複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.109 )
日時: 2019/03/16 01:39
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 デザイト方面軍は各国から編成された混合軍だ。当然士気の問題はついて回る。しかしその問題を無視できるなら、あとは多様な兵種による恩恵に浴すことができた。
 シャラはハルト砦への橋を渡り切った時点で、重歩兵を前面に展開した。鉄の壁が城壁前の狭い場所に広がる。鎧の集団が、まるで一匹の巨大な昆虫のようにじわりじわりと前進していく。
 拠点防衛でもない限り、全身を鎧に包み大きく厚い盾を携えた、鈍重な兵を前に出す事は少ない。実際、機動力を売りにする敵騎馬兵のほとんどが、進むべき場所がなく橋の向こう側で屯させられていた。
 重歩兵たちは剣を抜くこともなく、厚い壁を両腕で支えていた。シャラが命じたのはただ盾を構え、決して的に突破されない事のみである。
 そう、グランパス大橋での戦いと同じだ。まずは敵のランスナイト部隊を沈黙させるのが狙いだった。
 ランスナイト団は、この異様な戦法に戸惑い、攻めあぐんでいた。なまじこちらの足が遅いだけに、考える時間は迷いに変わる。
 彼らの考えはこうだ。「砦の前は狭い。攻め込んだ敵は逃げる場所もなくランスに貫かれ命を落とすしかない……」と。
 しかし逃げ場がないのは彼らも同じなのだ。彼らは城門を守らなければならない。そのためにはこちらが城門に近づけば戦いを挑むしかない。だが重歩兵の盾を槍で貫くのは至難の業だった。できるとするなら、その勢いで押し切り、盾を弾き飛ばし、その間隙に槍をねじ込むだけ。
 だがそれも、武器を持つべき右腕まで盾の保持に回した時点で不可能となる。
 場の緊迫感は頂点に達した。我慢しきれなくなった敵のランスナイトの一人が、ランスを構え駆け出したのだ。
 重歩兵達に緊張が走る。

「恐れるな! 盾の陰から体が出なければやられはしません!」

 シャラは愛馬から飛び降りると自らも盾を取り出し重歩兵の背中から鉄の壁を支える。
 一瞬の間を置き、凄まじい衝撃が重歩兵たちを揺るがした。
 重歩兵の鎧の重量は、伊達ではないのだ。その重さは、防御を高めると同時に敵に押し切られないためのものである。
 衝撃はすぐに止んだ。グランパス大橋の戦いでもそうだったように、騎馬の入れ替えがうまくいっていない。ランスナイトが恐ろしいのは強い突進力を持った攻撃が連続して襲いかかる点だ。
 だが先に突撃したランスナイトがどかなければ、続けて攻撃することはできない。味方ごと攻撃するのでもなければ。そうなればただ少々強力な突進でしかなくなるのだ。

「おぉ」

 重騎士の誰かが感嘆のため息を漏らした。
 ランスナイト……特に集団で現れたランスナイトは、戦場で最も恐ろしい敵の一つだ。歩兵を蹴散らし、弓兵の攻撃を弾き返し、立ちはだかる敵を薙ぎ払う。たとえ重歩兵であろうと、片腕では盾を支えきれない。
 そのランスナイトの突撃を、自分たちの盾が受け止めた。それは驚きと共に興奮を生み出す。

「よし。陣形を乱さないでください。防御に徹すれば、ランスナイトの攻撃といえど恐れるに足りません!」

 グランパス大橋での戦いがそうだったように、この戦いを制するには次の一手が重要なのである。敵は、すぐにランスに持ち替え、小ぶりな槍や剣で隙間を狙ってくる。シャラに必要なのは、敵が冷静さを取り戻すまでに次の手を打つことであった。

「失礼します!」
「お先じゃ〜♪」

 背後から現れた声は、シャラの馬の背、重歩兵の肩を飛び渡り、鉄壁の向こうへと躍り出る。

「スピネル!」

 異国風の服に身を包み、細身の蒼い剣を携えた妙齢の女性は単独で敵の中に飛び込んだ。着地すると同時、剣を抜き放ち銀色の刃を水のように青く一閃させた。
 彼女の周りにいた何騎かの馬が呆気なく崩れ落ちる。
 ランスナイトの包囲が一瞬広がると同時にスピネルはその隙間をすり抜けつつさらに数騎の騎士を薙ぎ払った。
 それは攻撃というよりまるで華麗な舞い。
 刃が陽光を弾き返し、銀の光が優雅に流れた。
 敵も味方も、誰もが一瞬その舞いに心を奪われ、そして敵には確実な死が与えられる。
 シャラはただ一人冷静に事態を見極め、そして後方に指示を飛ばした。
 命令が届くと、後方に屯していた味方の騎馬部隊から、いくつかの小隊が駆け出した。目指すのはこちらではない。橋は未だに人が密集し、とてもではないが入り込む余地はない。
 飛び出した小隊が進むのは橋の向こう側。遠巻きに回り込み、そして小川が挟んだ対岸に辿りついた。兵種は弓騎馬隊。ヒルダ、イグニスが指揮する小隊とデザイト方面軍の弓騎馬隊。弓を操れるありったけの兵員が全て、重歩兵とランスナイトが押し合っているこの場の対岸に駆けつけた。
 スピネルはランスナイトの包囲を突き抜け、その後方に待機している敵の騎馬部隊へと突き進んでいた。シャラの目の前には、スピネルの突撃で動揺を強め、屯する敵のランスナイト部隊。

「放てぇっ!」

 シャラは対岸の弓騎馬隊に向かって号令を発した。
 弓騎馬隊は向こう岸で一列に並んだが、号令への反応は鈍かった。素早く行動に移したのは、ヒルダとイグニスの部隊だけである。
 敵のランスナイト達は、不思議そうにその様子を見ていた。普通の騎士とは違いランスを保持し突進する事が基本であるランスナイトは、重歩兵には及ばないものの細かい動作を必要としない分防御に関してはかなり重武装である。乗馬にも鎧を纏わせ、弓の効果は薄い。ランスナイトに最も効果的なのは魔法による一撃なのだ。
 だがヒルダとイグニスは迷うことなくそれぞれ第一撃を放った。
 風を裂いて、一本の矢が川の向こうから飛来した。

「がっ!?」

 それは一人のランスナイトの、分厚い鎧に吸い込まれるようにして、彼を馬上から突き落とした。
 デザイト方面軍は、潤沢な装備を整えていた。エリエル騎士団には扱う事が出来ないような高価な武器防具が配備されている。モルドレッドがどれだけデザイトを恐れているかの証拠だろう。
 その中に、貫きの矢というものがあった。貫通力を極限まで高め、鋼鉄の盾であろうとはじき返される事はなく突き刺さる。ランスナイトがいくら武装を固めようと、足を止め、精度の高い狙撃が行える状況へ持ち込めば、その鎧の弱い部分を貫通して本体に損傷を与えることができる。
 ヒルダの一撃が、それを証明した。
 すると動きの鈍かったデザイト方面軍の弓騎馬隊が、にわかに色めき立つ。
 ヒルダとイグニスの隊は彼らに構わず次々と矢をつがえ放っていく。さも、やる気がなければ自分たちで充分だというように。
 音を立て矢が敵のランスナイトを襲い、そして次々と馬上から突き落としていった。
 戸惑っていた弓兵達が、慌てて自分たちも貫きの矢をつがえ射始める。
 城門前の勝負が決するのはそれから間もなくの事である。ほとんどが戦闘不能になると残りの敵兵も次々と投降した。
 城門前の戦いはひとまず沈静化した。だが破城鎚を使う広さはない。乗馬した人間が悠々通れるほどの背の高い門は、分厚い木の扉によって閉ざされていた。扉は鋼の板によって補強され、いくつもの鋲が打ちつけてある。
 このような場合、根気よく斧か何かで扉を削っていくのが常識だ。だがシャラ達には今、そのような余分な時間は残されていない。手をこまねいている内に、イスラフィルが潜入してしまう。ハルトの街にも相当数の兵力が待機しているはずだ。少なくとも街中の勢力だけは排除しておかなければならない。

「フィアンナ、クリス!」

 後方から、黒いローブを着込んだ黒髪の女性と、ローブに身を包んだ少年が姿を見せる。

「どうか、お願いします」
「御意のままに」
「お任せください」

 二人はしっかりと返事をして頷く。
 シャラはかつてこのハルト砦に赴任していたという騎士を呼び寄せると、重騎士達に円陣を組ませ、その背にフィアンナとクリスを登らせる。
 呼び寄せた騎士の指示に従い、フィアンナとクリスは重騎士の背に乗ってやっと届く高い位置にフィアンナは両手を、クリスは魔導書を片手に右手を押し当てた。二人は目を閉じ精神を集中させる。

「炎よ」
「舞え」

 力を引き出す言葉と共に赤と青の火柱が二つ立ち上った。扉の向こう側に。

「炎よ!」

 二人はさらに力強く言葉を発する。さらにもう一撃立ち上るのが見えた。
 爆音が轟き、一瞬の後、扉の向こうで地響きが轟いた。
 木の焼き焦げる臭いが辺りに充満する。

「な、何をしたのですか?」

 傍にいた重騎士の一人が恐る恐るシャラに問いかけた。
 シャラは振り返って笑顔を浮かべる。

「この門の閂は、頑丈な鋼鉄製です。ですが、あまりに頑丈にし過ぎたせいで横に滑らすのではなく、丈夫な鋼を巻き付け滑車で上に引き上げなければならないそうなんです。つまり、閂を支えている金具は上に解放した形になっています。魔法の力は大きな爆発力を持っています。あの二人は、自在にその方向を操れるのです。片や精霊、片や優秀な魔道士。その二人の持つ爆発力を一点に集束させたのです」

 シャラは扉を振り返り、言葉を続けた。

「すると、ああなります」

 扉が大きな音を立てて開かれていく。その向こうに、中心を真っ赤に灼熱された鋼鉄の閂が落ちていた。外れたのだ、魔法の爆熱が下から押し上げたことによって。

「しかし、中に入ればバリスタが……」

 心配そうに表情を曇らせる重騎士に、シャラは砦を指示した。

「それならもうすぐ沈黙します」

 シャラが指した先に、予め指示を出していたセレスの姿があった。だが彼女は一人ではない。その背にしがみつくもう一人の人影こそが、この策を左右する人物であった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.110 )
日時: 2019/03/16 01:44
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 凄まじい音を立て、竜の翼は空気の壁を切り裂いていく。その背は鋼のような筋肉の動きで思った以上に揺れ。暴れ馬の背が心地よく思える程だった。
 吹き付ける風は、まるで嵐のように激しく、一瞬でも気を抜けば彼女の身体を呆気なく中空へと吹き飛ばしそうであった。
 その後は緩やかな落下と死。
 ラクシュミは竜を操るセレスの背に必死でしがみついていた。

「気分は悪くありませんか?」

 振り返るセレスに、ラクシュミは意地だけを支えに頷いた。
 常に突風に近い風が吹き荒れ、息が苦しい。気圧のせいか、少しばかり頭痛もしている。だが弱音は吐きたくなかった。同じ女のセレスが平然としているならばなおの事だ。

「大したものです。初めて飛竜に乗った人は、目を開けている事すら容易ではありませんから」

 静かに言うセレスに、ラクシュミも負けるものかと口を開いた。

「貴女も大したものです! 空の上がこんなに激しい世界だなんて思ってもみませんでしたわ!」

 コツがあるのだろうか、ラクシュミは力一杯声を張り上げなければ届かなかった。
 上昇が止まった。
 狙いを定めるように飛竜は一度だけ大きく円を描いて旋回する。
 急な上昇をやめたからだろう、セレスの背にしがみついたままではあったが、ラクシュミにもようやく周囲を見渡す余裕が出てきた。
 そこからは、ハルト砦の全貌が一望できた。だけではない。はるか遠く、イース王国やテンペスト王国、デザイト公国の砂漠地帯や公都ルクも見えていた。
 ふと振り返る。ひょっとしたらここからなら愛する祖国であるソール王国が見えるのではないかと思ったからだ。
 流石に無理だった。ラクシュミはセレスの背に視線を戻し、頷く。見えなかった事で、祖国を取り戻そうという思いがラクシュミの中で余計に膨らんだのだ。

「殿下。では、よろしくお願いします」
「任せなさい! 私はソール王国第一王女、「ラクシュミ・リート・ソール」。雷は私の下僕なのですから!」

 ラクシュミが力強く言うと、セレスは小さく頷き、竜の首を目的の方向へと巡らせた。つまり、ハルト砦の建物部分にである。
 竜の身体が凄まじい速度で降下し始める。みるみる砦の建物が近づいてくる。詳細が理解できるようになる。窓の数や、歩哨の兵、立てかけられた武器、そして一基のバリスタがハッキリ見えるようになった。
 バリスタの脇には人員が配備されていた。すでに矢はつがえられ、そして放たれる。
 その瞬間、ラクシュミの身体は影のような黒い腕が、落ちないように支える。
 セレスの背中から、ラクシュミはまっすぐに両手を突きだした。そして、魔導球を握り意味ある言葉を吐き出した。

「迅雷よ、放て!」

 言葉と共に空が暗くなり、上空からゴロッと轟音が一瞬響く。そして地上に向かって、雷の束が空気を裂くように轟音を立てながら真っ直ぐに落ちた。バリスタに向かって一直線。
 それは巨大な雷だった。
 荒れ狂う、天を突くような雷の束がラクシュミ達を撃ち落そうと放たれた無粋な矢をあっさり消し炭にしてしまう。
 バリスタは一基しかない。そして兵器の性質上、連射のきく武器ではないのだ。それがシャラが二人に授けた策だった。
 魔導球の魔法の雷が消えた直後、震える空気を切り裂いて突っ切るセレスは砦へと突進する。すれ違いざま、ピラムを投げつけ、それは狙いを寸分違わず射抜き恐ろしいバリスタをただの焦げた材木へと変じさせた。
 城壁から弓兵がラクシュミ達を狙う。しかしその時には、セレスに操られた竜はとっくに上昇に転じ、弓矢の射程範囲の外へ抜け出してしまっていた。
 まさに一撃離脱の策である。バリスタがあると判明してからほんのわずかな間にこのような作戦を立てたシャラに、ラクシュミは改めて敬意を覚えるのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.111 )
日時: 2019/03/16 20:01
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 イスラフィルが裏門からハルト砦の市街地に侵入した時、シャラ達の市街地の戦いはすでに終わろうとしていた。シャラが指揮を執るデザイト方面軍は、街中に潜んでいたデザイト兵や傭兵を煽りだし、圧倒的な兵力を以て制する。
 見せつけられた力の差に敵兵は続々と投降していく。それがシャラの狙いなのだろう。
 辻々にデザイト方面軍の兵達が行き渡る。もはや残るは丘の上にそびえる砦部分のみ。バリスタも沈黙したようだ。どうあがいてもハルト砦に勝ち目はなくなったと言えるだろう。イスラフィルは思わず笑っていた。

「ははは、こりゃあいい。俺が指揮しているよりいい働きじゃないか。これなら裏口から回り込まなくてもよかったかな」

 驚いて異論を差し挟もうとする部下達を制して、イスラフィルはゆっくりと砦への道を歩き出した。
 その日の夕暮れを待たずして、ハルト砦は陥落した。ハルト砦側の被害は甚大だったが、砦攻めには珍しく、全体の半数近い捕虜が生き残った。
 デザイト方面軍の被害は微々たるものである。
 そしてハルト砦の市街地に寝起きする民間人の犠牲者はゼロであった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.112 )
日時: 2019/03/16 23:43
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

第三章 邂逅

 ブリタニアへ帰還したシャラは報告のためアルフレドの執務室を訪れていた。

「ご苦労であった、シャラ公女」

 既にデザイト方面軍の指揮権はイスラフィルに返上し、彼らは予定通りルクへの道を急いだ。今のシャラにできる事は、一日も早くデザイトが解放されるのを祈る事だけである。

「いえ、全てはデザイト方面軍の力があったればこそ。私の力など、些細なものです」

 アルフレドは謙遜するな、と笑っていた。
 ただシャラには達成感がなかった。イスラフィルやアルフレドの役に立てたことは素直に嬉しく思っている。だとしても、何かをやり遂げた感覚はなかった。
 いや、なぜそう感じるのかはわかっている。
 ただ戦っているだけに過ぎないからだ。イース同盟にデザイト公国の力が必要不可欠だとしても、ここまで状況が差し迫った今、単純な戦力の積み増しでは単なる時間稼ぎしにかならない。
 もっと何か違う事ができるのではないだろうか。
 シャラの胸を支配するこの思いは、凱旋を果たしたというのに焦りであった。
 不意に、扉がノックされた。
 アルフレドの許可と共に現れた人物は、驚いた事にアムルであった。

「アムル様!?」

 シャラは慌てて壁際に退き跪く。

「アムル様、王妹殿下ともあろう貴女様が、一体このような場所まで何の御用なのですか?」

 アルフレドも驚いて問いかけた。だがアムルは構わず口を開く。

「無駄な前置きは省きます。実は、シャラ公女にお願いがあって参ったのです」

 自分の名が呼ばれ思わず顔を上げると、アムルの美しい翠色の瞳がこちらをまっすぐ見つめていた。

「公女、「イストリア島」にわたくしを連れて行ってください」

 アルフレドは絶句していた。シャラも思わず彼女の顔を凝視する。アムルの気品に満ちた美しい顔は、少しの迷いも浮かんではいなかった。
 アムルの意図はわかる。モルドレッドによって流刑にされたソスランを救出しようというのだろう。

「しかし、あまりに危険です」

 アルフレドはようやく冷静さを取り戻しアムルをいさめた。
 「イストリア島」とは、イース王国の南西部に位置する直轄地であり、政治犯を収容した天然の監獄である。脱走を防ぐために多くの兵が配備されている。だが、この兵達はただの兵ではなく、ならず者のような性格に難がある者達ばかりである。

「例えアムル様であろうと、あのような場所に無断で立ち入れば、どのような目に遭わされるか・・・・・」

 語尾を濁らせたアルフレドだが、アムルはそのような事は覚悟の上だとばかり小さく頷くだけだった。

「だとしてもです! ソスラン様を取り戻さず、同盟に明日はありません!」
「しかし、アムル様まで一緒に行かれるのは……」

 気持ちはわかるだけに、アルフレドの言葉は弱かった。

「いいえ、わたくしがいかなければ、ソスラン様は決してあの場から動こうとされないでしょう。一刻の猶予もないのです。シャラ公女! これはわたくしの使命なのです!」
「……使命?」

 その言葉がシャラの何かを打った。
 シャラのつぶやきを聞き逃さず、アムルはこちらを見て大きく頷いた。

「ええ、そうです。この戦いを終わらせるためには、ただデザイトを取り戻すだけでは足りません」

 強く断言するアムルの気持ちは分かった。もはや人々の心は完全にモルドレッドから離れてしまっている。たとえデザイトを取り戻した所で、モルドレッドではこれを有効に使えないだろう。たとえシャラやアルフレドが誤魔化した所で限りがある。

「おわかりでしょう! シャラ公女、どうかお願いいたします。わたくしをイストリア島へ!」

 使命。アムルはそう言った。そうなのかもしれないと、シャラは考える。この焦りは、果たすべき使命と出会っていないためのもの。
 そしてこの戦争を終わらせるため、今シャラができる事は……

「わかりました。我が騎士団が、アムル様をお連れしましょう!」
「シャラ公女!」
「アルフレド様、アムル様の仰る通りです。ソスラン様は、今のイース同盟に不可欠な方。それがわかっているなら、手をこまねいているわけには参りません」
「私とてそれは……ええい、わかった。船の手配は私に任せよ。その代わり、アムル様とソスラン殿下には傷一つつけずお戻しするのだぞ!」
「は、私の命と名誉にかけて、必ずや」

 その日、シャラは自身の使命と出会ったのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.113 )
日時: 2019/03/17 19:25
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 同時刻、ミタマはクリスを街外れの岬へと呼び出していた。
 その岬は昼間の日差しが当たってか、海が澄んだ青色に輝き水平線を描いている。空も雲一つない真っ青な空で、快晴であった。
 ミタマに連れられてきたクリスはフードを脱ぎ、ミタマを見つめた。

「どうしたんですか、ミタマ。こんな場所に呼び出して……」
「クリスさんにお返ししたいものがありまして」

 ミタマは懐から金色のロケットペンダントを取り出し、クリスの手を取ってペンダントを握らせる。クリスは目を見開き、ペンダントを見つめた。

「これをどこで!?」

 クリスは裏返った声でミタマに尋ねた。

「多分、貴方が慌てて落としていってしまったんでしょうね。私を助けてくれた時に」
「あっ……えーっと……」

 クリスは思わず頭を掻きながら目を逸らす。
 ミタマは以前、弟のウカと対峙し深手を負ったのだが、何者かによって応急処置を施され助かっていた。そして、ペンダントもそこで拾ったのだ。

「まずは、命を救っていただき、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 ミタマはクリスに向かって頭を深々と下げる。クリスが戸惑っていると、ミタマは頭を上げてクリスの瞳を見つめる。

「答え合わせをさせてください。私はそのペンダントの中身を見てしまいましたので、真実を教えてほしいのです」
「……な、何のことか——」
「とぼけても無駄ですよ。貴方は帝国側の人間……そうでしょう?」
「——ッ!!」

 クリスは言葉も出せずミタマを見る。
 そして、ふうっとため息をついて、

「わかりました。貴方はミズチ国の人間……それにシャラザード殿の仲間の方ですし、信用に値します。全てをお話しましょう、ペンダントを預かってくださいましたしね」

 やれやれという感じで笑みを浮かべながら肩をすくめるクリス。
 そして、一息おいてクリスは自身の正体、自身の目的などをミタマに明かす。ミタマは真摯に聞いて、頷いたり反応を見せていた。

「どうかご内密に。帝国側の人間がここにいると知られれば、僕だけじゃない。貴女にもシャラザード殿にもご迷惑がかかってしまいます」
「承知しています。……ですが、この後どうするおつもりなのですか?」

 ミタマの質問に、クリスは笑みを浮かべた。

「約束の時まで、息を潜めています。僕の事を気取られないように、静かに」
「気取られる?」

 ミタマは首を傾げた。気取られるとは、一体誰にだろうか。……考えたくはないが、王国側に帝国軍が潜んでいるのではないか。とミタマは考える。

「いますよ、王国側に。帝国軍の人間が」

 ミタマの考えを見通すかのようにクリスはそう口にする。

「だから、貴女方ミズチ国の方々が動いているのでしょう?」
「スピネル殿とタマヨリヒメ様の事ですか?」
「いいえ、他にもミズチ国から渡ってきた方がいますよ」

 クリスの答えに「えっ」と声を出してしまうミタマ。
 一体誰なのだろうか?

「もうそろそろ、戻りましょう。みんな心配しちゃいますよ」

 クリスはそう笑みを浮かべると、ミタマの手を引いた。


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