複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.49 )
- 日時: 2019/02/14 11:32
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
各隊の隊長が宿の食堂に集まっていた。兵達の配置は今の所変えてはいない。つまり北の神殿は護衛範囲に入ってはいない配置だ。ただ敵部隊が動き始めれば対応できるように偵察部隊は残してあった。
隊長たちの意見は真っ二つに分かれた。もちろん、助けるべきという者と、部隊の消耗を考え見捨てるべきという者だ。
どちらにも一理はある。無力な市民を助けるのは確かに騎士の役目だ。だが戦力は無限にあるわけではない。拾うものは拾い、捨てるものは捨てなければ隊は疲弊する。逆に言えば、そうして隊が全滅してしまえば、この先の戦いで助けられる人や国を助けられなくなってしまう。
今の作戦の維持を訴えたのは、エドワード、アスラン、スコルなど、男性の隊長が多かった。女性だが、ハティも維持に賛成の意を持っている。逆にヒルダや、隊長ではないが、ラクシュミ、セレスといった女性陣は作戦の変更を訴える。ナハトも変更に賛成をしていた。
精霊組はというと、黙って話を聞いていたようだが突如、フィアンナが立ち上がり自身の意見を述べた。
「シャラ様、私は彼らを助ける事は騎士の義務であると思います」
フィアンナは静かに言いたい事を言ってから椅子に腰かける。リオンも手を恐る恐る挙げて、
「僕も、そう思います。それに助けに行かないとラクシュミが怒鳴り散らかして、神殿を雷で吹っ飛ばすと思います」
「ちょっとリオン! 私がそんなことする訳ないじゃないの!」
リオンの言葉に慌てて食堂の机を叩きつけながら否定し、怒鳴る。その様子に騎士たちは吹き出したり、笑みを浮かべたりしていた。
シャラも釣られて笑い、皆に作戦の変更の決定を伝えた。
作戦会議が解散した後、シャラは宿から出て一人歩いた。別に目的があったわけではないが、どうにか動かないと不安で押しつぶされそうになってしまうからだ。
シャラが夜の静かな街を歩いていると、ルァシーが街の長椅子に座って星空を眺めているのを見つけた。
「あ、公女様」
「ルァシー、夜は冷え込みますよ」
「ん〜、もうちょっとだけ。最近色々ありすぎて心休まらなかったし」
ルァシーはそういうと、「隣、座る?」とシャラを自身の隣に招いた。シャラは頷いてルァシーの隣に座る。
「ねえ公女様、あなたは神殿にいるあの人たちをどうするの?」
「……私は——」
「見捨てるならそれでいいと思うけどね」
ルァシーはシャラの答えを待つより先に、剣で胸を突き刺すような言葉を口にした。
ルァシーは、無力な民の為に身を削るシャラに対し、尊敬していた。だがそれと同時に、シャラがいつの日か裏切られ、或いは守るべき者を守った末、命を落とすんじゃないかと懸念していた。
ソール王国兵を助けるために戦ってきた所も、民の為に命を賭してきたことも知っているからこそ、シャラが心配なのである。
「あたしは公女様がどういう選択をしようとも、それについていくだけよ。命の恩人だし」
ルァシーはにこりと笑う。彼女はシャラを信じているからこそ、笑う事が出来るのだ。
「ルァシーは、本当に強いですね。私に比べれば……」
シャラがそうぼやくと、ルァシーはむっとした顔で否定する。
「強くなんかないわよ。だってあたしは公女様や皆みたいに戦う力がないもの」
「それは——」
「だけどそれを言い訳になんかしないわよ。あたしにはあたしの戦い方ってモンがあるもの。公女様だって公女様なりの戦い方があるでしょ? 人の戦い方なんて、教科書なんかないんだから自分なりに自分の戦い方で戦ったらいいのよ、簡単じゃない!」
ルァシーはふんっと鼻を鳴らし、ふんぞり返る。
ルァシーの言葉が妙に突き刺さるシャラ。……確かに、そうだ。そう考えたシャラは急に立ち上がる。
「そうですね。ありがとうございます、ルァシー!」
「え、あ、お、お粗末様でした……?」
急に立ち上がったため、ルァシーは驚いてシャラをじっと見つめていた。
戦い方に教科書なんてない。だったら、答えは簡単だ。そう考えたシャラは夜の星空を見上げた。
偵察隊から第一報がシャラの所にもたらされたのは、空が白み始めた頃だった。
刻々と闇が薄らいでいく光景に、なぜか胸は高まりを覚える。
「よし、全軍出撃! 敵はデザイト公国軍。ですが積極的に戦う必要はありません。まずは相手の出方を見守るのです!」
檄を飛ばしシャラは自分の馬に跨った。
街のあちらこちらから騒めきや軍靴の音が聞こえ始めた。予め戦力をあちこちに配置しており、伝令兵によって同時に行動を開始したのだ。
砦の方を見れば、城壁の上に次々と弓兵の姿が現れ、これからやってくる敵軍に備えた。
眠りについていた街が目覚める。そんな雰囲気だった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.50 )
- 日時: 2019/02/14 20:15
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
デザイト軍は軍を二つに分け、砦の北側と東側の二方向から進撃を開始した。
だがその一方だけを取ってみても、エリエル騎士団の数十倍にもなる大軍だ。
起死回生の策はなかった。
立てていた策も無に帰した。だがシャラは、それでも神殿を見捨てるという選択をすることができなかった。綺麗事ではない。だから半ば以上神殿を見捨てようかと思った。しかしそれをしてしまえば、シャラにイース同盟に残る理由がなくなってしまう。もはやモルドレッドを守る事など、シャラにとってはどうでもいい。シャラが守っているのはモルドレッド個人ではなく、人々が生きていくための国を支える「国王」である。それがたまたまモルドレッドという個人ではあるが。
だから市民は見捨てない。
それでも、部下が、仲間が犠牲になる姿も見たくはなかった。
だが状況は、シャラのそうした割り切れない判断に早々と現実の厳しさを突きつけるのだった。
「先発していた槍騎士第四小隊が全滅いたしました!」
その報告にシャラは馬上で、ギリギリと音がする程強く手綱を握りしめた。
「敵は、戦線を突破したのですか?」
「いえ、第一、第二小隊が素早く穴を埋め、数機が紛れ込んだのみです。ヒルダ隊長の石弓隊が迎撃しております」
「そうですか」とシャラは頷いて伝令を戻した。
陣形は南側の神殿を基準点として、扇形に展開していた。
街のすぐそばを川が流れているが、これは浅すぎて防壁代わりには利用できない。
あまり一か所に固まっていると後ろを突かれかねないため、数に比べ広げすぎている配置であった。ただ、これは敵を警戒させる狙いもあった。
伏兵があると思いこませれば、敵は、特に統制が取れている部隊であれば容易には攻め込んでこない。だからこそ、様子見で攻めてきた部隊は必ず全滅させなければならない。そうでなければこちらの戦力の薄さが相手に明らかになってしまう。
にらみ合いが続いた。陽が高くなり、照り付ける日差しがジリジリと肌を焼く。そうしながらもこちら側からは絶対に攻勢に出られないのだ。
しかしこれを続けてどうするのだろう。
援軍の望みはない。補給を受けたばかりの敵軍は、撤退するとも思えない。戦力差は圧倒的。目の前には暗い条件しか転がってはいなかった。
「ううん、私が挫けちゃだめよ……! 私が挫けたら部隊が全滅してしまう」
シャラは不安を振り払うように自分に言い聞かせ、自身を奮い立たせながら耐え続けた。
リデルフはテラスから城壁の門を見下ろしていた。
門の扉は基本的に木製だが、内側も外側も、鉄板や鋲で補強された強固なものだ。鋼鉄製の閂で、感嘆に破れるものではない。
だが先ほどから、門の外側から激しい打撃音が砦中に響き渡っていた。
エクラの報告によると、デザイト軍はすぐ傍の森から一本の木を伐り出し、それに何本もの綱を巻き付け取手とし、即席の破城鎚として門の扉に突進しているのだ。もちろんリデルフもただ見守っていたわけではない。
門に憑りつくまでに弓兵に命じ狙撃させていた。だが波状鎚を構えた数名をそれ以外の騎馬兵が体を張って守り、矢が届かなかったのだ。
エクラに魔法攻撃を頼んでみたが、城壁に取りついた人間はもちろん、城壁も壊してしまう可能性がある。それにもはや弓での攻撃は効果が半減する。城壁の上からすぐ下を狙うには、射角の問題が出てくるのだ。
城壁には下からの攻撃を防ぐため、弓兵が配置される場所は高い壁が築かれている。多くの場合は壁に切れ目が入っており、その隙間から近付く兵を狙撃する。そのため近づきすぎた敵を狙撃するためには、この防壁から大きく身を乗り出さなければならないのだ。当然そんな無防備な弓兵は敵の狙撃の格好の的となる。
リデルフは、門の外に出て迎撃しなければ、あとは手をこまねいてみているしかなかった。
破城鎚が門扉をたたきつける音が、不気味なほど規則正しく砦に響き渡った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.51 )
- 日時: 2019/02/15 00:14
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
早朝から始まったにらみ合いは、散発的な衝突を繰り返しながら昼過ぎまで続いた。
照り付ける日差し、殺気立つ敵と向かい合うための消耗。
こちらから攻勢に出ては絶対的に不利なはずのエリエル騎士団の方が、むしろ焦れていた。
このまま戦えば負ける。だから時間を引き延ばす。しかし時間を引き延ばしたからと言って何かが起こるわけではない。それはわかっていた。
それ故に、予定調和な膠着状態の終焉を、シャラはすでに予感していたのかもしれない。
「シャラ様! 左翼防衛線が突破されました!」
拠点である宿屋の前で待機しているシャラに報告が次々ともたらされた。
「シャルレーヌの傭兵隊を差し向けてください!」
抜き取った剣を振るい指示を飛ばす。
「砦方向から煙が見えます。どうやら敵は火矢を使い始めたようです!」
「砦はそう簡単には燃えません! 飾りが燃えているだけ。ただの脅しです! 狼狽えないでください!」
破城鎚だろう、鈍い打撃音は戦場に鳴り響いていた。これが鳴りやまないうちはまだ砦の門が破られていない証拠だ。
デザイト公国軍はとうとう伏兵は存在しないものと見て、東側の部隊を進ませ始めたのだ。
元々、張りぼてに等しい戦力配置だ。
戦力という物は、厚みを持たせてこそ信用できる。特にエリエル騎士団のような騎馬兵を主力としている部隊は前進する力は優れているものの、横の動きは苦手とする。どうしても騎馬を方向転換する時にもたつくからだ。
であるから、防衛線を任されればそこを突破されてはならない。突破されたが最後、敵は味方の後ろから襲いかかるだろう。そうなれば被害は一気に跳ね上がる。
扇形に展開したエリエル騎士団は、しかし少ない数で広い場所を守ろうとするが故に戦力を薄く分散させなければならなかった。
デザイト公国軍はエリエル騎士団の戦力を虚勢と見て、一気に紡錘型の陣形でもって襲いかかった。これは中から二十騎単位で尖った陣形を形作り、突進することで楔を打ち込むように敵の陣を引き裂くのに用いる。通常、これには陣の厚みを増して突破されないように吸収するのだが、今のエリエル騎士団の戦力ではされるがままになるしかなかった。
前線は易々と破られた。
小隊単位で散り散りになり、慌てて街の中に逃げ込んで行く者、玉砕覚悟で突撃する者、中には咄嗟に方針を選べず、その場で敵軍の全身に押しつぶされた部隊もあった。
「全滅」、その言葉がシャラの頭の中に浮かび上がる。
いつかは犠牲が出る。追い込まれる時がくる。それらはエリエル公国を出た時に覚悟していたつもりだ。だがそれでも、神殿に立て籠もった彼らが大人しく避難していてくれていれば、こんな状況に陥らなかったと、焦りに似た怒りが腹の底からこみ上げる。
後退させ、戦力を立て直させるか。
しかしその命令が伝わるまでに被害は甚大な数に上るだろう。
「私も前線に出ます!」
「シャラ様!」
傍に控えていたエドワードが馬を寄せ、シャラをいさめる。
「将が安易に動いては兵が動揺いたします」
「しかし父上はいつも先頭に立って戦場を駆けていました!」
ディーネのアルフレドが知性の人であるなら、エリエルのアイオロスは勇猛の人であった。若くから戦場に出、いくつもの武功を上げている。
「アイオロス公は最初からご自分が出陣することを前提としておられました。しかしシャラ様は、今回ここから指揮を執る予定だったのです。それを突然変えれば兵が動揺いたします。指揮も……」
そう言いかけてエドワードは言い淀む。もう、指揮を執る意味などないのだ。すでに指揮系統は寸断され、あれほど頻繁にやって来た伝令兵も一気に回数が少なくなった。
「私が出ます」
エドワードを押し退け前に出ると、ラクシュミが横に付き従った。
「私も戦います!」
「僕も、ラクシュミと皆さんのためなら、戦います」
ラクシュミの影からリオンも這い出て来た。二人はバラカ砂漠以来、何度かエリエル騎士団に同行して戦力として共に戦っている。
だがリオンは負の感情を吸い取る杖が魔力を調整できない上に連発もできないし、ラクシュミも王女という立場から危険な目に合わせたくはなかった。
「しかし……」
「シャラ公女、単純な破壊力だけでいうなら、私の魔法とリオンの暗黒魔法の方が強力です。この期に及んで遠慮は無用です」
厳しい目を向けられ、シャラは反論する事が出来なかった。王女だろうが何だろうが、使えるものは全て使わなければ、全滅してしまう。
「俺も同意だな」
「えっ……?」
突然背後から野太い声が聞こえたため、驚いてシャラは振り返る。
そこには、見上げるほどの鎧を着た大男が立っていた。ダークグレーの髪を一本に束ね、このマビノギオン砦にいた重装兵のような頑丈な鎧を着ている。手には長槍を持ち、その体格から以前出会ったワスタールのような人物だとシャラは思った。
そして後ろには金髪の女性が立っていた。髪を二本に束ね、バレッタで頭の上にまるで獣人の耳のように立たせている。瞳は深い森のような翠。剣士なのか、腰に銀色の剣を携え、服装は以前出会ったミタマのように白装束を腰のリボンで締めて、黒く脹脛までの丈のズボンを纏っていた。
「あの、貴方がたは?」
「俺はジャレッド。「ジャレッド・オーウェン・モーガン」。デザイト公国の元騎士だ」
「デザイト公国……!?」
シャラは反射的に剣を構える。だがジャレッドはそれを制した。
「まあ待て、俺はあんたらに協力したくてここに来た。戦力が欲しいんだろ?」
「……理由を聞いていいですか?」
「強いて言うなら、帝国軍を憎んでるから、だ。デザイト公国に寝返った奴らの目を覚まさせたい」
ジャレッドは手に持っている槍を握る力を強める。恐らく彼なりに考えての行動だろう……シャラはそう思う。
「私は「スピネル」。ミズチ国から目的の為に来ました」
落ち着いた雰囲気を持つ金髪の女性……スピネルは静かに頭を下げる。
「目的、とは?」
「「呪刀カケツシントウ」を取り戻す事です」
スピネルはそう静かに言うと、突然腰から下げていた剣が水が泡立つような音を発し、人の姿となった。
「それよか、この「下らん殺戮」を終わらせるためじゃ」
シャラとエドワードは驚いてその人物を凝視する。長い髪を二つに掻き分け黄色のリボンで束ね、白装束と白いスカートを穿いた、海のように碧い瞳を持つ少女であった。
「あ、貴方は?」
シャラは恐る恐る尋ねる。すると、彼女はふんぞり返ってふんっと鼻息を出す。
「余はミズチ国を守る精霊「タマヨリヒメ」じゃ!あ、気軽にタマちゃんって呼ぶがよいぞ〜」
笑顔で軽く挨拶をするタマヨリヒメ。案外人懐っこく壁を作らないフランクな人物なのだろう。以前出会ったエルのような雰囲気を持っていた。
「というかそんなこたぁどうでもいいわい! 主らは戦力に困っておるんじゃろう?黙って余らを使うがいい! 四の五の言ってる場合じゃなかろう!」
タマヨリヒメはじれったそうにシャラを指さす。
詳しいことはよくわからないが、彼らは味方でしかも手を貸してくれるようだ。
「それに主は死んではならん存在じゃ、この戦いを終わらせる鍵であるからな」
タマヨリヒメはそう付け加える。その言葉の意味はわからないが彼女の眼差しはまっすぐで、シャラは先ほど市民に怒りを覚えた自分を見透かされてしまうような気がして、落ち着かなかった。
「言われなくとも、死にたいわけではありません」
「なら、俺達を使ってくれるな」
「……そうですね、よろしくお願いします」
ジャレッドにそう頼むと、三人は頷いた。
そのやり取りを見ていたエドワードがシャラに向かって厳しい表情で諭した。
「しかしシャラ様。お辛いでしょうが、引き際だけはお考え下さい」
エドワードの言葉はもっともだ。子供が駄々をこねるように粘っていても、戦況は好転しない。であるなら、適当なところで撤退を考えなければならないのだ。
しかし、そうなれば街に残された市民達が気がかりだった。
デザイト公国はトゥリア帝国ではない。市民を以前セレスが言っていたような扱いはしないだろう。だが彼らを置き去りにして逃げるのはやはり心苦しい。
だから大人しく街の南側に避難してくれればまだなんとかなったかもしれないというのに。口惜しさがこみ上げる。
苦虫を噛み潰したような顔をしているシャラに、リオンがシャラの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ」
リオンはそれだけ言うと、影に潜んでしまった。シャラは驚いて撫でられた頭に触れる。
「……そうですね」
シャラは深呼吸をしてからゆっくりと全身を開始する。残っている戦力は、エドワード麾下のエリエル騎士団と、ラクシュミやリオン、空で偵察していたセレス、先ほど加入したジャレッドとスピネルなど、隊列を組んでいない遊撃要員のみだった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.52 )
- 日時: 2019/02/15 19:52
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
砦の火災はどれもボヤ程度で、被害は取るに足りない。しかしそれでも消火に人手が奪われ、煙を吸い込んで動けなくなる者もあった。
城壁の門は、もはや破られる寸前だ。内側に貼られていた鉄板は何枚か弾け飛び、鋼鉄製の閂こそ折れていないものの、それを通す金具は衝撃に耐えかね変形し始めた。
木製の部分は何条もの亀裂が入り、小さな裂け目から扉一枚隔てた向こうにひしめく敵の姿が垣間見えた。
既に北側の門に面した前庭には、この砦の戦力を終結させている。だが扉が破られれば容易く蹴散らされるだろう。何しろ、ここに残っているのはリデルフ直属の部隊だけで、元からマビノギオン砦に駐屯していた戦力は、既に全てが遁走していた。
「公子……」
「わかっている、エクラ。君はこの砦から脱出してくれ」
リデルフはエクラに対し逃げるように促す。彼は精霊であり、元々ディーネにもイース同盟にも関係のない者だ。
だがエクラは首を振る。
「私は命令は聞きません」
「じゃあお願いだ」
エクラは無言でリデルフを見る。エクラにはリデルフやディーネ軍を助ける義理なんかないし、普通ならお願い通り逃げていたが……ここで逃げれば男が廃るというものだ。エクラはそう思う。
「門が破られたと同時に僕の魔法でなんとか凌ぎます」
「……エクラ!」
「僕が逃げたせいで砦が陥落してしまったら寝覚めが悪いんです。貴方が化けて出そうだ」
エクラはそう言い放つといつの間にか雷が渦巻く球体……魔導球を取り出し、詠唱を始めた。
「せめて一宿一飯の恩義は果たさせてもらいます」
リデルフは何も言わなかった。恐らく彼の魔法を以てしても、デザイト軍を止めることはできないだろう。そもそも相手の数が多すぎる。それはエクラだってわかっているはずだが、彼は逃げるどころか戦う事を選択してくれた。
「……すまない」
時間と共にリデルフの胸には絶望がこみ上げてきた。元々無茶な戦いなのだ。だが当初は勝てるはずの戦いだった。イース同盟が援軍を派遣さえしてくれていれば……。
リデルフは半ば戦う事を諦めかけていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.53 )
- 日時: 2019/02/16 12:26
- 名前: 燐音 (ID: lU2b9h8R)
シャラが前線に到着した時、既に戦況は掃討戦に移っていた。
もちろんデザイト公国軍が逃げ惑うエリエル騎士団を討っていく掃討戦だ。
すれ違いざまに槍で胸を突かれ味方の騎士が馬上から叩き落された。彼はしばらく地面でのたうっていたが、やがて動かなくなる。
バラカ砂漠と同じ状況だった。
「私に続け!」
シャラは抜き放った剣を振り上げ、馬の腹を蹴り駆け出した。
「おおぅ!」
エドワードとその麾下の騎士十騎がシャラの後に続いた。空には、かき集めたピラムを竜の身体に縛り付けたセレスが旋回を続けている。
シャラはジャレッドとスピネルに任せてある、歩兵ばかり集めた傭兵隊にラクシュミの護衛を委ね、前線に駆け込む。
目の前には三騎の槍騎士が立ちはだかった。一人を先頭に残りの二人が先頭の斜め後ろを固める。小規模紡錘陣形だ。一人を相手にしようとしても、残りの二人が左右から援護する。基本的に一旦距離を置いてから一気に攻め込む戦法をとるための陣形だ。左右のどちらかを攻撃しようとしても、突進するうちに微調節をし中央で受け止めるようにしてしまう。騎馬は横への動きが素早くないのが弱点なのだ。
シャラの姿を認めると、三騎は一直線に駆け出した。呼吸を合わせ、三騎ひと塊となって駆け寄ってくる。
ところが、シャラは真っ向からこれを迎え撃つべく愛馬の腹を蹴った。騎乗したエリエル馬が嘶きをあげながら疾走する。瞬く間に両者の距離がつまり、すれ違いざま、シャラは馬の背に密着するほど頭を低くし背中の上で敵の槍をやり過ごす。そして剣を持った右手側を通る敵の足を斬りつけた。
「がぁ」
くぐもった悲鳴を上げて敵は落馬する。残った二騎は随伴していたエドワードが即座に斬り倒した。すぐさまシャラは落馬した騎士を捕縛し捕虜とすると、エドワードの部下に命じ後方に下がらせる。
そこは街の東の外れだ。いくつかの家がまちまちの間隔で建ち並び、そこには何人かの騎士達の遺体が転がっていた。
「しかし、こうしてただ戦いを続けていてもキリがありませんぞ」
馬上で使うための大振りな剣から、血糊を拭き取りながらエドワードは言った。
「わかっています」
シャラとて漫然と戦い続けるつもりはない。しかし分断され、街中に散った騎士団の面々と合流するのは簡単な事ではなかった。
「もう撤退命令を下すべきだと言う事も、わかっているのです」
シャラはエドワードに、というわけではなく自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「兵達には各個で撤退を開始するように指示を出してください。私は、もう一度だけ神殿に立て籠もっている市民達を説得してみます」
「承知しました。シャラ様、お気をつけて!」
「大丈夫です、セレスが上から援護してくれますから」
仰ぎ見れば、上空で旋回を繰り返しているセレスはしっかりとこちらの動きを捕捉してくれていた。
結果から言えば、シャラが神殿に立て籠もる市民たちを説得する事はなかった。
なぜなら、神殿の扉は無残にも破れていたからだ。
「まさか……!?」
シャラの期待は裏切られた。デザイトが市民に手を出すとは思っていなかった。だがその予想が甘かったことを、ぽっかりと口を開けた入り口が物語っている。
シャラは馬から飛び降りると素早く手綱を手近な木にくくりつけ、神殿の中へと駆け込んでいった。
神殿の廊下には、市民だと思われる何人かの若い男が倒れていた。息がない者もあれば、ただ気を失っているだけの者もいるようだ。一瞬、手当てをするべきか迷う。
だが彼らはそう長い時間放置されていたわけではないようだった。
であるなら、扉が破られてから間がないのかもしれない。
「すみません。私は、先に奥へ……」
物陰に誰かが潜んでいる可能性はあった。だが、シャラは無防備に奥へとつっづく扉に手を掛けた。
視界の端に動く者があった。
柱の陰。
構えているのは石弓。
とっさに扉から手を離し、シャラは転がりながら無我夢中で剣を跳ね上げた。
手応えはある。だが同時に、鋭い痛みが左肩から全身を駆け抜けた。
「くっ……!」
膝を突きながら、柱の陰に隠れる。幸い後続はなかった。
歯を食いしばって矢を抜き、そしてマントをちぎってその布を当てきつく巻く。脳天を突きあげるように痛んだ。だが、この程度で音を上げる訳にはいかない。
「まだ、奥がある」
神殿とは言ってもブリタニアにあるような立派なものではない。
玄関広間と、礼拝堂があるだけ。
まだそれほど時間が経ってないなら、まだ助かる命があるかもしれない。
シャラは歯を食いしばって扉のノブに手を掛けた。
神殿の礼拝堂の奥にある祭壇の前で、市民達が身を寄せ合うようにして震えていた。若者も、年老いた者も、男も女も。十人ほどが奥の壁際に追い詰められている。
そこには三人の重騎士が凶悪なほど巨大な剣を突きつけて何か怒鳴り散らしていた。そのうち一人は、無言でその様子を見ている。
「どけ! その奥に何か隠しているんだろ!」
見れば礼拝堂の奥にはもう一つ小さな扉がついている。
「隠れているのは砦の兵士か? それとも同盟軍か!?」
「ち、違う! でもアンタに言っても信じてくれんから——」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる。どかねえなら叩き切って通るまでだ!」
追い詰められているのではなく、奥に敵が入るのを阻んでいるのだ。
シャラは大剣を振りかぶった騎士に走り寄り、そして鎧の隙間に長剣を突き入れた。
悲鳴もなく重騎士の体が崩れ落ちた。大剣がその手からこぼれ、地響きを立てて石の床に落ちる。
「き、貴様! 何を!」
倒れた騎士の名前を呼び、残る二人の内一人がシャラに向かって斬りつけてくる。
左肩の痛みが思考を乱す。思ったように体が動かない。だが女の身では重騎士の大剣を受け止めようとしても剣ごと自分が斬られてしまうだろう。鼓動の音に合わせ、痛みで視界が歪む。それでもどうにか体をひねってそれをやり過ごした。
鉄の塊が頭のすぐ上を通り過ぎる。
「やはり敵兵を匿っていたか」
一歩、二歩と、市民達から離れていく中、最後の一人がそう呟いて市民達を見下ろしていた。彼はどこかで見たことがあるような……だが、今はそんなことを考えている暇はない。その重騎士は大剣を振りかぶる。狙っているのは一番前に出ている一人の老人だった。
シャラは目の前の重騎士の一撃をさらにかわす。敵が微かにつんのめった隙を逃さず渾身の力と体重を乗せ腹部にある鎧の継ぎ目に突きを放った。
嫌な手応えがあり、シャラの剣がへし折れた。
「……ナマクラだわ!」
シャラは思わず叫んだ。敵を倒しながらも、その奥では最後の重騎士が今にも大剣を振り下ろそうとしていた。
気が付いた時、もはや絶叫なのか雄叫びなのかわからない声を上げ、シャラは自分の身を振り下ろされる大剣の前に投げ出していた。
ガツン、と激しい衝撃が左肩から背中へと突き抜ける。
その一撃で左肩と背中を覆っていた鎧が砕け散り、庇おうとした老人ごと倒れ込んだ。倒れ込む瞬間、一瞬老人と目が合う。その老人は、昨日扉越しにシャラを追い返したあの人物だった。
シャラにはもう、身体を起こすだけの力も残ってはいなかった。どうにか仰向きになって近づいてくる重騎士に目をやる。
「あ、あんた、わしを庇って……」
老人が驚いて目を見開いていた。
ついさっきまで、シャラは彼らの事を怒っていた。勝手な事ばかり言って、そのせいでエリエル騎士団にも大きな被害が出たのだ。
老人と同じようにシャラ自身も自分の行動に驚いていた。
「その心意気は結構。だが、これで終わりのようだな」
重騎士はさらに一歩を詰める。
もうシャラは動けない。シャラは瞳を閉じた。
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