複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.104 )
- 日時: 2019/03/16 00:40
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
宴の数日後。シャラはイース王城の会議室で開かれている定例会議に出席していた。
会議はイース王国をめぐる状況を議長であるリデルフが説明した後、各戦線の責任者がそれぞれの細かな戦況を報告する流れになっていた。
「現状でディーネ公国は完全に敵の手に渡った。その上、帝国は三万もの軍勢をグランパス要塞に派遣し、橋の復旧と共にイース王国に総攻撃を仕掛けると考えられる」
リデルフが壁に張り出された地図を指すための指し棒を悔しそうに握りしめる。
東部戦線は完全に崩壊した。現在は各国に戻り籠城を続けているという。
東部諸国同盟と戦っていた帝国西部軍はディーネ、エリエルに侵入し、そこでイース王国侵攻の準備を整えているという。
「では、デザイト方面軍の報告はイスラフィル公子からお願いする」
リデルフが名指しすると、それまで席についていたイスラフィルが小さく頷いて立ち上がる。
「現在、我々は五千の軍勢を率いてデザイトの公都であるルクを奪還するべく進軍している。だが途中にあるハルト砦に手を焼いている状況だ」
確かに、当初の予定ではもうルクを落とすか、少なくとも公都を目の前にする位置まで軍を進めているはずだった。
ブリタニアから単純な距離だけでいえば、ハルト砦は公都ルクまでの道の中間地点に存在する。つまり、知勇を兼ね揃えたイスラフィルが五千もの軍を率いて、まだ予定の半分しか消化できていないのだ。
「現在、無駄な消耗を避けるためにハルト砦自体には攻撃を控え、周辺の掌握に努めている」
「補給を断つつもりか?」
どのような堅牢な砦であろうと、中に人間がいる限り補給が必要となる。正面から武力で砦を落とせないなら補給を断ち枯渇させてから降伏を迫る。直接戦うにしても、物資が乏しくなった後なら士気も落ちるだろう。そうなれば手を焼かされている今の結果もおのずと変わってくる。
「だが、時間がない」
時間とは、トゥリア帝国がイース王国に全面攻撃を仕掛けてくるまでの時間の事だ。
「この方法を続ければ確実に砦を落とす事ができる。しかし……」
ハルト砦を落とし、ルクを取り戻すまでにイースは攻め落とされる。そうなればイース同盟の敗北だ。トゥリア帝国がイースを攻めるまでに、デザイトを取り戻しその勢力を戦場に持ってこられなければ、イース同盟は万に一つも生き残れない。
「誰か考えがある者はいないか? どんなものでもいい! どんな型破りな提案でもいいのだ! 何かあれば、私がそれを実現してみせる!」
会議室の机をたたいて訴えるイスラフィルに、しかし誰もが沈黙を守った。ただ一人、シャラを除いては。
「イスラフィル公子。ハルト砦に裏口は存在しますか?」
「無論だ」
「では、私達エリエル騎士団が秘密裏に公子の軍と合流し、ハルト砦の裏より忍び込みましょう」
イスラフィルは顎を撫でながらしばらく考え込んだ。自分でも頭の中で計算を立てているのだろう。
そしてしばらくの沈黙の後、「うむ」と頷いた。
「なるほど、いい加減、敵は我らの戦力がどれだけあるか知っているだろう。我々は五千。正面から五千が攻めていけば、敵はこちらが全力で攻め込んだと思い裏口が手薄になる、か……。だがシャラ公女。裏口は私に任せてもらおう」
「ですが……」
シャラは言い淀む。裏口からの隊は危険だ。うまくこちらの策に乗ってくれればいい。しかしそうでなければ敵に囲まれてしまう。だからこそ、シャラは自分で裏口を受け持ちたかったのだ。
「いや、ハルトの裏口は口で教えるのは難しい。それにあの砦を指揮している者には心当たりがある。私の勘が当たっていれば、どうにか説得できるかもしれない」
「そう、ですか。そうであれば正面からの攻めはお任せください」
「うむ。シャラ公女も、残りの軍の指揮をよろしくお願いしたい」
そう、イスラフィルが少数の人員を引き連れ裏口を攻める。残る多くの部下達は、代わりにシャラが指揮する事になるのだ。
「わかりました。若輩者ではありますが、イスラフィル公子の代わりを務められるように努力いたします」
「なに、公女なら大丈夫だ。しばらくの間、戦線を持たせてくれればそれでいい。よろしく頼む」
会議はその後、細かな手筈を打ち合わせて終わった。
これが次に進むべき道なのか、あるいはこの戦いでそれが発見できるのか、シャラはまだ道を見つける事ができないまま新たな戦いへと赴くのである。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.105 )
- 日時: 2019/03/12 23:34
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
風がブリタニアの街がよく見える丘の上を吹いている。風が整った白い髪を撫でるように、穏やかな風だ。少女はそこに立っていた。
白装束を着込み赤いローブを羽織る、よく晴れた蒼天のような蒼い瞳を持つ少女だった。
「ふう、ようやくたどり着いたな。あそこが王都ブリタニアってとこかな?」
少女は誰かに話しかけているかのように、風に語り掛ける。その声は凛としていてはっきりとしている。
風は返事をするかのようにつむじ風が舞う。不思議な事に、そのつむじ風から一人の青年がどこからともなく現れた。
褐色肌を持ち、橙色の目立つ短髪が風で揺れている。顔には赤い模様が描かれ、肩を出した薄い上衣、腕にも顔と同じく赤い模様が描かれていた。その青年は普通の人間には持っていないものを持っている。それは背中から生えているまるで鳥のような大きな翼だ。
「そうだよ「カンナ」。あそこがイース同盟の最後の砦……ん? なんかすっごい強い力を持った存在が王の近くにいるようだな」
「ああ、大精霊様の言う通りなら……恐らく近いうちに王は身近にいて、しかもとても信頼している人物に殺される事になるだろう」
カンナの言葉に青年は二回頷いた。そして目を凝らして街を見る。
「カンナ、あの街は気を付けた方がいいぞぉ。幾人か帝国軍が混じってるみたいだ」
「やはりか……この事を誰かに伝えなきゃいけないんだが……」
カンナは腕を組んでうーんっと唸る。
すると、青年は瞳を閉じて手をかざしてみた。そして、しばらくした後に瞳を開け、指をさす。
「あそこに魔女がいるみたい、俺の魔力を感知して手招きしてくれてるぞ」
「相変わらず君は本当に便利な精霊だね」
カンナは青年に笑いかける。青年も釣られて笑みを浮かべ、再び腕を組んだ。
「当然、なんてったって風の精霊「ゼフィロス」様だぞ」
「まあ、それはいいや。その魔女さんとやらにこの事を伝えて、協力してもらうよう頼みに行こう」
「オッケー!」
カンナの言葉に手を振り上げて叫ぶゼフィロス。カンナはふうっとため息をついて、ブリタニアの街に向かって一歩歩み出した。風がそれを後押しするように吹き、二人を見送った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.106 )
- 日時: 2019/03/13 19:49
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
ハルト砦直前の平原に、デザイト方面軍の宿営地はあった。
行軍時、町や村で宿を借りられない場合、このようにテントを張って宿営地を作るのがふつうであった。特に今回のような城攻めや砦攻めでは、長期間同じ場所で足止めを喰らう場合が多く、宿営地の果たす役割は大きい。
戦闘に巻き込まれる事が少ないので戦闘力の低い補給隊はここで待機しているのが普通で、また本国の文官が視察に訪れる場合なども、実際には戦場までは行かずこの場で前線からの報告を聞いて状況を把握する事が多かった
デザイト方面軍の宿営地はシャラが見たこともないような大きなものだった。
数え切れないほどのテントが林立し、木の杭を地面に突き立てるだけの簡単なものながら、防壁を備え、兵営地の入り口にいるシャラからではその果てがよく見えなかった。
そして宿営地のすぐ外に兵達が直立姿勢のまま待機していた。その数、約五千。一部の偵察隊や伝令兵を除いて、デザイト方面軍の全てがここに集まっている。彼らが待っていたのは王都に向かったイスラフィルである。彼が一進一退の状況を覆す術を持ち帰るのを待っていたのだ。
五千の兵の前に、にわかに演台が築かれその上にイスラフィルが登った。
兵達の目が一斉に彼に注がれ、だがイスラフィルは身じろぎもせず兵達の視線を浴び、受け止めていた。
「皆、よく聞け。我々の使命はデザイトを解放し、デザイト軍に再びイース同盟の先陣を飾らせることである!」
イスラフィルのよく通る声が草原に響き渡る。
「我々の責任は大きい。この使命が果たされるか否かによって、イース同盟の命運が決すると言っても過言ではないだろう。だが目下、我々は苦戦を強いられている。このハルト砦が立ちはだかっているせいだ。だが、私は王都よりハルト砦を陥落させる秘策を持って戻って来た!」
兵達が歓声を上げる。
デザイト方面軍には、イスラフィルを慕って降伏してきたデザイトの人間も多く含まれている。つまり郷土を同じくする者同士が戦い合っているのだ。心身ともに疲弊しているだろう。だが兵達の士気は高かった。皆、しっかりと目に力が宿っている。
「さあ、シャラ公女」
演台の下で聞いていたシャラを、イスラフィルは急に振り向きその腕をつかむと強引に演台の上へと引っ張り上げる。
「私は少数を率いてハルト砦の裏を突く。貴君らは、この若き司令官に従い砦の正面より侵攻し、敵の目を逸らして欲しい。彼女はエリエル公国の公女、シャラザード公女だ!」
五千の兵が静まり返った。
シャラは胃のあたりが重くなったのを感じた。最初、裏口側を担当すると言ったのはこのためでもある。陽動であるならエリエル騎士団だけでなく、五千のデザイト方面軍が一斉に行動を起こす必要がある。そうでないなら敵の指揮官もエリエル騎士団のほかに五千の兵がある事を知っているからだ。
あくまでハルト砦を攻めていた大多数の兵が行動を起こさない限り、本気で攻めて来たなどと考えないだろう。であるなら、イスラフィルの軍をシャラが借り受け指揮を執る事となる。
軍は生き物のようなものだ。頭だけ挿げ替えた所で上手く動くはずがない。少なくとも兵達がシャラを指揮官と認め、自分の命を預ける事が出来なければ、まともな戦いにすらならないだろう。
何日か時間があればまだしも、作戦はこの後、ここを出たその足で開始される。すぐに認められると思っていたわけではない。だが思ってもみなかったこの沈黙は、重く、痛かった。
それにシャラは今迄も初めて出会った人物からよく「小娘」と切り捨てられてきていたが、それを含めてもきっと「こんな小娘」なんかに指揮などされても、気分は良くないのだろう。
兵達は壇上に登ったシャラを凝視し、そして近くの者と何か囁き合っている。とても歓迎している雰囲気ではなかった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.107 )
- 日時: 2019/03/14 23:32
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
不安を抱えたまま、シャラは軍をハルト砦へと進めた。
本当ならもう少し時間が欲しいところである。しかしイスラフィルはもう出発している、その上でシャラが不自然に戸惑っていては余計に兵達に不信感を植え付けてしまう。それだけはできなかったのだ。
ハルト砦は、小さな湖の畔にある、小高い丘に建てられていた。
砦自体の建物は堅牢な城壁に覆われシャラの目からは見えない。ここから見えるのは物見用だと思える三本の塔のみである。ただ、一目でこの砦のやりにくさは見て取ることができた。
砦の周囲は小さな林が点在するものの見通しはいい。その意味で、よほど少数の隊でなければ奇襲は不可能である。さらにこの砦の厄介なところは、城壁が二重になっており、外側の城壁は丘の外周とその下に広がる平野部——そこにある街ごと砦を覆っているのだ。
砦の周りを流れる河川のせいで、例えば大人数で破城鎚を使って城壁を打ち破るような広さがない。自然と襲撃点は城壁の門に限られるのだが、門の裏には常に敵騎士団が待機しているようなのだ。
シャラ達が砦に近づくと門が開き、何十騎もの騎馬兵が姿を現した。それも、長大なランスを携えたランスナイトと弓騎馬兵との混合部隊がだ。
砦の城壁とその周囲を囲む川との間はそれほど広くはない。まともにこれを迎え撃つことは困難だ。それが充分命令系統の整っていない部隊であればなおの事……
「シャラ様」
川の対岸で進軍を止め様子を窺うシャラにセレスが歩み寄ってくる。
「ひとまず私を偵察にお出しください。そうすればその間、軍を止めていても逡巡しているようには見えません」
セレスの提案に、シャラは無言で頷いた。
「すみません。そうしていただけると助かります。実際、街の中にいる敵の配置も知っておきたいですし、どの程度の敵を引き付ければいいか……おそらく数ではこちらの方が優位に立っているはずなんです」
「はい、お任せを」
セレスはシャラを励ますように微笑んで踵を返す。
少し離れた場所に騎竜を着地させていたセレスは、青く艶やかな髪を風になびかせ、飛び立った。
竜騎士に見慣れていないデザイト方面軍の面々は、その姿に感嘆の息を漏らしながら目を奪われているようだった。
イスラフィルにはこちらの状況を知るすべがない。打ち合わせ通りの時間に突入してしまうだろう。このままここに立ち止まっている事は出来ない。かといって、無謀に攻め込んで兵を無駄に危険に合わせる訳にはいかなかった。借りものとはいえ、任されたからにはこの隊はシャラの隊。騎士や兵士達はシャラの部下なのだ。
出来れば無傷で、無理だとしても少しでも犠牲を少なくしたい。
馬上でため息を漏らしながら、シャラもまたセレスの姿を目で追った。優美に空を舞う竜。まるで蒼穹の一部となったかのようである。
だがその瞬間、木が軋むような不気味な音がキリキリキリキリと風に乗って響き渡る。
「この音……なんでしょうか」
シャラは視線を巡らせる。風はほぼ無風に近い。それに煽られ軋みを上げている木などどこにもなかった。砦の中から、銀の光が一条の筋となって飛び立った。それは鋭い風切り音を残してセレスと騎竜に襲い掛かる。
「危ない!」
思わずシャラは馬上で叫ぶ。その声が聞こえたかのようにセレスの乗る竜は体勢を崩しながらも身をよじりどうにか銀の光をやり過ごす。
第二撃を警戒したのかセレスはそのまま方向を転換し隊の方へと撤退してくる。
「バリスタです」
しばらくして、戻ってきたセレスが緊張した顔でそう告げた。
バリスタとは、簡単に言えば巨大な弓である。人の身長の倍ほどもある巨大な弓を、木で組み上げた枠で固定し、強靭な弦から、細い樹から枝や根を払って穂先をつけただけのような巨大な矢をつがえて放つ、強力な射程兵器である。帝国が開発し、帝国の要塞などで見かける事があるという。シャラも話だけは聞いたことはあったが実物を見たことはまだなかった。
バリスタまで?
兵の誰かが騒めいた。空から偵察する事がなかったデザイト方面軍も、バリスタの存在を知ったのは今が初めてだったのだろう。
「セレス、数はわかりますか?」
「はい、幸い配備されているのは一基のみです」
恐らくトゥリア帝国から運び込まれたのだろう。
「射程は?」
セレスはしばらく考え、その質問に答える。
「恐らく城壁の外に届くかどうかというところかと。ただ、私はかなり接近してからバリスタの存在に気が付きました。ですが冷静に思い出すと、あの攻撃は狙いが少しずれていた気がします。もちろん避けなければ当たっていましたが」
「つまり、運用している人間は不慣れなこの砦の人間だと?」
「はい、ですから城壁の外にいる限り、それほど警戒せずともよいでしょう。特に城壁があるため、どうしても矢の軌道を山なりにしなくてはなりません。上に打ち上げそれを命中させるのは困難だと聞きます」
つまりハルト砦の城壁が、皮肉にもシャラ達を守ってくれるのだ。
背中越しに兵の動揺を感じる。シャラは大きく息を吸い込んで、周りの兵に聞こえるように声を張り上げた。
「わかりました。練度が低いのであれば恐れる事はありません! すでに算段は整っています」
そう言い放ち、シャラは愛馬を振り向かせると固唾を飲んでこちらを見守っていたデザイト方面軍の兵達に号令を発した。
「これより砦攻めを開始します!」
もはや迷っている暇はない。腹をくくるしかないのだ。
「急に司令官が挿げ替えられ、しかも諸君らの半数は同胞であるデザイト軍と戦わなければなりません。さぞ混乱していると思います。だから……」
兵達は言葉に引き寄せられた。恐らく、彼らは不安を感じている。感じながら、不安に思ってはいけないと焦っているのだろう。少なくとも悪意は感じない。兵としての義務感と本能との間で揺れ動いている。シャラにはそう見えた。
「だから、混乱していてもらっても構いません」
五千の兵がどよめいた。
「私が貴方がたに望むのは、この戦いの中で命令に反しない事だけです。それさえ守ってくれれば少々士気が低かろうと混乱していようと関係はありません。私が貴方がたを勝利へ導くことを約束します!」
シャラは愛馬を翻らせ、自ら先陣を切って砦に続く橋に向かう。その後にエリエル騎士団が続く。デザイト方面軍は戸惑いながらも後を追うのだった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.108 )
- 日時: 2019/03/15 00:07
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
シャラ達が砦に向かって出発した頃、イスラフィルは少数の部下の実を引き連れ砦の裏側で息を潜めていた。
森の中は重く湿った空気が沈殿している。
空はほとんど見えない。大人が何人もかかってやっと一回りできるほどの太い幹を持った木々が乱立していた。葉は青々と生い茂り、空を覆う緑の天蓋となっている。
年老いた森のようだ。ひょっとすればイストリア帝国の民がこの大陸にやって来たよりも長い時間、ここで人々の営みを見守っていたのかもしれない。
地面の下では根と根が絡み合い、苔むした地面を押し上げ、あるいは陥没させて複雑な凹凸を生んでいる。不意に鳥の鳴き声が聞こえ、部下の一人が驚いて振り仰ぐ。
「おいこら、このぐらいで驚いているんじゃない」
イスラフィルはことさら明るく言い放った。
「こんな事で驚くなんて、お前ちゃんとタマがついとらんのじゃないか?」
どっと周囲が沸いた。
「おいこらお前たち、俺達は一応隠密行動をとっているんだぞ! ……俺が一番うるさいか」
もっと大きな声を張り上げ、慌てて口を押さえる。
この程度の声で見つかりはしない。砦からはまだ距離を置いて待機しているからだ。こうしておどけておけば、兵達の緊張が解けると考えたのである。
「イスラ様こそ気を付けてくださいよ!」
「いやー、すまんすまん」
兵の一人に笑いながら注意されると、イスラフィルはおどけて肩をすくめた後、笑い飛ばした。それでまた兵達は笑う。場の空気が和んだ。
「大丈夫だ。きっと砦は落ちる。俺達は自分たちのできる事をすればいい。それだけでいい。だから皆、心配するな」
そういうと、皆の笑みが消え再び不安そうな表情を浮かべた。沈黙が立ち込める。イスラフィルはただ黙って誰かが口を開くのを待った。
こちらの部隊は慎重な行動が要求される。だからこそ、イスラフィルはデザイト出身の兵だけでこの部隊を構成した。少しの蟠りも存在してはいけないからだ。戦闘が始まる前に、全ての蟠りを吐き出させておいた方がいい。
しばらくして、兵の一人がおずおずと口を開いた。
「あの、エリエル公国のシャラザード公女は、信用のおける人物でしょうか?」
「ん?」
「あのような若い……しかも年端もいかない指揮官が、我々のように様々な国から寄せ集めた軍を掌握しきれるものでしょうか?」
五千は、数だけを見れば確かに大きな軍隊である。しかしデザイト方面軍は、デザイト軍から離反した兵と、ディーネ、イース両軍から派遣された人員で構成されている。当然、デザイト奪還に対する考え方や情熱にはそれぞれズレがある。イスラフィルもそこに細心の注意を払っていた。決して差別したり、部下の理解に手を抜いたりしない。
「あの上品そうな……戦も知らないような少女に、それができるのでしょうか?」
一人の兵がおずおずと言い出した言葉の答えに、部隊の全員が耳をそばだてていた。デザイト軍から離反した兵とは言っても、イスラフィルと共にウエスト砦から救い出された人間は一人もいなかった。まだほとんどが戦場に復帰できていないからだ。イスラフィルとて、未だに本調子ではない。あの時の誰かがこの場にいてくれれば、話は楽だったのだが。
「皆、いい事を教えてやろう」
ニンマリと笑いながらイスラフィルは内緒話をするように声をひそめた。
「公女はな、たった三百の兵を率い、五千の軍を撃退したのだぞ」
その瞬間、部下達の顔が青ざめた。その数の差は十五倍以上。聞いただけで、あるいは自分がその戦場に追いやられたらと想像しただけで、肝が冷える状況である。
「しかもその相手というのが、我がデザイト騎士団の精鋭だ。彼女、そして彼女を支える仲間達は強い。俺や、お前達よりも確実にな」
兵達は怯えたように口をつぐんだ。兵にとって圧倒的な強さは、憧れと共に恐怖の対象である。
「わずか百騎で同盟に加わり、千人もの規模を誇る盗賊団をうち倒し、ソール王国が落ちれば、そこから落ち延びる騎士達を数千の帝国追撃隊の中から救い出し、そしてウエスト砦からは俺達を救い出した。お前たちも聞いたことがあるだろう? グランパス大橋破壊工作。アレもシャラ公女の手柄なのだぞ」
シャラはモルドレッド以下、イース王国の重鎮達には疎まれているのか、その手柄は公式にはほとんど公示されていない。だから兵は、彼女の優し気な風貌と歳、性別だけを見て不安に思うのだろう。
「あの歳で歴戦の勇者の一人だ。それが五千の軍を得た今、不可能などないさ。だから俺は、彼女に軍を任せた。安心しろ!」
兵達は、誰もが目を丸くし口をパクパクさせていた。
「おいお前ら、あんまり失礼な事を考えていると、シャラ公女に言いつけてしまうぞ〜」
ニヤリ、と笑うと兵達は思わず立ち上がって声も出せずに頭を振る。
「よ〜し、それでいい」
イスラフィルは小さく頷いた。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30