複雑・ファジー小説

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イストリアサーガ-暁の叙事詩-
日時: 2019/03/30 20:38
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191

あらすじ
 互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
 西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
 その果てしない戦乱は続き、
 混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
 この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。

 二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
 大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。



はじめまして、燐音リンネと申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。

感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ






参考資料

登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4


目次

第一節 盟約の戦場

断章 聖戦の叙事詩    >>1
序章 戦いの序曲     >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で  >>6-8
第二章 旅立ちの街    >>9-12
第三章 こころ燃やして  >>13-19
第四章 脅威       >>20-26
第五章 死闘       >>27-35
第六章 誰が為に     >>36-37
第七章 その胸に安息を  >>38-42
第八章 戦雲       >>43-54
第九章 開かれた扉    >>55-58
第十章 押し寄せる波   >>59-62
第十一章 覚悟      >>63-66


第二節 黄昏の竜騎士

幕間 幼竜        >>68
第一章 戦う理由     >>69-73
第二章 野心と強欲    >>74-80
第三章 始動       >>81-84
第四章 燃えたつ戦火   >>85-92
第五章 追憶       >>93-98


第三節 暁の叙事詩

第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて     >>103-111
第三章 邂逅       >>112-123
第四章 死の運命     >>124-130
第五章 風の乙女     >>133-134
第六章 騎士の誇り    >>135-144
第七章 雨上がり     >>145-146
第八章 廻り往く時間   >>147-149

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.19 )
日時: 2019/01/31 12:29
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 ブリタニアに帰還したのは昼下がりから夕刻へと近づこうという時間である。城門でモルドレッド直属の親衛隊がエリエル騎士団を待ち受けていた。
 一度眠りたかったが、それもかなわずシャラはモルドレッドの前へと連行される事となる。部下達は何が起こったのかわからず、ただそれを見守っていた。

「公女……」

 行動を共にしていた白髪の弓騎士イグニスは、連行される彼女を無表情で見ていた。


「さあシャラ公女、申し開きがあれば聞かせてもらおうか?」

 謁見の間に連行されたシャラをいつもの面々が待ち構えていた。
 口を開くと同時に、モルドレッドは勝ち誇った声を出した。そのわきに控えるルーカンとグリフレットも、にやにやと笑っている。彼らの反対側に立っているアルフレドと王座の傍に立っているアムルだけが心配そうにシャラを見守っていた。

「申し開き、とは一体何のためでしょう?」

 シャラが平然と切り返すと、モルドレッドは笑うのをやめた。

「ほう、余と交わした約束を覚えておらぬと言うのか?」

 声を低くし、威嚇する。返答いかんではただでは置かないという気配が伝わってきた。

「いえ、よく憶えております。確か陛下は「貴公が出陣してより次に月が顔を出すまでに帰還する」とおっしゃていました。ですがお約束はそれだけだったと記憶しておりますが」
「そうだ、だが貴公が出発したのは昨日の昼前。帰って来たのが今。月が昇るどころかとっくの昔に沈んでおるではないか」

 そう聞かれ、シャラは答えた。

「いいえ、月は昇っておりません」
「なに?」
「陛下、昨夜は新月にございます。月は夜空に昇っておりません」

 それを聞いたアムルはふふっと笑い、アルフレドも口元を緩ませていた。
 モルドレッドは顔をしかめながら何度か口を開閉し、そして何かを諦めたのか乱暴に謁見の間の出入り口を指した。

「もうよい!この程度の任務を果たしたくらいでつけあがるでない。よい、さがれ、そのような田舎臭い面など見たくもないわ!」

 シャラは一礼をし、そのまま謁見の間を辞するのだった。



「肝が冷えたぞ」

 謁見の間から王宮の外を目指し歩いていたシャラは、アルフレドから呼び止められ足を止めた。

「申し訳ありません。ああするより他はなかったのです。ただでさえ戦力差が激しく危険な戦い。これ以上部下に無理をさせたくありませんでしたから」

 二人は歩きながら話し続けた。

「すまぬな、私にもう少し力があればよいのだが……」
「いえ、お気になさらないでください。私の任務はエリエル公国を守る事です。国を守る事は、必ずしも綺麗事だけではすまないと、ここにきて思い知らされました。耐えることも国を守るために必要なら、私は、それをしようと思います」
「うむ、アイオロスは良き娘を持ったな」
「恐縮です、私などまだまだ至らぬ所ばかりです。それより、アルフレド様には多大なご援助をいただき感謝の言葉も見つかりません」
「いや、いい。それよりも今の言葉通り、陛下に尽くしてくれ」
「は、かしこまりました」
「それにしても、痛快だったな」

 新月を使って一日誤魔化したことを言っているのだろう。シャラは苦笑しながら言った。

「実は故郷に妹がおります」
「妹殿?」
「ええ、「エオス」といって私にとても懐いてくれる妹です。前に同じ事をされたんですよ。もし一日で……もちろん次に月が昇るまでにと言ってですが……一人で城中の花瓶を花一杯にできたら、一つだけお願いを聞いてほしい、と」
「ははは、公女に加護を授けられた女神の正体は、妹殿であらせられたか」
「他の者には内密にしておいてください。恥ずかしいですから」
「いや、いい話ではないか。してその願いは?」

 アルフレドの質問に、シャラは表情を緩ませた。

「無事に帰ってくれること」

 シャラの言葉にアルフレドはさらに笑みを深めた。
 まだ道のりは厳しい。この国で何をすればいいかすら見つかってはいない。だがそれでもシャラはエリエルを守るために全力を尽くそうと、自らに誓いを立てるのだった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.20 )
日時: 2019/03/02 12:55
名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)

第四章 脅威


 暗く、闇に閉ざされた地下室に、獣のような唸り声を上げる人物がいた。髪は朱色、頭から狼の耳が立っており、瞳は鋭い翠色。狼の獣人であった。服装はボロボロであり、上着である服の下から黒のインナーが見えているほどに無造作に破れ、殴られ蹴られたのか跡が残っている。腕は手枷に繋がれた鎖のおかげで両手を広げ磔にされた状態であった。その男は全てを憎んでいるかのように目の前を鋭く睨んでいる。
 彼は考える、このようなことになった理由を。
 トゥリア教の信者共が妹を捕まえ、「生贄としてトゥリア神に捧げる」などとほざいたのだ。だから抵抗した。だが瞬く間に無力化され、妹は炎に焼かれながら……それ以降は思い出したくない。だけど憎い……奴らが憎い……!!
 彼の心はただ憎しみに支配されていた。

「ハァ……ハァ……」

 荒い呼吸で前方を見ている。白い狼の尻尾がピクリとも動かない。

「あい、つら……殺してやる……ッ!!」

 強い憎悪の感情を剥き出しにしていた。それほどにこの男の言う「あいつら」を憎んでいるのであろう。だが、彼は虫の息だ。だがこんな場所で死ぬわけにはいかない。男が泥を喰らいついてでも生きる理由はたったひとつ……

 次の瞬間、ボッという音と共にその部屋が明るくなった。
 冷たい石の壁が照らされ、炎の光を反射する。その炎の色は青く美しかった。そして男がいる牢に近づく足音が聞こえてくる。男は足音の正体を凝視した。

「ついてきてください「ナハト」。あなたはここにいるべきではありません……」

 足音の正体が彼の目の前に姿を現す。黒い髪を一つに結わえ、髪先が青くかかった女性であった。服は黒いローブ、その下には身体のラインがわかるほどにぴっちりとしたドレスに黒いベルトで身体を胸がはだけないよう固定している。彼女の顔は黒い仮面で隠されていた。だが彼女からはただならぬ気配を感じる。男は彼女を強く警戒した。

「テメェ……何者だ……?」
「今はここから脱出すべきです」

 彼女がそういうと、男……「ナハト」の腕に繋がれている鎖に手をかざす。すると、鎖に青い炎が点き鎖を燃やし尽くす。焼き切れた鎖から解放されたナハトは腕を上下に動かす。火傷はなさそうだ。

「私は炎の精霊「フィアンナ」。貴方を助けるのは、単なる気まぐれとだけ感じておいてください」

 フィアンナは淡々と自分の名を名乗り、ナハトに手を差し伸べる。
 ナハトはその手を取って立ち上がった。フィアンナはそれを見届けると外を指差した。

「見張りは私が片付けました。じきに助けも来ていただけると思います。貴方はここから脱出する事だけを考えてください、貴方の目的の為に」

 フィアンナはそういうと、暗い部屋を自身の炎魔法で灯す。部屋が明るくなり、奥に上へ登る階段があるのが見えた。こんな芸当ができるのは大陸中探しても「精霊」だけだとナハトは考える。そして彼は、「彼女は使える」と感じた。

「わかった」

 ナハトは頷いた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.21 )
日時: 2019/03/02 12:56
名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)

 王都ブリタニアに来てから数か月が経った。エリエル騎士団は未だにどこの軍にも編入される事なく正式構成員百という半端な数のまま同盟軍の雑用を押し付けられる日々を過ごしていた。
 例えば雑踏警戒。それも要人警護などではなく、街中でスリや置き引きと言った軽犯罪が行われないかを見回るという、騎士にあるまじき任務である。
 ある日は捕虜の監視をさせられた事もあった。
 それらに比べれば、今日の他の城への物資搬入などまだやりがいのある仕事であった。どれも騎士の仕事でない事に変わりはなかったのだが。

「公女も大変なんだなぁ」

 物資を両手で抱えるスコルが歩きながら、主を心配する。それを見たハティはスコルの足が止まってるので、転ばない程度に足で小突く。

「コラ、スコル! 無駄口をたたくな! ……我々は公女に従うしかない。故郷のためにもな」
「俺達も何かできることがありゃいいんだけどなぁ」

 スコルはそんなことをぼやいていた。物資の運搬にはハティとスコル、そしてイグニスやその他エリエルの騎士達が協力して作業していた。
 イグニスがボソッとつぶやく。

「まあ、あんな小娘だから、ナメられてんだよきっと」

 彼は短く白い髪を揺らし悪態をつく。彼は右が赤く、左が青い、左右違った瞳を持ち、緑色のベストと白いシャツ、その下に黒い上衣を着ている騎士としてはかなり軽装な青年だ。彼は騎士としての経験は浅く、今回エリエル騎士団に編入されたのもエドワードのスカウトであり、彼は元々農民なのである。
 そして何より彼は、シャラの事を良く思っていなかった。


「以上が、ソール王国国王、「ヴィシュヌ」様からの御伝言です」

 謁見の間にシャラは任務完了の報告に訪れていた。
 「ソール王国」はこのイース王国から遥か北東……デザイト公国の東にある聖王国である。大精霊「ソール」を信仰し、「雷の乙女」と呼ばれる大精霊の代弁者が王女であり、大精霊に聖歌を捧げているのだという。そして大精霊の力そのものと言われる「雷の聖玉」を持ち、その力で王国を守ってきたと聞く。
 ソール王国聖王ヴィシュヌの伝言とは、モルドレッドへの援助要求であった。
 トゥリア帝国の攻撃は日増しに激しくなり、ソールの兵だけでは持ちこたえられなくなりつつあるという。そんな現状を訴えられ、シャラはモルドレッドへの伝言をブリタニアまで運んできたのだ。

「ふん、泣き言をぬかしておるか。まあいい、ここで援軍を送ってヴィシュヌに恩を売っておくのも悪いことではあるまい」
「その通りです陛下。ソール王国が落ちれば、帝国軍が一気にデザイト公国になだれ込み、東部戦線は崩壊、やがてイースも攻め込まれるでしょう。トゥリア帝国の蹂躙はここで食い止めねばなりませぬ!」

 アルフレドの熱弁をしかしルーカンは冷ややかな目で見ていた。

「陛下。恐れながら臣はまだソールに援軍を送るべきではないと愚考いたします」
「貴様、何を言う!」
「ほう?」

 モルドレッドが目を細める。アルフレドは慌てて窘めるがすでに遅かった。モルドレッドの興味を引いてしまっていたのだ。

「それはどういうことか? アルフレドが言う通り、ソール王国が落ちれば敵はデザイト公国になだれ込み、やがてはイースに攻め込んでくる。貴様は余の身を危険に晒せと申すのか?」

 あらゆる局面でモルドレッドに追従する事しか知らないルーカンがそのような大胆なことを言い出すはずがないのは、モルドレッド自身も知っているだろう。だがルーカンは態度を崩さずにいた。

「いえ、臣が申し上げたいのは、ソール王国は本当に死力を尽くしているのかと言う事であります。陛下の御身が危険になるとあらば援軍に来るのは必至。それを考えれば早めに援軍を申し入れ、少しでも自国の損害を減らそうとするのは当然かと」
「なるほど」
「そのような事は決してありませぬ。ヴィシュヌ王は実直な人物。この期に及んでそのような奸計を働かせる方ではございません!」
「だがアルフレド公。貴殿、デザイトにも同じようなことを申していたではないか? デザイト公国はイース同盟の中核を成す。デザイト公「マリク」だけは何があっても信用できる、と。だが現実はどうか? デザイトは先陣を切ってトゥリア帝国と戦うどころか、同盟の窮地にも援軍一つ寄越さぬ」

 ルーカンはさらにかさにかかって追求した。流石のアルフレドも言葉に詰まる。ルーカンは畳みかけるように続ける。

「それに、奸計というならば、こんなものはどうかな。デザイト、ソール、ディーネを併せればその戦力は我らがイース王国軍を上回る。それでもって我らや陛下を捕らえ、貴公らは、自国の自治権を認めさせた上で陛下や我らイースの重鎮をトゥリア帝国に引き渡す。戦争は終わり、貴殿らの国だけは安泰」
「ルーカン! 口が過ぎよう!!」

 流石のアルフレドも激怒し詰め寄ろうとする。

「その場にとどまれアルフレド。王の前を横切るなど、不遜である」

 それをモルドレッドは自ら制した。

「は、ははぁ。ご無礼いたしました」

 とって返し、モルドレッドはルーカンにも釘を刺す。

「ルーカン。アルフレドは余の忠臣である。なんでもかんでも疑えばよいというものではなかろう」
「は、確かに臣の言葉が過ぎましたようで。ですが今の世の中、なかなか人というものが信じられぬと陛下にはお分かりいただく具申した次第です」
「そうだな。確かにアルフレドはともかく、ヴィシュヌはまだ余力を隠し持っているやも知れぬ。援軍はしばらく見送る」
「へ、陛下!」

 もう決めたことだ、とアルフレドの言葉にモルドレッドは少しも取り合わず今日の謁見の儀は終わった。
 シャラは、この判断に胸騒ぎを覚えたが、推測でものを言ったところで現状は変わらないと自分に言い聞かせた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.22 )
日時: 2019/02/01 19:53
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 シャラは執務室にて書類の整理などの雑務を行っていた。部下には訓練や武器の手入れなどを命じて、自身は命を受けるまでは執務室で部下の報告や民からの依頼などを整理し、部下を派遣している。
 グレム山賊を討伐したところで、治安が著しく良くなるわけではない。国王は人々の話に耳を傾けないという話は、自分の目で耳でよく見聞きした。それに先日の謁見の儀でもあのような態度だ。あれでは治安が良くなるはずもない。シャラはそう思うとため息をこぼした。

「どうされました、公女?」
「いいえ、この先あの方に仕えてやっていけるのか……とかなり心配になってきまして」
「……ああ」

 傍で共に書類の整理をしていたエレインは、シャラの話を聞いて察する。エレインもモルドレッドの事をあまりよく思っていないようではあるが、立場が立場なのでそう簡単に口にはできない。とはいえ、街の治安がよくならず、悪くなっていく一方なのは見過ごせないでいた。
 シャラは再び「ふう」とため息をついてペンをペン立てに立てると、コンコンという何かを突く音が聞こえた。それに気が付いたシャラは音のした方を見る。窓の外だ。
 何かと思い、シャラは窓を開ける。
 すると、風を切る音を立てながら、何かが室内に勢いよく入って来た。

「なっ、なんです!?」

 シャラはそれを凝視する。エレインも驚いて室内に入って来たそれを見た。
 それは、まるで鳥の形を模って燃えている青い炎の塊だった。そして青い炎は音を発する。

<はじめまして……シャラザード様>
「えっ……なぜ私の名を……!?」

 シャラは炎の塊が女性のような凛とした音を発したことにも驚いたが、なぜ自分の名を知っているのかも気になった。炎の力を操る人物、ましてや青い炎に知り合いはいないはずである。

<貴方の働きを度々耳にしました故……>
「そ、そうなんですか」

 皮肉を言われたのだろうかと思った。ブリタニアに来てからエリエル騎士団は目だった働きをしたわけではなく、外部にもそのような噂などが流れているなど知らなかった。
 働きと言ってもせいぜいグレム山賊を壊滅に追いやった一件だけ。だがそれはモルドレッドが無謀な条件をつけたせいで困難になっただけで、さほど大きな事件ではなかった。一介の、ましてや精霊が助けを求めるに値するような出来事ではないはずだ。
 困惑しながら考えるシャラに対し、彼女は続ける。

<そこで、貴方にお願いがあり我が「蒼炎の隼」を貴方に飛ばしました。>

 「蒼炎の隼」……恐らくこの声の主が飛ばした魔力の塊なのであろう。とシャラは察する。だが、こんな高度な芸当ができるのは、「ヴァルプルギスの夜会」の「魔女」か、「精霊」くらいであろうと考える。だがそんな高度な魔法を扱う人物が頼む「お願い」とは一体何なのか……。シャラは皆目見当もつかなかった。

「お願いとは一体?」
<ここより遥か東に浮かぶ孤島、「監獄島」にて我々の助力を願いたいのです>
「か、監獄島!?」

 隼の言葉にシャラとエレインは驚く。
 「監獄島」とは、かつてイース王国が管理していた流刑地であり、罪人を収監する孤島の事である。だが現在はトゥリア帝国の領地となっており、現在は捕虜などが収監されていると聞く。そんな場所に行くとなれば危険が伴い、シャラ自身の立場も危うい。

<船のご心配はなさらず。私が事前に転移の魔法陣を描いておいたので、それを使えば簡単にこちらに来ることができます。>
「い、いえ、そういう問題では……あなたは一体何者なのですか、そして目的は?」

 シャラは隼に尋ねる。目的と彼女の正体を知らねば、すぐに向かえるものではない。ましてや監獄島に行くとなれば、敵国へ乗り込むのだからそれなりの準備と覚悟がいる。

<私は炎の精霊「フィアンナ」。目的は、監獄島に捕われている「大切な人」の救出と解放です>

 フィアンナはそう静かに答える。そして、隼を模っている炎の勢いが弱まってきていた。シャラはそれに気がつく。そして考えた。
 「精霊」とは人間が転生した種族だと聞く。強い意思があれば記憶を引き継いだまま転生することがあり、その意思と記憶に従い行動するのだと、父から教わった事がある。そしてこの時代……帝国側に殺された人物が精霊に転生して、生前の大切な人を救おうとしているならば……所詮は推測ではあるが、彼女がその一人なら断る理由がなかった。騎士は、仕える者の為に、そして民の為にある。

「わかりました、あなたの依頼、エリエル騎士団がお引き受けいたします」
<感謝いたします、シャラザード様>
「よろしいのですか、シャラ様?」

 シャラの答えにエレインは尋ねる。シャラは無言で頷いた。

<では、監獄島にてお待ちしております。……魔法陣の場所は>

 フィアンナが魔法陣の場所を言い終えると同時に、蒼炎の隼は燃え尽きて消えてしまった。
 シャラはそれを見届けて、すぐにエレインに振り返る。

「エレイン、部下たちを呼んできてください。緊急に軍議を行います」
「承知いたしました」

 エレインはそう答えると、急ぎ足で部屋を出る。シャラはそれを見届けてからすぐに自身も、準備を始めた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.23 )
日時: 2019/02/01 23:12
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 監獄島は孤島ではあるが深い森が生い茂っており、その中央に地下に繋がる監獄の入り口があるという。魔法陣は孤島の岬に描かれており、少人数ではあるがエリエル騎士団はその孤島へとたどり着いていた。
 シャラとエドワードは立場上王都から離れるわけにはいかないので、アスランに部隊を任せ送り出した。アスランは昼間なのに暗い森の中を見て、「こりゃ厄介な任務になりそうだ」と一言ぼやいた。

「副隊長、この森には帝国兵が潜んでいる可能性があります。慎重に進軍しましょう」
「そうだな、皆気を引き締めていくぞ!」

 ヒルダの意見に賛同したアスランは、部隊に声をかける。部隊は少数ではあるが、エリエルの騎士と傭兵ギルドの傭兵が混ざっていた。前にシャラが出会っていたシルガルナ、エル他、前に協力していたシャルレーヌ、ミタマも部隊に編入している。
 そこへエルがロックバードに乗りながらアスランに進言する。

「ねねね、私が空から先回りして先に敵兵を倒してこよっか?」
「……大丈夫なのか?弓兵がいるかもしれないし、君一人では……」
「へーきへーき!こういうの慣れてるもん!」

 アスランの心配をよそに、エルはニコニコ笑いながら、空高く飛んで森へと消えていった。心配ではあるが、今は彼女を信じよう。そうアスランは考えた。
 そしてアスラン達は森の中へ進んだ。


 一行は森の中を進む。そこは昼間だというのに外からの光をほとんど遮断していた。暗く周囲が見えない。手に松明を持ちながら移動していた。けもの道だがなかなかに歩きづらい。だがいざ敵兵が現れた時対応するために、固まって動いている。
 隊について歩いているミタマは、周囲を警戒していた。獣人は動物の器官をもつため、獣の耳で周囲の音を人間や竜人より早く察知できる。そして身体能力が高く俊敏な動きで敵を翻弄することができる。だが、人間のように冷静な判断ができず、竜人のように体が丈夫ではないのが欠点だが。
 ミタマはふと視線を感じたので、周りを見る。その視線を送っていたのは、同じ傭兵である女騎士のシャルレーヌだった。

「あの、あの時はシャノンが——」
「いいえ、別に怒ってはいませんわよ」

 ミタマがシャルレーヌに謝罪の言葉を述べようとすると、シャルレーヌは言葉を遮ってそっぽを向く。「やっぱり怒ってる」とミタマはふうっとため息をこぼす。ミタマも笑っていた一人だったので、今更謝っても許してはもらえないだろうけど、いざ戦闘になった時にこのような蟠りが残っていては任務に支障が出ると感じた。だが、今は任務に集中しよう。そう思った。
 森の中は湿った空気が立ち込めていた。光はわずかだが天から漏れている。そして何より森は静かだ。

「何か、いる……この先」

 ミタマは鞘に納めたままの刀剣の柄をいつでも抜けるように意識する。その刀剣は赤い紐が柄に括られ、赤い花を模った丸い鍔が特徴的な得物だった。
 一行はそのまま歩き続ける。しかし、アスランは一行の動きを止めた。
 人がいる、少年だ。

「貴様、何者だ……!?」

 アスランは問いかけながら腰の剣の柄を握る。少年は無表情でこちらを見ている、それに何とも言えない凄まじい気迫を感じた。
 少年は黒い短髪で、燃え盛るような赤い瞳を持つ。右目は黒い眼帯で隠され、黒いマント、黒で統一された服装だった。少年は鋭く冷たい目で、腰から下げている剣を鞘から抜く。

「名乗る必要はないね……どうせ皆、ここで死ぬんだからね」

 少年は先制攻撃とばかりにアスランに斬り込む。しかし、その斬撃を白い刃が受け止めいなす者がアスランと少年の間に割って入る。素早く刀剣を抜いて走って来たミタマである。

「……「ウカ」!」

 ミタマは少年……ウカの名を呼ぶ。
 アスランやエリエル騎士団、傭兵たちはぽかんとその様子を眺めていた。

「副隊長さん、私がここを食い止めている間に、先を急いでください!」

 ミタマが叫ぶと、アスランは「あ、ああ!」と返事をして皆を先導する。ウカは騎士団が行ってしまうのを見届けてから口を開く。

「姉さん、久しぶりだねぇ。父さんは元気?」
「神器「呪刀カケツシントウ」を持ち出した上に、父上を手にかけた癖によく言う……!」
「はははっ、まあ父さんは邪魔だったからね。今後の計画のためにも、さ」

 ウカはミタマの怒号に無邪気に笑いながら答える。ウカの手に持っている黒く、鍔に赤く鋭い眼のような珠が埋め込まれた刀剣……それが「呪刀カケツシントウ」なのだろう。
 ミタマは彼に気取られぬように安堵の吐息を漏らす。「食い止める」とは言ったものの、最初の一撃を受け止め、力量の差を理解してしまった。ちょっと前まで小さく、力も弱かったのに……何が彼をこんな風に変えてしまったのか。
 ミタマはウカの動きを窺っていた。ウカも口元を歪ませて笑っているのみで未だ動かない。両者の間合いは一歩外である。
 だがウカはふふっと笑いながら口を開いた。

「安心してよ姉さん。僕はある人に頼まれてここにくる同盟軍を殺せって命令されたんだけど……ふふっ、もっと面白いものをみつけちゃった。さあ、この時間を楽しもうよ姉さん、殺し合おうよ!あははははっ!!」

 ウカは高笑いを上げる。エリエル騎士団や傭兵達は既に先に進み、残るはミタマのみとなる。ミタマも刀剣を構え、口を開いた。

「私の目的は、貴方を捕らえ、神器を取り戻すことです!覚悟なさいウカ、貴方を連れ帰り父の墓前で詫びさせますっ!」
「甘いね姉さん。神器を取り返したいなら、僕を殺しなよ!」

 ミタマは剣を構えて間合いへと駆け込んだ。
 だがウカはその一撃を受け止めすらしなかった。あっさりとかわし、そして自身の持つ呪刀をミタマの目の前に突きつける。

「今ので一度死んじゃってたね、姉さん」
「くっ!」

 ミタマは力任せに剣を振り回す剛の剣士ではない。素早さで相手をかく乱し、的確に相手の弱い部分に攻撃を加える柔の剣士だ。そのため剣速には自信があった。それがかすりもしないどころか、あっさりと反撃を撃ち込まれた。昔のウカを知るミタマは力量を理解していたとはいえ、屈辱よりも驚愕の方が大きかった。

「なぁんだ、姉さん。この程度なの?」

 さらに速度を上げ、斬りつけ、斬り返し、突き、払う。しかしその全てをウカはやすやすとかわし反撃を加えていく。いずれも浅い攻撃だが、確実にミタマの身体を傷つけていく。いや、わざと浅くしているのだ。
 だが、それに気づいた頃には、遊びでつけられた傷のせいで、ミタマの意識は朦朧とし始めていた。

「もう気は済んだ?じゃあ今度はこっちの番だね。」

 ウカが言葉を発した瞬間、辺りの空気が変わった。空気が物質となったかのように、手足の自由を奪う。ミタマは足の力がなくなりうつ伏せに倒れる。

「なっ……これは!?」
「ふーん、これってこういう使い方もできるんだねぇ。調子はどうかな、姉さん?」

 それは呪刀カケツシントウの力であった。その力を見たウカは無邪気に笑う。

「何か言いたいことはある? 姉さん」

 だが、力に拘束されたミタマにもう反論する余力は残されていなかった。

「それじゃ、おやすみなさい。姉さん」

 ウカの手にある剣が、音を立ててミタマの背中に突き刺さった。


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