複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.114 )
- 日時: 2019/03/17 23:20
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
イストリア島に出発したのは、アルフレドの執務室でアムルに依頼してから十日後の事だった。
その間にアルフレドは少人数で動かせる船の準備と、行って帰ってくる間にシャラ達が必要とする食料や水を用意してくれた。
この時、既にブリタニアの商業ギルドからの援助もあって、エリエル騎士団の軍勢は五百にまで膨れ上がっている。さすがに五百もの軍が動けばモルドレッドに知られてしまう。また何か他の任務が下る可能性を考えたシャラは、エドワードに大半の軍を任せ、選び抜いた百の兵だけを同行させることにしていた。
最も困難なのが出航と、向こうでイストリア島の警護隊とまみえた時にこちらの身分が悟られないかどうかである。
同行させる兵を選ぶ以外、シャラにできる事はなかった。
いつも通り街の視察に出歩き、兵達の訓練を監督し、定期連絡のため王城へ足を運ぶ。この間、事態がモルドレッドに露見するのではないか、急に物資を集め始めたアルフレドが怪しまれるのではないか、自分が不自然な挙動をとっているのではないか、気が休まる日はなかった。
生まれてこれまでで、最も長い十日間であった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.115 )
- 日時: 2019/03/18 08:44
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
船が港を離れたのは夕刻。
人々はどこか気忙しく、余計な事を悟られない時間を選んだ。
シャラは短期間の遠征の手続きをとった。近隣の盗賊団討伐に出撃するというものである。謁見の間では、この期に及んでお人好しなどと嘲笑されたが、申請自体は思った以上に簡単に通った。
またアムルは、流行り風邪を患ったとして、信用のおける侍女に面会を断ってもらうようにはしていた。ソスラン脱走は、恐らく国を揺るがす事件となるだろう。少なくともソスランはモルドレッドの決定を反逆した事になる、今度見つかったら死罪を免れない。それどことか、モルドレッドは本格的な叛乱——それこそ血の八年間を思い出して取り乱すだろう。
処罰され、死人が出るかもしれない。それでもシャラは、ソスランを救い出さなければならなかった。
「シャラ公女、風が気持ちいいですね」
船の甲板に上がると、アムルがたたずんでいた。
思わず膝を折りかけるシャラを、アムルは柔らかく制する。
「貴女が膝を折っている隙に何者かが襲いかかってきたら、一体誰がわたくしを守るというのです? この先、虚礼は必要ありません。わたくしはただの無力な女。足手まといを承知で無理に同行させてもらっているだけの存在です……貴女には、感謝いたします」
そういって、アムルはエメラルド色の瞳を細めた。黄昏を背景にして優しく微笑む。それはまるで母親が子を慈しむように、友愛に満ちた微笑みであった。
風が瞳と同じ色の髪をさらう。アムルは軽く手で押さえ、まだ姿の見えぬイストリア島の方を振り返るのだった。
「必ず救い出しましょう。イース同盟の、希望の光を……」
彼女の言葉は、彼女が自身を指して無力と言ったのとは明らかに反し、力に満ちていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.116 )
- 日時: 2019/03/19 12:35
- 名前: 燐音 (ID: 9AGFDH0G)
イストリア島は、王都ブリタニアから一日程船で南下した位置にあった。
エリエル公国、ディーネ公国、イース王国の内海を進み南下した孤島がイストリア島と呼ばれ、かつてイストリア帝国の民が建てた神殿があったこの島は、イース王国の直轄地となっている。今は陸地からはごく近い距離にありながら政治犯の収容所として使用されていた。
これは、海底の複雑な地形の関係で周囲の潮流が激しく逃げ出そうにも泳いで逃げる事は出来ず、そして島自体が断崖絶壁の切り立った形をしており、外部から囚人を取り戻そうと現れる人間に対して自然の要塞として働くからである。
上陸は、島の近くで停泊し、夜を待って行われた。帆を張り、音もなく忍び寄り、そして小舟に分乗して島の北の砂浜に上陸した。
地図を見ると、島は北と南の二つに分かれており、ソスランが収容されている神殿は南の島——それも切り取った岩山の上に築かれていた。
「公女、準備は整いました」
シャラ達は小舟から食料など最低限の荷物を降ろすと、杭を打って舟を括りつけ手近な木から枝をとってきてこれにかぶせ隠させていた。
エドワードからは最も信頼しているという自身の補佐役、アスランを今回の作戦の補佐として推薦された。元々アスランはシャラも信頼しており、鋭い面差しが示す通りその実力と冷静な判断力はエドワードのお墨付きである。
「わかりました。兵達には荷の確認をさせてください。それが終わったら出発しましょう。くれぐれも物音と灯りには注意してください」
流石に今回の作戦では乗馬を持ってくる事は出来なかった。動きの邪魔にならないように最低限の荷物の中に食料や水、武装の予備を背負わなければならない。兵の足は鈍るが、どんな手段を講じても、夜明けまでには終わらせなければならなかった。
「は!」
辺りは濃密な夜の闇に閉ざされていた。その中で律儀に敬礼するアスラン。
今夜の空は濃密な霞がかかり、月はぼんやりと丸い輪郭を天空に晒すのみ。そのシャラ達の頭上を、御気に留めていた船から直接飛び立ったセレスが越えていった。竜は一気に上昇し、すぐに夜の闇に紛れ見えなくなってしまう。
「公女、セレスは一体どうされたのです?」
セレスは常に単騎で働いている。騎士団の編成で行くとアスランやスコルとハティやヒルダといった騎馬兵が隊列を組んで行動するのに比べ、シャルレーヌやラクシュミ、ナハトなど、ルァシーやスピネル、そしてセレスは遊撃隊としてシャラの直接の指揮下にある。そのためアスランは彼女の動きを把握していないのだ。
「私が命じたんです。遅かれ早かれ我々の襲撃は神殿の警備隊に気取られるだろう。もしかしたらソスラン様に危害が及ぶかもしれません。危険な任務ですが、彼女には一足先に神殿に向かい、万が一ソスラン様に危機が迫るようであれば、我々が到着するまでの間ソスラン様をお守り差し上げるように、と」
「なるほど、了解しました。これで私は、攻めに専念すればよろしいのですね」
「そうです。簡単な任務ではありません。ただ我々に有利なのはここでは警備隊に増援が来ない事です」
「大丈夫です。私にお任せを!」
「お願いします」
アスランとのやり取りが終わる頃、ヒルダが兵の準備が終わったことを告げに来た。
「よし、全軍進め!」
隊列を組み、砂浜を進む。念のため船に十名弱を残し、約九十名の陣容である。
隊の先頭はアスランの騎士隊だ。少し遅れ、ハティとスコルの軽騎士隊が脇を固める。その囲いの中をシャラとルァシーとスピネル、ラクシュミとフィアンナが進んでいた。スピネルは治療の杖を扱える剣士で咄嗟にルァシーを守る事ができるため、ルァシーの護衛として配備する。魔道士は強力な戦力だが、今回の場合は魔法を使った途端にその光や爆発音でこちらの存在が相手に知られてしまうという難点があった。
シャラ達の左右をヒルダとイグニスの弓騎士隊が固め、殿を重歩兵と傭兵部隊が務めていた。もちろんアムルはシャラの隣を進んでいる。
皆、息を潜め、やや間隔を取りながら徐々に進んでいく。
発見されるのは遅い方がいい。それだけソスランやセレスが危険に晒される時間が減るのだから。
島の空気は湿気を含み蒸し暑かった。いつ敵と出会うかという緊張感のせいもあり、歩き出してしばらくするとじっとりと、肌に張り付くような粘り気のある汗が頬を伝うようになった。
鼻腔の奥に張り付くような潮の匂いを感じた。
海に慣れていないシャラにはあまり心地の良いものではない。船の甲板の上で吸い込んだ潮の香りは気持ちよかったのだが、それは海上が涼しかったからだ。
潮風が余計に不快感を高める。いや、軽装のシャラはまだましだ。アスラン、ハティ、スコルの騎士隊・軽騎士隊は重い槍を携えており、傭兵隊は大きな戦斧や人間ほどの大きさもある大剣を扱う者もある。重歩兵など、全身が鋼鉄の鎧で包まれているのだ。
誰もが口を開かず、黙々と進み続けた。
だが当初の予定より、イストリア島での身動きは不便であった。まず地図がない。アルフレドもいろいろ手を回してくれた上、シャラやエレイン、他傭兵や騎士達も協力して調べ回ったのだがどこにも島の地図がなかった。
これは、それほど大きな島ではない上に、元がイストリア帝国の神殿があった場所でもあるため、積極的に近代的な測量を行う者がいなかったからだ。
平時で、時間や人の目を気にしなくて良ければ迷うはずもない小さな島も、闇に閉ざされた状況の上、警備兵に気づかれてはならないとあれば、条件は一変する。
イストリア島の北島は南側が深い森になっており、北側の砂浜は東に向けてずっと続いている。このような場合、森で姿を隠しながら進みたくなりがちだが、森に近づくと奥の方に石造りの灯台が姿を現した。しかもそこには煌々と灯りが点されており、つまりはいくばくかの人員がそこに詰めている事を示している。
「仕方がありません。森沿いを東に進みましょう」
南下すると、灯台からすぐそこに見える南側の島は、どうやら切り立った断崖であるようだった。これでは、灯台の兵に見つからなくとも南側へ渡れない可能性がある。
「北島が全くの無警戒になっていないと言う事は、どこからか南へと渡れるはずだ」
問題は夜明けまでの時間と、兵達の緊張感だ。
シャラが伝令に方向転換を告げていると、傭兵隊にいたはずのシャノンとユミルが闇の中から唐突に顔を出した。
「公女様、あんまりのんびりできそうにないわよ〜」
「まさか、気づかれたのですか?」
問いかけると、ユミルが頷く。
「いや、そりゃあまだだが、巡回の小隊がいる。まもなく鉢合わせしちまうかもな。俺達の規模を考えりゃ隠れてやり過ごすなんざ難しいだろうさ」
シャラは一瞬だけ考えて決断を下した。
「……わかりました。こちらから打って出ましょう。巡回の隊なら数もそれほど多くはありません。見つかったなら、一気に攻め込んで神殿を目指しましょう!」
その判断を歓迎したのは、シャノンとユミルである。
「よっしゃ、目立たずに隠れ回るってのは俺の性に合わなかったところだ。いっちょ派手にやってやろうかシャノン!」
「まっかせて〜! 準備運動にはちょうどいいわねっ♪」
二人は和気藹々とし、まだ敵の姿も見えていないというのに、携えた大剣や短剣を抜き放ちながら笑っていた。シャラはその姿を頼もしく思いながら、先ほどの命令を取り消し、伝令に新たな命令を伝えた。
「全軍、東に進路をとる。後に敵と遭遇後は各小隊長の判断に任せます。ただし、闇夜故、ヒルダとイグニスの隊が先行。弓兵は先制攻撃を仕掛けた後、後退してアムル様の護衛にあたってください!」
エリエル騎士団の動きは素早かった。先行していたアスラン、ハティ、スコルの隊を追い抜き、ヒルダとイグニスの弓騎士隊は素早く森の中に待機する。森のすぐ傍を、呑気に明かりを携えて巡回していた十数名の隊に一気に矢を射かけた。
悲鳴と取り乱した足音が空気を揺らす。
矢によって割れた物、兵が取り落としたせいで割れた物、目印となる事に気づいて慌てて地面に叩きつけ割った物……森の向こうに見えていた灯りは、どれも一瞬パッと輝いてすぐに消えた。
「神殿と灯台に!」
敵の怒声が轟く。伝令を出したのだろう。しかしシャラ達にそれを捕まえる術はない。
「よし、素早く片付け増援が駆けつけるまでにこの場から移動する!」
シャラの号令と共にヒルダとイグニスの隊は素早く後退し、入れ替わりにアスランの隊が先陣を切って突進した。負けじとばかりハティとスコルの隊も続く。
ほとんど視界が利かぬ中、警備隊とエリエル騎士団の戦いが始まる。静止していてもうっすらとしか見えない状況で激しく動き回れば、視界はほとんど役に立たない。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
雄叫びを上げて、アスランが斬りかかる。
これ以降弓矢による攻撃はない。味方を巻き込むからだ。
昼間先頭とは違い、このような夜間戦闘ではまず相手が敵か味方か確認しなければならない。昼間先頭では以下に遠い間合いから安全に攻撃するかが肝要だが、夜間戦闘は逆に限界ギリギリまで近づいて、相手より先に攻撃するべきかせざるべきかを判断しなければならない。攻撃力でも間合いでもなく、その判断力の一瞬の差が明暗を分けるのだ。
慎重にならざるを得ない戦闘で、エリエル騎士団の選択は逆に大胆なものだった。唯一相打ちの心配がない一瞬——つまり最初に両軍がすれ違う瞬間に全力を投じ、初手で敵のほとんどを無力化したのだ。
結果、すぐそばにあった灯台からの援軍ともう一戦繰り広げはしたが、神殿から警備隊の援軍が到着するまでにはその場から姿を消していた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.117 )
- 日時: 2019/03/19 00:06
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
セレスはイストリア島の神殿を見上げていた。少し離れた場所に降り、愛竜である「エイルギナ」には大人しくするように命じて単身この場まで忍び込んできていたのだ。
目の前にしたそれは、この大陸のどこにでもある神殿ともその特徴を異にしている。純白の石材を積み重ねた壁は、イース同盟の国々、あるいはトゥリア帝国が鏡のように磨き込まれた物を好むのに対し、この神殿は地面から切り出したそのままの目の粗い岩石を使っていた。
柱も違う。セレスが知っている建物は基本的に柱は建物の中にある物だ。だがこの神殿の柱は、ぐるりと神殿の外観を取り囲んでいる。
「これがイストリア人の建築様式なのかしら……? いいえ、今はソスラン殿下をお探しする方が先」
セレスが神殿の中を窺っていると、中がにわかに騒がしくなっていく。
「侵入者だ!」
一瞬自分のことかと身を固くする。だが、
「何者だ!?」
「それはまだわからん。とにかく増援を送るのだ!」
おそらくはシャラ達の事だろう。慌てて柱の陰に身を隠したセレスの存在には気づかず、いくつかの小隊が神殿から出撃していく。
その喧騒が収まった頃合いを見測り、セレスは神殿へと忍び込むのであった。
神殿に駐屯している警備隊は、約二百といったところだろうか。噂通り気の荒い兵ばかり揃っているようだが、これまでの激戦を潜り抜けてきたエリエル騎士団ならば負けはしないだろう。
残る心配は、いよいよ追い詰められた警備隊が神殿に収容されている政治犯を殺害しないかという点である。それを心配したシャラはこうしてセレスを派遣した。もし警備隊がその気になった時、とても一人で囚人を守り抜くことなどできないが、それでも可能な限りシャラの期待に応えたかった。そのためには自分の命を天秤にかける必要があったとしても。
神殿の中は総石造りになっていた。やはり外見と同じく使われている石材は目が粗く、うっかりしていると凹凸に足を取られかねない。床はブリタニアの街の石畳のように滑らかではないため、気を付けなければ足音がたってしまう。
しかも中には灯りらしい灯りがなかった。おそらく物資が乏しいために個々人が自分用のランタンを持っているのだろう。
神殿内は思った以上に簡単な造りをしていた。あまり細かく部屋割りされておらず、一つ一つの部屋が広かったからだ。すぐに探索し終わってしまう。
あるのはもはや何十年と使われた形跡のない聖堂と水場、内装が取り払われ何のためにあるのかわからない小部屋がいくつかあるだけ。人の気配もない。
ただ一つ。奥にある階段だけが今でも使われているようであった。
恐らく、囚人を収容するのに地上部分だけでは解放的すぎるのだろう。
ぽっかりと口を開けた階段の上から地下の気配を探る。淀んだ空気が流れだしている以外、人の気配はなかった。
息を吸い込んで——それはまるで息のできない水底に潜る準備のようにして、セレスは静かに階段を下りていった。
地下一階に降りるまでの十数段。生きた心地がしなかった。すぐそこに敵が息を潜め、無防備に降りてくるセレスに向かって今にも牙を剥くのではないかと、空気中に漂った針のように不安が体を貫く。
「ふぅ……」
階段から降り、その場で目を閉じ意識を集中して気配を探る。逃げる気配も、近づいてくる気配もない。
たったこれだけの動きで、セレスの頬に一筋の汗が伝い落ちた。
セレスは積極的に動き回る事を早々に諦めていた。これでは警備兵と遭遇する可能性が高すぎる。ソスランの身を守るためにやってきたセレスが逆にソスランを危険に晒しかねない。
闇に目が慣れてくると、ぼんやりとだが辺りの構造が見て取れるようになってきた。通路が三本ある。階段を下りてまっすぐ伸びる通路と、セレスから見て左右に真っ直ぐ伸びる通路。数え方によっては二本ともいえるだろうか。
流石にこれだけ光源が乏しいと、それ以上は見えない。セレスは足音を忍ばせると目の前にまっすぐ伸びる通路に近づいていく。手探りで壁を伝っていくと、すぐそこに扉があるのが分かった。
注意深く扉の握りに手を伸ばした。
最悪の場合、この中に誰かがいてそれで見つかる場合もある。しかしセレスは、ここで表の状況に耳をそばだてながら何か異変が起こった時に飛び出そうと考えていた。
部屋は小さく、また少し埃っぽかった。どうやらあまり使われていない物置のようだ。素早く扉から中に滑り込むと、微かな隙間を残して扉を静かに閉めていく。
セレスは大きく息を吐き出しながら床に腰を降ろし、腰から剣を鞘ごと抜いた。下手に物音が起きないようにだ。神殿に持ち込んだのは細身の剣が一本だけである。槍は室内では邪魔になるために他の荷物と一緒にエイルギナの所に置いてきてあった。他に持ってきた物は小さな水筒が一つである。
水筒から一口水を飲み、壁に背を預けた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.118 )
- 日時: 2019/03/19 20:27
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
エリエル騎士団は森を抜け出し北島から南島に渡る道を見つけていた。
イストリア島は北と南に分かれており、これらの間を海水の川が流れている。東の方は浅くなっており、干潮になると地面が現れる様であった。
今はまだ干潮ではないが、どうにか歩いて渡れるだけの浅瀬になっていた。幅は馬を数頭縦に並べたぐらいだ。
周辺警戒を分担させて、細心の注意を払いながら浅瀬を渡る。海水の深さはふくらはぎのあたりまでが浸かる程度。足を取られるほどではないが多少流れがあるために、一歩一歩確かめながら次を踏み出さなければならない。自然の地形であるため、どこに深い穴が口を開いているかわからないからだ。問題は、こうしている間に敵の襲撃を受けると渡っている者が無防備になってしまう点である。
「崖の上、左十度!」
ヒルダが鋭く部下に指示を出しながら、自らも石弓を構え崖の上を射る。
矢が命中した警備兵は、崖の上から悲鳴を上げて転げ落ちた。
石弓隊は素早く反応し、ヒルダが射かけた辺りを狙い次々と矢を放つ。
「石弓隊に負けるな!」
イグニスが檄を飛ばす。
新たに現れた警備隊は弓兵の部隊のようだ。先ほどの巡回よりも確実に数は多い。こちらの弓兵隊の一斉射を潜り抜け、向こうから放たれた矢のいくつかがシャラの足元へと突き立った。
「慌てなるな! 海水に足を取られますよ!」
浅瀬を渡っていた騎士団員が浮足立ちかけると見るや、シャラは声を張り上げた。
既に先頭のアスラン隊は浅瀬を渡り切っている。
どうやら崖の上にいる敵兵にはそれが分からないらしく、すぐ下にいるアスラン達には無警戒であった。
アスランがこちらを見ているのに気が付いたシャラは、小さく頷く。
崖は左右に回り込めるようになっていた。ヒルダの隊とイグニスの隊が気を引いている間に、アスランは崖を登りそして警備隊の弓兵達を一気に制圧した。
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