複雑・ファジー小説
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- 獣妖過伝録(7過完結)
- 日時: 2012/09/08 14:53
- 名前: コーダ (ID: hF19FRKd)
どうも〜!私、コーダと申します!
初めましての方は、初めまして!知っている方は、毎度ありがとうございます!
え〜……一応、ここに私の執筆作品がありますが、最近、新しい閃きがありましたので、それを形に表してみようと思って、突然、掛け持ちすることになりました。
そして、このたびは2部になりましたのでタイトルも変えて獣妖過伝録(じゅうようかでんろく)としました。
只今、超ゆっくり更新中……。
コメントもどしどし待っています。
では、長い話をばかりではつまらないと思いますので、これで終わりたいと思います。
※今更すぎますけど、この小説はけっこう、人が死にます。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
※この小説は、かなりもふもふでケモケモしています。そういったものが苦手な方は、戻るを推奨します。
秋原かざや様より、素敵な宣伝をさせていただきました!下記に、宣伝文章を載せたいと思います!
————————————————————————
「お腹すいたなぁ……」
輝くような二本の尻尾を揺らし、狐人、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)は、今日もまた、腹を空かせて放浪し続ける。
「お狐さん?」
「我は……用事を思い出した……」
ただひとつ。
狐が現れた場所では、奇奇怪怪(ききかいかい)な現象がなくなると言い伝えられていた。
100本の蝋燭。
大量の青い紙。
そして、青い光に二本の角。
————青の光と狐火
恵み豊かな海。
手漕ぎ船。
蛇のような大きな体と、重い油。
————船上の油狐
それは偶然? それとも……。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
星空の下、男女の狐が出会う。
————霊術狐と体術狐
そして、逢魔が時を迎える。
「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」
獣人達が暮らす和の世界を舞台に、妖天とアヤカシが織り成す
不思議な放浪記が幕をあげる。
【獣妖記伝録】
現在、複雑・ファジースレッドにて、好評連載中!
竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
「むぅ……」
「釣れたかと思えば下駄か! 鶏野郎にお似合いだな!」
————————————————————————
・参照突記伝録
「1800突破しましたね。嬉しいことです」
・読者様記伝録
ステッドラーさん(【★】アーマード・フェアリーズ【★】を執筆している方です。)
玲さん(妖異伝を執筆している方です。)
王翔さん(妖怪を払えない道士を執筆している方です。)
水瀬 うららさん(Quiet Down!!を執筆している方です。)
誰かさん(忘れ者を届けにを執筆している方です。)
ベクトルさん(スピリッツを執筆している方です。)
ナナセさん(現代退魔師を執筆している方です。)
Neonさん(ヒトクイジンシュ!を執筆している方です。)
猫未さん(私の小説を鑑定してくれた方です。)
アゲハさん(黒蝶〜月夜に蝶は飛ぶ〜を執筆している方です。)
水月さん(光の堕天使を執筆している方です。)
狒牙さん(IFを執筆している方です。)
木塚さん(SM不良武士集団を執筆している方です。)
瑠々さん(不思議な放浪記を読む読者様です。)
・感鑑文記伝録
水瀬 うららさん(ご丁寧な評価と嬉しい感想をありがとうございます!)
秋原かざやさん(非常に糧になる鑑定ありがとうございます!)
王翔さん(キャラが個性的と言ってくださり、ありがとうございます!)
紅蓮の流星さん(私の足りない部分を、教えていただきありがとうございます!)
猫未さん(私が夢中になってしまうところを、的確に抑制してくれました!ありがとうございます!)
夜兎さん(私の致命的なミスをズバリ言ってくれました。精進します!そして、ありがとうございます!)
七星 空★さん(新たなる改善点を教えていただきました。楽しいストーリーと言っていただきありがとうございました!)
瑚雲さん(改善する場所を新たに教えてくれました。高評価、ありがとうございました!)
野宮詩織さん(事細かい鑑定をしてくれました!ありがとうございました!)
狒牙さん(とてもうれしい感想をくださり、私が執筆する糧になりました!ありがとうございます!)
及川相木さん(面白い、そしてアドバイスを貰いました!ありがとうございます!)
peachさん(たくさんの意見と、私の課題を見つけてくれました。ありがとうございます!)
・宣伝文記伝録
秋原かざやさん(ドキドキするような宣伝をしてくれました!本当にありがとうございます!)
・絵描様記伝録
王翔さん(とても、可愛い絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>12 >>31 >>37 >>54 >>116 >>132
ナナセさん(リアルタイムで、叫んでしまう絵を描いてくれました!本当にありがとうございます!)
>>20 >>48 >>99
・作成人記伝録
講元(王翔さん投稿!11記にて、登場!「次は、そなたたちである」)
葉月(ナナセさん投稿!12記にて、登場!「大成功!」)
淋蘭(玲さん投稿!13記にて、登場!「ふ〜ん。君、けっこうやるね」)
乘亞(水瀬 うららさん投稿!14記にて、登場!「大嫌いです」)
軒先 風鈴(Neonさん投稿!15記にて、登場!「退屈だ」)
・異作出記伝録
ジュン(玲さんが執筆している小説、妖異伝からゲスト参加しました。本当に、ありがとうございます!)
・妖出現記伝録
青行燈(あおあんどん)
小豆洗い(あずきあらい)
アヤカシ(”イクチ”とも言う)
磯撫(いそなで)
一本ダタラ(いっぽんダタラ)
犬神(いぬがみ)
茨木童子(いばらぎどうじ)
後神(うしろがみ)
産女(うぶめ)
雲外鏡(うんがいきょう)
煙々羅(えんえんら)
大蝦蟇(おおがま)
大天狗(おおてんぐ)
骸骨(がいこつ)
貝児(かいちご)
烏天狗(からすてんぐ)
九尾の狐(きゅうびのきつね)
葛の葉(くずのは)
管狐(くだぎつね)
懸衣翁(けんえおう)
牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)
酒呑童子(しゅてんどうじ)
女郎蜘蛛(じょろうぐも)
ダイダラボッチ
奪衣婆(だつえば)
土蜘蛛(つちぐも)
鵺(ぬえ)
猫又(ねこまた)
野鎚(のづち)
波山(ばさん)
雪女(ゆきおんな)
雪ん子(ゆきんこ)
妖刀村正(ようとうむらまさ)
雷獣(らいじゅう)
笑般若(わらいはんにゃ)
・獣妖記伝録
1記:青の光と狐火 >>1
2記:船上の油狐 >>5
例1記:逢魔が時 >>10
3記:霊術狐と体術狐 >>11
4記:蝦蟇と狐と笑般若 >>15
例2記:貝児 >>27
5記:牛馬と犬狼 >>30
6記:産女と雌狐 >>34
例3記:ダイダラボッチ >>38
7記:蜘蛛と獣たち 前 >>43
8記:蜘蛛と獣たち 後 >>51
例4記:小豆洗い >>52
9記:雪の美女と白狐 >>53
10記:墓場の鳥兎 >>55
例5記:葛の葉 >>58
11記:天狗と犬狼 >>64
12記:狐狸と憑依妖 >>74
例6記:日の出 >>75
13記:雷鳥兎犬 >>78
14記:鏡の兎と雌雄狐 >>84
例7記:煙々羅 >>87
15記:櫻月と村汰 >>93
16記:神麗 琶狐 >>96
例8記:奪衣婆と懸衣翁 >>100
17記:天狗と鳥獣 前 >>104
18記:天狗と鳥獣 中 >>105
19記:天狗と鳥獣 後 >>112
例9記:九尾の狐 狐編 >>106
20記:温泉と鼠狐 >>113
21記:犬神 琥市 >>121
例10記:九尾の狐 犬編 >>120
22記:天鳥船 楠崎 >>128
例11記:九尾の狐 鳥編 >>133
23記:鬼と鳥獣 前 >>136
24記:鬼と鳥獣 後 >>140
例最終記:九尾の狐 獣編 >>141
25記:鳥獣と真実 >>151
・獣妖過伝録
1過:8人の鳥獣 >>159
例1現:不埒な者たち >>164
2過:2人の狐 >>163
例2現:禁断の境界線 >>166
3過:修行する者 >>165
例3現:帰りと歴史 >>167
4過:戦闘狼と冷血兎 >>168
例4現:過去の過ち >>169
5過:鳥の監視 前 >>170
例5現:起源、始原、発祥 >>171
6過:鳥の監視 中 >>172
例6現:探し物 >>173
7過:鳥の監視 後 >>174
例7現:箒に掃かれる思い >>175
・獣妖画伝録
>>76
>>119
- Re: 獣妖記伝録 ( No.11 )
- 日時: 2011/09/02 07:48
- 名前: コーダ (ID: /HF7gcA2)
闇のように暗い町。
木で出来た、昔懐かしの家がこれでもかというくらい、建っていた。
それくらい大きな町、夕方ころなら、主婦たちでとても賑わっているだろう。
だが、真夜中になれば別。
賑わっている反面、少々危ない輩も、この町には少なからず居る。
——————例えば、このように女性が歩いていたとしよう。
もちろん、危ない輩たちにとっては、そんな女性は絶好の獲物。
物陰から、気配を消して襲うタイミングを、常に考えている。
そんなことを知らずに、ただ左右に映る家を、見ながら歩く女性。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さだ。頭には、ふさふさした2つの耳がある。瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
危ない輩は、その女性を見て、思わず生唾をごくりと飲む。
後姿だけなのに、とても美人な雰囲気を漂わせている。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた。
今日は、最高の獲物が居る。と、危ない輩は、物陰でいやらしい表情をして、興奮しているのか、自分の尻尾は無意識に大きく振っていた。
すると、危ない輩はなにかを決心したのか、物陰から出てくる。
気配を消して、静かに美人な女性の後ろをついて行く。
面白いことに、そのような行動をとっていたのはこの輩だけではなかったらしい。
よく周りを見ると、自分と同じように、いやらしい表情をした男が5人くらい居た。
尻尾も大きく振って、その気持ちをあらわにしていた。
だが、危ない輩たちは争う事もなく、ただ、目の前の獲物に集中する。
どうやら、美人な女性を集団で襲う事になったらしい。
危ない輩たちが集まれば、自然とそうなる。
争うくらいなら、山分けした方がよっぽど良い、という精神らしい。
何回も女性を襲っているのか、6人は忍者のように、物音と気配を消して、女性にどんどん接近する。
ふと、美人な女性は、綺麗な星空を見ていたのか止まっていた。
絶好のチャンス。すると、危ない輩の1人が走った。
おそらく、このまま押し倒すように襲えば、いけるのだろうと睨んだらしい。
他の5人は、さっと、物陰に隠れて様子を見る。
そんな状況を知らず、女性はただただ、空を見上げていた。
そして、危ない輩は獲物に襲う狼のごとく、女性を襲う——————
「ぐっ……」
危ない輩は、なぜか自分の腹に強い衝撃が走った。
そして、虚ろな瞳で何が起こったのかを見る。
——————懐には、美人な女性が居た。
どうやら、美人な女性は危ない輩の気配に気づいて、そのまま1発、腹を殴ったのだ。
だが、おかしなことに、その威力は町に居る女性には出せない物だった。
——————まるで、鍛えられたような強さ。
危ない輩は、心の中でとても後悔しながらその場で、気を失った。
物陰に隠れていた他の輩は、その光景をみて背筋をぞっとさせる。
そして、一目散に逃げて行ったという。美人な女性にバレないように。
気を失った危ない輩を見ながら、美人な女性は口元を上げる。
「あたしを襲うだなんて、500年早いんだよ。このハゲ。」
見た目に似合わない、非常に乱暴な口調。
どうやら、獣人は見かけで、判断してはいけないようである。
女性は、倒れている危ない輩をそのままにして、また道を歩き進める。
〜霊術狐と体術狐〜
人々が、縦横無尽に歩き回る大きな町。
飛脚、武士、商人、主婦など、本当にさまざまな人が居る。
商工業も活発で、最近では、株という得体のしれない物も普及する。
だが、そんな人々が居る中、とても浮いている男性が居た。
長い桟橋。ここでも、たくさんの人が早足で行ったり来たりしている。
その中央で、のんびり釣竿を持って、座っていた男性。
「釣れないねぇ……」
ふと、呟くが、人々の足の音で、それがかき消される。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛は、とても艶やかであった。前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。だが、人々がそれを見ている者は居ない。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた。
すると、獣男の耳がピクリと動いた。
どうやら、桟橋の上でなにやら、気になる会話が聞こえたらしい。
一応、耳の方は非常に良いとのこと。
獣男は、釣竿が反れているのに、目を閉じてその会話を聞いていた。
「(だから!俺たちは見たんだって!)」
「(いきなり見たと言われてもなぁ……その人は、どんな姿をしていた?)」
「(とにかく、美人な狐の姉ちゃんだ!)」
最後の言葉に、獣男の眉は動く。
ふと、その場に立ち、釣りをやめる。
——————まるで、この場から逃げるかのように。
○
とある店。
ここでは、たくさんのお客さんが割り箸を持って、勢いよく何かを啜(すす)る音が、響き渡っていた。
白く、太く、長い物。そう、うどんだった。
そんな店に、先程、桟橋で釣りをしていた獣男が居た。
目の前に置かれた、美味しそうな油揚げが乗ったうどんを見て、とても嬉しそうな表情をする。
それは体にも出ており、耳と尻尾が大きく動いていた。
右手に割り箸を持って、うどんを勢いよく啜る。
非常にコシがあって、抜群の歯ごたえ。
次に、油揚げを一口食べる。
大量に含んだ汁の味と一緒に、あの、油揚げ独特の甘さが口の中で広がる。
最後に汁を飲む。
さっぱりとした味わいで、出汁がとても効いていた。
気がつくと、獣男が頼んだうどんは綺麗さっぱりなくなっていた。
「我は……満足だぁ……」
右手でお腹を摩りながら、幸せそうな表情をする獣男。
うどん1杯で、ここまで満足した表情が出来るのは、この獣男が、ごくごく普通の食生活をしているのだろうと、伺わせる。
椅子から立ち上がり、獣男はカウンターでお金を勘定(かんじょう)する店員へ、うどん代金を渡す。
すると店員は、はっとした表情で獣男を見つめる。
獣男も、眉を動かして、どこか嫌そうな表情をする。
「あの、もしかして……昨日の事件のことについて、知っていますか?」
店員の質問に、獣男はこめかみを触りながら呟く。
「いやぁ……我は、そんなこと知らないぞぉ……」
この場から、早く抜けだしたいという雰囲気を、わざと漂わせる。
だが、それを無視して、店員はどんどん話を進める。
「そうですか……いやですね……昨日、道端に男が倒れていたんですよ。見た感じ、悪さをしている男でした。どうやら、夜中に女性でも襲おうとしたんでしょうね。だけど、返り討ちにあった……」
話を聞くだけだと、ごくごく普通な出来事。
事件になる要素が1つもない。
しかし、こうやって事件にはなっている。
これは何かあるなと、獣男は心の中で思ったが、面倒事に巻き込まれそうな感じもした。
「それがどうしたぁ……?ありふれたことじゃないかぁ……」
だるそうに呟く獣男、すると、店員は口元を上げてさらに、
「いえいえ、まだ話には続きがあります。実はですね……倒れた悪そうな男を調べたら、とても女性に襲われたとは思えない、怪我をしていたのです」
と、店員はなぜか抑揚のある声で呟く。
獣男は、眉と耳をピクリと動かす。
どうやら、獣男に興味をわかせようとしたのだろう。
女性に返り討ちにあったとは思えない怪我。
これには、2つの考えが思いつく。
1つは、ただ単に女性が普段から鍛えていて、元から強かったという考え。
2つ目は、その女性が、妖(あやかし)という考え。
できれば、後者の考えが当たって欲しくないと、思う。
だが、後者の考えが当たっていたら、大変なことになる。
これを、一瞬のうちで考え出す獣男は、非常に頭が良いという事を伺わせる。
「ふぅむ……誠に、興味深い……だがぁ、我は面倒事に巻き込まれるのは非常に嫌いだぁ……とりあえず、妖退治を出来る者を近々、雇った方が良いと思うぞぉ?」
拱手をしながら、のんびり呟く。
すると、店員はニヤリと笑う。
「私は……あなたが、1番そういうのに慣れていると……思いますけどねぇ……」
突然、雰囲気を変えて言葉を言う店員。
この豹変ぶりに、獣男は少しびっくりする。
ふと、店員の尻尾がカウンター越しから見えた。
自分と同じような、神々しい黄色い1本の尻尾。
毛並みも艶やかで、毛1本1本が肉眼で見えるくらいだった。
どうやら、店員も狐だったのだ。
思わず、獣男は右手でこめかみに触れる。
「うぅむ……君も狐だったとはねぇ……我は、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。放浪する狐さぁ……」
妖天は、突然、自分を名乗る。
すると、今度は狐目になって店員が、こう呟く。
「詐狐……?はて、どこかで聞いたことあるような……」
「それは、気のせいだぁ……それに、今は……謎の女性の話しではないのかぁ……?」
妖天は、眉間にしわを寄せて、話の話題を女性に戻そうとする。
しかし、ここで思わぬ地雷を踏んでしまった。
「おや?女性の話しに、興味がおありなのですね」
「むっ……君……謀ったねぇ……」
妖天は、やれやれと言った表情をして白旗を上げる。
店員は、勝ち誇った表情をする。
「ふふっ……自分の正体を喋られるくらいなら、女性について調べた方が、よっぽど良かったのですね。詐狐……妖天」
「よさんか……」
妖天は、凛々しい表情をして、店員に言葉を強く言う。
頼りなさそうな雰囲気と、眠そうな表情はもうなかった。
「まぁ……良いですよ。今回は、女性に免じて喋るのはよしましょう」
「これだからぁ……同族はいやなんだぁ……」
胡散臭い頬笑みをしながら、店員は妖天に言う。
それに、深い溜息をして返答する。
「さて、どうやら女性は、この町にまだ滞在しているようですよ。しばらく、出ていかないとか、なんとやら……」
店員の情報を聞く妖天。
これで、拒否をするということは完全にできなくなった。
やはり、狐は本当に狡猾である。
「女性が主に現れる場所は、ここから1kmくらい離れた所。そうだなぁ……たくさん、木でできた家が目印だったかなぁ……」
店員は、お金を勘定しながら妖天へ呟く。
すると、ふと、こんなことを言われる。
「そんなに……情報を知っていて……君は、なにもしないんだねぇ……まぁ、その気持ちはよく分かる……我も、面倒事には巻き込まれたくない性格だからねぇ……」
拱手をしながら、頼りない雰囲気を出して呟く。
店員は笑いながら、言葉を返す。
「いえいえ、面倒事が嫌いとかではなくて、ただ単に実力がないだけですよ……あなたと違って……」
「だから、よさんか……!」
妖天の鋭い眼光に、店員は石のように固まる。
あの眠そうな表情から、一気に豹変する瞬間が、非常に恐ろしかったのだ。
わずかながら、殺気も感じる。
これ以上、無駄口を叩いたら殺されると悟った店員は、すまなそうに頭を下げる。
すると、妖天は黙って店から出て行った。
○
人々が忙しく走り回る町の中で、妖天は拱手をしながら、ゆったりと歩いていた。
その表情はどこか険しく、いつもの頼りなさそうな雰囲気は、一切漂わせていなかった。
とても、近寄りがたい雰囲気。気がつくと、町を走っている人々は自分を避けるかのように離れていた。
あの時の店員の話。とても、嫌な思いをした。
妖天は、近くにあった団子屋へ入り、店員に餡子のついた串団子を3本頼む。
案の定、店員の種族は、猫だったのでほっと一息する。
——————狐だったら、殺しそうになったから。
外へ出て、赤いシートがかけられた長椅子に、拱手をしながら座る。
地面に刺さる和傘の影に入り、こめかみを触りながら深く、何かを考える。
——————「ただ単に実力がないだけですよ……あなたと違って……」
脳内に流れる、狐店員の言葉。
皮肉を言うような口調と、とても妬ましいという思いが伝わる言葉。
実は、狐というのはそんなに力を、持つことができない種族なのである。
だから、先の店員のように、狡猾に生きて生計を立てて行かなければならない。
——————つまり、妖天は特殊な狐なのだ。
幾度(いくたび)も、妖を退治したり、説得できる力。
本人は、非常にそれが嫌だった。
自分は、普通に生きたいと願ったのに、力を持ってしまった。
——————ある、出来事のせいで。
妖天の傍には、気がつかないうちに、餡子のついた串団子とお茶が置いてあった。
けっこう時間が経っていたのか、お茶からは湯気が出ていない。
一旦、脳内をまっさらにして、ぬるいお茶を飲みながら串団子を食べる。
だが、喉の通りは悪かった。
せっかくの食後の口直しが、台無しになっていると感じた妖天は、浅い溜息をする。
あっという間に、串団子を全て食べる。
しかし、団子の味は覚えていない。無意識に食べていたからだ。
妖天は、店に入り、団子の代金を猫店員に無言で渡しては、その場をすぐに後にする。
○
町は、のんべぇたちで盛り上がる夜になった。
今度は、町の外ではなくて内の方が盛り上がっていた。
濁った酒を飲む一般庶民と、透き通った酒を飲む商人が居る居酒屋。
これで、貧富の差があるということに、一瞬で判断できる。もちろん、透き通った酒の方が高い。
その中に、妖天が1人で酒を飲んでいた。
机の上には3提(ちょう)の徳利(とっくり)が無造作に置かれており、小さな盃(さかずき)を右手に持っていた。
白く濁る酒。それを口に入れて飲む。
昼間よりは、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。どうやら、少し落ち着いたのだろう。
妖天は、鼠の店員に徳利を、さらに2提追加してくれと頼む。
かなり、酒を飲んでいるように見えるが、妖天にとっては、まだ足りないらしい。
この狐。かなりの酒豪であることが分かる。
鼠の店員は、にこやかに頬笑みながら妖天に徳利を追加する。
首を下げて礼をする妖天。そして、徳利の中から出てくる白く濁った酒を盃に入れる。
ぐいっと、飲みほし、また徳利から酒を入れる。これを4回ほど繰り返す。
盃を机の上に置き、こめかみに触れて何かを考える。
だが、10秒くらい経った頃には、考えるのをやめて、また盃に酒を入れて飲む。
「君たちもぉ……こうやって、酒を飲んでいるのかねぇ……」
ふと、小さく言葉を呟く妖天。
“君たち”。突然出てきた謎の言葉。
すると、なぜか妖天は頭の中に疑問符を思い浮かべる。
「はて……君たち……?我に、そんな飲み仲間居たかぁ……?」
眉間にしわを寄せて、自分が言った言葉に違和感を覚える。
なぜ、こんな言葉が出てきたのか、理解できなかったのだ。
妖天は、ずっとあちこちを放浪している。飲み仲間を作るなど決してない。
だから、この言葉は非常におかしかったのだ。
「………………」
盃を机に置いて、妖天は徳利のまま豪快に酒を飲む。
口に入りきらず、隙間から漏れる酒は、和服を濡らす。
しかし、そんなこと気にせず、徳利の中に入っている酒を飲み干す。
2提目の徳利も同じ要領で一気に飲み干す。
鼠の店員は、少し唖然とする。
妖天は、頬をやや赤くしてその場から立ち、カウンターに居た兎の店員にお金を渡す。
そして、冷たい風が吹く外へ出る。
酔い覚ましには丁度良い冷たさ。妖天は、拱手をしながらどこかへ向かったという。
○
闇のように暗い場所。
木で出来た、昔懐かしの家がこれでもかというくらい、建っていた。
いつ、危ない輩に襲われてもおかしくない、雰囲気。
——————そこに、1人の女性が歩いていた。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さだ。
頭には、ふさふさした2つの耳がある。瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
後姿だけなのに、とても美人な雰囲気を漂わせている。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた。
だが、そんな女性が歩いていたのに、危ない輩は1人も物陰には居なかった。
——————しかし、酒臭い男は居たが。
女性の後ろ100mくらい離れた場所で、拱手をしながら歩く獣男。妖天だった。
どうやら、最近騒がしている女性について、正体を確かめようとしていたのだ。
本当に、鍛えられた女性なのか、はたまた、女性の姿をした妖なのか。
それを、知りたい。妖天は、そんな気持ちで後ろから気配を消して女性に近づく。
すると、美人な女性は綺麗な星空を見ていたのか、歩みを止めていた。
絶好のチャンスだと、妖天は思ったが油断はしなかった。
距離は、もう20mくらい。いつバレてもおかしくなかった。
酔っているせいか、妖天の瞳は少しトロンとしている。そんな虚ろな状態で、女性を見る。
——————酔いが一気に覚めた。
眼中に映ったのは、自分と同じ神々しい尻尾を持った狐。
妖天は、これで女性の正体が、妖ではないということに安心をする。
だが、面倒なことが増えてしまった。
鍛えられた女性は、よりにもよって自分が嫌いな同族。
一応、女性なので手荒な真似はできないなと、心の中で呟く。
すると、何を思ったのか、妖天はくるっと180度体の向きを変えて、この場から去ろうとする。
——————「貴様。なぜ帰る?あたしが狙いだったんじゃないのかい!?」
ふと、後ろの方から聞こえてくる威勢の良い声。
どうやら、美人な狐の女性が出していた。
見た目に似合わない乱暴な言葉使い。妖天は、体を振り向かせて、眠そうな表情をして、
「ん〜……気が変わっただけさぁ……」
と、言う。
のんびりした口調に、女性は少し苛立ったのか、思わず叫ぶ。
「貴様!?男ならもう少しハキハキと喋れないのか!?こんの、根性無しの鶏(にわとり)野郎が!」
妖天に罵声を言う女性。
すると、こめかみを触りながら、浅い溜息をする。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
間違っている所を訂正する妖天。
この発言も地雷だったのか、女性の怒りはどんどん上がってくる。
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
女性は突然、妖天の懐めがけて走る——————
「くっ……」
身構えた時には、もう女性は懐に入っており、そのままモロに腹を殴られる。
妖天は、その場から5mくらい跳ばされる。
酒が入っていて、判断力も低下している。非常に不利な状況。
「貴様。酒臭いな。」
女性は眉間にしわを寄せて呟く。
妖天は、大の字で仰向けの状態で質問する。
「君ぃ……狐で女性なのに……かなり、力を持っているねぇ……」
狐というのは、元々戦闘するのは苦手。
戦闘ができる狐は、1000人に1人くらいしか居ない。
それが、女性となればもっと確率が減る。
この質問に、女性は腕組をしながら、
「あたしが力を持っている理由?そんなの、考えれば分かるだろ!?鶏野郎。」
——————鍛えたから。
そんな簡単な理由で、狐は強くならないことくらい、妖天は知っている。
では、それ以外で簡単な理由とは一体何か。
妖天は思いつかなかった。
「ん〜……我には、鍛えたことくらいしか考えられないねぇ……」
だめもとで、とりあえず自分の考えを言う。
「そうだ!あたしは鍛えたから、強いんだ!」
——————違う。
そんなこと絶対にありえない。狐の体は、そんな単純に出来ていない。
妖天は、ようやくその場から立ち上がる。
すると、とても怪しい瞳で女性を見つめた——————
「うっ……」
突然、女性は何かに縛られるような感覚に襲われる。
まるで、全身に固い紐でぐるぐる巻きにされた状態。
動くことも出来ず、ただそこで立っていることしか出来なかった。
「君ぃ……金縛りを……知っているかぁ?」
「かな……しばりぃ?」
間抜けな女性の声を聞いて、妖天は深い溜息をする。
なんと、狐なら絶対に知っているはずの金縛りという言葉を知らなかったのだ。
これは、何かあるなと睨む。
「君ぃ……それは、本当に言っているのかい?」
「あたしは嘘なんてつかないぞ、このボケ!」
この言葉を聞いて、さらに驚く妖天。
狐とあろう者が、嘘をつかない。
それは、狐の個性が無い状態である。嘘=狐というのは、常識なのに。
眉と耳を動かしながら、こめかみに手を触れる妖天。
「………………」
ふと、妖天は顔を下げる。
これにより、女性の金縛りがとかれた。
「貴様!?何の真似だ!?」
当然、疑問に思う女性。
だが、妖天は黙って、くるっと180度に回り。黙って、この場から去ったのだ。
「お、おい!貴様!?」
女性は、この場を去ろうとする妖天を追いかける。
○
翌日。
朝霧が視界を遮らせるような時間帯。
もちろん、こんな時間に人々が歩いていることはない。
しかし、桟橋の上には2人程の姿があった。
1人は、釣竿を持って座りながら、のんびり釣りをする狐。妖天。
そして、もう1人は妖天の後ろで腕組をしながら、立っていた女性。
どうやら女性は、ずっと妖天を追いかけていたのだ。
タチの悪いストーカーでもそこまではしない。
だが、妖天も妖天で、そんな女性が居るのに何も言わない。
——————竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
——————下駄だった。
「むぅ……」
悔しそうな表情と声で、妖天は釣り針に引っかかった下駄を取る。
しかし、水の中に捨てるのもなんだかあれだったので、とりあえず、持っておくことにする。
後で、質屋にでも入れるのだろう。
すると、後ろに居た女性が笑った。
「釣れたかと思えば下駄か!鶏野郎にお似合いだな!」
朝からきつい罵声。
だが、妖天はびっくりして後ろ振り向く。
まるで、そこに居たのですか。と言わんばかりに。
「君ぃ……居たのかぁ……」
こめかみを触りながら呟く妖天。
すると、女性はむっとした表情をする。
「はぁ!?あたしはずっと貴様の近くに居たんだぞ!?それすら忘れるとは、やっぱり鶏野郎だな!」
ずいぶん酷く言われている妖天。
だが、そんなこと気にせず、拱手をしながら、
「う〜ん……君ぃ……なんで、我についてくる?」
と、尋ねる。
「あたしはね!貴様がなぜあの時……か、かな……しばりぃ?って、いうのを解いたのが気になっているんだ!」
なるほど、と心の中で呟く妖天。
だが、納得しただけで理由は言わなかった。
「なんだ!?だんまりか!?貴様は本当に、良く分からない奴だ!あの時、あたしを解放しなければめちゃくちゃに出来たのに、それをしなかった。その行動に理由がないとは言わせないぞ!」
確かに、女性の言っていることは正しい。
あのまま、金縛りを解かなければ、色々と聞き出せてめちゃくちゃにも出来た。
だが、それをしないで開放する。
何かしらの理由がないと、出来ない行動である。
すると、妖天はこめかみを触りながら、
「君ぃ……名前は、なんという?」
「はぁ!?」
全く、話と噛みあっていない言葉。
よく、言葉のキャッチボールをしっかりするように言われているのに、妖天は、投げられたボールをキャッチせず、違うボールを投げつけた。
女性が、こんな反応するのは当たり前。
むしろ、平然と名前を言う方がおかしい。
しかし、妖天は眠そうな目で、名前を言ってくれと訴える。
もう、訳が分からない女性はやけくそになって、
「あたしは神麗 琶狐(こうれい わこ)。体術が得意な狐だ!」
「琶狐かぁ……我は、詐狐 妖天……放浪する狐さぁ……金縛りを解いた理由は……我の気が変わったからさぁ……」
やはり、意味のわからない言葉。
琶狐は、そんな妖天の言葉に苛立ち、大声で、
「あぁ〜!意味が分からん!貴様は、一体何を考えている!?」
妖天に尋ねる。
頭を右手でかきながら、だるそうに呟く。
「我はぁ……最初は、君のことが気になっていた……だが、それがなくなった……それだけさぁ……」
そう言って、妖天はこの場から逃げるように去る。
だが、琶狐は納得かない様子で後を追う。
「途中で気にならなくなった!?それはどういう意味だ!?おい!待て、鶏野郎!」
罵声を飛ばしながら、琶狐は妖天の後ろを、まるでストーカーみたいについてくる。
そんなの気にせず、ずっとどこかへ足を進める妖天。
町を離れ、林の中へ入る。
しかし、それでも琶狐はずっと後ろに居た。
この時、妖天は、歩きながら小さな溜息をする。
——————「(面倒なことになったなぁ……)」
- Re: 獣妖記伝録 ( No.12 )
- 日時: 2011/07/09 02:14
- 名前: コーダ (ID: 278bD7xE)
- 参照: http://loda.jp/kakiko/?id=658
え〜……↑に王翔様が描いていただいたイラストがあります!
とても、可愛いです!ほんとうにありがとうございました!
- Re: 獣妖記伝録 ( No.13 )
- 日時: 2011/07/09 14:03
- 名前: 王翔 (ID: OVUpjg42)
す、すごい……
私とは違って、プロ級の文章力……
とても、おもしろいです!
更新頑張ってください!
- Re: 獣妖記伝録 ( No.14 )
- 日時: 2011/07/09 14:27
- 名前: コーダ (ID: 4HUso7p7)
王翔さん>
なんと……プロ級とは……とても嬉しいお言葉、ありがとうございます!
かなり東洋風な世界観で、もふもふな世界……こんな小説ですが、面白いって下さり、ありがとうございます!
はい!これからも更新頑張ります!応援のお言葉、ありがとうございます!
- Re: 獣妖記伝録 ( No.15 )
- 日時: 2011/08/02 21:32
- 名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)
たくさんの木々で、埋め尽くされた山の中。
日光は、遮られていて、昼なのに少し薄暗い。
しかし、そこはとても涼しかったという。暑い昼間には、最高の場所である。
そこに、1人の男性が歩いていた。
頭に2つのふさふさした耳と、細長く、灰色っぽい尻尾が目立っていた。
どうやら、山の中を探検しているのは鼠男だった。
道なき道を歩く姿は、非常に勇ましく、何度もこういう山を登っているのだろうという雰囲気を、漂わせていた。
左目には、深緑の草むらが萌えている光景が見え、右目には、丸い石ころと、流れの速い川が映っていた。
どうやら、ここは山の上流付近だったのだ。
鼠男は、額に汗を流して、川の方へと向かう。
そして、川の水を両手ですくい、それを一気に口へ運ぶ。
——————とても、冷たくて美味しかった。
思わず、鼠男はもう1杯川の水を飲む。どうやら、病みつきになってしまったようだ。
しばらく、川の近くで一休みした鼠男は、山登りを再開させる。
川から離れて、草木が萌える場所へ足を運ぶ。
自分より背の高い草は、手でかきわける。
途中で、白くて美しいキノコも見つける。
しかし、鼠男はキノコが生えている場所に、どんな木が生えているか、どういう地形条件で生えているかを一瞬で見て、毒キノコのドクツルタケと見破る。
先にも説明したかもしれないが、この鼠男は、非常に山に関してプロかもしれない。
しばらく進むと、山の中に不気味な池を見つける。
直径3mくらいの池、そこに溜まっていた水は非常に濁っていて、とても飲もうという気はしなかった。
鼠男は、好奇心に身を任せて、池の方向へ足を進める。
池の近くの地面は、非常に濡れていて、泥だらけである。
だが、そんなことをお構いなしに、鼠男は、池の方へどんどん近付いて行く。
いざ、池に行ってみると、その濁りが詳しく分かる。
深さがどれくらいあるか、全く分からない。もしかすると、底無しかもしれない。
先の、上流で流れていた水とは大違い。
鼠男は、恐る恐る池の中に手を入れる。
——————とてもぬるく、なぜかヌメっとしていた。
背筋を思わず、ぞっとさせる鼠男。池に手を入れたことを、後悔していた。
ヌルヌルした手を嫌そうに見ながら、この場を後にしようとする鼠男。おそらく、川に戻って洗おうと考えたのだろう。
——————変な気配がした。
鼠男は、ふと池を見る。
すると、池の水が、ぶくぶくと泡を出していた。
何か居る。そう思った鼠男は、この場から急いで去ろうとする。
だが、鼠男はその場に豪快にうつ伏せの状態転んでしまった。
——————まるで、誰かに引っ張られたように。
転んで泥だらけの鼠男は、その場から立とうとするが、なぜか、立てなかった。
そのかわり、池の方へずるずると、引っ張られるような感覚に襲われる。
鼠男は、うつ伏せのまま首だけで後ろを見る。
——————何かが、自分の足に巻きついていた。
思わず悲鳴を上げてしまう鼠男。
その瞬間、池から勢いよく何かが現れた——————
「う、うわぁ——————!」
叫び声を上げる鼠男、そして、そのまま池に引きずり込まれてしまった。
一瞬の出来事。一体何が起こったのか、全く分からなかった。
しばらく時間が経つと、池の上に鼠男が着ていた物が、浮いてきたのだ。
——————それは、赤く染まっていた。
どうやら、鼠男は池から現れた何かに、食われてしまったようである。
人を食ってしまうような生き物がこの池の中に生息している。
なんとなく、直径が3mくらいあるのは頷ける。
鼠男が居なくなって、山の中はとても静かになっていた。
——————カラコロ。
突然、山の中に聞こえてくる音。
その音から、自然が生み出せる音ではなく、人工的に出した音だとすぐに分かった。
池から、5mくらい離れた場所。
そこには、1人の影があった。
——————「……自業自得だね」
〜蝦蟇と狐と笑般若〜
山を越えた先にある町。
そこに居た人たちは、とてものんびりと歩いていた。
忙(せわ)しない雰囲気は全くない。店で色々売っている商人ですら、のんびりと商品を売っていた。
ただ、この町は、普通の町と違って非常に、坂道が多かった。
なので、馬車は1台も走っていない。
やはり、山の近くにあるからなのだろう。
そんな町の中に、2人の男女の姿があった。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛は、とても艶やかであった。前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
なぜか、右手には釣竿を持っていた。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた獣男。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さ。頭には、ふさふさした2つの耳がある。
瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた獣女。
傍から見ると、美男美女が一緒にデートをしているのだろうと、思わせる2人。
しかし、人々の考えとはまぎゃくな、雰囲気を漂わせていた。
「貴様!どこへ行くんだ!?おい、答えろ!タコナスビ!」
美人とは思えない罵声を叫ぶ獣女。
しかし、そんなこといちいち気にせず、ただただ、黙ってあるく獣男だった。
まるで、美人な女性なんて、自分の近くに居ないといった感じで。
すると、獣女は獣男の足を思いっきり右へ蹴る。
あまりの衝撃に、左方向に2mくらい跳ばされる獣男。
「ん〜……君ぃ……乱暴だねぇ……」
地面に倒れながら、こめかみを触って呟く。
獣女は、腕を組み、仁王立ちで獣男を凝視する。
まるで、浮気がばれた夫と、それを叱る妻みたいな光景。
「貴様はいつもいつも、何を考えているのか分からん!」
そんなこと言われましても。と言った表情をする獣男。
倒れた姿勢から、今度は地面に座る姿勢にする。
そして、拱手をしながら眠そうな表情で、
「だからぁ……我は、放浪する狐なんだ……どこへ行くのも、我の勝手じゃないかぁ……」
と、だるそうに言葉を言う。
だが、獣女は眉間にしわを寄せて、さらに叫ぶ。
「貴様が放浪する理由はなんだ!?放浪するにも、ちゃんとした理由があるはずだろ!?タコナスビ!」
とにかく、目的や理由を聞こうとする獣女。
獣男は、大きなあくびをして目の端に涙を流しながら、
「放浪はぁ……男の浪漫さぁ……我は、浪漫のために動いているだけさぁ……」
と、訳が分からない言葉を言う。
とうとう獣女は、堪忍袋が切れたのか、とても恐ろしい表情で叫ぶ。
「ろまん〜?あたしにはその気持ちは、全く分からん!もう勝手にしていろ!このタコナスビ!」
酷い罵声を出しては、獣女はどこかへ行ってしまった。
だが、獣男は、特に引き留めようともせず、ただ黙って、眉を動かして座っていた。
○
町から少し離れた場所にある、とても広くて綺麗な琵琶湖。
透明な水は、琵琶湖の底が見えるくらい透き通っており、泳いでいる魚が肉眼で確認できた。
もちろん、ゴミなど落ちていることはない。
周りの林が、風でなびき、葉と葉が触れ合う音が響き渡る。
そんな場所で、1人の男が釣りをしていた。
眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせる。そう、先程、獣女に蹴られた獣男だったのだ。
しっかりと、両手で竿を持ち、魚が引っかかるのを根気よく待つ。
——————竿が反れる。
獣男は、眠そうな目を見開いて、足と手に力を入れる。
すると、琵琶湖から勢いよく出てきたのは、大きくもなく、小さくもない生き物だった。
——————ヤマメだ。
「おぉ……」
獣男の表情は、とても晴れていた。
釣り針に引っかかる1匹の新鮮な魚。
それを丁寧に、針から外す。
「久しぶりに……まともな、ご飯が食べられそうだねぇ……」
右手でヤマメを握りながら、嬉しそうに言葉を呟く獣男。
そして、左手に釣竿を持ちながらこの琵琶湖を、後にする獣男。
——————カラコロ。
琵琶湖に鳴り響く、不思議な音。
しかし、獣男はヤマメに夢中になっていたのか、全く気にしなかった。
○
琵琶湖から10mくらい離れた場所。
獣男は、持っているヤマメを、そこら辺の木の枝で串刺しにして、狐火で焼いていた。
周囲に香る、美味しそうな臭い。
獣が居たら、よだれを垂らしながら近づいてくるだろう。
しかし、ここは本当に安全で、獣の姿と気配は全くない。
「ん〜……」
鼻をピクピクさせながら、獣男は嬉しそうに言葉を呟く。
あの、いつも眠そうな表情は今だけ、なかった。
ヤマメが、良い具合に焼けた。
すると獣男は、懐から竹の皮で、3個くらい包まれたおにぎりを取りだす。
どうやら、昼食の時間にするらしい。
焼きたてのヤマメを美味しそうに頬張り、おにぎりと一緒に食べる。
焼いたヤマメは、塩焼きにすると、とても美味しいが、おにぎりについた塩でも、十分足りた。
身は非常に油が乗っており、最高だった。
獣男は、無言で食べ進め、3分くらいで全部食べてしまう。
右手でお腹をさすり、満足そうな表情をする。
「我はぁ……満足だぁ……」
幸せそうに呟く獣男。
まるで、生きていて良かった。と言わんばかりに。
——————カラコロ。
突然、聞こえてくる謎の音。
獣男は耳をピクリと動かして、眉間にしわを寄せる。
明らかに、自然から出る音ではない。つまり、人工的な音である。
——————誰か居る。
拱手をしながら、音が聞こえた方向へ足を進める。
恐怖心と好奇心が、獣男の足を進める動力源だった。
気配を消して、足音もたてないように歩く。
——————「誰を、探しているのかな」
不意に、背後から言葉をかけられる獣男。
背筋に冷や汗を溜める。
そして、恐る恐る、後ろへ振り向く——————
そこに居たのは1人の男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
漆黒の黒髪で、肩につくぐらい、髪は長かく。後ろ髪を、白い紐で丁寧に束ねていたという。前髪は、左目を隠すくらい長かった。
隠れていない右目は、睨まれたら、気の弱い人なら思わず逃げ出してしまうくらい、紅く不気味な、瞳だった。
藍色の小紋柄の着物に黒色の袴を着て、足には、漆黒の下駄を履いていた。おそらく、この下駄が音の正体なのだろう。
やけに小柄で、歳は、10代前半くらいに見える。
色白く端正な顔立ち。しかし、その表情は、人とは思えないくらい無表情だった。
だが、絶世の美少年だということは間違いない。
近くに女性がいたら、自分の息子にしたいなどと、叫びながら、取り合いが起こるだろう。
——————しかし、おかしなところがある。
ここに存在する人と言うのは、頭の上にふさふさした2つの耳と尻尾が必ずある。
だが、この少年にはついていなかった。
獣男は、こめかみを触りながら、ふと呟く。
「ん〜……君ぃ……もしかして、妖(あやかし)かぁ……?」
耳と尻尾が無ければ、妖しか思い当らない。
獣男は、のんびりとした口調で、少年に尋ねる。
しかし、特に表情を変えることなく、返される。
「それは、どうだろうね」
この一言に、獣男は眉間にしわを寄せて何かを考える。
そして、なぜか大きなあくびをした。
目の端に涙を溜めながら、獣男はその場で後ろにくるっと、体を振り向かせて、この場を後にする。
——————この場から逃げるかのように。
「どうして、帰ろうとするんだい」
「……!?」
獣男は、突然足を止めてしまった。
不意に呟かれた少年の言葉——————
どう考えても、遠くの方から聞こえた感じがしなかったのだ。
深い溜息をしながら、獣男はゆっくり後ろへ振り向く。
——————そこには、無表情な少年が立っていた。
お互いの距離は2mもない。
先は、10mくらい余裕で離れていたのに、あの一瞬の出来事で、こんなに距離を縮められた。
この少年只者ではない。
獣男は心の中でそう呟き、ふと、こんなことを呟く。
「我はぁ……詐狐 妖天(さぎつね ようてん)……放浪する狐さぁ……」
状況的に、名前を名乗る場面ではないのに、妖天は、あののんびりした口調で言葉を言う。
今まで無表情だった、少年の頬はピクリと動く。
「…………お前は、なんだ」
少年の言葉に、妖天は眉を動かす。
そして、とてもだるそうに言葉を言う。
「だからぁ……我は、狐だぁ……同じことを言わせるではない……」
なんだ。と聞かれたのだから、妖天は、自分の種族を答える。
しかし、少年はその言葉を望んでいなかった。
「お前は……」
少年がそう言った時には、妖天はその場に居なかった。
わずかながらに聞こえる、草むらの上を歩くような音。
どうやら、山の中へ逃げ込んだらしい。
音が聞こえる方向を黙って見つめ、少年はカラコロと、妖天を追う。
○
たくさんの木々で、埋め尽くされた山の中。
日光は、遮られていて、昼なのに少し薄暗い。
しかし、そこはとても涼しかったという。暑い昼間には、最高の場所である。
そこに、息を切らしている獣男。妖天が居た。
普段からのんびりしているのに、今回だけは珍しく、焦っている様子。
——————あの少年から逃げていたのだから。
道なき道を歩き、気がつくと、だいぶ奥に行っていたようだ。
左目には、深緑の草むらが萌えている光景が見え、右目には、丸い石ころと、流れの速い川が映っていた。
どうやら、ここは山の上流付近だと、すぐに考えがついた妖天。
汗を流していたので、とりあえず、川の方へと向かう。
そして、川の水を両手ですくい、それを一気に口へ運ぶ。
——————とても、冷たくて美味しかった。
渇いた喉が一気に潤う。
妖天は思わず幸せそうな表情をして、
「ん〜……最高だぁ……」
と、緊張感なく言葉を言う。
たまらず、もう1杯水を飲み、かなり満足した表情をする。
——————誰かが居る気配。
もう来たのか。と言った表情をする妖天。
眉間にしわを寄せて、静かに目を閉じる。
どうやら、気配を上手く感じ取り、少年が居る方向を調べていたのだ。
しかし、おかしなことに、その気配は非常に速くこちらに近づいてきたのだ。
まるで、獣が獲物を狙うかのように——————
妖天は、こめかみを触りながら警戒をする。
——————すると、木の上から誰かが現れたのだ。
その姿は、非常に美しく、見る者を魅了にさせる。
だが、どこかで見たことあるような人影——————
上半身を和服で包み、下半身を巫女のような袴を着ている女性。
髪の毛は金髪で、とても長かった。
妖天は、目を見開き、口を開けっぱなしにして、唖然としていた。
——————「こんの、タコナスビ————!」
空中から聞こえる罵声。
金髪の女性は、空中から妖天に目がけて向かってくる。
そして、そのまま妖天の体目がけて、体当たりをする——————
妖天は、凄まじい衝撃で跳んだ。
川の方向へ弧を描くように、10mくらい跳ばされる。
高い水しぶきを上げながら、川の中へ落ちた。
女性は、やってやったと言わんばかりの表情で川に落ちた妖天を見る。
——————カラコロ。
ふと山の中に聞こえる音。
女性は、その音が聞こえた方向へ振り向き、腕組をしながら凝視する。
そこには、少年が居た。だが、なぜか眉間にしわを寄せて周りを見ていた。
「……どういう状況?」
思わず言葉を言う少年。
すると、女性は狐目になって答える。
「貴様!かなりの美少年じゃないか!あたしの、好みだねぇ!こんな所で、どうしたんだ!?」
カラコロ——————
少年は無言で、女性に近づく。
すると、とても色っぽい瞳をして、少年を見つめたのだ。
「おお!?近くでみると、もっと良いなぁ!貴様!名前はなんていう!?」
色気のある瞳で、こんなに威勢の良い声を出されても、誰も魅了されない。
この女性は、そういうのが苦手なのかもしれない。
少年は、歩く足を止めて、少し眉を動かしながら答える。
「……ジュン」
少年は、ジュンと口にする。
女性は、口元をニヤリとさせる。
そして、眉を思いっきり動かして、大きく言葉を言う。
「あたしは、神麗 琶狐(こうれい わこ)!見ての通り、狐さ!」
神々しい1本の尻尾と、頭の上にあった2つのふさふさした耳を動かしながら、琶狐は言う。
ジュンは、じっと琶狐を見つめる。
何を考えているのか全く分からないが、熱い視線を送っているのは確か。
琶狐は、腕組を解き、思わず言う。
「ん?あたしに、なにかついてんのかい!?」
「いや、なにも」
ジュンは、琶狐から目線をそらし、流れる川を見つめる。
——————その表情は、どこか懐かしそうだった。
琶狐は、ジュンの傍へ行き、馴れ馴れしく肩に触れた。
これには思わず、驚いてしまった。
「なぁ?腹減ってないか?」
「……え?」
琶狐は、懐から竹の皮で包んだおにぎりを取りだす。
ご飯、一粒一粒が白く輝いており、非常に食欲がそそられる。
しかし、ジュンは、川を見つめて小さく呟く。
「別に……」
だが、断っている表情の中には、何か迷いが見えた。
琶狐は、眉間にしわを寄せて、竹の皮からおにぎりを1個取り出すと、
「あたしのおにぎりが食べられないってのかい!?良いから食え!」
乱暴に、おにぎりをジュンの口に突っ込む。
女性とは思えない力に、口をもごもごさせる。
すると、琶狐は持っていたおにぎりをふと、手放す。
同時に、ジュンは右手でおにぎりを持つ。
もうこれで、返すことはできなくなった。
最初から、こういう目的だったのだろうと思いながら、仕方なく、おにぎりを食べ進める。
口の中に塩のしょっぱさが広がる。しかし、それをご飯によってかき消される。
具は何も入っておらず、シンプルな塩おにぎり。
しかし、ジュンは思わず、小さく言葉を呟いてしまった。
「……美味しい」
琶狐は、狐目になりながらその様子を見て、豪快に自分のおにぎりを食べ進める。
——————「むぅ……君たちぃ……傍から見ると、母と子供みたいだなぁ……」
不意に、背後から聞こえる言葉。
琶狐は、眉をピクピク動かしながら振り向くが、なぜかジュンはびくっと反応する。
後ろに居たのは、ずぶ濡れの妖天だった。
こめかみを触りながら、2人を見つめる。
すると、琶狐は妖天に、
「生きていたのかタコナスビ!?てっきり、死んだかと思ったのにな!」
罵声を言う。
しかし、妖天はそんな琶狐を無視して、ジュンの方を見つめる。
「君ぃ……なんで、先そんなにびっくりしたぁ……?」
どうやら、先妖天が声をかけた時に、ジュンが異常にびっくりしたことに、疑問が浮かんでいた。
普通の人でも驚く人は居そうだが、その驚き方が尋常じゃなかったかららしい。
だが、ジュンは無表情で小さく呟く。
「別に、そんなに驚いてないよ」
この言葉を聞いて、妖天は耳とピクピク動かす。
そして、拱手をしながら小さく、
「まぁ……良いかぁ……」
と、投げやりに答える。
そして、なぜか妖天は山の方へ目線を向ける。
2本の尻尾が挙動不審に動いていた——————
琶狐はそれに気がついて、腕組をしながら、
「ん?なんか居るのか?タコナスビ」
と尋ねる。
だが、妖天は何も答えることはなく、山の中へ足を進めた。
「貴様!……ちっ、本当に訳がわからない奴だな!」
「いつも、あんな感じなの……?」
ジュンは、琶狐にそう尋ねる。
やれやれと言った表情で琶狐は浅い溜息をして呟く。
「ああ、そうさ!あいつは、いっつもあんな感じだ!何を考えているのか分からない。何を目的として生きているのか分からない、タコナスビだ!」
大声で叫びながら、琶狐は妖天の後を追う。
ジュンも気になるのか、琶狐の後を追う。
カラコロと、山の中では絶対に響かない音を鳴らしながら。
○
川から離れて、草木が萌える場所へ足を運ぶのは、妖天、琶狐、ジュンだった。
自分より背の高い草を、手でかきわける。
途中で、白くて美しいキノコも見つける。
妖天は、とても食べたそうな表情をするが、琶狐に平手打ちをされて止められる。
ジュンは、キノコが生えている場所に、どんな木が生えているか、どういう地形条件で生えているかを一瞬で見て、毒キノコのドクツルタケと見破る。
思わず、背筋を凍らせる妖天。そして、少しでも食欲を沸かせた自分に落胆する。
しばらく進むと、山の中に不気味な池を見つける。
直径3mくらいの池、そこに溜まっていた水は非常に濁っていて、とても飲もうという気はしなかった。
妖天は、好奇心に身を任せて、池の方向へ足を進める。
琶狐も行こうとするが、なぜかジュンに止められた。
なにかあるのだろう。そう思った琶狐はジュンの指示に従う。
池の近くの地面は、非常に濡れていて、泥だらけである。
だが、そんなことをお構いなしに、妖天は、池の方へどんどん近付いて行く。
いざ、池に行ってみると、その濁りが詳しく分かる。
深さがどれくらいあるか、全く分からない。もしかすると、底無しかもしれない。
先の、上流で流れていた水とは大違い。
妖天は、勢いよく池の中に右手を入れる。
——————とてもぬるく、なぜかヌメっとしていた。
眉を動かす妖天。そして、左手でこめかみに触れる。
ヌルヌルした手を見ながら、何かを考える。
——————ふと、変な気配がした。
妖天は、池を見る。
すると、池の水がぶくぶくと泡を出す。
何か居る。そう思った妖天は、眠そうな表情から一気に凛々しい表情になる。
頼りなさそうな雰囲気も、今はなぜかなかった。
琶狐とジュンは遠くの方から様子を見る。
その瞬間、池から勢いよく何かが現れる——————
高い水しぶきを浴びる妖天。
その目に映ったのはとても恐ろしい生き物だったという。
緑色でヌメヌメした皮膚を持っていて、口からは長い舌を出す。
足はとても鍛えられているのか、15mくらい跳べそうな雰囲気を出す。
そう、妖天が見た生き物はとんでもなく大きい蛙だったのだ。
琶狐は思わず気持ち悪そうな表情をする。
しかし、ジュンは無表情でその様子を見ていた。
「ふむ……何か居ると思ったら……大蝦蟇(おおがま)かぁ……」
眉間にしわを寄せて、凛々しい表情で小さく呟く。
その瞬間、大蝦蟇の長い舌が、琶狐に目がけて伸びたという——————
不意を突かれた琶狐は、体に舌が巻かれる。
激しく動いて抵抗するが、舌が解けるようすはない。
——————むしろ、引っ張られていたという。
「むぅ……」
妖天は、眉を動かして呟く。
このままでは、琶狐が喰われてしまう。だが、良い解決策が思い浮かばない。
——————「ちょっと待て、化け物」
突然聞こえてきた、恐ろしく不気味な声。
妖天は、声が聞こえた方向を見つめる。
——————ジュンだった。
右目の不気味で紅い瞳で、大蝦蟇を睨みつける。
その表情は酷く冷めていたという。
「それ以上、琶狐に手を出したら……どうなるか、分かっているか?」
大蝦蟇に警告をするジュン。
妖天は、こめかみを触りながら、浅い溜息をする。
「よさんか……」
しかし、その言葉は聞こえていなかった。
ジュンは、ずっと大蝦蟇を見つめる。
だが、大蝦蟇はそんなことを気にせず琶狐を引っ張る——————
「待て。警告はしたはずだ……」
カラコロと、ジュンはその場から足を進める。
すると、琶狐を縛り付けている舌を思いっきり握った。
——————とても、少年とは思えない力。
大蝦蟇は、悲痛な叫び声を出す。
琶狐は、自分の体に巻き付いた舌が、一瞬緩んだ隙に、抜けだす。
しかし、ジュンは、まだ舌を握り、あまつさえ思いっきり引っ張っていた。
——————まるで、舌を引きちぎるかのように。
大蝦蟇は、もっと悲痛な叫び声を出す。
「自業自得だ……」
このまま、一気に力を入れれば、舌は引きちぎれるだろう。
そう思ったジュンは思いっきり力を入れる——————
「待てい……よさんか……!」
突然、ジュンは力を入れることが出来なくなった。
まるで、何かに縛られたような感覚。
体がピクリとも動かなかった。
大蝦蟇は、なんとか舌を自分の口の中へ戻す。
「我はぁ……よさんか、と言ったはずだぁ……聞こえていなかったのかぁ?」
妖天は、ジュンの瞳を見つめながら、とても低い声で呟く。
もちろん、これには納得いかず、無表情で呟く。
「なんで……止める?」
当然の質問。
すると、妖天はふと、大蝦蟇の方向へ振り向き、なんと、頭を深々と下げたのだ。
「すまんねぇ……痛い目にあわせてしまって……許されないとは思っている……だが、もう我たちは君に危害は加えない……勝手に縄張りに入ったことを……許してくれぇ……そして、あの少年が行った行動も許してくれんかのぉ……」
反省の言葉をたんたんと言う妖天。
琶狐とジュンは、それをただ黙って見ていた。
すると、大蝦蟇は黙って池の中へ帰って行った。
どうやら、許してもらえたらしい。
妖天は、ほっと一息をして、2人の傍へ駆け寄る。
「早く……ここから、出るぞぉ……」
こめかみを触りながら言葉を呟く。
あの琶狐も、今だけは黙ってついて行く。
ジュンは、気がつくと体の自由がきいたらしい。池をじっと見つめて、とりあえず、2人の後へついて行く。
○
山から出て、3人の前には琵琶湖が映っていた。
妖天は拱手をしながら、のんびり琵琶湖の水を見る。
すると、ジュンは、疑問に思っていたことを尋ねる。
「なんであの時、謝った?」
大蝦蟇に、深々と謝った行動について理由。
妖天は、耳と眉をピクリとさせながら小さく呟く。
「あのままぁ……大蝦蟇の舌を引きちぎったら……とんでもない、仕返しがくると思ってなぁ……知っているかぁ?大蝦蟇の吐く息は……全ての動植物を、死滅させられるんだぞぉ?」
この言葉を聞いて、琶狐は思わず背筋に冷や汗をかく。
同じくジュンも、無表情だが、恐ろしく思っていた。
「我はぁ……こんなに綺麗な琵琶湖を……なくしたくないからと思ったからさぁ……ヤマメも美味しいしぃ……」
妖天の言葉に、2人は返す言葉がなかった。
すると、3分くらい経った時に、琶狐が、
「そういえば、あの時あたしを助けてくれたのはなんでだ!?」
そう、舌に巻きつかれた時に、ジュンは琶狐を助けようと前へ出た。
すると、意外な答えが返ってきたという。
「あの人と……似ているからさ」
「あの人?」
当然、琶狐は頭の中に疑問符を思い浮かべる。
しかし、その瞬間ジュンは、この場から逃げるように去ろうとする。
もちろん、琶狐は止めようとする——————
「待てぃ……放っておけぇ……」
「なんでだよ!?タコナスビ!」
妖天は、琶狐を引き止める。
まるで、これ以上関わってはいけないと言わんばかりに。
「我はぁ……面倒事が大嫌いだぁ……頼むから、追わないでくれぇ……」
切実に言う妖天。
琶狐は、耳と尻尾を落として、言うとおりにする。
そして、2人は、ジュンと逆方向に歩き進める。
妖天は、こめかみを触りながら、深い溜息をする。
——————「(あんなにぃ……妖らしくない笑般若(わらいはんにゃ)も珍しいねぇ……もしかして、どちらかの親が……人間なのかねぇ……)」
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