい感想をくださり、私が執筆する糧になりました!ありがとうございます!)
 及川相木さん(面白い、そしてアドバイスを貰いました!ありがとうございます!)
 peachさん(たくさんの意見と、私の課題を見つけてくれました。ありがとうございます!)

・宣伝文記伝録
 秋原かざやさん(ドキドキするような宣伝をしてくれました!本当にありがとうございます!)

・絵描様記伝録
 王翔さん(とても、可愛い絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
 >>12 >>31 >>37 >>54 >>116 >>132
 ナナセさん(リアルタイムで、叫んでしまう絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
 >>20 >>48 >>99

・作成人記伝録
 講元(王翔さん投稿!11記にて、登場!「次は、そなたたちである」)
 葉月(ナナセさん投稿!12記にて、登場!「大成功!」)
 淋蘭(玲さん投稿!13記にて、登場!「ふ〜ん。君、けっこうやるね」)
 乘亞(水瀬 うららさん投稿!14記にて、登場!「大嫌いです」)
 軒先 風鈴(Neonさん投稿!15記にて、登場!「退屈だ」)

・異作出記伝録
 ジュン(玲さんが執筆している小説、妖異伝からゲスト参加しました。本当に、ありがとうございます!)

・妖出現記伝録
 青行燈(あおあんどん)
 小豆洗い(あずきあらい)
 アヤカシ(”イクチ”とも言う)
 磯撫(いそなで)
 一本ダタラ(いっぽんダタラ)
 犬神(いぬがみ)
 茨木童子(いばらぎどうじ)
 後神(うしろがみ)
 産女(うぶめ)
 雲外鏡(うんがいきょう)
 煙々羅(えんえんら)
 大蝦蟇(おおがま)
 大天狗(おおてんぐ)
 骸骨(がいこつ)
 貝児(かいちご)
 烏天狗(からすてんぐ)
 九尾の狐(きゅうびのきつね)
 葛の葉(くずのは)
 管狐(くだぎつね)
 懸衣翁(けんえおう)
 牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)
 酒呑童子(しゅてんどうじ)
 女郎蜘蛛(じょろうぐも)
 ダイダラボッチ
 奪衣婆(だつえば)
 土蜘蛛(つちぐも)
 鵺(ぬえ)
 猫又(ねこまた)
 野鎚(のづち)
 波山(ばさん)
 雪女(ゆきおんな)
 雪ん子(ゆきんこ)
 妖刀村正(ようとうむらまさ)
 雷獣(らいじゅう)
 笑般若(わらいはんにゃ)

・獣妖記伝録
 1記:青の光と狐火    >>1
 2記:船上の油狐     >>5 
例1記:逢魔が時      >>10 
 3記:霊術狐と体術狐    >>11
 4記:蝦蟇と狐と笑般若  >>15
例2記:貝児        >>27
 5記:牛馬と犬狼     >>30
 6記:産女と雌狐     >>34
例3記:ダイダラボッチ   >>38
 7記:蜘蛛と獣たち 前  >>43
 8記:蜘蛛と獣たち 後   >>51
例4記:小豆洗い      >>52
 9記:雪の美女と白狐   >>53
10記:墓場の鳥兎     >>55
例5記:葛の葉       >>58
11記:天狗と犬狼     >>64
12記:狐狸と憑依妖    >>74
例6記:日の出       >>75 
13記:雷鳥兎犬      >>78
14記:鏡の兎と雌雄狐   >>84
例7記:煙々羅       >>87
15記:櫻月と村汰     >>93
16記:神麗 琶狐     >>96
例8記:奪衣婆と懸衣翁   >>100
17記:天狗と鳥獣 前   >>104
18記:天狗と鳥獣 中   >>105
19記:天狗と鳥獣 後   >>112
例9記:九尾の狐 狐編   >>106
20記:温泉と鼠狐     >>113
21記:犬神 琥市     >>121
例10記:九尾の狐 犬編  >>120
22記:天鳥船 楠崎    >>128
例11記:九尾の狐 鳥編  >>133
23記:鬼と鳥獣 前    >>136
24記:鬼と鳥獣 後    >>140
例最終記:九尾の狐 獣編  >>141
25記:鳥獣と真実     >>151


・獣妖過伝録
 1過:8人の鳥獣     >>159
例1現:不埒な者たち    >>164
 2過:2人の狐      >>163
例2現:禁断の境界線    >>166
 3過:修行する者     >>165
例3現:帰りと歴史     >>167
 4過:戦闘狼と冷血兎   >>168
例4現:過去の過ち     >>169
 5過:鳥の監視 前    >>170
例5現:起源、始原、発祥  >>171
 6過:鳥の監視 中    >>172
例6現:探し物       >>173
 7過:鳥の監視 後    >>174
例7現:箒に掃かれる思い  >>175


・獣妖画伝録
 >>76
 >>119

Re: 獣妖記伝録 ( No.136 )
日時: 2011/09/14 21:59
名前: コーダ (ID: Qs8Z87uI)

 快晴の青空。秋にしては少し暑い昼。
 風も吹いておらず、夏に戻ったのではないかと思わせる。
 そう、心の中で呟く1人の旅人が居た。
 登山用の鞄(かばん)をしょって、懐から布を取り出し額の汗を拭う。

「ふ〜……街道を歩くだけでも、疲れるなぁ〜」

 思わず、弱音を吐く旅人。
 猫のように細い尻尾をふりふり動かして、本当に暑そうにしていた。
 それからまた、無言で足を進める。
 ふと、目には小さな村が映る。

「お〜……丁度良いや。あそこで一休みしよう」

 旅人は安堵の表情で言葉呟く——————
 しかし、その表情はすぐに変わってしまった。

「えっ……?」

 小さな村の中に居たのは、村人ではなく体格のいい巨漢みたいな者だった。
 頭にはなぜか2本の角みたいな物を生やしており、全ての物を壊す雰囲気を露骨に漂わせる。
 旅人は目が良かったため、200mくらい離れた所からその者たちを見ていた。

「なんだ……あれは?」

 旅人は恐怖と好奇心に身を任せて、その場で立ち止まり巨漢たちの様子を見る。
 すると、1人の巨漢が1つの家を右手で殴り木端微塵にしたのだ。

「なっ……!?」

 開いた口が塞がらない旅人。
 木造で出来ているとはいえ、拳で家を壊すのは人が出来ることではない。

 つまり、あの巨漢たちは——————

「これは危ないなぁ……あんなに妖(あやかし)が居るなんて……」

 旅人は慌ててこの場を去るため、来た道を戻ろうとする。
 その瞬間、巨漢たちの中にひときわ大きな巨漢が目に映る。
 動きにくそうな和服を着て、さらに羽織も上から着用していた。
 明らかに、他の巨漢たちとは雰囲気が違った。

「うわぁ……早く逃げよ……」

 旅人は尻尾を挙動不審に動かして、街道を走る。
 その途中に、とある看板が目に入る。
 書かれている内容は、この先に村があるということを知らせていた。
 なぜか旅人は、その看板を地面から抜いてくるっと180度回して、また地面に挿す。
 そして、鞄の中から黒い炭の塊みたいなものを取り出す。
 荒々しくそれを看板の裏に当てて、何か言葉を書く。

「これでよし……」

 旅人は砕けた炭の塊をそこら辺に捨てて、また慌てて街道を走る。
 看板には大きな字でこう書かれていた。

 ——————この先超危険。


        〜鬼と鳥獣 前〜


 山の麓にある村。
 快晴の天候に、人々は外に出て色々なことをしていた。
 主婦たちがのんびり会話したり、お店の売り子が一生懸命店番をする。
 そして、長い木の板を肩に乗せて歩く男がひときわ目立つ。
 そう、この村は木工が盛んだったのだ。
 風が吹くたびに、地面に落ちている木の粉が舞う。

「はっくしょん!」

 あまりの木の粉に、1人の美人な狐の女性が大きなくしゃみをする。
 その音量はけっこう大きかったのか、狐の女性の周りに居た主婦は目を見開いて唖然としていた。
 確かに、こんなに美人な女性が大きなくしゃみをすれば誰でも驚く。

「はっくしょん!ちっ……鼻がムズムズする……」

 もう1回、大きなくしゃみをして舌打ちをする狐の女性。
 すると、その後ろから狐の男性が浅い溜息をして、

「君はぁ……本当に、狐らしくないねぇ……いや、それ以前に女性らしくない……」

 右手で頭をかきながら、狐の女性は言葉を飛ばす。

「はぁ?それがあたしの生き方だ!狐らしくない?女性らしくない?んなもん、上等だ!」

 狐の女性は、胸を張って言葉を飛ばす。
 狐の男性は思わず微笑み、

「ふむ……さすがは琶狐(わこ)。我は、そういう生き方嫌いではないなぁ〜」

 意外な言葉を呟く。
 琶狐と呼ばれた狐の女性は、少々赤面する。

 首くらいまで長い黒い髪は、とても艶やかで前髪は目にけっこうかかっている。
 頭にはふさふさした2つの耳と2本の神々しい金色の尻尾が揺れていた。
 眠そうな表情から見える黒紫色の瞳は、どこか怪しさと不思議さを持っていた。
 男性用の和服を、微妙に崩して着用していて、とても頼りなさそうな雰囲気を漂わせる。
 履いている下駄はとても汚れていて、至る所を放浪したと伺える。
 極めつけに、首にはお札かお守りか分からない物が、紐で繋がれている狐の男性。詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。

 腰まで長い金髪の髪の毛は1本1本繊細で、前髪は目にかかっていない。
 頭にはふさふさした2つの耳と、金色に輝く1本の尻尾が揺れている。
 金色の瞳は、見つめられただけで魅了されてしまうが、どこか力強い威圧感も混じっていて、それは狼に睨まれている状況を連想させる。
 女性用の和服を上に着用して、下半身には巫女がつけていそうな袴を着ている。
 時々見える肌はとても白くて、触るとすべすべしていそうな感じがする。
 履いている下駄は、傷と汚れが目立ち日頃から激しい動きをしているのが分かる。
 極めつけに、何か言葉を言うたびに見える独特な犬歯が、印象的な狐の女性——————いや、狐狼(ころう)の女性。神麗 琶狐(こうれい わこ)。

 2人は、共に放浪する仲だった。

「ったく……いきなりなんだよ……あ、あたしにそんなこと言っても何もないぞ!?妖天」

 琶狐は照れ隠しをしていたが、尻尾が挙動不審に動いていたので、気持ちがだだ漏れだった。
 当然、妖天はその尻尾をじっと見つめていた。

「ふむ……そうかぁ……君はぁ、難しいなぁ……」

 こめかみを触りながら、分かっていない振りをする狐男。
 狐は騙すことは得意なので、狼の血が流れている琶狐は、妖天が分かっていない振りを素直に信じる。

「……貴様だけかもな。あたしのことをこんなに気にしてくれる奴は」

 ふと、琶狐はどこか寂しそうに言葉を呟く。
 妖天は彼女の豹変ぶりに、拱手をして、

「よさんか……そうやって、自分自身を自虐する琶狐を我は見たくないぃ……君はぁ、罵声を飛ばす姿が1番君らしいのにねぇ……それに、我は気にしないと、前に言っただろう?」

 凛々しい表情で言葉を囁く。
 琶狐は耳をピクピク動かして、小さな声で、

「そっか……悪かった。自分らしくねぇ言葉を言って」

 先程の言葉を撤回する琶狐。
 妖天は、そんな彼女を見て、

「(我の胸が躍っている……?ふむ……まさか、無意識で琶狐の事を……)」

 どこかくすぐったい気持ちになる。
 思わず2本の尻尾を動かして、琶狐を眼中に入れないようにする。

「むっ?どうした?」

 途端に、違和感のある行動をしたので琶狐は思わず尋ねる。

「い、いやぁ……なんでもないぃ……」

 妖天は自分のこめかみを強く押して、変な気を紛らわせる。

「なんだ!?あたしに何か言いたいことがあるなら遠慮なく言え!」

 この言葉に、妖天は目を泳がせる。
 すると、なぜか彼女の胸に目が行った。

「そういえば、今日はサラシを巻いていないのかぁ?琶狐」

 そう、今日の琶狐は和服の上から胸の膨らみが目立っていたのだ。
 普段はサラシを巻いて、邪魔にならないようにしているが、それでも若干膨らみはある。

「あぁ、新しいサラシを買うために前の奴を捨てたのさ」

 腕組をする琶狐だが、胸の膨らみでとてもぎこちなかった。
 そんな彼女を見て妖天は、

「ふむ……では、しばらく別行動をしようかぁ……」

 そう一言呟き、どこかへ向かってしまった。
 琶狐は頭の中に疑問符を浮かべながら、近くの和菓子屋へ入っていく。


            ○


「くしゅん……」

 一方、この村の別の場所では1人の兎女と1人の鳥少年が歩いていた。

 腰にかかるくらい長い白い髪の毛で、前髪は若干目にかかっていた。
 右目には片メガネのモノクルをつけて、瞳はとても真っ赤だった。
 兎のように長くて白いふさふさした耳は、辺りの気配を察知するために常に動いていた。
 女性用の和服を崩すことなく着用して、とても礼儀正しい雰囲気を漂わせる。
 右手にはとても大きな弓を持っており、それは猪くらいなら即死させてしまう威圧感があった。
 それに伴い、左肩には矢を入れる箙(えびら)をつけている。
 履いていた下駄はとても汚れていて、長年色々な所へ放浪したことを伺わせる。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が紐で繋がっている兎女。箕兎 琴葉(みと ことは)。

 肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ少女に見える顔立ち。
 左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
 背中には灰色の大きな翼をつけていたが、それはもう空を飛べる生気を感じさせない。
 右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
 男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらいだ。
 空を飛んだことがないのか、履いていた下駄は非常に汚れていた。
 極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる鳥少年。天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)。

「琴葉?どうしたの?」

 楠崎は、くしゃみをした琴葉を心配してこんな言葉で尋ねる。

「いえ……木の粉が風で……」

 目に涙を溜めながら、言葉を呟く琴葉。
 楠崎は、もっている錫杖の遊環を鳴らし、

「確かにね。肉眼で木の粉が浮いているのが分かるくらいだし、くしゃみくらいして当然か……」

 モノクルを光らせて、鳥のように鋭い眼光で浮いている木の粉を目に入れる。
 しかし、それは琴葉の目には映らなかった。

「楠崎は、目が良いんですね」

 少々羨ましそうに、鳥少年へ言葉を飛ばす。
 すると、眉を動かして、

「腐ってもまだ鳥だからね、こちらは……視力には自信はあるよ」

 腐ってもまだ鳥。それは遠まわしに自分の事を自虐していた。

 空を飛べる生気を感じさせない翼——————琴葉は、少し目を地面に落とす。

「まぁ、今更どうこう言っても仕方ないけどね。こちらが選んだことだし」

 楠崎は自嘲(じちょう)した表情を浮かべ、どこかへ行ってしまった。
 残された琴葉は、鳥少年の後へついて行くことはせず、しばらく黙って立っていた。


            ○


「お〜い!金鍔(きんつば)はまだかぁ〜?」

 一方、和菓子屋で大きな声が響く。
 美人な狐狼の女性。琶狐だった。
 尻尾を大きく動かして、金鍔が来るのを待っていた。

「す、すみません!今持ってきました!」

 若い猫の店員が、金鍔と熱いお茶を持ってくる。
 琶狐は耳をピクピク動かして、喜びをあらわにしていた。

「やっと来たかぁ!これは、美味そうだ!」

 金鍔の傍に置いてある、黒文字楊枝(くろもじようじ)を使うことなく、手づかみで食べる琶狐。
 あまりにも野生的な食べ方に、お店の中に居た人たちは唖然とする。

「美味い!なんだこの味は!?いままで食べた金鍔の中で1番美味いぞ!」

 琶狐は、独特な犬歯を見せながら言葉を飛ばす。
 金鍔のあまりの美味しさに、耳と尻尾を動かしてとても幸せそうだった。

「これは、いくらでも食べられる……ん?」

 店の中を見回して、ある物を見つける琶狐。

 白くて長方形の食べ物——————外郎(ういろう)だ。

「そういえば、あいつ外郎が好きだったなぁ」

 小さくそう呟き、琶狐は考える。

「……まぁ、世話になっているしな。土産に買っていくか」

 大きく頷き、店の人に外郎を土産に注文する。
 あいつのため——————つまり、妖天のことだった。

 いつも眠そうな表情をして、酷い時はあくびを何回もする。極めつけに頼りなさそうな雰囲気も露骨に出す。
 非常に面倒なことが嫌いで、出来れば関わりたくないといつも心の中で思っている。
 何を考えているのか全く分からず、それを人前で言う事はほとんどない。正に、狐みたいな性格。
 だが、ひとたび状況が変わればその頭の良さで数々の危険を乗り切る。
 冷静な状況分析、的確な処置。凛々しい表情を浮かべながら、行う妖天はとても魅力的だ。

「(あたしの胸が躍っている……喜んで外郎を食うあいつの表情を思い浮かべるだけで……な、なんだ!?このくすぐったい気分は!?)」

 顔を赤面させて、どこか落ち着きをなくす狐狼女。

「はい。外郎です」

 不意に、店員に声をかけられ声を出して驚く琶狐。
 あまりの驚き方に、店員は唖然とする。

「す、すまん!じゃ、あたしはこれで!」

 外郎を受け取り、琶狐は慌てて和菓子屋を後にする。

「あ〜……なんだこの気持ちは!」

 眉を動かして、胸の鼓動を抑えようとする琶狐。
 傍から見れば、少々怪しい人に見える。

 ——————「あの狐は、何をしているのかな?」


           ○


「むぅ……意外と種類があるのだなぁ……」

 別の場所では、こめかみを触りながら頭を悩ます狐男。妖天が居た。
 大量の布などを売っているお店。妖天の目にはたくさんのサラシが映っていた。

「長さが、若干違うのかぁ……はて、琶狐はどれくらい長い方が良いのかぁ……」

 そう、妖天は琶狐のサラシ買おうとしていたのだ。

「……やっぱり、未だに我の胸が躍っている」

 妖天の胸の鼓動は、なぜかいつもより激しく動いている。
 サラシを受け取って嬉しそうに言葉を飛ばす琶狐。余計なお世話だと言って言葉を飛ばす琶狐。どちらもありえそうな状況だったが、狐男的にはどちらでも良かった。
 琶狐のために、なにかしてあげたい。妖天の気持ちはそれでいっぱいだった。

「……まぁ、この1番長いので良いかぁ〜」

 とりあえず、このお店で売られている1番長いサラシを買う妖天。
 そして、それを大事に持って琶狐と合流するため町の中を歩く。

「琶狐かぁ……あの時偶然出会ってから、いつの間にかかなり時が経っている……」

 初めて琶狐と会った、あの星空が綺麗な夜を思い出す妖天。
 金縛りをして、それを解き。気がつくと後をつけられ、いつの間にか一緒に放浪する仲になっている。

 狐とは思えない行動と言葉。その理由は、琶狐の体には狼の血が流れているから。
 黙っていればとても美人で、そこら辺の男からすぐに声をかけられそうな容姿。しかし、1回口を開けば罵声ばかり飛ばす。
 平気で、人のことを殴ったり蹴ったりして、無理矢理どこかへ連れて行かれる時も多々ある。
だけど、たまに自分から墓穴を掘って耳と尻尾を落としたりする。その時は、非常に女性らしくて可愛らしい。

「……我は、何を考えているんだぁ?」

 琶狐の特徴を頭の中で考える妖天。
 しかも、それを10秒も経たずに思い浮かべられる辺り、相当琶狐のことを見ている。

「(……我は、もしかすると琶狐のことが好きなのか?)」

 自分でも驚くほど、人の事を考えている。
 つまりそれは、好きという感情がなければできない。
 妖天は、ようやく自分の気持ちが見えてきた。

「(ふむ……)」

 眉を動かして、考える妖天。
 自分は琶狐の事が好き。その気持ちに偽りはなかった。
 だが、これからどうするかは考えていなかったのだ。
 このまま気持ちを伝えるか、それとも伝えないか。

 ——————不意に、妖天の頭の中に9本の尻尾を持った女性が思い浮かぶ。

「(……!?)」

 記憶に存在しない女性。なぜか、自分の脳内に出てくる。
 その姿は、おしとやかで女々しく、さらに艶めかしい雰囲気を露骨に出していた。正に、狐女を象徴とする姿だった。

「君はぁ……誰だぁ……?」

 頭を悩ませて、妖天は狐女の正体を思い出そうとする。
 しかし、思い出そうとすればするほど頭は痛くなってきて、いつの間にか激痛が走るようになった。

「うっ……君はぁ……だ、誰だぁ……お、教えてくれぇ……」

 その場でひざまつき、苦悶な表情を浮かべる妖天。
 額から汗を出して、明らかに危ない状況。

 ——————「大丈夫ですか!?」

 不意に、背後から声をかけられる。
 妖天はゆっくり首だけ後ろに振り向かせる。
 そこには、兎の女性が心配そうな表情を浮かべて見つめていた。

「き、君はぁ……?」
「今は、そんなこと気にしている場合じゃないですよ。とりあえず、少し休みましょう」

 兎の女性は、妖天に肩を貸して休める場所を探す。

 ——————狐男のお札かお守りみたいな物は、今だけ変な雰囲気を出していた。


            ○


「さて、君はあからさまに怪しかったけど……?」
「あたしが何をやったか知らねぇが、貴様から見ればあたしは怪しかったのか。それは悪かった」

 妖天が倒れている頃、琶狐は鳥少年に捕まっていた。
 モノクルを光らせて、事情聴取をする人とされる人を連想させる風景。

「まぁ、こちらはあれこれ言える立場じゃないから、これ以上しないけど……気をつけた方が良いよ?」

 偉そうに言葉を飛ばす鳥少年。
 すると、琶狐は耳を動かして、

「なんか貴様の言い方は気にくわんな。その偉そうな態度、人を嘲笑うかのような表情……何様のつもりだ!?」

 まさかの言葉に、鳥少年は口を開けて唖然とする。
 実は、いままでこんな言葉を言われたことがなかったのだ。
 鳥少年の不思議な威圧感で、なぜか言葉を返してはいけない衝動にかられるからだ。
 そんな威圧感を払いのけて、言葉を飛ばした琶狐は相当な度胸を持っている。

「君は……狐らしくないね」

 開いた口を塞いで、鳥少年は思ったことを率直に言う。
 琶狐はぎこちなく腕組みをして、

「よく言われる!」

 独特な犬歯を見せながら、大きな胸を張る。
 鳥少年は眉を動かして、頭の中で少し考える。

「(あの犬歯……とても狐とは思えないね……ということは……)」

 鋭い眼光で、琶狐を見つめる鳥少年。
 これには思わず、尻尾をビクッと動かす。

「な、なんだい?」
「いやぁ、まさか君が狐狼だなんてね……確かに、狼の血が混ざっていれば狐らしくないのは当然だね」

 鳥少年の言葉に、琶狐は黙る。
 何も言い返せなかった。安易に独特な犬歯を見せた自分が悪かったのだから。

「これは……さて、どうしようかな?」

 持っていた錫杖の遊環を鳴らして、鳥少年は嘲笑うかのような表情を浮かべて考える。

「(このまま国に報告すればこの狐狼女は即死刑……だけど、それを報告したのが天鳥船だとなると……少々面倒なことになりそうだね……それに、藍(あい)になんて言われるか分からないし……)」

 このまま報告しても良いが、その報告した者を公に発表されると、動きにくくなると判断する鳥少年。

「この件は、黙っておくよ。運が良かったね」

 やれやれと言った表情で言葉を呟く。
 すると、琶狐は目を見開き笑顔で、

「貴様、案外優しいな!」

 いきなりの発言に、鳥少年はどこかくすぐったい気持になる。
 優しいと言われて嫌な人はあまり居ない。この鳥少年もそうだった。

「あくまでこれは、こちらのことを考えた上での処置だからね?決して、君を思ってのことじゃないよ」
「それでも良いんだ!あたしは、まだこの世界を放浪したいしな」

 また独特な犬歯を見せて、言葉を飛ばす琶狐。

「君は……とても強いね。過去に何があったか聞きたいくらいだよ」

 左目の赤い瞳を輝かせて、鳥少年は小さく言葉を呟く。
 琶狐は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて黙る。

「まぁ、良いや……所で、君……名は?」
「ん?あたしは神麗 琶狐だ!」

 突然名前を聞かれて疑問を思わずに、すぐに自分の名前を言う琶狐。
 これには、本当に狼らしいなと心の中で呟く鳥少年。

「こちらは天鳥船 楠崎」
「楠崎か。良い名前だな!」

 ——————妖退治で有名な天鳥船の名を聞いても、驚かなかった琶狐。
 楠崎はとても不思議そうな表情を浮かべていた。


            ○


「だいぶ落ち着いてきましたね」

 妖天と兎の女性は近くの和菓子屋で休んでいた。
 額の汗はなくなり、呼吸も整ってきた狐男の様子を見てとりあえず、大丈夫と判断する。

「すまないねぇ……わざわざこんなことをしてくれて……」

 本当にすまなそうに、妖天は兎の女性へ言葉をかける。

 ——————その際、兎の女性の首元にあるお札かお守りみたいな物が目に映る。

「いえいえ、そんなことありません。あのまま放っておくのもなんだか、心が痛みますし」

 優しい微笑みを浮かべながら、妖天へ言葉を送る。
 この兎の女性は普段から、こういう人なのだろう。そう心の中で呟く狐男。

「ふむ……所で、君ぃ……名前はなんという?」

 拱手をしながら、妖天は兎の女性の名を尋ねる。

「私は箕兎 琴葉と言います」

 慇懃(いんぎん)に自分の名前を言う琴葉。
 この立派な態度に、思わず妖天は耳をピクリと動かす。

「我は、詐狐 妖天。放浪する狐さぁ」

 拱手をしながら、妖天も琴葉に自分の名前を言う。
 その際、首につけているお札かお守りみたいな物が揺れ動く。

「そのお札かお守りみたいな物は、どこで手に入れたのですか?」

 琴葉は、自分と同じ物を首につけている妖天へどこで手にいれたかを尋ねる。

「む?これは……我が気がついたときにはあったものだぁ」
「気がついたときですか?実は、私も気がついたときにはこれがありました」

 2人は頭を悩ませる。
 気がついたときには、もうお札かお守りみたいなものがあった。
 どこかで手に入れたという記憶は全くない。

「ん〜?最近、このお札かお守りみたいな物をつけている人に会うなぁ……前は、狼の男がつけているのを見たぞ?」
「狼の男ですか?もしかしてその人、鞘につけていませんでしたか?」
「そうそう、鞘についていたなぁ……確か、正狼 村潟(せいろう むらかた)と言ったか?」
「やはりそうですか……私も、会ったことあります」

 なんと、2人はもう1人自分と同じ物をつけている人を見たことがあった。
 これは偶然という言葉では片づけにくい出来事、妖天と琴葉はもっと頭を悩ませる。

「これはぁ……どういうことだぁ?」
「……何かあるのでしょうか?」

 しばらく、2人は黙る。
 改めて、自分の身についている謎の物について真剣に考える。
 気がついたときにはつけていて、それをはずしてはいけない衝動にかられる。

「……不気味だねぇ」
「はい」

 とりあえず、2人はこの和菓子屋を後にする。

 そして、町の中を歩いていると——————

「やっと見つけたぞ!」

 突如、大きな声が背後から聞こえる。
 2人は後ろへ振り向き、声をかけた人を見つめる。

「わ、琶狐?」
「あれ?楠崎も居ますね」

 妖天と琴葉は、少々驚きながら言葉を呟く。
 まさか、こうやって琶狐と楠崎に会うとは思っていなかったから。

「あの狐の男は君の知り合いかい?」
「あぁ、あたしと共に放浪する詐狐 妖天さ!」

 琶狐の言葉に、楠崎は眉を動かしてモノクルを光らせる。

「(詐狐 妖天……へぇ〜、これはもしかすると面白くなってきそうだね)」

 口元を上げて、胡散臭い微笑みをする楠崎。
 妖天、琶狐、琴葉、楠崎は一か所に合流して色々と話す。

「色々聞きたいことはありますが、まずは軽い自己紹介でもしましょうか?」

 まず琴葉が、お互いの自己紹介をした方が良いと催促する。
 すると琶狐は、

「あたしは神麗 琶狐だ。隣に居るのは、天鳥船 楠崎さ!」
「なっ、勝手にこちらの名前も!?」

 自分の名前と、ついでに隣に居た楠崎の名前を言う。
 鳥少年は、とてもまずそうな表情を浮かべて珍しく叫ぶ。

「なんだ?まずかったのか?」
「……いや、もう取り返しはつかないね(参ったね……さすがに、あの狐男なら勘づくかな?)」

 錫杖の遊環を鳴らし、顔を左右に振る楠崎。
 琶狐は頭の中に疑問符を浮かべるしかなかった。

「えっと、こちらは箕兎 琴葉と言います。隣に居るのは……?」

 琴葉は隣に居る妖天を見つめる。

 ——————凛々しい表情で、こめかみを触って何かを考えていた。

「(天鳥船……?確か、この世で1番妖退治に力を入れている一族だったなぁ……う〜ん?この名前は以前に聞いたことある気がするぞぉ……はて?なんでだぁ?)」

 小さな唸り声を上げて、深く考える。
 すると、楠崎もなぜか唸り声を上げる。

「(ちょっとまずい気がするね……琴葉、村潟は大丈夫でも、さすがに妖天は無理かな?)」

 琶狐と琴葉はどうして良いのか分からず、耳を動かしてそわそわしていた。

「(思い出せん……きっと何かあるに違いないがぁ……むぅ……今回の所は、諦めようかぁ……)」
「(苦し紛れに、良いわけでも考えておこうかな……?)」

 そして、2人は顔を上げる。

「我はぁ、詐狐 妖天。ただの放浪する狐さぁ〜」

 考えに考えて、まさかの普通に自分の名前を言う妖天。
 琶狐と琴葉は予想外の出来事に、妖天へ一言呟く。

「先の無駄に考えた時間はなんだ!?」
「えっと……まさか、面白い自己紹介をしようとして結局まとまらず普通にしたんですか?」

 散々な妖天。しかし、楠崎は安堵の表情を浮かべていた。

「(どうやら、助かったようだね……でも、油断はできない。相手は狐だから……)」
「(だが、我は諦めないぞぉ……天鳥船……)」

 2本の尻尾を動かして、心の中で天鳥船について思い出そうと刻む妖天。
 しばらく、琶狐がお土産として買ってきた外郎を食べながら軽い雑談を楽しむ4人。
 もちろん、妖天はその外郎を嬉しそうに食べていた。

 ——————「お〜い!そこの4人離れてくれ——!」

 突然、どこからともかく叫び声が聞こえてくる。
 4人は疑問符を浮かべて、辺りを見回す。

「あれ?もしかしてあの人ですか?」

 琴葉は、こちらに目がけて走ってくる猫男を目に入れる。
 続いて妖天と楠崎もその姿を確認して、今立っている場所から離れる。琶狐はずっと反対方向を見つめていたので3人が離れたことに気がつかなかった。

 ——————走る猫男は琶狐に思いっきりぶつかった。

 お互い離れるように倒れることはなく、猫男が琶狐を押し倒すような形で倒れた。

「痛っ……あれほど離れてくれといったのにぃ……まぁ、この柔らかい物があって助かったけどなぁ〜」

 猫男は右手で頭を押さえながら、左手で柔らかい何かを触る。
 3人は目を見開き、言葉を飛ばす。

「山杜(さんと)かぁ?」
「野良猫さん?」
「……また君?」

 山杜、野良猫——————そう、3人が見た猫男は世界を放浪することで有名な猫崎 山杜(ねこざき さんと)だった。
 放浪する理由は未だに不明で、特に山の中を散策するのが好きな猫。

「おぉ〜!誰かと思えば妖天に琴葉、楠崎かぁ〜!いやぁ〜……こんな偶然があるなんてねぇ」

 陽気に3人へ声をかける山杜——————

「おい……早くそこからどけろ!」

 突如聞こえる大きな声。
 山杜は辺りを見回して、声の行方を探る。
 ふと、顔を下げる。

「あっ……」

 そこには目で威嚇する琶狐が居た。
 狐とは思えない眼光に、山杜は硬直する。

「あ、あれ……もしかして、この柔らかい物は……」

 猫男は自分の左手を見つめる。
 無意識に、琶狐の豊満な胸を触っていたのだ。

「き、貴様——!」

 ——————その場で思いっきり立ち上がり、猫男にとても重たい蹴りをする狐狼女。
 あまりの衝撃に、山杜は3mくらい跳んで行った。

「い、痛そうですね……」
「まぁ、自業自得じゃない?」
「我はぁ、何度も蹴られているから慣れている……」

 その様子を見ていた3人は、好き勝手に一言呟いていた。
 当の琶狐は、尻尾を激しく動かして怒りをあらわにしていた。


            ○


「さて、なんでこうなったか説明してもらおうかな?」

 錫杖の遊環を鳴らして、楠崎は山杜へどうしてこうなったか質問する。
 琶狐は妖天の傍で、猫男を鋭く見つめる。

「一大事だ、一大事!ここから3kmくらい離れた村に妖が居たんだ!」

 何を言っているのかよく分からなかったが、最後の妖という言葉だけは聞き取れた。
 4人は眉を動かして、さらに問い詰める。

「村に妖かぁ……面倒なことになりそうだねぇ……」

 妖天は拱手をしながら、本当に面倒そうに言葉を呟く。

「村に妖が居る時点で一大事ですね……どうしますか?」
「当然行くよ」

 琴葉の言葉に、楠崎は即答する。
 しかし、山杜は慌てて、

「そんな軽い感じで行かない方がいい!なんせ、拳で家を木端微塵にしたんだからなぁ!」

 4人は背筋をピクリと動かす。

 拳1つで家を壊す妖——————
 この言葉が非常に引っかかったのだ。

「拳1つで家を……だと?」

 琶狐は思わず、1本取られたような口調と表情で言葉を呟く。

「いやぁ……君が対抗心を持つ理由が分からんのだがぁ……それに、拳で家を壊す君は見たくない……」

 こめかみを触りながら、妖天は琶狐に突っ込みを入れる。

「興味深いね……その妖は、どんな姿をしていたの?」

 楠崎の質問に、山杜は頭を悩まして、

「う〜ん……確かぁ、頭に角が生えていて……なんか、その妖の中に1人だけ和服と羽織を着ていた奴も居たなぁ……」

 この少ない情報だけで、楠崎はどんな妖が村に居るのか推定する。
 すると、凛々しい表情をした妖天が、

「頭に角かぁ……それに、1人だけ和服……うむ……思い当たる節があるなぁ」

 この言葉に、琶狐と琴葉は驚いて妖天を見つめる。

「へぇ〜……丁度こちらも思い当たる節を見つけたところだけど……しかも、2体ね」
「気が合うなぁ……我も、2体ほど推定できた」

 琶狐、琴葉、山杜は唖然として2人を見つめる。
 あんな少ない情報で2体も妖を推定できる知識。

 ——————只者ではなかった。

「勿体ぶっていないで、とっとと言え!」

 琶狐は尻尾を振って、2人に妖の名前を言うように催促させる。
 そして、妖天と楠崎の口が同時に開く。

「酒呑童子(しゅてんどうじ)と茨木童子(いばらぎどうじ)さぁ……」
「酒呑童子(しゅてんどうじ)と茨木童子(いばらぎどうじ)だね」

 2人の推定していた妖は見事に合致した。
 すると、妖天と楠崎はお互いを見つめて、

「君はぁ……ずいぶんと妖の知識を持っているようでぇ……」
「そっちこそ、なかなかやるね」

 言葉を飛ばす。
 意外とこの2人は気が合うようだ。

「琴葉、早くその村へ行こう」
「あっ、はい!」

 楠崎は急いで妖の居る村へ向かう。後から琴葉も慌ててついていく。

「琶狐ぉ……我らも行くぞ」
「当然だ!」

 続いて、妖天と琶狐も妖の村へ向かう。

 残された山杜もとりあえず、4人の後を追う——————

Re: 獣妖記伝録(23記完結) ( No.137 )
日時: 2011/09/14 22:03
名前: 水月 (ID: SuDcL78Z)

鳥人間ってキザな野郎ですね〜。
最高の獲物が九尾の狐だとは・・・。
やはりキザですな〜。
どんな展開になるのか楽しみです!
執筆頑張ってください!

Re: 獣妖記伝録(23記完結) ( No.138 )
日時: 2011/09/15 07:32
名前: 王翔 ◆OcuOW7W2IM (ID: YG0PGhzQ)

こんにちは、王翔です。
妖天と琶狐は両想いなんですか。
楠崎と琴葉が現れましたね^^
巨漢の妖とは……。
どうなるんでしょうか?

Re: 獣妖記伝録(23記完結) ( No.139 )
日時: 2011/09/15 19:24
名前: コーダ (ID: wDvOBbcg)

水月さん>

 楠崎はこういうキャラなので、その言葉は本当に嬉しいです!
 とても、何を考えているか分からない鳥少年。九尾の狐のことを知っているらしいが……?
 その謎は、これからのお楽しみですよ!
 応援のお言葉ありがとうございます!これからも、地道に更新していきますね!

王翔さん>

 妖天と琶狐は気がつかぬうちに、両想いになっていました。お互い、魅力なんですね。
 なんだかんだで、良いコンビですよ。あの2人は(笑)
 さて、琴葉と楠崎も現れてこれからどうなるのでしょうか!?
 巨漢の妖……5人は無事に生きて帰ってこられるのか……
 後、作者の私ですが山杜の状況が羨ましい……

Re: 獣妖記伝録 ( No.140 )
日時: 2011/09/19 15:08
名前: コーダ (ID: xe6C3PN0)

         〜鬼と鳥獣 後〜

 酒呑童子。
 とても背が高く、頭には2本の鋭い角を持つ妖。
 その正体は鬼である。とんでもない力を持ち、その拳で殴られた者は1kmくらい跳ばされると妖書籍(あやかししょせき)に書いてある。
 実際に殴られた者の命が助かったことはないので、被害者からの声がなくその情報が正しいのかは謎である。
 動きにくい和服を着て、さらにその上に羽織も着ている。鬼としてはかなり違和感がある姿。
 その理由として、酒呑童子は鬼のボスだから部下の示しとして、こんな格好をしているらしい。
 その他に、強すぎる力を抑えるためにわざと動きにくい格好をしているなど、様々な説がある。
 どちらにせよ、只者ではないことがここで伺える。

 茨木童子。
 酒呑童子と同じく、頭には2本の角を持つ鬼の妖。
 当然、力の方もあるが酒呑童子と違って頭の方もかなり回り、真正面から戦うとかなり苦戦すると妖書籍に書いてある。
 特に何かを着用している物はなく、非常に動きやすい姿。
 そして、茨木童子は酒呑童子の部下でもある。
 もちろん、上司と同じくらい只者ではないことがここで伺える。

「参ったね……こうやって向かっているのは良いけど、あの妖を倒す手段が思い浮かばない……」

 5人が急ぎ足で村へ向かっている最中、鳥少年の楠崎は少々頭を悩ませて言葉を呟く。
 それに反応した兎女の琴葉はモノクルを触りながら尋ねる。

「そこまで強いのですか?その、酒呑なんとかという妖は……」

 妖に関して知識が乏しい琴葉の質問に答えたのは、楠崎ではなく狐男の妖天だった。

「我の予想だがぁ、かなり大変な戦いになりそうだなぁ……」

 凛々しい表情で、事の重さを呟く妖天。
 すると、その後ろに居た狐狼女の琶狐が疑問符を浮かべながら、

「あの土蜘蛛より厳しいのか?」

 自分が戦ったことのある1番強い妖とどれくらい強いか尋ねる。
 妖天は、眉を動かして多く唸りながら答える。

「いやぁ……あんな妖とは比較してはならないくらい強い……」

 土蜘蛛を遥かに超えた強い妖。
 琶狐は、耳をピクピク動かす。

「へぇ〜……そいつは、面白そうだな!」
「面白そうとか、そういう気持ちで行かない方が良いけどね。そんな軽い気持ちだと……死ぬよ?」

 楠崎は横から琶狐にきつい一言を飛ばす。
 強い妖と戦える。そんな気持ちで挑んだら殺されてしまう程。

「なんで、そんな妖が村に居るんだろうなぁ〜」

 ふと、4人の背後から声が聞こえる。
 放浪する猫男。山杜。
 妖天と楠崎は頭に疑問符を浮かべながら猫男に尋ねる。

「むっ?居たのかぁ、山杜」
「あれ?居たの?」

 この言われように、山杜は尻尾を大きく動かしながら叫ぶ。

「わっちは常に妖天たちと楠崎たちと居ただろう?今回も、ちゃんと居ないとなぁ」

 山杜は土蜘蛛を退治する時と大天狗を退治する時も常に一緒に居た。
 だから、今回の酒呑童子を退治する時も一緒に居ると言いだす。
 しかし、妖天はこめかみを触りながら、

「山杜ぉ……今回は本当に洒落にならないんだぞぉ?我も、死を覚悟しているくらいさぁ……」

 妖天が死を覚悟するくらいの妖。
 これには思わず琶狐は足を止めて、大きな声で尋ねる。

「貴様!それは本当か!?」
「ここまで来て、我が嘘を言うと思うかぁ?」

 凛々しい表情を浮かべて言葉を呟く妖天は、嘘を言っているようには見えなかった。
 琶狐は少し目を見開き、尻尾を挙動不審に動かす。

「……琶狐、琴葉、野良猫。逃げるなら今のうちだよ?」

 楠崎は持っている錫杖の遊環を鳴らし、3人へ言葉をかける。
 死にたくないなら、この場から去って欲しい。そんな思いが切実につまっている。
 だが、琶狐と琴葉は耳を動かして、

「はぁ?今更逃げるなんてできねぇよ!それに、あたしは妖天が無茶をしないか見張っている必要があるしな!」
「楠崎を1人にするなんてできません。私は、常にあなたの傍で戦います。死ぬ時も一緒ですよ?」

 今更、自分の信頼する人を置いていくなんてできなかった2人は、強い眼光で妖天と楠崎へ言葉を飛ばす。
 この眼差しに、2人の溜息は見事に一致する。

「はぁ……まぁ、君らしいなぁ。琶狐」
「はぁ……本当。君は物好きだね。琴葉」

 妖天と楠崎は少々2人をおかしいと思いながら言葉を呟く。

 ——————しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。
 こんな状況でも一緒に来てくれる琶狐と琴葉。逃げろと忠告したはずなのに、逃げることを選択しない。

「うんうん。良い信頼関係だぁ〜」

 そんな4人を、山杜は腕組をしながら嬉しそうに顔を上下に動かす。

「妖天は、あたしを唯一理解してくれる狐だからな。ある意味、恩人さ!」
「むっ?勝手に恩人になっているぞぉ〜?」

 勝手に恩人にされ、妖天はこめかみを触りながらどういう反応をして良いか悩む。
 しかし、結局何も思い浮かばず小さく唸っていただけだった。

「楠崎には、藍(あい)さんというお方が居ますからね。死んだら大変ですよ」
「こ、琴葉!?なんでそれを知っているんだい!?」

 一方、琴葉の口から藍という名前が出てきて、かなり驚く楠崎。
 いつも冷静で、気難しい鳥少年とは思えない慌てぶりだった。

「えっ?よく楠崎が寝言で言っていましたよ?藍、藍……元気にしているかな?って」
「っ……」

 楠崎の顔は収穫ごろの林檎(りんご)と同じくらい赤くなっていた。

 まさか、自分が寝言でそんな恥ずかしいことを言っていたなんて、しかもそれを琴葉が聞いていたなんて——————
 そんな思いが楠崎の心をもっと慌てさせる。

「むぅ?名前からして女性のようだがぁ?」
「……巫鳥 藍(みちょう あい)。こちらの許嫁(いいなずけ)だよ」

 この言葉に、妖天は拱手をしながら驚く。

「君、許嫁が居たのかぁ……」
「いい……なずけぇ〜?」

 琶狐は頭の中に疑問符を10個くらい浮かべながら、妖天へ尋ねる。

「ふむ……許嫁を簡単に説明すると、楠崎は将来婚約することを言うんだぞぉ?」
「婚約!?貴様、結婚するのか!?」
「いや、その……まだ、正式には決まっていないよ。それに、30年くらい会ってないから藍も……考えが薄くなっていると思うし……」

 遊環を何度も鳴らしながら、言葉を呟く楠崎。
 すると、山杜が口元を上げて胡散臭い微笑みをしながら、

「いやぁ、30年も経てばきっと美人な娘になっているだろうねぇ」

 美人な娘。楠崎は思わず30年後の藍の姿を自分なりに想像してみる。

 ——————赤い顔が、もっと赤くなった。

「なぁ?ここで死ぬわけにはいかんだろぉ?琴葉と一緒に妖を退治しないとな」

 なぜか、琴葉の名前だけを出しながら言葉を飛ばす山杜。
 楠崎は、持っている錫杖を構えて鋭い眼光で、

「そうだね。藍には死なないようにきつく言われているしね」

 どこか吹っ切れた様子の楠崎。
 そんな鳥少年を妖天は温かい眼差しで見つめていた。


            ○


 5人は警戒して街道を歩く、いつ妖が来ても良いように。

「むぅ……妖の気配がどんどん強くなってきたぞぉ……」

 耳をピクピク動かしながら、妖天は言葉を呟く。
 その後に、楠崎もモノクルを光らせて、

「こちらも、その気配を感じたよ。予想通り、これは危険な感じだね」

 もう動かない翼を、風で揺らしながら言葉を呟く。

「そろそろ妖が居る村だな〜」

 山杜の言葉に、4人は身を引き締めて足を進める。
 だんだんと強くなってくる妖の気配に、琶狐と琴葉も気づき始める。
 そして、5人の目には折れた木材が山のように置かれている風景が映る。
 元が家とは思えない酷い有様。山杜はまだ家が残っていた状態の村を見ていたので、なおさら恐怖が心を襲う。

「ひ、酷いですねこれ……」

 琴葉は、生唾を飲み言葉を呟く。

「妖は……居ないみたいだね」
「だがぁ、いつ現れてもおかしくはないぞぉ?」

 辺りを見回しても、妖が居なかったので楠崎が思わずこんな言葉を呟く。
 そんな鳥少年に、妖天は拱手をしながら警告をする。
 あまりに強い妖の気配で、どこから襲ってくるか分からないからだ。

「………………」
「むっ?どうした琶狐ぉ?」

 先から黙って尻尾を動かす琶狐。
 妖天はこの豹変ぶりが気になり、思わず尋ねる。

「いや、ちょっと胸が……」

 琶狐は自分の大きな胸を、とても邪魔そうに思っていた。
 確かに、今から妖と戦うのに万全な態勢ができないのは痛手だった。

「だろうねぇ……だが、大丈夫さぁ。ほら、これを見てくれぇ」

 妖天は懐からある物を取り出す。それを見た琶狐はとても驚き、耳をピクリと動かす。

「それはサラシ!?貴様、まさか……」
「……深い意味はないぃ。ただ、買ってきただけさ」

 そう言葉を言う妖天だったが、明らかに目は泳いでいた。

 ——————琶狐の事を思って買ってきたサラシ。
 狐狼女は、独特な犬歯を見せながら、

「ったく、貴様は気がきくよなぁ。まぁ、あたしはそういうの嫌いじゃねぇけど」

 妖天が持っているサラシを乱暴に取り上げる。

「(そういうのはぁ、素直じゃないねぇ……だがぁ、身体は正直だなぁ)」

 嬉しそうに尻尾を揺らす琶狐を見ながら、右手で頭をかきながら心の中で呟く妖天。

「(まぁ……我の方が、素直になった方が良いかも知れんがなぁ……)」

 自分が素直じゃないのは自覚していた妖天。
 よく琶狐に素直だとか言っているのに、言っている本人は素直じゃない。
 狐らしいと言えば狐らしいが、誠に言語道断である。

「さて、せっかくサラシを貰って気分が上がっている所申し訳ないけど……来たみたいだよ?」

 楠崎は錫杖の遊環を鳴らし、2人へ警告する。

 5人が見つめる先——————3匹くらいの妖が居た。
 頭には2本の角を持ち、その肉体は全ての物を壊す雰囲気を露骨に漂わせていた。

「あれはぁ、茨木童子か」

 拱手をしながら、妖天は3匹の妖の名前を呟く。
 琶狐、琴葉、山杜はその恐ろしい姿に少し腰を抜かす。

「うひゃ〜……殴られたら骨折どころじゃ済まなそうだなぁ……」
「何当たり前のことを言っているんだ!?」
「1発でも攻撃を受けたら、致命傷……油断できませんね」

 それぞれ妖に言葉を飛ばす。
 すると、茨木童子の1人がこの場から急いで離脱する。

「なんだ?1匹逃げたぞ?」
「いやぁ、茨木童子は狡猾だからねぇ……きっと、酒呑童子にこのことを伝えに行ったんだろう」

 離脱した理由を聞いて、琶狐は小さく舌打ちをする。

「賢明な判断だと思うけどね。さて、どうするの?妖天」

 モノクルを光らせながら、楠崎はこれからどうするかを尋ねる。

「言うまでもないと思うがぁ……この2匹を退治するしかない」

 拱手を解き、凛々しい表情で言葉を飛ばす。
 楠崎は口元を上げて、

「やっぱりね。じゃぁ、そっちの1匹は任せたよ」
「ふむ、ではこっちの1匹は任せろぉ……」

 2人は後ろに居る琶狐と琴葉に目で合図をする。

「はい。任せてください」
「任せろ!」

 琴葉は箙から矢を出し、弓を構える。
 琶狐はとりあえず、サラシを鉢巻(はちまき)みたいに頭に巻いて戦闘態勢に入る。

 ——————残った山杜は、物陰に隠れて4人の様子を見守る。

「先手は貰いますね」

 琴葉はそう言って、矢を放つ。
 独特な風切り音が辺りに響き、それは合戦を連想させる。
 あまりの速さに、茨木童子の身体に矢が刺さる。

「ほう……今時珍しいねぇ、鏑矢(かぶらや)かぁ……」

 鏑矢を放つ琴葉を、物珍しく見る妖天。

「あたしも負けてられんな!」

 琶狐も琴葉に負けないように、素早い動きで茨木童子の懐へ向かう。
 その姿は獲物を狙う狼と同じだった。楠崎はそんな琶狐を見つめ嘲笑うかのような表情を浮かべる。

「はっ!」

 懐に入り、琶狐は思いっきり茨木童子の腹を殴る。それは、正拳突きを連想させる動きだった。
 素の力と勢いに茨木童子は、後ろに3mくらい跳ばされる。

「ちっ……邪魔だ……」

 自分の大きな胸のせいで、普段通りの力が出せないことに苛立つ琶狐。
 だが、巻いている暇は今のところない。

「(なんとかできないかねぇ……)」

 妖天も、そんな琶狐を見つめながらなんとかサラシを巻くタイミングを作ろうと考える。

「参りましたね……身体に矢が刺さっているのにびくともしません」

 琴葉は身体に矢が刺さっても、特に苦しい表情を浮かべずゆっくりこちらに向かってくる茨木童子に困っていた。

「ああいう妖には、物理的な攻撃はほぼ皆無。琴葉、一割破魔矢(いちわりはまや)の使用を許可するよ」

 楠崎は赤く染まる左目の瞳を輝かせて、言葉を飛ばす。
 そして、琴葉の左肩にかかっている箙に手を添えて、

「我らの行く手を遮る妖を退治する力。天鳥船 楠崎の名において解放せよ」

 呪文みたいな言葉を詠唱する。
 すると、箙の中に入っている矢はどこか不思議な雰囲気を漂わせるようになった。

「普通の破魔矢より、力は劣るけど……なんとか、なると思う」

 楠崎は酒呑童子戦に備え、霊力消費を出来るだけ少なくするために破魔矢に宿らせる力を弱める。

「せっかくの破魔矢ですからね。私はそれでなんとかする義務があります」

 琴葉は強くそう呟き、不思議な力が宿った矢を箙から1本取り出し、

「さぁ、覚悟してくださいね」

 茨木童子に矢を放つ。先程と同様独特な風切り音が辺りに響き渡る。

 ——————「天鳥船の力が宿った矢に、我の狐火をさらに付加しよう……」
 突如、風切り音の中に指の鳴る音が横から入る。

 琴葉が放った矢は、茨木童子の身体に刺さる——————その瞬間、矢はいきなり燃えだした。

「へぇ〜……こちらの聖なる力に火をつけるなんて……さすがだね」

 楠崎は思わず口元を上げながら、傍に居た妖天に言葉を飛ばす。
 琴葉の矢には聖なる力が宿っていた。
 そして、その矢を燃えるように細工する。

 つまり、聖なる炎が生まれる——————
 よく厄を払うために火を使うお坊さんを見かける。
 その火が聖なる力なら、なおさら効果がある。
 厄=妖。
 妖天は妖を払うために、聖なる矢に火を宿らせたのだ。

 その証拠に、茨木童子の全身は燃え盛り身体を蝕(むしば)んでいたのだから——————

「後は、あの1匹だけだね」

 楠崎は、右目の深海を連想させる瞳で琶狐が相手している茨木童子を見つめる。

「琶狐ぉ。無理はするなよぉ?」
「分かっている!だけどこいつ、意外と素早く動けねぇからかく乱すればなんとかなる!」

 茨木童子の周りを素早い動きでかく乱する琶狐。
 適度に逃げて、適度に蹴りを入れる戦法。そのたびに、金色に輝く長い髪が揺れる。

 すると、この行動に茨木童子の堪忍袋が切れたのか拳を地面に向かって振り落とす——————

「うわっ!」

 琶狐は思わず後ろ向きに、側方倒立回転をして茨木童子から離れる。

「えぇ!?」

 琴葉は開いた口が塞がらなかった。
 なんと、茨木童子を中心に直径8mくらいの地面が割れたのだから。

「予想していたよりも、かなり力があるね……こんなので殴られたら1発であの世行きの券が貰えるね」

 楠崎も、モノクルを光らせながらその恐ろしさを感じる。

「危なかったなぁ、琶狐。だが、あの攻撃を避けるとは……さすがだなぁ……」

 妖天は指を鳴らし、茨木童子の足元から狐火を出す。
 そして、追い打ちとして琴葉が破魔矢を放つ。

「……なんとかなったけど、酒呑童子と戦えるのかな?」

 眉を動かして、今の戦力で酒呑童子と戦えるのかを考える楠崎。

 だが、もうその必要がなくなった——————

「もう、なにを考えても無駄さぁ……」

 妖天は辺りを見回して、言葉を呟く。

「うわぁ——!」

 物陰に隠れていた山杜は突然大きな声を出して、4人の傍へ寄る。

「ちっ……まさか、こんなことになるなんてな……」
「絶体絶命……でしょうか?」
「琴葉の言うとおり、限りなく絶体絶命だね」

 絶体絶命の状況。そう、5人の周りには——————大量の茨木童子が居たのだ。
 囲まれていて逃げることも不可能、妖天はその中で特に目立つ妖を見つける。
 動きにくそうな和服を着て、さらに羽織を上から着用している。

「酒呑童子も居るなぁ……」

 こめかみを触りながら、酒呑童子を見つめる妖天。
 同時に、酒呑童子も妖天をじっと見つめていた。

「……でも、これは良い機会かもね」

 楠崎は遊環を鳴らし、口元を上げて言葉を呟く。

「何か策があるのかぁ?」
「こんなに大量に居る茨木童子を相手にするなんて無理。だから、それを纏めている大将を倒せば良いんじゃない?」

 確かに、鳥少年の言っていることは一理ある。
 だが、酒呑童子を退治するにも茨木童子の邪魔が入る。

「簡単に言うがぁ……」
「その他に、何か良い策はあるのかな?詐狐 妖天」

 そう言われると、何も言い返せない妖天。
 楠崎の出した案以上の案が出ないからだ。

「決まりだね。皆、今からあの酒呑童子を退治するよ……!」

 錫杖を構えて、5人は酒呑童子を鋭い眼光で見つめる。

「先制攻撃は任せろ!」
「琶狐!?」

 琶狐はそう言って酒呑童子の真上に向かって鋭角上に飛翔する。

 そして、空中でくるっと360度回転して酒呑童子の脳天に右足でかかと落としをする——————
 だが、その右足はがっしりと掴まれてしまった。

「なっ!?」

 予想もしなかった結果に、思わず言葉を漏らす琶狐。
 酒呑童子は右手を高く上げ、狐狼女を宙ぶらりんの状態にする。

「離せ!頭に血が上るだろ!?」

 掴まれていない左足で抵抗するが、酒呑童子の硬い肉体はびくともしなかった。

「琴葉!」
「はい!」

 琴葉は酒呑童子の右腕目がけて、矢を放つ。
 しかし、その矢は刺さらず情けなく弾かれる。

「なんだぁ!?あの肉体は!?」

 山杜は矢を弾いた肉体に、思わず言葉を飛ばす。

「あれはもう、肉体と言う名の岩石だね……」

 さすがの楠崎も、眉間にしわを寄せて苦悶そうな表情で呟く。

 その刹那、酒呑童子は右手で持っている琶狐を勢いよく地面に叩きつける——————
 辺りに響く、とても大きな地鳴り。
 4人の目はこれでもかというくらい見開く。

 地面に叩きつかれた琶狐——————口から血を出して、意識を失っていた。
 これに真っ先に声を出したのは、

「わ、琶狐……」

 凛々しい表情を失くして、意識を失う琶狐を見つめる妖天。
 耳と2つの尻尾は激しく動く、それは悲しみ、怒りなどの感情が露骨に出ていた。

「我が、勝手に突撃するのを止めていれば……我が、酒呑童子の右腕を傷つけるくらいの力があれば……こんなことには……」

 身体を震わせて、自分の力のなさを改めて実感する。
 確かに、いままでの戦闘を見ていると妖天自身が妖を退治したことは少ない。

 大抵は力のある者へ支援をする形、もしくは血を飲んで一時的な妖力と霊力の上昇で倒した形のみ——————

「妖天!今は前を向けぇ——!」

 背後から、山杜の叫び声が響き渡る。
 だが、その声は届かず狐男はずっと身体を震わせていた。

「妖天、野良猫の言うとおりだよ。彼女を助けるために、君の力は居るんだから……!」

 楠崎にしては珍しい言葉だった。
 しかし、それでも妖天は前を向かなかった。

「我に力があれば……あの時のようにならなかった……あの時……?あの時?」

 眉間にしわを寄せて、額に汗を流しながらその場に膝をつく妖天。

「なにやってんだぁ!?立てぇ——!」

 山杜は膝をつく妖天を激しく揺らす。
 楠崎と琴葉は、周りから襲いかかる茨木童子の動きを止めることに集中していた。

「あの時……あの時?我は一体……あの時?そうだ……我は、あの時妖に……」

 大きく唸りながら、謎の言葉を呟く妖天。

 あの時——————自分に力があればあんなことにならずに済んだ。

「この状況を……脱する力が欲しい……もう、あの時と同じようなことは……繰り返したくない……」

 大きく深呼吸をする妖天。
 そして、瞳を閉じて何かを考える。

「(今の状況は絶体絶命……だが、必ず解決策はあるはず……)」

 ——————「そうじゃ、どんな状況でも拾割はない。必ず、穴があるはずじゃ」

「(!?……この声は、九狐(きゅうこ)?)」

 ——————「汝の力は、どうすれば最大限に引き出せる?」

「(最大限だと……?)」

 ——————「汝は、自分の力で退治したいと拘る傾向が強いのじゃ。もっと、視野を広げて……見てみるのじゃ」

「(視野を広げる……)」

 ——————「汝には、心強い仲間がたくさん居るではないか。その者に、さらに力を与える……妖天。汝の強みはわらわよりも強い憑依(ひょうい)能力じゃ」

「(憑依能力……)」

 ——————「忘れるな。自分だけで世の中が動いているわけではないと……」

「(………………)」

 妖天は黙ってその場から立ち上がる。
 そして、ゆっくり瞳を開けて周りを見る。
 茨木童子の動きを懸命に止める琴葉と楠崎。
 戦えないけど、周りを支えてくれる山杜。
 未だに、意識を戻さない琶狐。

 この状況を何とかしたい——————
 狐男は、いままでにないくらい凛々しい表情をして口を開ける。

「琴葉。我の力を憑依する」
「えっ?」

 突然言葉に、琴葉は長い耳を動かして慌てる。
 すると、楠崎は口元上げて、

「琴葉!妖天の傍へ!」

 そう叫ぶ。
 何が何だか分からない琴葉は、とりあえず妖天の傍へ行く。

「その破魔矢、我の力を送れば……」

 妖天は琴葉の両肩を触り、瞳を閉じてぶつぶつと言葉を囁く。
 その瞬間、箙の中に入っていた矢からとても神々しい雰囲気を漂わせ始めた。

「これは!?」
「地面へ放て。そして、光の衝撃波で茨木童子の動きを止めてくれ」

 とても威圧感のある口調。とても、あの狐男とは思えなかった。
 琴葉は大きく頷き、1番近くに居た茨木童子に向かって鋭角上に跳ぶ。
 さらに、そこから茨木童子の頭を蹴りさらに鋭角上に跳ぶ。

 空中で弓を構え、地面に向かって神々しい矢を放つ——————
 独特な風切り音を響かせ、矢は地面に刺さる。
 その瞬間、凄まじい光の衝撃波が発生して周りに居た妖たちを襲う。

「こ、これは……」

 楠崎はモノクルを外して、今の状況にとても驚く。
 いままで見たことのない光の衝撃波。

「す、すげぇ……」

 山杜は開いた口が塞がらなかった。

「だが、まだ終わってはいない」

 光の衝撃波が消えた瞬間、妖天はこめかみを触りながら言葉を呟く。
 茨木童子は、衝撃波の聖なる力に身体を蝕まれて動きを止めていたが、肝心の酒呑童子はまだ動ける状態だった。

「楠崎、今度は君に我の力を送る。それで、退治してくれ」
「……あんなに憑依したのに、まだ霊力と妖力が残っているなんてね、さすがだよ。詐狐 妖天」
「……我には、これくらいのことしかできないからな」

 狐男は、鳥少年の肩に触れ先程と同じくぶつぶつと言葉を囁く。

「うっ……こ、この力……一体どこから?」

 あまりに強すぎる霊力と妖力に楠崎は苦悶な表情を浮かべる。

「手加減したいところだが、今はそんな状況ではない。送れるだけ送るぞ……」
「そ、それで良いよ……この力なら……無理はきく……」

 楠崎は持っている錫杖を両手で持ち、くるっと360度回転させ地面に突き刺す。
 瞳を閉じて、とても神々しい雰囲気を漂わせ詠唱する。

「我らの道を妨げる妖。酒呑童子を退治し、人々が妖に恐れることのない世界へ1歩進ませる。それを、天鳥船 楠崎と詐狐 妖天の名において解放する。天鳥船流最終妖退治術『聖矢昇天爆破五月雨打ち(せいやしょうてんばくはさみだれうち)』!」

 楠崎が長い詠唱を言い終わった後、酒呑童子を中心にとても大きな紋章が現れる。

 あまりの神々しい雰囲気に、動きを止める——————
 その瞬間、酒呑童子の身体に痛みが走る。
 どこからともかく現れた光の矢が刺さっていた。
 それは、とても不思議な力が宿っていて身体全体を蝕む。

 ——————またそれが1本刺さる。

 ——————次に、3本刺さる。

 ——————気付いた時には8本刺さる。

 ——————苦悶そうな表情を浮かべた時には20本刺さる。

 ——————倒れた時には50本刺さる。

 気がつくと、酒呑童子の身体には隙間なく光の矢が刺さっていた。
 もう、その姿を捉えることができないくらいに。

「……破邪(はじゃ)」

 遊環を鳴らし、楠崎がそう言った刹那——————光の矢は一斉に爆発する。
 琴葉と山杜はあまりの凄さに、黙ってその様子を見つめることしか出来なかった。

「紋章の中で生まれる大量の光の矢が妖を襲う……その力は、閻魔(えんま)も昇天する力だよ」

 額に汗を流しながら、楠崎は先程の術の説明をする。

「ふむ……さすがだ、天鳥船。伊達に妖退治に力を入れている一族だけある」

 妖天は拱手をしながら、楠崎にそう呟き辺りを見回す。

 ——————もう、妖の姿はなかった。

「よし!早く琶狐を町へ連れていくぞ!」

 山杜は意識を失っている琶狐の傍へ向かう。

「1人で大丈夫ですか?私も手伝います」

 続いて琴葉も、琶狐の傍へ寄る。

「よっと……そっちの肩は任せたぞぉ〜」
「は、はい……良かった、一応呼吸はしているみたいですね……」

 山杜と琴葉は自分の肩に琶狐を預けて町へ向かう。

「……ちょっとは、思い出したのかな?」

 一方、楠崎と妖天は周りに聞こえないくらい小さな声で会話をしていた。

「……そうだ」
「さすがだね。詐狐 妖天」
「だが、まだ全て思い出してはいない。なにかきっかけがあれば良いのだが……」
「どこまで思い出したかはあえて聞かないでおくよ」
「……なぜだ?」
「今聞いたら、面白くないからだよ」
「面白くない?」

 妖天の言葉に、楠崎は嘲笑うかの表情を浮かべる。

「そう、面白くない。なんだったら一気に聞きたいしね。歴史的大犯罪者から」

 胡散臭い微笑みを浮かべて、楠崎はこの場を後にする。
 妖天は耳と2つの尻尾を動かしながら言葉を呟く。

 ——————「歴史的大犯罪者か……」


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