複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.89 )
日時: 2019/03/05 20:46
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 一際強い風が吹いて砂塵が舞い、兵士たちが埃を避けようと思わず目をつむる。目を開けた時、一人の兵士が街外れを指差して声を上げた。
 小山のような大きな体で漆黒の鱗を持ち、ややトカゲに似た体つきではあるが、その背中には体の倍する大きな翼が生えている。……雷竜が街に迫ってきていた。雷竜は、空に向かって一つ咆哮を上げると、ゆっくりと要塞に向かって歩き始めた。
 かつて一度、雷竜がとある街を破壊した記録が残っている。それはちょうど十年前。場所はソール王国王都の外れ……今の場所と同じであった。その時現れた雷竜は、その場にいた数千人を殺して、要塞と要塞に囲まれた街を瓦礫へと変えた。
 キドルもその記録には目を通し、事前に情報を得ていたが、実物は想像よりもはるかに大きい。自身の乗っている飛竜など、自分ごと丸呑みにされてしまう程だ。

「弓部隊、撃ち方始め!」

 号令と共にルー含む弓兵の部隊が、城壁の上から矢を放つ。びゅんっと風を切る音と共に矢が放たれ、いくつもの矢がまるで雨のように雷竜に降り注ぐ。だが、雷竜が翼を広げその矢をいとも容易く吹き飛ばしてしまった。矢は刺さらず、ばらばらと一本残らず地面へと落ちていく。
 雷竜が城壁に近づくと、「退避!」という声が上がり、弓兵達はすぐさま回避した。
 雷竜は止まらない。城壁を踏みつぶしながらも周りに目もくれずゆっくりと進む。両の足を交互に踏み下ろすだけで地鳴りが響き、揺れる。周りの兵士達に目もくれず、あっさりと逃げ遅れた兵士すら踏んでただ前へと進む。
 キドルは奴の狙いはこの先にある王国……王都であると気が付いた。
 王都では現在、東部戦線と帝国軍が国盗り合戦が繰り広げられている。今その場に目の前の怪物が現れたとしたら、必ず混乱が巻き起こる……。そして東部戦線は確実に崩壊するだろう。それだけは避けねばならない。

「全軍、隊列を整えろ! 奴の進攻を止めろ、何としてでも!」

 キドルは焦りもあってか怒りが混じったような叫びで兵士たちに伝える。
 だが兵士たちは悲惨な現状を見て、足がすくみ、血の気が失せ、逃げるのもままならない。自分たちの攻撃がほとんど通っておらず、目の前でいとも容易く兵士たちが踏みつぶされていくからだ。
 キドルは唇を噛み締める。士気が下がっており、動くのもままならない。次の指示をキドルが出そうとした時だった。雷竜が立ち止まったのだ。
 立ち止まった雷竜が、その顎を開いたのが目に入った。キドルは気づく。

「退避! 全軍、今すぐその場から離れろ!」

 バリッと鋭い音が竜の喉元から聞こえる。軍は指示の通りその場から急いで走り去っていたが……逃げ遅れた兵士がちらほらいるのが見えた。
 竜の吐き出した息が、閃光を放った。
 それを目の当たりにした兵士たちは立ちすくむ。一瞬にして耳を劈くような轟音が響き、雷の束が街を抉ったのだ。竜の吐き出した閃光は、瓦礫と共に逃げ遅れた軍隊を、それが軽い塵であるかのごとく、まるごと空へ巻き上げていったのだ。

「あ……ぐぅっ……」

 どこかで呻き声が聞こえる。逃げ遅れた兵士を庇おうとしたが、巻き上げられた瓦礫を防ぎきれず深手を負ってしまったプラチナとキドルだった。
 咄嗟の判断とはいえ、指揮官が軽率な行動に出てしまったという気持ちは正直あったが、庇った兵士が無事でよかったと安堵する。
 空に巻き上がった瓦礫と共に豆粒のようなものが降ってくる。雷竜の吹き飛ばした閃光により巻き上げられた軍隊だ。キドルは口の中の血が混じった唾を吐いてそれを目を逸らさず見る。
 圧倒的な戦力の差だ。あの巨竜相手にどう立ち向かえばいいのかとキドルは拳を握りしめる。

「キドル……」

 キドルの傍にロロが走ってきて、杖を使ってキドルの傷を癒した。温かい光により傷が塞がりはしたが、痛みはまだ残っている。

「キドル、ロロにまかせて……」

 ロロはキドルの手を取って微笑む。キドルはよくわからず、頷くこともできずただロロを見た。
 ロロは雷竜の足元へと歩み寄った。

「ロロ様っ……!」

 プラチナは口元に血を滲ませながら叫ぶ。自身の剣を使って立ち上がろうとするが、力が入らないのだろう、すぐに前方へと倒れ込んでしまう。
 ロロは竜の前へと歩み、見上げる。雷竜もロロを捉えると咆哮を上げ、ロロを威嚇する。
 そこでキドルは気が付く。セイブル……「魔王神」の事を。

 ——巫女は魔王神の頭部が近づいたところで、魔王神の右目に手をかざした。魔王神の右目に封印の紋が刻まれ、魔王神の意識はそこで途絶えた。同時に巫女も自身の体が燃え尽きるように消えてしまったのである——。

 キドルはそれに気がついて立ち上がろうとするが、傷が癒えたとはいえ身体に力が入らなかった。

「ロロ!」

 声は周囲に空しく響く。その呼びかけに答えるように、ロロは膝をついて手を合わせる。
 鮮やかな紫色の光がその瞬間広がった。キドルや周りの兵士たちは目を見開いてそれを見る。光の柱が天を貫く。そして雷竜は驚いたかのように後ずさる。
 不意に陽の光が陰る。周りが闇に包まれているのだ。闇の中で光は一層輝く。
 プラチナはそれを見て気が付く。

「巫女の力か……、これが」

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.90 )
日時: 2019/03/05 23:49
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 同時刻、レイアはパンドラに向かって指をさして高らかに叫ぶ。
 その場にいた魔女たちの視線がレイアに集中する。それはもう、痛いくらいに。

「ほう、貴様は……」
「わ、私はラーフ公国宮廷魔術師、「リアリース・エ・シュテルン・ベルス」……だったわ」

 パンドラの低い声に少し怯んだレイアは、自身の魔女名を名乗る。過去形だが。

「そしてオレはその師匠の「ネミッサ・ツヴァイ・イナンナ」ね」

 名乗る必要はないと思ったが一応、レイアの影から姿を現して腰に手を当てる。

「議長が君をひっ捕らえよってさ、命令が出てるんだよね。大人しく穏便に話を済ませてくれる気は……うん、なさそうだね」

 ネミッサは自問自答して頷く。レイアは洞窟の入り口を見る。助けが来てくれないかとチラチラ見ているのだ。ネミッサはというと、不敵な笑顔を浮かべている。周りの魔女達なんて屁の河童だといわんばかりである。

「成程、エリスとユーノの差し金というわけか……」

 二人のここへ来た理由を悟ると、クククと笑うパンドラ。そして魔女たちに命じる。

「死ぬことはない、存分に痛めつけてから捕らえよ」

 その言葉を聞いた魔女たちは一斉にレイアとネミッサに襲い掛かった。レイアは怯んで「えぇ!?」と声を上げて慌てて剣を手に取るが、ネミッサは怯むことなく魔導球を取り出した。

「リアリース、キミはオレの傷を回復してて」
「え、師匠は!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ♪」

 ネミッサはニッと笑う。そして魔導球を片手に天を仰いだ。
 無数の眩い光が天から降り注ぎ、魔女たちを一掃していく。レイアは思わず手を顔の前にやり、片目をつむる。レイアは一度この魔法を見たことがある。広範囲に及ぶ光の雨を降らせる「シャイニーレイン」という名前だ。一撃の威力はそこまでではないものの、ネミッサの魔力のおかげで、一弾が凄まじい威力を誇るのだ。こんな狭い洞窟で放てば岩壁が崩れるんじゃないかと思ったが、意思があるように壁を避けて魔女たちに命中する。流石はナインストレーガの一人だと、光の雨が全て降り注いだ後にネミッサを見ながらそう思うレイア。
 複数の魔女たちが立っていたが、他は地面に倒れていた。

「流石はナインストレーガ、このような芸当はお手の物のようだな」
「お褒めにあずかり、光栄だよ〜」

 パンドラが拍手をする。ネミッサは笑顔で礼を言いながらも、パンドラの行動を見る。パンドラはザッハークに憑りつかれている。一度油断すれば隙をつかれ、追い込まれる可能性がある。それほどにザッハークの力とは強大なものなのだ。
 レイアはネミッサはやはり尊敬に値する人物だと思った。何故ならあれだけの魔法を詠唱もなく放つことができるからだ。本来魔法は、精霊から力を借りるために魔法の言葉……詠唱を唱えなければならない。詠唱が精霊から力を借りるための契約の証だからだ。だがナインストレーガは、自身の体内にある魔力を直接使うため、詠唱は必要がない。だから、強力な魔法でも詠唱無しで放つことができるのだ。
 パンドラは口元を歪ませる。

「だが、これはどうかな?」

 パンドラは指を鳴らす。その瞬間、ネミッサとレイアの影から腕のような黒いものが伸びて二人を拘束する。レイアは悲鳴を上げて振りほどこうと暴れた。ネミッサはというと、うーんっと唸ってされるがままである。

「うーん、こんなこともできるんだね〜」
「呑気な事言ってる場合じゃないでしょ!」

 ネミッサが呑気に相手の事を分析していると、レイアは黄色い声を上げて抵抗する。

「まま、落ち着いてリアリース。オレらは死ぬことはないんだし」
「死ななくても死ぬよりひどい目に合うのは嫌なのよ!」
「それもそうだね〜」

 ダメだ。この人は本当に危機感がなさすぎる。とレイアは泣きそうになった。
 魔女は不老不死とはいえ、痛覚があり血も流れる。腕を折られたり首がはねられたりありったけの血が抜かれると、そりゃ痛いし、血が流れれば寒くなる。だが、死ぬことはない。不老不死なのだから。
 影の腕がレイアの腕を捉えると、腕を折ろうとしていた。

「ちょ、腕を折る気!? やめなさい! ホント痛いんだからやめなさいってばっ!」

 レイアは腕を振ろうと抵抗するが、力が強まっていく。痛みが腕全体に広がり、骨もミシミシと音を立てている。
 ネミッサは流石にまずいと思ったのか、レイアの腕をかざすが何も起きない。どうやら拘束されている事により、魔力が封じられているようだ。

「ありゃ、魔封じの効果あるのか。これは拷問より辛いかもね」
「腕なんか折られたら一月は腕が使えなくなるし痛いのよ! やだー! 生きてたいけど痛いのは嫌よー!」

 レイアは大人げなく涙を流して泣き出してしまう。ネミッサは何の抵抗もしなかった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.91 )
日時: 2019/03/06 20:35
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 そしてネミッサはニッと笑う。その笑みと同時に、パンドラに向かって火炎の塊が矢のように放たれ、パンドラの頭に向かって飛んでくる。しかし、パンドラはわずかな動きでそれを避け、火炎弾はパンドラの背後にある岩壁に命中した。

「あーりゃ、頭を狙ったつもりだったのに避けられちゃったなぁ」

 気の抜けた声と共に、広間の入り口から赤髪の青年が歩いてくる。右側の前髪を金色の髪飾りで束ね、白いシャツの上に赤いベストを着た、少し気だるげな顔をした青年だ。
 青年はネミッサとレイアが影に拘束されているのを見て、手をかざす。すると、影は炎を纏って焼き消えた。レイアは腕を上下に動かして、「ありがとー!」と青年に向かって笑顔で叫ぶ。
 それを見るや、青年はパンドラを見上げ顎に手をやりながらニヤッと笑う。

「パンドラ……いや、今はザッハークだな。夜会の魔女はもうすでにここを包囲してる。降参した方が面倒がなくて俺的には嬉しいぞ」
「「ヒートヘイズ・ドリット・ロスメルタ」……」
「昔みたいに「ヘイズ」って呼んでくれたらいいのに」

 パンドラがヘイズの名を口にすると、彼は困ったような笑顔を向ける。
 そして、パンドラから見て右方向から氷の槍が、そして左からは風の刃が双方同時にパンドラに襲い掛かった。だが、パンドラはその場から高く飛び上がってそれを避ける。

「うぅ〜、はずしちゃったね〜」
「うん……」

 そうぼやきながら姿を現したのは、金髪のふわりとした髪型、フリルのついたふわっとしているドレスを身にまとう、金色の瞳の眠そうな顔をした少女と、白い髪、白いドレスを身にまとう青い瞳の少女だった。
 「春風の魔女」の異名を持つ「ルサリィ・フュンテ・プリマヴェーラ」と「絶対零度の魔女」の異名を持つ「アブソリュート・フィーア・パールヴァティー」だ。

「貴様らも我の邪魔をするか……」
「うん、人間の問題にわたしたち魔女が首をつっこんじゃいけないんだよ〜。ね〜、リュート」

 ルサリィの言葉に頷くリュート。ルサリィはのんびりしていて気が抜けている声を出しているが、内心は怒っているのだろう。少し苛立っているようにも見えた。

「外には夜会の魔女もお前を待ち構えている。変な行動は起こさないこったな」

 ヘイズはニヤニヤ笑いながら入り口を指し示す。逃げられる場所はない……と言いたいのだろう。
 だが、パンドラはクククと口元を歪めて笑う。

「……たかだか夜会の魔女風情が、魔竜ザッハークを止められると思うな」
「やっぱ完全に乗っ取られてるな。こりゃあ……サクッとやっちまったほうが早いな」

 ヘイズは面倒くさそうに半目でパンドラ……否、ザッハークを見据える。

「オレらだけで倒せる相手なの?」

 ネミッサは指を鳴らしながら軽く準備運動をする。ヘイズは肩をすくめてははっと笑う。

「筆頭でも手こずった相手だぞ。できるわきゃねえけど……ま、やるだけやってみますか」
「ノープランなのね……」

 レイアは呆れてそうつぶやいた。
 「ナインストレーガ」にはある感情が欠けている。それは「恐怖心」である。恐れることを忘れ、気楽に前向きに生きる彼らは、ある意味この世で一番恐ろしい存在なのかもしれない。
 何かに恐れずに生き、戦うため、負けるなどという事を一切考えない。だから目の前の化け物相手にも怖気づいたりしないのだ。それは、長く生きたためなのか、それとも……

「ま、傷ついたら回復頼むよリアリース」
「う〜……私、負けそうになったら一人だけで逃げるからね!」
「うん、いいぞ。賢明な判断だ」

 ヘイズはレイアの答えに大笑いする。そして同時にヘイズはリアリースが「人間らしい」と感じた。まだ若い魔女だからかもしれないが、ここまで人間らしい考えを持つ魔女も結構珍しい。「生きたい」と望むのは、誰しも思う事なのだから。

「そいじゃ、ネミッサ、ルサリィ、リュート。いくぞ!」

 ヘイズは三人を見ると、三人は頷いて各々武器を手に取った。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.92 )
日時: 2019/03/06 23:45
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 レイアがキドルの前に姿を現したのは、帰還したその夕方だった。
 キドル達も無事帰還し、執務室にてレイアから報告を受けていた。
 ロロはというと、光が全てを包み込んだと思ったら雷竜は一人の少女へと姿を変えていた。ロロはその場で倒れ、高熱を出していたため急遽帝国へと帰還したのだ。あれから数日は経っているが、ロロはまだ目覚めない。ジュウベエが言うには「まだ巫女として覚醒していないため、力を制御できずにいる」とのことであり、あと数日は寝たきりだろう。と言う。
 レイア側はというと、ヴァルプルギスの夜会のおかげで魔女たちを集めていた元凶を戦闘不能にまで追いこめたのだという。元凶は魔竜に憑りつかれ、ハイレクーンに四大司祭に組み込まれ、従っていたのだという。そして後程夜会の筆頭が挨拶に来るらしい。
 またあの道化か……と頭を抱えたくなってしまう。
 そして雷竜に姿を変えていた少女……「リリー」はソール王国周辺で暮らしていた守護聖竜の末裔であるとジュウベエが教えてくれた。大精霊ソールに生み出された守護聖竜が代々王国を守ってきたのだという。雷竜の力を操る腕輪は、ソール王国の王族が保管しており、今はラクシュミ王女が持っているそうだ。
 リリーに対する処分はキドルに委ねられているため、とりあえず保護する事にした。恐らく四大司祭が絡んでると思われるため、奴らにまたリリーを奪われればまた道具として扱われる事だろう。
 そういう事で、今回の二つの場所で起きた事件は解決……と言う事にしておいた。

「全く、イース同盟相手よりもしんどいな」

 キドルがそうぼやきながら背伸びをする。
 それよりも驚いたのは、レイアの態度だった。以前は「や〜んキドルちゃ〜ん」などと猫なで声で話していたが、今日はものすごく疲れているのか、なんというか……普通だった。「普段からそうすれば俺も疲れなくて済むんだがな。」とキドルはため息交じりに声を出す。

「失礼します、ティニーン隊長」

 キドルを呼ぶ声が聞こえた。キドルは椅子から立ち上がり、周りを見る。が、誰もいない。もちろん窓の外にも。

「こっちこっち。こっちですよ」

 声は壁の方から聞こえる……。というより、壁に掛けていた鏡からだ。キドルは覗き込んでみると、驚いた事に自分の姿は映っていなかったが、代わりに灰色のフードを被った銀髪の少年の姿が映っていた。
 右が銀色、左が茶色の瞳を持ち、灰色のぶかぶかのチュニックと薄い黒色のズボンを身にまとう、幼い少年が不敵に笑い、キドルを見ていた。

「はじめまして、「キドル・ティニーン」殿。ご活躍は聞き及んでいますよ」

 少年はにこりと笑う。笑顔だけ見れば無邪気な少年そのものだ。

「え、っと……貴方は?」
「おっと、僕は「ユーノ・ノイン・ヘルベティア」。名前だけは存じていますよね?」

 ユーノの名を聞いてキドルは驚いた。その名を知らぬ者はほとんどいないだろう。彼はそれほどの大物なのだ。

「「警告の魔女」の……!」
「あ、畏まらなくていいですよ。今日は御礼を言いたくて」

 ユーノは居住まいを正すキドルに対し、満面の笑みを浮かべながら手をヒラヒラと振る。

「そちらのレイア殿の協力のおかげで助かりましたよ。ザッハークを再び封じ込めることに成功しました。ありがとうございます」
「い、いえ。レイアは元々夜会の魔女……当然の事ですよ」
「謙虚ですね。あともうひとつ」

 キドルは「もうひとつ?」と腕を組む。

「「ナナ」をそちらで預かってもらってるみたいですね」
「ナナ?」
「あれ、知りません? そっちでは確か「ダランベール」と名乗ってましたっけ」

 キドルは「ああ」と声を出した。プラチナの紹介で騎士団に加入してきた、天才魔導学者「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」。
 なんだか独特な喋り方と仕草だったので、魔導学者は皆こうなのかと思っていたが……魔女だったとは。しかも、ナインストレーガの一人。

「はい、本人は魔女と名乗ろうともしませんでしたが」
「そりゃ、あの子は結構プライドが高いんだもん。まあ、そちらにいるなら安心できます」

 ユーノはうんうんと頷いてやはり笑みを浮かべている。

「まあ、レイアもダランベールも良い子なので、キドル殿の所に預けておけば安心ですね」
「恐縮です」

 キドルは顔を赤らめながら一礼する。まさか夜会筆頭である彼と会話どころか礼を言われる日が来るとは、夢にも思わなかったからだ。

「ま、これからも貴方の活躍には期待していますよ、キドル殿」

 ユーノはそういうと手を振って、「またいつか」と一言残してユーノの姿が消え、鏡は元通りキドルを映していた。
 キドルはふ〜っとため息をつく。まさかある意味皇帝より恐ろしい人物に期待されるとは……。
 だが、進むべき道は一つしかない。キドルはそう考え、窓の外を見る。真っ赤に燃える夕陽は沈みかけ、黄昏の光が帝都を照らしているのが見えた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.93 )
日時: 2019/03/07 20:30
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

第五章 追憶

 キドルは執務室にて、マビノギオン砦での戦いの報告を受けていた。
 マビノギオン砦には、キドルの部下である「ラクス=エルフォード」を潜入させ、アイオロス公の一人娘である「シャラザード・グン・エリエル」について調べさせていた。彼はソール王国の追撃部隊の指揮官を務めていたが、一人の竜騎士に邪魔をされたという話も聞く。恐らくセレスだろう。無事にあちらに合流できているようで安心する。
 シャラザードという少女は思った通り、民のために命を賭す立派な騎士だ。ラクスの報告には、ボロボロの武器を持って二人の重騎士相手に民を守ったという。その後ラクスは、一人の治療師の渾身の一撃で深手を負ったという。なんでも、精霊の力を使った。とのことだ。
 治療師というのは、癒す力はあっても戦う力はないと思っていたが、多分火事場の馬鹿力というやつだろう。とキドルはふっと吹き出してしまった。

「閣下、以上が報告であります」
「すまない。次の出撃まで身体を休めてくれ」
「失礼します」

 簡素な掛け合いだが、彼はジュウベエやレイアやプラチナとは違い、かなり冷静沈着なのだ。常に冷静で口数も多い方ではない。最近おしゃべりな部下が増えたものだから、むしろそっちが普通なのをすっかり忘れていた。
 それにしても、もうあまり時間がない。できることは今のうちにやっておかねばならない。兵の数もそうだが、他にもいろいろと問題は山積みなのだ。
 キドルはふと外を見る。
 いつもと変わらない街並みが広がっている。そして、窓から見て右側に鬱葱とした森があった。キドルはそういえばもう8年くらい前だろうか……。森で修行していた時に、不思議な精霊と出会ったな。と思い浮かべた……。


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