複雑・ファジー小説
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- イストリアサーガ-暁の叙事詩-
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1191
あらすじ
互いに信ずる神を違えたがために十世の時を聖戦という名の殺戮で数多の血を流してきた、
西の「イース連合同盟」、東の「トゥリア帝国」。
その果てしない戦乱は続き、
混乱、殺戮、憎悪、破壊が、人々の心を蝕んでゆくであった。
この歴史の必然は、一人の少女と一人の青年を生み出す。
二人の若者が後にこの聖戦の終止符を打ち、大陸に暁の光を照らすことを
大陸の人々はまだ知る由もないことであろう・・・。
はじめまして、燐音と申します。
当小説は「ベルウィックサーガ」というゲームから強く影響を受けた作風となっております。
物語の舞台は「中世ファンタジー」で、二つの国の正義がぶつかり合う聖戦が題材です。
普通に架空の生き物(グリフォンやドラゴンなどの怪物)が存在し、
架空の種族(竜人、亜人など)も存在します。
基本的に男尊女卑が強めになっていますので、万人受けするものではございませんが、
頑張って執筆していこうと思っております。
作者の知識不足もございますが、どうぞ温かくご覧ください。
感想などや作者への意見などはURLのスレにてどうぞ
参考資料
登場人物 >>5>>67
専門用語 >>4
目次
第一節 盟約の戦場
断章 聖戦の叙事詩 >>1
序章 戦いの序曲 >>2-3
第一章 まっすぐな瞳で >>6-8
第二章 旅立ちの街 >>9-12
第三章 こころ燃やして >>13-19
第四章 脅威 >>20-26
第五章 死闘 >>27-35
第六章 誰が為に >>36-37
第七章 その胸に安息を >>38-42
第八章 戦雲 >>43-54
第九章 開かれた扉 >>55-58
第十章 押し寄せる波 >>59-62
第十一章 覚悟 >>63-66
第二節 黄昏の竜騎士
幕間 幼竜 >>68
第一章 戦う理由 >>69-73
第二章 野心と強欲 >>74-80
第三章 始動 >>81-84
第四章 燃えたつ戦火 >>85-92
第五章 追憶 >>93-98
第三節 暁の叙事詩
第一章 この道の向こうに >>99-102
第二章 風吹きて >>103-111
第三章 邂逅 >>112-123
第四章 死の運命 >>124-130
第五章 風の乙女 >>133-134
第六章 騎士の誇り >>135-144
第七章 雨上がり >>145-146
第八章 廻り往く時間 >>147-149
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.54 )
- 日時: 2019/02/16 20:51
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
一瞬、気を失っていたようだった。気が付けば傷口をきつく締め付け応急処置が施されていた。
「公女様、大丈夫?ごめんなさい、今杖が折れちゃって治療ができないのよ」
そう言いながら傷口が床に触れないようにうつ伏せのままのシャラを膝枕していてくれたのはルァシーだった。
重騎士はいない……が、近くにある折れた杖を見る限り、ルァシーがなんとか撃退してくれたのだろうか……。
ありがとう、と助けに駆けつけてくれた礼を言おうと口を開いたが、思った以上に体力を消耗していたのか声が出ない。
市民達も無事だ。シャラを取り囲み、心配そうにのぞき込んでいる。
「今は寝てて。次に目が覚めた時には助けもきて傷なんかすーぐ治ってんだから」
シャラはそれを聞いて小さく頷いた。そして眠りに落ちようとした瞬間、奥からけたたましい産声が聞こえてきた。
「おおぉ!」
シャラを取り囲んでいた人々が一斉に奥を見た。ここに立て籠もった人々が守っていたのは、出産を控えた妊婦だった。
「足手まといになるからよぉ、きっと見捨てられると思ったんだ!」
誰かが言った。だから避難しなかったのだ。
「あんたぁ! アンタのおかげだよ!」
感激した声で誰かが言った。
「なあ、あんたシャラザードってんだろ? 生まれた子供にあんたの名前をもらっちゃダメかい?」
シャラは全身ボロボロになりながら笑いたくなった。
だが実際には、シャラは笑顔を浮かべる前にルァシーの肩を借りて立ち上がることになった。そして見つめる。神殿の壁を、決して見えはしないが壁を通り抜けた外を。
「ど、どうしたんじゃ、急にそんな怖い顔をして?」
老人が戸惑ったようにシャラを見上げる。だが、シャラには彼らにどう答えていいかわからなかった。
「……皆さんは、ここで待っていてください。何があっても、出てきてはいけません!」
シャラは厳しく言い置いて、ルァシーに肩を借りながら礼拝堂に出た。
「公女様、貴方……今度こそ本当に死ぬわよ」
ルァシーはいつもより低い声で警告する。敵騎士や、住民達の亡骸が折り重なるように倒れる廊下を歩きながら、シャラは首を振る。
「大丈夫、今度はルァシーもいます」
「セレスもいるわよ、そこに」
ルァシーは槍を構えて敵を警戒していたセレスが立っていた。
「シャラ様!」
「大丈夫です、セレス。私はまだ戦えます」
シャラは精一杯笑って見せる。それが空元気だと言う事は、誰が見ても一目瞭然だ。
「馬鹿おっしゃい! そんな体で戦えるわけないでしょ!」
ルァシーが一喝するが、シャラは震える右手で折れた剣を握りしめた。
尚も進もうとするシャラを支えるルァシーは、シャラに肩を貸したまま神殿の扉を潜った。そこには、一面の草原を埋め尽くす、デザイト公国軍がひしめいていた。この騎士たちが発散する殺気を感じ取ったのだ。
満身創痍のシャラと、杖も戦う力もないルァシー、そして飛竜に乗っていないセレス。それに対するのは、百に近い無傷の騎士達。デザイトからここまでの道のりでもさして疲れた様子もなく、まだほとんど使った様子のない剣や槍が陽光を反射してギラギラ輝いている。
神殿の市民達を守る事は出来た。だが、デザイト公国軍はまだその戦力のほとんどを温存している。これから、肉食獣が獲物を甚振るようにしてエリエル騎士団を追い詰めていくだろう。
それでも、シャラはまだ諦めてはいなかった。もちろん勝算などない。起死回生の策など、敵に懇願してでも教えてもらいたいところだ。
だが、シャラが投げ出したら、神殿の中にいる市民達が危険に晒される。何ともわかりやすい構図だ。そうであれば、もう諦めることなどあり得ない。ああも必死で生きている民達。生まれてきた赤子。無力な人々。
守らなければならないと、アムルの言葉通り彼らを守る事こそが騎士たる己の真の責務だと気づいたのだ。
左腕は動かない。剣も、へし折れて刃もボロボロで鎧に叩きつけるだけでさらに折れてしまいそうだ。足も震える。だがシャラはルァシーの肩を借りることを止め、歩き出した。
デザイトの騎士達は、シャラの気迫に圧されたのだろうか、すぐには動き出さなかった。そしてその数瞬の沈黙が、両者の運命を決定的にわけたのだ。
横合いから、空気を引き裂くような音が聞こえた。
そう思った瞬間、雨が降り注いだ。
水滴ではなく、大量に降り注ぐ矢の雨だ。
それらはシャラ達にではなく、デザイト公国軍めがけ降り注いだ。いくつもの、驚きと痛みの悲鳴が上がる。それらを蹴散らすように、矢が飛んで来た方向から新たな騎影が出現した。どこにそんな軍勢が潜んでいたというのだろう。彼らは一斉にデザイト軍へと襲いかかる。
初手で浮足だったデザイト軍は呆気ないほど簡単に陣形を崩されていった。騎馬兵は強力だが、隙も多い。陣形とはこの隙をなくし、兵の長所を最大限に引き出すための物。この前に少々の力量の差は意味を失う。
デザイト公国軍は精鋭揃いだ。だが、謎の軍団によって追われ、分断され、細分化された者がバラバラに戦いを始めた。
シャラはそれを呆気にとられたまま見つめ続けていた。だが、統率を失ったデザイト公国軍の数名が、この場に乗り込んできた謎の軍ではなくシャラ達の方が倒しやすいと見て方向転換をし突進してくる。
現実はこんなものなのかもしれない。謎の軍団によって事態は好転しつつあるというのに、たった数騎。今のシャラにはそれを退けるだけの力が、武器が残されていない。
しかし、その数騎の動きを空から降って来た何かが止めた。それは、セレスが使っているようなピラムであった。
「やっほ〜! 公女様」
少女の気の抜けたような声が降ってくる。シャラが見上げると、ロックバードに乗っていた少女エルが手を振っていたのだ。
そして地上からは動きが止まっていた騎士たちを、傭兵が切り倒していた。
「よ、公女! 久しぶりだな」
「どもども〜、ピンチに参上シャノンちゃんでーっす♪」
騎士を倒したのは、ユミルとシャノン、そしてワルターだった。
「ユミル、シャノン……それにワルター!?」
シャラが驚いて声を上げると、ユミルは口の端を上げて笑った。
彼らはここに来るときに雇おうとしていたが、「ちょっと忙しいから」と断られたのだが、なぜここにいるのだろうか……?
「いやはや、俺達を覚えてくれてるなんて嬉しいじゃないの!」
「私も覚えてる? ねえ、覚えてる公女様?」
ユミルが笑っていると、空から降りて来たエルが腕を上下に振りながらシャラに尋ねる。シャラは「印象が強すぎて覚えてますよ」と答えると、エルは黄色い声を上げて喜んだ。
そして、ルァシーがユミルに対し指をさした。
「遅いわよ、何してたっていうの!?」
「ごめんごめん、以外と手間取っちゃって……」
戦場は混乱を極めた。ユミル達と共に現れた一団は、少なくともシャラの敵ではないようだ。デザイト公国軍にその矛先を向けている。気付けば、バラカ砂漠で見た事のある騎士もちらほらいた。ソール王国の敗走兵だ。
シャラの様子を見たシャノンは、「座って待ってて」と言い残してからデザイト公国軍の方へと武器を持って歩き出す。他の皆も武器を持ってシャラを守るようにして戦っていた。
いつの間にか陽も西に傾き、大地は夕陽で真っ赤に彩られていた。シャラの下へミタマがやってくる。
「シャラ公女、デザイトは撤退しましたよ」
ミタマはニッと笑って北の方を示す。あれほどの軍勢が撤退したと聞かされても、シャラにはにわかに信じられなかった。そこへ、シルガルナも姿を現す。
「補給部隊を叩いておいて正解だったね」
開戦からシャラ達がにらみ合っている間に、王都からグレム山の東を通りデザイト公国がイースへ攻め込むために用意しておいた物資を奪ったのだ。
万の単位の軍勢は確かに強力だ。だが同時にこれを運用するためには驚くほど多くの物資が必要だった。簡単に言えば、戦わない間にも時間が来れば兵達は必ず食料や水を必要とする。戦いになれば、武器が壊れるだろう。弓兵となれば矢が尽きるだろう。それらを補充できなければ兵はただの人形と変わらなくなる。
そして今、デザイト軍は武器も食料も失った。
こうなればイースに攻め入るどころか、ここからデザイトまで帰り着くことすら容易ではない。万の単位の人間が動くというのはそういう事なのである。だからデザイト公国軍はマビノギオン砦攻略を諦め、早々に撤退をしたのだ。
いつの間にか、謎の一団がミタマとシルガルナの後ろに控えていた。騎馬兵達は下馬し、直立不動で待機している。
そこにシルガルナがシャラの手を引いて、強引に立たせる。
「彼らは……」
その問いに、戦い終わったシャノンが近づいて答える。
「この人たちはソール王国の元騎士様、だよ」
シャノンの言葉にシャラは驚いて顔を上げた。ソール王国から敗走し、半分以上が帝国軍の追撃部隊の犠牲になり、生き残った者達もモルドレッドの怒りに触れことごとく騎士の称号を剥奪された。
散り散りになり、これからどうするのかと心配していたのだ。
「こいつら、今は傭兵ギルドに雇われてるんだぜ」
「傭兵ギルドに?」
シャラが問うと、ユミルが答える。
「ブリタニアの商人たちがやーっと重い腰を上げたんだ。あいつらやっとわかったみたいだ、モルドレッドの馬鹿王に任せておいちゃ未来はないってな」
あまりに率直な物言いにシャラは呆気にとられた。
「ぶふっ、ユミルってば言いすぎだって〜」
エルは吹き出して大笑いしながら指摘する。そしてエルが続けた。
「それで、商人さん達は考えたんだよ。どうしたら自分たちの安全が図れるかってね。結果、公女様が選ばれたんです!」
「国王の意見に逆らう事を恐れず、そして民達のために戦える、貴族としては珍しい人間であるお前を、だ。」
ワルターが腕を組みながら鼻を鳴らし口元を吊り上げる。
これから、ブリタニアの商人達が秘密裏にシャラの後ろ盾をしてくれるという。補給はもちろん、彼らのような傭兵団も派遣してくれる。ユミルもそれで人員を急いで集め、傭兵団を結成していたという。傭兵ギルドに通っていたルァシーも話は聞いていたという。
ディーネ公爵アルフレドからも推挙があったらしい。
元ソール王国兵は、今回の依頼に自ら志願したそうだ。敵だらけのマビノギオン砦からシャラ達を連れ戻すという、まだ態勢も整っておらず、危険極まりない仕事になるというのに。
元王国兵の一人が前に出た。
「シャラ公女! 御礼が遅れ、申し訳ございませんでした。ずっと御前に参上しようと思っておりましたが、身辺の整理がつかず、ズルズルと遅れてしまいました。ですがこれからは公女に命を救っていただいた恩、この身命を賭してお仕えいたします!」
我ら、身分は奪われようと騎士の魂まで奪われておりませんと男は言った。
「あとね、公女様……遅れたけど、あたしの父さんを助けてくれてありがとう!」
シャノンはシャラの手を取って笑顔で礼を言う。王国兵達を見ると、ひとり紫の髪の兵士が頭を下げる。彼がシャノンの父なのだろう。
「やっぱり俺が見込んだ通りだな公女。お前は絶対大物になるぜ」
「僕も最初に声をかけた時から絶対すごい人だって予感してたんだよ」
ユミルもシルガルナもそう言ってシャラを称賛する。
こうして、エリエル騎士団はこのマビノギオンの戦いで半数近くの死者を含む戦線離脱者を出した。だが、ブリタニアの傭兵ギルドからの援助で、一気にその数は回復し、総数は三百迄に達した。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.55 )
- 日時: 2019/02/17 06:59
- 名前: 燐音 (ID: mnvJJNll)
第九章 開かれた扉
マビノギオン砦で負傷したシャラは、全快するまでに結局一月近くの時間を必要とした。この場合の全快とは、元通り戦場に出、剣を振るえるようになるまではと言う事である。
ルァシーと以前に助けたアウロラの神聖魔法での治療のおかげで、普通に生活するまでにはすぐに回復したが、外側の傷は塞げても内側の傷はなかなか癒えないものだ。
騎士団の騎士達もしばらくは戦場を駆けることはできなかったが、治療のおかげでなんとか動けるようにはなった。一番傷の浅かったイグニスは、すぐに元気になって治療を手伝っていた。
シャラは現在、運動がてら街に出て、マビノギオンで失った鎧と剣を探している。鎧はすぐに新調できたが、剣はなかなかいい物に出会えず少しばかり腰が寂しかった。
エリエル騎士団には大きな変化があった。マビノギオンでユミル達が言った通り、ブリタニアの街に存在する商業ギルドが正式に援助を申し出たのだ。エリエル騎士団の代表としてシャラといくつかの約定を取り交わすために、商業ギルドの筆頭「ニムエ・ファウスト」がエリエル騎士団の宿舎まで来ていた。もちろん、モルドレッドには知られぬよう極秘裏に。
「しかし、意外にお若く見えますね。驚きました」
「お上手ですのねえ」
シャラは率直な感想をニムエに伝えると、彼女は微笑む。紫色の腰まである長い髪、右目が赤く、左目が紫色の不思議な瞳。紫色を基調とした貴族の令嬢を思わせる高貴なドレス。頭には同色のボンネットと、とても上品で若くというか、幼く見えた。
そしてニムエはこの街の裏の実情をシャラに聞かせた。
王都ブリタニアは一言でいうと荒れていた。先王アーサーが戦死してイース同盟諸国がどんどん陥落し、モルドレッドは軍備を整えるためにまずは税を重くした。そして彼に付き従う兵士たちは好き放題振る舞うために治安は乱れる。それでも王都だけは守ってくれればまだいい。だが同盟軍はモルドレッドのためにしか動かず必要以上に宮殿の警備を固めさせ、モルドレッドのために逆に街を守るイース兵が減ってしまったほどだ。王都はまだいい。近隣の村々は完全に見捨てられた形で、野党や盗賊に悩まされていた。
そしてソール王国を見捨てた事件や、デザイト公国がモルドレッドを見限ったという噂が流れるやいなや、市民たちの不満も頂点に達した。
「そこで私たちは考えたのですよ。私達は騎士様とは違い自分の命を賭けて忠誠を尽くすなんて感覚はありません。陛下を崇めるのはあくまで私達の利益、財産、そして命を守ってくれるからです。ですが陛下はご自身の事しか考えていないのです。私達の命や商売のために必要な街や近隣の村々を守っていただけるなら、税が高かろうと兵士さんが横柄に振る舞おうと別にどうということはなかったのです」
ニムエは笑顔を崩さない。だが、その笑顔の裏では街を乱した王や貴族への恨みがあるのだろう。声はだんだん低くなっていった。
「ですが、陛下や貴族の皆様方が私達の命や財産を守ってくれないのでしたら意味はないんですよ」
恨み節を吐いたニムエは、ふうっと深呼吸してからシャラを指さす。
「で、私たちはあなた方エリエル騎士団の皆さまの御活躍のお噂を聞きました次第です。幾度となく陛下の意見に異論を唱え、睨まれ、そのせいで過酷な任務を強いられようとも乗り越えられてきたあなた方を支援したいと思いましてね。ふふっ」
ニムエはシャラに向かって指をさした手でそのまま三本指を突きだす。
「我々のギルドが提供するのは三つです」
一つは戦争を行うための資金、一つは有能な人材、一つは情報である。
「もちろん陛下には内密で、あなた方のために基金を設け、傭兵ギルドの信頼できる傭兵さんを率先して騎士団に回し、貴族の皆さまとは全く違う独自の経路からなる情報網を駆使しまして、あなた方を支援したいと考えています」
ニムエは満面の笑みで「その条件はたった一つ」と人差し指を突きだした。
「イース王国に暮らしている皆様の平穏を約束してください。我々はエリエル騎士団の皆様を信じておりますわ」
「……それは、私たちも望むところです、ニムエ殿」
シャラは嬉しかった。勢い込んでやって来たイースで、忠義を尽くすべきモルドレッドは何も返してくれなかった。だが今は、イース王国の多くの人々がシャラの事を待っていてくれる。正確には、シャラの存在は表に出てはいないけれど、それでもシャラが任務を果たすのを待っていてくれる人々がいるのだ。
「公女はやはり、噂通りの素晴らしいお方ですねえ。今後の活躍に期待しておりますね」
ニムエとシャラは、堅く握手を交わした。
それ以来、シャラとエリエル騎士団は街の人々の声に耳を傾け、街の人々の為の出撃を積極的に増やしていった。
同盟からの任務がない時には、盗賊団や山賊団を崩壊させ、海賊が出没する海を通る商船の護衛まで引き受けた。
それでいて、やはりシャラの目が向けられているのは、トゥリア帝国との戦いなのである。この期に及んでモルドレッドに忠誠を誓っているわけではない。まだどうやればいいか、最善はわからないが、この戦争を終わらせる事こそ、本当の意味で人々に平穏をもたらすと気づいたからだ。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.56 )
- 日時: 2019/02/17 01:03
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
ある昼下がり、シャラは傭兵ギルドまで来ていた。
なんでもエルが新しい傭兵を紹介したいのだと執務室に直接飛んできたからである。流石に三階にある執務室の窓から直接顔を出すのは心臓に悪いなと思った。
シャラは自身の足腰で動けるようにはなっていた。今迄はエドワードやエレイン、イグニスやハティとスコルなど日替わりで支えてもらっていたが、正直誰が一番楽だったかというと、イグニスである。身長や丁寧さは彼が一番だった。
そんなことを思い出していると、エルが一人の少女とフードを被って顔を隠した少年を連れて来た。
「お待たせ公女様!こっちの私の顔に似たのが「ラル・スマラクト」!私のお姉ちゃんで、斧使いなの!」
「どもども〜、妹がお世話になってます!」
ラルはアイスブルーの長い二つのおさげが特徴的で、深い青色の瞳を持つ、肩の露出した白い服とマントを羽織った、エルに顔がそっくりな少女だった。
紹介されると、にこやかな笑顔でシャラに手を振る。
「そしてこっちが——」
「「クリスクリア」と申します、クリスとお呼びください、公女」
クリスはそう言いながらフードを払いとる。フードの下は紫色の短髪、整った顔立ちの美少年だった。青ぶちのメガネをかけ、メガネの下の燃え盛る炎のような色をした瞳は、心を見透かすように神秘的なものだった。
「はじめまして、ラルにクリス。よろしくお願いします」
シャラはにこりと笑い、二人と握手を交わした。クリスはシャラの手を握ると、目を輝かす。
「僕、貴方のお噂はかねがね聞いております。弱き者に手を差し伸べ、民を守るその姿に感動しました!」
クリスはそう言って、シャラの手を両手でとる。シャラはまじまじと顔を見つめられて頬を赤く染める。
「あ、ありがとう、ございます……」
「公女様、顔赤いね」
エルがにやにやした顔で茶化した。ラルも「これもセイシュンだね〜」と感心している。
二人は数か月前にはもう傭兵ギルドにはいたのだが、タイミングが合わずにシャラとは会えなかったという。シャラの噂を聞いている内に一度会っておきたいと踏んだらしい。
「予想通り、いい人そうでよかったよ」
ラルはそういうと、ケラケラ笑った。笑い方もエルにそっくりだなとシャラは思った。
クリスはというと、次の任務から共に戦いたいと申し出た。
「クリスの得物はなんですか?」
「僕は魔導書と短剣……」
クリスは魔導書と短剣を取り出した。すると、エルが短剣を見るや指をさして声を上げる。
「その短剣、帝国の紋章が刻まれてるね!」
「えっ」
シャラはクリスの持つ短剣を見る。確かに帝国軍がもつ正式剣や槍などに刻まれている国章が刃に刻まれているのだ。
「帝国軍から奪ったんです、自前のは折れてしまって」
クリスはそういうと笑いながら短剣に布を巻き付けてしまった。
「そうなのですね、ところであなたの出身地は?」
「ディーネ公国です」
クリスはにこりと笑顔でシャラの質問に答える。
シャラは短剣を指摘されてからクリスの態度が変わったような気がしたが、気のせいだろうと考える。
「わかりました、次回の出撃にはクリスも同行をお願いします」
シャラはそういうと、再びクリスと握手を交わした。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.57 )
- 日時: 2019/02/18 08:16
- 名前: 燐音 (ID: Yke88qhS)
ブリタニアの王宮へ登城したのは実に一月ぶりだった。
この間の登城や連絡は、エドワードやエレインに肩代わりしてもらっていた。エレインはともかく、エドワードはひたすら「肩が凝る」だの「性に合ってない」だのと弱音を吐いていたのだが、部屋を見舞ってくれたセレスや傭兵達にそれを聞かせてやると、一緒にいたルァシーやイグニスまで吹き出す始末であった。
「シャラ公女、全快おめでとう」
「ありがとうございます」
会議室でリデルフが出迎えてくれた。アルフレドやその他の諸侯も集まり、ほとんどが好意的な顔を向けてくれている。
聞けば、最近では作戦の一々までモルドレッドに同席してもらうのではなく、大筋で同意を取り付けてからこうした会議室で、実際に戦場に出る者のみで作戦を決定する事が多くなったという。徐々に人々の気持ちがモルドレッドから離れようとしているのかもしれない。
「まずは公女が療養していた間の状況を聞いてくれ」
謁見の間ではなく会議室には大きな机と椅子が用意されている。奥の壁にはマビノギオン砦の会議室と同じようにこの大陸の地図が貼られ、色付きの針を目印にさしている。
「現在、主な戦場は三つある」
そう言ってリデルフは地図を指した。
「一つ目、まずは東部戦線だ。ソール王国第一王子ソスランが一度は破綻しかけた同盟をうまくまとめ、帝国軍の侵略に相対している。その戦果は華々しく、一度は陥落したソール王国を現在ではほぼ取り戻し、次はハッカ共和国にまで迫ろうという勢いだ」
おそらく、とリデルフの言葉を引き継ぎ席に着いたままのアルフレドが発言した。
「東部戦線の快進撃のおかげで、こちらに回されるはずだった戦力が向こうに送られていると推測される。公女の父君であるアイオロス公も、ソスラン殿下の副官として奮闘されているようだな」
「はい!」
父が誉められてシャラは誇らしかった。あちらの状況はもちろん知っていたが、他人の口から改めてきかされるとまた違った嬉しさがある。
「二つ目の戦場だが、これは公女もよく知っている通り、ディーネ公国内での戦いだ。現在、ディーネ公国軍による散発的な抵抗は続いている。帝国軍は各地の砦を落としグランパス大橋に迫っているが、いましばらくの余裕はありそうだ」
ディーネ公国とイース王国の間には、グランパスと呼ばれる大きな河が横たわっており、昔より自然とその河が両国の国境とされてきた。
深く流れも速い。容易な方法で渡れはしなかったのだ。だが両国が国交を結んだ時、平和の証としてグランパス大橋を築いた。人と物の流通を支え、文字通り両国の橋渡しをするための橋である。だが現在、トゥリア帝国軍がイース王国に攻め入るために、この橋を占領しようとしていた。
「我々もグランパス砦に五千もの兵を派遣し守りを固めてはいる。しかし帝国軍がディーネ公国を突き進む速度を考えれば……」
「敵の数は数万に匹敵する、と……?」
「うむ」
「まさか、竜将「ティニーン」が現れたのでは?」
それはイース同盟に属する人々にとっては、ある意味で帝国そのものよりも恐れられている名である。かのユピテル山脈での戦いによって、ライラ王国軍の援護に駆けつけていた先王アーサーの軍を全滅に追いやったのが「竜将ティニーン」……「キドル・ティニーン」だからだ。
帝国の奴隷であり、十九という齢ながらその勇猛果敢な戦歴によって一軍の将に登り詰めた男。アーサーとて物見遊山に出かけていたわけではない。陥落しそうな同盟軍を救うために出陣したのだ。当然、それ相応の……いやそれ以上の軍勢を引き連れていた。事によれば、アーサー王はライラ王国侵攻を口実にして、一気に帝国領に戦いを仕掛けるつもりだったかもしれない。
イース同盟各国からかき集められた兵はそれほど多く、数万とも数十万とも言われている。それを例え不意を突いたとはいえ、キドルは全滅に追いやったのだ。そして帝国軍は逆に、主な戦力を失った同盟諸国に襲い掛かり一気に領土を拡大した。
今日の苦境はこうしてもたらされたのだ。
「いや、その報告はきていない。いずれにしても、こちらの戦場はまだ急に対策を練らなければならない状況ではない」
「ではやはり、今どうにかすべきなのはデザイト公国ですね」
「そうだ」
東部戦線はソスランの活躍により今は落ち着いている。だが問題となるのはいつイースに攻め込もうかと機会をうかがっているデザイト公国軍だ。
「公女が療養している間も何度か小競り合いは起こったのだが、デザイト公国軍は強く寄せ集めの軍では——」
「リデルフ。苦戦を兵のせいにしてはいけない」
唐突に言葉を遮ったアルフレドの厳しい声にリデルフははっとなって言い直した。
「申し訳ありません。確かに公女は私よりずっと少ない戦力で戦ってきたのだ。言い訳です。公女もすまない」
「い、いえ!」
実際にデザイト軍は手強い。それは実際に戦ったシャラがよく分かっている。だが安易な慰めはかえってリデルフの誇りを傷つけることになるだろう。そう思い、シャラはあえて黙っていた。
「マビノギオン砦での勝利で、ひとまずイース王国に大軍が攻め込んでくることは防げた。だがそう遠くない内に帝国軍が攻めてくるとわかっている今、早急にデザイトを何とかしたい。最良なのはデザイトが同盟に復帰してくれる事だが、それが無理なら現在の戦力を全て帝国に預けられる方法でもいい。何か意見はないだろうか」
そう言いリデルフは会議室に集まった一同を見回した。だが誰も発言しようとしない。なぜデザイトが同盟から離反したか、その理由すらわかっていない今、どうすればデザイトが元に戻るのか。戻らないまでも敵対行動をとらなくなるか、そんなことがわかる者などいないのだ。
だが、シャラはそこで口を開いた。
「私が耳にした情報なのですが……」
場の視線が、一斉に地図の前に立っていたシャラに集まる。
「デザイトとディーネの国境のすぐ北に、ウエストという砦があります」
シャラは地図のデザイトとディーネの国境からすぐ北を指示し、リデルフも頷く。
「確か、政治犯などを収容し、強制労働をさせる、砦というより監獄に近い場所と聞いたことがある」
「そうです。そこにデザイト公国のイスラフィル公子が幽閉されているそうなのです」
「イスラが!?」
リデルフとイスラフィルは親友同士であると聞いていた。先日も、デザイトへの使者としてリデルフが遣わされたのは二人の個人的なつながりをアテにしていたのである。
「イスラフィル公子は、信用に足る人物と考えてもよろしいですね?」
むろんだとリデルフは頷く。
「イスラは勇猛で、それでいて気さくに民達とも接し、兵士からも民からも信頼されていた」
「では、このウエスト砦に幽閉されているイスラフィル公子をお救いしましょう。そして公子にデザイトを説得していただくのです」
会議場に「おぉ」と感嘆の声が響いた。
「なるほど。だがウエストはデザイト領側にある。それに限られた戦力で攻めるとなれば……」
「ええ、しかけるのは深夜がいいでしょう。全く無防備になりはしませんが、うまく相手の警戒網に引っかからず到着できれば、国境から少し距離のある事もあり少しは警戒が薄らぐのではないでしょうか」
「しかしそれでは夜明までに帰還できない場合が危険だ」
「もちろん、その場合は覚悟を決めなければならないでしょう。ですがお任せいただけるなら、この任務、エリエル騎士団でお引き受けいたしたく思います」
リデルフはしばらく考えたが、すぐに「それしかないようだ」と同意してくれた。
「では、私はせめてもの陽動作戦に出よう」
「よろしくお願いします」
「それはこちらの台詞だよシャラ公女。イスラを救い出してやってくれ」
イスラフィルがウエスト砦に囚われている事は、商業ギルドからの情報である。戦争状態にあっても、商人達は危険を潜り抜けデザイトやディーネなどを行き来している。そういった者がもたらしてくれた情報が、シャラの元に続々と集まってきているのだ。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.58 )
- 日時: 2019/02/18 00:18
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
デザイトへの出撃が決定し、シャラは王宮の西に位置するエリエル軍の宿舎へと戻った。
「おかえりなさいませ、お疲れになりましたでしょう?」
そう言うと、エレインはお茶の支度をしてくれた。執務室の机についてお茶を味わっていると、エドワードが心配そうな顔で入室してくる。
「いかがでしたか?」
エドワードは謁見の間に行ったと思っているのだろう。だからまた無理難題を吹っ掛けられたと心配しているのかもしれない。
「大丈夫です。確かに任務は困難なものですが、これまでのような柵はありません。存分に我らの力を発揮すれば、何の問題もないのです」
「は。正直に申しますと、私は王宮の駆け引きやご機嫌伺いに些かうんざりしておりました。戦場で駆け回るのであればこの老骨めにお任せを」
心底嫌そうに言うエドワードの姿がおかしくて、シャラはおろかエレインまで小さく吹き出す。
「あいや、ははは……。ここだけの話と言う事にしておいてください。では、私は出撃の準備を整えてまいります」
執務室を後にするエドワード。エレインはまだ口元を抑え笑みを耐えながら、シャラに話しかけた。
「シャラ様。シャラ様にお手紙と荷物が届いております」
「私に?」
「ええ、シャラ様のお部屋の机に置いておきましたので、出立までにお改めください」
シャラは、手紙をくれる人に心当たりがないわけではない。だが、とりあえず差出人を聞いてみることにした。
「差出人の名は書かれていたのですか?」
「ええ、エリエルの「エオス」、と」
その瞬間、懐かしい草原の風を思い出す。しかしシャラは少し心配していた。まさか一人置いていっていることを怒っているんじゃないか、手紙を書かないことを心配してるんじゃないかと想いが募る。だが、シャラにとってかけがえのない妹からの手紙だ。嬉しくないわけがない。
「もしかして、殿方ですか?」
知らぬ間に笑顔になっていたのだろうか、エレインは少しばかり意地の悪い顔になる。そこへ、
「公女様、漢方薬持ってきたわよ」
そこへルァシーが小包を持って部屋に入ってくる。後ろにはイグニスもいた。
怪我をして以来、体調をよくするためにルァシーはハッカ共和国に伝わる生薬を調合した薬を出していた。その薬は物凄く苦いが、日に日に元気になってきたような、そんな気分になる。
「あーら、なんか楽しそうね。どったのよ」
「それはルァシーの方じゃないですか?」
ルァシーはいつも薬を持ってきて来る時、明るい笑顔を浮かべている。大方シャラの薬を飲むところを眺めて楽しんでいるようである。シャラは薬を飲むとき、余りの苦さに顔を歪めてしまうからだ。
「ふふふ、聞いてください」
エレインがいたずらっぽい満面の笑みを浮かべる。
「んにゃ、どったのエレインさん」
「ちょ、エレイン!」
慌てて呼び止めるシャラだが、
「ダメです。こんな面白そうな事、皆でわけあわなければいけません!」
ときっぱり断言されてしまう。その様子にはとても抵抗できないものを感じるのだった。
「何ですか?」
イグニスまでが興味深げに話の輪に入ってくる。
「実はシャラ様にお手紙が来たんです! しかも殿方からっ!」
殿方から、にやけに力を込めるエレインに、イグニスは固まった。
「えっ!殿方からお手紙!?」
ルァシーは顔を赤らめて大袈裟に声を上げる。
「それってやっぱエリエルにいる公女様の恋人!?隅に置けないじゃないの公女様〜!」
「ち、ちち、違います!」
シャラも顔を真っ赤に染めて慌てて否定した。
「エオスは私の妹です! た、確かに「エオス」という殿方はいますが……そ、そもそも私に恋人なんて……」
シャラは最後の方が消え入りそうにボソボソ呟く。
それを聞いたルァシーは「な〜んだ」と詰まらなさそうに頬杖を突く。
「そ、そういうルァシーは恋人とかはいるのですか?」
「えっ!? あ、あたしの事はいいのよ!」
ルァシーは顔を真っ赤にさせて手をぶんぶんと左右に振る。しかし、エレインはその話題を逃さなかった。
「いえ、シャラ様だけ聞くというのは不公平ですよ、是非聞かせてください!」
「こ、恋人なんていないわよ! 幼馴染はいるけど、幼馴染!」
ルァシーはそう言って小包をシャラに押し付けると、慌てて執務室から退散した。エレインは残念そうに執務室の扉を見ていた。
シャラは自室に入る。借り物の部屋なので、書き物机と椅子、ベッド以外はほとんどものを置いていない。その書き物机の上に、手紙の束と布に包まれた長ぼそい包みが置かれてあった。
手紙を手に取る。差出人は、エレインの言った通りエオスだった。次の一通も、その次の一通もその次も……全てエオスが出した物だった。
「エリエルとイースとの物資の流れを考えれば、半年分まとめて手紙が届くのも無理はないわね……」
なかなか返事が届かないと、ふて腐れているのではないだろうか。そんな妹の顔が想像できて、シャラは軽く笑った。
正確に言うなら、シャラとエオスは姉妹ではない。シャラの父アイオロスがテンペスト王国に住んでいる縁者から預かって来た子供だと言う事だ。エリエル公爵家はまだ歴史が浅いので、他国に縁者がいたと聞かされた時には驚きもしたが、父に連れられてきた少女が見慣れないエリエルの宮殿で心細そうにしていた時、この子を守ってやろうと自分の胸の中だけで誓っていたのだ。
シャラの母はすでに他界している。父は幼い頃から戦場に出ていてほとんど宮殿にはいなかった。エドワードもその時にはアイオロスの副官として付き従っていた。その時にハティとスコルがよく共に遊んでくれて、マジョリタが将来のためにと色々教えてくれていた。
だからこそ、一人ぼっちだった彼女に手を差し伸べ、手を握り、彼女が寂しくならないように共に過ごした。たった一年という短い期間だが、一緒に暮らした月日は愛おしく感じる。シャラがこのブリタニアに来てからもう半年が経とうとしていた。エオスと過ごした時間の半分を、再び一人で過ごしている。だが遠く離れたとは思わない。また会えると思っているからだろうか。
エオスからの手紙には、アイオロスが城を留守にするので寂しい事、宮殿に紛れ込んだ猫を飼いたい事、エリエルも戦争の気配が押し寄せている事、不安に感じながらもアイオロスとシャラの無事を毎晩ベッドに入る前に女神イースに祈っている事……。半年分の思いが綴られていた。
最後の手紙には、彼女の実の父親が使っていたという剣をシャラに使ってほしいと書かれてあった。おもむろに机に置かれた細長い包みを拾い上げる。それは見た目よりずっと重かった。
布を取り払えば、一振りの剣が現れる。姿は美しい直線を描き、柄は海のように深い青の布を巻き付けられ、鞘も木を削りだした物を、柄と同じ色の顔料で塗り固めている。
剣を覆っていた布をひとまず机に置き、柄に手を掛けそっと引き抜いてみる。両刃の剣身はため息が出るほど美しく、まるで水に濡れているかのような冷たい輝きを放つ、純白の刃であった。
完全に抜き放つ。それを構えた時、振るった時、心地よいほどしっくりくる。銘を「風剣シエラザッド」というらしい。
マビノギオン砦での戦い以来、しっくりくる剣がなくて困っていた。エオスの心遣いに、シャラは剣を鞘に納め、額に剣を当て、心から感謝するのだった。
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